loneliness heart

★lonriness heart 2001 ,03

ヨーロッパ。
クラシカルで静かな街をあるいていた。木々は明るい色合いの緑で空を彩り揺れていた。
風の音あるわけではなく、それでも吹いて行く。
美しい建物が並び、木々の向うは林や青い山をのぞむ。
俺は一人の女に話し掛けられた。
「あなたのカラス?」
「………。ああ。カーベルだ」
「ふふ。可愛いわね。『おはよう』とか、『こんにちは』とか言えるなんて。人懐っこいし、九官鳥みたい」
「仕込んだだけだ。来い。カーベル」
バサバサッ
「カー」
淡い金髪ウェーブが乗る女の肩から俺の肩に飛び移った。女はふふ、と笑った。
「あなたもカラスの様に黒い服がよく似合う。綺麗な髪も素敵だわ」
「ああ」
曇り空を見上げて女はカラス共の群を目で追っていた。東南から来る風とカラス共はすぐに羽根をばたつかせて去って行った。
「……どうしたのかしらね。空の遠くに敵でも見つけたのかしら」
「さあな」
俺は身を返して歩き出す。女の気配は空をしばらく見上げてから俺が歩き出しているところを見て笑顔のままに追ってくる。ステップを踏みながら。
「あたしの家にも鳥がいるの」
女は続けて話し出す。その鳥の名前だとか、家の場所だとか、餌を買うならその住所の近くお店がいいだとかといった事だ。女からは緩やかなクラシック音楽が聴こえる。
「それでね、なんかね、ルララってこの前逃げ出して」
20分間ずっと鳥の話は続いた。鳥の話ばかりだ。鳥女だ。まるで鳥を愛する仲間を見つけて溜まった鳥話を全て聞かせる勢いは全くとまらない。
「だからルララにはまだ友達がいないのよね。ふふ、まるで主人のあたしに似てしまったみたい」
「別に一人が好きなら友人なんかいらねえだろ」
「あなた一人がいいのね」
「ああ。だからお前にも早くどこかに行ってもらいたいな」
「ふふ」
女はうれしげに話して、うれしげに軽く笑う女だ。一つ一つの仕草が軽快だ。
「ダンス習っているのよね。あたし」
聴こえる曲はラヴェルのaez vif-the rythme。軽快な足取りで俺の後ろから着いて来ては俺の前まで来てまた、あの声で笑う。
「ね! あなたは何かをやっているの?」
女は後ろ手に花を持っている。その花を俺の肩に乗る子ガラスのカーベルに差し伸べる。
「カーベルってこの花が好きなのね。インドの花よ。その国の神様の花」
「じゃあ、死人の花だな」
「ふふ。可愛いけれどね」
カーベルは差し出される蓮の花弁を嘴でつついて首を傾げて一枚ついばんだ。それを食べて女の肩に再び乗る。たどたどしい足取りで俺の肩とは違う撫で肩でようやく落ち着いた。
「花を食べるのね。この子」
「ああ。花が主食だ」
「道理でいい香りがする。あなた、名前は?あたしはオリビア」
思い出したという風にさらりと言った。まっすぐの瞳で。
「ゼファー」
「いい名前ね」
女はカーベルに頬釣りして木々の先、林に囲まれこの街中から見えて来た湖を見つめた。
「水って好きなの。人間って七割方水で出来てるじゃない?だから同じ物を求めるのね。海や湖や川、沼の上の蓮。池の上の野鳥。海には行った事がある?」
「ああ」
あたしは行った事が無い。TVなどで見る位よ」
この街はどこも山に囲まれた静かな街だ。湖の数が多い。林の多い街。その林のなかに俺は入った事は無い。
「俺の部屋にも海の壁画がある」
「よく見つめている?」
「まあな」
南側の壁一面がその海の海底の壁画で埋め尽くされていて、北側の壁沿いに置かれたベッドから眺めていた。
「どこにあるの?家」
「近くのアパートメントだ。2キロ先の」
「遠いのね。あたしは足が遅いから遠く感じる。あなたは背が高くて歩き足も早かったものね」
また空を見つめていきなりざわつき出した木々を眺めてまた空を見上げた。
「あなたの部屋の海を見せて!」
くるんと一回回転して言った。後ろ手の白い蓮の花が音を立てて回転と同時に俺の前に落ちた。女は拾わない。
「花ってどうして綺麗なのかしらね」
言いながら微笑み膝を曲げて拾った。白い花弁についた砂を払う事無く後ろ手に持った。
「綺麗な物は好き?」
「ああ」
「あたしもよ。綺麗な海とか、綺麗な音楽、綺麗な花、ピアノの音色」
「ああ」
女の歩調が早くなった。俺の元の歩調に合わせて歩き出した。
「海の壁画は自分で描いたの?」
「ああ」
女は早い歩調のまま軽快にステップを踏んだ。

