人形劇
ずっと好きだった人に会うことになった。
過去に色々ともめた相手だったから、会うのはかなり怖かったけど―――
大学からの帰り道、偶然出会った。
田中っていう、高校のとき親しくしていた友人。
こいつに会うのも2年ぶりくらいだろうか?
彼の友達の氷室くんが、例の人。
田中に氷室くんのことが気になって聞いてみた。
学校を辞めて引きこもっていて
ずっと心の病気で苦しんでいる…って。
衝撃的だった。
「あんなに態度のでかい彼が…?」
「そうだろ?あの頃の自信はどこいったんだって感じで。
あの人、過去に色んな人に色々してきたじゃん。
そういうの思い出して自己嫌悪になったりしてるみたいで。
本当に暗かった。死ぬんじゃないかって心配になるほど…」
「会いに行ってあげた方がいいんじゃ」
自分が会いたいだけかもしれないけど。
「会いに行って大丈夫かな…。
この前、ほんと何言っても反応悪くて。
またあんな調子だったら…って思うと怖い」
人と話すのが得意な田中がここまで恐れるほど…?
死ぬかもしれないなんて…
自殺…なんて…
そう思うと早く会いにいかなきゃ、という気になって
「今、まさに首つろうとしてたらどうする?
友達が会いに来たら死ぬ気が失せるかもしれないし!
私たちに救える命があるかもしれないよ!?」
「そ、そこまで言うなら…」
田中は押され気味に了承した。
「じゃ、ついてきてくれる?」
「うん、遠くから見てるよ」
「ダメダメ、ちゃんと会わないと。
こそこそ見てたら、俺を笑いにきたのか、とか思うかもよ?」
「そっか…ナイーブになってるから…。
でも、私がしゃしゃり出ても…。
私のこと嫌いだと思うし、イラっとされないかな」
「その時はその時だろ」
「…!」
「てかもう大丈夫だろ」
「その時はその時」って言葉にはっとした。
私は恐れてばかりで何もしてこなかった。
別に失敗したって全てが終わるわけじゃない…。
何だか気持ちが軽くなったようで。
「そう言うなら行くか…」
「おう!」
ちょっと怖いけど。
彼に会いたい。
もしかしたら元気づけてあげられるかも。
というより、私の力で彼を元気づけてあげたい。
ピンポーン。
ドキドキが半端ない。
きっと彼は、まだ私のこと…。
ガチャ。
お母さんだ。未だに顔を覚えていない。
いや、久しぶりだから忘れてしまったのかも。
「淳〜、田中くんとお嬢よ」
お嬢というのは私のあだ名だそうで。
昔、田中から聞いた。
由来はわからないみたいだが、
世間知らずで空気が読めなくて
お嬢様みたいって思われてるんだろなぁ…
と勝手に思い込んでる。
お母さんはちゃんと、私のこと覚えてるんだな…。
のたのたと懐かしい足音が聞こえて…。
「おう…」
いつもの気だるそうな挨拶。
懐かしい…。
やっぱり、かっこいいなぁ…。
一目惚れしたくらいだから。
こちらを向き、びっくりしたように目を見開く。
さっきお母さんが私もいるって言ってたのに。
「あっ、どうも、お久しぶりですー」
営業マンのようなスマイルで。
…あれ、こんな爽やかなキャラだった?
