夏香

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【episode 1 - History of summer eggs. 】

──胸を焼く夏の香。

──焦燥とした熱気。

──明るい天気雨。

──濡れた髪の少女。

──そして、少女が胸に抱えた、ソレ。


「────」



─── あの日、私は、犬の耳をした少女と出会った ───

【episode 1 - History of summer eggs. 】



「……」

 何かが聞こえる。

「……じん、ご……じん」

 甘い香りのする、懐かしい声。

「うぅ…ご主人、起きてください。 もう朝ですよぅ」



「……んぁ」

 聞こえる声に揺さぶられ、ふと目が覚めると、
 薄めの毛布をかけて眠る私の上に跨り、犬の耳と尻尾をパタパタさせる少女の姿。


「ん…ぁぁ…、夏香か。 おはよう」

 懐かしい夢を見ていたせいか、少し記憶が混乱してしまったようだ。
 自分の意識を覚醒させつつ、陽の光にあたる少女の頭を撫でる。

「おはようございまふふ~♪」

 蝉が喚き、部屋全体が暑苦しい清々しさに包まれたベッドの上、
 私に撫でられ、心地良さそうにわふわふ言っている犬耳少女、『|夏香(なつか)』は



 ──私の”飼い犬” である。



 夜はちゃんと隣室、…彼女にとっての自室で寝ていたハズ、
 彼女は朝になるとこうして半自動の目覚まし時計となる。

 朝起こされるのは大方、規則正しい彼女の腹時計によるものだが、
 いずれにせよ、寝起きに人の体重は少しばかりつらい。

「ぁー、夏香? とりあえず降りてくれるか。重い」
「重い!? 重いですか私! ご主人のベッドは暖かいので降りたくないです!」

「……、 降りないと朝ご飯作れないぞ」
「ハイ! 降ります!」


 今日は朝からテンション高めのようだが、聞き分けがいいのは褒めてやろう。
 ベッドから脱し、着替え、一通り身だしなみを整える。
 その間も無人のベッドに潜り込み、朝陽を浴びてぬくぬくしているこの夏香は、
 私の飼い犬であり、耳と尻尾以外は人と同じ姿をした、いわゆる”犬耳少女”だ。



 寝ぐせを直しながら、ふと、リビングの本棚へ目を向けると、
 先ほどまで過去の夢を見ていたせいか、《彼等》の歴史解説書が目に止まった。



──────────


 事の発端は近年、我が惑星…と言っても私は別に権力者でも何でもないのだが、

 この惑星、地球に『彼等』が、
言い替えるとするなら、いわゆる”宇宙人”がやってきた事から始まる。

 Xなファイルだとか、
 何たら・デイだとか、
 黒スーツのコンビが騒ぎまくる映画なんかに出てくるような、あの宇宙人という奴だ。

 『彼等』が地球へとやってきた具体的な経緯はわからないが、
 どうやら彼等、 耳や尻尾が特徴的(・ ・ ・)な『彼等』は、
 元々過ごしていた惑星で発見された、”とある特殊な金属物質”を加工する事によって宇宙空間での遠距離移動が可能になった事を除くと、我々地球人類ともそう変わらない文明・科学レベルを持つ種族だったらしい。


 例えるなら、よくハリウッド映画にあるような、
 UFOやロボットを使ってド派手な侵略を目論むわけでもければ、
 地球の空気で倒されてしまうわけでもなく、

 それはもう礼儀正しい、「来訪者」として『彼等』 はやってきた。

 対する地球人類側も、
 フサフサの耳や尻尾が生えている事以外は、見た目どころか考え方すら自分たちと似たような感覚を持つ『彼等』へ、一方的な迫害を加えるほど愚かではなかったようで、
 意外とすんなり、その来訪者の存在は受け入れられた。

 まぁ、未だに一部では共存反対運動が起きているようだが、
 それは元々あった人種差別運動と同程度のもので、現在に至ってはあまり活発ではないらしい。
 元々犬猫大好きな文明だからな、地球人類。