俺の部屋に上がってすぐに壁に駆け寄って見つめた。
「素敵ね!なんて綺麗で真っ青な海!」
「ああ」
「どこの海底なの?」
「もう忘れた」
「あ!凄いわ!グランドピアノがあるのね!」
西側の壁は一面窓で、その前のピアノに駆け寄った。このアパートメントの部屋についていた物だ。古めかしい年代物だった。
晴れ始めた空から光が差して女とピアノを照らした。
「………。あたし、太陽ってきらいよ……」
女の笑顔が消えてピアノをなぞって軽く寄りかかった。俺を目で捉えてピアノの横の鳥篭をふと見た。
「鳥篭に入れている?」
「いいや。今入れていない」
カーベルを捕まえたその日限りだ。
女は太陽の光を背に海底を見つめた。海底に差す陽の場所より、部屋の奥の海底を見つめていた。
「太陽のひかりって、あたしにとっては明るくて。でもね、夕陽は好きなの」
女はピアノの上の銃を発見して手に取った。
「おもちゃ?」
「いいや」
夕陽が一望できるこの部屋は西に沈む太陽と、俺の部屋の前を初めてとおった夕陽の鳥カラスを思い出す。あの時、夕陽に向けた銃弾は眩しさに眩む内に仕留めていた。羽根を掠めて。
「これでカーベルを捕まえたの?」
「ああ……」
「腕はいいのね……」
もう傷が治ったカーベルの頬をオリビアが撫でながら小さく微笑んだ。
鏡をピアノの上に戻してピアノの椅子に座った。
「あたしもよくピアノを弾くの。とても下手よ。こんなに立派なピアノじゃないけれど、あたしの部屋にも代々伝わるの」
手にした蓮をピアノの上に滑らせて置いた。死者の沈む黒い湖に浮かぶ死人の花に見えた。女はピアノを弾き始める。
「うまいな」
ドビュッシーだ。
「ラヴェルとドビュッシーが好きなんだな」
「よくラヴェルも好きってわかったわね!」
「ドビュッシーが好きな人間は大体ラヴェルも好きだ」
「ふふ」
軽快なリズムを奏でてるとピアノから手を離した。そのまま反転して背もたれに片腕を乗せ海底を眺めた。
「なんとなく、あなたの雰囲気にあった部屋ね。凄く落ち着いていて、とても静か。外の音が全く聴こえない」
「防音処置してある」
「煩いのが嫌いなのね」
「嫌いだ」
女は軽い身のこなしで立ち上がって俺のところまで来た。
「踊りは好き?」
「……分からない」
随分昔、行事毎に踊らなければならない舞を断り続けていた。稽古もやらなかったことを思い出す。
「嫌いなのかもしれねえな」
「そっか。でもあなたが踊れば素敵なんでしょうね」
俺の手を取った。女は離す事をしなかった。
カーベルは短く鳴いて羽根を返し鳥篭の上に乗った。
「あたしの手も冷たいの」
「女には多いって何かで聞いたな」
手を振り解いてパンツポケットにしまった。
「水、もらっていい?喉かわいちゃった」
「キッチンに水道は通って無い」
「料理に困る部屋ね。あ。丁度お昼時だもの。嫌じゃなかったら何か作るわ。フフ。ごめんなさい。結構遠慮ない女かもしれない」
「いや」
「冷蔵庫、無いのね。調味料とか。外で食べるの?」
「……まあ」
腹なんか空くことも無いのだが。
ベッドの上のいくつかある花をカーベルにやる。
「花っておいしいのかしらね」
「さあな」
「あたしは食べた事無いから」
「水、汲んで来る。グラスならある」
「自分で行くわ。悪いもの」
女はキョロついた。
「何処なら出るの?」
「サニタリーバス。キッチンの横のドアだ。棚に」
女はドアで振り返り、見回すとこちらを見た。
「どの棚?」
「鏡跡の下の棚にある」
「鏡見ないの?」
「自分の顔は好きじゃ無い」
「ふふ。素敵な顔なのにね。美形で、好きよ」
ドアに消えた女はグラスに水を入れて帰って来た。グラスに口をつけ両手に弄んだ。
漸く蔭り始めた窓の外を見る。女は太陽を避けたがるが、淡い金髪を腰下までふわるかせる笑顔が柔らかな女には太陽が降り注ぐ草原や林が似合う。
「不思議ね。音がないと頭に自分の好きなメロディしか浮ばない」
「俺とは違う」
「過去の事とか」
「大体は」
「それもいいわね。過去の出来事は忘れない方がいいもの。でも、あたしはリセットしたい事の方が多い。だから、音楽が好きなのかしら……」
女の顔が曇った。
口付けした。女は俺の顔を見つめて微笑んだ。
手のグラスを滑らせた。
「あ、ごめんなさい」
拾いかける女の手を取った。
「別にいい」
「何故?」
「床に落ちる物は落ちたくて落ちる」
「ふふ」
微笑んだ。俺の胴体越しに海底を見つめた。
「本当はね、海に行ったらきっと二度と帰っては来ない」
「自殺しに行くのか?」
「何故かしらね。海は死を連想するのよ……。海は全てを生む場所なのにね」
「………」
女は涙を流した。別に哀しくて、というわけでも無かった。
「死んだら全て終って綺麗な物を見る事も、綺麗な曲を聴く事も、過去を思い出す事も無いの。何故、そうなってしまうのかしらね」
「俺には分からない……」
微笑みを蘇らせて俺を見上げた。女はいつでも脳裏に曲を奏でていた。
俺は窓際まで歩いた。
「ピアノ、弾いて」
俺は頭に浮かんだメロディーを弾く。途中から何かで聴いた曲に変わる。それに合わせて女は唄を歌って目を閉じた。
「もし、あたしが鳥ならば、あなたは撃ち落すのかしらね」
俺の横に来て俺を見おろした。
「撃ち落しはしない。俺は」
女は微笑んで海底に視線を移した。
「もうきっとダンスの稽古の時間かしら。時間は分からないけれど」
「1時半だ」
「分かるのね」
「ああ」
俺から離れる。
「そろそろ帰るわ。2時からなの。じゃあね」
女は俺に手を振ってドアに軽快に歩いてから振り向いた。
俺も軽く手をあげる。
「ふふ」
笑って部屋を後にした。窓の外を踊り歩いて俺を見上げて微笑みながら手を振った。返した。