昔と同じように田中と色々話してる。
ゲームとかマンガの話。私にはわからない話。
「あっ、なんかすいません。二人で話し込んじゃって…」
「全然!いつもこうだったじゃん。
なんか懐かしくて…見てるだけで嬉しいよ。
私は、田中についてきただけだし。
おまけ的な感じなので。
どうぞ二人で楽しんで」
氷室くんが私に気を遣うなんて。
嬉しいけど何だか奇妙な感じだった。
昔は二人で話し込んで、二人だけの世界ができあがっている感じで。
私が一言も話さない場面も少なくなくて。
邪魔者扱いされていたというか。
「最近ドールにハマってるんだ」
「人形?ねー、どんなの?」
興味本位で聞いてみた。
「えっとね、洋風の人形なんだ。
金髪のカールで青い目をしていて…。
フリルのついた洋服で。
あー、口で説明するより見せた方が早いかな」
どうやら、見せたいらしい。
「見たい見たい!」
「うむ。ちょっと待ってろよ」
いそいそと中に入って行った。
「…元気そうじゃない?」
小声で聞いてみた。
「ほんと、それ」
そう言いつつ、田中は時計を気にしている。
「明日の課題終わってないんだけど…」
「氷室くんの方が大事でしょ」
「うーん、まぁ…。
でも心配してたわりに元気そうだったし、もうそろそろ…」
彼が戻ってきた。
「でかっ!」
驚く田中。確かに大きい。30cmくらいだろうか。
「どうかな?」
自慢の彼女を紹介し、感想を求めているように見えた。
「綺麗だねー!アニメっぽいの想像してたから、
こんなリアルだと思ってなかった」
「でしょ?アニメっぽいのはあまり好きじゃなくて…。
この瞳がいいんだよね…。グラスアイっていうんだけど」
彼の自尊心をうまく擽ることができたようだ。
「いっぱいおるの?」
「いや、そんないっぱいではないけど…。
他の子もいるよ。部屋に飾ってる」
「わぁー、なんかワクワクするね。見たいなー」
「家には入れられないなー。片付いてないし…」
苦笑いしてそう言うから、
きっと本当に散らかってるんだろうな、と思った。
この前(といっても4年ほど前だけど)、
家に入れてもらったときはすごく片付いていた。
男の子の部屋ってこんなに綺麗なものなのか
と驚いていたけれど、
汚いときはめちゃくちゃ汚いって田中から聞いた。
「また来てもいい?」
「おっ、また来てくれるんですかー。大歓迎!」
「何時ごろだったら都合いい?」
「いつでもいいよ。
だって俺いつでも家におるし。
なんたって、引きこもりだからなぁ」
そう言ってケラケラ笑っていた。
氷室くんと別れて、田中と二人になった。
本当に元気そうでほっとした。
「元気そうだったねー!」
「本当に!びっくりした!
仲山さんのおかげだな〜。
きっと仲山さんが行ったから元気になったんだよ!
本当に行ってよかったな〜。
どうなるかと思ってたけど」
「私のおかげ?そんな…。
確かに…あまり嫌われてるようには感じなかったけど」
「なぁ、イケるんじゃない?
今、ちょうど弱ってるし…。
今度こそ、二人うまくいくんじゃないかな」
「いや〜…もういいよ」
今は彼氏がいるし。
そんな二股みたいなこと…。
最近うまく行ってないけど。
『いい名前だね…
幸運を運んでくれそう』
『目元のホクロがセクシーだね…』
なんで、こんなセリフ思い出すんだろう…
―――――――――――――――
「あれから氷室くんに会いに行った?」
ファーストフード店で田中と食事。
「一度だけだけどね。何だか、また人形が増えたみたいで…」
ああ、きっと寂しいんだ。
彼のことが好き。
私でよければそばにいてあげたい、力になってあげたいと思う。
でも、私には他に付き合っている人がいて…。
彼のそばにいてあげることはできない。
彼と一緒になることはできない。
もう、そんなこと望んでない。
なんなんだろう、この気持ち…。
「あ、そのとき仲山さんのこと後悔してるって言ってたよ」
「え…?」
「突き放すような態度取ってしまったって」
「へぇ…」
何を今更。
「これってチャンスでは?
彼に仲山さんのメアド教えようか?
次こそ落とせるって!」
…は?
彼が私のメアド教えてって言ってるの?
俺を落としてほしいとか願ってるの?あの彼が?
