FREAK

★FREAK  2001.9

{アゲハ×蛾の男}
 照明器具の無い部屋は20メートル四方程。
コンクリートの天井、壁、床。
そして蛾、蛾、蛾。
蛾が壁、天井、角に、空間中に、いる。
銀と金の混ざり合った様な色の鱗粉が舞う。
無機質空間に生物。昆虫。
幾何学に舞う蛾はまるで部屋の模様。
壁にはファルコンの定理が記されている。
黒の血で。
翻って一匹の蛾が重力に逆らう事無く弧を描いて床に音を立てて落ちる。
一匹の猫。
青灰色はコンクリートと同化するようにいた。
蛾を捕まえる事に夢中になって入って来た風に気付く事無く、蛾の落ちた乾いた微かな音に敏感に反応し、瞳孔を閉じて目を見開き蛾を追う。
部屋中央の床、鎖に繋がれたカラスが一羽。
ドアと正面の壁には幻想的な海の姫の小さな油絵。モードさも感じ、優美でも感じる。
「照明無いのね。」
「ある。」
すらっとどこからともなく青の照明は空間を染めた。
ステレオから美しいサウンドに乗せるR&B調の静かな声が唄うのは悲しいラブストーリー。
部屋の隅に絵の具。
青、黒、銀、白。
鱗粉を混ぜて描いたらしい絵。キラキラ光る。
「この猫とカラス、名前ある。」
「無いな。」
「へえ。呼ぶ時どうするの。」
「来い。」
猫は気付き灰色の主人に駆け寄ってはつぶらな瞳はあたしを捕える。
男は煙草を吐き捨て猫は男の肩に乗る。
男は静かで、笑う事は無い。
壁の傷、壁の穴。男の顔の包帯、隠れる片目。
両端の下がる静かな口元は大きく開く事は無い。伏せ目、背の高い男は見下ろす。流し目
部屋に無造作に置かれる銃で遊ぶ猫。
天井から吊るされた青の月の模型。天王星。海王星。冥王星。黒の太陽。
壁に変死体の女のモノクロ写真が一枚。蛾が彩らせる様にとまる。
男と女の複雑な絡み合いのレトロな映りの写真。
ダーツは使い古されている。
林檎だけが食物の部屋。
エイヴィアンとブランデー、スピリタス、リキュール、ジン。
「職業は何。」
「ギャンブラー。」
気だるさとミステリアスな雰囲気の男。
「名前は。」
「無い。」
「何て呼ばれてるの。」
「誰も俺を呼ぶ事は無い。」
「ふうん。」
 男は奇声を上げて甲高く笑った。
あたしは頬杖を付きながら男を見つめて溜息をついた。
まるで幽玄な蝶の様に舞って火に足を取られた様に、もしくは足元を銃で撃たれるように奇妙に踊った。
リズムに合わせて時にセクシーに、時に悪魔の様に舞う。スレンダーなシルエット。ほつれた包帯だらけの腕。白の包帯も翻る。スモークが取り巻く。
蛾が男の周りを舞う。
カラスは翼をばたつかせる。銃声で火花が散る。カラスは踊る。
回る回る男。目をつぶって天を仰いで両腕を掲げて回りつづける。綺麗に回る。美しく回る。
ダーツはあたしを掠める寸前で真横の的の中心を捕えてそこに停まる蛾を射止める。
激しく踊る。優美に。しなやかに。それは男とのセックスをフラッシュバックさせる。
あたしは林檎を齧りながら男を見つめる。
男はあたしの存在が鼻から無いという様。
あたしを目で捕えて猫の様に首を傾げる。
男は踊り踊ってあたしの腰を抱いてキス。
強烈なキスと後ろにしなるあたしの身体。
勢い良くスピンして後ろの壁に到着した。
沈んで落ちてずるずると男に魅せられる。
目に映る蛾の大群に降り落ちてくる鱗粉。
キラキラきらめいては白い天井は小宇宙。
腕を片手で拘束されて生贄の様に逃れる。
微笑む悪魔に感じる乙女のまるで演舞撃。


{アゲハ×フェンスの男}
 話さない男だった。
静かに燻らす煙草の煙を目で追っては赤一面の壁。空想へとダイブした。
紫の蝶が6匹、黒の蝶が6匹、青の蝶が6匹。
細いチェーンに繋がれて死んでいる。
小さな6つの60センチ四方の窓は十字を描き、壁の中にある。
青い空へと飛んで行きたい。
通れるはずは無いけれど。
錆びた格子の吹き抜けの床の下は地下で荒れ狂う人、人、人。
無いプライベートにも関わらず無口な男。
投げ捨てる煙草は床下に落ちてそのまま床に火花。
紙屑に引火してどんどん炎。
逃げ惑う人、人、人。
男は軽く鼻で嘲笑って口の端を上げる。
大きくなる炎は天井を突き抜けあたしは「あはは」と笑って踊る。
床から奇声と銃声。足を取られないように軽やかに踊る。
床中央の椅子を焦がす。
うざそうに男はナイフで銃を撃つ男を的に投げる。
再び無口は増してスモークは赤と空色を取り巻く雲。
「飛んでみたくない。」
男は肩をすくめる。
「両手を広げてばたつかせて。風にも乗れずに飛べない事に気付いて気違いはあなたに殺されるの。」
焦げた椅子を踏み倒す。
屑が床下に落ちる。部屋中央で鳥の真似をする。十字架にリンクして外から見れば十字架で死んでる女。
錆びた床に差す十字の光りはあたしを照らす。
鳥を獲るのは男。
その後は言うまでもない。
部屋の隅にいたらしい女の白骨。
無口な男の声でエクスタシー得る。
きっと目覚める頃には格子痕が着いている。
刻まれた証拠。あたしの背から滴る血。
今日の地下の天気は火海による洪水後、赤の雨が降るでしょう。
煙草を吸いながら男は攻めてはフィニッシュの瞬間冷たく突き放す。
無口な奴。
赤い部屋は血を塗りつぶした色。



