赤い実
第1章
子供の頃を思い出していた。
若かった頃の母との思い出が浮かんでくる。
いつも、朝の目覚めの時には、母の笑顔が目の前にあった。
学校から帰ってきて、暫らくは1人で母の帰りを待つ日々。
夕方になるとアパートから外に出て、母の姿を探す毎日だった。
「お母さん、お帰りなさい。」この瞬間が、何よりも自分にとって嬉しかった。
父との記憶が一切ない。
自分が生まれて、数ヶ月過ぎた頃、通勤で利用していたバスの乗車代を浮かし、
一0km程の道を歩いてうちに、車に轢かれて死んでしまった。と、母から聞いている。
父を轢いた車、その後も、見つかっていない。
父の内側ポケットの中に、バスの乗車代を浮かして購入した、車のミニチュアが入っていたとは、何とも、皮肉な話しだ。
母は自分を育てるために、毎日、朝早く起きて新聞配達の仕事を、それから、自分を学校に送り出してから、水産加工会社の工場で懸命に働いていた記憶がある。
自分が悪い事をした時には、母は涙を流して怒ってくれた。
又、良い事をした時は、自分自身の事の様に、喜んでくれた。
生活は貧しかったが、母と一緒に居られた頃は、本当に幸せだった。
あれから何年過ぎたのだろうか。
26歳で結婚して、自分の過ちで離婚。それから暫らく経ってから母とのお別れ(病死)
今の自分には思い出以外、何も無くなってしまった。
住む家も同時に失ってしまった。
ただ毎日を、食べる事、寝る事、何となく生きるだけの、過去の反省と後悔の日々。
母の思い出に涙を流す毎日である。
こんな男にも、まだ生きていこう、という気持ちだけは残されていたようだ。
食物は、生きる為に何でも食べた。
男には、プライドが残っているのか、他人の施しは避けているように見える。
今日は、町を離れて山の中に居た。
麓から2時間ほど歩いて、赤い実の成る中ほどの木を見つけ、手に採ってみると、
木の中から母の声が聞こえてきたような気がした。
全ての始まりである。
それから、連日のように山にやって来て、何か不思議そうな赤い実を見つめ食べてみた。
甘い味がした。数時間すると体が軽く感じ始め、体全体に生きる力みたいなのが沸き上がって来る様な気分になる。
人並みに成りたい、男は仕事を探し始め、運良く日雇いの仕事にありつけたようだ。
それから、半年ほどで、安アパートの一室に住む事が出来るようになった。
朝の3時には起き、新聞配達を終えると、午後1時からは、スーパーの雑務の仕事を、
何とかなるもので、2年程過ぎて、働きすぎの体に異変が出始めている事に気がつき、
休日のある日に、近くの病院で、診断後、胃の再検査、結果、胃潰瘍と診断された。
1週間過ぎるも、一向に良くならず、「もしかして、」と、胃がんを疑い始める。
2年前頃の、山での事を思い出して、「あの、赤い実は今でもあるのかな。」
男は、病院を抜け出し、あの山へ。深い山奥、歩くのがやっとだった。
しばらくして、赤い実は茂みの中で自分を待って居た様に、そこにあった。
赤い実を2~3粒、口の中に入れて「又、体に元気を与えて下さい。」
それから、2週間後、男の前には診断経過を説明している医師の姿が、「驚きました。
患者さんには、告知しなかったのですが、中期の胃がんでした。転移されているはずの
がん全て、消えています。奇跡というしか説明出来ません。」
山になる赤い実、あのお陰かな?まさか。
男は、赤い実の事をあらゆる方法で調べたのだが、品種的に存在せず、不明。
突然変異で出来た物なのか、山から持ってこようと考えたのだが、環境が変わって
赤い実が出来なくなる事を恐れ、そのままにして置こうと考えた。
朝の早い新聞配達の仕事を辞め、スーパーに復帰して1ヶ月後、男と似た境遇の仲間が
体調不良で、仕事も休みがちに、見舞いに伺った所、「俺はもうおしまいだ、働きたくても
この体じゃ、」病院に行くお金もなく、絶望的な仲間の為、又あの山へ向かった、
それから、1ヵ月後、笑い顔溢れる仲間が職場に戻って来たのは、自身の経験と同じだ。
どうやら、この赤い実は、何故か解からないが、病気を治してくれているようだ.
「ねえ等、これおもしろい。笑えるね。」彼女の年の頃は20歳前後。
「笑えるだって、おまえは幸せものだ、俺は、何故か亡くなったお袋の事を思い出して」
彼も又彼女と同じ年頃の青年だが、2~3歳年を食っている様に見える。
現在、職探し中で、脳天気な良子の様に気分的にはなれない。
等は、昨日、町のスーパーのトイレ内で拾ってきた茶封筒の中にあった文章を
良子に見せていた。
北海道の砂川市に平成元年、等は産声をあげている。
これといった、特別な産業、観光も無い田舎町。だが、等にとって18歳まで住んでいた
唯一の故郷。等が高校を卒業後、札幌の○デパートに入社して1年後、両親が車の事故で
亡くなった。等に会うため砂川から札幌へ向かう途中の事故だった。
もう、俺には、誰も居なくなった。喜んでくれる人も泣いてくれる人も。
それから、3年、勤めていた某デパートと大手デパートとの合併(実際は吸収合併)に
より、不履行な配置換えに嫌気をさして自己退社、現在に至っている。
某デパート在籍中、連休を利用して、何とは無しに行った函館の町に惹かれ、退職を機に
この町に住んでいた。
良子とは、函館の飲み屋で知り合い、以降、良子は、等のアパートに住み付いている。
活発な性格に見えるのだが、時折、影を持った暗い表情を見ることがよくある。
自分の事、過去の事を話したがらないので、無理に詮索しない様にしていた。
等には、これといった特技や趣味も無く、やりたい仕事がなかなか見つからない。
高望みをしなければ、仕事先はいくらでも見つかるはずだが、
貯蓄に不安を感じるまでは、積極的には、成りそうになかった。
それから、半年後。
「良子、近くのスーパーで男女共、パート募集しているので、一緒に行かないか」
いよいよ、等の貯蓄も厳しい状況になってきていた。
「いいよ、でも私、応募はしないよ。お金の事なら心配しなくていいから。」
と言いながら、良子の貯金通帳を等の前に置いた。
5000万円の通帳残高、この能天気女、一体何者、又このお金、どうして、
一種の不気味さえ感じる。
「わかった。俺一人で応募してくる。」等は履歴書を書きながら、良子との今後の
事を考え、「良子、良子の事、少しでいいから教えてくれないか。」
「そんな事より早く履歴書を書いて募集するスーパーの下見に行こうよ。」
軽く、流されてしまった。妹の様に感じ、良子とは男と女の関係は無い。良子にとってもこの生活が好かった。
スーパーでの面接を難なく終わり、明日9時からの出社と決まった
仕事内容は、商品の品出し、倉庫整理、ゆくゆくは、商品の発注も、と50歳前後の
店長に指示され、倉庫では、一緒に業務を担当する、60歳前後の男2人を紹介されたの
だが、2人共やけに肌に艶があり、ビックリするほど元気一杯のおじさん達だった。
「明日から出社する佐藤等と言います。宜しくお願いします。」前職のデパートと違って
何か、アットホーム的な雰囲気に心が弾む。応募して良かった。
ここは神奈川県横須賀市、港町で良子が生まれ育った町。
高校在学中は、いっぱしの女番で、学校内でも問題児の中の一人だった。
友達と言える仲間もいなく、いわゆる一匹狼的なツッパリ少女。
それでも、頭脳の方は良く、クラスでは、常に上位の成績だった。
アンバランスな性格で、家庭内に問題があるのか、と思い担任の先生は調べてみたが
ごく普通の家庭で、これといった問題がありそうになかった。
校則で禁止されている、服装の乱れ、言葉使い、又クラスの生徒、担任の先生を見る
目つきが悪い、それさえなければ。
実は良子が、中学生の頃、クラス内でイジメがあり、良子には関わりなかったのだが
弱い子は、意味なくイジメられた。強くならなくては、単純にツッパリ始めるようになっていった。高校を卒業出来たのだが、勤めた会社を2ヶ月で辞めてしまい、横須賀市内の
夜のスナックでアルバイトとして働くようになる。
ここで、不動産関係の会社を経営する、中年の山口という男と知り合うようになった。
良子の為に横須賀中央にある高級マンションの一室を購入、良子は男と深い関係になっていき、一年程過ぎ、良子は子を宿ったのだが、この事で男との関係を悪化することになってしまった。
「子供は中絶してくれないか。」男の素顔を見た気持ちになり、男との清算を考え始めるようになる。
数日後、男から「ここのマンションの権利と、ここに1500万円あるので、これを。
君には、本当に申し訳ない。」
渡りに船とは、マンションの権利をお金に換え、5000万円を持って良子は、知る人の
居ない処に行きたい。考えた結果、知る人の居ない、北海道の函館の町に行くことにした。
この地で、等との出会い、誠実で優しそうな人柄、良子は飲み屋で別れた後にも、等の背を追いかけて、無理やり安アパートに住みついてしまった。
スーパーでの仕事、思っていた以上にきつい仕事だったが、仕事仲間に助けられ、仕事を
続けていける自身がついた。
それにしても、2人共よく働く。人柄も良く、スーパーのお客様からも愛されているのが
よく解るよ。
仕事の事、2人の仲間の話を、良子はニコニコしながら聞いてくれる。
その日は、朝から良子は身体の不調を訴えていた。
「風邪だと思うのだけど、もう3週間もこの状態なの。」良子の顔を見て、首筋に青アザが。
歯を磨くと出血があるらしい。
今日は、スーパー休日なので、良子を連れて、町の大きな病院に行った。
検査の結果、慢性骨髄性白血病と診断され、緊急入院することに決まった。
良子は不安な表情を浮かべ「大丈夫、大丈夫、お金なら有るし、心配しないで」
お金の問題じゃないのだ。
慢性骨髄性白血病、急性転化するまでに、骨髄移植しなければ、たとえ移植しても50%の人は、死亡するらしく、血の癌と言われている事を等は医師からの説明で、今日知った。
「そうだね、とにかく良子の病気早く良くなるように、俺も頑張るからさ。」
と、言ったが、等の手が震えて止まらなかった。
翌日、スーパーの仕事を休んで、良子の所へ、看護士に案内され向かったのが、無菌室。
良子とは、電話でしか話しが出来ない状況。
良子の事、何も判らない自分が情けない。両親に知らせなくてはと思い、電話口に
しかし、良子は何も話たがらない。
6年前、山口はハンドルを握った時、いや~な予感がした。
よほど、ホテルに車を預けて、鉄道を使って得意先との商談に行こうか、と思ったほどだった。札幌駅まで歩いて10分ほど、しかし「マア、注意していけば大丈夫だろう。」
昨日、旭川市にある物件の商談の為、横須賀から来札していた。
雨が強くなり、奈井江駅過ぎた頃、突然前方から白のブルーバードが山口の車に向かって
突こんで来た。幸いに、車の後方部に軽く接触しただけだったので、むち打ち程度の軽症ですんだ。相手のブルーバードは不幸にも、それから電信柱に正面衝突した為、50歳前後の夫婦2人は、即死状態で亡くなった様である。
山口に交通規則違反はなく、警察での取調べも終わったのだが、後味が悪かった。
事故に関係していた身として、仕事を1日で切り上げ、砂川で行なわれていた葬儀に参列
したものの、残された1人息子の姿を見て、涙が止まらなくなった。
2年前から、会社の業績も上向きになり、思った以上の経常利益が出た。
山口の商才は抜群で妻の父親のアドバイスもあり、この不況時代に1人勝ち状態が続いて
いるが、妻には頭が上がらなかった。妻の父親から会社を引き継ぎ、資金提供、アドバイス、
政治家との黒い癒着、又あってはならない莫大な金。
妻の最近の様子がおかしい、山口との距離感が微妙に離れていくようだ。
「あいつ、浮気をしているな。」山口は興信所を使い、よせばいいのに、妻を監視し始めていた。
実に巧妙に妻は他の男と付き合っていた。
そんな折、自宅に帰る気分になれず、横須賀市内のスナックで知り合ったのが、良子だった。会うたびニコニコ笑顔で、落ち込んでいた山口を癒してくれていた。年の頃は18~19歳位、まだ子供だ。スナックに通い始めて3ヶ月後、良子と体の関係を持ってしまった。良子とは、それから離れられない状態が続いてしまった。
1年後、良子から妊娠の話が、妻と妻の父親の顔がよぎる。
考えた末、出た結論が良子との別れだった。
良子は今何処で、どう暮らしているのか、妻と別れ、勤めていた会社も社長の身でありながら、横領の発覚で退社した。
自分にとって、良子との思い出だけが宝物の様に感じていた。
等は夕方、落ち込んだ気持ちでアパートに帰ってみると、2人の男が玄関前で立っている、
スーパーの先輩達だった。
「等君の事、心配で待っていたよ」と言われ、つい涙がこぼれてしまった。
此れまでの事を2人に話して「明日、社長に数日の休暇願いをお願いに行きます。」
2人は納得した様にうなずき、「良子さんと、等君との関係は?」と質問され、
「自分でも、良く解らないのですが、血のつながらない妹の様に思っているのです。」
2人は「明日の夕方、又来るので相談しよう。」と、何を相談するのか解らないが
2人は帰って行った。
次の朝、ドアのノックで目が覚めた。まだ5時半、もしや良子に異変が!
、
不安な気持ちでドアを開けると、スーパーの先輩達。これから良子の見舞いに行きたいと。
顔も洗わず、スーパーの車で良子の入院している病院へ向かった。親身な先輩達だ。
良子の居る無菌室へ2人を案内した。
看護士によると、明日から抗がん剤治療が始まるらしく、なんでも、想像を絶する苦痛が
良子に。適合する骨髄を見つかるのが数ヶ月かかると、その間に急性転換してしまうと
助からないそうだ。先輩2人何か相談しているようで、気になる。
「等君、君には信じられない話があるので、夕方6時頃、アパートに行くね。ア、それと
社長には、事情を話しておくので、君は良子さんの側に居てくれ」2人は帰って行った。
良子にとって、等は兄の様な存在だった。
子供の頃から、自分の味方になってくれる本当の兄が欲しくて両親にせがんだりしていた。
「じゃ、お姉ちゃんでもいいから、何処からか連れて来て」母は、困った顔で「そんな事!お母さん人さらいの罪で警察に捕まってしまい、良子にもう会えなくなってしまっても良いの。」一呼吸を置いて「うん、いいよ」本当に変わった子だった。他の子と何かが違った。
良子にとって、等は優しくて誠実な兄。等とは離れたくなかった。
だが、良子の気持ちの中で、別れた山口の姿を思い浮かんできた。別れてもう2年、忘れることが出来ない。お金も返したかった。
夕方、等のアパートで、3人で何やら、相談している。
2人の話を聞き、等は驚いた。スーパーで拾ったメモらしき内容の事が!
「え!あのメモ、先輩が落としたのですか。」本当の話だったなんて、信じられなかった。
無理もなかった。体験した2人だって、どう説明して良いのか、迷っていた。
函館の七飯町にある、冬はスキー場として有名な横津岳の中腹に、話の赤い実あるという。
藁をもつかむとは、いや、赤い実をつかむ事に望みを賭けた。
あれから、2ヶ月経過したのだが、良子に適合する骨髄が、見つからなかった。
日に日にやつれていく良子。抗がん剤治療は思っていた以上に苦痛の様子だ。
等は、あの日横津岳から持ってきた赤い実を、手の中に容れ「はたして、本当に
良子の体に効果があるのだろうか。」勿論、担当医師に説明しても許可など出るわけが無い。
無菌室で苦しんでいる良子のことを思い、どうやって良子の所へ届けようか?
スーパーの先輩2人を信じ、等は今夜実行する事に決めた。
それから、10日程過ぎた。良子の生命力と赤い実のお陰で、奇跡的に退院する事に。
「等、ありがとう。あのメモ、現実の事だったのね。もう昔の私は死んでしまったみたい。何故か、心も体も生まれ変わったように、自分じゃない気がするの。」そして、あの
能天気だった良子は、性格まで随分変わってしまった。
赤い実の秘密を知ったのが、これで4人になった。
4人に共通するのが、これまでの人生決して幸せな道を歩んで来た訳ではなかった。
又、他人の不幸を見捨てたりせず、手をさしのべる事の出来る4人だった。
人は1人では生きていけない、だからと言って、悪い人間とは、極力避けていかなければ
人生を捨てる事になってしまう。
出会いこそ人生、等は考えていた。
害となる悪い人間に出会ってしまった為に、騙されたり殺されたりしてしまった人も居るだろう。益となる人に出会って、人生に夢と希望を与えてもらった人も居るはずだ。
等は、スーパーの仲間2人の顔を目に浮かべ感謝の気持ちで一杯になった。
等は、職場復帰した昼休みに、先輩2人に良子の退院祝いをやりたいと、(勿論
先輩2人への感謝の意味も含めて)相談した。
「その後、良子さんの体調は、良くなった?」
「ええ、以前に増して元気です。昨日なんか、自分も仕事したいと、働く意欲出てきたみたいで、」「無理は禁物だけど、それだけ元気なら安心だね。明日にも等君のアパートに伺うので、良子さんにも宜しく。」
その頃、良子が入院していた函館の病院では、数日前退院した、患者の佐々木良子について、カルテを見ながら「ありえない現象だ、医学の常識では、絶対にありえない。」
入院後、2ヶ月たった頃から、異常な回復、担当医師は、以前にも癌の末期患者が、異常な回復で完治していたことを知った。
2009年中田清、2010年佐山良夫、年齢は現在63歳、2人共函館のスーパーに
勤めているようだが、当院を出てから予後検査にも来ていない。健在なのだろうか?
