吸蜜
原作は妹の呟きです
春。ツツジの花が、その木を覆わんばかりにぎっしりと咲く頃。そんなとき、私は幼い日の出来事を思い出す。
子供の頃、私の周りでは、学校に咲いていたツツジの花を摘んではその蜜をおやつ代わりに味わうのが、放課後の小さな楽しみとされていた。そんなある時、
「ツツジの木に咲く花の中には、たった一輪だけ、猛毒の蜜を持つ花があるらしい。それを見分けることはできず、口にして初めて知ることができるが、そのまま死んでしまう」
という噂が流行った。それより後は、放課後に校庭のツツジに群がる生徒は徐々に減ってゆき、子供たちの興味は別な方へと移っていった。青々とした葉の茂る夏が近づくにつれ、いつしかツツジの花も枯れてしまった。
あの頃の子供たちは、そんな昔の遊びのことなど今ではほとんど忘れてしまっているだろう。しかし、私には忘れることなどできなかった。
春の夕暮れ時、子供たちの居ないツツジの木の前で、私は独り花の蜜を吸う。この美しい花を毟りとり、足元に散らすのは私の指だけなのだ。
——『ツツジの木に咲く花の中には、たった一輪だけ、猛毒の蜜を持つ花があるらしい。』——
このみっしりと咲く美しい花の中の、幾千分の一の確率で死ぬことが出来たなら、それほど甘美な死に様は無いであろう。真っ赤に色づいた毒林檎を齧り死んでしまった姫のように、あどけない少女たちの遺体は、くちづけし散らした花びらの上に横たわる。花に潜む魔女の仕業とも知らぬまま、その青白い頬を春の風に晒し、王子の助けが来るのを待っているのだ。
「おねえちゃん、何してるの?」
幼い声に驚き背後を見れば、愛らしい少女の姿があった。
(ああ、この子にはツツジがよく似合う。)
そう思い私は、彼女にこっそり耳打ちした。
「ツツジの花の蜜を吸うとね、ーー」
吸蜜