{アゲハ×崇拝の男}
 狂った様に悪魔を崇拝する男。それなら普通だが、汚らしい。
床に所狭しと生贄。血生臭い部屋。
ペンキの器をひっくり返してしまった様な血の水溜り。白の小動物の骨。
悪魔を祀るオレンジの炎。
立ち込める香の煙と匂いに男はむせた。
黒の崇拝にでも使うナイフで自分の腕を切り取り。
気持ち悪い男。
銃声で炎は幻想的に揺らめいて男は床の一部になった。

{アゲハ×密林の男}
 部屋の角の蜘蛛の巨大な巨大な巣。
綺麗に完璧な放射線を描いて黒の壁に白の絵を映す。
観葉植物がまるでこの場を夜のジャングルにする。
獣はあたしと男しかいないけれど。
男はあたしの黒のマニキュアを噛んであたしを覗く。
大きくて可愛らしい上目遣いは徐々に昇って来る。
あたしは受け入れる準備は整った。
酔い潰れの2匹の獣達は柔らかいベッドに沈んでく。
きっとあたしは見つめられるだけ見つめられ尽くす。
羞恥心も捨てて冷静に行く。
どうする事も出来ない。動物の様に。
背骨が折れそうなまでに曲げる男の奇妙な体勢。
もう本物の動物の様に吠えている。
見下ろすあたし。
ぶつかり合う体。
見上げるあなた。
男と女。
蜘蛛が新しい巣を作っている時間。
どんどん巣を巨大化して行く事に没頭する蜘蛛一匹。
それは男の声の様に巨大化して行き続ける。死ぬまで。

{アゲハ×大喰の男}
 目撃した。男は狂った様に食べ尽くした。あの空腹は止め処無いのだろうか。いつまでも食指を止める気配は今や無い。食べられている方の身にもなってみなさいよ。きっと逆にとんでもなく大きな満腹感を持っている。それでも口を止める事を男は全く知りもしない様子で。細身の身体でよくそこまで食べるものだと感心する。メガトン級デブにはならないんでしょうけど。それでも満腹中枢の働きは鈍っているわ。食べられる方はどんな気分よ。きっと食物は言うでしょうね。最高って。


{アゲハ×ブラック}
 「これは何。」
あたしは一人の男と知り合った。名前は忘れた。
「これはカラスだ。」
「見れば分かる。これは何。」
「それもカラスだ。」
ブラックのその男は鳥が好きだった。
路地をカラスの羽根で埋め尽くす計画は続行中らしい。
天を曇った中カラスは飛ぶ。
もう少しで黒のロードは完成する。
風が吹いては黒の羽根は堅い音を立てる。
「黒が好きね。」
「俺も黒い。」
「見れば分かる。」
ブラックは白人とのハーフだろう。綺麗な顔だった。
「黒人らしくない趣向ね。」
「ベジタリアンは俺の主義だ。」
男はヨーロッパで生まれ過ごしたと言う。
「東京へはいつ来たの。」
「3年前からだ。」
黒の道を見つめながら言う。
「どうして。特に東京は取り分けて格別な物があるわけじゃ無いのに。奇人変人の割合は世界都市に比べてどうなのかは知らないけれど。」
「カラスが多い。だからだ。」
「そんな理由で来たのね。そこまで来ると逆にあなた素敵ね。」
「シェラ。」
男はしなやかに体毎ある場所を指した。
「なあに。でも、一応言うわ。あたしはアゲハ。」
目線の先に女がいた。黒の羽根に包まれて赤い服。黒のマットのストレートロングパツン。赤いルージュの長いまつげの女の肌は雪だった。刀で斜めに胴体を切られ置かれ、虚ろな目元は黒の道を見ている女。
死体を羽根で隠して。
「この下には一体何人の死体が眠っているの。」
「弔い魂は数多に。」
「そんなに殺したの。」
「黒い道には犠牲者が必要だ。黒い羽。堅く白い骨。俺は歩く。」
「絵になるわね。」
黒い肌に白の骨の剥き出しになった歯。
この男は黒い道と同化したがる。
そしてきっと今にあたしもこの男も黒と白の道になるのだろうか。
「この花綺麗だわ。なんている花か知っている?エスニックの花よ。睡蓮。」
「黒ければな。なお素敵だ。」
「この色は好きよ。エキゾチックに浸って、ジャスミンティーを飲んでお香を焚いて。一時だけ都会の女は東洋に還る。」
「知人にそういう方面でまじないをする奴がいた。ブッダでよく時間になると礼拝していた。」
「へえ。この街で。」
「その空間だけこことは異質だった。」
「全て過去形ね。最近悪魔にはまる男はいたけど。」
「あいつは好きじゃ無い。」
「気色悪い程マゾだった。あたしはサディストかもしれない。」
「この街の奴等はほとんどサディストばかりだ。」
「あなたもね。」
そして今に均等が取れなくなって殺しあえばいいのよ。
黒い道を抜けてタトゥーショップに入って男は予約していた絵を彫る。黒インク。
30分で完成する。男のまだ腫れる肌をさする。
「奇妙な絵柄。何かの宗教にでも見そうね。」
「宗教には灰っていない。頭に浮かんだ。」
「じゃあ生まれ持った何かの感覚があるのね。開祖すればいいのに。」
「着いて来るか?」
「さあ。あ、見て。この絵素敵。誰が書いたのかしら。月ね。幻想的。」
「黒ならな。」
「黒い花。黒い月。事実黒い月に照らされてば青い星も花も海も黒くなるでしょうね。」
「海は夜になれば黒くなる。」
「青の海は綺麗じゃない。鋤かもしれないわ。行った事も見た事も無いけれど。あたしは青い物は空しか最近見てない気がする。」
「青よりも黒がいいな。」
「何故黒が好きなの。」
「身体の中まで黒くなりたい程好きな事に理由は無い。」
「じゃあ今度あなたの体の中がどこまで黒くなっているのか見せて。」
あたしは最近禁煙した。吸うことが日課になっていて1時間も持った試しは無かった。それでも最近の禁煙。いきなりぱっとやめようと思って2日間続いている。あたしの肺はきっと黒いだろうけど。