医師の秋元は、猛烈な興味を持ち始めるようになっていた。
又、秋元は、山川教授の研究、ips細胞の医学的活用に、大いに期待をしている。
現状の癌治療には、医学的に限界を感じ、抜本的な何かを開拓していかないと、現状打破は難しい、しかし、佐々木良子の回復に、それを見た気がした。
医学に携わって、もう20年近くになるが、多くの人を救えず、多くの人の涙を見ている。
医師にとって、無念の連続だった。
中田清、佐山良夫、佐々木良子、宇宙人なのか、いや、カルテを見る限り、間違いなく
普通の人達だ。とにかく、調べてみる事にした。3人に共通する何かあるはずだ。
秋元の目には、何か遠くに光る希望を、見た様に思えた。
(注) ここで、読者の方に、この妄想はなはだしい、物語のヒントを教えよう。4年前、中田が赤い実を食べて2年後、癌になった事。読者の方は覚えているだろうか。実はこの赤い実、癌に冒された人間にしか効果がなく、健康な人間、いや、健康に生きるもの全てに、毒になる表裏一体の実だった。後に、この事がこの物語
の重大な成り行きに。現に横津岳周辺には、おびただしい動物、鳥の死骸が、散乱していたのである。これらの動物、鳥、赤い実によって救われた事があったのか、知るよしが無い。もし、赤い実の成分が専門家により、大量に出回ってしまったら、赤い実の表裏の意味を知る者以外は、確実に死ぬことになる。又、日が経って3回目と食べた場合にも、
効果、所か、助かるべき命も100%死ぬことになるだろう。
人間、一生の間に、細胞分裂する回数が決まっているようで、赤い実による異常な分裂
により、食してから、10年位が、限度だった。
ゆめゆめ、赤い実を食べてみたい、などと思わないでほしい。念のため。
函館の某電気店で、男は此のところ、薄くなった頭を撫でながら、本日入荷した商品を
倉庫内で整理していた。
1年半前の地デジ移行以来、テレビなど関連商品の販売不振で、一頃の店内の活気が随分
薄れてきている。「俺の頭と同じだな」と自傷しているようである。
男は63歳、2年前に当店へ、販売員としてパート採用された、と、言うより拾ってくれた。恩のある店長、販売責任者に報いるよう、日々販売に精をだしている。
その日の夕方、若いカップルが、真剣な眼差しでテレビと洗濯機の前で考案していた。
彼は、獲物を狙うハンターの気分に変貌し、造り笑顔で2人に近寄り、いろいろと
説明している。テレビと洗濯機の成約、2日後の配送設置と決まった。
しかし、大きなスーパーである。等の勤めているスーパーとは比べものにならない。
何でも、全国チェーンの長崎屋とドンキホーテとの合併店舗だと、先輩2人から聞いた・
「等、これで私達も、人並みになったね。これから、毎日テレビを見ることが出来るんだ、どうしても見たいテレビ番組があるので、等にお願いして買ってもらったけど、お金大丈夫」
「大体、今時テレビと洗濯機が無いほうが可笑しかったのだよ。」等と良子は久しぶりに
楽しい1日を過ごした。
2日後、等のアパートにテレビと洗濯機が配達された。
業者の方が設置しながらよく調べてみると、アンテナ線を購入していなかった。
販売店に連絡して、1時間後、販売店の店員のおじさんが届けに来て「アンテナ線の事、
説明しなかったのが、私のミスです。申し訳ありませんでした。」と申し訳なさそうに頭を下げていた。テレビが映り始めた頃、スーパーの先輩2人がやって来た。「よう、待望の
テレビ届いたか」と言いながら、販売店のおじさんの顔を懐かしそうに見ていた。
「田中じゃないか、お前どうして此処に」「あれ、中田じゃないか」どうやら、2人
知り合いのようだ。
山口は、ここ最近、誰かに見張られている様な気がしていた。又部屋を留守にしている間に、微妙に室内の様子が変化している感じがする。
不動産会社の社長時、ある政治家との癒着により、お互い、膨大な利益を得ていた。
お陰で、ここ数年は、仕事をせずとも、遊んで暮らせるお金はある。
ただ、余りにも、ある政治家の事を知ってしまった。其の事で、脅えながらの毎日を過ごしている。証拠になる資料は全て破棄したつもりだが。
証拠品がまだ1つ残っている事に、山口は気がついていない。つまり、山口本人が、ある政治家にとっては、絶対に破棄しなければならない、重大な証拠品だった。
社会全体が不況の時代、まともに努力しても、会社の大きな発展は望めなかった。
前妻の父の紹介で、ある政治家を知り、民間では絶対に知りえない情報を武器に、山口は
時代の荒波を乗り切ったが、お金では得る事出来ない、幸せを捨ててしまった様に思える。
「此のまま、横須賀で暮らしていると、ノイローゼになってしまう。何処か人知れず身を隠そう」自衛本能が働き「とにかく、明日にでも、そうだ、北に」今夜中に、持っていけるだけの荷物をバックに詰め込んだ。
北と言っても、山口は以前、商談で行った、札幌から旭川の間しか、地の知識はない。
フッと、6年前の奈井江町での事故を、頭を過ぎった。
あの町なら、そうとうな田舎町。追ってからの心配もなさそうな気がする。
上野発19時3分、特急北斗星に山口はバック片手に乗り込んだのだが、山口の背をある
男が追って来ていた。
台風が近いているせいか、昨日から強い雨が続いている。
今日はスーパーの定休日、等は昨日の夜、良子自ら語り始めた過去の話を思い返していた。
横須賀に住んでいた頃の辛い思い出、山口との出会いと別れ、そして、函館での等との出会い。
等が、驚いたのは、あれほど自分の事を話したがらなかった良子が、淡々と自ら語り始めた事だった。奇跡的に白血病を完治してからの、良子の変わりようは驚きである。
良子は、山口への感情が、ここ最近、変化している事に気がついた。
年の離れた山口には、(自分を守ってほしい)何から守ってほしかったのか、今になってもよく解らない。感情が段々と薄れていっている。むしろ、もう2度と会いたくはなかった。
良子は等に「一度、等の生まれ育った砂川に行ってみたい」と話をしてみた。
等も、両親との思い出がある砂川に帰ってみたい気になり、「スーパーの店長に、3日程の
休み、お願いしてみるよ」と返答した。
秋元医師は、一度、中田清、佐山良夫、佐々木良子3人に、術後の経過を見たいとの内容の、手紙を3人に送ることにした。
秋元には、どうしても助けたい患者がいた。秋元の母である。現在の医学では、完治するのには、絶望的状況で、それこそ奇跡でも起きない限り、3ヶ月の余命であった。
末期の胃がん、半年前から、体の変調を来たしていたのだが、秋元が検査した時は時遅し
の状況。「俺は、母も救えない医師なのか、どうにか出来ないのか、」秋元は自分を責める事しか出来ない。しかし、3人の患者の存在に光を見たような気分になった。
「もしかしたら、医学では説明出来ない事がこの世に存在するかもしれないな。」
冷静な秋元なら、考えられない事である。しかし、大事な母の状況を考えた時、冷静さを失ってしまっている。
父の一雄は、秋元が中学生の頃、病で亡くなっている。そんな秋元は、母の京子によって
愛情一杯に育てられた。一日中働き、少ない時間を割いての母と子の触れ合い。
秋元は、母の期待以上に勉学に勤めた。「母を少しでも楽にしてあげたいけど、僕に出来る事は勉強だけ」少しでも母の為と思い、朝早くのアルバイトを始めた。
厳しい毎日だったが、努力したお陰で、今の自分がある。
ようやく、生活にゆとりが出来、これからと言う時に、母の病気。
秋元に一生を捧げた様な母だ。
毎日の様に絶えない犯罪。秋元の様に母親から愛情一杯に育てられた人間は決して
犯罪など起こさないと思える。
中田と佐山は、函館病院からの手紙を眺めながら「俺たち3人、お世話になった秋元先生
からの手紙だ、行ってみるか、何故か検査料も無料みたいだしな」中田は佐山に「しかし、
あの事ばれてしまわないか心配だ!」赤い実のことである。
3日後、函館病院の受付待合室に2人は居た。受付後、内科室に案内され先生とは3年振りの再会となった。検査は思っていた以上に時間がかかり、まるで人間ドックのようだ。
検査もようやく終え、5日後検査結果が解るので、再来院してほしいと、秋元先生に告げられた。
秋元は、3年振りに2人と再会して驚いてしまった。肌、顔のつや、いや全身、3年前
と比べて若返っている。初めの検査スケジュールを無視して、調べてみたい全てを
徹底的に検査をした。
健康な人間を、ここまで検査して何の意味があるのか、担当部署の検査官は不満を漏らしたほどだ。
消化器、血液学的、肝機能、腎代謝膵、糖尿病、ets検査機関から3日程で検査結果が
送られてくるはず。
スーパーの店長から休暇の許可がでた。
2人は早速、等の故郷、砂川へ向かっていた。
良子は初めての、等との旅行なので、ウキウキ気分。
「ネエ!砂川の町ってコンビニとかあるの?」あきれてしまった。
少し、ム!とした顔で、「サア!行ってからのお楽しみだ!」
そんな、たわいも無い会話をしている間、こちらの方を、チラチラ見ている男が居ることに等は気になっていた。
特急スーパーカムイは、15時10分砂川駅に到着した。
駅内に入って、等が気になっていた男に、後ろから声をかけられ、等と良子が振り向いた
瞬間、良子の体は膠着状態になった。
駅近くの喫茶店で3人は向かいあった。
実に偶然な出会いである。山口と良子の関係、山口と等の関係、等とは6年振りの再会。
山口は等に「ご両親の事故から、もう6年にもなるのだね。立派な青年になって、天国の
ご両親も安心している事だと思います。」
「あの時は、いろいろお世話になりました。又、山口さんには両親の事故で本当にご迷惑
をかけました」2人の会話を良子はキョトンとした顔で聞いていた。
「砂川へは、お仕事の関係で?」と聞いてみたが「仕事は辞めました。今は職無しの身です。今回はいろいろと事情がありまして、と言いかけて、あたりを何か気にている様子。
「今は、話せない事情がありますので、私の携帯の番号をメモしますから、又ゆっくりとお話ししましょう。それと、等さんの携帯の番号を教えて下さい。」
「あいにく、私は携帯を持ち合わせていないので、函館の住所をメモします。」
「函館に住んで居るのですか。それで特急で」
山口と別れてから、「ネエ!どう言う事。何故、等はあのひとを知っているの。教えて。」
いままで、無口だった良子が、等に不思議そうに聞いてきた。
「まずは先に、ホテルを探そう。それから良子に説明するから。」
駅から3分ほど歩いた所の砂川パークホテルに、宿をとることにした。
良子に会えた。まさか砂川で、車内に似ている人がいるものだ、と思ってはいたが、
それも昔、車の事故で知り合った、あの等君と一緒に。
良子と2人で話をしたかった。だが、2年前自分の一方的な都合で別れた負い目がある。
今更、何を期待しているのだ。自分に問いかけていた。
それと、先程、入った喫茶店に某政治家の秘書木村に良く似た男を見たのだが、まさか、
やはり、俺は監視されているのか?しかも、妻の浮気相手木村を使って。
狭い町である。木村も又砂川パークホテルに宿泊していた。
その日の夜、山口の携帯に木村から電話があった。
「ご無沙汰しています。以前お世話になった木村です。山口さんには公私共々面倒みていただきありがとうございました。実は、おやじ(某代議士)の要請で此処砂川に来ています。一度会ってお話ししたいことがあるので、どうでしょう、貴方の今後についての重大な話なのですが。」
山口は一瞬耳を疑った。俺をここまで落としこめた張本人木村からの電話だ。俺が妻の浮気相手が誰かを知らないと思っているな。「解った。それでは、どうせ居所が判っていると思うが、明日昼の2時砂川パークホテルのロビーで待ち合わそう。」
山口は電話を切るなり、すぐさまチェックインの準備にかかった。1泊するつもりだったのだが、仕方ない。ここもやばそうだ。
しかし、何処へ、そうだ等君の住んでいる函館に、良子にも又会える。
砂川発20時35分、特急スーパーカムイ46、札幌着21時20分それから乗り換えて
22時発の特急はまなすに乗車すると、函館には夜中の2時52分着か。急いで駅に行かないと間に合わないな。食事は列車の中でも出来るだろう。等君には函館に着いてから連絡する事にしょう。と思ったが、等君は携帯持っていなかった事に気がつき、そうか、住所のメモを貰っていたな。
検査機関から2人の検査資料が函館病院の秋元医師の元は送られてきた。
所見欄には、ほぼ異常がみとめられず、との返答。
ただ、おかしな事が一つあった。血液型不明との不思議な結論。
当院での記録では、2人ともB型RH+の筈だ。秋元は検査機関に、再び問い合わせた所、
「不明な型で確認出来ない。」との返事。
絶望的な笑いがこみ上げてきた。これでは母は助からない。しかし、待てよ、いつから
血液型が変化したのか?明日2人は検査結果で来院予定、何かがあるはず、いや!絶対にある。秋元は溺れる者藁をもつかむ、心境になっていた。
夜中、2時52分函館駅に到着した山口は、駅近くのサウナに入っていた。
此処は24時間営業なので、明日いや、今日になる、昼から等君のメモを頼りにアパートを探してみる事にした。タクシーに乗車して行き先を告げると、そのまま等君の住んでいるアパートに着いた。探すまでも無かったようだ。
昭和町にあるメゾン・プレジデント、名前だけは立派な5階建てのアパートだ。
エレベータも無い。「これは、5階に住んでいる人は、大変だな」取合えず、等君の
住んでいる所は分かったので、2~3日函館の町を見学することにした。
その頃、約束した時間になっても姿を現さない山口に、木村は困惑していた。
ホテルに聞いてみた所、昨夜チエックアウトしたとの返事。「しまった。逃げられたか!」
自分の大きなミスに木村はうろたえた。
其の時、ロビーに、昨日駅前の喫茶店で、山口と親しげに会話をしていた若いカップルを
見かけ、2人が腰掛けている椅子を背に、木村は座り聞き耳を立てている。
「良子の元恋人!あの山口さんとは、正直驚いたよ。それで昨日は、あんなに無口になっていたんだ。」「本当に驚いたの!だっていきなりでしょう。今は昔の好きだった感情が、まったく消えて、今は、ただの可哀相なおじさんという気持ちなのよ。」
「会いたくない気持ちも分かるけど、俺にとっては、両親の事故で迷惑をかけてしまった
人なのだ。昔の感情が消えてしまったなら、俺の歴史上の人と思って普通に話をしても良いと思うのだけど、ダメかな?」「全然大丈夫だよ。今の私、以前の自分とは、自分でも理解出来ない位、変わってしまったので、本当に大丈夫、心配しないで。」
「じゃ!ロビーに在る公衆電話で、山口さんに連絡してみようか。」
等は公衆電話のある場所に向かって行った。
木村は笑っていた。「これで山口の居所がはっきりするな。」
ここで、読者にヒントです。
実は、某代議士は職務の関係で、公安とのパイプが強く、アメリカの機関が開発した
Mシステムを利用していた。Mシステムとは、アメリカだけでなく、友好国の
日本、韓国など、頻発するテロに対して、情報を防情する目的で、国際的な注意人物だけじゃなく一部の一般人までも、利用するパソコン、携帯、のネット、電波を対象とした、
いわゆるGPS機能を使ったシステムであった。
(携帯などは、通話した時点でGPS機能が作動される。勿論これは現在の日本の法律では違法行為であるが、テロ対策には、大きな成果を挙げているようだ。)
山口の居所が解かった。
木村の行動は早く、おやじに連絡して、ある人物を使って(元自衛官、レンジヤー所属)
函館のメゾン・ブレジデント○号室に盗聴器をセットする様、依頼した。ある人物
とは、おやじの闇の影で、人殺し、窃盗、などを専門とする、木村も会った事がない
恐ろしい化け物のような人物だ。自分も親父を裏切ったら、この男に。
こんな化け物を登場させたくなかったのだが、止むを得ない状況だった。
等は山口が、今函館に居る事が解かり「明日、函館に帰りますので待っていて下さい。又
電話します。」
函館へ帰って来て、病院から、手紙がきていた。体が以前より健康な状態が続いているので、自分が少し前、生死に係わる病気になっていた事を、すっかり忘れてしまっていた。
「何だろう?支払いも済ましているし」封を開けてみると、秋元医師からの診断要請だった。等に相談して診断を受ける事に決めたのだが、一応中田さんと佐山さんにも連絡してみよう。
話を聞いてみると、人間ドックの様な感じで心配ないと、ただ赤い実の事は、絶対に話をしてはいけない。念をおされた。命の恩人にはさからえない。
病院での検査も終わり、5日後来院してほしい、と言われ良子はアパートに帰って来ていた。その夜、等は中田さんと佐山さんを連れて帰宅。
夕食は4人で久しぶりに、すき焼き。私の好物と知って等が用意してくれた。
食事を終え、話の話題は赤い実の事。
今日、横津岳が新雪とテレビのニュースで知り、中田さんは「雪が積もってしまうと、来年の雪解けまで、赤い実はお休みだよ。道南自慢のスキー場だけあって、相当の人が山に入り混むが、雪が解けて山に入るのは、俺たち位だな。いつ頃まで、あの赤い実もってくれるのか?」そんな話を3人でしていた。