「あ」
「ああ」
木々の揺れる広間のベンチにいた俺に気付いて笑顔で歩いて来た。
「足首、怪我したのか」
「ダンスでスピンしたら足を挫いたの」
さらりと答えた。
『あ!』
『! 大丈夫?』
『ええ。ふふ。大丈夫よ』
『でも大変。擦り剥いているわ!救急箱持って来て!』
『ああ。待ってな』
『ありがとう』
『いいのよ!足も挫いたかもしれないから休んでいた方がいいわ』
『ええ』
オリビアはバレエ稽古上の隅の床に腰掛けて、曲げ一面の窓から見える林の奥の湖を見つめた。
今日も女は後ろ手に花を持っている。
「今日も白い花持ってるんだな」
薔薇だ。棘は全て取り払ってある。
「理由は無いけれどね。花は白が好きなの」
少し痛む足を押さえて俺の横に座った。
「何でダンスをやっているんだ?」
「稽古所の窓から湖が見えるの。この町で一番大きな湖よ。夏のあの湖は好きじゃ無いけれど……」
花を天に掲げた。空の色を透かす花を。
「夏はあの湖に大勢の人が来るわ。舟に乗る人。釣りをする人。泳ぐ人」
花を見つめながら曲が流れている。いつでも。
「……あの湖でね、お母さんが死んだのよ」
曲は止んだ。女の顔から微笑みは消えた。
「今もずっとお母さんはあの湖の中心のどこかに沈んでいるの。見つかる事なんか無いわ」
『あんたは何やったって駄目なんだから、ピアノだってもうやめて!毎晩毎晩毎晩あんたは何も出来ない馬鹿だって言うのに!!そのせいであの男の子は自殺したのよ?!また!また死ぬ子が出た!あんたは駄目な子なのよ!何で分からないの!!』
ニコとオリビアは穏やかにいつもの様に微笑んだ。
『……ごめんね、お母さん。ね、湖行って、落ち着きましょ?とても綺麗なのよ。気分が良くなるわ』
夜の湖は月光が水面に輝き、白鳥は羽根を休めている。
『綺麗ね……。お母さん……』
『………。ええ、本当……』
『ふふ!』
スルッとオリビアの後ろ手の白い花は落ちた。ハッと気付く。
『……また落しちゃった……』
『何であんたはいるもそうなの?!何で物を落すの!!そうやってボーっとしってるからいけないのよ!!ねえオリビア!!もういい加減にしーー……、?!』
オリビアの事で母親は随分昔からヒステリーを起こし始めていて……オリビアは翳んで微笑む。
岩を手に……。悲痛に叫んだ母親の顔は強張った。
『せっかく静かに過ごしている……。鳥達が逃げちゃう……』
陰んだ微笑みに曲は少しずつ複雑さを奏でた……。
『……ね…』
ブンッーーガツッ
『!!』
『なんか……ふふ……。駄目ね--…あたし』
曲は流れ流れて。
ボートに乗っていつもの様に微笑む。
『お母さん、知ってる?この湖、一箇所沼になってるの……。みんな何で気付かないのかな。ここならとても涼しくて静かよ。お母さん』
誰も知らないこと。今でも。
オリビアはいつでも周囲の人間を不幸にした……。オリビアに罪があるわけではなかった。
オリビアは日常の美を愛で、持つ芸術分野の天性に生きるでもなく、自然を愛で生きる。男は優しくする。その周りで人々の努力は無化され、自信をなくし命を絶ってしまうだけだ。勉学の全く身につかないオリビアに負けて。
ダンスを始めて3ヶ月のオリビアに先生は3歳の頃から努力し続けた者よりもプリマの話を出した。純粋なオリビアに心酔した男は彼女よりもオリビアを選んで心を打ち明ける。有名画家がオリビアの感性の内に打ちのめされた。全てを捨ててピアノの道を選んできたピアニストがオリビアの才能でコンクールで潰された。女の命より大切な母の形見はオリビアの気の抜いた内に滑り落ちた。
悪気も無く、オリビアは薦めを興味もむかない内に微笑んで断る。命に変えて来た者達は生甲斐をなくして自殺するまで陥った。自信を取り戻せず挫折を乗り越えられなかったのは相手でもある。
それでもオリビアの頭には美しいことしか浮かびはしない……。悲しみの内に、罪を知らない少女の様に。
女は穏やかに微笑む。
「その母親の事が嫌いだったんだな」
再び音楽は流れる。花を持つ手を下げて微笑んだ。
「好きじゃ無かった。だから殺したのかな」

