ISLAND

★ISLAND 2001.5


ここには来たばかりだった。真っ青な海に囲まれた緑の孤島。
街に来る。日の差し込むカフェの奥は緩い影が差す。そこで知り合った気さくな女と話していた。あたしは名前を聞かれた。
「あなた、名前は?」
「アゲハ=クライド。フランスから今日ここに着いたばかりで。」
実は、ただのヴァカンスでは無い。あたしはこの街出身だと言う友人から、モデルの仕事を頼まれてこの島に来た。
「……あなたがキラフの言っていた……。」
「? 知り合いの様ね。キラフはどこ?」
女はいきなり黙り出した。その場所にいた誰もがそうだった。
このカフェはさっきまでは騒がしかったというのに、あたしが名乗った瞬間の事だ。
「何よ。どうしたっていうの? 今いないならホテルを手配したいけれど。連絡が来るのを待つわよ。ここに来る様ならこのメモを渡して。」
キラフとは島に着陸してから連絡が取れなく困っていた。あたしはペーパーナプキンに伝言を走らせてから、カウンタに置いた。
「まあ、その前に腹ごしらえしなきゃね。機内食があまりにもカロリー高めで。」
モデルを始めて3年目だ。大雑把で、今まで別に何も気にせずにだらけた生活をしてきたあたしでも、ようやく慣れ始めたきつい生活。禁煙も続いている事は誰をも驚かせる。
「じゃあ。ご馳走様。」
金をカウンターに置いてカフェを出た。
この街には、女の数が半端無く多い。
離れた空港からタクシーを走らせ、事務所のあるこの街までに通った寂れた街には、男が半端無く多かった。
……というより、このお洒落な店の多いパステルカラーの壁の街には女しかいない。さっきの汚れた雑居ビルの立ち並ぶ灰色の街には男しかいなかった。
奇妙な感じもした。


適当にホテルを見つける。
チェックインを済ませてから、レセプションで電話を借りさっきのカフェの番号を押す。
「ああ。アゲハ=クライドだけど。『ホテルマファナミアン』に宿泊する事にしたからよろしく頼むわ。」
あたしは荷を解いた。なかなか悪くは無い部屋。ダークブラウンとグレーストライプの壁紙は落ち着き払い、白ペンキの塗られた木製の腰壁や窓枠、扉はどこも剥げてはいなかった。真鍮のシンプルな照明がぶら下がっている。不思議と藤色掛かり、グレー玉虫の紫カーテンが枠を縁取り、爽やかに青空が覗く。
ボストンバックの中身をベッドの上に並べると棚に仕舞い、 キラフとは連絡の取れない中を一度、住所のメモを見ながらモデル事務所に向かう。
事務所の階段を上がり、ガラスの扉の中は若い女ばかりが立ち回っている。
「キラフはいるかしら。あたし、モデルの仕事を頼まれてパリから来たアゲハ=クライド。」
「キラフ。」
あたしは見回した。
「そう。いないようね。どこにいるの。彼女の部屋の住所を知りたいんだけれど。」
彼女から送られる郵便物は全て、この事務所からだった。
元々メールサイトで知り合ってから早2年。実は顔も声もわからない。この月日であたし達は近くの友人よりも親友めいていた。
顔も知らなかったからこそ、そうなれる時代。初めて会うキラフ=カナン=ジョウに思いを馳せる。
「……ねえ。まだ?」
「これよ」
は。
「喧嘩でも売っているのかしら? 教えてくれずに自分で捜せって事?」
スタッフの女が引き下がって行こうとした。その腕を強引に掴む。
「ねえ。ちょっと待って。」
「忙しいの。」
そう、女は去って行った。
「何なのよ……。」
キラフは嫌われていると言うの? いい奴なのに。あたしは宛ても無く探す他無い。
「彼女ならギルン通りに住んでる。」
「彼女ならさっき愛犬と散歩してた。」
「彼女ならブリッジの近くに住んでる。」
「彼女なら今デパートで買い物中よ。」
「彼女なら今は乗馬の時間ね。」
「彼女なら死んだわ。」
「彼女なら歯医者かしら。」
「彼女ならルイセント通りのアパートメントに住んでる。」
「彼女なら事故に遭ったけれど。」
「彼女ならさっきまであたしと食事をしていたわ。」
「彼女なら今アッチよ。」
「彼女なら美容院ね。」
「彼女ならコルメットで店を営んでる。」
……。何、一体。
一体キラフは何人いるって言うのよ。この街の女、全てがキラフだとでも言うの?
死んだ中に入っているというの? そんな馬鹿な事あるはず無い。
「ねえ。あのさ、いい加減な事言わないで。」
「忙しいの。」
……なんか失礼ね。この街の奴等……。
仕方なくあたしは数あるキラフ一人一人に当たる。他の職業を持つ人間は省いたけれど。
「あなたを知らない。」
「あなたを知らない。」
「あなたを知らない。」
「あなたを知らない。」
もう訳分からない。
皆してまるでロボットの様。切れそうになる。
キラフもキラフよ。何も詳しい事言わずに。あたしも大馬鹿者だったわ。
「彼女ならば、センターに行きましたわ。」
不意に、真っ白の猫を抱いた真っ白の肌の真っ白の服を着るマダムが、背後から緩く言った。あたしは体も彼女に向け、柔らかい金髪を下ろした彼女を見た。
「センター……? どこよ。」
「あちら。」
男ばかりが揃う街がある方向をブラウンの長いマニキュアでついと指し、その方向を見る。
「ありがとう。助かったわ。」
マダムは穏やかに微笑んで、「あたくし、忙しいので。」
……。
忙しい? 逃げの間違いなんじゃないの?


