SS07 グルメなあいつ

アナウンスは言った。「ただいまライオンが逃げ出しました」と。

『お客様に申し上げます』うるさいなと思ったら、スピーカーが真上にあった。
『先ほどライオンガーデンからライオンが三頭脱走致しました。お手数ですが、もし姿を見掛けましたら、お近くの職員までお知らせ下さい』
 途端にレストランは騒然となった。
「嘘でしょ?」
「訓練じゃないの?」
「全然緊迫感がないじゃない」
 食事の手を止めた私たちは、他の家族連れと同じようにそわそわと周囲を見渡した。
「ちょっと」私はちょうど通り掛かったウェイターを捕まえる。「ライオンは本当に脱走したんですか?」
「どうやらそのようですね。でもご心配には及びません」
「なんで客を避難させないんです。小さな子供なんか、噛まれたらひとたまりもないじゃないですか!」
 至極もっともな進言は多くの人たちに賛同されて、小さな拍手まで飛び出した。
 それでも彼は意に介さず、面倒くさそうに天井を指差している。
『当ミラクル動物園のライオンは危害を加えない限り決して人を襲いませんので、しばらくその場でお待ち下さいませ』
「なんでそう言い切れるのか、分からないなぁ」
「まったくだわ」
 いつの間にか私たちのテーブルの周りにはたくさんの人たちが集まっている。
「あなた方だって襲われるかもしれないのに、そこまで平然としていられるのはなぜなんです?」
「理由は実に単純です」彼はひょいと肩を竦めてこう言った。「グルメなんですよ、あいつらは」
「グルメ?」
「小さな頃からエサは全部焼いた肉、塩胡椒したA5ランクの国産牛をウェルダンに焼いたものしか食べません。
 だから生肉なんか見向きもしない。
 いいとこのお坊ちゃまたちは僕らみたいな固いスジ肉なんか相手にしないんです。
 ま、じっくり煮込めば食べてもらえるかもしれませんけどね」

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アナウンスは言った。「ただいまライオンが逃げ出しました」と。

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-04-02

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