 雨が降っている。窓の外、闇を音も無く落ちていく雫。
コンコン
「………」
カチャ
「――ご免ね、他に頼れる人いなかった……」
女は俺の腕の中、気絶した。
カーベルは羽根をばたつかせて俺の肩に乗って女を見おろした。
「死んだの?大変な怪我だよ」
「死ぬ事は無い。轢き逃げされた」
ベッドに横たわらせた。救急箱を持ってカーベルが包帯を巻く。額を撫でてから俺の横に来る。その夜、女はずっと気絶していた。
カーベルは黒一ビロードドレスの少女から子カラスの姿に戻り、女の枕横に丸まり眠り始めた。
ピアノ椅子に腰掛け、聴こえない雨音を見つづける。雫。闇を。

 女とよく出歩く様になっていた。女の呼び掛けでほかの街だ。
昼のカフェに入る。女はメニューをずっと見つめ続けた。
「えーーっと……。……これ。ソースたっぷりで!」
女は来る間も話しつづける。
瞳は差し込む陽を見る事はしない。軽く「ふふ」と笑う。カフェに流れるクラシックを口ずさむ。ゆったりと目を閉じる。
女の食事が早くも来る。目を丸くしながらも微笑んだ。
「おいしい!」
パフェだ。
「別に、字が読めねえこと隠さなくてもいいだろ。何が食べたいんだ?」
俺はメニューに目を通す。女が俺をもっと眼を丸くして見つめた。
「--……、ラム!トマトソースがたくさん乗ったラムが食べたいわ!」
うれしげな笑みと、リズミカルなサウンドが流れた。
「ふふ!」
女は、微笑みは満ちて行く。