木村は、等の部屋に設置している盗聴器で、何やら赤い実が、どうのこうのと訳の判らない会話を、パソコンのデーターとして保存した。又あの不気味な男が仕掛けた超マイクロカメラによって4人の姿は丸見え、完璧だ。カメラは、液晶テレビのパネル部分に仕掛けられていた。
通常、パネルのドット欠けは、電源が入らない状態時、白く見えるが、そこはプロの仕事。ドット欠けまで細工していた。つまり、等の部屋は、木村にとって丸裸なのだ。
さすがに、完璧な仕事をこなす男だ。後は、山下がこの部屋に尋ねてくるのを待つだけ。
5日後、良子、中田、佐山は秋元医師から来院してほしい、と連絡が入った。
やはり良子も、2人と同じ血液型で、健康状態に問題がなかった。
等も3人に同行して来院した。秋元医師は4人を、ある患者の入院している個室に案内した。そこには、やつれてしまった65歳前後の女性患者がベットに寝ていた。
やせ細っているが、顔の整った、優しそうな女性を見て、中田は涙を流している。
中田は、今は亡き母を思い出して、つい涙を流してしまった。
その後、秋元は自分の事務所に戻り、4人に「私の母です。あと持って2ヶ月位。私を育てるために、身を犠牲にしてきました。どうしても助けたいのですが、私の力不足で、
お願いです。あなた方の秘密を教えて下さい。」一呼吸置いて、中田は「その為の我々の
検査だったのですか?」「初めは、佐々木良子さんの異常な回復に興味をもち、調べて行く内に、中田さん、佐山さんの患者記録をみつけ、医学的な疑問に解答を見つけようと考えていました。しかし、疑問は増すばかりで、解答は見つけることが出来ませんでした。
もう、3人に共通する何かを聞かなければ、と思い本日来院していただきました。どうか
母を助けて下さい。」秋元医師は涙を流し、頭を下げている。
中田は「明日の昼頃まで時間を下さい。」どうやら、赤い実の出番の様だ。他の3人、元々
は中田が発見して我々を助けてくれた赤い実、異論はなかった。
「今年最後の人助けになるな」その日、横津岳の赤い実を前にして中田は呟いた。
秋元は、中田が或る所から持ってきた何かの赤い実を手にして、「これがあなた方の秘密ですか。」21粒ある。「そうです。これは絶対に他言しないで下さい。毎日2粒、10日間食べさせて、様子を」「解かりました。絶対に他言はしません毎日2粒ですね」さらに中田は「1粒余るはずです。この赤い実の成分解明いや!研究で良いです。秋元医師にお任せします。」秋元は半信半疑だったが、もう母の命はこの赤い実に托そう。
函館万代埠頭に、ある男の死体が発見された。テレビのニユースでは、酒に酔って海に転落したのでは、と推測されている。
木村はテレビのニユースを見ながら、「あの男、おやじの命令でやってしまったな。」
呟いていた。もう少し山口の様子を見てからでも!これで俺も函館に要はなくなった訳だ。
山口は、等と良子のアパートに行く前に殺されてしまつたようである。
木村は、函館を去る前にやらなければならない事がある。又あの男にメゾン・プレジデント○号室の盗聴器撤収依頼だ。
盗聴も今夜限り、パソコン内のデーターも削除しなければならない。
削除する前にデーターを確認してみた。昨日のアパートの住人の会話なのだが
「等、中田さん秋元先生に今日、赤い実持って行ったら喜んでいたそうよ」
「本当に、赤い実は奇跡の実だよな。先生のお母さん、これで、末期癌完治すると思うよ。」
「所で、あれから、山口さんから連絡が無いけど、横須賀に帰ってしまったのかな」
木村は、唖然とした。2人の会話の意味が解からない。
赤い実って何だ?もう少し函館に滞在する心要がありそうだ。
3日前の夕方、山口は函館滞在中、宿としている市内のホテルに、斉藤と名乗る男が訪ねて来ていた。等君の知り合いで、万代町の居酒屋に等君と待ち合わせているので、頼まれ迎えに来たと言うことらしい。そう言う事なら、とりあえず居酒屋に行く事にした。
居酒屋で1時間程しても等君が来ないので、不信に、それに、やけにこの斉藤という男、
酒を勧める。突然、何故、等君は俺の宿泊しているホテルを知っていたのか?此の男一体何者なのか。もしかしたら、某政治家の顔が浮かんで山口の動物的自衛本能が全開した。
斉藤と名乗る男の携帯が鳴り、「等君からの携帯からでした。少し遅れるようです。万代埠頭に行って見ませんか、歩いて10分位の距離なので、」又この男、嘘を言っているな。等君、携帯は持っていないはず。俺をどうするつもりなのだ。万代埠頭に着いてから襲って
くるのか?(実は山口、空手5段で、知る人ぞ知る達人だった。その為、男には警戒していたが、いざという事があった場合でも、身を守る自身が在るようだ。)
案の定、男は山口の後方から襲い掛かってきた。身を構えていた山口は体を寄せ逆に
男を、禁じられている空手の一撃を顎に撃った。そのまま、男は海に、溺れてしまったのだろう。この男まさか俺が空手を嗜んでいるとは知らなくて油断したな。
次の日、男の事故死のニュースを流しているのを、山口はホテルのテレビで見ていた。
気が高ぶっている。等君とは2~3日会わないほうがよいかもしれない。
万代埠頭での男の死体は、某代議士の影であって山口ではなかった。木村は流れに沿っていけば、山口が、との先入観を持っても不思議じゃなかったのかもしれない。
とにかく、木村は山口が死んだと思っている。ここに、この物語の某代議士に大きな誤算が生じてくるのだ。
道警函館本部では、男の身元が不明で、酔っての事故死と曖昧な形で処理してしまった。
一方、山口は自分の行動、等君の存在、など何故知られているのか、じっくりと考えていた。木村は何か俺の身の回りに、其の時、目の前の携帯に不信を感じ、もしかしたら、これか?しかし、等君の住所も知られている可能性も否定出来ない。一度、内密に等君に会って、自分の置かれている状況を相談しょう。俺の為に等君まで、いや良子にも災いを
掛けては申し訳ない。山口は等君宛に誰にも告げず、勿論良子にも。山口の滞在しているホテルに来るように手紙を送った。
山口は、携帯を取合えず破棄して、もしかしたら、等君の部屋に盗聴されている可能性も考えていた。兎に角、人殺しを送ってくるような奴らなのだ。油断は出来ない。
テレビを朝から見ていた良子は、画面がチラチラするのを気になって、等が仕事から帰って来てから、ドンキホーテの電気部に修理の依頼をした。
夜の7時頃、早速、あのおじさんがやって来て、「明日メーカーの技術屋さんに連絡します。
このチラチラする原因、私には判りません。すいませんけど、明日まで宜しく。ご迷惑かけます。」中田さんの知り合いなので、怒る気になれない。
翌日、テレビメーカーの技術部の方が来て、いろいろと調べてくれたのだが、「テレビの
バックライトのあたる画面のドット部に何かの異物がありました。それと、チラチラするのは、何かの電波が部屋に流れているのではないか、気になるようでしたら専門に技術者を呼びますけど、」と説明された。又異物についても社に帰って調べてみるようだ。
兎に角、気になるので「専門の方を呼んで下さい」と良子は依頼した。
木村は、某代議士に山口の死亡と、まだはっきり説明出来ないのだが、赤い実の事も
報告した。代議士から「その赤い実の話、どういう事か調べて逐一報告するように」との返事が返ってきた。さすがに、金になりそうな事は興味を逃さない男だ。
日1日と回復していく母を見て、驚きと、中田への感謝に溢れていた。
赤い実を一日2粒、今日で10日目。赤い実は1粒を残して全て母に与えた。
母の顔色が昔の様に、いや、それ以上に良くなっていっているように見える。
信じられない状況だ。中田に託された1粒の赤い実が、解明してくれるだろうか。
秋元が1番信頼している、大学時代の友人、加山が所長を勤める名古屋の研究所に
赤い実の分析を依頼する事に決めた。
腹黒金蔵、名前からして、此の人物の正体が解かりそうなのだが、主婦層から絶大な支持を受けて、衆議院議員7期目の実績を残している。
某大国から得た、シンジケート、ビジネスに依って膨大な政治資金を蓄えていた。
後、もう少しの所まで来ている、日本政治家のトップの位置。
大国とは、トップになったあかつきには、大国からの大量移民などの約束をしていた。又腹黒は供給不足解消の為、日本人による臓器密売まで、大国に従うよう指示されている。腹黒は頭が完全に狂った、超の付く国賊政治家だった。
アジア地区で多発している行方不明者。需要と供給のバランスが崩れている臓器移植売買。
子供には子供の、青年には青年の、中年には中年の臓器が不足していた。
山川教授の研究開発しているips細胞が実用されたら、このビジネス?は、どうなるのか。
木村秘書は腹黒にとって、実に都合の良い男で、又東大を優秀な成績で卒業していた。
女性好みの顔、そして、何よりも女性の弱い落し所を、見つける天才でもある。
選挙の時など、何度、木村によって助けられたか、いわゆる、カリスマ的秘書である。
そんな木村から、函館に美味しそうな情報が有ると連絡が入った。
美味しそうな情報は大好きで、兎に角、金になる事は絶対に物にしろ、と木村には教育している。
仕事先スーパーに、前日、テレビのチラツキの原因を依頼した、電気メーカーの技術屋さんが尋ねてきた。「調査結果が出ましたので、報告に伺いました。」
「実は、お客様の部屋、何者かによって精巧なマイクロカメラ、盗聴器が設置されていました。どちらも一般には市販されていない高価な機器で、お客様の指示を受けてから撤収しようと、本日伺いました。」
誰が、何の為に、自分の部屋に盗聴器を。技術屋さんに「1時間ほど時間を下さい。相談したい人が居るので」
倉庫整理している中田に事の成り行きを話した。
「ここ最近、等君に変わった事がなかった?。」
等は「そうですね、良子と砂川に行った事と、そうだ!其の時6年振りに知り合いに会いました。山口さん何か事情があるようなので、今日会う事になっています。」
中田は、「その辺が怪しいな。どうだろう、盗聴器を仕掛けたのが何者なのか解らないというのも不安だし、ア!そうだ、等君の部屋で秋元医師のお母さんの件、話したはず。赤い実の事も」
等は「中田さん、今日、山口さんと相談して、盗聴器の件、結論を出します。」
その後、技術屋さんに「もう一人相談したい人が居るので。2~3日盗聴器を撤収する事待って下さい。後で連絡します。」
技術屋さんは「先に撤収したマイクロカメラ、少し心当たりがあるので調べてみます。」
等は「此の件、誰にも、警察にも知らせないで下さい。」技術屋さんにお願いした。
スーパーの仕事を終え、山口の指定した場所に等は向かった。
山口は先に到着していて「等君、砂川の喫茶店以来か。実は数日前、ある男に命を奪われそうになって、大変な目にあったよ。万代埠頭での身元不明死体がその男なのだが。」
「エ!あの万代埠頭での事故死!そうだったのですか。」
それから、等は自分の部屋に仕掛けられた盗聴器とマイクロカメラの事を話し、
「山口さん、どう考えられますか?一体誰が、何の目的で、今後どうしたら良いのか、
山口さんに相談してから、盗聴器を撤収しようかと、まだ、部屋に放置しています。
何だか怖いですね。」
山口は「やはり、盗聴されていたか。実は等君をここに呼んで相談したかった事がそれなのだよ。」
山口は、昔から自分のやってきた事、政治家との繋がり、等君には辛い話しと思ったが
良子との事、隠さず全て等に話した。
「良子からは、その件聞いていました。私と良子、男女関係はありません。兄妹というか、
マア!そんな関係なので、山口さんは気にしないで下さい。私は山口さんを信頼しています。」そんな等の話を聞いて山口は頬に涙を流していた。
「ありがとう等君。等君の話を聞いて、良子への感情は消えてしまいました。君たちが幸せなら本当に良かった。」
それはそうと、実は山口さんに、どうしても話せない事があるのです。
私の恩人から絶対に他言してはいけない、と。今は話せませんが、いずれ恩人から了解されてから、知ることになると思います。
取りあえず、山口との会話で、盗聴器を仕掛けた人物が解った。
次の日、技術屋さんに連絡して、盗聴器を撤収してもらう事にした。
木村は、マイクロカメラ、盗聴器と撤収されてしまい、新しい情報が得られない状況にあった。「親父には、徹底的に調べろと、命令されていた。赤い実は、ただの空想話だったと
報告するか。」と、其の時「そうだ、秋元医師がどうのこうのと話をしていたな。親父に報告する前に、函館病院を調べてみるか。」
木村は数年前から、そろそろ腹黒から手を引きたかった。こいつは、まともな政治家、いや、人間じゃない。金、名誉と自分の為なら何でもする恐ろしい男だ。
「俺が、もし腹黒を裏切ったら、いや、考えるのはよそう。」山口の顔が浮かんで来た。
「しかし、俺がこの世を去ったら、腹黒の奴、政治家としてやって行けるのだろうか。」
木村は腹黒の弱みを見つけた気分になり、いずれ自分が腹黒の選挙地盤を、頂く事を考えていた。
人身売買シンジケートなどを持つ腹黒の裏の顔を、木村はこの時点では、まだ知らない。
それだけじゃなく、某大国との繋がり、日本国民を裏切っている事も当然知らなかった。
加山から、赤い実の報告書が送られてきた。
秋元は中田への感謝の気持ちで、中田を呼んで一緒に開封しょうと思っていた。
母の命の恩人、中田は神のような存在である。
秋元医師からの連絡を受けた中田は、佐山、等、良子の3人を伴って、秋元医師を尋ねて来ていた。
報告書を秋元医師によって開封された。
何かの記号に数値が、4人には、何のことか、さっぱり解らない。
しかし秋元医師の顔色が変わっていった。「こんな事が、信じられない」
赤い実の成分分析と、赤い実をチンパンジに与えて得た、結果がこの報告書だった。
報告書の他に、もう1枚、加山からの手書き文書が入っている。
(拝啓、秋元君、お元気そうで何より。君の大事な母上もお元気ですか。俺も学生の頃
いろいろとお世話になり、宜しく伝えて下さい。
それはさておき、赤い実の分析結果と、チンパンジでの実験報告書を見て、秋元君も、
さぞ、驚かれたでしょう。一体何故何処で、君の手に入ったのかは解りませんが、この
成分、何かの作用によって、血、体液、細胞など、一旦修復してから活性化していくようです。ただ問題は、活性化するスピードが、通常の3倍近く早く、マックスに達すると
増殖に変化していきます。もし、人間に使用すると、10年ほどで心臓が耐れなくなると思います。この成分であれば、数年で培養可能と考えられる。さらに、後数年の研究で活性化された体の各部の増殖を押さえ込む新薬も開発可能になると思うよ。
まさに、不死の薬になってしまう。
しかし、秋元君よく考えてみてくれ。不死の薬を開発してしまったら、死ぬ人が、殆ど居なくなってしまって、世界中人間だらけ。高齢化社会なんてもんじゃない。食料不足など大きな問題が、人類を破滅させてしまう危険があるのだ。
世界人口の一定の数が自然なのだよ。
後は、依頼者の秋元の判断に任せる。どう判断が出るにせよ、俺は墓場まで持って行くよ。
賢明な判断を期待する。 加山より。)
秋元は、4人に聞かせるように、加山からの文書を読んで聞かせた。
これは、中田、佐山、良子、秋元の母の余命宣告と人類の行く末を記した文書だ。
中田と佐山は「俺たち、もう充分に生きた。俺達の事は心配しなくても良いです。」
良子は「私も充分に生きた。とは言えないけど、一度死んだ身だし」と言いながら
「でもやっぱり生きたい。こんなに良い人に出会ったばかりなのに。」と、声を出して泣いてしまった。
秋元は苦しんでいる。加山の考えは自分とまったく同じだったから。
しかし、人類の未来を我々で決めて良い事なのか?事が重大過ぎる。
せっかく、助かった母も後10年の命。
10分ほど沈黙状態が続いた。
突然、等は「赤い実の培養、絶対にするべきです。増殖に対する新薬の研究も同時に開発してもらうのです。」
4人は同時に「人類の未来は?」
「考え方の違いです。死にそうになっている人が、何人、人類の未来の事を考えますか。
赤い実の事知っている者は、ここに居る5人と、秋元先生のお母さん、加山さんの7人だけです。7人の秘密にして」と言いかけて「そっか!研究開発者数人も知る事になるな。
良いじゃないですか、助けなければならない人だけを選別するのです。我々だけの秘密
プロジェクトです。」
中田は言った。「それじゃ、俺たち神に成ったつもりになってしまう。」5人は、お互いの顔を見ている。秋元は目を瞑ったまま「等さん!君の考えに、私は従うよ。」
山口にとって、腹黒と木村の2人は、絶対に許せない奴らであった。
自分が窓口になって、腹黒には、かなりの裏金を与えている。
(実態のない金だけに、山口にとっても相当の美味しい思いをしているのだが。)
確かに、自分の存在自体が、奴にとって危険なことは100も承知だ。
だからといって、普通、殺そうとまで考えるだろうか。
奴には、まだまだ大きな秘密がありそうだ。
それと、妻まで奪って、腹黒の手足となって自分を執拗に追ってくる木村。
万代埠頭での事件、道警の曖昧な事故処理。腹黒は、函館の身元不明死体と
いった情報で、俺の死体だと勘違いして、捜査を終わらせる様に手をうったはず。
木村はまだ函館に滞在しているのだろうか?
