少年の一歩

開催

10月30日の早朝。俺は目の前の出し物の作業に没頭して、周りが見えていなかった。
「翔太、早くするぞ。時間がない。」
康介が慌てているようで、急かすように言ってきた。俺は言いかけた言葉を、150mlの飲みかけの綾鷹を一気飲みして、喉の奥に流し込んだ。これまで、徹夜で作業を行ってきたが、それも今日で終わるんだ。苦闘した準備も終わると思うと、どこか寂しさも感じる。ついに、この日が来た。胸元の役員パスを見てようやく実感が湧いた。地元の学校の合同文化祭だ。うちの学校からは4人役員として、出ていて、他校はそれぞれ3〜20人と様々だ。今田康介は1年生からクラスが同じである。参加校は全部で6校だった。気分を高めるために、空を見上げると無事に雲一つない晴天だ。

会場は、地元の商店街の空き地を使用している。会場全体の大きさは普通高校のグラウンドの大きさほどだ。その中のテント2つの大きさが俺たち立川高専のブースである。「高専」とは、高等専門学校の略であり、高校でもないし、専門学校でもない。
「あー、私服で来たかったなー」
ぼそっと、康介に呟いた。
「私服で良かったなら、とっくに着てきたぞ。」
出し物の最終調整に追われつつ、康介も呟いた。やはり、第1の目的に青少年の育成があるから、そのようなところは徹底している。文化祭はそれぞれの個性を出しているから私服でもいいのではなかろうか。このように主催している委員長に言いたかったが、覆るはずもないだろうからぐっと堪えた。ふと、周りを見渡してみる。他校の生徒も同じように、それぞれに機械的に作業をしている。北高は、ダンスイベントをするから司会の打ち合わせを身振り手振りを交えて熱心に行っている。その様は、テレビの打ち合わせの様にも写り感心した。南海高校は、テントを建てる作業を行っている。この状況でテントは3ヶ月ぶりに開く。テントを開く光景がまるで、冬眠から目覚める動物のようだった。
「ごめん、こうちゃん、翔太、手が空いてるなら手伝って。」
そのテントを開く作業をしている中に見覚えのある顔がある。それは、美咲だった。いきなり名前を呼ばれて、軽く心臓をえぐられた感覚になる。美咲って案外声通るな、と新たな発見をした。美咲は直ぐに他校の人共打ち解けていて、さすがだ。俺は作業をしている手を止めた。そして、南海高校のブースに向かう直前だった。
「翔太、こっちの仕事しなくていいのかよ。」
康介は、あきれながら俺に尋ねてきた。
「女の子が困ってるんだぜ。そっち側の方が優先だろ。」
自分の口から『美咲』じゃなくて、『女の子』という表現が出たことに驚いた。
「別に手伝わなくても、大丈夫だろ。」
いかにも、嫌味が口からそのまま出てきたような雰囲気で言った。そして、端の方でテントを立ててる美咲のいる手伝いに足早に向かった。

「おはよう。調子はどう?」
境さんが興奮した雰囲気で尋ねてきた。興奮していて、当然だろうな。委員長だから。境さんは、地元の青年会議所の委員長を務めており、今回の企画の発起人だ。見た限りで、年齢は40前後だろう。俺は、境さんを襲う勢いで、
「絶好調です。」
と答えた。
「期待してるぞ。君たちにかかってるんだからな。」
これ以上にない言葉をもらい、少し気持ちが高揚してるのをひしひしと感じた。そして、テントを上げるための人が不足していたので、境さんも加わってもらった。
「今日は一段と気合がはいってたな、境さん。」
いつの間にか俺の真後ろにおり、肩を叩いて言った。
「そうだね」
俺は共感の意思を込めてそう返答した。このタイプのテントは皆で一斉に上げないと、上がらないタイプのテントだ。それぞれの足に2人ほど着いたのを確認して、委員長の境さんが指揮をとる。さすがリーダーシップ性がある。全部で20人程度だから、中々の規模だ。その中には、ミッチェルもいた。笑顔で手を振ったら、笑顔で返答してくれた。彼は留学生として、同じ学校に入学した。本来このイベントは地域活性化のために行なわれているため、地元の学生が主体になり行う予定だった。しかし、ミッチェルの良い経験になるだろうと、境さんが直々に参加するように頼んだのである。もちろん、ミッチェルは喜んで参加した。
「おい!翔太!何をぼーっとしてるんだよ!」
境さんの声で、俺は我に返った。まずは皆でまだ、足が畳んでいるテントの周りを囲むようにしゃがむ。そして、それぞれが、テントの腕を持つ。
「よし、行くぞ」
境さんが声を張り上げる。
「せぇのっ。」
同時にしゃがんだ姿勢から、勢い良く持ち上がる。テントが伸びやかに立った。
「よっしゃ、いっちょあがり。」
まるで、寿司職人が言うような声で康介が言った。テントは煌びやかに、朝日に照らされている。その生地の白さが一段と際立ち眩しかった。