あたしは男ばかりの街まで来た。近づくに連れて、常に立ち込めるかの様に暗く低い雲が天を覆っている。肌寒さも感じる街で、この時間、明りもどこも着いていない。
すれ違う男毎に聞いてみた。街のせいで、誰もが灰色に見えるけれどいい男が揃っているものだ。やはり、女達同様に若かった。年齢層は一定。
「あの女ならそこで見た。」
「あの女なら殺された。」
「あの女ならさっきまでキアリファンテと共にいた。」
「あの女ならトランク持って引っ越した。」
「あの女なら今まで話してた。」
「あの女なら……」
「ふざけないで。あたしを怒らせたいの? どういうつもりよ。早く出しなさい。」
「キラフは死んだ。」
「さっき聞いたわ。そのキラフじゃ無くて。」
「キラフは死んだ。というより殺された。」
「……は? あなた達、正気?」
4人を見回す。
「殺された。」
「殺された。」
「殺された。」
「殺された。」
連鎖の様にそう一人一人が言葉を継いだ。
「頭痛くなること言わないで。とにかくキラフと最も親しい人を紹介して。」
「キアリファンテならアッチだ。」
「キアリファンテならコッチだ。」
「キアリファンテなら今ここにいた。」
「キアリファンテなら酒屋を経営している。」
「キアリファンテなら釣りをしている頃だ。」
「キアリファンテなら死んだ。」
「キアリファンテなら今話してた。」
「一体キアリファンテは何人いるのよ!!」
「忙しい。」
あたしの怒声は天をビンとさせても、雲にあえなく飲み込まれた。怒りだけ跳ね返し降ってきた。
あたしを皆してグルになって騙しているとでも言うの?!
「ちょっと待ちなさいよ! 一体何なの! キラフとキアリファンテは! 食い違いにも程があるんじゃなくて?! とっくに死んでるだのアッチに住んでるコッチに住んでるさっきまでいただいないだ!」
まるで一人一人の時間の進み方が違うわよ。
でも、確かに2年間関わって来た。それに彼女は……
「ねえ。『今』何か立て込んでるんですってね彼女。」
「あの女なら今ここにいたじゃないか。」
「いないじゃない!!」
ふざけてる!
2年前の事。適当にメール相手を捜していたあたし。
同じモデル同士ということで、その頃からサイト上でさまざまを話し合う様になって来たすぐの事。仕事上の事で立て込んでいると聞いた。あたしはいろいろ相談に乗っていた。
内容は、モデル同士でうまくいかずにいるという事。渡り歩くなど、ご免だと彼女は言っていた。それでも問題は解決したようだった。クールさを多少は解いたそうだ。
彼女に乗馬の趣味なんて聞かない。好きな物は酒。事務所に内緒でモデルや友人達とのパーティーで飲み明かしている。3日前も二日酔いで仕事に行く時の為に、いい薬を教えてくれた。
「死んでいるですって……?」
酒屋を経営していた男。
男の話も出て来ないキラフ。サイト上、ウソなんて五万と……。あたしは全てを正直に信頼出来ると思ったからこそ。
キラフの全てが嘘? そんな筈無い。
モデルの仕事を一緒にやろうって2日前に……。
確かに、飛行機に乗る空港内でもメールを交換していたわ。死んでなんか……。
キラフのメールの文章には特徴がある。確かに、特徴を掴めば幾らでも操れるけれど。
誰かがキラフの名を借りて、あたしを騙そうとして?
死後尚も? 何の為に? そして何の為に呼び出して……。
嫌な感じ。
ホテルに戻って、ベッドの上のボストンバックに全てを放り込む。枕の上に置かれたサービスの可憐な花も一輪入れた。花は心がやはり、一時的に安らぐ。
あたしは急いで荷物を持って空港へ向かった。
「---……。嘘……。」
空港が……、無いですって……?
あたしは走る。冗談じゃ無い。キラフは一体何なの! この島は! 全ては……!!
ドンッ
「きゃっ」
あたしは、誰かに衝突してしまった……。

