生きかた
その日突然、会社に死神がやってきた。
長い鎌を入り口のドアにがたんがたんとぶつけながら、うちの課に入ってきた。
課の全員が凝視する中、頭巾を被った骸骨顔が品定めをするように辺りを見回した。
死神はおれの方を見て視線を止め、カビのような悪臭を漂わせながらこちらへやってきた。
眼球がないのでわからないが、死神はどうやらおれをじっと見ているらしい。
そしておもむろに鎌を振り上げ、おれの頭上をぶうーんと水平に薙ぎ払った。
それで事が済んだのか、死神はまたごとんごとんと鎌をぶつけながら出ていった。
ふん、どうせおれはいままでろくな人生じゃなかった。
世間への反骨心とか、復讐心だけで生きてきたのだ。
死神に目をつけられようが、何も怖くないのさ。
その後会社の健康診断で、おれの肺に癌が見つかった。
なるほど、こういうことか。割とまどろっこしい事をするんだな。
殺すならさっさとやりゃいいのに。
まあいい、死ぬのは決まったんだろう。上等だ。
癌は進行しているのだろう、だんだん体調が悪くなってきて、時折胸や背中に激痛が走るようになったが、医者に行く気は毛頭無かった。
そしておれは最後のチャンスだと、無法の犯罪者になった。
気に食わなかった奴を殺し、鼻もかけなかった女を犯し、おれを苦しめた社会に報復した。
どうせ死ぬのだと、逃げる気などなかったおれは警察に捕まり、監獄に入れられた。
しかし、おれは死ななかった。
癌は相変わらず進行していたようだが、監獄の医者もおざなりな治療を続けたので、苦しみは持続した。
なぜだ。あの死神め、さっさと殺しやがれ。
おれは骨と皮だけになり、それでも死ななかった。
そしてとうとう、あの死神が現れた。
「おいお前! 早くおれを殺せ。あの時決めたんだろう」
「だめだ。おれの勘違いだった。お前は死なない」
「なんだそりゃ、無責任じゃないか!」
「そんな事は知らん。お前にはもう用はない」
「どういうことだ!」
「人が生きようとあがく力が死神の糧になるのだ。お前はあの時たしかにそれを持っていた」
「なんだと」
「今のお前にはもうそれがなくなった。未練や心残りがないだろう?」
「勝手なことを言うな! さっさと殺せ!」
「わからん奴だな。お前を死なせてももうメリットがないのさ。諦めろ」
「くそ、じゃあおれをちゃんと生かせ! 体を元に戻せ!」
「無理だな。おまえはその状態のまま寿命まで生きるのだ。憎まれっ子なんとかっていうだろう。多分長生きするぞ」
「頼む、チャンスをくれればちゃんと生きる。約束する。お前は俺が死ぬまでおれの生気を吸い取ればいいだろう?」
「残念だったな。おまえはもう、賞味期限切れだ」
そう言って死神は、牢屋の扉にごんごんと鎌をぶつけながら出ていった。
生きかた
改題後に転載したものです