ラスカルの春(まぼろしシリーズ)

ラスカルの春(まぼろしシリーズ)

惑星ラスカルの春

 極寒の惑星ラスカルの冬は寒くて長い。
 一年の大半を雪と氷に閉ざされるこの惑星にも、ようやく短い春が訪れようとしていた。
 俺はこの陰気な惑星で、他の二人のメンバーと共に、昼夜交代で鉱石の採掘作業をしている。
 この寒くて殺風景な惑星に埋もれている「アルマ」と言う宝石の原石を掘り出すのが俺の仕事だ。
 こいつはダイヤモンドよりも堅くて、希少価値のある宝石なので、地球では高値で売買されている。
 採掘と言っても、実際はロボットがやってくれるので、俺たちは掘り出された土の中から「アルマ」の原石を選別するだけだ。
 会社とは三年契約だが、二回目の春を迎えた今年になると、さすがに無味乾燥な毎日に退屈して来て、仕事に身が入らない。
 もう女の感触も忘れ掛けていて…正直言って、早く地球に帰りたいと思っている。
 そんな事を考えていたら、採掘作業の交代時間が来たらしく、合図のベルが鳴った。
 俺はゆっくり椅子から立ち上がって、作業服に着替え、エレベーターに乗って地下の採掘現場に降りて行った。

「ジム、交代だ」俺は同僚のジムに言った。
「よう、ゴドーか」振り向いたジムが返事をした。
「今日はあんまり収穫はなさそうだな」
「あぁ…三番機の調子が悪くってな。後で見ておいてやってくれ」
「うん、いいよ」
「そいじゃあな、俺は部屋に帰って寝るわ…女の夢でも見ながらな」
「ご同感だな…俺も早くここからおさらばして、女が待つ地球に帰りたいよ」
「そうだなぁ…早く帰らねぇと、女の匂いを忘れちまいそうだ」
 そう言いながら、ジムのやつはエレベーターに乗って、自分の部屋に帰って行った。

 俺は稼動している四台の採掘ロボットのコントロール・パネルを見た。
 ジムのやつが言った通り、三番機の推力が落ちていたので、取り合えずロボットを停止させた。
(しょうがねぇなあ~、このポンコツロボットは…どれどれ、ちょっくら面倒を見てやるか)
 そう思いながら、俺はロボットの側に行って、木偶の坊みたいに突っ立ているヤツの点検に取り掛かった。
 よく調べてみると、どうも排気ダクトの辺りに、何か引っ掛かっている物があるらしい。
 工具を取り出して排気ダクトを開けて見ると、何か植物の種のような物が間に挟まっていた。
(何だろう?小さなクルミのようだ。何かの植物の種かな?でも、そもそもラスカルに生物っていたんだっけか?)
 俺は、ダクトに引っ掛かっていたそいつを手に取って、いったん作業服のポケットに入れた。
 それからコントロール室に戻って、再びロボットを起動させると、ヤツはスムースに動き出した。
(やれやれだ…世話の焼けるヤツだなぁ~)
 俺はそう思いながら、採掘した鉱石の面倒臭い選別作業に取り掛かった。

 ようやく同僚のイワンと作業を交代して、自分の部屋に戻った時には、もうすっかり夜が明けていた。
 部屋の窓から見えるラスカルの空は、夕焼けのように赤く、地平線の上には大きな赤色矮星が揺らめいている。
 俺たちが寝泊りするベースキャンプの前にある小川は、春先の陽気で溶け出した氷が、ぷかぷか浮かんで流れていた。
 こんな極寒の惑星ラスカルにも、どうやら春が巡って来たらしい。
 俺は、ポケットの中に何かの種らしい物を入れていた事を思い出した。
(花の種か?それとも木の種か?育つかどうか分からんが…まぁ、芽でも出りゃあめっけもんだ。退屈しのぎにはなるだろう)
 俺はベースキャンプの外に出て行って、ポケットの中から小さなクルミほどの種を取り出し、小川の畔に埋めてやった。

