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★room 2002,08

「はい、ストップ。じゃあ運び込んで!」
あたし達は友人キーマーに借りたフィルクスワーゲンワゴンに荷物を運び込んだ。あまり多いわけじゃないけど一人分にしては周りから言わせると三倍ある。父親はへとへとになりながら呆れて笑った。
母親がボトルに紅茶と、バケットにスコーンを入れてくれて荷積みが終ったあたしに手渡した。同じ物を手伝ってくれたみんなにも出す。
「じゃあアゲハ。連絡よこすのよ」
姉さんは植木鉢をくれた。花は好きなのよ。
「サンキュ!」
キーマーがハンドルを握って皆に手を振って車を走らせた。
「アパートメントっていい部屋?」
後部座席のカルザンが荷物の間からあたしに言い、チョコレートをキーマーにあげた。
「結構使い勝手良さそうだったぜ? 黄土で出来てて形も低い蟻塚を並べたみたいな」
「へー!エキゾチックっていうかエスニックね!」
「憧れるぜ。ああいうアパートメント」
「あんたはワゴンでの野宿生活に満足してるんじゃなかった?」
「ああ。テント張って星見てな」
土で出来たアパートメントが見えて来た。管理人の男が立っていた。フェルト帽子を目深く被って仏頂面の男だ。
「いらっしゃい」
それだけ言ってすっと玄関に促した。陰みたいに音無く歩いて、羊毛の上着で後ろ手に持つ鍵だけ光ってる。あたしはおぼろげに見ていた。
「洞窟みたいで情緒あるわ。素敵!」
どこか規律ある並び方でもあった。
部屋前で鍵を渡して、もとの猫背をもっと丸めて階段を降りて行った。
「さっきの管理人か?」
ガチャ
いきなり後方でドアが開いた。
「こらピート、待ちなさい!」
「キャハハハ!おいでマントル!」
男の子と大型犬が出て来てあたしたち三人を取り巻いた。
「ピート君?こんにちは。今日からこの部屋に来たアゲハ・クライドよ」
「キャハハ!よろしく!この子マントル。ママはマーザルっていうんだ」
キーマーがピートを抱き上げた。夫人が慌てて顔を出す。
「まあ。こんにちは」
「あら。先日はどうも。こちらの部屋の方だったのね」
見学に来た時毎にふらついてガーデニングしている彼女を見て挨拶していた。
「何か分からない事あれば聞いてね」
ドンッガタンッ
「何」
隣りのドアを見た。夫人が腰に手を当てる。
「いつもの夫婦喧嘩よ。新婚なのにねえ」
「なんて事するのよ!こっちはあたしの所だって決まってるでしょ?!」
「だからお前の所に戻したんだろ」
「あら、本当。ありがとうダーリン!」
仲いいじゃない。
「いつもああよ。ふふ。旦那さん働き屋で善い人でね」
カルザンがチョコを食べていたら足許を見て短くさけんだ。
「おかしいなあ。蛇の奴どこにいったんだろう」
向うのドアから青年が顔を出した。
「ミシェルくん。蛇のカーラちゃんなら通路よ」
「本当だ。驚かせたな。あんた等今日から3人でこの部屋に?」
「あたしだけ。二人に引っ越し手伝ってもらって。今日から宜しく」
「よろしくな。よかったら俺も手伝うぜ。多い方がいいだろう」
ミシェルはドアを叩いて回って男手を揃えてくれた。そのおかげで20分で済んだ。
「みんなありがとう。スコーン、母が作ったんだけど食べて」
みんないい人たちだわ。
「管理人変わってったな」
「ああ。少しよ」
「ま。大分?」
「ハハ!でも悪い人じゃ無いって。留守中ペットも世話してくれるんだ」
「親切ね」
「ああ」
その日からあたしは新しい部屋で住み始めた。窓から青空を眺めていた。緑が揺れていて心地良い。
バタンッ
いきなり隣りの新婚妻ロイラーが来て冷蔵庫からアイスを出しあたしに訴えかけ泣き出した。
「どうしたのよ」
「夫のケルライったらまたあたしの下着ベランダに干したのよ!下の階が大学生で盗まれたくないからやめてっていってるのに!」
「ニャーッ」
「ワンワンワンッ」
続けざまにサテラさんの猫があたしにしがみついて犬が吠えて、すぐ89歳のサテラさんが顔を出した。元気で穏やかな未亡人だ。
「見て。この枕カバー作ったんだけど可愛いでしょ?この子達のよ」
「素敵ね」
「そのカバーもいいけど夫のカバーよ!もう嫌になっちゃう!」
ドアから出ていくと入れ替わりにマーザル夫人と夫ターキーさんがぶつかった。怒ったロイラーはドアを閉めターキーさんが溜め息をついた。ここの男達は誰もが屈強が大男だ。
「ピート見なかったかい?またどこかに行って」
いきなりテーブルクロス下から顔を出しターキーさんが慌てて抱き上げると手に蛇カーラを掴んでいた。背後ドアで叫び声。上に住む軍人出のニューハーフのケリーさんだ。ピートが笑い転げていた。
「もう、驚いたわあ。ねえアゲハちゃん。この病院ってあなたの街よね。先生いい男かしらあ?」
よくみると胸がある。
「整形はしないから分からないけど、内科のトリル先生は優しくてちょっとした悩みも聞いてくれるわ」
「まあ本当?!」
ケリーはどたばた内股で戻って行きミシェルが立ち代りで焦ってやって来た。
「あー無事だったかカーラ。前なんか泣きながらケリーに振り回されちゃって」
「ニャーッ」
猫と蛇が威嚇しあっていて主人の二人は事なかれ主義な性格でにこにこしていた。
「何この臭い!」
あたしは鼻を抓んだ。
「あー。また下の階のクートルが料理を」
「こっちゃー。クッキー焼いたから食べちゃって」
クートルはヒッピーの子だ。ストレートを靡かせて臭いのする黄色い何かと飲み物を持ってきた。巨大なピンクの虫目サングラスで笑ってくる。皆そそくさと退室してそこには臭いとあたしと微妙に頭を傾げた笑顔のクートル。
「頂くわ」
ブフッ
「うん。おいしい……」
「よかった!また持って来るわね」
しまった……!
嵐の様に去って行き上の階のキールが来た。セールスマンだ。
「最近不妊でお悩みなんじゃない?男がおもう様にならないわ!と、そんな時」
「い、り、ま、せ、ん」
「ハハ!」
「昨日見るからに彼氏強かったな」
キーマーは彼氏でカルザンは幼馴染みの女の子だ。
「ね。それより穴場のデートスポット無い?」
「それならカーザス通りかしらねえ」
苺を頬張りながら上の階のメアリーがボンベイと入って来た。二人はディープキッスした。
「今度行ってみるわ」
「ただいまー」
大きな声で下の階のカンパリーナがお土産のアフリカンお面を十個も手渡してきた。後ろからクレームドが花の栄養剤を部屋にばら撒き始めた。
「ちょっとちょっと!」
突然誰かの買っている鳥達が入って来て羽根を撒き散らして行った。
「あ!マントル!」
あたしの残したクートルのクッキーを食べ散らかして隣りのロイラーがヒステリックにあたしの首をがくがく振って意味不明の怒鳴りをあげマントルと部屋を回りだすと上のジャックが大音量の声で歌いながら笑いまくし立ててきて下の隅部屋のリキュールアと狐があたしのベッドに糞をした。
「あーもー皆落ち着いて!」

