夜が滲む虚飾

新作が始まる前に短編を一つ

 あと三分。ぼくは闇に着飾れた自身の部屋のなかにいる。真夜中に囚われながら、ぼくは自分のベッドに身をあずけている。木製のベッドはたまに思い出したように、軋み音をもらす。その音はぼくに不安を唆す。さらに首元まで追い詰めてくるような暗闇が、その不安を煽ぐ。時計の針が冷たく乾いた音を刻んでいる。その音が奇妙にぼくの耳に深くよどむ。あと二分。
 百二十秒後に、ぼくは十四歳の時代から脱する。順調に時間がすすんでくれるなら、ぼくは十五歳を迎えるだろう。そう、ぼくの誕生日なのだ。その場に無愛想にたたずむ闇が、ぼくを嘲る。ぼくはその嘲笑に耳をふさぐ。それなのに、闇はその塞いだ手をすり抜ける。その笑い声は、ぼくの世界から遠ざかることは無い。それは幻聴のように、ぼくの耳にながく留まる。まだ夜が明けることはしない。むしろこれからが深夜の本番だろう。これから空はさらに、深く漆黒にしずむ。
 何故かはわからない。けれど、ぼくは勃起している。臆病な性格のぼくだから、せめてもの反抗を表すものが「これ」なのかもしれない。思春期とは、世間の常識をさからうものだ。ぼくはそう考える。何の特別も備えていない少年少女が、世間に反抗を抱く。それに逆らえない、と気づいてようやくぼくらは大人になるのだろう。ぼくの中で、まだ朝日は熟睡している。深淵から朝日が姿をのぞかせることはまだしない。
 ぼくは著しく違和感を与える「それ」に、もどかしさを覚える。その勃起は、ぼくの下着を突き、ジャージズボンを出っ張り、身にのっている布団すらも小規模な膨らみを作らせる。自分でも驚いてしまう。それはそびえたっている。とても硬くこわばり、不自然な合成みたいに変貌を遂げる。ぼくの下半身に、第一印象には十分すぎるシンボルが刻まれる。それを好ましく思ったことは一度もない。一度も、である。
 ぼくはこの体質を不快に思う。ぼくは人と絡む、という行為が苦手だ。ぼくは誰よりも孤独を愛している。ぼくの生涯に、友人という概念は必要ない。ぼくはただ、一日がはじまり、朝を迎えて昼をすごし、夜に囚われるだけでいい。ぼくには、時間というものが存在すればそれで十分なのだ。
 夜が手を伸ばし、ぼくの首を絞める。ぼくは目を瞑る。その息苦しさが解除される時を、じっと待つ。夜はぼくに悲しみを与え、畏怖を覚えさせて、硬調なぼくの「虚飾」をさらに煽る。ぼくはその「虚飾」を抑えようと努める。けれどそれは萎えることを知らない。奔放な動きで高揚を表している。ぼくはその「虚飾」に嫌になる。ぼくが嫌になっても、その「虚飾」は恣意的な状態のままでいる。やがてぼくはあきらめる。
 いつもそうだ。こいつはいつも、ぼくの求めていないときに現れる。ぼくは会話が何よりも苦手だ。人間は一人一人異なるのに、どうして同じ話題を共用しなければならないのだろう? そういう自論を、ぼくは抱いている。ぼくは慣れない会話に口ごもってしまう。表情を構成する筋肉がこわばる。それをからかうように、ぼくの「それ」は反応する。ぼくは俯く。自分の足元に視線を落とす。視野の端から、だんだん膨らみを佩びた目障りなものが入り込んでくる。
 女性はさらに苦手だ。ぼくは自身の過去からはばかる。そのはばかりを、陰鬱な闇が捉える。ぼくはあの日の光景を強制的に思い出してしまう。明瞭に、浮かぶ。雨が空気を彩り、世界は白銀の粒に支配される。暗く染められたアスファルトは、その曇り空をたたえている。雨が降りしきる。それはにわか雨だった。ぼくの肌を射、無遠慮に濡らす。その滴はぼくの肌を這う。にわか雨は、ぼくの赤く染まった頬を濡らす。頬が濡れる。熱が雨に奪われる。そうなることをぼくは願う。しかし、奪取されるのはぼくの体温だけだった。
 ぼくと肩を並べる女は、ぼくの肩と密着している。その女は折りたたみ傘を広げている。その傘はぼくらを収め切れていない。雨は傘からはみだした女の肩と、ぼくの肩を躊躇なく濡らす。ぼくは自問自答に悶えながら、迂闊に彼女のほうに目をやってしまう。彼女の顔が、視界に現れる。ととのった輪郭は、官能的な曲線をえがいている。雨を含んだブラウスが、肩に張りついている。その寛容な印象をいだかせる瞳の鏡には、ぼくの姿が映しだされている。そこには紅潮したぼくの顔が浮かんでいる。けれど、彼女の視界はやがてぼくの顔を除く。まるで沈んでいく夕日みたいに。その視線はぼくのかおを省き、首を消し、胸板をなぞり、ぼくの骨盤あたりまで落ちていく。その時点でぼくは彼女の意図に勘つく。
 ぼくは目をそらす。雨粒とたわむれるアスファルトの地に視野をうつす。そのやみくもに雨を浴びる姿を、ぼくはうらやむ。ぼくも壮大に濡れたい。常にぼくは濡れたい。雨をしたたらせたまま、ぼくはベッドに潜りたい。
 夜がぼくを蔑む。まるで人を殺すのになれた殺人鬼のような嘲笑をぼくの耳元でする。ぼくは枕に顔をうめる。視界を遮断する。夜が鋭利なナイフとなって、ぼくを刺す。夜がさらにふかく増す。ぼくは早く朝をむかえることを望む。もうぼくは眠りたい。
 やがて朝を迎える。そうなることを想像する。藍色に空がそまっていく。そうなることを懇願する。しかし夜はさらにぼくの中に沁みてくる。沁みた夜は、ぼくの中で震える。ぼくは十五歳を迎える。

夜が滲む虚飾

勢いで書きました。 プロットとか作ってないです。 解釈は読者様の自由です。

夜が滲む虚飾

【短編】誰よりも臆病な少年は、誰よりも性器が大きかった。そんな少年の夜。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-04-06

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