とある夏の日
「ヨシュアー!見て見てGカップ!」
ちらりと右側を見やる。
首から下が砂で覆われ、胸の辺りが変に盛り上がっている。
「……何やってんのよ」
呆れた。
二十五にもなって、コイツは何をしているんだ。思春期の高校生じゃあるまいし。
「何って、ホラ、お前の好きな曲にこういう歌詞あったじゃん」
「実際に目にしたらものすごい残念だって身に染みたわ」
「あー。ヨシュアはどう頑張ってもAカッ……って待て待て!砂を掬うな!」
「うるさいセクハラ魔。身動きできない今こそ成敗してくれよう」
「たっ、たんま!ごめんなさい俺が悪かったです!」
唯一自由になる頭をぶんぶん振り乱して懇願する様に、なんだかどうでも良くなった。
両手で掬った砂を浜の一部に戻す。
「ひとつ要求。何回も言ってるけどヨシュアって呼ぶな。あたしの名前は佳泰。『よしや』よ?もう一回ヨシュアって呼んだら……」
無言で手元の砂を掬う。
「わかった!わかりました!だから砂をどけて!あと、ここから出して!」
呆れた。
自分で埋まったくせに、自分で出られないなんて。
「そもそもどうやって埋まったのよ」
「ん?そこらの若いニーチャンに手伝ってもらった」
「出る時のことを考えなさいよ、まったく」
少しずつ、首から下を掘り起こしていく。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、胸の辺りが乱暴になったかもしれない。
五分かかって、砂に覆われていた体が露わになった。
「いやー、砂に埋もれるのは砂風呂だけでいいや。ガクシュー、ガクシュー」
「あっきれた。砂でGカップ作るためだけに海に来たの?それもわざわざ夏休み真っ只中」
「イヤイヤ、ソレダケデハナイデスヨ?」
いきなりカタコトになりやがった。
こういう口調になる時は、何か隠しごとをしている時だと、数年の付き合いで学習している。
「ちょっとね、一緒に行きたい所あるんだ」
こっちこっち、とだんだん人のいないほうへ手を引かれて行く。
「じゃーん。穴場です」
行き着いたのは遊泳禁止のブイが浮かぶ岩場。
「え、ここ?」
「いえす。じゃ、これ付けて俺の後ろ着いて来て」
戸惑いながらも、渡された水中メガネを付けて波打ち際から沖に向かう背中に着いて行く。
鎖骨辺りまで海水に浸かった頃、前を進む背中が止まった。
「うん。この辺」
彼は何度か海中を見て、「少し下見てみなよ」と言う。
言われた通りに水面に顔を少し潜らせて海中を見る。
思わず、息を呑んだ。
(わぁ……!)
足元を泳いで通り過ぎる、名前も知らない青い魚。
あの赤いのはクマノミだろうか。
一言で言ってしまえば、熱帯魚の宝庫。
何時間だって見ていられそうなのに、息が苦しくなって顔を上げた。
「どう?」
「……悔しいけど、今日はそのドヤ顔も許す」
素直じゃないなぁ、なんて、彼は笑うけれど。
あたしはもう一度、海中を覗き込んだ。
「ねぇ、今度は水族館行こうよ!」
「なんで?」
「だって、今日見た魚の名前とか知りたいし……」
「そんなん、俺が教えるのに」
「え!魚に詳しかったっけ?」
「あそこ見つけてから調べたっつーの」
「じゃあ……明日!明日教えて!」
「なんで明日?」
「今日知ったら、なんか感動が薄れそうなのよ。この興奮をキープしたいの。だから明日!」
そう言ったら、彼は目を見張って、笑った。
「かしこまりました、ヨシュ……佳泰お嬢様」
「あっ!今ヨシュアって言った!」
「言ってない言ってない」
「埋めてやるからそこに寝なさい!」
大声で言い合いながら、心の中で「ありがとう」と呟く。
照れ隠しの大声だって、彼はきっと気づいている。
「来年も来ような、佳泰」
「……本当にキミはズルいよ」
ちゃぷん。
遠くで青い魚が跳ねた。
とある夏の日