 男の部屋に着いた。
「……。しっろっ」
純白をも凌ぐホワイトルーム。ここまで凄い部屋見た事無い。
「白じゃない。」
「姉貴の部屋だ。黒人の魂も捨てて黒が嫌いでジャクソンの様に全身整形したがってる。マリリン・マンソンの様な白に。金は溜まったらしい。」
首を振りながら白のテーブルに腰掛けた、黒いペンキを取り出してテーブルの上に立ち、口の片端にくわえた煙草を上に向けてジャクソンの曲に乗せてペンキを勢い良く白のルームに飛び散らせた。
「アーーォッ!!!」
白の空間に黒の雲が立ち込めた。
いきなり黒の雲の一部が四角に消えた。白の服の女のブラックが現れた。
女は呆気に取られた様に部屋一面を一周見回してから、テーブルの上であぐらをかいてハハと笑う弟を見た。
「何するのよ。馬鹿。」
「また白のペンキで上から塗ればいい。灰色になってそれも素敵だ。」
「ええそうね。あんたの考えからすると。でもそれはあたしの考えじゃ無い。あなたはどこの女。イタリア?」
「ハーフよ。よく分かるわね。日本とイタリアのハーフだから。」
あたしは黒の髪に青の目で、記憶の中のイタリア人の母親も青い目だった。



 母親が死んだのは青いペンキの塗られたあたしの部屋でだった。
一人あたしは青に包まれてその頃はまっていたヘアクレイトリートメントパックをしながら部屋中央を掘り下げて黒の細かいタイルをはめ込んだバスにブルーハワイ色の入浴剤、青の花を浮かべ、曲を聴きながらシャボン玉を青の空間に漂わせて浸っていた。
薬狂いの馬鹿男と一緒に来た母親はいつもよりテンションがハイだった。薬はあたしが生まれてからはやっていなかったけど、天然で煩い女なのが母親だった。
青の冷蔵庫の扉は重い石膏で固めて青のペンキを塗っていたから、そこからそれしか揃っていないボンベイサファイアを取り出してあたしの聴く曲に乗っては男と酒を飲みながら騒いでいた。
煩かった。石鹸の横の銃は母親を貫いた。透明な液体と赤の血と割れつシャボン玉は青の部屋には合わなかったのを覚えている。
「ジェディを早く他に連れて行って。白に戻すには邪魔なのよ。」
あたしは肩をすくめてそのジェディを外に連れて行く。
黒に追い遣られる白。姉もそうなるのだろうか。
安いモーテルの一室がジェディとその友人ギダンの住まいだと聞いた。
最近その部屋代をそのギダンという男に任せていたらしく、部屋に入ると早々、ジェディはその男に殴り倒された。
あたしに突っ込んでその後ろのドアから丁度出てきた男と女を巻き込んだ。男の方がキレて喧嘩になった。
ギダンという男はそれを尻目に扉を勢い良く締めて引っ込んだ。そのギダンは前見た事があった。昨日だ。白人で、その時顔は見えなかったけど腕のタトゥーと派手な柄の服の趣味が同じだった。いい男。
ジェディに難なく倒された男は女に引っ張られて去って行く。女はあたしに暴言を吐いて走って行く。
首を振ってジェディを振り返る。
「これだから帰るのを渋って姉貴の部屋に行った。元はといえばあいつの愛人が昨日まで住み着いていていたからあいつだけに任せていたんだけどな。」
「うるせえよ。さっさと入れ。」
部屋は2人で入るには狭い。丁度中心でがらっと雰囲気が変わる部屋。
一方はジェディらしく黒い部屋。もう一方は紫のタイルの床、赤紫のタイルの壁天井、六角形の窓の青のガラスと赤のファーに赤樹脂の家具の部屋。
この分だとこのまま買い取ったほうが良さそうな部屋だった。
ジェディスペースはデーモンを天使がファックしている絵が印象的だった。
ギダンの部屋はピンクの照明がやけにクールだった。
ジェディは窓から大量のカラスが飛んでいるのを見つけて撃ち殺しては外に拾いに行った。
「あいつ、黒以外の色が嫌いなんだぜ。だから俺の事も嫌ってる。」
ギダンは六角形の中に収まり座って色とりどりのジェリービーンズを下に投げ捨てると黒の道にカラフルな色が彩った。
ジェディは窓脇の紫のタイルを撃って踵を返してブラックロードの方向へ歩いて行った。
「はは。」
ギダンは軽く笑ってひびの入った紫タイルをさすった。茶緑の目があたしを捕らえて微笑む。
「あいつから名前聞いたか。ギダンだ。」
「聞いてる。昨日あんたが愛人と一緒にいるところ見たしね。仲良さそうね。」
「あいつ今頃ブラックロードの餌食にでもなってる。あそこに近づくからいけねえんだ。近づいた奴等誰もが殺されてる。」
「あたしも近づいたわ。でも生きている。」
「ジェディに気に入られたんだろうぜ。」
「光栄ね。いい男に好かれるって好きだから。」
「あいつの父親が俳優だったからだ。父親に似たんだろ。顔。」
「へえ。通りでね。あんたはあたしの事どうも思わないんでしょうね。」
「いい女だ。」
赤のファーがあたしを包んだ。優しかった。ギダンの顔が可愛くて、まるで海を襲う津波の様にあたしはうねらせる。もがくギダンの足首を両手で抑えて逃がさない。黙らせる。半身を反って目を閉じる。
ジェディが帰って来る。
片眉をぴくっと上げて黒の部屋に包まれてまるで見えなくなった様で、白の歯が浮いて溜息が漏れた。
ギダンはピンクのガラスの皿の中の大粒のストロベリーを闇に投げた。
「何だよ。」
相当苛立った声は怒気が鋭かった。
目を凝らすと黒のベッドに仰向けになって不貞腐れた様に寝そべっていた。
「傷つき易いんだ。あいつ。」
「センチメンタリスト?」
見えない。
気がとにかく強いそうって印象を初めて会った時に持っていたから。
白い煙が上がってその先が赤い火を広げる。
「ねえ。ジェディ。そんなに気落ちする事無いじゃない。」
あたしは黒の方向に行って、ベッドに腰掛けて肩を持った。
あたしの肩にいきなり何かが乗って頬釣りして来た。毛の長い黒猫だ。まだ子猫らしくて、ふわりと軽かった。愛らしい。黒好きの主人も子猫の金色のつぶらな瞳だけは攻められない愛らしさを感じているらしい。
「名前なんて言う猫よ。凄く可愛い。」
「シャラリラルラ。」
「呼びやすいのか呼びにくいのか分からないわね。」
黒い空間に赤の小さな舌と金の目が光っては浮いた。一気に気に入ってあたしはギダンが紫のガラスさらに乗せ渡してきた檸檬サワークリームを取って猫の前に置いた。
その事で猫はあたしになついた。
部屋を出かける事にした。
「天国か地獄かどっちが良い?」
「中間が良い。」
「地獄もいいわ。」
狂乱する地獄。舞い上がる天国。地を這う中間。全て跪いてまるで這うように歩けばいいのに。



