女子高生の日常
好きです、付き合ってください。
そう言ってきたのは向こうだった。
だから馬鹿みたいに浮かれて、心臓が壊れそうなくらい緊張して、次の日にはokの返事をしたのだ。そして始まった彼女の『お付き合い』は、たった十日で終わってしまった。
「……」
「残念だったね。何て言われたの?」
「舞原は彼女にするには格好良すぎるって」
「あー、まぁ、確かにね」
「そんなこと全然無いのに」
学校近くのファストフード店の一角。四人用のテーブルに向かい合って座る制服姿の二人の女子高生。一人はテーブルに突っ伏し、もう一人は黙々とハンバーガーを食べている。二人は空いた席にギターケースと通学カバンを置いていることからも、帰宅途中であることが伺える。
「ねぇ、香川。私ってそんなに女の子っぽくないかな?」
突っ伏していたままだった舞原は身体を少し起こし、黙々とハンバーガーを食べ続ける香川に問いかける。香川は今口に入っているモノを飲み込むと、ジュースを飲む。その動作を見ながら、舞原はじれったそうに見つめている。
「ねぇ、香川」
「聞こえてるって」
香川は紙ナフキンで口元を拭く。ついに待ちきれなくなった舞原が口を開く。
「私って身長も160ないし、髪も長いし、一応『女の子』って感じじゃない? 何が不満なの」
「私に聞くな。けど、まぁ、確かに元彼の言い分もわからなくもないわね」
「何よ、それ」
「舞原って確かに男前なところあるわよね。ノートとかプリントとか一杯抱えてる女子がいたら手伝いに行くし」
「重そうだなって思ったら手伝わない?」
「普通女子ってそういう役割を男子に求めるものじゃない?」
「そうかな……」
「そうよ。あと割りとサバサバしてるし、性格」
「それは香川もでしょ」
「アンタは見た目と性格が合ってないのよ。しかもウチのバンドのギターだし」
「それとこれって関係なくない?」
舞原は不思議そうに香川を見る。
香川はもさもさとハンバーガーを食べる。それを見て、漸く舞原も自分の分の包みを開ける。
「だってウチの部でも舞原って結構ファン多いしさ。体育館でライブする度、女子にキャーキャー言われてるのが彼女ってのは男として悲しいんじゃない?」
「……なら好きなんて言うなよ」
舞原はジュースに手を伸ばして、ストローに口をつける。その様子を香川は窺うようにして見ている。
舞原はテーブルに頬杖をついて溜息をつく。
「好きなんて言われたら……意識しちゃうっての」
「何だ、舞原はアイツのこと本気だったんだ」
「本気っていうか、一応、お付き合いってのを始めてたわけじゃない。そりゃ、意識するでしょ」
舞原はそう呟きながら、ハンバーガーをガツガツ食べる。
「香川はそういうのないの?」
「そういうのって?」
「好きーとか、付き合おーとか」
「一年くらい片想いしてるってくらい」
「何それ、初耳」
しれっと自分のことを話す香川に舞原は目を丸くする。香川は涼しげな顔でジュースを飲んでいる。
「それ、私も知ってる人?」
「聞いてどうすんのよ」
「いや、何となく。告白は?」
「しない」
「何で? 男子も女子と同じで、好きって言われたら相手のこと意識しちゃうかもよ」
舞原が明るい口調でそう言うが、香川は冷静というよりは冷めた様子で首を横に振る。
「私は高校時代の青春をバンドに捧げるって決めたから」
「……」
香川は少し笑ってそう言う。その顔は何処か晴れ晴れとしている風に舞原には思える。不覚にも舞原はそれを羨ましいと感じる。何処か足元がふわふわしていた最近のことを思えば尚更、一つのことに集中している香川を格好良いと思ってしまう。
「……ねぇ、香川。何かぱーっとしたい」
「なら学校戻る? 今日土曜だから夕方まで部室空いてるんじゃない? セッションするなら付き合うよ?」
香川はジュースを飲みきると、カップをトレーに戻す。
香川の言葉に、舞原は残りのハンバーガーを口に押し込む。そして残ったジュースで胃へと流し込む。
「戻る」
舞原はカバンとギターを肩にかけ、空になったトレーを持って立ち上がる。それを見て、香川も同じように立ち上がる。
二人はトレーを片付けて店を出ていく。そのまま学校に戻るために歩き出す。
香川は少し前を歩く舞原を見る。その足取りはファストフード店に入る前に比べて軽いように思える。
「ねぇ、香川」
前を歩く前原が、振り向かず香川を呼ぶ。
「何?」
「私も、当分バンド一筋で行くかも……」
そう小さく呟く舞原に香川は苦笑する。
「そう」
香川は一言そう呟くと、舞原の横に並んだ。
女子高生の日常