俺と異世界の諸事情
すべての始まり
夕日の沈む、真夏のいつもの帰り道。
坂を元気に自転車で走る後輩たちの背を見ながら、自分は1人自転車をひいて帰る。
部活にはそこまで力を入れていないはずなのだが、やけに肩が重い。
…入りたくて入ったわけじゃないのにな…。
別にそれほど行きたいわけではなかった高校に入学して2年目を迎えたわけだが、正直言ってこの1年と3ヶ月、悪いことしかなかったように感じる。
「はぁ……」
ため息をつくと幸せが逃げるとかなんとかよく聞くが、ため息をつかなくても、どっちにしろ俺に幸せなんかこないんじゃないかなんて思ってしまう。
友達に誘われて入った陸上部は、もともとそこまで体力がない俺には毎日が地獄のようだし、今年のクラスもきっと去年と同じで俺に話しかけてくるような奴もいない。この学校で唯一の友達であるそこそこイケメンな幼なじみはクラスの人気者だし、まずクラスが違う。
…考えたって仕方ない。現実は現実なのだ。
「…あ、」
学校に英語ノート忘れた。
今まで約40分歩いて来た道を振り返る。
…どんだけついてねーんだよ…
仕方なく自転車にまたがる。
空はもうとっくに深い青に包まれていた。
学校に着くと、急いで自分のクラスに向かう。
確か机の中に入れたはず…!
ガラガラッと勢いよくドアを開けると、
「…!?」
な…なにやってるんですか…?
目の前にクラスメイトがいた。正確に言うと、目の前の席にクラスメイトが座っていた。
しかし、ただクラスメイトがいたわけではない。
無表情でこちらを見返してくる彼女…佐伯菜穂は、俺の目の前で…
爆弾を作っていた。
爆弾級天才少女
夜の学校で爆弾作ってる人を、俺ははじめて見た…
青や赤、緑などのカラフルなコードが繋がった黒い箱。画面らしきところに赤く数字が書いてある。1秒ずつ、チッチッと音をたてながら数字が減っていた。
…って、おいおい!?
「なんだ、成宮君ですか…あれ?おかしいですねぇ、この教室には今、現実逃避したい人以外は入れないよう結界をはっているのですが…君、もしかして現実逃避したいんですか?」
!?
「ちょっと待て、確かに俺は現実逃避したいが、なんだよ、その結界とか…!!」
まるでファンタジーみたいな…
佐伯が心を読んだかのように、
「まぁ、ファンタジーと同じようなもんですよ。正確に言うと、ファンタジーを再現している…それが我が部活、現実逃避部です」
……
………………現実逃避部?
驚いている俺をよそに、佐伯は話を続ける。
普段はしゃべっているところなんか見たこともないのに……
「部長は私、佐伯菜穂です。部員は4人、常時活動は部活動時間に行いますが、ときどき夜にも集まります。部活動の内容は……現実逃避をすること」
…はぁ?
相変わらず無表情の佐伯は、無言で手元の爆弾のコードを一本切った。
赤色だった。
と、その時。
「部長、成功っ!?入っていい?」
後ろから、聞きなれた声がした。
「どうぞ、石内君。」
石内…俺の幼なじみが、そこにいた。
「お、成宮じゃん!お前も現実逃避?」
…さて、そろさろこの意味不明な状況を、誰か俺に説明してください…
まず、彼女…佐伯菜穂については、一言で言うと「天才少女」である。
俺の通う高校は基本的に偏差値が高いのだが、1年の終わりに編入してきた佐伯は、理科と数学がものすごくできる。普段は無表情無口で、彼女の声を聞いたのは自己紹介以来である。
そして俺、成宮草太郎は、今佐伯と同じクラスである。
…と、こんなもんか。
「で、石内」
幼なじみ、石内伸也が振り返る。
「なんだ、成宮」
「現実逃避部とか聞いたことないんだけど?それに、結界とか、爆弾とか…なんなの?」
ガラガラッ
「それはですね、先輩っ!」
「私たちが説明しますよ!!」
…なんか来たー!?
現実逃避部
1年らしき男女2人が背後に立っていた。
とりあえず、5人とも教室に入って座る。
「僕は加賀野一(かがの はじめ)です。現実逃避部…略してG部の部員です。そしてこっちは野坂花」
隣の女の子が軽くお辞儀をする。
「野坂です。加賀野君と同じ、1年です。」
なんか来たとか言ってごめん…普通に普通の1年だった…
「えっとですね…まず、G部はまだ部活として成り立っていません。ですので、G部のことを知っている人は皆無に等しいかと思います。」
あ、そっか、部員が7人で部活になるのか、うちの学校は…
「爆弾は、今先輩が作っているものです!でもこれ、普通の爆弾じゃないんですよ~ね、花!」
「はい、この爆弾は、数字がゼロになると半径20m以内にいる人全員が異世界へとばされるんです!今までは1人ずつしか現実逃避できなかったのですが、これで…」
花が目をキラキラさせて語る。
…って、ちょっと待て。
「異世界!?1人ずつ現実逃避!?」
「そうです。この部活は現実逃避するための部活。私が異世界に行けるアイテムを作り出し、現実逃避したい人が現実逃避をできる環境を作……」
チッチッ…
「…?」
チッチッ…
「何の音?」
チッチッ…
教室の入り口、さっき佐伯が座っていたところに、爆弾があって…
音はそこから聞こえていた。
チッチッ…
「なんで…!ちゃんとコードは切ったはず…!!」
チッチッ…チ。
ポンッ
意外と可愛らしい音を最後に、俺たちは1人残らず教室から消えた。
異世界…?