 レテノールモルフォとヘレナモルフォが舞う。番の黒豹がいる。あたしの部屋だ。
青が好きなのは昔から変わらない。
いちいちブラジルやペルーのパピヨンをここに舞わせるのには部屋自体の気候を変えて密林植物を囲うように植え付けジャングルにした。
その緑の先は半円の球体の一枚ガラス張りドームの部屋。
そんな部屋がわずか1時間で完成したのは父親の事業のお陰。
父親はあたしがジェディとギダンとジェディの姉のラダと最近よくつるんでいる事を聞きつけた。
付き人を2人連れて会社からざわざわあたしの部屋のあるアパートメントに来て早々、3人を怪訝そうな顔で見た。
父親はブラックと同性愛者を毛嫌いしている。少しでも自分の凝り固まった常識から離れた人間を差別ばかりする人間だ。娼婦や薬中、身体障害者、貧乏、様々を。
父親が奇人変人が嫌いなのと同様、あたしも父親と付き人が大嫌いだった。
「気にしないで。こういう人なの。」
あたしの事も、この街も死んだ母親の事も屑だと思っている。
出会いは知らない。ショーガールだった若い母親と貿易商の父親。
あたし達親子は父親に生活費だけもらってこの街で生きていた。父親は滅多にセンターからここに尋ねてくる事は無いし、逆にあたしは東京の中心部カオス、ビジネスセンターシティーになんか行かない。
「君等が娘と関わっているという者達か。」
後ろ手に手を組んで、片足に重心を乗せて御立派なスーツとコートに身を包んだ父親の口がへの字のしかめっ面はお馴染みでもあった。
鈍く光沢のある靴を音を立てて床に叩き付けて苛立った風を露骨に態度に表す。
「堅苦しい事言わないで。まともに顔出さないくせに。」
知っている。愛人の女にはこんな顔はしない事。それは友人に昔聞いた噂だった。
「生活費だけでは足りないかな。」
「ええ。とは言っても、父親からの愛情なんか要らないけど。ねえ。これくらい大目に見てもらわないとね。」
この街にあたしを捨てたのは父親自身である事をすっかり忘れてでもいる様だ。
それ程子供に関心は無い。そのくせ面子問題になる時だけ従来の父親顔。だから何よ。
「私の娘であるお前が正常に生きていく事すら出来んのならば」
「何の事。」
何年も昔、裁判で決まった。
育児放棄して母親に娘の親権を渡し、年収上、家系金は娘の成人するまでの一切を親子に無条件で引き渡す。親子を放置する事に当たってそれなりのこの街では必要という物。金。条件。決められていた。
「そろそろ我が社を継いで貰おうと思ってね。教育の必要がある。こういう街で生きて来たんだ。我々にも不可解且つ斬新な思想を持つ。実は新たな企画を立ち上げようと思ってね。企業拡張だ。」
「わけわからないわ。」
こうやって逃げて父親を遠ざけていれば金だけもらえるというもの。それを剥奪させはしない。
「出て行って。あたしはこの街から離れない。」
「この街を取り潰し、一つのテーマパークを作る目的だ。その企画権利者がお前になる。」
「現状のままにしておくわ。あなた達の立ち入る問題じゃ無い。他の者達もね。」
「ここの者達は政府の目も届きにくく、多国籍の人種が無秩序に住まう。既に日本であって日本では無い。昨年4月から見切りをつけたという話だ。そいう事は、人権、権利、法は無い野放しの格好の街という事になる。そこを私が買い取る。お前の力は大きくなるんだぞ。もし、企画を変更し、街を渡さないというのなら人権の無いこの街にはプライベートも無いからな、衛星で生活を流し世間に公表すれば私にだけ金は入る。」
