サファイアとエメラルド~青の鳥~

[サファイアとエメラルド]Sapphire and emerald 20110520


 双子のサファイアとエメラルド。
彼等は姉弟である。二人がラシーン家に生を受けて二十二年。黒の豊かな髪に焦げ茶の大きな瞳。どちらも一様に魅力的な様をしていた。
だが性格は異なった。見事に異なる。
サファイアは何かにつけて繊細で、いわゆる多少の神経質さのある気質だ。普段青い小鳥達を改良管理していた。
彼女が掛け合わせた青の鳥達は種類も様々だ。美しい声の空色の愛らしい小鳥。オウムほどで尾が長く、冠がある濃い青が鮮やかな鳥。四つの美声を操る群青の鳥。キジほど大きくて、孔雀のような尾をもった水色の鳥。純白のホールは彼女の砦で、青の美しい鳥達は其々が依頼されたお屋敷のサンクチュアリに放たれる。緑とよく映え、青空や夜空にも神秘的な彼女の鳥達はオーナー達に愛重された。
今も彼女は微笑んで小鳥達の世話をしている。
一方、双子の弟エメラルド。彼は普段ブラックメイクをしていて、バンドのドラマーだ。頽廃的な愛と心情を歌う仮面の女ヴォーカルHikaと、低音を響かせる女ベーシスト、激しい音色を醸す女ギタリストの中でやっている。Hikaはエメラルドの恋人で、サファイアが彼女が屋敷に来る日は決まって鳥達の門を閉ざす。勝手に入っては戯れ帰って行き、素顔さえ一度も見せた事も無い仮面のHikaは、お土産のつもりか毎回勝手に美しい鳥達を持ち帰って行った。広告の映像に流れる際に鳥達が共に映っているので、すぐに分かる。いつだったかは仮面に青の鳥の尾を着けて屋敷の庭に現れたから、東屋のバスタブに埋めてやりたくなったのだが。
エメラルドは今、Hikaもいずに屋敷の庭で巨大ブランコに乗り揺れていた。夜になれば毎回出かけていき、昼まで帰らずにいる。彼はほぼ無口で、屋敷の庭から動かない。エメラルドの場合、自己の巨大な目を気にしていつでも半開きにしている。だから眠いのだろう。
そういう双子である。

 エメラルドがドラムから顔を上げると、珍客が歩いてきて彼の前まで来た。
「サファイア」
「あんたのあの美人なイカレ女に言って置く事ね。今度あたしの鳥達の砦に入ったら」
言葉も終らない内に、サファイアは口許をレースのグローブで背後から押さえられた。
「邪魔しないでイカレ女」
美しい目を鋭くHikaにそう言い、また麻酔薬を嗅がされてサファイアはどっさり倒れた。
なので彼女が目覚めると、迂闊に近づいた為に円筒状の檻の中だった。鎖で天井から吊るされ揺れて、あの馬鹿達がバンドをしている。サファイアが目覚めた事に気付いたエメラルドがあげた口はしに、目を鋭くしてハイヒールを投げつけた。エメラルドは可笑しそうに笑いドラムを打ちつづけた。
悠々と青の鳥達は黒いペンキの空間を飛び交っている。
ライブの終った町外れ、海が見渡せる海岸まで来るとひと気の無い静けさが心を撫でた。
「あたしの父が依頼したんだって?」
「城内に放つらしいわ。躾たあとに手渡さなきゃ。だからそろそろその子達で我慢してあたしの所に来ないで」
「ねえサファイア? あたしの依頼にこたえてくれないじゃない」
真っ青のみの孔雀がほしいと言う依頼だ。
「あなたに資産があればね」
「シビアね! 夢を追うお方に思えない」
エメラルドは浜辺のボートの中でまた眠っていて、ワカメを顔に盛ってやりたくなった。
「天才的なあんたのその青の頭脳をディープブルーの海に埋めてやりたくなるわ。少しはあたしに優しくしてよ」
「いや」
Hikaは仮面の中笑い回転しては、まとめられたブイに座った。仮面の頬を月光が照らす。ギタリストとベーシストの黒いボブ姉妹が二人でハモリ歌い始め、夜風が潮の香りの中に吹いていく。美しい姉妹のはもりは悪い人魚が海底へと人を誘ってくるかのようで、多少のエキゾチックな風雅を持った。
一度、仮面を取ってやろうとした事があった。Hikaの仮面を。眠っていたから。でも、群青のビロードに頬を預け、夜に染まる中を月光に白く照らされ、その時エメラルドに睨まれ手首を取られないでも、結局は外しはしなかっただろう。暗がりの中の仮面は、静かな安らぎに見えたから。
手の焼ける妹のように重い始めたら面倒だから、感情移入しないようにしていた。
サファイアが口笛を吹くと、近くにいた青の鳥達がやってきては肩に停まり、姉妹のハモリに首を傾げ聴き始めた。
静かな夜は過ぎていく。

