隻眼隻腕の剣士
第一話 比嘉沙汰 弘次郎
「まぁた戦ってんのか。よくもまぁ飽きねえもんだな」
一人の男が、血なまぐさい臭いが漂う戦場を悠然と歩く。その男の左目には大きな切り傷があり、左目を堅く閉ざしていた。そして、左腕の肘から先が無かった。脇には黒鞘に納刀した大太刀が差してあり、右胸に桜の花のアクセントがついた黒色の着流しを身に纏い、白髪(しろかみ)の右側だけ三つ編み状に結び、三度笠を目深めにかぶった男が、からんからんと下駄を鳴らし、対立している両軍へ近づく。
「お、おい、なんで『剣鬼』がここにいるんだよ!?」
「や、やべえ……逃げるぞ!」
「あ、あいつを討ち取れば俺もっ!」
「や、やめとけ!かないっこねえよ!」
ただ、男が近づいただけで、両軍は混乱し、あっという間にバラバラになった。その内の一騎の騎馬兵が、馬にまたがり男へ駆ける。
「あ?なんだよ、まだ俺に挑むやつがいたのか」
「う、うぉぉぉおっ!」
物凄い形相で近づく騎馬兵を一瞥すると、懐かしげによく通る低い声でポツリとつぶやく。ただそれだけのことで、騎馬兵は怯んだ。
「馬には罪はねぇってな」
「がっ」
騎馬兵の突き出した槍を、半身になって躱し、すれ違いざまに一閃。高速で振り抜かれた大太刀の刀身がぶれ、一瞬遅れて騎馬兵を両断した。切られた上半身は馬から転がり、ドサッと地面へ落ちる。残された下半身は、血の雨をあたりに降らせ、やがて地へ落ちた。
「おいおいおいおいおい!鎧をきてるんだぜ!?なんで豆腐見たいにきれるんだよ!あいつは本当に人間か!?」
男と騎馬兵のあっけない勝負を見て、さらに戦場は混乱する。男はそんな戦場を物ともせず、パキンと刀を納刀した。主を失った馬は、半狂乱に叫び、何処かへ逃げて行った。
「おいおい、これで終わりかよ。ったく、勇気と無謀を履き違えるな」
男は、自らが切った騎馬兵をそう吐き捨てると、歩みを開始する。その歩みを、一つの大きな鉄球が止めた。
「剣鬼よ!我が名は夜叉丸。お前と一騎打ちがしたい!」
太い声で夜叉丸と名乗った男に、隻眼隻腕の男が目を向ける。小太りの体型に、太い腕、その手に握られているのは、先ほど振られた鉄球。その鉄球は、鎖でつながれており、鎖は夜叉丸の手に握られていた。
「ふむ、お前は口だけじゃなさそうだな」
「是なら名をなのれ!」
隻眼隻腕の男は、ゆっくりと口を開き、
「俺の名は、比嘉沙汰 弘次郎。お前との一騎打ち。もちろん受ける」
そう名乗った。夜叉丸は、弘次郎の返答にニヤリと笑い、鎖につながれた鉄球を頭上で振り回す。
「いざ、参る!」
そして、振り下ろした。剛腕とも言える腕に振り下ろされた鉄球は、恐ろしい速度で弘次郎を押しつぶさんと牙を向く。
「おせえ」
が、弘次郎はそれを一蹴した。素早く大太刀の柄に手をかけ、抜き放つ。たったそれだけのことで、鉄球はバラバラに切られていた。
弘次郎は、パキンと刀を納刀すると、
「ぬぅ!」
鎖を掴み、引っ張った。巨体が宙を浮き、弘次郎に引っ張られる。
「力任せの攻撃が、誰に当たるかよ」
そう吐き捨てると、向かって来る夜叉丸を、左脚で蹴り飛ばした。夜叉丸の口から大量の血が溢れ、巨体が吹き飛び、地面を転がる。やがて大きい岩にぶつかり、止まった。しばらく痙攣していたが、ひときわ大きく巨体を震わすと、夜叉丸は絶命した。
「終わりか」
夜叉丸を一瞥し、弘次郎はそうつぶやいた。そして、血でできた水溜りを、ぴちゃりぴちゃりと下駄で踏み、悠然と歩き始める。が、弘次郎は突然奇妙な浮遊感を感じた。
「なんだ?これ」
弘次郎は下を向くと、底が見えない大穴が、弘次郎を中心に空いていた。弘次郎は、その言葉を最後に、穴に落ち、この世界から姿を消した。
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