「人がいる限り人権は生かされるんじゃないの?有り難い事に、日本という安全な国だわ。ここはね。多国籍ならその分の批判も半端無いわよ。あなたの全ての話は水よりも無力。帰って。」
「ふ。」
「もし実行が事実でも、あたし達はデモを起こすわ。」
この街が無力というわけでは無い事位知っている筈。この街自体が伝が大きい。
「流すなら流しなさい。世間が影響されるか、あなたの会社にも批判が来る。様々な賭けに掛けられ遊ばれる街。人気も無くなればどうせ直ぐにでも見切りをつける。様々な犯罪を一般人のあなたが関与した事で警察も一斉にこの街を包囲して礼状を叩きつける。あなたは金を得る人間では無い。あなたも共犯というだけ。それをテーマパークのデモンストレーションとして『全てはフィクションです』と言おうが、あたしに責任転嫁しようが、あたしが自らなんらかの不可解な死を遂げればあなたに法のメスが向く。利益利益常識常識なんてそう簡単に通る物じゃ無いのよ。街は余所者に生易しくない。引きなさいよ。」
カラス張りの滑らかなカーブの壁。
朝日が顔を出す。
太陽はまるで魂だった。
魂は青空の下、雲という巨大なフェニックスの羽を何キロにも渡り羽ばたかせて長い尾を引き地球を駈ける。
丸い白い月という卵を淡い青に投げ出す。太陽、朝日を浴びて不死鳥は母なる太陽の火と、いつしか融合する。
夜の赤い月を背負う魔女にも負けはしない。
きっと、赤く変色した空も。雲も。
「帰って。」
「一先ず引こう。」
「二度と来るな。」
ギダンが呟いた言葉は父親の耳を掠める事も無く、父親は踵を返して帰って行った。
黒塗りのロールスロイスの先の黄金の利益欲という女神が、朝日を浴びて輝いた。
この街には似合わない車。あんなので街の錆びた雰囲気を崩さないでもらいたいわ。気分を害された。
あたしは「ふん。」と冷めた顔を反らした。
この街に部屋に手を出そう物なら出てくる奴等がいる。連絡すれば充分手を回してくれる。無償で。
既にこの街は賭けられてもいる。趣向をとことん好む者達にも。
多方面にこの街には重要人物が多い。隠れ蓑の街だ。犯罪者。殺し屋。亡命者。脱獄者。ブラックリスト。ボス達。
別に父親の金無くとも事実十二分に生きて行ける。生き抜く術としきたりへの心得あらば。
それでも、ある所からは取って置くもの。
「ねえ、アゲハ。彼金あるのよね。手術代も言葉次第で出してくれるかも。その分浮いてパーティやれる」
「そうね。ブラックがホワイトになっていて、あいつ元ブラックって気付かずに寝たがるんじゃないかしら。少しは面白いかもね。」
そんな姿想像するもの嫌悪がするけど。
あたし部屋を見上げるガキがいた。よくいる子。
あたしはいつもシカトしている。目が合うとニコッと微笑むのが嫌いだった。
前声を掛けられた事があった。シカトしても付いて来るから殴った顔を腫らしても来る子。
「ねえ。あのガキなんなのよ。」
「どこにいる?」
ジェディはカラスの壁に片腕を立てて見渡した。
「廃墟しか見えないな。」
「ほら。いるじゃない。男の子。黒い服着た6歳くらいの。」
ラダは顔を傾けてあたしの顔を見た。
「薬やった?」
「やってないわ。」
あたしは肩を竦めた。