 煉瓦に依頼され絵画を施す事もしているエメラルドは、その煉瓦の壁に漆喰を塗っているところだった。
大体は、鮮やかな木々の中の青い鳥の壁画が多い。泉もあったり、黒馬や白馬がいることもある。黒いアイラインの目許は色っぽく、その剣呑とした態で描き出されるエメラルドグリーンの世界は美しかった。
灰色の唇から白い歯が覗き、一週間して完成した壁画を見上げた梯子の上のエメラルドは、声に振り返った。今回の依頼主の奥方で、コーヒーを用意して待っていた。
このご夫人のためのダイニングがあり、その壁画を任されたときは愛らしく神秘的な黒髪の女の子を描いていた。林の中の少女は、エメラルドからしたらHikaだったのかもしれない。青の鳥達に囲まれ微笑む黒いワンピースドレスの少女。歌さえ聴こえそうな程繊細な粉雪の頬は薔薇色に染めてやった。エメラルドはHikaを愛している。
コーヒーも飲み干すと、無口なエメラルドに奥方が言った。
「神秘的な黒髪の女の子の絵描いていただいたじゃない?」
「ああ」
「実は、工事の人間が入って、申しわけ無いことになってしまったの」
「………」
心ではすぐに補修すると言おうとしていた。だが、実際は首に視線が行って指輪のはまる手を握って気を紛らわせた。
エメラルドはダイニングに促されるまでは、あの顔に傷が付いていたらどうしようとばかり考えては、頭痛がして来ていた。ここにあのサファイアがいたら、今頃貴婦人の頭は壁に埋まっていた頃だろう。エメラルドは可笑しそうに首を振り扉を潜った。
「何とも無いじゃねえか」
夫人が振り返り、微笑んでテーブルの上の箱を示した。
「嘘をついたわ。ごめんなさい。絵画は大切にしているわ。あなたにこれを渡したかったの」
「ガキみたいなことして」
「そうね」
箱の中はそれなりの高価な代物だった。
「依頼料は旦那から頂いたから」
「あたしからの新しい依頼料」
「旦那でも始末させようと」
「あら、物騒なことを言う。そうでは無いの。夫と浮気をしている女を誘惑してほしいの」
「俺には女がいる」
「分かっているわ。こんなに愛らしい女の子の絵が描けるくらいだもの」
「悪いが断る」
「そう。依頼に応えてくれたら、サファイア嬢からも青い鳥をオーダーさせようと思っていたのに」
「悪いな。他を当ってくれ」
パシャッと音が鳴り、エメラルドは夫人の細い手から絵画を見た。
「………」
彼は夫人の口に手を当て酸素を奪っていた。ブランデーを掛けられた少女の顔は微かに滲みぼやけ、夫人の手からグラスが落ちた。そして割れ、彼女は腕の中で力を失った。
彼は手を離し後じさり、眠ったように横たわる夫人を見た。弱く細い指の力が手に掛けられた感触が残り、横に駆け寄り膝をついた。
「おい」
夫人は生きていて、息をしていた。
抱き上げると部屋を出て、使用人が驚いて気絶した奥様と、ラシーン一族の変わり者の末息子を見上げた。夫人は寝室に運ばれ主治医が来ては、事情を聞いた主治医がエメラルドを帰した。
屋敷を後に歩くエメラルドは、女の子の絵が溶けてしまったことにぼうっとしながら帰って行った。