 「ISLAND」パート2

 「ちょっと! なんなのよ!!」
あたしは女に怒鳴っていた。
「ごめんなさい。大丈夫かしら。」
綺麗だけど、目つきの悪いというより鋭い女。何か機械に話し掛けていた。
肘を擦り剥いた。さっきからの事でカッとなって女を突き飛ばす。
「ふざけないで! これどうしてくれるのよ!!」
「あげる。コノ薬。」
「……。あなた、キラフ?」
「一体何故あたしの名前を。」
寂しい水色の空と色身の無い地面の平原を背景にして、立つ女は、あたしとタメの筈の19には見えない。目の前の女は16位。
「あなた、あたしとメールサイトで知り合ったんじゃない。アゲハよ。アゲハ=クライド。」
「今忙しいの。あなたを知らない。」
砂塵を巻き上げながら走って来た車に颯爽と女は乗り込んだ。
「……。」
別人だと言うの? 事実、一人一人会ったキラフは自分をキラフと名乗った。でもさっきの言葉の使い方、キラフとかぶる。
女ばかりの街に戻る。ホテルに入ってベルガールに聞く。
「あなた、名前は?」
「キラフ=カナン=ジョウですが。」
「……そう。この街にはキラフ=カナン=ジョウばかりなの?」
「キラフ? 誰よそれ。」
頭来た。
「休み休みになさいよ!!」
どうかしてる!! この女もこの街も!!
「横暴な女。」
「あなた達がふざけてるからよ!! どいつもこいつも何だって言うの?!」
「落ち着きなさいよ。わけわからないわ。」
こっちの台詞よ!
あたしはキラフのモデル事務所に駆け出した。ガラス扉を開け放って、誰もが振り向いた。
「ちょっと! キラフ=カナン=ジョウ、手をあげて!」
誰もが手を挙げる。さっき、島の大雑把な地図を渡した女もだった。
「あなたよくも騙したわね?!」
「あなた誰?」
カッ
ザワッ
「横暴な女。」
「横暴な女。」
「横暴な女。」
「横暴な女。」
「結構よ!!」
走り出す。もう我慢も限界にーー、あたしは、視野の錯覚や違和感で背後を、振り返った。
「え……?」
事務所は建設中になっている。さっき確かに……この建物の中にあたしはいた筈。
さっき車で去って行った女。車の中。……思い出すのよ。運転手の影を。
「……。」
男。
センターと呼ばれる、男ばかりの街へ行く。
「キアリファンテの営む酒屋はどこ。」
「街から東に15キロ行った所だ。」
「空港の場所じゃないのよ! 何も無かったわよ! 空港も酒屋も!!」
「何言ってる」
「何も無かったらただじゃおかないわよ!」
あたしは東へ向かう。タクシーの中で組む腕を指で打って流れる低位置の延々続く荒野の風景を睨む。
空港なんか何処にも現れ無い事に変らなかった。
でも、目の前に現れたものがあった。空港のあった場に。
「……嘘。」
酒屋だ。古びた店で、ドライバー達やツーリング客を立ちいれさせるようなバー。
「よう。アゲハ。」
「え?」
振り返った男がそう言う。見上げた男の顔は、確か女を乗せた車の男。でも、年齢の違いが分かる。運転席にいた彼は17の若い男の子だった。でも、目の前の彼はあたしより年上で、23位……。
「あなた、キアリファンテ……?」
「どうしたキラフ。」
え?
「あなた、さっきあたしをアゲハって言ったじゃない。あたしはキラフじゃ無い。」
「? とにかく、あっちの方はどうなった?故障を治したらすぐに向かう筈だろう。」
「……。どこによ。」
何?あのしっかり動いてた車の事? 修理業者なんか知らない。ここに来たばかりだったんだから……