5月~

5月上旬のある日の学校。2時間目のチャイムが校内を駆け巡った後、俺はトイレに行きたかったので、自分の席を立ち、移動を開始した。やはり、5月病のせいか少し憂鬱になってる自分に気付く。友達が座ってる椅子の後部と机の前方少し窮屈な場所を通り過ぎていく。なぜ通りにくい方向を選んだのか、と考えている途中に、後ろから康介に呼び止められた。
「翔太、これをやってみないか?」
そう言うと、A4の用紙に何か印刷された紙を俺の目の前に突き出してきた。そのプリントの上方には、小さい方のmono消しゴム二つ並べたほどの大きさでこう書かれていた。『大宮青年会議所に入って見ませんか?』そのプリントの下方まで読み進めてみる。『大宮を活性化してみたいと思いませんか?自ら率先して、大宮を盛り上げたいと思いませんか?この中…』その時点で、読む気力を無くした。俺にはこんなの関係ないと感じたからだ。そもそも、第1に俺は自分の住んでいる町、大宮を盛り上げるための気力はない。第2に、自ら率先するようなリーダーシップ性など持っていない。体育祭に代表する学校行事はいつも目立つことを嫌っている。なぜなら、後ろ指をさされる気がするためだ。例えば、今の自分が仮にクラスを引っ張ろうと行動をしたとする。そうした場合、『何で急にあいつがリーダー面してるんだ、調子のるなよ。あいつがそんなキャラだっけ。』と言うような反感を買ってしまうからだ。賛成の意見をくれる者もいるだろうが、反対の意見の方が多いだろう。俺はそういう皆の輪をまとめることが出来ないと感じてる、根拠はないが。第3に部活動で忙しいからだ。陸上部に所属しており、種目は長距離と競歩である。インターハイ出場が決まるかいなかの大会が控えているのに、そんなことに力を注いでいるのは馬鹿らしく感じた。地域のことをするより、先ずは自分で全国大会に挑んでみたい。
「ごめん。興味はあるんだけど、部活動とか忙しくなるから辞めとく。」
康介はこんなことで引き下がるような奴ではない。
「えー、頼むよ〜。翔太しかいないんだよ、やってくれるのは。翔太には向いてると思って、言ったんだけどな。ねぇ、相田先生。」
軽い言い方で、いきなり教壇で教科書とノートなどの側面を綺麗にまとめている相田先生に、話題をスルーパスしてきた。授業が終わってスイッチがオフになっていた相田先生は、あっけにとられた表情をして、顔をこちらに向けてきた。
「まぁ、大宮出身の学生だと限られてくるから。」
相田先生は、初めの方の口調は動揺していたが、落ち着きを取り戻して、続けた。
「というより、うちの学校から出てくれる生徒が少ないんだよね。あっ、翔太は大宮出身だったよな。なら、俺からもそれに入ることを頼むよ。」
優しく語りかけてきたが、学生主事の言葉の重みが俺の心を潰しに来た。康介は俺の顔を見て、微笑を浮かべていた。
「ほら、言ったじゃん。だからさ、一緒にやろうぜ。」
康介はいつもやり口が上手だ。学生会で鍛えあげられ、とても饒舌だ。縦の関係も持っており、俗にいう世渡り上手なのだろう。
「仕方ない。まぁ、考えとく。」
こう、俺は言った。
「やったー。じゃあ、よろしくね。」
康介は軽い口調で言った。俺は我慢していたトイレを思い出して、教室の扉を開けた。扉を開けると、爽やかな風が俺を包み込んできた。締め切っていた教室の中の空気が淀んでいたことに気付かされた。そして、一歩外に出て、深呼吸をした。しかし、自分が思うほどの心地よさを得ることは出来なかった。