真夜中だった。
満月が、吸い込まれそうなほど黒い空に美しく浮かぶ。
ダイヤの形のオレンジ色のランプがところどころにあり、たくさんの洋風の建物を照らす。妙に階段が多い建物ばかりだった。
建物にある時計は12時を指している。だがおかしなことに、時計は上半分にしか数字がついていなかった。4、5、6、7、8がついていないのだ。
そんな真夜中の石畳の上に俺らは立っていた。
おかしいことは時計だけではない。
人々は皆、空を飛んでいた…箒(ほうき)で。
「ここは…異世界?」
5人無事にいることを確認した佐伯が、ぼそりとつぶやいた。
「じゃ、じゃあ菜穂先輩の爆弾は成功したんですねっ!」
目をキラキラさせた花が言った。
…どうやら俺まで異世界に来てしまったらしい。
それにしても。
「どうやって帰るんだ?」
石内が代弁してくれた。
「部長、爆弾…置いてきました…よね」
G部のみんなによると、爆弾がないと帰れないらしい。
って、冷静に解説してる場合じゃねぇぇぇ!
「どうすんだよ!」
俺は来たくて来たわけじゃっ…!
「それにしても面白い街ですねぇ」
「部長が考えた街じゃないの?」
「いや、今回は場所を考えている余裕がなかったから…多分、ランダムじゃないかな」
「でも私、この街好きですよ、菜穂先輩♪」
「僕も気に入りましたっ!」
人の…
「人の話を聞けー!!」
真夜中の街「マキシベルカ」
街の中は真夜中と思えないほどにぎわっていた。
「……あ、はい…そうですか。じゃあ……ありがとうございます」
近くにいたおじさんと話していた佐伯が帰ってきた。
「みんな、落ち着いて聞いて。私がここで、帰れるようになるための何かを作るから、それまではここで生活するようにー」
わー…と、歓声があがる。
「どうせ現実に戻りたくないしね、僕は賛成!」
「でも、その間現実の世界はどうなるんだよ。俺たちが明日いなかったら警察に被害届出されちゃうんじゃないのか?」
みんなが顔を見合せ、笑う。
「な、なんだよ…」
「成宮先輩は知らないんですねー。現実逃避中は現実の時間は止まってます。ただ…」
「この世界で死んだら、現実の自分も…死ぬ」
えぇっ!?
「ま、大丈夫ですよ」
全然大丈夫じゃなさそうですが!?
「とりあえず…学校に行きましょう」
……はい?
商店街を抜けた街の奥に、ひときわ大きな洋風の建物があった。
建物の前に看板があり、「マキシベルカ魔法学院 中等部 高等部 入り口」と書いてある。
「マキシベルカというのは、この街の名前のようですね……」
「魔法学院っ……!?」
「わぁっ!楽しそうですね!!」
加賀野ははしゃぎ、佐伯と花はファンタジーさに目を輝かせていた。
石内も驚いている。
いや、箒に乗って空を飛んでる人がいたからまさかとは思ったけど…本当に魔法なのか。
……ん?てことは…
「俺たちも、ここで魔法を習うってこと?」
佐伯が「もちろん」と頷く。
驚きを隠せない俺なんかお構い無く、じゃあさっそく入学の手続きを…なんて話が進んでる。
(学費ってどうなるんだろ…)
1人現実的な目をする石内を除いて。
この街の秘密
とりあえず入学の手続きが済み、俺らは宿を探した。
学校の近くの宿は丁寧に接してくれた。…それはもう気持ち悪いくらいに。
だがしかし、問題は次の日である。
「……」
時計をみると、9のところを指している。ということは9時なのだろう。宿の管理人らしき人が起こしに来てくれたのだが、窓の外は昨日と変わらず真っ暗なのである。
時計が上半分だとしても、朝の9時だと思ったのだが、どうやら夜に起こされたらしい。
学校は間に…合わないだろう。まぁ、夜だし…
そう思って俺は二度寝をした。
が、5分程で起こされてしまった。
「皆さん!学校に遅れますよ!」
「……もう真夜中じゃないですか…。それともマキシベルカ魔法学院は夜に授業をするのですか?」
俺と同じ思いだったのか、佐伯が眠そうに言った。
他の部員たちはまだ寝ている。
「何を言うかと思えば…まだ寝ぼけているのですか?」
管理人らしき人が小さく笑う。
「朝なんて待ってても、一生来ませんよ」
…は?
石内の諸事情
真夜中の街「マキシベルカ」……誰もがそう呼んでいるらしい。
時計が上半分にしか数字がないのも、真夜中しか来ないからだという。
真新しい制服に身を包み、俺らは学院に入った。
右手には先ほど配られた箒。
左手には部屋の鍵…。
どうやらここは寮制らしかった。
「成宮と俺は同じ部屋だな」
901とかかれた鍵を、石内が軽く振ってみせる。
「901号室」とかかれた部屋は9階の一番端の部屋で、俺たち以外には誰もいないようだった。
二人になれたところで、石内に聞いてみることにした。
「そういえばさ、俺ずっと気になってたんだけど…」
G部に入ったってことは、石内も現実逃避したかったんだろ?なんでお前が…?
「……俺は…」
……
…ビックリして声がでなかった。
「今まで隠して…ごめん」
俺はなにも言わずに、部屋をでていった…。
「佐伯…お前、知ってたのか?」
さすがに女子寮には入れないので、お昼(といっても外は真っ暗)に佐伯を中庭に呼び出した。いきなり呼び出されたのが不服だったのか、いつもの無表情が少しムスッとしていた。
「…何を?」
石内のこと。
石内の…諸事情。
「…そう、幼なじみの成宮君にも、話してなかったんですか…。といっても、彼はあなたの幼なじみではないのですが」
幼なじみじゃ、ない……
……石内が、そんなに悩んでいたなんて。
俺は…
俺と異世界の諸事情