あたしはそれは停電なのだと思った。ふっと、暗くなって。でも気が一瞬ふらついたからなのだと気付く。
眩暈がして目を開いた。見回す。
「あら?」
酒屋じゃ無い。
何。
コンコンッ
「アゲハ=クライドさん。チェックアウトの時間過ぎてますけど。」
「……え?」
チェックアウトなんてあたしはまだ決めては……。あたしは借りたホテルの部屋中央に佇んでいた。そこから白のドアへ向かった。
ドアから出る。
「もう少し泊まるわ。追加料金は後程。」
ベルガールは怪訝そうな顔をした。何よこの女。
「何よ。客に対して。」
「2年という契約です。」
「は?あたしは今日チェックインしたばかりよ。お昼にね。時間もまだ2時間程しか経って無いじゃない。」
「料金を払えないとおっしゃるのなら……、あ!! まちなさい!!」
あたしはホテルを出た。駆け出して、世界を見た。
「は……、」
雪。真っ白な雪に閉ざされている。真夏だったのに。さっきまでは。
「何なの……。」
これは夢? 嫌な夢。早く醒めて欲しい。突如状況の変わるこの島の様に……。
何故変わるの。時間の交差する島。全てがキラフ=カナン=ジョウの島。
あたしは一番初めに立ち寄ったカフェに向かう。
「キラフは何処。」
「どのキラフ。」
「分からないわ。目つき悪い女よ。」
「あなたじゃない。」
「は?」
確かにあたしは目つきが悪いけど、モデル始めた頃よりましになった。
「あたしはアゲハよ。」
もう怒る気力も無い。
「あたしもよ。」
「あたしもよ。」
「あたしもよ。」
「あたしもよ。」
ぶりかえす。
「ロボットじゃないんだからいい加減にして!」
「?」
「?」
「?」
「?」
「回線が乱れているのね。修理に出さなきゃ。」
「放して! 何なの?!」
女達を思い切り突き飛ばす。
「!!」
バリバリッ
「……電流、機械」
!!
あたしの、衝撃で『外れた』手が転がる……
拾って、走る。『はめる』センターへ、走る