 オリビアは今日も鳥屋に来ていた。行きつけのショップだ。
そこの店員はオリビアに気がある。週に一度オリビアは小鳥を買って行く。
「この子、可愛いわね。この子を頂だい!」
「ああ! 今籠に入れてあげるよ。ハハ。オリビアちゃんみたいに優しい子に御主人様になってもらって大切にされてるんだと思うと俺もうれしいよ!今頃オリビアちゃんの部屋は小鳥達でいっぱいの頃なんだろうな!」
「………」
オリビアは微笑んでいる。
三日後、鳥篭を後ろ手に散策する。渡り鳥の鳴き声に見上げる。
「ーーあ。鳥だわ」
その瞬間、オリビアの手から滑り落ちた鳥篭の蓋が弾みで外れ餌ももらっていない空腹の小鳥が飛んで行った。
「ふふ。鳥はいいわね」
そのまま気付かずに店につく。
「やあオリビアちゃん!あれ。今日は三日前の子を連れて来るって言ってたけど」
「?」
オリビアは笑顔で空の手を見る。何も無かった。
「ふふ。おかしいわね。部屋に置いて来てしまったのね」
オリビアの背後で小鳥が鳴いて、オリビアの頭の上に乗った。
「まあ、可愛らしい!この子、買って行くわ」
「今日もまけておくよ!」
「ふふ。ありがとう」
帰って来て、鳥篭を吊るしてピアノを弾き始める。小鳥に話し掛けながら軽やかに奏でる。
「ふふ!あなたにあたしのお友達を紹介してあげたいわ。初めての男友達よ。とても素敵な男の子なの」
小鳥は腹を空かせ始めた事に気付き、ピーピー鳴いている。
「明日あなたも会えるわよ!」
小鳥はこれが夜まで続いたら、逃げ出すことに決めた。
どうやら、この鳥篭を見るにたくさんの大小さまざまな爪跡や嘴の傷跡がケージの出口下についている。これは、どうやら皆がこのオリビアから餌を期待できずに逃げ出すことが分かった。
出口にはさいわい、引っ掛け金具さえも無かった。