 サファイアが気のどこかに行っているのかも、通常の状態なのかも分からないエメラルドが緑の庭でブランコに揺られている姿を見つけ、また放っておこうとしたものの、双子としての何らかのシグナルが通じでもしたのか、歩いて行った。
「どうしたのよ」
「Hikaに求婚してえ」
「………」
サファイアは去ろうと回れ右し、それをエメラルドに止められた。
「冗談やめてよ。鳥が食べられるわ」
「かもしれねえが求婚してえ」
「この馬鹿!」
サファイアは呆れ睨んでから腰に手を当てた。
「何があったのよ」
「女恐い」
「また始まった」
彼女は白いベンチに座り、エメラルドの背をしばらくは何も言わずに撫で続けてあげた。
昼、サファイアは連絡を受け、確か先日のエメラルドの依頼者だった夫人の名を食事中のエメラルドに告げた。受話器を渡し、サファイアは席に戻りエメラルドを見た。
「いや。いいですが。気にしてません。謝られても」
淡々とした口調で最後まで続くと、受話器を置いたエメラルドは溜息をついた。
「何か揉め事みたいね。あたしが行ってあげましょうか」
「問題無い」
「嘘ばっかり」
サファイアはパンを食べるとミルクを飲み、グラスを置いた。
「修復に行って来るから、あいつが来たら相手してて。来る約束してんだ」
「あんたの約束はあたしの破滅的要素にしかならないけれど。精神のね!」
「そう言うな」
「エメラルド!」
彼は歩いていき、サファイアは早々に門を締めに砦に向かった。
既にあのHikaが渾身込めて騒ぎ戯れていて、サファイアはがっくりうな垂れ目を閉じた。

 「段々と魅惑の青に惑わされて行くんだわ。今に占領されて浸蝕されるのは心や身体だけじゃない。美しい深い青に呑み込まれて全てが鮮やかな青の世界になるのよ。あたしは神秘の青に抱かれて、そして全てが青になって、そこで初めて笑えるんだ……怖いよ、エメラルド。あたしが終るときが来るんだよ」
エメラルドはHikaの肩を引き寄せ無表情で泣く彼女のこめかみにキスを寄せた。Hikaは表情を作れなかった。笑うのも声だけ。いつでもそうだ。笑おうと努めれば心に棘が刺さるかのようだった。
モルフォ蝶の色合いが美しく埋め尽す城内のこの一室。Hikaの心に初めて色味を与えてくれたのは、恋人の姉サファイアの小鳥達だった。Hikaはその時からサファイアブルーに魅せられ、染め尽くし、浸るようになった。
いつも優しい奴、エメラルドはHikaを大切にしてくれる。
Hikaは青の世界の中で眠りに就く。寂れたハスキー声で口ずさみながらも。


 翌日になると、サファイアが青の小鳥達を城内へと連れて来た。しっかりと決められた場所に帰ってくるよう躾られた小鳥達だ。
「明るく笛のような綺麗な声が特徴よ。誰かが歌えば合わせて囀るでしょうね」
そう主人に説明しながら、サファイアはゲートを開けた。
一斉に青いジュエリーのような小鳥達が飛び立ち、それまでは柱の向こうにいたHikaが子供のようにはしゃぎ出て来た。
「ほら。姫のご登場だわ。満足いただけたかしら」
「凄いじゃないサファイア! なんて綺麗な青よ!」
「あなたが言ってたモルフォ蝶と極めて同じ青よ。孔雀はまだ少し待ってね」
サファイアはHikaからその手を取られぶんぶんまた振り回された。また。
まただ。
サファイアは満足いただけたHikaに現在進行形で振り回されながらも、くらくらと気絶した。
目覚めるとエメラルドがいて、あの黒髪のボブ姉妹もあちらのソファにはいた。
レッドルージュにいつでも黒のアイマスクをはめる姉妹は、セクシーな金の指輪を光らせている。ただ、仮面を外すと一人は涼しげな顔立ちをしていて、一人は華やかな顔立ちをしている。どちらもハンサムな顔の姉妹だった。
Hikaは見当たらずに、聞けば青い小鳥達の調教に勤しんでいるのだろうだ。
「ちょっといいかしら」
この城の奥方が来ると、娘の彼氏であるエメラルドから、サファイアを見た。
「ミセス」
「今回はどうもありがとう。娘もよろこんでおります。身近にあんなにたくさん青い小鳥がいるから」
「良かったわ。喜んでいただけて」
サファイアは嬉しくて笑い、ここまで来た奥方を見上げた。
「あの子、サファイアブルーの孔雀を欲しているようね。こちらが資金はお出しするから、造って上げてほしいの」
サファイアは頷き、奥方は美しく儚げに微笑んだ。
サファイアはHikaの双子の妹が以前はいたことを知らない。その妹の失踪から表情をなくしていた。Hikaといえば、やりたい放題で、イカレバンドのヴォーカルで、不法侵入者で、青の鳥泥棒常習犯の仮面ガール。との面しか知らない。そしていきなり恐ろしい程子供っぽくなる。
片割れを欠く痛みは心を孤独にした。やり場の無い不安と、罪悪感でいっぱいになる。

