金糸雀
森の奥の暗いお城、一番高い塔の上
そこに美しい姫がおりました
姫が愛でるは1羽の金糸雀
いつも美しい声で囀りました
国一番の麗しき姫と、国一番の麗しき歌声の金糸雀
ふたり幸せに暮す森の奥
籠の中で金糸雀は謡い
籠を抱いて姫は微笑む
お城の高い塔の中、ふたりは無二の友人だった
「金糸雀の歌は心を癒す」
姫は金糸雀の歌を愛したが、歌を愛しただけだった
金糸雀がいくら愛を歌えども、金糸雀の愛は届かない
恋焦がれる心も、悲哀の涙も、どんな想いを告げるにも、
金糸雀には歌う術しかなかった
だから歌う 金糸雀は歌う 燃える心が伝わるまで
あるとき姫は恋をした
隣国の王子に恋をした
そして金糸雀は「道具」になった
王子と逢う日の姫の腕には鳥かごが抱かれ
姫の瞳は金糸雀を見ていなかった
「好い声で鳴くのよ」と彼女は笑う
それにつられて王子も笑う
会話する2人、想いを交わす2人
金糸雀の歌では叶わない
幸せそうな2人の心に
金糸雀の歌は届かない
嫉妬の歌を叫んでも その音の美しさに2人は笑う
金糸雀の愛は届かない
「人になりたい」と金糸雀は願った
「人になりたい」と金糸雀は歌った
言葉を交わしたい、想いを伝え、笑いあいたいと
歌い続け、願い続け、そしてある晩、女神が現れた。
「彼女が愛したその声を、貴方の美しいその歌声を、
手放す勇気があるのなら、貴方の願いを叶えましょう」
「構わない。歌では彼女に届かない。こんな歌声なぞ要らない」
「良いでしょう。では、次の日没まで。日が沈めば、あなたは元の金糸雀に戻ります」
「それでいい。彼女の心が再び僕の元へ戻ってきてくれるなら、それでいい」
光と共に、翼は腕に、羽は黄金の髪となり、金糸雀は人の姿となった
安らかに眠る姫の枕辺、金糸雀はそっと姫に触れる
王子が彼女にするように。
月も隠れる夜明けの頃、目覚めた姫は驚いた
籠の金糸雀が消え、見知らぬ男がそこには居た
「貴方は誰?」と姫は怯える
「貴女の金糸雀です」と男は答える
「貴女に恋焦がれ、この姿となったのです」と
森の奥の暗いお城、一番高い塔の上
あけぼのもまだ遠い頃
塔の上には、男が一人、少女が一人
2人は言葉を交わし、思いを交わし、
一夜に奇跡が起きたことを知った。
「貴女を愛しているのです」
男は、多くの人間がそうするように、彼女の細く柔らかな手にくちづけた。
夜が明けて、男は歓喜に溺れる中、身を潜めた。
その一方で、姫の心は揺れ続けた。
「貴女を愛しているのです」
そう彼は告げ、そして王子には逢うなと、強く懇願した。
「貴女がそれでも彼を選ぶのならば、僕には耐えられない」と
突如現れた見知らぬ男。声も名前も知らない男。
だけど、あの熱く燃える眼差しだけは、確かに見覚えがあった。
騙されているのか、夢を見ているのか、不確かなまま
金糸雀は知っていた
今日この日、鐘の鳴る昼すぎ、再び王子がくることを
そして、自分の歌を求めることも
その時彼女が、誰を選ぶのかも
姫は知っていた
己の恋心は王子へ捧げるべきであると
日が昇れば、心が踊る
あの男に頼まれようと、その想いは変わらなかった
姫は塔から逃げ出した
籠の鳥が飛び立つように、少女はドレスを翻し、
愛を求めて逃げ出した
「貴女はそれでも、あの男を選ぶのですか」
昼間の鐘が無情に響く
塔に残された一人の男
彼が握るは、白銀の刃
「姫の愛を奪う者は許さない」
王子の来訪、姫の心が踊るとき
その刹那、影より出づるは、黄金の髪、白銀の刃
銀は翻り、弧を描いて、紅い飛沫に染まる
「これが私の歌だ!」
男が叫ぶ足元には、無残に転がる王子の右腕
「ずっと貴方が羨ましかった!妬ましかった!憎らしかった!」
「お前の右腕の痛みは、私の心を失った痛みだ!」
兵達のどよめきと、王子の怒号、男の壊れた笑い、そして、姫の叫び声。
「おまえ、なんてことを!」
絶望に染まる彼女の声で、男は我に返った
「斬られてしまった!彼の腕が!見ず知らずの男が、金糸雀を騙る男が、私の王子を傷つけてしまった!」
瞳に浮かぶは真珠の涙と、怒りと憎しみの色
それが、屈強な兵に捉え連れ去られる中、金糸雀が最後に見たものだった。
城中に響いた怒号が消えて、日も傾く頃。
城深くの監獄に、男は居た。
姫の愛は得られなかったが、媛の愛を奪った男に復讐することはできた。
それが、彼を大いに満足させた。
魔法が解けるまで、あと幾ばくもない。
彼が残り僅かな人の姿の感覚を惜む中、聞き慣れた少女の声が響く
「私の本物の金糸雀はどこ?!金糸雀を探して!あの子を返して!」
いつしか、消えた金糸雀を求めて、姫は国をあげて探していた
「どこへいったの、帰ってきておくれ」
姫は、朝から晩まで泣き続けた。
怪しい男に騙されて、愛する人を傷つけられて。
可愛がっていた金糸雀の身が無事なのか、それだけが不安だった、
「おねがい、無事でいて。また声を聴かせておくれ」
瞬間、金糸雀は、彼女に金糸雀としての自分が求められていたことを悟った。
人の姿を借りても、言葉を介しても、彼女への想いは届かない
歌声だけが彼女に届くのだと知った。
日が沈み、奇跡が終わり、翼を得た金糸雀は、
人の姿となり人の言葉で彼女に愛を伝えるよりも、金糸雀として歌を歌いつづけることを選んだ。
「彼女は僕を求めている。僕の歌を求めている」
鳥の姿に戻った彼の胸元には、真っ赤な羽が一枚、残りました
それは彼が浴びた王子の血潮、そして、彼自身の燃えるような姫への思いが、宿り染まったものでした。
塔に戻った金糸雀を、姫と王子は喜びました。
籠の中で、姫と王子の寵愛の元、美しい歌を、姫への変わらぬ愛の歌を、歌い続けたそうな
金糸雀
ひよこアイコンの男性が、姫と呼ばれる女性に求愛していた様子を見て思いついたもの