女はいつもの様に俺のアパルトメントに来た。
「出かけましょう!」
いつもの様に過ごす。散歩をして湖に行って、カフェに入って、俺の部屋の海底を眺めて。俺は女を送って行く。
「今日もここでいいわ!ありがとう!ばいばい!」
俺も軽くてを振る。カーベルは「カー」と羽根をばたつかせる。
夜の内にいつもの方向に女は軽快なリズムで走って行って消える。
俺は身を返してアパルトメントに戻る。その玄関口に一人の女が立っていた。
「あなた、この頃オーリーと一緒にいるわよね。あんな女といるとあなたまで白い目向けられるわよ」
「知らねえよ」
女は俺がドアに消える前に俺の腕を後方に引いた。
「あんな馬鹿女の事なんていいじゃない。あなた、一ヶ月前にこの街に来たばかりなんでしょ?何もあの子を知らないのよ」
「俺は入っていいなんて事、一言も言った覚えはない」
「あの女はよく入ってるじゃない。あの窓から誰もがよく通る毎に見ているわよ」
「だから?」
カーベルは女の顔を鉤爪で引っ掻いて俺の肩に再び飛び戻った。
「ーー何するの?!」
「出て行かないからだ」
女は俺を思い切り押し倒しビンタしてはキスしてくる。
「あんな女に虜になる男は馬鹿よ」
女は服を放って迫って来る。月光が女の白い裸体を照らした。
「そんな気分にはなれないな。オリビアを妬む、外見とは違う狭い心の女とは」
二日前もオリビアの前にこの女は現れた。オリビアを口で蔑んで嘲笑った。
「ーー何よ……。女の心っていうのは装飾品じゃ補えないって言ったのはあなたじゃない!あたしは装飾品なんかなかろうが美しさに自信あるわよ!」
「醜い心の女の笑みは外見の美しさでは隠しきれない。といったんだ。だから男共はあいつに惹かれるんじゃねえのか?」
「ーーむかつく、むかつく!」
「俺から降りろ。俺は女にも人にも手荒にするのは好きなじゃ無いし騒々しいのも嫌いだ」
「何でよ!あの女に男共は魅せられて振られてさ!あんな馬鹿女!ダンスだけしかとりえの無い馬鹿女!」
あの時、オリビアは声を出して俺の腕に身体を奮わせ初めて泣いた。女に言い返しもしなかった。女を追い返した後、安心した様に微笑んで言った。俺の腕の内側で。
「ふざけてる!あの女の方が心が酷いんじゃない!興味無いだか何だか知らないけどあの女一体なんなのよ!!」
女の怒鳴り声は空間に響いた。
「俺はお前が好きじゃ無い」
『……ふふ。あなたの腕はとても温かいね……』
「あの女のせいで一体何人の男が殺されたと思ってるのよ!!」
「静かにしてくれないか」
カーベルは羽根をばたつかせて女を警戒する。
「うるさいのよこのカラス!」
女が鳥篭の支柱を掴んで叩きつけカーベルは逃げて遠くから見て来た。
コンコン
「いる?」
女はざっと振り向いて、シャツを羽織ってドアを思い切り開けオリビアを張り倒した。
「ゼ、」
オリビアは吹っ飛んで通路の壁に背を打ちつけ驚いて頬を押さえ女を見上げた。音楽が止んだ。
「--……。サーリー?」
「オリビア」
「あんた一体なんなのよ!ダンスしか取り得が無い馬鹿のくせして!」
オリビアの目から涙が流れて顔を歪ませて声を押し殺して泣く。その腕に大振の鳥がいる鳥篭。ルララ、と鳥は繰り返し言いつづけていた。拉げた籠の出口から出て来て通路に羽根を広げよたよたした。
グイッ
「ちょっと何するのよ!!」
パアンッ
「ーーあたしに手をあげるなんてどういうつもりよ!!」
オリビアはゆっくり立ち上がって、哀しい曲の流れと共に、微笑んだ。
まずい。
「どうしてくれるのよ!腫れたら責任取りなさいよ!!」
女はナイフを取り出した。オリビアは言う。
「ゼファーってね」
女はオリビアに駆けて行く。
「煩いのが苦手よ……」
オリビアは鳥篭でナイフを振り払って、床にいたオウムのルララが驚き飛び立った。
「静かにしてくれない……」
落ちたナイフを手にして--……、
「サーリーなんて、大嫌い」
駄目だ。
ーーガンッ
女の背に穴が空いて音を立てて倒れた。
「………」
「………」
オリビアは銃を下げた俺を見上げて、手のナイフが落ちてゆっくり段々と曲が流れ始め、穏やかに微笑んだ。
「静けさが、戻ったね」
「--……」
いつもの曲が既に流れていた。一人の女は、少女の様に微笑んだ。

「家に着替え持ちに行かなきゃ」
夜。オリビアの住む屋敷ドアを開けた。
広いエントランスが目に飛び込む。シャンデリアの下で男の背が自分の頭に銃を突きつけ立っていた。
ーードンッ
血が迸ってそのままの体勢で全てがスローモーションの様に後ろに倒れた。
「……パパ……」
緩やかなカーブの大階段から降りて来て短く叫んだ女が男に駆け寄った。
俺の横に立ち尽くすオリビアを見つけて女は平手打ちをした。
「疫病神!出て行って!!」
女の顔から悲痛の流れた涙は女のさする右手に落ちた。攻撃しかけたカーベルがそれで羽根を綴じ女を見つめた。
「姉さん……」
オリビアを外に追い遣って俺の顔を泣きながら見上げる。
オリビアは歩き出した。女は男のところに駆け寄って行った。
カーベルがオリビアの肩に乗る。力無く微笑んだ。
「帰る所、なくなっちゃった」
肩の上のカーベルの頬を軽くさすって、暗い部屋を見上げた。
「鳥、いいのか」
「昨日ね、逃げていた。あたしが飼う鳥はみんな二日であたしを置いて行ってしまう。ふふ、何でかな……」
「何で鳥が好きなんだ」
部屋から視線を俺に移して微笑んだ。
「あたしは飛ぶ事は無く死ぬからかしら。死んで、全て終るのは……嫌いなのにね……」
女の心はいつでも綺麗な曲が流れていた。
「……俺が」
ころすか
女は微笑んだ。
いつでも曲は流れて行った。
「いいよ」
女は、綺麗な心の女だ。

loneliness heart

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更新日
登録日
2014-04-11

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