 「最近、一週間前に手術してからね。あのガキがあたしの周りうろちょろし出したのは。」
あたしの右目は他人の物だ。同じ色の青を見つけるの事は大変で、ようやく探し出された。少し変わった青だから。
全体的な青地の瞳に、虹彩はライトブルー。そして銀色掛かる瞳から光彩陸離してダークゴールド。そしてブラックへと中心に向けて変化して行く。
何故か。
それは一ヶ月前知り合った男があたし瞳の色が好きだった。
男はストリップバーの一角を自分の部屋にしていた。ストリップガールは皆ディープブルーの瞳。
稀に鮮やかなディープグリーン。
あたしも一時期働いていた。
男はいつもゴッドファーザーを飲みながら人を見下ろす瞳で全てを色褪せたように眺めていた。
小さなミラーボールが連なる装飾んはいつもゴッドファーザーと同じ琥珀の照明が当てられ反射し、男の瞳を照らした。
男の吸うJPSの匂いは自棄に男の雰囲気にマッチしていた。背に琥珀の馬の迫力ある墨。いつも革パン姿だけの男。
店の経営者だった。
リアルゼブラの革を張り巡らせたソファーに、いつも大儀そうに腰掛けて、ゴールドの重厚なネックレスから胸部にゴールドの銃が鎖から下がってる。指全てにゴールドのごつい指輪を艶めかせた。
背はあたしとあまり変わらない。黒髪はうねっていて、猫みたいな顔の男。
そのソファーがベッドだったけど、男は眠るという事を知らない。
随分昔から不眠症の目は充血した事は無かった。それでも蛇の瞳の様に、閉じた小さな瞳孔だけ黒のホワイトのカラーコンタクトをしていた。
いつも横に番の黒豹を連れて座り、黒豹は肉を食べていた。女の物の手が含まれていた。
その男があたしを呼んだ。
「その瞳。俺にくれないか。」
20になったばかりというその男は全くそうは見えない程落ち着いていた。声の若さに驚いた。
「何故。この瞳はあたしの物。気に入ってるもの。手放しはしない。」
男は不機嫌そうな顔をしてあたしの髪を優しく撫でて体を眺め見た。
「もし俺がお前を殺せばお前の瞳は俺の物になるな。」
「そうしてみる?」
あたしは挑むような目を向けて男の為にショーを踊って黒豹の頭を撫でた。
前の日に男に殺された女の肉を食べる黒豹。
その女の骨は男の飲むゴッドファーザーのグラスの中、氷の中にある。その部分かなんか興味無かった。
男はいきなり猛獣の様に『笑って』あたしをファックした。
そうしながらあたしの右目に銃口を突きつけて舌で唇を舐めた。
他のストリッパー達は客にショーを見せながらもあたしと男を見ていた。
男は軽く笑い、フォークを取り出してあたしの右目を、えぐった。
神経が顔の中身でぶちっと音を立てた。
「何するのよ!!」
鈍痛より男の手にする自分の右目に神経が集中した。
男は尚も揺れながら体を後ろに仰け反らせてホルマリンの入った、口を切ってあるアマレットの酒瓶に右目を入れて横の木製のアンティークテーブルにコトンと置いた。
その音で、あたしは男の首から銃をもぎ取り撃ち殺した。
見物してたストリッパーも殺した。
客は女を死姦した。
薬のキマッた男があたしに突っ込んできてテーブルの上の酒瓶を床に落としてあたしの右目を潰した。
そいつの両目は蜂の巣になった。
奴のホワイトコンタクトを取って見た。色鮮やかな、美し過ぎる漆黒。琥珀には合わないようでも。
男の瞳にキスした。美しい瞳を見ては狂った様に貪った。生存者のいなくなったステージで狂った様に踊り続けた。
血にまみれた死体を食べる黒豹。
主人の肉も。
あたしのショーを見て2匹の黒豹が笑った。
その日の内に瞳はネット上アイバンクで見つからなかった。コンピュータおたくの老人の女に問い合わさせた。3日後に見つかったあたしの第三の瞳。
瞳の持ち主はイギリス人。死因は謎だった。
「眼球移植したのか。全く分からない。」
番の黒豹のメスの頭を撫でながら言った。オスは昨日、ヘレナモルフォを食べた為に檻の中にいた。
「ドクターと目の持ち主の色が良かったの。」
一番初めに目覚めて見た風景。
ドクターの顔でも自分の眠る部屋でも無かった。
暗い海底。
暗い岩を背に、妖艶な女。
褪せた様な、細かくウェーブかかる海底に広がる髪はブロンド。
顔の彫りは丹精で、ローマの彫刻の様。肌の色は白く、海の色を白い肌に映しているかの様に、緑掛かっていた。
豊満な体。白い尾。言葉は発さない。虚ろな瞳。少し開いた口元で静かにあたしの目の前にいる。
背後は闇。取り巻くも闇。
そんな映像。
ガキはあたしを見上げていつもの様に微笑む。
ラダの腰に差してある白いペンキで塗られた拳銃を取ってガキを撃つ。
パピヨンは驚く。
防音ガラスは丸い穴とひびを残す。
ガキは弾丸を受けて蜃気楼の様に一瞬揺らめく。
「そこにいるのか。」
「その筈よ。今も笑ってる。無気味な奴。消えてくれればいいのに。」
右目を閉じれば見えなくなる。その変りにかの映像が視界半分に広がる。
一時期黒鮫の眼帯をはめていた。ガキが煩わしかったから。
「もういいわ。どうせここから離れてばいなくなるもの。」
「目の持ち主、そういう女だったんだろうな。」
ギダンはキスチョコを口に放り投げて言う。
甘い香りにパピヨン達は寄って来る。派手な華柄のシャツに魅惑水色の羽根を休める。
「興味無いわよ。」
灰色の廃墟のヴィジョンに溶け込むガキを見下ろしながら言った。
ジェディはあたしの視界の先を黒い瞳で見つめていた。それでもその瞳には姿なんか映っていない。
放っておけば消えると思って一ヶ月。正体を突き止めてもいいのかもしれない。