 「ISLAND」パート3

★ 
「ーーーいたっ」
ふと腕を見下ろした。滴る血。さっき『外れて』『はめた』部分。ハッとして擦り剥いた筈の肘を見る。
「傷がある……。」
「よ。キアリ。」
「おう。キリー。さっきの店にしようぜ。」
「そうだな。」
男達の所まで歩いた。
「ねえ。あなたの名前は?」
「キアリファンテ=グランカターだが。」
「あなたは。」
「キアリファンテ=グランカター。」
「本名は。」
「何言ってる。」
……顔は違う。なのに、ここの男全てが同じ名前。
あたしは男を突き飛ばそうとする。その手を止める。この状況のころころ変わる島。人間かもしれない。
遠くで男と男が出会い頭にぶつかって転倒した。
バリバリッ
「………、」
奴等もロボット……。
「! おいその傷はどうした? 大丈夫か? 酷い血じゃないか。そこの薬局、行こう。」
酷い血。それはそうよ。『はめた』らしい事が本当なら、斬れたから。今は皮膚だけ切れていた。赤いブレスレットみたいに。
「……あなたはロボットじゃ無いの?」
「? とにかく行こう。」
薬局は普通。ガーゼ、テープ、包帯を購入する。
建物の中に入って行き、積み上げられた建材と木箱に腰掛けた。どこも寂れた場所。薄暗くて、建物内さえ曇り空。それが全て霧だと分かった。ここはゆるやかな高地にあるから雲が発生し続けてるんだわ。
「この島なんなの。あなたまともそうね。みんなロボットじゃないの。」
「何言ってる。俺達は人間だ。ここの奴等全て。」
「……。」
「大丈夫か?」
「そんな筈無いじゃない……。もう勘弁してもらいたいわよ。---わけわからない、ここに来て全てが……!」
ゴールドグレーのシャープに流すロングの頭を抱えた。頬に重い吊りピアスがぶつかって飾りの石が冷たい。立ち上がって両腕を広げた。
「違うわ、サイトであの女と知り合ってからよ! 一体誰なの?! キラフは!!!」
「!! 何故、その名前を知っている?」
「ーーーえ……?」
あたしの口を塞いで口に指を当てる。
「……。彼女の友人か?」
「ええ……。サイトで……。」
「彼女は今どこにいる!!」
男は辺りを見回してサングラスを外した。
「……、」
酒屋で見た男……。でも、年齢が少し上に見える。24,5位。大人っぽい。
「キラフは何者なの。」
「……そうか。君がアゲハ=クライドという……。」
「?」
「{奴等}から追われているんだ。彼女は。」
どういう事……。その言葉が出なかった。
「そうなる前に知り合った君に助けを求めた筈だ。この島に来て欲しいと。そして、逃亡した。」
「? 何の事……。……キラフは今、何歳だったかしら。」
「23だ。あいつは俺の一つ下だから。」
「……え? 19じゃないの? ちょっと、今何年よ。」
「2000年じゃないか。1998年から知り合ったんだろ。」
「え? 何言ってるの。今は2002年だし、その2000年にサイトで知り合ったのよ。1998年は全く知り合っても無いわよ。」
「……?」
キアリファンテの頭からいきなり電流が走る。理解不能と頭が判断しショートしたかの様に……?
「……え、」
こいつ……ロボットだ。
あたしは走って逃げる。
「あ! 待て! どうした?!」
こいつ、自分がロボットだって分かって無い!!
「離してっ!!」
ドンッ
「!! キアリファンテ!!」
「キラフ!!」
キラフーーー?
え、嘘でしょ……どう見たって23位の
ドンッドンドンッ ---バリッ
「?!」
2人はいきなり、何かに撃たれた。またロボット?!
「!! アゲハ?! 逃げて!!」
機械のキラフが叫ぶ
あたしは逃げる。2人は……動かなくなった。
「一体なんなのよおっ」
もう嫌!!!もう嫌よっ
あたしはセンターから離れて無我夢中で西に走った。ホテルのある街。女ばかりの街に走った。
ドンッ
「きゃっ」
「いった、何処見てるのよ!!!」
………、なんですって?!
「あなた……、」
どういう事。だって彼女はさっき。
「! アゲハ……? 来てくれたの。」
「キラフ。」
目の前のキラフは、若々しい肌。あたしと同じ年齢だっていう事。19歳。相変わらずの黒髪。身長は176のあたしと同じ。
ちょっと待ってよ。
「今……何年。」
「? 1996年よ。来て。モデル事務所を紹介するわ。」
知り合って無い……、
キラフは肘を擦り剥いている。颯爽と立ち上がって薬を塗った。メールでよく効くと聞いた物……。
逃げるあたし。
こんな不気味な事になってられないわ。冗談じゃ無い。来なければ良かった。訳分からない不可解さに飲み込まれるなんて、胸が悪いわ。
「!! 待ちなさい! どうしたの!」
走る。わけわからない。
キラフは背後で何者かに捕えられた。そして、連れていかれた。黒のワゴンに乗せられて。
「離して!! 嫌!!」
『{奴等}に追われて』
それは23歳のキラフなんじゃないの?!
1996年?! キラフは一体誰とメールをしていたというのよ! その頃はまだモデルもやっていないしあたしは13才だったっていうのに!!
無我夢中で走って行くと、いつの間にかあのカフェにいる。
「いらっしゃいませ。ご注文は。」
「……いらないわ……。」
店員は怪訝そうな顔をして去って行く。腕を掴む。一瞬、無かった筈のネームが目に入る。
「ねえ。」
「はい。何でしょう。」
「あなた名前は?」
「マシュア=ザミ=ポーマです。」
ネームを見せて来た。その指を見る。カットバン。
「……その指の怪我、どうしたの。」
「ああ、これはお客様の割られたグラスを掃除中に切ってしまって……。」
「……。そう。お大事に。」
「ありがとうございます。」
喉が渇く。思考回路が音を立てて固まる様……。
「ねえ。アイスコーヒーお願い。」
「はい。」
カレンダーが目に入る。1996年……。何なの……。