翌日、キーマーが部屋に来た。
苛立つあたしを宥めて仕事で早めに帰ってしまった。
気晴らしに部屋を出ると1階のポリ-が大声で話して来て背後をロイラーに追いかけられるケルライがぶつかって来て……もう我慢出来ない。
地下にある管理人室に行く。暗がりの階段を下り歩いて行った。ヒソヒソ声がして耳を当てるとここの十人達。何かしら。一体何なの。聞き取れなくてあたしは引き下がった。
アパートメントを取り巻く花壇をベランダから見つめる。
そこで住人が他のアパートメントの住人と大喧嘩をしていた。もう声を掛ける気にもなれなかった。
甘いものでも食べて落ち着こう。残ったスコーンにハニーを乗せて食べる。姉さんにもらった花に水を上げた。
今日も勘弁して欲しいほどの人が詰め掛けていろいろな物をあたしに暮れながら去って行くと部屋は土産物だらけになっていた。もらった民族物のミラーを弄んでいたら眠っていたみたい。
「誰?花壇をめちゃくちゃにしたのは!!」
マーザル夫人の怒鳴り声で目が醒めてベランダに出る。
「あら……」
誰もいない。首を傾げて振り向くと蜜蜂がスコーンのハニーに停まって出て行った。またクートルが入って来て不味い料理を持って来るから適当にあしらっておく。
外に出ると男たちが何かしていた。新しい壁でも作るみたい。
「お疲れ様」
「やあ」
「新しい壁?」
「このアパートメント、古いからね。よく補強するのさ」
「へえ……。だから格安だったんだ。でも、あたしの部屋はすごくいい部屋だわ」
「このセンターの部屋は昔の住人の男が買い取って3部屋分壁を突き抜けにしたからね」
道理で広い。長く住んでいたはずで使い勝手がいいわけだ。
ロイラーの部屋から赤ん坊の声。
「いたの?赤ちゃん」
「ああ見えて五つ子。最近までおふくろさんが預かってたんだ」
「なるほど」
「どうした?顔色悪いぞ。このドリンク飲むといい。精がつくよ」
「ふふ。ありがとう」
部屋に戻ってあたしは落ち着いてからドリンクを開けて夕食準備に入る。
いきなりまたドアが開いてーー……、?!!
ザッ
いつもの様に入って来る皆の背中に何か昆虫の羽根が……。
目をこすると戻っていた。疲れてるわ。あたし。
みんなに引き下がってもらってベッドに転がる。今日も住人が下で他のアパートの住人と植木がはみ出てるとか、犬が迷い込んで来たとか、口争いしてる。耳栓をして眠りに着く。