 エメラルドがHikaの部屋に行くと、早速十羽ほどが既に青の鮮やかな中を飛び交っては囀っている。
「綺麗だな」
「青に青が溶け込むようでしょ。時々鳥達の羽根が白く光沢受けてさ、青い花みたいで綺麗なんだ」
Hikaはエメラルドの横に来て広い室内を見上げた。ドーム型でモスクの内側のような形の室内をしている。深い青のヴェールを引き寄せエメラルドはHikaの身を引き寄せた。このまま青の青にいだかれ包まれて、目を閉じる。
夢を見ると、Hikaは闇の中にいた。銀の仮面。黒ビロードのチュチュスカート衣裳。褪せた金髪だけが風にそよぎ、銀の珠が飛び交う中にいた。どこからか、青い鳥の美声が響いている。長く、どこまでも。
縁取りの華麗なクリスタルミラーが彼女の横には置かれていた。エメラルドは映るHikaが仮面をつけていない事に気付き、首を傾げた。夢の中のHikaは言う。
「妹よ。二年前に行方不明になった時も、あたしの横で慰めてくれたよね」
エメラルドは頷き、もう一度鏡の中の彼女を見た。
始めて会ったのはその時だ。Hikaが海に泳げもしないのに入って行った姿に、溺れる少女に駆けつけてエメラルドが助けた。
夢に中のHikaとエメラルドはどこまでも不安げで、そして透明だった。

 サファイアは金切り声を上げてドアを叩いた。
拉致られた会場で、黒レースの衣裳に黒アゲハのアイマスクを嵌めるHikaは唸るように歌っている。[黒蝶]という歌だ。仮面の黒のルージュは艶やかに微笑んでいる。
 ミステリアス 羽根を翻し 不規則極まりない 風に吹かれて 美し過ぎる女 
 青の羽根は魅惑の色 黒の羽根は住み着く魔物がエロス
 ブロンズの羽根は全ての男女を狂わせる 色艶やか
 陽のある時にしか翔べずにいる
 闇の中 月の出る夜は影に潜むエキゾチスト
 麗美な羽根でゆっくりゆっくり引き寄せる 蜜蜂の針であなたをひるませ
 花に停まり蜜は吸い上げ 美しさを自分の物にして生きていく女
 エキゾチック
 女の心を魅了して 黒蝶のような男 闇の中に消え果て……
姉妹がローテンションの音色で掻き鳴らし、エメラルドの横まで来て膝に座ったHikaとこめかみをつけあい、タンタンと鳴らした。
サファイアは諦めて、音も無く飛び交っている蝙蝠を見上げた。
また衣裳替えに行っている内が逃げ時だ。サファイアは匍匐前進までして会場を後にした。外に出ると、逃げた相手のHika自身がいたから跳び退ってサファイアは令嬢あるまじき姿でもあった。
「おかしい! サファイア!」
「気に入っていただけて何よりだわ」
「逃げるの? サファイアが逃げるならあたしも行こうかなー」
「エメラルドが泣き散らすわよ」
「じゃあ戻ろうよ」
「しまったわ。逃げる予定がその本人から引き戻されるはめに」
Hikaは口笛を吹きながら引っ張って行った。今日Hikaは気分も良さそうだし、サファイアも最後までいてやることにした。仮面の横顔も機嫌よさそうだ。
「Hika。あんた、エメラルドが好き?」
「好きよ。いきなりどうしたの。片割れ取られんの不安か」
「やるよ。あいついい奴だしさ、お城に部屋つくってあげてよ」
「………」
Hikaは立ち止まり、通路でサファイアを見た。
「何?」
Hikaが仮面に手を当てたからサファイアは驚き、外された素顔を見た。
あまりの美しさに言葉を失い戸惑い、そして目を反らせなくなった。
泣きそぼるその目許が、随分昔から流していたものだと感じ取り、濡れた仮面の内側を見下ろしてからHikaを抱き寄せた。色味の無い灰色の汚れた通路の中、彼女の素顔が健気過ぎて。
「青の孔雀、つくってあげるから」
Hikaは何度もサファイアの肩に頷いた。