「ISLAND」パート4

 窓の外に信じられない人物を見つけた。そう。ハタチ位のキアリファンテ……。
「お客様?!」
キアリファンテは誰かを必死で探していた。鋭い目を走らせている。
「!! キラフ!! 助かったのか?! {奴等}が来る前に逃げよう! アゲハが君の誘いで来る筈だ!」
何よ。まるで人を蜜に釣られる蝶みたいに、
「あたしは……」
ドンッ
思い切り突き飛ばした。
「キラフ?!」
そんな、ロボットじゃ無いですって?!
「嫌……来ないで、」
何?! 何よこの島は!!!
誰もいない場所に走る。この状況を整理しなきゃならない。
石橋の下に来る。明るい陽が差し込んでいて、影の差す中を石壁にもたれかかった。
「……。」
16歳のキラフはあたしを知らなかった。それはそうよ。実際知り合う前。そして車で現れた17歳のキアリファンテと去って行った。酒屋も空港も無かった。キラフが連絡を取っていたのはきっと、キアリファンテ。……急いでいた。1993年。
そして19歳のキラフは奴等にワゴンで連れて行かれた。モデル事務所に連れて行くとあたしに言い残して。キアリファンテはあたしをキラフと間違えた。あたしが島に来るからキラフは助かるような事を……。2人とも人間だった。1996年。
広野の酒屋で23歳のキアリファンテと会った。あたしを故障したキラフと言う。1998年。
自分を人間と勘違いする24歳のキアリファンテはあたしをキラフの友人のアゲハと思い当たった。そして現れた23歳のキアリファンテと共に壊された。ロボットのキラフはあたしをアゲハと呼ぶ。……{奴等}から逃げてとも。2000年。
……2000年に知り合った時には殺されていたというの? しかもロボットとして? じゃああたしがメールをしていたのは……2000年から2002年までの2年間メールをしていたのは誰?!
『死んだ』
『殺された』
ロボットの様な奴等はそう言った。誰もがキラフとキアリファンテだった。空港もあったわ。……2002年の事。
1994年から1996年のキラフ。
2000年から2002年のあたし。
話はメール上で2年間かみ合っていた。この時間の差は何なの……。
2001年に何か変動が起きたというの? それとも、コンピュータの2000年問題で生じたズレ? 次元を巻き込んでまで。でもそれは翌年、問題無しとされた問題。
「……キラフ?」
「!」
追ってきて見つかったわけじゃ無い。目の前に現れたキアリファンテは、あたしよりも年下だった。18位……。1994年という事。
「……。キアリファンテ……」
「とにかくここにいたら見つかってロボットにされる。逃げよう。」
「?」
橋下からあたしの腕を引いて岸を駆け上がった。車に促しながら言う。
「君を組織の殺人ロボットになんかさせないよ! 早く逃げよう!」
?!! 殺人ロボットですって?!
颯爽と車に乗り込んだ自分の言葉に驚いた。冷めた声音にも。
「モデルの女よ。衛星であたしによく似た女を発見した。」
そう、言ったから。
「とにかく、店に行こう。まだ奴等にあの場所は悟られていない筈だ。」
「ええ。」
車両は東へ向かう。低い草が生い茂る広野を。
店に着くと自然に手はパソコンを操作した。
「この女よ。」
『キラフ=うまくいかなくて面倒だわ。今仕事の関係で立て込んでいる。モデル仲間よ。
 アゲハ=大体は注目度の問題でしょう? よくあるのよね。そういうのって。』
……2年前、2000年で知り合って2週間目のメールのやりとり。
でも、パソコンの日付は1994年……どういう事。
本当にこの頃のキラフは『あたし』とメールをしていたと?! そんな筈無い! 無いのに!!
キアリファンテはあたしにそっとキスをして来た。そして交わった。
サイドの姿鏡が目に入る。
……え、17歳の頃のあたし……?冷たい目をして、鋭く自分すらも射抜いている。
「もうこりごりよ。殺しなんて……。逃げ切ってみせるわ。絶対に。」
「どこまでも逃げよう。」
「でも……それにはアゲハ=クライドの様なあたしの替え玉を期限までにどうにか油断させて誘き寄せなくては。」
「ああ。ロボットになんかなるのはその女でいい。」
「奴等、試験品の為に殺し嫌がるあたしの体、使ってきっと欠陥見つかれば……。」
キアリファンテに強く包括される。
「その時はアゲハがロボットになっているさ。もし、もし来なくて、最悪の場合君がロボットにされても君を連れ出してみせるから……。」
「……欠陥品だったら。」
「それでも逃げる。その時は来なかったアゲハに助けを求めよう。」
なんて勝手な話。都合良く考えたりなどして。……でも、2人は事実23歳と24歳の年齢で殺された。
次元の交差。過去と現在。存在する筈の未来の狭間に迷い込んでしまっている……。
メールサイトという迷路の中であたしは……。
でも、それなら21歳から23歳までのロボットのキラフは一体誰と……『アゲハ』あたし……。
……欠陥品のキラフの事だもの。本当にメールを交換していたかなんて分からないわ。
もしかしたら人間の頃の記憶が変に残っていた?
『モデルの仕事が入ったの。会えるのを楽しみにしているわ。一緒にモデル、やらない?』
一つの文章を中心で前後して、淡々とした文章。人の時からまるでロボットの様な。
あのメールはあたしを自分の身代わりに来させようとしたもの。
そして2002年のあたしは来た。既に死んだキラフと会うために。
あたし達は何度も交わった。
……ああ、どうすればいい。
あたしはキアリファンテが愛しくなっていく……。
コンコンッ
「アゲハ=クライドさん。ルームサービスです。」
「え?」
キアリ……、いない。
……彼は一体どこに。あたしはホテルの部屋からドアを見た。
「失礼します。」
ネームの無いベルガール。
きっと、2002年のキラフ達。……ロボット。
「!」
確か、あたし自身この2002年、手首の外れたロボットでーーー元の通りの人間でも……。
どういう事。2年というメールでの月日。
全てが2年という食い違いの様に思える。
2年前にキラフは死んでいた。その後の2年間、誰かとあたしはメールを。
キラフは別の2年間、誰かとメールを交換していた。
まさか2年間ロボットにされたキラフとメールを交換していた誰かが?
最大問題、17歳のキラフとメールを交換していた『アゲハ』は本当にいたの?
待つ意味はある。
ここはどうやら2人が殺されて島の誰もがロボットにされたらしい時間。
だから、危険は無いと考えていいの?ここのロボット達は普通に生活して働いている。
何故……全てがキラフとキアリファンテの世界……