盗聴器の件で、昨日、等君は相談しに来ていたな。
函館にまだ居るなら、自分が見つかってしまう事も考えなくては。等君と良子に
これ以上迷惑を掛けられない。
山口は、しばらく函館の町から離れる決意を固めた。
ホテルの一室で、男女5人、パソコンを前に秘密会議を開いていた。
「これから、お互い連絡、確認その他、赤い実に関する全ての事は、口頭、電話での
連絡はNGにしょう。ここにセキュリテイを3重にカバーしたホームページを作成しょうと思う。セキュリテイが3重なので、パスワードも、第1の、第2の、第3のと、3つの
ガードの固いものを5人で決めよう。そして、もしもの事を考えて、例えば、赤い実の事を、A①とかの暗号に変えて利用する事に、将来、自分達のサーバーを作って
完全に、他からブロック出来る様に考えている。異存はないでしょうか?」
佐山の意見に、他の4人は目を丸くしていた。
佐山良夫、この男、今では、ただのおっさんにしか見えないが、彼の経歴を説明すると、
とある工業大学を卒業後、某通信会社に就職した。担当の部署では通信セキュリテイを任されていたが、しかし、10年後ある事件をきっかけに、退職。
彼は、その道では有名なハッカーで、事もあろうことに、防衛省の国家機密部のガードをこじ開けて侵入してしまった。機密文書を如何する事じゃなく、ただ最も硬いガードを自分の手で開け、侵入したい、といった挑戦的な好奇心からだった。
防衛省は、事が重大な事から、辿り調査をした所、佐山にたどり着いたと言う訳である。
当然、某通信会社からは首の宣言。それだけでなく、10年近くの牢屋暮らしとなった。
そんな佐山を拾ってくれたのが、現在勤めている函館のスーパーであった。
力強い仲間が、居たね。俺たちはついている。等は心からそう思っていた。
良子は秋元が勤めている、函館病院の事務員として採用される事になった。
パソコンは、佐山と秋元が管理する事になり、極力他のパソコン、スマートフォンなどからのアクセスは禁じた。又一般の連絡には、佐山がガードセキリュテイを強化した。
スマートフォンの改良品を用意して、それ以外の通話はNGとした。日本人では最高水準の佐山にとっても、これ以上のガードは考えられない位、セキリュテイは万全だった。
函館病院の事務員として働き始めて、もう1ヶ月になった。
仕事内容はまだ良く理解してはいないけど、久し振りの勤めだったせいか、充実感があった。秋元医師も心配なのか、よく事務所に立ち寄り、良子に話しかけてくれる。
「普通に仕事内容を覚えて、普通に動いてくれたら良いから。無理しないで。」
やけに、普通、普通と連呼するな。勿論、此の仕事が、私を採用してくれた本当の目的じぁないのは解るけど。
等、中田、佐山との連携が私の本当の仕事だった。
向上心の強い良子は、秘かに看護士に成るための、勉強も始めていた。
秋元からの連絡に、加山は驚いた。
医者の本分である、病から人を救いたい、と秋元は伝えてきていたが、加山は、そんな
秋元の性分は初めから解っていた。「研究員を揃えなければならないな。」加山の頭に2人の人物を浮かべ、「吉田早苗、伊藤理沙、連絡してみようか」この研究は信頼の出来る、さらに優秀な人物でなければならない。吉田早苗は京都物理研究所、伊藤理沙は、東京薬理
研究所に現在在籍している。特に吉田早苗はips細胞の研究で、世界に名の知れている
山川教授の研究開発チームに所属していた。現在の研究を投げ捨ててまで、当研究に参加してくれるだろうか? 伊藤理沙、年齢は若いが、日本の医学学会に将来を期待されている逸材で、独特の研究技法と信念を持っている若きホープである。又吉田早苗の信者でもあった。
「この2人しか考えられないな。」
秋元は加山からの要請により、良子と一緒に名古屋研究所に向かっていた。
研究所では、良子の体内精密検査が始まり、調査結果報告書を見て、「なるほど!これは凄い。新人類と言っても過言ではないな。血液型まで変わってしまっている。解明不能型だ。」
加山は良子の入院前のカルテと見比べて絶句した。
3人は、研究所の近くにある喫茶店に出向いて、美味しそうにコーヒーを飲みながら。
加山は、吉田早苗と伊藤理沙の話を聞かせた。
「2人の説得、宜しく頼む」と、加山の手を握り、佐山の用意した改良スマートフォンを手渡した。
吉田早苗を説得出来れば、伊藤理沙を説得出来る確信がある。
赤い実の成分解析書と良子の体内検査書を持って、京都に居る吉田早苗の元へと向かった。
実にあっけなく、吉田は研究に参加することに決まった。
「加山さん、この報告書、本当なのですか?恩師でもある加山さんが、わざわざ京都に来てまで私をからかいに来たとは思えない。現在研究しているips細胞の研究、私が居なくてももう充分に実用化まで進んでいます。是非この研究に参加させて下さい。お願いします」
反対にお願いされた格好になった。その後東京に滞在する伊藤の元へと向かった。
報告書を見て「私、興奮しています。吉田早苗さんも参加されるのですか?お願いします。
私も参加させて下さい。絶対に参加させて下さい。お願いします。」
何て事がなかった。加山の気苦労であった。優秀な2人の研究者が、この研究を見逃すはずはなかった。
12月24日、クリスマス・イブ、函館山の麓に在る某ホテルの一室に加山、吉田、伊藤の3人を加えた8人が、初めて顔を合わせ、各自、自己紹介している。
「我々は、人類の未来を変えてしまうかも知れない重大な研究をします。ここの8人は其の事を充分に理解していただきたい。」
秋元は、吉田と伊藤に、これまでの経緯を説明して、各自これからの役割分担を相談しょう。と皆に問いかけた。
話し合った結果。加山、吉田、伊藤は名古屋研究所での赤い実の研究担当。
佐山は、研究内容が外に漏れないよう、セキュリテイ担当。
秋元と、良子は研究に心要な資金、物資調達担当。
中田と等は、横津岳にある赤い実の保全とその他の部署支援担当。
研究所は函館に置きたかったが、研究資材には莫大な資金が掛かりすぎる。
秋元、加山、2人で、何とか8千万円位用意出来る目安だ。公的資金は期待出来ない。
良子が「私、現在4千3百万円位あります。ある方から頂いて、少し私の病気で使ってしまったけど、これも使って下さい。」
等は、良子が眩しく見えて嬉しかった。
それと、佐山は現在働いているスーパーを退職して、名古屋研究所の警備員として名古屋に行くことに決めた。
伊藤理沙はシングルマザーで、2歳になる女の子が居た。目の中に入れてしまいたい程、可愛がっているが、名古屋に行くことになるので、仕方なく静岡の親元に預けることにした。
山口さんから連絡が途絶えてもう数日、等は、万代埠頭での出来事を聞いているだけに
山口さんの身の安全を心配していた。「元気にしていれば良いのだが。」
その頃、スーパーでは、佐山の欠員によって、新聞にアルバイト募集を掲載した。
一方、函館病院を調べていた木村は、赤い実の情報収集に進展がなく「これ以上いくら調べても結果が出ないな。」あきらめかけていた。
そんな時、新聞の求人広告欄を見て「等が働いているスーパーじゃないか!これだ、これに賭けてみるか。これでダメなら諦めるしかないな。」
まさか、函館に来てスーパーのアルバイトに募集するとは、うまく入りこめると良いのだが。東京の腹黒に連絡して、適当な人物の履歴を作りあげた。
数日後、木村はスーパーの店長に中田と等を紹介されていた。
学生時代、一時コンビニでアルバイト経験があったのが幸いした。
2人と親しく成る為に懸命に働いたが、なかなか仕事以外の付き合いは出来ていない。
「マア!焦っても警戒されたら事を損じる。」
等は中田に「木村さんは仕事の要領も良い上に、覚えるのも早いですね。」
中田は「等君、木村さんには悪いが、仕事上の話し以外は、無視するようにお互い気をつけよう。それと、何となく気になるのだが、頭が良すぎる。あの若さでスーパーのアルバイトか。」「今の世の中、就職難ですから、おそらく一時しのぎの腰掛でしょう。」等は何故か木村には同情気味に中田に返答していた。
アジアのある国で、誘拐一味団が、周囲に住む住人の情報で摘発された。
50人ほどの子供達が保護されたのだが、子供達の話では、ここ最近20人ほど行方が解らないと。8人の誘拐一味団のメンバーは、1人を残し後の7人は持っていた拳銃で自決してしまった。残った一人は「俺はメンバーに雇われ、子供達の食事を作る事だけで、後のことは知らされていない。」と、答えるだけだった。
某大国の当局では「日本の腹黒は、大きな管理ミスを起こしてしまった。責任を取ってもらうしかないな。」
その頃、身の危険を感じた腹黒は、政治の舞台から、健康上の問題が発生した。と降りてしまった。アジアに広がる人身売買(臓器売買)のシンジケートを即、解散させ自身の
証拠隠滅を図っている。
又、腹黒は一家総員アメリカに逃げるように移住してしまった。
木村は腹黒の裏の顔を知らなかったので、誘拐一味団のニュースをテレビで知って
「世の中、悪い人間がいるものだ。子供達、無事保護されて良かった。」と思っただけで
大した気にもしていなかった。自分のスポンサーでもある腹黒が失脚した事など、知らないでいた。
2014年4月、中田と等は、雪解けが始まった横津岳に、赤い実の状態を見に行く事にした。「等君、今夜仕事を終えてから、行ってみようか。」
しかし、木村が、2人の後を付けている事に気付いていない。
「今夜、何か解る気がする」木村の直勘だ。
「赤い実が5個付き始めている。これから例年通り、実ってくれるはず、今年も宜しくな。」
中田は、赤い実に手をかざし呟いていた。
「とうとう赤い実を、俺は見つけたぞ。後はこれが何なのか、調べてみれば解る。」
安心して帰った2人を確認してから、木村は赤い実を手にし、達成感で震えが止まらない位、興奮していた。
腹黒が政治の世界から失脚した事を知り「これで、おやじとの繋がりは無くなった。
此れからは、自分の力で、のし上がっていくぞ。」まずは、この赤い実を手がかりに。
1週間後、木村はスーパーの店長に、親元の仕事を手伝う事になったので、といった理由でスーパーを去っていった。
「せっかく、仕事の出来る奴だったのに。仕方が無い、又新聞広告出すか」
等は「親元の仕事があったのに、何故時給の安いこの店のアルバイト何かに?」
中田は不安を覚え、店長から木村の履歴書を見せてもらい、調べてみた。
全くのウソの中身だ、名前は木村と一致するが、5年前、履歴の本人は死亡している。
店長もアルバイトと云う事で、良く調べていなかったのか。
早速、木村に連絡をとってみたが、電話しても「此の電話は、現在使われていません」と
ガイダンスが流れるだけで、ラチがあかない。じゃ親元に、と思ったがウソの履歴なので結果は解っている。
一体どうなっているのか、何故?何の目的をもって。秋元医師に相談してみよう。
「木村が居なくなる数日前の行動が解れば察しがつくのだが?そうだ!君たちのここ数日の行動を知りたい。何か仕事以外に何か、」と言いかけた時、等は「横津岳に赤い実の状態を見に行った。まさか!」秋元は「そのまさかだよ。木村、君たちの後を付いて行ったのかも知れない。」3人はお互いの顔を見て、しまった。赤い実の所在が知れてしまったのかも。直ちに3人、横津岳に向かった。
1週間前は確かに、5個の赤い実が成っていた筈。2個しかない。しかし、幸いに赤い実の成る木は無事だった。「ここから抜いていきますか」中田は「環境が変わると、どうなるか心配だ、木はこのままにして置こう。」木村は赤い実の事を知った以上、また此の場所に来る筈、だが、ここの場所から離れずにはいられない。4月の横津岳はとにかく寒い。
こうなった以上、木村の存在自体を何とかしなくては、問題は解決しない。
頭の良い男なので、これが何なのか知ってしまうだろう。
木村を何とか捕まえ、後のことは其の時考えよう。
とりあえず、残った2個の赤い実は名古屋研究所、加山の所に送った。
一方、木村は赤い実を手にして、何処の研究所で分析をするか思案している。
頭は良いのだが、今まで腹黒の指示に従って動いてきた木村には、自分で何かを決める決断に欠けていた。日本の研究所か、アメリカの研究所、いやアメリカは腹黒が居る、ダメダ。やはり日本しかない。秘密保全のしっかりしている名古屋にある研究所に決めた。
1日置いて、木村は名古屋研究所の加山技師に赤い実の分析を依頼した。この技師は
信用出来そうだ。木村は頭を下げ「これは、絶対に秘密でお願いします。結果によっては
それなりの謝礼はしますので。」加山技師は心良く承諾して「わかりました。1週間ほどで分析結果が出ると思います。謝礼の方は規定された金額で結構ですので、お構いなく。」
「それと、木村さまの携帯の番号、住所をこの用紙に記入して下さい。これも規定になっていますので。」
加山からの連絡で、とうとう木村の所在が解った。本当に加山の機転には感謝しなくてはならない。
山口は腹黒の失脚を知ったのは、潜伏していた小樽の港町でのことであった。
もう、俺を抹殺しても何の特になる奴はいない筈だ。安心して等君に会えるな。
携帯も新しく取り揃えた。
「等君、久日振り、元気にしていたかい。もう腹黒から開放されたみたいなので、函館に戻る事にしたよ。又連絡するから。」
スーパーに懐かしい山口さんからの電話があった。等は今回の出来事があってから、自分の兄の様に感じていた。良子が妹の様に感じる感覚に似ている気がした。
木村からの赤い実の分析を依頼されてから、今日で1週間目、加山は、木村に連絡して研究所に来てもらうよう伝えた。
「依頼された木の実の分析結果が出ました。どうも他の木の実と何ら変わらないようです。
ただ、糖分が若干数値、高いので、きっと甘くて美味しいと思われます。」加山は木村に分析報告書を見せながら説明した。木村は腑に落ちない顔つきで規定料金を支払い帰っていった。
木村が加山に依頼した赤い木の実は1個、後2個、奴は持っているはずだ。
都合良く木村の住所と携帯の番号の記した申込書は残っている。
函館の秋元に、その後の木村に対する処遇を相談した。
2日前、等は、久し振りに山口と再会した。又、等と山口の関係経緯は中田、秋元には既に説明している。
「山口さんに是非会っていただきたい人達が居ます。宜しいでしょうか?説明は後で、します。」と等が言うなり、喫茶店を出て函館の病院に山口を連れていった。
驚いた事に、良子が、そこに居ることに気がつき、等は「これから会っていただく人達は僕の大事な仲間達です。知っている人も居ると思いますが、良子、秋元医師、中田さん、今ここに居ませんけど後4人を含めて8人で、有る計画を練っています。是非、山口さんにも我々の仲間に加わって貰いたくて、ここに連れて来ました。」と山口に説明した
後、秋元と中田が待っている部屋に連れて行った。
山口は良子の、別人に変身した姿に何か嬉しかった。
4人は、山口に驚きの計画を説明して、「等君のたっての願いで、あなたを仲間に加えたい。
是非、了解の返事がほしい。」秋元医師の説明だった。「私を信用してくれている、貴方達のお話を聞いて断る理由などありません。これからの人生、貴方達の計画に全てを賭けます。」とうとう、山口は人生を賭けても悔いのない、生き方を見つけた。あまりの嬉しさで
震えがきたほどだった。彼の空手達人という特技を生かして、加山と相談して佐山と共に、名古屋研究所の警備員担当をお願いした。
名古屋研究所では加山、佐山、山口、吉田、伊藤の5人、今日までの報告会議を話し合っていた。加山は4人に、隠しカメラで写した木村の写真を見せながら、事の重大な事態を説明し、木村をどうすべきか相談した。山口は木村の写真を長々と見つめ「私の知っている男です。私の妻を奪い、そして命まで奪われそうになりました。」それから、山口は
木村との経緯を4人に説明した。4人は驚きながらも木村の正体を知り、自分達が進めている計画の危機を察した。加山は佐山と山口を残し、2人に「明日からの研究に差し支えるので、今日は帰って寝なさい。木村の事は心配しなくても良いから。」
残った3人で木村をどう始末するか話し合った。「木村は、赤い実をまだ2個保持している
。これを他の研究機関に持ち込まれたらアウトだ。即、何とかしなければいけない。幸いに木村の連絡先は把握している。2人の意見は?」山口は「奴の性格は長年の付き合いで幾らか解っています。頭は良く、機転のきくやっかいな男なのですが、誰かに指示されるまで行動パターンが何時も変わらない弱点がある奴です。又此方からの説得は期待出来ないと思われます。本当は殺してしまいたい位、憎い奴ですけど私にはそれは出来ません。」
佐山は「いっそう、研究所に監禁するしかありませんね。マア!監禁も犯罪なのですけど。」
加山は2人の意見を聞き「取合えず、木村を監視しょう。佐山さん何か良い案を考えていて下さい。」
佐山は2人と別れた後、木村の携帯の番号に佐山が考案した新型ウイルスを送ることを考えた。新型ウイルスによって木村の居る所、会話全て解る仕組みになる。
これは、アメリカの開発局が発明した、Mシステムと同じ仕組みでGPS機能(車のナビなどで使われている)も搭載されていた。やはり、佐山はこの道に関しては天才だった。
これによって、木村の行動は掴める。後は木村をどうするかだけ。
佐山は即、木村の携帯に「ウイルスちゃん、行ってらっしゃい」新型ウイルスを送った。
(こういった人間が居る限り、我々の生活は之からも安心して暮す事は出来ない。カードの暗証番号などの個人情報は筒抜け、銀行口座だって危ない。現に最近のニュースでは、何処かの国では、何処かの国の首相の情報を数年間防諜していた事は記憶に新しい。
情報社会は脆いと、私達は知るべきだ。)
「しかし、佐藤等の部屋に盗聴を仕掛けて聞いた奴らの会話は何だったのだろう?たしか、赤い実は奇跡の実だよな。先生のお母さん、これで、末期癌完治すると思うよ、とパソコンのデーターに残っている。」研究所の解析結果に木村は納得出来ないでいた。
何気なく残っている赤い実を1個食べてみた。「確かに、甘い木の実だ。」其の時、木村の体に小さな異変が起きた。何か気分が高揚して来るような、気のせいなのか、まだ赤い実は1個残っている。明日にでも違う研究所で調べてもらう事にした。
佐山は木村が京都に向かっている事に不信に思い、加山に報告した。「おそらく、此方の分析結果に疑問を感じ、京都研究所(以前、吉田早苗が在籍していた。)に向かったな。これはまずい、」加山は、佐山と山口に「仕方がないな。早速、吉田を連れて京都研究所に向かってくれ、後は君たちに任せる。」分析結果が出るまで、早くとも5日はかかる。その間に以前在籍していた吉田早苗を使って、木村が持ち込んだ赤い実を、違う赤い実と摩り替えるしか手がなかった。佐山が木村に仕掛けたウイルスの活躍で、何とか事なきに成りそうだ。
やはり、木村は京都研究所に赤い実を持ち込んでいた。吉田は研究所に居る仲間に適当な名目で分析室に入り込み、まんまと摩り替えに、危機一髪で成功した。
佐山からの報告を聞き、加山は「木村を何とかしなければ、研究に打ち込められないな。」
「佐山さん、吉田を名古屋に帰ってくるように伝えてください。佐山さんと山口さんは京都に残り、木村の動向を継続監視するようにお願いします。」佐山に伝えた後、函館の秋元に事の報告をした。
その頃、アメリカのシカゴで、ビルから転落して命を落とした男いた。ビルの屋上から飛び降りた状況で、遺書と見られる物が残されていて自殺と判断された。
遺体は日本人で腹黒金蔵と判明。日本人移住者で、数ヶ月前一家5人でシカゴの住民許可がおりていた。事件性が無いので、捜査も簡単に終わってしまっている。
実は、某大国の当局の仕業であった。これが、巧妙に仕組まれた、腹黒に対する、責任の取り方だった。この男、人間性の欠けらも無く、他人の生き血を吸い、何人の人を殺めて来た事か、きっと、地獄に落ちて永遠の苦しみを味わう事になると思う。
山口は等との仲間に感謝していた。自分が仲間にしてあげられる事は何か?