 半球体の一枚ガラス壁に浮く銀の金具を引く。透明窓が開く。
「ねえあんた。入って来れば。」
一気に嬉しそうに走って来て部屋に来た。
「名前は。」
「鬼無里。」
「キナサ。あんたあたしに何の用があるっていうのよ。この一ヶ月間、あたしがあんたの求めている女とはもう別人なのよ。瞳の持ち主の息子だとでも言うの?」
キナサは首を振りながら微笑むだけだった。
願望。欲望。理想の魂。
それを映し出しているっていうの?
あたしはこれといって願望なんか無い。理想の場にいる。性欲は普通。
まさか、目の持ち主の女、心に思い描く者を自分にだけ描かせる事が出来る女だったりしてね。
ジェディはあたしと話すキナサのいる所を黙視しながら煙草を吸っていた。
ギダンはパピヨンと戯れては蝶を餌付けしていた。今に蝶まで食べ出すかもしれない。
ラダは植物を白くしたそうな目を空間に巡らせてる。
キナサは相変わらず微笑んであたしを見上げている。
まるでこいつにもあたししか見えていない。ジェディの視線に全く気付いていないみたい。

問い詰めた老人は逃げた。36だけど、皺だらけで白髪で背だけはひょろりと高い人種不明の男。通称老人。逃げ足は、さすが36歳でヤバイ速さだ。老人の女は逃げた。
「だ、だから相手のプライベートは言えるわけねえって、断り無しに言えない物は無理、」
「そろそろ吐いたほうが気が楽だ。」
「他にハッカーは何人いると思ってるの。」
「ほらあ。」
そう引き起こした。
「玉に打ち抜かれてえのか?言えよ。」
男はやっとでパソコン操作して画面のめまぐるしいスクロールする情報の中から一つをクリックした。
「名前はアゲハ=クライド。別名シルバーファントムっていうヨーロッパの女盗賊だ。今まで盗んだ世界有数の美術品一万点を軽く越えてる。この女には謎が多くてな。何年も前に警官に撃たれ死んで海外の紙面騒がせた。だが、実は生きていたらしい。仮死状態だかどうだか知らないが、その生前までに盗んだ6千点を隠した謎の在り処が世界のどこかにあるって事だ。」
「アゲハ=クライド……。あたしと同姓同名の女盗賊がいただなんてね。」
「ああ。本当にくせもんだぜ。女は生き返った後に腕利きの殺し屋を味方付けて邪魔者を殺させた。その後にその男と4千点を盗んで、突如2人は雲隠れだ。財宝の在り処も今だわからないまま、近年2人の白骨死体が発見された。森の中でな。殺しあったのさ。その前に……。」
老人はあたしを見て来た。あたし、というよりも、瞳、右目を。
「男は女の右目を闇に打った。裁縫に繋がるキーだと言ってな。」
「何故手放したんだ?」
「財宝に興味無かったんだろ。元々。男も生き返った後の女も。」
「その女の目が今あたしの顔にはまってんのよ。あたしの脳とその血筋の女の目が繋がってる。」
「洗脳されたりしてな。」
「まさか。でもなんであのガキが見えるの。まさか2人の子供?」
「いいや。その眼球はあんたの瞳に嵌る前に大した富豪の顔に嵌ってた。一時闇からシルバーファントムの眼球が消えたって事でトレジャーハンター共は見つけられなかったってわけだ。」
「ああ。イギリス女。生まれた先から失明したってね。」
「そうだ。その女が移植後自分の子供殺して今ムショでくせえメシ食ってる。目も見える様になれば遊びたいってもんだ。それなのに病気がちの子供が一切足元に付いて離れねえ。」
「確かにずっといるわね。母性本能なんか無いから迷惑だわ。あたしは親じゃ無いってのに。」
「嫌なら手放すか?どうせソレは残像だ。」
残像が話す筈無い。
「冗談。そんなのごめんよ。この目が鍵なんでしょ。父親なら金次第で研究所でどうにかしてくれるかもしれないけど、借りは作るのって癪だわ。」
あたしは思った。
「何で2人は財宝の在り処を漂わせたまま死んだのかしら。そのお陰で人々に『夢』与えたかったのかしら。」
その瞳の先の財宝を夢見て?
「まあ、夢物語として収めておくのも素敵だ。」
「そうかもしれないわね。少しの期待や夢馳せて生き続けてた方が面白い事だってある。」
夢が実現すればあたしはまた他の欲で違う物を追い求め続けるから。
変に争いが邪魔するより、またいつもの日常の中のスリルを満喫していたい。大きな宝なんてあたしは興味惹かれない。
今の生き方の法が性に合う。



 ジェディが死んだ。あたしが殺した。いつもの様に。
黒い道。
煙草を吸うジェディはカラスからもぎ取った黒い羽根を敷き詰めた道、黒の羽根を拾い上げ。
カラッと音を発して落ちた。羽根。
ドサッと音を発してジェディが黒い道の一部になって完成した、ジェディ。
煙草の火が無数の羽根に移って炎の道になった。
夢が完成して、黒と同化したがり自分で墓場を作って死んで行ったジェディ。
白の骨の道を歩くのは、白い煙と、風と、白くなったラダと。
黒がじゃなく、白が黒を浸らせたって事。それが、望み。



{アゲハ×オペラの男}
 男はオペラを高らかに歌いだして止む気配は無い。
レクイエム。
広すぎる空間にはあたしと男だけ。
ドーム型天井と融合する壁の天国図は見事な物。
無数の天使達と神々。
全能の神は全てを従えて指し示すは地。
床には地獄絵図。
無数のゴーレム達と悪魔達。
無数のデーモンの心臓部に弾痕と広範囲のひび。
全てを従えて指し示すは闇。
男はオペラを止ませる。
「この絵。透かすと神と悪魔の指が、ホラ、今の2人みたいになる。」
「どっちが悪魔。」
男は笑って首を傾げてみせては天に両手を掲げた。
この男とはプラトニックだった。
精神は互いに知り合ってもいないけれど。
「神はあたし。」
「神は悪魔と手を組んだのさ。中間地点のここの2人が仲介人。天と地の。」
「それが答えね。」
オペラは好きじゃ無いの。」