  そもそも、地元を盛り上げるやる気がでない。だけど、心の何処かにある変わりたい願望が勝ったため、翔太の提案を引き受けることにした。ここの場所も梅雨入りが発表されたらしいと知ったのは、昼休みだった。iphoneを見ながら、上木に言われなかったら、気づいていなかった。確かに最近は雨が多い。康介はスマホを机の上に置き、コンビニで買ってきたパンを食べる。いつも、俺と上木と康介と田中で食べるのが当たり前の光景だ。この教室はいつの間にか、誰かの机の周りに集まって食べるのが習慣化していた。スマホが机の上にあるという状況に違和感がなくなってきたのは、最近だろうか。入学当初は携帯を持ってくるという行為に違和感を持っていた。中学校は基本的に風紀が厳しいため、生活の中が束縛されるケースが多かった。だから、それを持ってきている人は影でこそこそと使うのが一般的だった。生徒が世間的に何か失敗をしたら、学校が責任を問われるように、風紀が厳しいことに比例して、学校が負ってくれる責任は今よりも大きかったような感じがする。だけど、今は違う。高校になると注意されることも、昔と比べると少なくなった。つまり、選択出来る範囲が広がった。だから、責任は自分で持たなければならない。学校で束縛されることが少ないことは、自分に対する責任が大きくなることを意味する。選択する責任をもつ。
「あ~、昨日のNBA見るの忘れた~」
パーマをかけた髪をわしゃわしゃと手で触りながら言う康介は、もう見慣れた。こういうときに、バスケ部らしい一面が垣間見える。康介が食べるものは、いつも決まっている。チョコスティックパンと小さいドーナツが何個も入っているものだ。どうも、分けて食べることが好きなようだ。値段の割に得した気分になれるし、お腹も満たされる。食べ盛りの学生にとって、財布にも優しい。
「昨日の試合はレッドライジングがギリギリで勝ったぜ。あれ見逃したのは痛いな。」
上木はいつも、康介の言葉に相槌をうつ。上木は聞き上手だ。自分の意見は相手に言わせてから、その後に言う。
「あそこで、ジョーダンが決めてたら、流れ変わってただろうな。」
上木はロボコン部だ。文化系なのに、バスケは大好きだ。家にはスラムダンクが全巻揃っているからその影響だろう。
「俺は見ていないからわからん。でも、ジョーダン以外の誰かが決めれば流れはいくらでも変わってたと思うよ。」
田中は強調して言った。バスケが好きなら、田中も同じだ。彼が影響を受けたのは、「黒子のバスケ」だ。俺は、ジャンプを読んでないから、その話題になると全くついていけなくなる。
「まぁ、そうかもね。」
とりあえず、当り障りのない言葉を投げ返す。康介は黙々とパンを食べる。上木は、水筒を開けて、お茶を喉に流し込む。そこに、ぽっかりと穴が空いた気がした。その沈黙を切ったのは、康介だった。
「翔太はどうせ見てないから、わからないか。」
冗談まじりのふくれっ面で言ってきた。
「ごめん、俺の家スカパー入ってないんだ。」
と笑いながら言う。
「おいっ、翔太。今日の放課後のこと忘れてないよな。」
今日の放課後に、初めて大宮青年会議所の方々と打ち合わせすることになっている。正直、部活に行きたい気持ちが強かったけど、仕方なく行くことにした。
「もちろんだよ。」

少年の一歩

少年の一歩

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-04-03

Copyrighted
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