菊まつり
妹に「食用菊と美少年で何か一つ書いてくれ」と言われたので
陽光の中に木枯らしが吹き込む季節。二人の青年の目前には、古びた城門が現れた。門の先にはわずかだが人だかりができている。
「あれは?」
「菊まつりのようだな」
「そうか、もうそんな時期か」
「寄っていくか?」
「いや、いい。菊はあまり好きではないんだ」
「何故?綺麗じゃないか」
「ありゃあ仏壇に備える花だよ。ましてやその上に人形の生首を据えるだなんて、不気味な事この上ないじゃないか」
「俺は好きだがな。どうせ時間もある、少し寄ってみよう」
背が高いほうの青年が、もう一人の軍衣の袖を引きつつ歩みを早めた。
祭りの名を掲げているというのに城内は閑散として、ところ狭しと並べられた菊の鉢植えの間を、二、三人ばかりがあてもなさげに歩きまわるばかりだった。
秋晴れの空を滑る鳶の声が頭上に響く。玉砂利を踏む二人分の足音を吸ってか、花はその白い花弁の隙間に陰鬱な影を抱き込んでいた。
「ほう、綺麗なもんじゃないか」
「……やはり不気味だ」
色白な方の青年が、軍帽の下で形の良い眉を顰めながら呟いた。
「そう怯えることもあるまい」青年は含み笑いを込めつつ続ける。「知っとるか?北国のほうではこの菊を食べるそうだ」
「食べる?茎や葉をか?」
「いや、花をだ。花びらを食べるんだそうだ。こうして——」
と言うなり、彼は懐から小刀を取り出すと、良く手入れされた紫の厚物の一輪を造作も無く摘み取った。
「おい!貴様——」
「——毟って、湯掻いて食べるそうだ」
注意する間もなく、白手袋の指先を密生する花弁の山に埋めたかと思うと、ぶつっ、という鈍い音と共にその手は花から離れ、ふわりとこめかみほどの高さに掲げられた。呆気にとられて見つめていると、その指先から花びらがゆっくりとこぼれ落ちていった。白い布地の上に残る紫の細い花弁が、花の儚さそのものを表すようであった。
「どうだ」
「……綺麗なものだな。散らした菊というのも悪くない」
「菊も良いものだろう」
「ああ」
「どんな花でも、散り際が最も美しいのだよ。歌でもそう云うだろう。いまのおれたちと同じだ」
「そうかもしれんな」
青年はそう語りつつ手慰みに花びらを毟り続け、気づけば緑の萼だけが残った。それを草むらに放ると、足元に散らされた紫の絨毯に一瞥した。
「菊を散らすといえば、貴様はまだだったか」
「は?」
「貴様の念友に良く言っておけ、散らして美しい花もあるが、散らさずにおくほうが美しい花もある、とな。貴様は後者の花だ。悪戯に契を結んだりなぞするなよ」
菊まつり
陸軍幼年学校の本を読んだ後だったので、その影響が如実に出ています