{アゲハ×バスルームの男}
 黒いタイルの張り巡らされた浴場。壁、床、天井も。
床に黒のユニットバス。
深紅の薔薇が数個浮かぶ。
黒のタイルの床にも数個。
男は全てが金のシャワーと、その蛇口をゆっくり捻る。
緑の蛇は細く、つかるあたしの腕に絡まった。
威嚇する蛇。笑うあたし。
男の腕に飛び噛み付く蛇。
男はセクシーに体をよじらせた。
タイルに赤の血が滴る。
全ての痛みを快感に転換する男。
蛇の様に絡まっては薔薇の様な真っ赤な舌で微笑む黒髪の男。
男の左目は偽りの目。クリスタルの球体の中に深紅の薔薇。
薔薇の目を持つ男の声はまるでそう。
今にも消え行く霧の中を彷徨う幻。

{アゲハ×ピンクの男}
 ピンクのボールは10センチ位の物。
銀のペンキの六角柱の部屋の中。
ピンクのボールはその数は計り知れない。
銀の天井と、銀の高さ1メートルの壁。
ピンクの海の中に浸水した男は消える。
ジャラッと立つ音に見つめる男。
波に揺られ揺られてピンクの波が押し寄せる。
「青の瞳はピンクと銀に似合わない。」
「そうかしら。」
目と目がぶつかって男は目を閉じダイブした。男の瞳もブルーだから。
ピンクと銀に、あたしは飲み込まれる。

 白の尾の海底の女。
闇の方へと尾をくねらせて泳いで行く。
優雅に。
言葉を発する。
囁く様に。高く、振動を乗せ耳に響く。
言語は不明。
語りかけ続ける。あたしに。


 ジェディの事を思い出す。白い骨を踏み均してみていたあの日。
あたしはよくジェディの事を思い出す。
キナサはあたしの横に腰掛けてチョコレートトーストを食べて微笑んだ。
「美味しい?」
微笑むキナサ。あんたは一体何なの。
一時間前に知り合った男はブラックで、ジェディに似ている。
キナサと同じ場所に座って青い林檎を齧っている。蜂蜜のかかる林檎。
ジェディの事よ。よくあたしが思い出す事。
キナサはあたしに言った。
「僕がもし、2人の子供だったら2人とも僕を殺すかな。」
「分からないわ。」
男はあたしの顔を覗き見た。林檎をあたしに差し出す。
「食べれば美味しいかそうじゃないか分かる。」
「そうね。」
キナサはあたしの顔の前に立ちはだかって口を大きく開ける。
透き通って黒い髪から青い林檎が現れる。
キナサは声を上げて笑った。
「……。あんた、笑うとジェディに似ている。」
「ジェディ?」
「いいの。なんでも無いわ。」
林檎を齧りながら男を上目で見つめてそう言う。ジェディに似た男。
ジェディは滅多に笑わなかった。笑うと気が強い顔は可愛いの。
習慣化した寝た男を殺す事。それが好きと言うより出会いと別れの単なる動作。
キナサは今日もあたしの横にいる。
母親とは違って受け入れたあたしをキナサは声を立てて笑うようになっていた。
 父親が来ると番の黒豹と連れ立って木の裏に隠れもした。
「この街をテーマパークに出来なくなった。一体何をした。」
「あたしは何も手を下してはいない。」
「ある人物がこの地を買い取った。」
「そう。いい事ね。」
「マカシュ=タカロラという者だ。私の10倍の資産を常に持つ。」
「タカロラ……。」
キナサを見下ろす。キナサ=タカロラの祖父。孫を殺した女の父。
「何が始まるの。」
「お前の争奪戦だ。何がどうなっているのか、何かの噂を聞きつけたらしい。」
この目の事。タカロラは一度娘の眼窩に収まったこの目の事を聞きつけたという事。
「この街はゲームシティーにするらしい。その中で生きるお前。Freak立ち。争奪戦。」
「あなたは手を引くという事ね。」
「これ以上付き合ってられん。あとの4年。お前の成人するまでの工面はしよう。たが、一切ここへは二度と足を踏み入れることは拒否する。」
「うれしいわ。」
「お前の命はタカロラ氏が保証した様だ。ゲームの中心人物のお前が死んでは何にもならないからな。」
「ゲームの終焉時にはどうなるかしらね。」
「さあな。」
父親は帰って行った。
 ジェディの道をキナサと共に歩く。手と手をこの頃繋いでいるのよ。
その先に老人がいた。マカシュ=タカロラ。
「殺しちゃいなよ。」
「だめよ。そんな事したらまた父親が姿を現すようになる。」
そうやって戻るだけだけど。
独り言を言うあたしの顔を覗うマカシュ。
「そうか。おじいちゃんなんだった。」
「そうでしょう。」
「でも、おじいちゃん遊びの事になると恐いよ。」
「本当?」
そう言えば聞いた。父親からだった。マカシュ=タカロラは気違いだって。
面白いじゃない。
「あなたがあたしで遊んでくれるマカシュ=タカロラ?この瞳の情報はあたしの満足した男に与えるのね。」
「ああそうだよ。そして私の養子にして家族3人で財宝を見つけて暮らすのさ。」
どこがよ。普通の老人じゃない。企んでいる色が全く無い。財宝には何もこだわりが無い顔。
何か深い瞳の奥で、そう、「遊び」の為だけに、そこでこそ手にする金にしか輝かない、危険な程の子供の様な目。
「じゃあ。遊びましょう。」
ジェディは死んだ。
あたしはいつまでもあなただけの物ね、ジェディ……。

FREAK

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更新日
登録日
2014-04-06

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