how the jellyfish jumped up the mountain!?

足下に蔓延る朝顔の茎が、その頂点にすらりとした藍色の花弁を開いていた。私はそれを踏まないように大股で歩いたりした。

木菟が、頭上の辺りで咽び鳴いた。

私は護国山に夕刻から入り、夜中には天辺に着きたかった。
其処まで自分の足を向けさせた理由は、この時期ときたまに現れる病的に美しい月のせいであった。
今はもう夜だ。漆で黒く塗り潰したように木々は怪しく光り、苔の生した地面から盛りあがる根に、手の平ほどの蛾が鱗粉を吹いた羽根をゆったり仰いで休んでいる。闇の中でもそれはよく見えた。

山を覆う漆黒の木々の隙間から、朱色をした満月がみえた。それは井守の腹のような色をしていた。月は私の向かう方へくっ付いてきた。私もそれから離れぬように天辺を目指して歩いた。

私は茶を入れた水筒と白檀の香りがする蠟燭を袋に入れて背負っている。袋が揺れるたびかちゃかちゃ鳴り、仄かに好い匂いがした。

黙ってしばらく歩くと道は二手に岐れた。左手には細い藪道、右手は拓けて奥の方に羊歯が茂る土俵ほどの池があった。

「一先ず休むとするか。」

岐路の狭間に斜に伐られた大岩があったので腰掛けてみたら、いつの時代か誰かがここで池を眺める為に伐った岩のように思える。

茶を飲んで其処ら辺に生えていた羊歯を囓っていると、半透明の生き物が池から飛び跳ねた。そして朱い月明かりを体に染み込ませてまた水面に落ちていった。時はいっそ停まりそうなほどゆっくり流れた。
私は池の袂に寄り生き物を目で追った。さっき跳ねたのは、池底に漂う海月であることがわかった。海月は夥しくいた。梅干のように皺苦茶の核心が、半透明の傘の真中に浮いている。

「へえ。海月だね。海月は池にでも居るのかね。私はまた海月は海に居るものだと思って居たがね。」と池に向かって呟くと、

「海月ほど場所に無頓着なやつは無いって云いますぜ。銀南風(ぎんばえ)なんかより強いんだって云うやつも居ますからねぇ。」

と話しかけてきたのは海月だった。海月が話すと水泡がぽこぽこ音を立てて弾けた。

「今晩の月は見事でしょう。まるで日の丸みたいに燃える色だ。こんな時にはあっしらは山を登るんでさぁ。」

「へえそうなのか。ちょうど私も同じ理由で天辺を目指してたよ。一緒に行くかい。」

すると海月は喇叭のような鳴き声をあげて、続々池から上がってきた。それから大岩を横切り細い藪道の方へ吸い込まれていった。
海月達は月明かりを浴びて朱染の着物帯のような列をつくり、山を跳ねあがった。私は列に追随し天辺を目指して歩くことにした。

「なんで海月が山を登るんだい。」

海月達は私の投げかけには応えず、縮んだり膨れたりしながら山を登っていった。

「なかなか暗いだろう。道筋が見えるかい。蠟燭を持って居るんだが、灯すと白檀の香がするんだ。灯そうか。」

けれどそれにも海月達は何も言わずに山を登って行くから、私は蠟燭に火をつけて右手に持つと長い息を一つ吐き、それからは黙って天辺を目指した。私の耳には蠟が焼けるジジジという音と海月達の跳ねる奇妙な音が五月雨式に流れ入った。

陥没した面が黒く真鱈になっていて、空に浮かぶ月はますます井守の腹のような色をしていた。山の内が、なんとなくざわつきはじめた。

「君たちは自分の名前をおかしいと思わないのかね。」と私は自分の吐いた息に問うと「何故でしょう。」と一匹の海月が訊き返した。

「何故って、だって海月は海に月と書くじゃないか。君たちが住むのは池だろう。」

すると列の末尾で跳ねてた海月が喇叭のような鳴き声を出し「それがそうでもないんで。あっしらは山海月の方ですから。また違うんです。海月は水が無いと死ぬとお思いでしょうが、あっしらは羊歯の繁みや岩陰が好みなんでさぁ。」そう云うと今日一番に縮こまってみせた。

「へえそうなのか。いや山海月は菜物だと思ってたよ。」と私は手を頭へ当てた。海月は喇叭のような鳴き声を上げまた膨らんで跳ねた。私もまたそのあとを黙って付いて行った。

暫くして道は丘へと出た。それも漆黒の木々を抜けると忽如として禿げ上がった丘へと出たのである。

月明かりが一面に漲る朱泥の丘は、まるで泥酔した坊主頭の上に乗って居るような錯覚を起こさせた。天井には井守の腹のような色をした月が浮かんでいて、周りに真鍮釘を打ち付けたような星が散らばって光っていた。

「あっしらはこれからあの月を目指しますが、乗りますか。」

「何処に乗るんだい。」

「あっしらにです。あの月まであっしらに乗って行きますかい。」

「好いのかい、本当に。」

「勿論でさぁ。」

私はそう言った海月が膨れるとそれに腰掛けた。肌ざわりが煮凝りに思えた。潰してしまうのではないかと不安な心持だったが、海月はそんな私の気持ちを察してか「何の心配も必要はないでさぁ。」と云った。

それから私は海月に乗って井守の腹のような色をした月を目指した。海月の列は波を打って夜空を進んだ。次第に病的に美しい月は朱泥の塗り壁にみえる程近くなった。
手を伸ばしたら、それはもうすぐ届きそうな場所にあった。

how the jellyfish jumped up the mountain!?

how the jellyfish jumped up the mountain!?

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-04-03

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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