practice(75)



七十五







 フィリップ・マーロウの靴下というその片っぽをワゴンの上にそっと置いて,小型ラジオのつまみを回した。息止め競争をやっと終えられたというように,ノイズを十分に聞かせた初期状態は数字に合わせて曲紹介をするお姉さんを呼び出したり,説明を途中から始めていたコメンテーターから,気持ちが通った明るい声で解消された交通状況を伝える誰かを登場させる。デジタル表示の数字の並びは点滅を繰り返している。木製の頭をコンコンとすれば,それに合わせて消えそうにもなる,遅れた数秒は心掛けるドライブマナーとももに丁寧に告げられた。コマーシャルは,その流れで始まるはずであったのにそれを聞けることがなく,下部構造ばかりの飛行物体がノイズと一緒に大きく通過した。影も形もあったものでなく,開けた天気が一層高く眩しく移動していた。燻らせる明かりがないから,鯨みたいな雲に任せた。
 戻って来た,という感じも感じさせずに,終わっていなかったスポンサーCMに勧められた巻き戻し仕様のコンパクトサイズ。次のタイヤ交換。最後に水,という順番。ジングルを過ぎたらヒットチャートを一つ一つと減らして,紹介していく曲とお尻から凭れていた助手席のドア板から離れて,後ろのタイヤの左を踏んで,右に回り込むのを怠けて,後部座席のところにくっ付いた。人型の心と,イヤホンが半分は巻かれた黒の機体。発売当初からそれを示す特徴として,施されたロゴのシルバーは一文字削れて,そこだけ新しい。両の手の平で持たれて,押された再生ボタンはカチッといって起き上がる。停止ボタンの仕事はあまり無い。再生回数として三本の指で表す数字に,頷き一つで応じるのだった。
「円周率は思い出した?」
 3.14,と流れ始めて,覚えていたところもあっという間に過ぎ去って,並んでいく数字に着陸音まで聞こえる。そこに引かれていく跡も見えるようで,高い高い,かたちが旋回しないで新たに進む。ちょうど雲も見当たらなくて,小さいラジオの小さいノイズと,知らない曲の知っている逸話に意識を向けながら,ポケットを探り飴を見つけて,含む。 昔は苦手だった味。最後まで噛まないようにはするけれど,空いたところに紙は仕舞う。
 数字は乗る。先の先まで知るのなら,タイムテーブルを記したものに即席の日陰を作ってもらって,心地よいボリュームを知る。別の靴下の片方を乾かしたのなら,また少し風に吹かれて,借りていたものをまた借りに行く。揃っていなくてもいいのだから,イヤホンの残りをきちんと巻いて,ラインナップの味も占める。次のところは,また低いところから始まるから。
 手に取ったところ。木製のラジオの,また小さなノイズはジャンクションのように噛んで消えた。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-04-03

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