今考えられる事は、この研究で一番ネックになっている木村の存在を、何とかする事だ。
加山さんの言う、監禁じゃ手ぬるい感がある。あの男の正体は自分が一番知っているつもりだ。抹殺するしか仲間を守れない、しかし俺に出来るのか?まっては申し訳ない。
京都で一緒に行動している佐山に「悪いが、もう君たちとは離れることにしたよ。やつてられない。俺は自分の好きな様に生きていたいだけだ。ここで、別れることにした。ジャ!」佐山は驚いた。山口の事は良く判らないが、そんな奴だったのか。「別れるのは、あんたの自由だが、この研究の秘密を知ってしまった以上は、ハイそうですかとは、いかない!」
「秘密は絶対に守る。安心してくれ佐山さん。」と涙を流し、佐山が改造したスマートホンを佐山に返してから、逃げるように姿を消してしまった。
佐山は何か不吉な予感が!加山には1日置いてから相談しょう。
次の日の夕方、東山警察所に男が「酒に酔って、知らない男と喧嘩になり、誤って殺してしまった。」と男が自首してきた。男の名は山口恒夫42歳、被害者木村さとる39歳
被害者木村さとるは、後頭部を鉄パイプのような物で一撃され、即死状態だった。
佐山はテレビのニュースで事件を知り、「山口さん、そう言う訳だったのか。」俺に相談しないで、何故自分だけで木村の事終わらせたかったのか?やはり、昨日加山さんに相談すべきだったな。
一番驚いたのは函館に居た等だった。「山口さんをこの計画に誘ったのは間違いだった。
本当に申し訳ありませんでした、山口さん!」
自分を犠牲にして、此の危機を救ってくれた山口さんには、加山は頭が下がる思いで居た。
勿論、等から事前に事情を聞いていた中田、秋元も同じ気持ちでいたが、良子は昔の思いで、山口と親身に話をしなかった自分に残念な気持ちで一杯になっていた。
秋元は、自分を犠牲にしてまでも赤い実の研究を守ってくれた山口の分まで、これから頑張ろうと、等、良子、中田に話しかけている。等は泣きながら秋元の言葉にうなずいていた。
山口が木村を処分してから、もう2年の月日がたった。
中田はもう今年で66歳に、赤い実を食べてから、もう7年になろうとしている。
佐山だって6年過ぎていた。
赤い実の培養の研究は進んでいたが、細胞増殖を遅らせる特効薬の実用化は、かなり遅れてしまっていた。2~3年で完成しなければ、中田と佐山が危険な事になる。
名古屋研究所の加山、吉田、伊藤達は培養の方は目途がたったが、細胞増殖を遅らせる
技術に何かが足りないのか判らない状態になっていた。培養は赤い実の成分を分析したものを利用出来るが、増殖を止める、あるいは遅らせる事が赤い実からは応用出来ない。
又血液が変化したのも壁になっている。
一般的な医学の常識から抜けないと、この問題は解決しないことに、加山は、とうとう
気がついた。つまり、赤い実を食べた普通でない人間のサンプルが心要だ。
中田、佐山、良子、秋元の母、現在の健康状態は抜群だが、4人の内1~2人の体に
メスを入れて、臓器細胞のサンプルを取り出さなければ、研究は相変わらず進まない。
血液も相当量心要になりそうだ。
吉田早苗は以前、研究していたIPS細胞の併用を考えている。又伊藤理沙は、彼女しか出来ない技法を使って、細胞その物じゃなく此処3年で変化した良子の骨髄に目をつけて、吉田と異なる研究をしていた。
健康な状態の人にメスを入れるのは、秋元には抵抗があったが、仕方がない。
癌を克服した中田と、白血病を克服した良子の体に、両人の許可を取ってメスを入れる事に決まった。
あれから、秋元医師は、やはり2人の体に負担をかけるのに抵抗を感じ、メスを使わずに
内視鏡採掘の手法で、臓器細胞を採掘することにした。
特に良子は、等との間に今年の春、子供を出産したばかりで、負担が大きすぎる。
2時間程で2人の細胞、血液を採掘出来、早速、名古屋研究所に等が運ぶ事に決まっていた。
久日振りに、加山さん、吉田さん、伊藤さんとの再会に、等は頭を下げ「ご苦労様です。皆さん元気にしている様で安心しました。伊藤さん、子供さんには会いに行っていますか。
本当に子供は可愛いですよね。」と、等の子、洋太の写真を3人に見せながら照れ笑いしている。
伊藤は「勿論です。休日には欠かさず静岡に直行便ですよ。」
「所で、佐山さんを、まだ見てないけど、挨拶をしていきたい」と言いかけた瞬間、後ろから「等君、ご苦労さん」佐山さんだった。暫らく会っていないうちに、何か若返った佐山さんに気が付かなかった位だった。
「良子さんと結婚し、子供まで授かって、この幸せ物が。加山さんチーム、新薬開発に
頑張っているので、函館の仲間に安心しろと伝えてくれ。」
等は4人の元気な姿に「名古屋に来て、本当に良かった」と思い、トンボ帰りで函館に帰っていった。
昨年、等と良子は自然な形で結ばれた。等は性格が変わりつつある良子に対して、妹じゃなく、女性を感じ始めた。このまま一緒に住んでいく自信がなくなり、良子に「俺、此の部屋から出て行こうと思う。」すると良子は「それじゃ、私も等に付いていく。」良子は涙を流していた。仕方なく等は、良子に自分の良子に対する感情の変化を正直にうちあけた。
「私は、等に出会った頃は、子供の頃からの憧れだった兄を感じ、この部屋に押し込んだのだけど、日が経つうちにつれ、兄じゃなく異性を感じ始めて辛かった。」
等と良子は何かに、開放された気になり、その夜、とうとう男女関係を結んでしまった。
翌日、2人は中田、秋元に「俺達、結婚することになりました。結婚式だとかはしませんけど、今後とも宜しくお願いします。」と報告した。中田は「実は、いつに成ったら2人は
結ばれるのか、期待して待っていたのだよ。兎に角、良かったね。」
秋元も「おめでとう、早速、名古屋の連中にも、自分から連絡しておくよ。良子さんを連れて3~4日程、新婚旅行に行ってくるといい。」
等は照れながら「ありがとうございます。でも新婚旅行には行きません。明日から今まで通りの通常勤務でお願いします。」
今年の春、二人の子、洋太が誕生した。生まれる前は心配だった。良子は新型血液型で、
体に異変が起きている。無事に生まれてくるだろうか?無事に生まれたにしても、普通の子供として生まれてくるのか、考えれば考えるほど連日、眠れぬ夜が続いた。
今まで神頼みをした事のない男だったが、「神様お願いします、元気で普通の子供を授けて下さい。」と祈り続けた。
待ちに待った、洋太が何も心配なく元気に生まれた。兎に角、可愛い、可愛すぎる。
等は、人生で一番、幸せな瞬間を感じていた。
仕事をしていても、辛いことがあっても、洋太の顔を浮かべれば、幸せだった。
此の子の為、いや自分の為にも、良子の将来の健康は守らなければならない。
中田と良子の細胞と血液は、当初、航空便で名古屋に送る予定だったが、こんなに大事な物を飛行機なんかに任せられない。俺が責任をもって名古屋研究所に届けなければ、と考え秋元医師に、「自分が持っていく。」と、お願いして名古屋に向かったのだった。
毎日が幸せそうな等には、絶対に忘れてはならないのが、山口の事で、仕事を3日間
休んで京都市にある刑務所へ面会に行った。思っていたより元気そうで笑いながら等を
向かい入れてくれた。「山口さんに汚れ役を押し付けてしまったみたいで、申し訳ありません。私に何か出来る事ないでしょうか?」
「等君、別に君のせいじゃない。一度話したと思うが、木村には昔から苦しめられてきた
。とうとう、爆発してしまってね。そう言う事なので気にしないで。俺が等君に頼みたいのは良子さんを幸せにしてやってほしい事と、チーム仲間に全力で研究をバックアップしてやってほしい、の2点だけかな。」
「山口さん、実は俺、良子と昨年結婚しました。今年生まれた洋太の写真持って来ましたので見てください。」等は洋太の写真を20枚程見せ、数枚、山口に渡した。
「何か、自分の孫のように思えてくるよ。良かったな、本当に良かった。」
等は山口と別れた後も嬉しそうだった山口の顔が浮かんでくる。
そんな思いで函館の部屋に帰ってみると、良子が「山口さん、元気だった。洋太の写真
見せてあげた。本当は私も等と一緒に面会に行けば良かったのかな。」心配そうにしていた。
その頃、名古屋研究所では、ついに赤い見の培養に成功した。
加山は「これで赤い実がなくても、赤い実の効力を得ることが出来るようになった。
ただこれだけでは、10年間の延命しか期待出来ない。引き続き、増殖をコントロール出来る薬剤を研究してくれ。吉田と伊藤しか未来を託せないのだよ。」
吉田は「此処まで、3年間掛かりました。はっきりしているのは、まだ研究の先が見えていません。ヒントが見つからないのです。此処からは、何か得体の知れない、神の領域と言うか、兎に角、伊藤さんと絶対に探してみます。」
力強い吉田の言葉だったが、加山も同じ考えだった。
今の時代の天才2人が、これだけ研究しても答えが見つからない焦りが加山を苦しめている。警備を担当している、佐山の顔を見るのが辛かった。後、3年半、いや、中田は2年程しか時間がない。
秋元医師の元に、加山から赤い実の培養成功の知らせが入り、培養サンプルが届いた。
「とうとうやったな。しかしまだ使用する訳にはいかない。加山、頼むぞ。」
伊藤理沙は東京の衛生微生物研究センターに微生物遺伝学的固定試験の為、出向いていた。
カビの培養検査である。カビには人間にとって、有効な物質もあり、又毒になるのもある。
毒となるカビについては、納豆を培地の下にカビを乗せてもカビは全く生えない。
一部のカビと納豆菌をコントロールする事に研究の何かのヒントはないか?伊藤は考えていた。ひとつの物質を研究する場合、その物質の事ばかり考えていては突破口が見つからない。表がダメなら裏で行く。裏がダメなら、その裏で行く。その裏がダメなら違う物質の表で行く。伊藤ほど頭の柔軟な研究員は、そうざらには居ない。加山は伊藤を此の研究に参加させたのは間違いなかった。それを現実化するのが吉田早苗なのだ。
この2人が日本に居る限り、日本の研究所は安泰のような気がした。
後数日で2017年の正月を迎える。勝負はこの年だな。
獄中で山口は、等が置いていった洋太の写真を見ながら、あの日を思い出していた。
佐山と別れた後、木村が宿泊している筈のホテル・ロビーで待ち伏せをしていた。
夕方6時過ぎ、外で食事をするつもりなのか、木村がロビーの前を歩いている。後をつけて行ったのだが、木村に自分が付けていた事が、ばれてしまった。
死んだ筈の自分の姿を見て、初めは動揺していたが、気を取り直し「山口さんじゃないですか。こんな処で会うなんて、砂川での再会以来ですね。一緒に食事でもしませんか。積もる話しもあるので。」俺には木村と積もる話なんかない、と言いたがったが、兎に角、タクシーに乗り「美味しい食事を出す店があるんです。行ってみましょう。」山口は木村の言われるまま付いていった。東山の○○料理店で食事をして「この店自慢の日本酒があるのですが、飲みましょう。相談したい事もあるので。」たわいも無い相談話しで2時間ほど過ごし、店を出た。
時計を見ると、もう10時を過ぎている、人も居ないようだった。道路淵にあった鉄パイプが目に入り、即座に手にして木村を後ろから一撃。あっけなく有害人間、木村は死んでしまった。山口は斉藤、木村と2人の命を奪ってしまった。
暫らく潜伏しょうか迷ったが、警察の捜査によって、赤い実のチームの存在が知れてしまったら大変な事になる。自首しなければならないと即座に判断した。
2017年8月今年の夏は暑い。温暖化の影響が年々厳しくなっていく。
そんな暑い夏の研究所で吉田早苗は何故4人の血液型が変化したのか頭から離れないでいる。それと、どう見ても赤い実を食べた4人は、何故か若返って行っている。
もしかしたら、脳の神経、勘違いしているのではないか?と仮説を考えていた。
人間の、いや動物の脳は年を重ねると体は老化するものだと、遺伝子に情報をインプットされている。赤い実の何かの成分によって、間違った情報を脳から遺伝子に伝わってしまったら。4人が、癌、白血病を無かったことにして、細胞が少しずつ若返り、性格まで昔に戻るとしたら、何となく辻褄が合ってくる。しかし、そんな事が有りうるのか?