朝になると事件が起きていた。
「リキュールア……」
彼はアパートメントの外で鋭利な刃物に刺されていた。
「一体……誰が?!」
そこに他のアパートメントの黒い肌の大男が来て、みんなが一斉にそこまで走っていく。クートルに引っ張られてあたしはアパートメントに入って避難した。男達は強い男を取り押さえている。
「きっとあいつが犯人なのね」
しばらしくて男たちが帰って来た。
「どうなったの?」
「ああ……。警察に引き渡した」
怖いな。諍いで事件が起きて。あたしは部屋に戻ったけど、朝食は摂る気になれなかった。
でも何か食べないと。ここの人にもらったサプリメントを口に放り込んで外に出たい。
みんな部屋に押しかけてきて、出る事は出来なかった。去っても入れ替わり立ち代り来ては来る。
この部屋、一番広いから憩いの場になってるみたい。
ひょこっとピートが声と共に顔を……
「?!!」
あたしは気絶寸前に声を引っ込めた。後から後から男たちが……、オス達が詰め掛けて来ては奪って行く。あたしという、メスを……何?何これ!
引っ切り無しにあたしは人の大きさの蜜蜂に交尾されていく。床に転がったサプリメントと、あちらの栄養ドリンクの銘柄は……。

目を覚ますと、そこは何も変わらない部屋だった。夢だったのね。おかしな夢。
あたしは壁にもたれて座った。またドアを叩く音。クートルの声。
「今日は何作ったの」
珍しく甘い香り。ドアをつられて開けた。
「ーーきゃああああっ!!」
夢じゃ無かったの?笑っているクートルの体が、蜜蜂。
ドアを驚きのあまり閉め掛けたらまたみんながいつもの様に何かを手にしてあたしにおすそ分けして……
あたしは皆を追い出してベッドに飛び込み目に入ったミラーを苛立ちで投げつけ様と手にして、唖然とした。
女王蜂--……。
ドンドンドンッ
「お食事の時間です!!」
「お開け下さい!!!」
そんな、……まさか!
あたしは長い『羽根』をばたつかせ六角形の窓から飛び出した……
視野端のビンの名前……ローヤルゼリー。
あたしはふらふら飛んで花に停まる。
蜜を吸い上げ、巨大な目で見回した……向うにスズメバチがいる。花畑に来なく飛んで行く。

『アパートメントから住人の女性がベランダより飛び降りたと……』
ラジオは花壇で花に水をやるマーザル夫人の耳をかすめた。
「ふふ。仕方ないわね」
あの部屋……。昔一人の研究者がとある薬品を気化させ新種の物にし壁に染み込んでいた。そして幻覚を引き起こさせたのだった。
このアパートメントの住人たちは本当は何者なのか?彼女には蜂に見えたらしく。
メンタルクリニックから一斉に逃げ出した彼等は今日もこのアパートメントで新しい女王を待ちわびる。その次の彼女はここが刑務所に見えるか、自己を蜘蛛の巣にかかった蛾に見えるか、それとも他の何かにみえるかは分からない。

今日もスズメバチから巣を守り、ローヤルゼリーを作り、時期女王を生むか、兵隊にし、プロポリスで巣を広げ、花畑で蜜を採りながらしあわせに彼等は暮す。
美しい花畑に囲まれて。

今日も管理人の元に一人の女が来た。
「いらっしゃい」

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  • 小説
  • 短編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-04-04

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