…田中は昔からこうだ。
こうやって何も考えずに適当なこと言って期待させといて、
私がどんなに酷い目に遭ったか…。
彼に怒りの矛先を向けるのは間違ってるかもしれないけど。
彼よりも私を騙した氷室くんが悪いし、
そもそも騙される私が悪いのはわかってるけど。
…みんなにムカついてる。
でも、それを表に出してはいけないってことはわかってる。
「それってさ、氷室くんがメアド欲しそうにしてるの?」
「いや、俺が勝手に言ってるだけだよ」
「じゃあ教えなくていいよ」
強い口調で言う。
「えー、いいの?」
この上から目線な感じが、ムカつく。
まだ彼のこと追い求めているとでも?
私には、他にお付き合いしてる人がいますから。
あれから、逃げずにあの苦しみと向き合って…。
色んな出会いをしてきていますから。
自分の世界に引きこもって、
自分に良い顔してくれる人としか関わらない
あんなくだらない奴と、
私は違う。
自分の立場が下だなんて思わない。
「だって氷室くんが教えてって言ってないのに、
教えるって変じゃない?
彼が望んでるなら別に教えてもいいけど?」
「彼から教えてなんて言うこと、
きっとないと思うわ!」
騒いでいた女子高生たちの声が一瞬、聞こえなくなった。
あっちもカチンと来たんだろう。
でも、こうやって言い合ったことで、
お互いに対する気持ちが伝わったと思う。
田中は、かなりのバカだけど、
本当は良い奴だってわかってる。
自分では良かれと思ってやってるんだって。
ただ、思い込みが激しくて。
俺がやっていることは絶対に正しくて、
これだけしてやってるんだから感謝しろよ。
口には出さないけど、そういう気持ちだとわかる。
私にとって、それは恩着せがましい、
ありがた迷惑。そう、彼も気づいたと思う。
この4年間の苦しみから、少し解放されたようで、すっきりした。
「そうだね…。
彼とは、もう関わる気ないからいいんだ。
だって私―――」
―――――――――――――――
「最近、仲山さんの話しないね」
「…」
「喧嘩でもした?」
「いや、なかなか都合つかなくて、会ってないから…」
「ふーん…。ま、どうでもいいけど。
俺には関係ないし」
本当に仲山さんに関心がないみたいで
人形に夢中な様子
愛しそうに髪を撫でる姿を見て
少し不安になる
魂を人形に吸い取られたような
何か呪いにかけられたような
そんな風に見えて
もしかしたら氷室くんは、仲山さんに気があるのではと思ってた。
でも、やっぱりそんなことないか。
それなら言ってもいいか。
「そういえばさ、仲山さん結婚するんだって…」
「そうなんだ…。あいつが。
あれ?さっきなんで」
「氷室くんに言われて思い出したんだ」
「昔から記憶力悪いもんな」
クスクスと笑う彼。
「結婚式、出る?」
「いや、俺はそういう場、苦手だから…。
おめでとうって伝えといてよ」
「おう!氷室くんが祝福してくれるなんて、
仲山さん絶対喜ぶよ!」
「…なんで?」
「だってほら、氷室くんのこと好きだったから」
「そうだっけ…」
知ってた
好きだった
そうだね
昔は…
やっぱり俺は過去の存在なんだな
そんなことわかってたのに…
田中はどうしてこうも余計なこと言うかな…
俺が喜ぶとでも?
好きだったなんて。
そんなのは昔の話で
これから他の男と結ばれるんだろ?
別に、何とも思わないよ。
―――――――――――――――
今日は君の結婚式か…。
いいんだ、俺には君がいるから…。
寂しくなんか、ないよ。
「君には心に決めた人がいるから」
そっと長い髪を撫でる
「ずっと一緒だよ」
目元のホクロをなぞる
「サチ」
「君さ、俺のドールズを見たがってたじゃん。
見せてあげたいね…。
どんな顔するだろうね…」
「…なんてね」
「サチ、いこうか…。
きっと、忘れられない素敵な日になるよ」
純白の衣装で身を纏い
銀色のお守りを胸に抱いて…
「純白が真紅に染まるのって、すごく綺麗だと思わないかい?」
人形劇