 そんな事を考えながら、2人分の朝食を作るため、冷蔵庫から生卵を数個ほど取りだす。
 …朝食は目玉焼きでいいだろう。夏香の好物の一つでもある。


 油の引かれたフライパンの上でぱりぱりと音を立てる卵をなんとなしに眺めつつ、
 再び『彼等』と地球人類との出会いに思いを馳せる。

 そもそも、”異文化交流”と言うような話になると当然、
 お互いに相容れない部分があるのが一般的だろうと思う。

 それは異星人に限らず、
 他国の人間、自分の友人、家族、恋人に至っても同じ話。
 何かしら相容れない部分があり、それを互いに知りながら共存するのが人間というものだ。
 そしてその相容れない部分というのは大きな問題から小さな問題まで様々なものに至る。

 それこそ、耳や尻尾が特徴的な『彼等』との話であれば、
 「人類に飼われている犬猫の是非」なんかについてもギクシャクしそうなものではある。
 …のだが、それは特にこれといった波乱もなく、丸く収まったらしい。

 どうやら、地球人類が猿を見るのと同じような感覚で、
 『彼等』も鎖に繋がれた犬たちを見ているそうだ。

 更に、これまで地球人類にとっての犬や猫といった動物は、
 古代より『愛玩』や『生活や狩り』のパートナーとして存在してきた。
 それどころか『家族』『仲間』『信仰の対象』etc…といったように、
場合によっては人間同士よりも身近な存在として、犬や猫が存在する事も多かった。

 そうした歴史的事実からも『彼等』は、我々地球人類に対し好意的な印象を抱いたらしい。
 「まぁそりゃそうか」といった具合に、本当に何も拗れる事はなく、受け入れられたのだ。



 その後、地球人類と『彼等』との間で、国際法的な移民受け入れ制度の制定やそれに伴う様々な法律が施行・実施され、
 更にはお互いの相互理解・環境整備の為に各地で行われた民間レベルでの交流によって、
 例えば医療や工業等々、各分野においての先端技術が少しばかり発展した。

 そうして発展した技術によってもたらされたものの1つである”常識的な温度では焦げないフライパン”によって夏香の好きな「外はカリカリ中はとろ~り」に焼き上がった目玉焼きを2枚の白い皿に乗せ、それぞれにサラダ用の新鮮なレタスとミニトマトを添える。


 ──こぼれ話だが、実はこうした食物の鮮度を保つ技術も『彼等』によって少し発達したという経緯がある。

 『彼等』がやってきて以来、今となっては、乾燥し水分が枯渇する砂漠のど真ん中にさえ「今朝採れたかのような新鮮な食物」を運び、豊富な食事や水環境を整える事が可能になった。

 更には汚水や海水ですら低コストのまま純水にする技術を『彼等』が持っていた事もあり、
 中東やアフリカ圏域など、清潔な水を得る事が難しくなっていた様々な国や地域においても『彼等』の登場は好意的に受け入れられた。


 ちなみに、元々『彼等』
 …地球人類としてはなかなかに言い難い正式名称なので便宜上『彼等』と呼んでいるが、
 その『彼等』は地球人類よりも幾分、言語に関して使用される脳や身体の各部位が発達しているらしい。

 それと同時に、礼儀や言語等に対してのエンジョイ精神と敬意を併せ持った『彼等』は、
地球の、それぞれ自分が住みたい土地の言語や文化を一通り学んでから移住登録をするようだ。


「夏香ぁー。皿運ぶの手伝ってくれ」
「わかりましたー!」

 こうして裸足でぺたぺたと、軽快な足音を立てながらやってくる夏香もその例には漏れない。
 まだ日本にやってきて一年と少ししか経っていないにも関わらず、
彼女は既に日常生活程度なら不自由しないレベルの日本語を扱う事が出来る。

 …多少テンションのおかしな言葉遣いが混ざるのは、きっと夏香の性格のせいだろう。 多分。

 そして夏香が目玉焼きの乗った皿を丁寧に運んでゆき、
 私が2つの茶碗に白米を盛って後に続くと、
 部屋の中心にある白いテーブルには淡いライムグリーンのテーブルクロスが敷かれ、
 夏香は座布団の上に礼儀但しく座って、しっぽをゆるくパタンパタンさせている。

