新航路
雨の降りはじめる前、およそ三十分の散歩を強行。
梅ほころぶ坂をゆく。
風が潮のようだ。風が潮なら、笹は海藻か。笹の葉の重なる音が風を耳へ焼く。
ちいさな狭い踏切の、こちらとあちらで世界は変わる。
あちらは木の立ち枯れた月面基地。
あちらへゆけばあちらがこちらへ変わる。
あちらからのあちらは蟻の巣穴。
間を縫う線路を走るのは黒い貨物、積むのはきっと密輸の人魚。
ごとんごとんとゆられて、人魚はめまいをおこしている。
北か南かと問われれば、ここは北の方だけれど、月面基地を右手にゆくこの道は、はるか南の島で歩いたことのあるような、
ぼうぼうとした背の高い草の中。
ゆき止まりを迂回し、架空羅針盤に従い、南へ舵をとる。
見知らぬ番地で飴のひとつぶ。
これは潮がはるかかなたの雲からちぎった飴だろう。
海藻の栄養となる。
眼鏡へまるいひとつぶ。
飴が世界を埋める前に、踏切を越える道を探さなければ帰られない。
踏切でわかれたあちらとこちら。
かつてこちらだったあちらへ。
蟻の巣穴へ。
あともどりして、同じ踏切を通るだなんてつまらない。
先へ先へ。新たな航路を見つける。
靴のすべる砂利坂の、まがりくねった小道の果てに、人魚の涙の転がる踏切。
竹やぶの奥に蟻の巣穴。南を信じてすすむ。
複雑な巣穴をくぐりぬければ、梅ほころぶ坂だった。
そして、雨がぼろぼろと落ちはじめた。
新航路