 それから二、三日経って、小川の畔に行ってみると、驚いた事に、種はもう小さな芽を出していた。
 さらにその翌日に行ってみると、もう植物の茎らしいものが、膝ほどの高さにまで伸びていた。
(成長が早いな~。まぁ、地球でも寒い地方の植物は、短い春の間に子孫を残すために早く育つとは聞いたが…)
 そうして、種を植えてから五日目に俺が見に行くと、もう植物の茎の先端に、蕾らしい膨らみが出来ていた。
(そうか~、花の種だったのか…で、どんな花が咲くんだろう?)
 俺はそう思いながら楽しみにして、それから何度も見に行ったが、花が咲く様子はまったく無かった。
(変だなぁ~?やっぱり、まだ寒すぎて無理だったのかな?…まぁ、仕方ないか)
 俺はそう考えてあきらめる事にした。しょせん退屈しのぎの試しに植えてみただけだから…

 そんなある日、仕事を終えた俺は、夜風にでも当ろうと思って、ぶらぶらと小川の畔まで散歩に出掛けた。
 春先の野外はまだ肌寒かったが、ひんやりとした外の空気は、モグラ稼業の採掘工には心地よかった。
 そぞろ歩きをしながらふと見ると、小川の畔に何か白い物がゆらゆらと揺れていた。
 近寄ってみると、惑星ラスカルの衛生ユリスの淡い光を浴びて、そこに真っ白い花がひっそりと咲いていた。
(月下美人か?…そうか!こいつは夜に咲く花だったのか)
 俺はぼんやりとその花を眺めた(何と綺麗な花だ…ラスカルにこんな花があったなんて知らなかった)
 そう思いながらじっと見ていると、何となく俺は、柄にも無く癒されているような気がした。

 退屈な一日の仕事を終えた俺は、自分の部屋に戻ってシャワーを浴び、一杯やりながらマズいメシを食った。
 それから地球から量子通信で送られて来た、一カ月遅れのフォログラフNEWSを見た。
 どうやら地球では1000年続いているリオのカーニバルがあったらしい。
 裸同然の女たちが山車に乗って、お乳振り振り、腰をクネクネ(いいなぁ~、地球のやつらは…今頃楽しくやってんだろう)
 俺には却って目の毒にしかならなかった…それでフォログラフのスイッチを切って、ベッドに潜り込んで寝る事にした。
 そうして、うとうとしながら眠り込もうとしていた矢先、突然、ガチャリとドアの開く音がした。
(ジムか?イワンか?何だよ~、こんな夜中に…ノックぐらいしろよ)
 俺は、寝ぼけまなこをこすりながらドアの方を見た。
 何と…そこには、薄絹をまとったうら若い女が立っていた。
 銀色の髪に、透けるような白い肌。形良く膨らんだ乳房に、蜂のようにくびれた腰、鹿のようにすらりと伸びた脚の女が…
(どこの女だ!会社が寄越した慰安婦か?そんな気の効いた事をする会社でもあるまいし…俺は夢でも見てるのか?)
 びっくりしていると、その女は部屋の中に入って、ベッドにいる俺の側までやって来てこう言った。
「植えてくれてありがとう。せめてものお礼に…」
「いや、どういたしまして…って!君はいったい誰だ?」
 俺がそう言うと、女は俺の唇に人差し指を当てて、しっ!と言う仕草をした。
 そうして羽織っていた薄絹を脱いで、いきなり俺のベッドの中に入って来た。
 花のような女の香りがむうっ!と蒸せて、ビロードのように柔らかい肌が俺の体に吸い付いて来た。
 それは長い間忘れていた俺の男の本能を、たちまち呼び覚ました。
 俺は矢も盾もたまらずに、がむしゃらに女を抱きしめた。
 滑らかな女の体に指と舌を這わせ、肌と肌を互いに滑らせながら、体を絡ませ合った。
 女の熱い吐息に身体中が煮えたぎるのを感じ、俺はたちまちめくるめく快楽に溺れて行った。
 そうして、何が何だか訳が分からない内に、俺は女の胸の中でいつの間にか果てていた。
 こんないい思いをしたのは何年振りだろうか?俺は体を起す気すらしないほど恍惚としていた。
 ぐったりしている俺の様子を見届けると、女は俺にキスをして、ゆっくりと起き上がってベッドを出た。
「あぁ…シャワーは部屋の右手にあるよ。ハニー」
 俺は、まだしびれるような快楽の余韻に浸りながら、今さっき情を交わした女に言った。
 しかし、立ち上がった女は、シャワーを浴びに行こうとはしなかった。
 その雪のような白い肌に、再び薄絹を羽織うと、ドアの外に向かって歩き出したのだ。
「おぃおぃ、そんな格好で何処へ行くんだい…?夜の屋外はまだまだ寒いぞ」
 俺がそう言うと、女は振り向いて、少しばかり淋しそうに笑いながら言った。
「ありがとう。でも、夜が明けない内に卵を産まなきゃならないから…」
(はぁ…?この女は何を言ってるんだ?)
 俺が奇妙に思ってる間に、女はそのまま外に出て行った。
 久しぶりの快感に酔いしれて、女を追い掛ける気力も失かった俺は、そのまま泥のように眠り込んでしまった。

