Tea Breaker 01―ココロ、揺れる
バスに揺られて15分。山奥にたたずむ一つの城があった。
山の自然に似合わず、それは洋風の造りをしている。
観光地などにこんな建物があれば、息をのむような光景にテンションも上がることだろう。
しかし、俺は今とても気分が悪い。
いつ来ても、俺にはこの城が悪魔の館や、それに匹敵するおぞましい建築物に見える。
それはおそらく、俺がこれから会いに行こうとしている、いや、会わねばならない人物のせいだと思う。
――コン、コン……
扉を二度ノックする。返事はない。
また庭で遊んでいるのだろうか。
そう思った瞬間だった。目の前のドアが開き、中から小柄な女性が顔を出した。
「あら、正路さん。こんにちは。」
女性は俺の顔を見上げている。
「お久しぶりです、幸野さん。」
俺も笑顔で返す。
「……正路さん、一週間前にお会いしたばかりです。」
「知ってます。」
いつものやり取りを終えると、俺は中に通された。
幸野いわく、客室らしいのだが……
中には本で埋め尽くされた本棚がたくさんある。これではまるで書斎だ。
「さぁ、座ってください。」
幸野は笑顔で席をすすめる。彼女は客人用のイスよりもうひとつ高いイスに腰掛け、紅茶の匂いを味わっていた。
「……『立ち話で帰りたい』が本心ですか、残念です。」
「幸野さん、いい加減人の心勝手に読むのやめてもらえませんかね?」
「仕方ありませんわ、それが仕事ですもの。」
俺はため息交じりに客人用のイスに腰を下ろした。
俺の名は正路 薫(せいろ かおる)。今年警察になったばかりだ。
そして今紅茶をすすっているのが幸野 光(こうの ひかり)。
彼女もまた警察なのだが、少し特別なのだ。
彼女には人の『ココロの声』が聞こえるらしい。
そんなことで彼女はここ、特別心理捜査課の課長をしている。
俺が配属された特別心理捜査課、通称『ティーハウス』には迷宮入りした事件がよく届く。
そしてそれを幸野はいとも簡単に解決してみせる。
彼女は「あの人、余裕綽々で自白してましたよ?」などというのだが、俺たちにはさっぱりだった。
「まぁ、ココロの声が聞こえるというよりは読んでいるだけなんですけどね。」
「そうなんですか?」
「ええ。ココロの声はその人のしぐさ、癖、話し方によく表れるんです。メンタリズムの応用ですよ。」
……ということらしい。
「用件はなんでしょうか?」
幸野が退屈そうに尋ねる。
俺がここを訪れる理由は一つしかない。
「『事件がなけりゃここには来ない』ですかね?」
「俺、言葉ってなくても生きていけるんだって気づいた気がします。」
「今更ですか……」
幸野はため息をついた。
そう、俺がここに来たのは事件の捜査が難航しているからだ。
俺は事件の資料を幸野に手渡した。
彼女はそれらをサラサラと撫でるように繰り、封筒にしまった。
「なるほど……怪異なんてものを持ってきましたか。面白い。」
幸野はフッと笑い、高いイスから飛び降りた。
「行きましょう正路さん。事件が私たちを待っています。」
振り返りもせず、幸野は部屋を出て行った。
「……幸野さん、カバン、忘れてますよ。」
俺は1人でボソッとつぶやき、幸野のカバンを肩にかけ、小さな背中を追った。
Tea Breaker 01―ココロ、揺れる