 「ISLAND」パート5

キアリファンテ。
会いたい。
死んだ男
「……。」
『君がキラフの言っていた……。』
モデル事務所はあった。キラフとキアリファンテの2人が死んでから建てられたらしい事務所。
何の為。2人が死んで酒屋はなくなり、空港が建てられて、全ての昔は取り浚われた後、あたしが来た時に辻褄が合う様に?
全ての人間もロボットにされて、同じ名前にさせられて、『殺しで関わって来た2人はいない』と、悟られない為。何の為? 
あたしを尚も誘き寄せる何者かによる不可解なシュチエーション作り。それも今は不完全な欠陥品の島? 過去の記憶を残したまま
一体どこにその{組織}はあるというの。唯一状況の変わらない場所。分からない。
とにかく、空港は今あるの? 本当なら逃げたい。


あたしは空港のある筈の場所に向かう。そこでセンターを通った。
ここ、何故センターと呼ばれて?
ロボットばかりの2000年時点で、薬局があった。センターが。組織のある場所?
『アッチに行ったわ。』
いつの記憶? どうやらキラフは元々しっかりと女の街にいた。普通の働く人間として? 16才以前の事?
この島の奴等、本当に初めから普通の奴等なのかしら。少なくとも、そう、1996年時点では普通だった……。
「……。」
センターは相変わらずの風景で……
キアリファンテと同じロボット達は幸せに暮らす。キラフ達はそれぞれセンター外で暮らす。
最期には死に別れた悲しい2人。
尚も2人、キラフとキアリファンテは関わらずに……一緒にさせてやりたい。
あたしがキアリファンテに会いたい様に。
ええ、殺しの世界で生きて来たキラフとしてではなく、モデルとしての『キラフ』と共に。
「---……、」
この、心……? 2人を引き合わせたいというこのアゲハの……。
それを実現する為に、あたしが、未来の”あたし”が実現しようとした世界……?
分からない。
それなら中間地点のあたしは何? こうなったら、未来のあたしを呼び出さなくちゃならない。
この場を完成させて、ここにいないのは……ああ、キアリファンテ。
そうよ。
呼び出すのは未来のあたしじゃ無い。キアリファンテに似た男よ。
『衛星』
どこにそんな施設が? 組織、今はどこに。誰がこの島を今の現状に? 
2人を引き合わせようとするあたし? あたし自身が、そうだ。時の中、過去をまだ漂流している時点なのだとしたら。
『2年という契約』
ホテルのあたし。電話でついさっき、2年の契約を結んだ。会っている。あたしは自分に……未来の自分に。
それなら、あたし自身が全てを動かさなければならない張本人。
キアリファンテと会う為に……。
でも、あたしはロボットでもあった。未来のあたしはロボットになっていた。
誰がそうしたの。もう一人のキアリファンテを待つあたしをロボットにしたのは……。
組織? 実在なんて分からない。ワゴン、銃撃、全ては影からの。でも、センター内の薬局。それに、カフェで食べた食事。人間がいるという事。
組織の奴等の為? 影から姿を現した事は無かった。第一、話だけで聞いた。本当に組織なんてあったの? 殺しをやらされるというキラフ。
でも、この島にそんな雰囲気なんて無いわ。殺し……殺し、殺し?
2人の人間のキラフとキアリファンテ……。恐れていた。ロボットの2人も。{組織}を。
人をロボットにする組織。それが『殺し』の組織? キラフは一体誰を殺して来たの?
もし人間を殺してロボットにする為の殺し屋なのだとしたら……
その主犯はーーー”あたし”の2人を引き合わせようとする{心}
何……どういう事。
「あなた」
鋭い声に振り向く。
「え」
大人、26歳位のキラフ……違う、---あたしだっ
「待ちなさい!」
あたしは抑えられる。
「離して!!嫌!」
鳩尾を思い切り蹴られる。口から血。
「あなた、知ってしまったわね。でも望みを断ち切らせはしない。あなたをロボットにしてあげる。忠実に”あたし”の時間までキアリファンテを見つけてここに来させるまでの{ロボット}に。」