 翌日、目が覚めてから小川の畔に行って見ると、あの花は点々と樹液のような物を滴らせながら、ぐったりとしていた。
 妙に思った俺は、花の茎を折って手に取った。とたんにぷ~んと臭ってくる精子の香りがした。
 そうして俺には、やっと今まで起った出来事の一部始終が飲み込めた。
 長い冬に閉ざされる極寒の惑星ラスカルで、厳しい環境に耐えながら生きている生物の事が…
 その生き物は、寒くて長い冬の間、種子の形を取って地中で眠りながら、春が訪れるのををじっと待つのだ。
 ラスカルに短い春が来て、どこからか有精生物がやって来ると、その生物の異性の姿を真似て擬態する。
 そして、やってきた有精生物と交わって精子を受け取ると、すぐさま地中に卵を産み落として死んでしまう。
 地中に産み落とされた卵は、種子の形をまとって、長い冬を耐えながら、再び有精生物がやって来るのを待つのだ。
 ラスカルの短い春の間に有精生物と出会えず、そのまま実らずに命を終える種子もあるかも知れない。
 或いは地中に埋もれて、そのまま朽ち果てて忘れられてゆく種子もあるかも知れない。
 あの子は、極寒の惑星ラスカルの短い春を、ただ子孫を残すためだけに生きて、短い命を終えたのだろう。
 いずれにしても、生命として活動できるのは、有精生物と交わって受精するほんの僅かなひと時だけなのだ。
 何とはかない一生なのだろうか!

 そう思うと、何だか昨夜ベッドで情を交わしたあの子が、とっても可哀そうに思えて来た。
 だが、極寒の惑星ここラスカルでは、それがあの子にとってはごく当たり前の人生?だったのかも知れない。
 確かなのは、あの子は味気無い暮らしをしていたこの俺に、一夜の夢を与えてくれた「花の妖精」だったと言う事だ。

 あの女に出会ってからと言うもの、俺は何だか仕事に張り合いが出て来た。
 今日も採掘ロボットが掘り出した土くれを選別しながら、あの小さなクルミのような種子を探している。
 見つけ出したら、また小川の畔に植えてやろう…うん、絶対にそうしよう。
 そうして俺の子孫を一杯作って、長い冬に閉ざされた極寒の惑星ラスカルを、春に変えるのだ。