吉田は、脳の専門家の話を聞いてみる事にした。
「脳の働きについては、まだ判らない所が多くあります。朝が来ると、次は昼が来る。次は夜が来ると自身の体験上で脳は判断しています。もしも朝の次に、いきなり夜が来たら
脳はどう反応するでしょうか。私たちの感じている現象は、全て脳による仮想現実で、例えば目に映った映像を脳で分解、組み立てる事で情報を認識しているのです。聞く、考える、記憶する、行動する等全てにおいて脳の箇所によって役割が違います。脳の1個の
神経細胞にはシナブスが数千から数万ほど有り、他の神経細胞へと伸びて繋がっています。
そんな神経細胞が脳には1000億個以上有りまして、最新コンピューターの何十万倍の
機能を持つと言われているのです。
勿論、脳も間違える事はあります。例えば風邪薬の中に、ビタミン剤を入れて、判らないで飲んだ場合、風邪薬と同じ効果を得る事が実証されていますからね。」
話を聞いた吉田は「やっぱり、脳は勘違いするのだ。」
とうとう、迷路から抜け出した。
加山所長、伊藤理沙に報告した所、「早苗、やったじゃないか!その線で今日から研究
だ。そうか、やっと掴んでくれたか。」伊藤も「流石、私の先輩。私も気が付きませんでした。先輩、ご指導お願いします。」2人にお願いされてしまった。
時は少し戻り、今年の3月。
静岡に住む伊藤理沙の父、一雄は、今年定年退職して名古屋に移り住むようになった。
小学校入学を迎える理沙の子、瞳が不憫で母親の近くで暮らすのが此の子の為になると、母、花子の考えで理沙の住む研究所近くのボロ一軒家に引っ越して来た。
理沙にとって、食事の用意、洗濯、掃除の心配がなくなり、何よりも瞳と毎日一緒に暮らせることが嬉しかった。連日の研究で自分でも気が付かないストレスが溜まっていた様で
両親と瞳に囲まれての生活で心が安定してきていた。
加山所長と早苗さんも家に来る機会が多くなり瞳も喜んでいる。
「瞳ちゃん、お母さんの近くに居られるようになって良かったね。私はお母さんのお友達の早苗っていう名前よ。瞳ちゃんともお友達になってね。」早苗は理沙が羨ましかった。
大学生の頃、父、母と亡くして姉妹も居ない1人身の寂しい毎日を過ごしていた。
研究に没頭していたので彼氏も作れなかった。
「ところで、加山所長も独身なのですよね、このチーム、独身の集まりだ。」早苗が言うと
加山は「何言っているのだ!等君と良子さんは2年前結婚して、昨年子供を授かったではないか。」ボロ一軒家に笑いが絶える事が無かった。
9月に入り、本格的に早苗の発想した、脳のメカニズムを研究し始めた。
手始めに神経細胞(ニューロン)の働きについて。
1、 細胞はエネルギーを使って電気を発生している。
2、 電気を伝える役割を持った細胞がニューロンと言う事。
3、 ニューロンは自分の体を自分でコントロールする。
では、このニューロンの働きをコントロール出来る成分はないか考えた。
あった!麻酔はニューロンの「痛い」って電気を止めて手術などに使っている。
麻酔師は麻酔をコントロールしながら患者の適した状態にしている。元々は脳内で発生する電気をコントロール出来る技術を、我々人間は知っていたのだ。
では、増殖している細胞を、脳が勘違いする以前の状態に戻す事が可能か、3人は考えた。
伊藤が何気なく発した言葉が「パソコンなら、リカバリー(初期化と言い、パソコン使用以前の状態に戻す事)すれば元に戻るのにね。」2人の頭がスパークした。
「伊藤君、ナイス・リカバリーだよ。」加山は、つい、伊藤の頭を撫でていた。
赤い実によって勘違いしている脳を、いきなりリカバリーすると、脳はショック受けて
どういった状況になるか想像出来ない。そこで赤い実を培養した薬を使いながら、脳にあるシナブスにコントロールしながらリカバリーすると、脳が勘違いしている事に少しずつ気が付いて行くのではないか。つまり、細胞にストレスを与えて幹細胞に変化させる事にする。難しい作業になると予想されるが。
しかし、脳が完全に気が付いてしまったら、元来の病気(癌、白血病)に戻ってしまう。
戻ってしまう前に赤い実の培養を投与して又勘違いさせるの、繰り返しが中田さん達を救う事になる筈だ。又変化した血液型は、赤い実によって逆流した脳からの遺伝子情報が起こした結果と思うのだが。2人はどう考える。吉田と伊藤は「同意見です。ようやく謎が解けたようですね。加山さん。」
(3人の考えは正しかった。赤い実は時をおいて2度食べると、完全に脳内でショックを起こし、死亡してしまう。しかし、3人の考える脳を何らかの方法で元に戻し、再度赤い実を食べても、脳内では勘違いしてショックは起きないのだ。この繰り返しこそが、中田、佐山、良子、秋元の母を救う方法だった。)
謎が解けると早かった。シナブスに働きかける薬の開発に全力を尽くした。
後は、ニューロンが勝手にコントロールしてくれる。
2017年12月、ついに薬は完成した。不死にもっとも近い薬の誕生だった。
薬の名前は、リカバリーの名を取って(リカちゃん1号)と名を付けた。「変な名だが、
マア良いだろう。」伊藤の付けた名前に加山は頷いた。
秋元へ加山からR1(リカちゃん1号)のサンプルが届いた。
中田は赤い実を食してから、9年近く過ぎている。時間があまり無い。
このR1、中田に危険は無いのか心配だった。中田は母の命の恩人だ。絶対に危険な目には、と思い、先週の中田の診断結果を再度見てみると、やはり心臓、肝臓が異常な状態に成りつつある。此のままだと、後1年が限界だろう。
加山に相談してみたところ「5年前、赤い実で検証したチンパンジがまだ健在なので
R1を投与して検証済みだ。しかし、人間となると不安を感じるが、中田さんには時間が
残されていない。投与するしか救えないぞ。」「チンパンジで検証済みだったのか。幾らか安心したよ。お前の言うとおり、中田さんにR1を投与するしか無い様だな。」
秋元は中田を呼んで、説明をしてからR1を投与した。
時は過ぎ、今年で中学生になる洋太を呼んで、等は「洋太も後数日で中学生か!明日、
伊藤さんと瞳ちゃんが用事あって家にくるのだけど、洋太と瞳ちゃんに重大なお願いを
するかも知れない。」洋太は頷き「瞳ちゃん、今年で高校3年生だね。昨年から会っていないので、何か!照れるな」側で良子は「洋太は、瞳ちゃんに憧れているもね。」
等は今年で40歳、良子も36歳と、毎日が忙しい為か、歳を取るのも早い感じがした。
2年前の冬、中田、佐山が車の事故で亡くなった時は、昔、奈井江での事故を思い出して
深い悲しみに襲われたが、良子と洋太の存在に救われた。
R1で2人は救われたが、事故には勝てなかった。
加山さんと吉田早苗さんは2019年の春に結婚。その頃から伊藤さん一家同士の
付き合いが始まった。
これまでに、赤い実の培養、R1で命を救ってきた人達は、研究チームの関係者4人以外に
7人だけ。条件が割りと厳しく、1に、秘密を完全に守れる人、2に、将来他人の為になれる人の2点。勿論代金は無料。
問題は、救う人探しだった。世間に公表出来ないので、秘密のネットワークが心要だった。
せっかく開発した薬、宝の持ち腐れに成りかねない。
洋太と伊藤瞳を次世代の、赤い実ネットワークのキャップに育てよう。
研究チーム、皆の意見だった。
「冗談じゃない!私は人を選別するような事、絶対にしません。」伊藤瞳は驚いていた。
「よく判らないけど、僕も瞳ちゃんと同じ意見だよ」洋太は不思議そうな顔付きで答えた。
等、良子、理沙の3人から話を聞いて驚くのも無理の無い事だと思う。
人の良し悪しを決めるのは、普通の人間には無理。まして選別なんて2人の子供には理解を超えている話だった。
「今すぐ、答えを出すのは無理だと思うけど、2人しか、お願い出来ないのだよ。」
等は、2人が不憫に思えてきた。
薬のおかげで、良子の健康に問題がない。しかし20歳前半~20歳後半代の体を繰り返して居る為か、心と体のバランスが崩れて来ている。2人で歩いていると親子に見えるだろう。周りの人達も良子に不信の目を向けて要るようだ。
良子からは「等も早い内に赤い実を食べて、今の年齢を保って。」と言われてはいるが。
伊藤瞳が言った“「人を選別出来ない。」の、一言に共感出来る。
当初、赤い実の培養、R1は中田、佐山、良子、秋元の母を救う為の手段だった。人を選別
するために作られた物ではないはずだ。
赤い実の培養薬で命を救われた7人の中で、1人犯罪を起こした人もいた。
等が選別した他人に思いやる人だったが、命を救われて2年後、年寄りの財産を狙った詐欺を起こし、昨年捕まった。善人と思っていた人が、判らない。
此のまま、ネットワークで赤い実の薬で命を救われていく人が増えて行けば、秘密を守れない人も出てくるだろう。そうなったら、世界の人達の意識が相当変わってしまうと思われる。ビジネス化して金儲けする人も、やはりこの計画には無理がありそうだ。
秋山医師、加山所長、加山早苗、伊藤理沙、それと良子の5人と、もう一度話し合いをしなければ成らないと等は考えた。
「俺達は、人類の為になると思っていたことが、人類の破滅に繋がる事を研究していたかも知れない。等君の意見は参考になった。これ以上人の選別は辞めよう。ただ、薬の投与を受けた人達のケアだけは責任を持って続けて行かなければならないと思うが、どうだろうか。」加山の意見だった。秋元も承諾した。後、女性3人の意見を聞くだけ。
良子は「このメンバーの中で赤い実によって命を救われたのは私だけね。生きていく為とはいえ、同じ年代を繰り返すことが意外に辛い事と知りました。私は等と一緒に歳を取って生きたい。そして同じ頃に死にたいと思うようになったの。意見になっていないけど。」
早苗の考えは加山所長と同じだった。
伊藤理沙は「加山さんの意見に賛成です。私の娘瞳は、お母さん、人を選別するのは神様
だけだよ、と言っていました。しかし、加山所長が言う“薬の投与を受けた人達のケアだけは責任を持って続けて行かなければならない、このケアは良子さんと洋太君、瞳の3人で行なってほしいと思う。後の人達は生きている間は勿論、患者さんのケアはするけど。
時代は過ぎて洋太君、瞳も歳を取り、死んでしまった後も、2人の血縁者から良子さんが
適任者を選んで一緒にしてもらうしかケアの責任は持てないと思う。」
等は「つまり、良子にはケアする人達が全員亡くなるまで、永遠に生きろと言うのですか」
良子は「私は、ここに居る皆が生きている間は生きていたい。しかし皆が居なくなったら
私は、生きていく自信がありません。」
「この研究の責任は良子さんには一切ありません。良子さんの出来る時までで、それで良いと思います。責任は皆を巻き込んだ私に在るのです。」秋元は良子の気持ちを察し、そう発言した。
兎に角、意見は大体一致したようだった。
新たに、ケアする人以外は、赤い実を使用しない事が決まった。
その後の3人がどう生きているのだろう。
時代は2070年 良子78歳、洋太55歳、瞳59歳になっていた。
第2章
ケアすべき7人は、もうすでに5人が事故等によって他界していた。残りは2人だけになっている。6人集まって、赤い実のケアを取り決めてからもう何年過ぎてしまったのか。
良子は精神的に限界状態に陥っていた。
実際の年齢は78歳になっている。考え方、行動が今の体にはギャップが有りすぎていた。
等は昨年、良子の必死の願いを断って(赤い実の投与)癌で他界している。
秋元医師は5年前、肺の病気で他界。その母は後を追うように自殺してしまった。
加山、早苗もすでにこの世に居ない。
実は、赤い実の培養薬、R1を、加山が死ぬ寸前、伊藤理沙に投与されていた。
「この薬を秘密内で作れる人間を最低1人残さなければ、ケアなど出来ない。伊藤君、君にお願いする。」加山は、良子1人じゃ心細いだろうと考えたに違いなかった。
理沙は瞳に物理学を学べる大学に入学させ、徹底的に教育した。又24歳になった頃、赤い実の培養、R1の作成方法を伝授した。
そして、瞳のパートナーとなる洋太と共に赤い実の培養薬を投与してしまった。
あれから、3人に赤い実は投与されたことになる。
日本は2020年の東京オリンピ経済は破綻状態寸前、又、昔、地震の影響での福島原発事故により東北全域、放射能の
影響で人が住めるような地ではなくなっている。子供も激減して2人に1人は老人と言った超高齢化社会。国家予算の多くは福島原発に使っていたが、メルトダウンに。燃料集合体の形状が維持できなくなり、溶融物が重力で原子炉の炉心下部へ落ちていく状態になり
10万年は放射続けるという状態。すでに300万人の人が犠牲になっていた。
もう、日本だけの問題じゃない。多くの人が日本脱出したのだが、他国では非難され肩身の狭い思いをしていると、ニュースで流れている。
良子、洋太、理沙、瞳は、等の故郷砂川町で残る2人のケアをしていた。
見た目は4人共、同世代の友達に見える。事情の知らない人が、よく会話を聞いてみると、何かおかしい!親子同士の会話のようだ。
「日本もこうなった以上、あまり深い事考えないで、もっと楽に生きていこうよ。僕たちはもう充分やったと思うし、残った2人には悪いけど。」洋太の言う事に、皆も同意見だった。特に良子は疲れ果てているように見える。
「人間は、生きるも死ぬのも、自然に任せるべきなのかもしれないね。」瞳はポッリと独り言を。「そうかも知れない。お母さん達、間違っていたかも!」今度は理沙の独り言。
赤い実の培養薬とR1を捨ててしまった。4人は楽になったのか、清清しい気持ちになっていた。
第3章
「お母さん、今日、市民会館で米と塩、野菜の配給日だったね。僕と瞳で行ってくるから理沙おばさんと一緒に体を休めていなくては、だめだよ。」
良子と理沙は以前に開発した赤い実の培養薬、R1の影響で心臓に異常を起き始めていた。
2人は薬の周期がほぼ同時期の為、此のままだと命の危険が迫ってきていた。
もう、あれから何年過ぎただろうか。洋太と瞳は、薬を捨ててしまった事が母親の現状を見て後悔している。
良子には赤い実の培養薬、理沙にはR1が2人の命を救ってくれる。
「瞳、俺たち間違っていたな。母さんの苦しんでいる姿、見るに耐えないよ。」
瞳は涙を浮かべ頷いている。
「実は、私、R1の製法知っているのよ。お母さんから教えられていたの。ただ、赤い実の
培養薬は、元になる赤い実がないと作れないの。」
「瞳、R1を作ろう。そして理沙おばさんを助けようよ。」瞳は「洋太のお母さんも助けたい。」洋太も瞳も赤い実を見たことがなかった。ただ、函館にある横津岳の山奥に、その実が存在するとしか聞いていなかった。それに、もう何十年と過ぎてしまっている。
洋太は母を救えないと確信したが、瞳のお母さんは助けられる。
洋太と瞳は、国から配給された食糧を家に置いて、札幌の薬剤研究所に向かう事にした。電車に乗れば2時間程で札幌に着くのだが、毎日、朝の1便しか運行していない。
「歩いて行こう。旨く行ったら車に乗せて貰えるかも。」「ヒッチハイクだね。」
2人で札幌に向かって歩き始めた。2時間程過ぎた頃、運良く大型トラックに便乗させてもらい札幌駅に到着したのが夜の9時頃になっていた。それから、30分程歩いて薬物研究所に着いたのだが、当然、時間的に閉館していた。
とりあえずは研究所には着いた。明日の開館までは野宿するしかない。
瞳は、家から持ってきた資料をリックから出して、R1の作成資料を何度も懐中電灯の光を頼りに復学していた。
研究所は朝9時に開館になり、2人は即事務所の受付に伺い、研究所の使用許可書を提出したが、まったく相手にされず諦めかけていた所、お年寄りの方が近寄ってきて「伊藤さん、貴方のお母さん、いや、おばあちゃんのお名前を教えてくれませんか。」瞳は「母は、
昔、名古屋研究所に勤めていた伊藤理沙という名前です。たしか、加山所長、吉田早苗と
いう2人の方と一緒に研究されていたと母から聞いていますが。」
「貴方は、伊藤理沙さんのお孫さんですね、これは失礼しました。どうぞ、当研究所でよければ自由にお使いください、そうですか、理沙さんの、」
このお年寄り、名前は佐野一馬、瞳の父であった。瞳を見かけて、一瞬、理沙と勘違いするほど顔、仕草が似ていたので声を掛けてみたのだが、まさか本当に理沙の孫とは、しかし、そそかしい子供だ。自分のおばあちゃんの事をお母さんとは、いや、自分の聞き違いかもしれない。もう歳も87歳になった事だし。理沙はまだ健在なのだろうか。
自分の勝手で、別れてからもう何年になるのか。あれから理沙は結婚して、可愛いお孫さんまで居たのだな。と、一馬は考えても無理のない話しであった。
「瞳、何か心要な物は無いか?」「大丈夫、揃っている。今日1日で出来るよ。」
「しかし、先ほどのお年寄り、瞳の事、理沙さんのお孫さんですか、って聞いていたけど
事情が話せないので無理もないか。きっと、瞳のお母さんと昔、知り合いだったのだろうね。今度話す時は、お母さんの事は、おばあちゃんと言う事で話さないと。」
「そうだね。でも、おじいちゃん、何か不思議と懐かしく思えた。何故かな。」
流石に理沙の子だった。R1を10時間程かけて、とうとう作成してしまった。
「とりあえず、1個だけ出来たので、急いで砂川に戻ろう。」
そして、研究所の人達に礼を言って帰ることになったが、あのお年寄りが瞳の所に来て
「おばあちゃんは元気ですか?」と、瞳は「はい、おかげ様で健在です。今日は本当にありがとうございました。又、立ち寄るかも知れません。その時は宜しくお願いします。」
「何時でもいらっしゃい。そうだ、砂川まで研究所の若い物に車で送らせよう。少し待ってなさい。」洋太と瞳は思わず「ラッキー!」と心で叫んだ。
