法螺噺

痛みなくして得るものなし。
因果応報。
始まりと終わり。
自業自得。
取るに足らない届かない。
それって西暦何年何月何日何時何分何秒地球が何回まわったとき?
それと、雲ひとつない青空。
フェンスに囲まれた未開の地があれば、よじのぼってでも足を踏み入れる。
興醒めした人の世とその混沌の厭世さたるや、叶うものも叶わない。
それらが、傲り腐ったこの俺に見せるもの。
それはただの現実だった。
言うも容易いこの世界における俺の存在なんて高が知れている。
そう考えていた俺の、物事を何かの所為にして合理化するすでに出来上がってしまった直列回路は脆くも崩れ去った。
喜怒哀楽の感情が囚われることなく、全てが解放されたような清々しさ。畏れすら畏れ多く、嘘などすぐに見破られた。
俺は自分のなさに嘆いたつもりだったが、あの時、確かに泣きながらも笑った。
--そんなものが、そんなことがあった。
いつからなどと考え始めると果てがない。
目先の区切りはそのまた少しの繋がりから紡がれる。どの物語を辿ってみたって、俺なんてものが存在しない遥か昔まで遡ることになる。そこまで来てしまえば、何事も奇跡としか言いようのない事柄に思えてくる。
こんなにも奇跡がありふれているのなら、少しくらい俺に分けてくれてもいいだろうに。
ただ、運命を信じるかと問われても俺は答えない。
俺は運命などというものを知らないからだ。
それがどうしようもなく仕方がないものだと言うのなら、どうぞ。ただ、その時のためだけに在ったのだろう。
だから俺の運命も、その時のためだけに在った。
初めて交わした言葉は憶えていない。初めて目が合ったときのことも憶えていない。第一印象も残っていなければ、今を過ぎたものは全て色褪せていた。
だから知りもしないし、知りたくもない。運命など在ったとしても、そんなものなのだ。
しかし確かではある。なにひとつ確かでもないのに、初めて交わした言葉があることも、初めて交わした視線があったことも、第一印象を抱いたことも、過ぎた過去があることも、わかってしまう。確かに、在った。
進む方向は未来しか選べない。過去を確かめに行く方法は残念ながら今の科学では届かない。
在ったのか?
明確な自問、曖昧な自答。
ああ、きっと。
確かに出来ないのは、俺がいつまでも中途半端に存在し続けるからで、そのことを重々承知している。
消したいものと、残したいもの、両方が存在する。消したいか?と訊かれても今すぐには消したくはない。残したいの?と訊かれてもずっと残したくはなかった。そんなものが両方があるから、俺は曖昧なままにしていた。
温い部分に浸り冷たさからは逃げるよう、大切に抱えていた。
今日は空が青く、何かの悪戯か、あの時の風が吹き抜けた。
誰かの、声を乗せて。
「--のセカ--は---がいる」
風鈴の音が五月蝿い。
俺はいつかの夏に立っていた。
そして我に返る。何のことない、ただの現在だった。
漠然と立ち尽くし、呆然と何かを眺めていた。見たい景色は、何処にもなく、視界からの情報はほとんどない。その分よく聞こえる。でも聞きたいはずの音は此処にはなく、聴覚は音の世界を閉ざす。あの薫りも、触れたいものも届かない。
唇を舐めた。
余りに渇いた、ただの世界だった。


もういいから許して下さい。


2014年4月1日。晴れ。
エイプリルフール。
わけのわからないまま、わけのわからないことになっていた。
エイプリルフール。
どうも冗談みたいだから、泣いたフリでもしよう。
エイプリルフール。
夢なんだろう。ほら、覚めて。
エイプリルフール。
どうせなら、最初から嘘で。
エイプリルフール。
もう知らないから、知らないままで。
エイプリルフール。
エイプリルフール。
エイプリルフール。


世界が夢から覚めたその日、俺はある現実を告げられた。
珍しく声を荒げ、怒鳴り、閉じこもり、物を投げそうなところ、一度落ち着いて全てを疑ってみた。
叩きのめされたところで、残酷にも涙は出なかった。
夢の中に、何か置き忘れてきたのかもしれない。
俺はベッドから起き上がり、自分の部屋とは思えない自分の部屋を片っ端からひっくり返した。
--何処かに、何処かに夢の痕跡が。
ようやく探り当てた一枚の写真を手にした時、微かに全身が震えている気がした。
その写真の中に、懐かしい姿がそこにあった。
しかしやはり、涙は出なかった。
陽の光がカーテンの間から射し込んでいた。真っ黒なテレビの画面に反射して、俺の目を刺す。
俺はゆっくり瞼を閉じ、写真を胸のところで抱きしめた。次に零す吐息とともに、出ない涙の代わりに、俺はただ、現実を語った。


Rest in peace.
おやすみなさい、蒔衣。
安らかに眠れ。


蒔衣の自殺からすでに、半年の時が過ぎていた。

法螺噺

Presented by Kuroto

法螺噺

エイプリルフールの話。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-04-07

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