 サファイアは屋敷の庭にいた。
オウムほどの青い鳥が尾と冠を美しく枝に停まっている。
しばらく壁画の依頼を断っているエメラルドはその木の上の鳥を眺めていた。頭の中の緻密な風景を描くものだからエメラルドにはスケッチブックが無い。
「修復、済んだの」
「ああ」
「良かったじゃない」
「ああ」
あの屋敷の夫人は探偵を雇い、女に手切れ金を渡させ海外に飛ばしたのだそうだ。旦那の泡食った顔が浮かぶと、エメラルドはあきれ返ったのだが。海外が一度でも名を聞いたことのある範囲の海外かも不明なのだが。
エメラルドは東屋を歩く青い鳥を見ては、サファイアはHikaのことを考えていた。どこか魅了してくるあの子のことを。
「あんた等が挙げる挙式には、青の孔雀の尾でドレスを彩りなさいよ。それってとても素敵って思う」
エメラルドが嬉しそうに微笑み、サファイアもニッと綺麗に笑った。

 エメラルドの所に美人ギタリストからいきなり叩き起こすかのような声で連絡があった。
「とっとと起きるんだよこの怠け者の銅鑼息子が!」
「ほとんど当て嵌まらねえじゃねえか……」
お口のお悪いギタリストなので、エメラルドは「眠気を追い出す為にあのベーシストを出せ」と言った。彼女の方は落ち着き払った声をしている。
「Hikaの妹が見つかったらしい」
エメラルドは叩くように跳び起き、その腹部に寝ていたHikaが飛んでいった。
「いったーい!」
Hikaはかんかんに怒ってエメラルドを叩きのめした。
「妹が見つかったらしい」
「………。ガセ? よくあるんだ。勘違いだったりすんだよ。遺産目当てとかさ」
「ギタリストの話だぜ」
「本当?」
二人は屋敷を後にした。バイクに跨り走らせていく。
「このバカ! 庭でバイクに乗るなんて!」
水色の小鳥達を遊ばせているサファイアのヒステリックな声に追いかけられながら去って行った。

 Hikaは落胆が激しかった。頭の上に小鳥の乗せ、そして泣いていた。
ギタリストは肩を抱きながら何も言えずに寄り添っていた。Hikaと同じ顔だと思っていたのだ。発見したベーシストも。確かによく似ていた。だがそれはHikaにだった。だがそれは有り得ない事だ。双子は二卵性双生児で、顔は別人だからだ。それをバンドの人間は知らなかった。エメラルドもそうで、実際Hikaによく似た子を前に大いに喜びにまみれてHikaの肩を引き寄せたのだ。
Hikaだけは涙を悲しそうに流し、再び仮面をつけた。
エメラルドはHikaの部屋にジュースを持って来ると、女達に出した。その時にはHikaは泣き眠っていた。
「可哀想に。相当悲しんでるよこの子」
エメラルドはHikaの横に転がると頷いた。
「写真見た。顔が違ったな」
妹は顔が丸く、ドール顔をしていた。Hikaは繊細な美人顔をしている。
「バンドで歌ってれば今に出て来る筈だって言ってたけど、声はよく似てたらしいよ。歌声は特に。妹も歌が好きだったみたいだからさ」
ハスキーな声なものの、種類を変えると一気に美声になる。
青い鳥を見回し、エメラルドは夢想した。夢で見た鏡の中のHikaの分身を愛らしいドールフェイスにする。自然に、闇は優しげな青へと変わって行った。
目を開ける。それでもまだHikaの青の空間には同じ様に待ち望む青の孔雀の姿は無いまま……。