乙女のはかなさを惜しんで…今は亡き 金城哲夫先生に捧ぐ

第四話 (完) 第五話は (http://slib.net/30368)にて公開

あとがき 「二人の偉大な先生への思い」

<魔法少女まどか☆マギカの作者「虚淵玄氏」もくぐった異世界への門>

昭和の時代「円谷プロダクション」に在籍していた私は、企画室で行われている討議が気になって仕方なかった。
それで仕事の合間を縫っては、自分で考えた「作品のプロット」などを携えて、しばしば企画室を訪ねる様になった。
当時の企画室は「金城哲夫先生」「上原正三先生」を始め「佐々木守先生」「市川森一先生」などのそうそうたる脚本家の方々が顔を連ねていた(Wikipediaで検索すれば、どれほど凄い人達だったか分かります)
そんな方々は、恐いもの知らずの若造の話を「君の発想は斬新だね~」「そのネタもらった」などと面白がって聞いて下さった。
今でも忘れはしないその日の事を…私は金城先生の所へ、自分で作ったプロットをお見せしに行った。それはこんな話だった。
<古代の地球には、別の種族が住んでいて平和に暮していた。今の人類はその種族に侵略戦争を仕掛け、強引に地球を奪ってしまった…以下は長くなるので省略>
そんなプロットだったが、金城先生の目が急にキラキラ輝き出だしたのを、今でもはっきりと覚えている。
私は「人間の醜い欲望」を描いたつもりだったが、先生は、幼い頃体験された「日米に蹂躙された沖縄の悲劇」に重ねられた様だった。
私のプロットは、先生の手によって「ウルトラセブン」の「ノンマルトの使者」として脚本化され、シリーズの中でも、高い評価を受けた事は嬉しかった(他にも色々あった様な気はするが、はっきり記憶に残っているのはこの作品)
「人類の側を悪役にした物語」は、当時は無かったらしく、どうやら私が最初の発案者だったようだ。
金城先生の故郷「沖縄」は古来より、度々日本人(ヤマトンチュー)の侵略を受け、太平洋戦争では本土の盾にされ、悲惨な目に遭った(今現在も、なお本土のツケ(米軍基地)を払わされている)
先生の母上は、戦争の戦火に巻き込まれて足を失われ、不自由な体で先生を育てられ、東京へ送り出された偉大な母君であられた。
後に金城先生は、その天才的な発想で「円谷プロダクション」の名を一躍世に高らしめた「ウルトラシリーズ」の原作者となられた。
そして、政府主催の「沖縄海洋博覧会」の企画委員に選ばれ、沖縄と本土の架け橋となるべく活動の最中に、若くして事故死されてしまわれた事が残念でたまらない。

一方の上原先生は、鬼才とでも呼べる様な方だった。正義感が強く、舌鋒鋭く、秀でた才能で理不尽な不正や悪を糾弾された。
胸を患っておられる中で執筆されながら、それでも、ヤマトンチューの子である私の拙い駄文に目を通して下さった。
後に「仮面ライダー」や「ゲッターロボ」など、たくさんのヒーロー物の脚本を書かれ、多くの少年・少女達に正義を教えられた。
余談だが、私の在籍中に先生は「円谷プロのマドンナ」とも言われた大変美しく可愛い女性(お名前は伏せる)と結婚された。
ご自身も日本人離れしたイケメンで、お似合いの美男・美女のカップルだった。

今にして思えば、東京の砧にある「円谷プロダクション」は「異世界への門」が開かれている様な雰囲気のする不思議な空間だった。
当時から脚本家や監督さん達を始め、スタッフの方々には、どこか浮世離れしたコアな人々が多かったのを覚えている。
一世を風靡した「魔法少女まどか☆マギカ」や「Fate/Zero」の作者「虚淵玄氏」も、若き頃「円谷プロ」に居たそうである。
「ははぁ~、貴方もあの「異世界への門」をくぐってしまった一人か」と思った。道理で妙に同族の匂いがするはずだ(笑)
待てよ?そうなると虚淵さんは、言わば円谷プロの後輩…と言う事になる(こんなだらしのない先輩が言うのも申し訳ないが)
「ならば、毒を喰らわば皿まで…一人でも多くのファンを「異世界」に引き込み、我々の同族をたくさん増やしていただきたい」(笑)
虚淵玄先生の「金城哲夫」「上原正三」両先生を超える今後のご活躍を、心からお祈りさせていただきます。

沖縄で生まれ、幼い頃に悲惨な戦争を体験された両先生ではあったが、その後の姿勢は、まったく違っていた。
権力や戦争の悪を徹底的に糾弾していく上原先生と、それでもなお、それを許し更生させようとする金城先生。
悪は斬るべきか?斬らざるべきか?許すべきか?許さざるべきか?私はいつも両先生の心の狭間で揺れ動いている。
ファンタジーあり、SFあり、ホラーあり、様々な要素を含みますが、作中にある両先生の心を汲んでいただければ幸いです (作者)

ラスカルの春(まぼろしシリーズ)

ラスカルの春(まぼろしシリーズ)

生物がいないはずの「氷の惑星:ラスカル」で働く、しがない雇われ採掘工。 そんな彼が、ある日、偶然拾った種子には、思いも掛けない謎が隠されていた。 人の目はすべてを見ている訳ではありません。この世には人に見えない世界があります。 これから、あなたの目はあなたの体を離れ、この不思議な時間と空間に入って行くのです。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-04-05

Copyrighted
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  1. 惑星ラスカルの春
  2. あとがき 「二人の偉大な先生への思い」