眩暈。あたしは目覚める。
ホテルの部屋。
「……さがさなきゃ……」
キアリファンテ
パソコンを操作する。キアリファンテに似た男のリスト。瞳や、髪色が違うけど限りなく似ている物を探していく。
「いた……」
メールを打つ。
一方であたしは島中のロボット達を集めてこの場造りに没頭する。前のロボット達の心を殺して新しく入れ替える。
メールの中のキアリファンテ。ジャイロ=センス=リアを誘い出す。時間がまだ、掛かる。
2年の月日が過ぎていた。充分に信頼を深め。
「アゲハ=クライドさん。チェックアウトの時間です。」
ジャイロが誘いに乗った。今日、来る。迎えに行く。
あたし達は2年の間でまだ見ぬ恋人を待ちわびた。
空港に向かう。颯爽とタクシーに乗り込んで。

「ISLAND」パート6

 空港までの広野。寂しい風。タクシーの中、ずっと見据えてた。
到着し、あたしは降り立った。空港に進んでいく。
すぐに、見つけた。
「……アゲハ=クライドか?」
「ジャイロ!!」
「アゲハ!!」
グラッ
え、
バリッ
「?! ロボット……?」
「違う、あたしは人間よ……、ジャイロ」
何故そんな事を言うの……
気が、遠くなってく


ガバッ
あたしは目覚めた。
「アゲハ」
「……ジャイロ。」
「治ったみたいだ。良かった。」
「……今、何年?」
「2007年だ。」
「……。」
「1年掛かったよ。君を人間に戻す事に。君に似た女性を探し出して心を殺して、君のプログラムを脳に発信した。」
「……その女は。」
「死んだよ。僕等を{殺しの組織}と間違えて逃げたけどね。」
「名前は……。」
「キラフというモデルさ。」
キラフ。モデル。”殺しの組織”と間違えて。アゲハ。モデル。
「……。」
まだこの{ゲーム}は終っていないというの?
「やっとで出逢えた……。」
ジャイロはあたしにキスをした。そして何度も交わった。
いい……。これで……。
ゴトンッ
「---、ジャ」
欠陥ロボットーーー。
「……欠陥品は、殺さなきゃ……」
ガツッガツッガツッ
「もう嫌よーーー……、」
ジャイロ……あなたに会いたい。
このゲームを本当の幸せに変える為に幾らでも。
次のジャイロを探す。


「目が覚めた?」
「……アゲハ」
「もう大丈夫。あなたは人間よ。ゲームに誘い出した男は死んだけれど、あなたの心を植え付けた。」
「アゲハ!!」
それにはね……人間としての生贄がもう一人必要だったの。
”人間としてのアゲハ=クライドの記憶”
愛するあなたの為に自らを”機械”にして記憶を送り込んだ。
「男の名前は……?」
「キアリファンテよ。」
……? 誰だったかしら。聞いたことがある
「やっとで出逢えたわ……」
ーーーゴトンッ……



過去を忘れるロボット達の、”2人の愛の到達するまでのゲーム”。
一生続く”ゲーム”に終わりは無い。
そう、アゲハ=クライドが欠陥のロボットに気付いた時点で時空まで巻き込む{ゲーム}へと2002年を境に、発動し始めたのだから。
本当のキラフとキアリファンテは望んでなどいない。
アゲハとジャイロという”人を殺してロボットにする”2人によって、望んでもいなかった逃げつづけるゲームはもう相当長い昔から動き出し止みはしない。
到達のありえない2人の愛の到達するまで。

事実上殺し屋キラフと酒屋キアリファンテは1996年時点で、暗殺組織島であるセンターアイランドに殺されていたのだから。


end

ISLAND

ISLAND

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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-04-07

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