砂川の我が家に、夜の10時頃、洋太と瞳は着いた。
2人に、良子と理沙は「今まで連絡なしで、何処にいっていたのか答えなさい。」
俺たち、もう55歳は過ぎている大人なのに、本当に母達は判っているのか。
とりあえず、昨日からの行動と事情を話した。
「怒って御免ね。お母さん達の事を思って札幌まで」理沙は泣いていた。
「お母さんね、皆に話しをしなければならない事があるの。実は赤い実の培養薬2個持っていたのよ。もし私が死んだ後、良子さんには生きて欲しくて、R1は瞳の頭の中に作成方法は入っているけど、培養薬はサンプルが無ければ絶対に作れないので」と言いながら2個の赤い実の培養薬を3人の前に出した。
洋太は其の内の1個を握り締め「理沙おばさん、ありがとう。」
4人は住み慣れた砂川を離れる決断をした。
瞳は何故か、佐野老人の居る札幌薬剤研究所で働きたい気持ちが、日々強くなっていた。
母とは昔からの知り合いの様子だった。まさかと思うけど、私の!いや、いや、母からは、
私が生まれて、すぐ父は事故で亡くなったと聞かされている。おじいちゃんと、おばあちゃんも、そう言っていた。佐野一馬の事を母から聞くことが、何か凄く怖い感じがする。
洋太に「佐野さんの事、母達にはまだ話さない事にしょうね。」
良子は等が亡くなってから、生きていく事に疲れを感じていたが、いざ、死を目前に迫り、
洋太への思いで、死が怖くなっていた。
理沙も同じで、残された瞳と洋太の事が心配で、良子だけは生き残ってほしい。そうなってくれれば、私は安心して、いや、やはり死は怖い。
人は、どんなに強がっていても、いざ其の時になると、本音が心を支配してしまう。
まして、良子、理沙の様に、助かる道があるのなら、又残された人が居るのなら、100%
生きようと考えるのが当たり前だった。
4人は、少ない荷物をまとめて、電車で研究所が用意してくれている家に向かった。
午前10時前には札幌駅に着いた。早速、家を提供してくれた研究所に挨拶をしに行く事に決めていたので、30分程歩いて研究所の入り口に。
佐野老人が4人を出迎えてくれていた。
理沙は「此のたびは、研究所の使用と住まいまで用意して頂いて、ありがとうございます。」
理沙は挨拶をしながら、佐野老人の顔を見て涙を流している。佐野老人も同じ様に涙を流していた。
「そうか、理沙と君達、赤い実の培養薬とR1を使っていたのだね。実は加山君とは昔からの知り合いで、加山君が亡くなる数ヶ月前、事情は聞かされていたのだよ。瞳さんが、この研究所に来て、懸命に調合している姿を、加山君の息子、雄二君が気付き、私に報告されていたのだけど」
理沙は「瞳は、貴方の子供です。今まで知らせなくて御免なさい。まさか、こんな形で合えるなんて。」
理沙と佐野の話を聞いて、3人は唖然とした。
「洋太君と瞳を、砂川まで車で送って行った運転手が、加山雄二君だよ。後で皆に紹介するので、さあ!研究所の中に入って。」
理沙と良子は雄二を見て、加山の息子だと、直ぐに解かった。加山の面影がはっきりと、
そして、早苗の面影も。2人共、自然に涙が出て止まらない。
「赤い実の秘密を知るものは、君達を含めて6人。6人で、現在、未曾有の危機にある
日本を救って行かなければならない。知ってのとおり、日本の経済は破綻し、世界中から
厄介者にされている。雄二君は、赤い実の培養薬とR1の改良品を研究しているのだが、
何せ、1人では限界があり研究が遅れている状況なのだよ。理沙と瞳は研究者なのだから
力を貸してやってほしい。後のこと、まだまだ色々と相談しなくてはならない事が山済みだが、いずれ、話し合おう。しかし良かった。神はまだ日本を捨ててなかった。本当に良かった。」一馬の言葉は、4人にとって重みがあったようである。
理沙は雄二の研究資料を見て、驚いてしまった。進化した早苗さんの資料を見た気がした。
「此の人は、早苗さん以上の天才だ。私と瞳で此の人の研究を助けて行こう。」
理沙は完全に、60年前の自分に戻っていた。そして研究者魂に火が付いてしまったようである。
瞳は複雑な心境だった。まさか本当に父だったとは。子供の頃から父の居ない子て嘘を言って来たのか、理解出来ない。問い詰めたところで母が苦しむだけだろう。
兎に角、夢に見た父に会えたのだ。あまり深く考えないで、研究に没頭しなくては。
以前、当研究所に訪れた時、R1作成に心要な薬剤等が全て揃っている事に不思議な感じがしたが、今になってみると理解出来る。
隣の部屋を覗いて見たら、大きなタンクが2台並んで、何かを培養している様に思えた。
あれは何だったのか?いずれ雄二さんが教えてくれるだろう。
瞳は、これから始まる研究の事をワクワクしながら考えていた。
4人の住む家、ようやく整理が一段落した頃、研究所からお呼びがかかった。
いよいよ、研究開始なのだろう。
「研究を始める前に、君たち4人に知って貰いたい事を、此れから雄二君が説明するので
宜しくお願いします。」佐野一馬は、雄二を向かいに行った。
「もう、ご存知だと思うのですが、加山の息子、雄二です。両親から皆さんの事は、子供の頃から聞いていましたが、初めてお会いしたときは気が付きませんでした。両親が亡くなってから、
貴方達を探しましたが、まさか砂川町に住んでいたとは、きっと両親があの世から皆さんと出会う様に導いてくれたのだと思います。
私は、皆さんと同じ、赤い実のおかげで、体は年をとっていません。ケアをしてきた人達
全員亡くなったと聞いていますで、私を含めて、赤い実の穏健を受けているのは5人だけになりました。
皆さんが、何十年も、その人達をケアした苦労は、充分に解かっているつもりです。
自分自身のケアだけでも大変なのですから。
私が、現在進めている改良型は2つの意味が有ります。
1つは、ケアの心要を無くすこと。つまり、赤い実の培養薬とR1を決まった周期で交互に
使用する心要が無くなると言う事です。
2つ目は、私の父が一番危惧していた事なのですが、この新薬、悪人に渡ってしまった場合の事で、人類に悪影響、世界を破滅に導く独裁者、テロリストがこの新薬を手に入れたら、父が最後まで何度も何度も、私に言い聞かされた事です。
そこで、私は新薬のコントロールを考えました。
新薬を手に入れた人の情報を、札幌に情報管理センターを作ってコントロールするのです。
新薬には、あるチップを入れ、体の中で溶け出し、薬を飲んだ人の体全体が、クラウド(今はやりのクラウド・コンピューティングの意味するところは、データやソフトウェアの所在を意識することなく、いわゆるインターネットの向こう側、すなわち「雲」の中に移し、必要に応じて取り出して、)の中に独自のクラウドを組み合わせる
技術で情報をセンターの送られて来るといった事です。通信衛星だと破壊された終わってしまうので、考えました。
人類に害をなす人間には、現行の死刑が処せられ、又新薬は永遠の命じゃなく、
生存期間も設定しょうと考えています。」
洋太は「それで、日本が再生出来る位のお金は集まるのですか?」
「人間の命は、お金では買えません。それが買えるとしたら、日本は確実に再生します。」雄二の説明を聞いて、瞳は2つ目の意味が気になっていた。
害をなす人間の定義、又その人間を死刑に処する規定、それと生存期間の設定、
まさか、ここに居る6人で決める訳じゃないと思うけど?
取合えず、今日は説明だけ聞いて、その件に付いては研究に参加してからでも遅くはないだろう。
雄二はさらに「札幌に作る予定の情報集中センター責任者には、良子さんと洋太さんにお願いしたい。センターの仕組みは既に出来上がっていますので、仕組みの理解、運行仕様を徹底的にマスターして下さい。」それだけ言って、雄二は研究室に
行ってしまった。
一馬は「雄二君は、君達に会えて本当に喜んでいます。お母さんの無二の研究仲間で友達だった理沙には、以前から安否を心配していました。雄二君の説明で、
いろいろと疑問を持った所も有ると思いますが、その部分は此れから6人の知恵で、
雄二君本人も、2つ目の意味については疑問を持っていますので、皆さんの力で修正していきましょう。」
洋太は「集まったお金で、日本をどうしょうと考えているのですか?教えて下さい」
「私と雄二君の考えは、取合えず日本の経済の安定。それと、東北地方の再生です。
地域に広がる放射能を何とかしなくてはなりません。此のまま10万年も待ってはいられません。最終目的はそこです。現在大阪に所在する原子力研究所では、
100人近くのスタッフが研究を進めてはいるのですが、財源が無くなってしまっています。私達で何とかしなくては、この国は本当に無くなってしまうと思うのです。」一馬の話はここで途切れてしまった。
良子は「私達は、何事も自然に任せようと考えていましたが、それじゃいけない事なのですね。日本の歴史を築いて来た人達に申し訳ない。」
「良子さん、ありがとう。今日は此れ位にして、明日から本格的に研究を始めます。
それと、理沙に話したい事が有るので、別室に来てほしい。ほんの10分位で終わるので、皆さんは此のまま待っていて下さい。」
理沙は所長室に案内され「理沙、今まで長い期間、苦労かけてすまなかった。
許してほしい、それと、瞳、実の子供とは知らず申し訳ない。自分の娘と知った時は、今までの苦労も全て消え去り、嬉しさのあまり涙が止まらなかった。よく此処まで立派に育ててくれた。本当にありがとう。」
そして、一馬の手帳から1枚の写真が、一馬と理沙が一緒に写っている60年以上
前の2ショット写真。理沙もこれと同じ写真を、瞳に見つからない様に、隠し持っていた。
「私の事、忘れずにいてくれたのね。良かった。もう其れだけで許してあげる。瞳には内緒にしていたのだけど、お父さんの若き日の頃の姿、見せられるね。」と言いながら、理沙は2重に細工されている胸ポケットから同じ写真を取り出した。一馬は、嬉しさのあまり理沙の手を握っていた。
その日の夜、理沙は瞳に、一馬との写真を初めて見せ「此の人が、若き日の貴方の
お父さんよ。」「ずるい!お母さんって本当にずるい。若い頃のお父さん、超美男子じゃないの。ますますお母さんが憎くなった。こんなにいい男、私に隠して居たなんて。」良子は2人の会話を聞きながら、等の事を思い出していた。
「しかし、放射能を何とかするって言ったって、どうするのかな。元素の性質を変える事なんて出来やしないはず。長寿命核分裂生成物を短寿命核種へ変換する方法
を研究していると、一馬さん説明していたけど?」洋太は一人事を呟いていた。
「原子力の事に関しては、私達では無知なので、如何する事も出来ない。しかし、それを研究して、日本を救って行こうと頑張っている人達も居ることは確かなようだね。」理沙は、何かの使命感を覚えて来た。
一週間後、市内の大型スーパーで、市民数十人による食料強奪事件が起きた。
被害総額は現在確認中との事。
国からの配給だけでは、此れからも、こういった事件が多発するだろう。
多くの人達は、仕事も無く、住む家さえ1軒の家に2家族と国が勝手に決めて
プライバシーも無く、生活は困窮していた。
市内を見渡してみても、子供達の姿、声が無く、この町に居るのだろうか?と思える程少ない。未来を失った国に成り下がってしまった。
此のままだと、今現在この日本に住んでいる人達で、国は終わりを迎えるような気がした。今思えば、あの原子力発電所の事故がこんな事態になるなんて。
東北地方は、ほぼ全域、汚染水タンクで埋まってしまっている。
話によると、汚染水タンクから、かなりの汚染水漏れが発生しているらしく、国も
手が付けられない状況らしい。兎に角、水を使って冷やす作業をこれからも何万年続けないといけないらしく、終わりの無い戦いに関係者は疲労困憊していた。
洋太は、「お金でこの状況を解決出来るのなら、俺は雄二さんの力になる。
母さん、理沙おばさん、瞳、色々と問題、疑問など有ると思うけど、状況が状況なので、皆でやるしか無いじゃないか。」
理沙は瞳に言い聞かせるように「もしかしたら、赤い実は此の時の為に存在していたかも知れないね。」瞳は何か言いたそうだったが、頷いた。其れからの4人、一馬も驚くほどに雄二に協力的になり、特に瞳は、体を
壊してしまうのではないかと、心配する程に研究に打ち込んでいる。
瞳の研究内容を探ってみると、雄二は「此の人、俺以上に赤い実の培養、R1に精通しているな。流石に母さんの友人の子だ。」実に頼もしい研究仲間が出来て嬉しかった。洋太も情報センターで働く為に欠かせない知識を、期待以上に身に付けてきた。
赤い実培養薬、R1の改良薬は、理沙、瞳の2人の協力のもと、1年で完成した。
当初は、3~4年は心要と思われていた。
そんな時、情報センターで、自前のクラウドに問題が発生した。
半年前から、試験的に情報を流していたが、ハッカーに、その情報が流出していた。
幸いに、何も問題のない情報だったのだが、如何やら我々の考えるセキュリティでは限界があるようだった。
雄二は落ち込んでいる洋太に「洋太さんと良子さんには、センターの管理者としての責任は持って貰う事になるのですが、開発の責任はありません。全ては私の
セキュリティの甘さからの結果です。ですから、洋太さん、元気を出して下さいよ」
今回の事故は、今までの単に暗号化された認証では、又、ハッカーに侵入されると
思う。洋太は雄二に、或る提案をした。「我々5人しか認証出来ない、ハッカーが思いもつかない暗号化、それは、5人のDNA組織だと思います。今まで指紋認証とか有りましたが、指紋は自分自身、気が付かずに、あらゆる所に痕跡を残しているはずです。5人のDNA情報を混合させ、1つの組織図を暗号化、それを認証
とすれば、いくら優秀なハッカーでも侵入は無理だと思いますが、どうでしょう
雄二さん。」
「洋太さん、5人の混合とは考えましたね。確かに1人だと髪の毛1本でも判明
してしまうので不安はあるのですが、それだと、流石に暗号の流失は防げると思いますよ。じゃ、それでセキュリティの開発を進めてみます。この事は5人以外、
佐野所長にも秘密でお願いします。」
洋太は、彼を此処まで育ててくれた佐野所長まで秘密とは、徹底しているなと思ってしまった。
改良型新薬は2種類。50年生存型のR50、100年生存型のR100、勿論どちらにも、センターから発信されるチップが混入されていた。
ただ、現在、赤い実培養薬とR1で生存している人間には使えないようだった。
動物実験で実施されたのだが、新薬投入後、僅か数分で死んでしまった。
「我々5人は、今までどおりケアが心要ですね。」雄二は残念そうだった。
センターのセキュリティも万全になった。後は新薬の提供先を探すだけ。
佐野所長は「皆、よくここまでやってくれたね。これから、試作品を持って
総理大臣に事の事情を説明してきます。きっと、日本は救われるでしょう。」
其れから2日後、佐野所長はサンプルを持って東京に向かった。
瞳は「私も、一緒に東京へ行きたかったな。もう何十年も北海道から外に出ていないし、洋太だってそうでしょう。」
「一馬さん、瞳を連れて行かなかったのは、連日の研究で疲れていると考えていたからだと思うよ。瞳は人一倍元気だから、気を使わなくてもいいのにね。」
瞳はムッ!としていた。
10日過ぎた頃、佐野所長は研究所に帰ってきた。
佐野は5人を所長室に集め「総理は、初めの頃、信じていなかったが、深く事情を説明した所、驚きと、大変に感激をされ、翌日、官邸に重臣を集め秘密のチームで
世界各国の重要人物のリスト作成に入ったようでした。取りあえずR50,R100を
各20、依頼されました。君達、大変ご苦労だと思いますが、今日から作業に入って下さい。宜しくお願いします。」
3日で、佐野所長から指示された各20個は出来上がった。
その日の内に、佐野所長は東京に向かった。
雄二は、以前のハッカーの侵入に、ある疑問を持っていた。
自作クラウドの存在自体、此処の5人以外、誰も知らない筈なのに、ハッカーは易々と侵入している。何故なのか。一度、雄二は4人の誰かを疑った。
「そうか!知っているのは6人居たのだ。しかし、まさか佐野所長が、自分にとって最大の協力者で親代わりになってくれている人を、俺は疑っているのか。」
雄二は所長を疑っている自分を恥じていた。
兎に角、信じよう。新薬は佐野所長の提案で出来たのだし。
そして、R50とR100の試作品は完成したのだ。
R50,R100を各20個、ケースに抱かえ東京に向かっていた佐野一馬は大阪に住む
ある人物の事を思い出していた。「隆志の奴、馬鹿者が!俺が指示するまでセンターのクラウドに侵入しないように、あれほど注意したのに。」しかし、隆志以上の
ハッカーは佐野には考えられなかった。
吉田隆志、17歳の高校生。ある縁で佐野は彼と知り合った。彼には特殊な才能が有り、2年前から自分の意のままに動いてくれている。好奇心が強すぎるのが欠点だが、パソコンを知り尽くし(俺には、どんなにガードで守っていても侵入出来る自信が有る。)と豪語していた。彼には毎月それなりの研究費としてお金を与えていた。今回の事(センターへの侵入)で、佐野は、隆志の処遇を「もう一度、注意してダメなら別の人間を探さなくてならないな。」と考えていた。
佐野は、R50は1億、R100は1億五千、40個有るので五十億か、悪くは無いな。と、何やら、一人でお金の勘定をしていた。
5日後、佐野から連絡が入った。「雄二君、R50とR100各5個、赤坂○ホテル
102号室に、至急送ってほしい。」雄二の不安はまだ消えてはいない。
「ストックが有るので、即発送したいのですが、私が持っていきますか。」