 最後に私が果汁100%のオレンジジュースを2人分マグカップに注ぐと、いつも通りの朝食が完成する。


 ちなみにこのテーブルクロス、
 そしてこの家の各所に施された、淡くてどこか爽快感のある色の装飾も主に夏香によるものだ。

 これは夏香の、少しお嬢様テイストな趣味趣向のせいでもあるのだが、
 『彼等』全体を見るとやはり礼儀や装飾、清潔感なんかに対してこだわりのある文化のようで、
 その影響か『彼等』の生活圏には白やパステルカラー、海の色や植物の色が多く取り入れられている。


 『彼等』の移住先としてこの日本が比較的人気だったのも、
 そうした生活環境や美意識、礼儀や作法といった文化的特性によるものだそうだ。

 日本の他には、例えばドイツ、イギリス、フランス等から、
 イタリア、地中海沿岸、ギリシャあたりの国々も『彼等』の人気スポットとなり、多くの『彼等』が移り住んでいるのだが、
 イランやロシア等のように、少し環境的な特徴のある国々もそれなりに人気がある。

 一部には、台湾からインドにかけての一帯を好む層もいるらしいが、
 それは主に歴史や宗教的な魅力によるものが多く、
 そういった意味で日本は、先に挙げたような文化的特徴は勿論、
 歴史の長さ、自然の豊富さや先端技術との共存性、宗教的な特性、その他様々な物事の多様性や国民性等々、
 様々な面で『彼等』にとっても興味と親和性を覚える国家であった。 



 ──と、書店で買った解説書は言っていた。



───────────────



「よし、それじゃ、いただきます」 「いただきます!」

 テーブルに着いてから発せられる、2人揃っての”いただきます”
 共に目玉焼きと白米をメインにした、極めて普通の朝食風景。

「|(もぐもぐ)……うんっ! ご主人の作ってくれるご飯は今日もおいしいです!」

「ん? そうか? 嬉しいけど、別に凝ったものは作ってないだろ」

「いえ。 こうして毎日ご主人と一緒においしいご飯を食べて生活できるのは、それだけでも私にとってごちそうなのです! もちろんそれだけではなく、この”外はカリカリ中はとろ~り”の目玉焼き。ちょっとだけ奮発して買ったお醤油とお米。 そして瑞々しいお野菜。 最高です!」


 彼女は素直な性格だけに、胸に響く事をサラッと言うから可愛いものだ。
 更には礼儀但しく静かに、そして美味しそうに食べる姿がなんとも愛らしい。



 ──先に言った通り、『彼等』の移住先としてこの日本が人気であるのは事実なのだが、
 実の所『彼等』による『礼儀』や『食事』への真摯さに対して好感を抱く日本人もこれまた多く、
 『彼等』の存在やその特徴が知られると、
 瞬く間に民間レベルでの積極的な交流を推進する団体や企業がアピールを開始、

 更にはSNSツールや各地域の老舗旅館等々多種多様な場所にて爆発的に歓迎ムードが広がり、
 数ヵ月後には外交レベルでそれが『彼等』にまで伝わったという経緯がある。


 うちの夏香にしろ、元々の育ちの良さもあるのだが、
 それを抜きにしても『彼等』の常である、食事マナーや礼儀作法へのこだわりが比較的強く、

 ”もっと自国の文化も楽しみ、理解し、敬うべきです!” 

 と、お説教を頂く事もしばしば。
 私も『彼等』から色々と教えられる事の多い日々である。



───────────────



「ごちそうさまでした! おいしかったです!」

 食事を終え、そう明るく主張した後、2人分の食器を下げる夏香。
 我が家では基本、私が居る間は私が料理を作り、夏香が洗い物をするという役割分担をしている。



 ──そして夏香が洗い物をしている後姿、
 もっと言うなら、160cm程度の身長の割には少しサイズ感のある尻尾をフリフリさせているその後姿を眺めていると、どうしても抱きついてみたくなるもので…。