 サファイアは二十四のバースデーを控えていた。
それでも今砦を出ることの出来ない時期である。大切な新しい青の鳥が卵から孵りそうなのだ。親の雌孔雀は丸い目をして、そわそわするサファイアを見ていた。鮮やかな青の孔雀が産まれれば、Hikaは喜んでくれるだろう。
青くても雌孔雀だったり、色素がとても薄く尾とくると白と黒のまだただったり、空色でも冠が無かったり、それはその孔雀達でとても可愛らしく、その子達を気に入った者達が大切に引き取ってくれた。今も元気だ。
今季は期待が持てた。きっと、鮮やかな青の孔雀が生まれて来てくれるはずだ。
誕生日の宴まであと二時間。そこで、殻が内側から割られ始めた。サファイアは目を輝かせ、見守った。

 「青いわ! とても美しい青よ。真っ青な海のようでね、深みがあるの。あでやかでうっとりしたわ。まだ雄か雌かは不明だし、尾が伸びるまでは期間がいるから何色の尾かは気が抜けないけれど」
興奮したサファイアはそれを告げていた。Hikaは共にうきうきしてはエメラルドの背をバシッと叩いた。この所格闘に目覚めてHikaが恐いので、背が痛い。
髪がエレガントなブラックウェーブになっている色っぽい姉妹は、ベーシストの黒いドーベルマンがエメラルドに噛み付こうとして、気性の激しいサファイアに狂った様に怒鳴られ、小鳥のようにピーと鳴き逃げ走っては宴の参加者である貴族主人に突っ込んで行った。
「思ったより早く夢が叶いそうね。五年は掛かるって思ってた」
「あたしもよ。Hikaだってのっぽになって来てるし」
十八になったHikaは背が確実に高くなり始め、今にエメラルドともよく似合うようになるだろう。確実に大人の顔立ちになっていく。徐々に性格も落ち着き払ってくるだろう。
姉妹はレッドルージュを微笑ませ、エメラルドに言った。
「あんたも幸せだね。美人に囲まれて」
エメラルド自身も男らしさが加わり始めていた。
共に不明になって行くHikaの妹の顔立ちをどんなに想像しても、彼等にも分からない事だった。片割れも変って行くだろう。面影を探す事が手段になる。
宴は鮮やかなサファイアブルーと、エメラルドグリーンの花火が打ちあげられた。夜空を彩り、そして青い鳥たちが黄緑の木々から空を優雅に飛び交う。
Hikaのバンドがコンサートを始め、しまいにはラウドが響き渡りHikaの独壇場になったのだが、いつもの事で。サファイアは楽しそうな彼等の姿を見ることが生甲斐になり始めていた。
サファイアとエメラルドの花火は煌きと共に夜空に瞬き消えて行った。

 孔雀。青の孔雀は気性が激しかった。
エメラルドを蹴りつけてバサバサ羽ばたき威嚇して、そして突付きまわしてくる。林檎や蛇を餌にくれるHikaにはなついていた。だがぼんやりしたエメラルドにはなつかなかった。尾が抜ける時季は尾を振り回し、恐ろしく鋭い目をして鷲のようだ。だがやはりとても可愛い。そして美しかった。
Hikaの孔雀はCDジャケットにもなり、黒い中にHikaが黒の衣裳で立つ横に青の孔雀はいた。
サファイアは羽根を拾っていて、満足気に色を確認しては陶酔していた。青の空間には繊細なこの青の幾何学がミステリアスにマッチし、青の小鳥達も笛のように飛び交っては青の薔薇のようだ。孔雀は羽根を拾っているサファイアにかんかんに怒って蹴りに走り、サファイアは同じ気性なのでさっと避けて餌の蛇を投げて向こうへ走って行かせた。
サファイアはソファーにすわり、写真に気付いてそれを見た。
「例の妹さん?」
「そう。十三の時のやつ。昨日、アルバムから出したんだ」
サファイアはHikaを見てから頷き写真を見た。きっと飾る事もようやくだったんだろう。
「三年前にあんたが描いた子に似てる」
とある屋敷ダイニングの少女の絵だ。
「そうだな」
「絵?」
Hikaが双子を見た。
「見に行くか?」