「今回は、発送でお願いしたい。君達5人は、1週間後、総理と会う予定で、スケジュールを組んでいる。それまでに、R50,R100の生産と、資料作りに精を出して貰いたい。時間があまり無いので、宜しく頼むよ。」
納得しながらも、何か佐野さんの話のニュアンスが何時もと違う感じがした。
取合えず、R50とR100を指定された、赤坂○ホテルに10個発送する事にした。
1週間が過ぎ、佐野所長からの連絡が途絶えてしまった。
雄二は堪らなくなり、赤坂○ホテルに洋太と一緒に行ってみる事にしたが、不安が頭から離れない。
赤坂○ホテルの受付で佐野所長の所在確認を取った所「佐野一馬様は、3日前の
10月10日午前9時にチェクアウトされています。」
雄二と洋太はすぐに、その足で総理官邸に向かった。
官邸管理室では「佐野一馬様ですね。調べては見たのですが、その様な方は当官邸
に来ておりません。」雄二の不安は現実のものとなった。
センターでのハッカー侵入の件から、今日までの経緯を雄二は洋太に説明した。
「佐野所長が、そんな!新薬50個、確かに持っていますよね、まさか売り払うつもりで、」雄二は新薬50個持っていった事よりも、自分達を裏切った事が残念で
ならなかった。おそらく、もう日本には居ないだろう。
新薬は、センターでコントロールされている。ハッカーによる侵入は絶対に不可能
な状態に修正しておいた。おそらく、佐野は、ハッカーを使って、コントロール室
に侵入をしてくるだろう。今回の認証の仕組み、佐野所長に知らせなくて、大正解だった。
佐野一馬は隆志から「センターに侵入出来ない。これは俺には無理、他をあたってくれ」と連絡が。「雄二の奴、俺に報告なしで、認証を変えたな。隆志にも解からないやり方で、やはり、隆志がセンターに侵入した結果、雄二は俺に疑いを持ったのか?しかし、それなら何故、俺に新薬を」センターに侵入出来なければ、自分が持っている50個の新薬は無用の産物になってしまう事は解かっていた。
佐野は現在アメリカのニューヨークに滞在していた。知っている限りの、ハッカー数十人に依頼したが、結果は全て侵入不可能との返事しか返ってこなかった。
雄二は、理沙に佐野所長の裏切りを伝えた。「信頼していた佐野さんに裏切られました。もう僕たちの所には帰って来ないと思います。50個の新薬を持ったまま、消えてしまいました。しかし、50個の新薬は1つ、1つセンターでコントロール
されています。使われてしまう前に、新薬を無効にする事が赤い実の秘密を守る事になるのですが、宜しいでしょうか?」
「無効にして下さい。あの人は昔から、やはり変わっていなかった。東京薬理研究所に在籍していた頃、知り合って同棲していたが、瞳が生まれて間もなく、研究所を退職。「金にならない研究は、もう飽きた。俺はもっと違う道を歩きたい」と
訳の解からない事を言って、家から出てしまったの。それからは、瞳を両親に預けて、暫らくして加山さん、貴方のお父さんね。と知り合い赤い実の研究に参加してきたの。ここで佐野と再会し変わった姿を見て、私は本当に嬉しかった。でも、
人間の本質は変わらないのね。」
雄二にとっても、佐野は信頼のおける恩人ではあった。
洋太に、佐野が持ち出した新薬全て、無効にするよう指示を出した。
雄二は、理沙。瞳、良子、洋太を所長室に集めて、事の次第を説明する事にした。
話をしようと思った時、瞳は涙を流し「私の父が、皆さんに大変な御迷惑をかけて
申し訳ありませんでした。母から昨日、事の次第を聞き、驚いています。本当に
申し訳ありません。」雄二は「瞳さん、何も貴方が謝る事ではないですよ。ただ、
私には、もう貴方4人しか信頼出来る人がいません。此れから、我々は如何したら良いのか、皆さんの考えを教えて下さい。」
洋太は「組織を変えましょう。所長には雄二さんに、理沙さんと瞳には新薬の製造と、さらに新薬の研究、即ち超新薬の研究かな。俺と母さんは今の仕事をもっと研究します。」
雄二は加山の正義感、早苗の卓越した研究員、2人の血が流れている。
良子、理沙、瞳も賛成だった。
雄二は、佐野所長の考えていた、新薬をもって日本を立て直す事に決めていた。
まず、国に財政の力を付けなくては、始まらない。
自分達で、5人揃って東京の総理官邸に行く事にした。
一番大事な事は、赤い実の秘密の事を、総理とは言え、守って貰う事。
それと、我々5人の事、新薬の製造元、センターの場所全て秘密にして貰う事であった。その為には、現在の総理の性格等、など調べなくては取り返しのつかない自体になるだろう。
雄二と洋太、瞳の3人で、あらゆる手段で総理の事を調べた。結果、思っていた
以上に正義感のある人という事が解かった。雄二は「信用出来ると思う。今総理は
この日本をどう立て直すか一生懸命頑張っている。此の人以外に居ないだろう。」
洋太と瞳も同意見だった。
良子と理沙にも、総理は信じるに値する人だと云う事を説明した。
佐野の件もあったので、特にお金の執着心を徹底的に調べた結果だった。
その日、5人は総理官邸の事務所で官房長と向かい合っていた。
「我々は日本の再生を願い、先任から引き継ぎ、何十年と此の研究をしてきました。
ようやく、研究の成果が実り、総理に面談したく、やってきました。」
「総理に会うのは、研究内容の説明を聞いてからでないと、判断しかねます。」
雄二は、迷ってしまった。総理以外説明出来ない内容なのだ。
「日本の財政が大変な事になっているのは、東北地方の問題からだと理解しています。現在、大阪の原子力研究所で、問題解決の為、100人近くの研究者が研究を続けていますが、予算不足の為、中断して要る事も理解しています。私達の研究は、
これら全て解決出来る内容です。しかし、此の事は総理しか説明出来ないのです。」
其の時、総理大臣、山下一雄が隣の部屋のドアを開けて事務所に入ってきた。
「初めまして。私は、此の国の総理大臣、山下一雄です。君達の話し、失礼と
思いましたが、隣の部屋で聞いていました。詳しくは、総理室で聞きたいと思います。」総理室で雄二は、初めに、この話しは絶対的に秘密事項で有る事を総理に確認してから、研究内容を、資料を見せながらR50,R100、情報センターでのコントロール室までの事を説明した。
総理は「君達の研究内容を聞いて、賞賛に値する研究成果だと思う。しかし、人類のこれからの未来さえ変えてしまう、とんでもない研究成果とも言える。非常に危険な事でもあると思う。日本の財政の為とは言え、人間の寿命までお金で売る、そして
コントロールされる。此の話しは聞かなかった事にしたい。」
雄二は「総理の人間性を、実は私達調べて来ました。やはり、思っていた以上の立派な人格者です。私の考えていた返事が、総理の口から帰ってきました。
どうやら、少し無理があった様ですね。しかし、この新薬、ここで諦める事は出来ません。総理が納得出来る使い方を、もう一度、研究内容を変えてきます。
今日は、本当に会っていただいて、ありがとうございます。」
雄二は、総理に会えた事、そして5人を知ってもらった事で、今回は充分に成果を
あげたと思っていた。
5人は総理室から出ようとした其の時、総理は、理沙の顔を見ながら「もしや、貴方は、伊藤理沙さんのお孫さんですか?良く似ているもので。」総理は学生の頃、
(日本の研究者一覧)を見て、随分綺麗な研究者が日本に居るのだな、と感心して見ていた。
「私が、伊藤理沙です。此の子は瞳で私の娘。それと、言いたくはないのですが、
今年で、満86歳になりました。総理、歳は秘密ですよ。」
総理は、唖然とした表情で、その場から動けないで5人を見送った。(金縛り状態)
5人は札幌に帰ってくるなり、理沙と瞳はR50とR100の生産にかかった。
良子と洋太はセンターのコントロール室のメンテ。
雄二は、この研究所で働いてもらう人の、人選情報を集めていた。
少なくても、センターに5人、新薬の販売人に10人、理沙と瞳の補佐に5人の計
20人は心要になる。全員女性で採用と5人で決めていた。
この人選、思っていた以上に困難な仕事だった。正義感があって、秘密は守る、
英語、中国語、ロシア語、等、世界各国の言葉を堪能する女性10人。又セールストークも絶対条件だ。
センターの、人選も大変だった。販売人と同じく世界各国の言葉を堪能、それに加えて、世界のハッカーに引けを取らないエンジニアの知識、絶対条件だ。
割りと簡単に決まったのは、理沙と瞳の補佐で、理沙の研究者としてのキャリアで5人の採用が決まっていた。
センターの人選は、コントロール室が有るだけに、余程の人格の持っている人でなくては勤まらない。
それでも、半年程過ぎた頃、販売員10名、センター勤務4人、が採用されていた。
全員女性と決めてはいたが、雄二はセンターに1人だけ、男性を採用したかった。
桧山さとし。この男、正義感の塊で、日本では彼以上のエンジニアは居ないと
雄二は思っている。4人に相談した所、即OKの返事が返ってきた。
「雄二さんが、一押しのエンジニアだったら、男も女もないでしょう。」洋太は
期待を込めて返事をしてくれた。
一体、雄二は、いや!5人は、此れだけの人を集めて何をしょうとしているのか?
総理に断れて、自棄になっているのか?
実は、あれから雄二の元に、総理から連絡が入り「私は、日本の総理として君達の計画に賛同出来なかった。しかし、日本の此の状態。はっきり言って、私にはこれ以上、日本の再生プランが思いつかない。雄二さん、君に日本の再生を託したい。
君は、信用出来る。私も全面的に君達を守る。困った問題が起きた時は、私に連絡してくれ。総理として出来る限りの事はするつもりでいる。」と。
雄二達5人は、総理に認められた研究員になっていたのだ。
空知管内の奈井江町に、新薬を販売する人達の研修、会議、宿泊、その他全ての機能を持った、小型だが、ビルが建てられた。此処は、元、奈井江高校の跡地で
雄二が最も販売員の中では信頼している、販売員の母親が学んだ学校の様である。
何故、雄二は女性だけの販売員とこだわったのか、新薬R50,R100は命を商品化
して売る仕事だからであった。女性は本来持っている、母性本能に加え、男性と
比べて、命を宿し、子を育てていくという力は計り知れない。
又、札幌の研究所と離れた所にビルを建てたのも、出来る限りセンターで働く人達との接触を避ける為だった。暫らくの間、雄二は、このビルで販売員の研修に
あたることになる。
ビルには、新薬に関する資料など一切残さないように、販売員には徹底された。
販売員への指示、確認など全ては、雄二の持つパソコンと、販売員の持つ特殊な
小型パソコン(スマートフォンの様な者だが、電話機能はない。)でのメール連絡のみ、と決めていた。
研修後は、各自、世界各国へ向かう事になる。既に、100人以上の販売予定者を
リストアップしている。財産家がやはり多いが、中には、およそ、お金に縁の無い
人も含まれている。
会議室で雄二は、販売員10人に対して最後に「1番君達に守って貰いたい事は、
この新薬の出先だ。それと、君達の素性。販売金額に付いては、各自のパソコンにリストされている。全て日本円で記入されているので、各自、各国のレートに換算して販売してほしい。又、君達が世界を回って、此の人は助けたい、と思えた人が
居たら自分で判断せず、必ず、私のパソコンにデータを送ってほしい。
私の方で、その人の情報を確認してから指示を出す。もう一つ大事な事がある。
販売成立の際、コントロールされる事を告げる、それと必ず新薬を渡した時点、
購入した人が、その場で新薬が水と一緒に飲み込む所を確認する事。不正があった場合、薬はコントロール室で無効になってしまう事を購入者に告げる事。
君達が今回持ち出す新薬は、全てナンバーでコントロールされるため、もしも万が一、盗まれてしまっても、無効になるので、決して危険な事に巻き込まれないように、安心して行動してほしい。以上です。君達の活躍を期待します。」
今回、彼女達、全て契約が成立した場合の販売金額は、250億円。個人最高販売金額は150億円で、現在癌で治療中の超財閥患者だ。最低販売金額は10円。
17歳の若者で母親と3人で懸命に暮らしているのだが、ある不治の病によって先がない命。雄二のある理由で10円にした。
現日本の総理大臣、山下一雄は東北、仙台出身、東京大学経済学部在中にサークルで知り合った女性と7年後、結婚していた。10年近く家族4人で暮らしていたが、
日本財政の危機で、総理としての仕事激務。又財政の責任が政府要人に向けられ
何度か、家族に危険が迫った。妻の実家、北海道の奈井江町に息子と娘を一時的に避難させたのだが、息子の正が発病、肺による疾患だった。3人は東京に戻らず、
今現在も奈井江町で暮らしている。
総理は、雄二達には知らせなかったが、雄二は情報を掴んでいた。
今回、新薬の販売員、山下智子は総理の娘で、新薬を最低価格で販売予定の(10円)青年は山下正だった。雄二は仲間4人には告げず、山下智子の販売リストに、山下正の名を記載していたのだ。
良子と洋太が働く新薬情報集中センターのコントロール室には、販売された新薬の情報が次から次と、送られて来ている。先にインプットされている情報とのチェックに追われている状況だった。そんな洋太を見て、雄二推薦で入所した桧山さとし
が「洋太さん、情報のチェックのプログラム作り、私に任せてくれませんか。
全ての組み合わせを自動化して、作業の効率化を図りましよう。ミスで一大事に
なる前に。」洋太は良子に相談してから、雄二に報告した。
雄二から即、返事が「桧山君の初めての仕事ですね。私も明日、札幌に帰るので
桧山君と、どういった具合にプログラムを改善するのか確認を取りたい。良子さん
と洋太君の4人で確かめましょう。」
やはり、桧山さとし君は、思っていたようなエンジニアだった。雄二は、いずれ
新薬購入者が増えてきたら、間違いなくコントロール室を自動化しなければならない問題と考えていた。
新薬の製造を担当している理沙と瞳からも、「5人の協力者のお陰で、作業に余裕が出来てきている状態なので、新たに自分達5人、ケアしなくても生存出来る新薬
を開発したい。」と報告が入った。自分を含めて5人にとっては、ありがたい
研究だ。「作業に支障が無いように、お願いします。」
少しずつ、この研究所、情報センターが改善されていけば良い。
1ヶ月後、販売員全員、各自リストされた仕事を終え帰宅した。販売実績99%
99人に販売出来た事になる。販売金額は245億円。活動費、予備費などの経費を除いた230億円を政府中央銀行に開発協賛金という名目で納めた。此れは総理との取り決めで決めた名目口座だった。
国の財政から考えると、僅かな金額だが、10年先は、おそらく2兆円を超えているだろう。「今の規模をもっと拡大すれば」という意見も有ったが、雄二はこれ以上の拡大は避ける決心をしている。秘密の保全が保たれなくなる事と、やはり扱っているのが命という責任からだった。
雄二には将来の夢がある。いずれ、今の僕たちの行なっている事は世間、世界に
知れてしまうだろう。おそらく相当な問題が起きる筈だ。
それまでには、日本の諸問題に出来る限りの事を協力して行こう。
R50,R100は間違いなくこの世から消えて無くなる筈。しかし、我々には、赤い実の培養薬が残っている。これを使っての新薬を開発しなければならない。
現在、生産中の新薬と大きく違うのは、その病気のみ完治する。決して、それ以上
の効果はない、後はその薬を使用した患者の寿命でしか生きていけない。
それだと、勿論、薬のコントロールも心要も無くなる。そして、世界中の医療機関
で使えるようにする。全くの別物にしてしまう事で、かなりの問題は解決する筈だ。
実は、この案、瞳からの提案だった。瞳は以前から薬のコントロールに疑問を
雄二に訴えていた。つまり、雄二の夢は世界中の人が赤い実の穏健を受けられるように成る事だ。
理沙と瞳は、雄二には報告して居ないが、おそらく2人で既に研究を始めているだろう。雄二は、それに大きな期待を賭けていた。
3年の時が過ぎ去った。雄二達の日本再生計画は順調に進んでいた。変わった所と言えば、新薬販売員が2人増えて12名に成った事と、理沙と瞳が開発した新しい
新薬、RX1の誕生だった。5人の念願だった赤い実の培養薬とR1のケアが要らなくなくなり、このRX1を摂取すると、半永久に脳が間違い、覚醒を繰り返す、最強の新薬。この新薬は5人だけの秘密とし、摂取後、資料と共に破棄した。
この新薬、他の人間に知れたら大事になる。
ただ、この新薬を開発時点で、瞳はある発見を知る事になった。
ある物質を加えることで、病気を完治した時点で、摂取した新薬の効果が消えてしまう発見だった。此の発見は雄二、理沙、瞳の望んでいた事であった。
もう少し、研究を重ねていけば、薬として完成出来ると瞳は断言した。
その薬が完成したら、現在、世界中の人達に販売しているR50,R100の生産は止めて、新、新薬として日本国に販売権を譲ろう。もう、危ない販売、研究から離れたい。そして、今まで協力してきた、関係者(販売員など)には充分な報酬も考えよう。瞳の話しでは、一度薬を摂取したら、2度目は薬の効果は無いらしい。
人間、一度、助かれば充分のような気がする。
3年間の間にR50,R100はどれ程の数を販売したのか、自分達の此れからの仕事は
薬を販売するのではなく、情報センターにあるコントロール室の管理を、後、最低
100年は責任を持って続けて行かなくてはならない。
100年後は2175年。俺は156歳、良子さんは183歳、洋太は160歳、瞳は164歳、理沙さんは189歳、それから、俺たちRX1を摂取したので、事故で死なない限り、生き続けるだろう。考えただけで気が遠くなりそうだった。
2013年11月20日
赤い実