「うわっと! どうかしましたかご主人?」


 つい、食器を洗う夏香の後ろから腹部に腕を回し、
 私よりも少しだけ低い、肩の上に顎を乗せる。


「んー?」
「んー? ってもー、またもふもふしたくなっちゃいましたか?」



 夏香がどこか嬉しそうに、でもくすぐったそうに苦笑する。

 私は、こうして夏香をモフるのがお気に入りだ。
 夏香のミルクティー色をした毛並みの良い髪や耳、そして尻尾をモフモフとするのはもはや私にとっての日課と言っても過言ではない。



「んぁ…っ くすぐったひですよご主人~」

 そんな夏香の訴えを無視して首筋から髪にかけての香りを嗅ぐと、甘いミルクティーの香りがする。
 これは夏香の毛色の比喩ではなく、本当にミルクティーやハーブティーのように甘く心地の良い香りがするのだ。



「……やっぱり、夏香の髪は良い香りだ」


 まだどこか寝ぼけているのか、それとも夏香の香りで夢心地なせいかはわからないがそんな事を言ってみると、やはり夏香はどこか心地よさそうにふふっと笑い、



「忘れたのですか? ご主人が 『ミルクティーのような髪の色だ。私はミルクティーが好きなんだ』 なんて事を言うから、初対面だったというのに、私もそれが気になってしまって紅茶を趣味にしてみたんですよ? 私の部屋がミルクティーの香りなのだから、当然私もミルクティーの香りくらいします」


 少しだけ悪戯顔で言う。



「──そんなにこの香りが好きなら、もっといっぱい抱き締めて下さいますか?」


 その夏香の言葉に、私も悪戯心が沸き、軽く頬にキスをする。


「わふっ…」


 夏香は未だにこういうアプローチには慣れていないようだが、
 こうして恥ずかしがる姿もまた、愛らしい。




「…そういえば、今日はいつ頃出掛けようか?」

 ひとしきり夏香の髪をモフモフした後、私が不意に発した質問に対して夏香は、


「うーむむ。家事が終わったら、早めに準備して出掛けましょうか。あまり暑くなる前に」

 と答える。


 時計を見ると、時刻は午前9時を少し過ぎたあたり。
 既に気温は22度を少しばかり超え、暑くなりつつあるのだが、
 それはさておき、今日は夏香と外出する予定がある。


 外出とは言っても特にこれという目的があって外に出るという訳ではない、
 今日は私と夏香にとっての記念日なので、デートをしようという話になっていた。




 今日は夏香と私の、一度目の結婚記念日。



 ──そう、私の”飼い犬”である夏香は、 同時に私の”妻”でもあるのだ。





【episode 1 – History of summer eggs. 】 


END.

夏香

はじめまして、大鷹ひのわと申します(HNは気分次第で変えるかもしれません)
この度は最後まで読んで頂きありがとうございます。

それでは今回の投稿作品のご紹介。
この「Summer fragrance ─夏香─」
テーマとしては、
「人外宇宙人である『彼等』と人間たちとの、ハートフルまったり日常SF小説」
となります。ごちゃごちゃですねスイマセン(笑
個人的にこういうの大好きなので、私の願望と妄想の塊と言っても過言ではありません(笑。
いいですよねケモミミ。もふもふしたいです。

今回、第一章である【episode 1 – History of summer eggs. 】は見た通り世界設定の説明、
いわゆる一種のプロローグです。

シナリオ展開としては、
タイトルは別々になりますが、この「夏香」と主人公、
そして今後登場させるいくつかの登場人物(カップル含む)たちとのシナリオが、
別々に進行しながらも、それぞれがどこかで繋がってゆくストーリーを予定しております。


いくつかの小説を同時進行的にちまちま書いてるのでかなり不定期更新の素人作品ですが、
もし気に入って頂けたら、たまに覗いてやってください。(笑

夏香

「──もっといっぱい、抱き締めて下さいますか?」 ある日地球へやってきた宇宙人には「ケモミミ」が生えていた!!? 《彼等》と呼ばれるケモミミな人々と共存する世界で繰り広げられる、ちょっと和める日常系SFイチャラブファンタジー。 (概要はラノベっぽくまとめてみました)

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • SF
  • 青年向け
更新日
登録日
2014-04-09

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