 Hikaは瞬きを繰り返し絵画を見つづけた。
屋敷の夫人は既に旦那様と離婚し、自分が若い資産家と逃げたという経歴を重ねていたので、疲れた旦那様の方は今独り者だった。しばらくすれば、激しくは無い女性でも見初めるだろう。
「あんた凄い! エメラルド! 髪色違うけど、あたしの妹そっくりだよ!」
Hikaは興奮して今に過呼吸でも起こしそうだった。
褪せた金髪がうねる中を、仮面を取り繊細な顔立ちで隅から隅まで見つめた。青いほどに白いHikaの顔立ちは、涙を流してその壁画に頬を寄せて涙で濡らした。顔料が白の頬に打移り、それでも美しく滲み、その時初めてエメラルドはこの絵が心の中まで完成したんだと感じた。
絵画の緑にいだかれて、Hikaは嬉しそうに目を閉じ涙を流していた。美しい涙を。
絵画の少女の頬は白く溶けHikaの紅い涙として落ち、そして足許に落ちる仮面の頬を赤く濡らした。

 何年経とうとも、Hikaの妹は現れることも、城に戻って来ることも無いままだった。
挙式はHikaが二十五の年齢で挙げられ、エメラルドも頼りある旦那になっている。
サファイアは鳥にご執心なので、折角の男達の誘いも面倒がって美人姉妹にくれてやっていた。
そんなさなか、来たのが一人の青年だった。綺麗で美形な顔立ちをした青年はモデルを海外の静かな街でしているという話で、あまりに美形だったためにサファイアは珍しく砦に彼を招待した。
「まずは青い鳥に愛着持ってもらわなきゃね」
青年は純白の空間の飛び交うサファイアブルーを見上げた。
「感謝しなければなりませんね」
「………」
サファイアは振り返り、青年を見た。
「姉がこの空間を心の拠り所にしていたらしいから。インタビューでそう答えていた」
サファイアは綺麗な目をまん丸にし、青年を見て、気絶した。
「ミスサファイア!」

 Hikaは目をまん丸に妹のはずの彼女だか青年だか彼か女性のカテゴリーでなくなった妹というか弟を見た。
誘拐された後に見世物部屋に入らされ、そこから逃げると女だとすぐに恐い目に会う為に男らしく振る舞いモデル事務所に入り、本気で女性が好きな自分になっていたのだそうだ。ただ体はスレンダーだが女性のままだ。美形な青年は既に人気者のシックなモデルなのだそうで、少女時代のドリーな顔立ちはどこかしらに掠めるのみだった。
「あなた、あなた」
Hikaは崩れた母を支え、確かに妹に違いないから回し蹴りエルボーを食らわせていた。
「何で連絡できなかったのよ。パパもママもどんなに探したか」
「怖かったんです。自分はやはり単独だし、誘拐犯に知られれば、見世物小屋にいた時期のことを世間に公表される。お城を乗っ取ることを脅迫するかもしれない。人知れず男を装って帰って来ることが懸命だと判断し計画を実行に移しました」
「ああ、あたしの子。そんなに苦労をして!」
奥方がよろめき気絶し、主人が支えた。
Hikaは双子の片割れを見て、涙が溢れてしがみついた。
「よかった。よかった帰ってきた!」

 よかったというべきか、静かな中で生きて来た青年には姉達の激烈なキックにもパンチにもエルボーにも耐えられずに、半ばエメラルド共に後悔してはいないかという会話が密に話されることしばしばの間柄に、やはり結局恐い妻を娶った屋敷主人も加わり始めていた。
そんな昼下がりは、激しい気性の孔雀の弟も気が弱く育ち鮮やかな緑の庭を彩りよたよたと歩いているのであった。

サファイアとエメラルド~青の鳥~

サファイアとエメラルド~青の鳥~

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-04-04

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