ひと夏のレビュー

ひと夏のレビュー

戦時下に生きた、とある少女にまつわるお話し。
あなたが、その時代に生きていたら、どんな青春を送ったことでしょう・・・
「 過去など、過ぎ去った時の事 」 などと、切り捨てないで下さい。 過去があるから、今のあなたがいるのです。

1、夏空の下にて

1、夏空の下にて


 玄関を閉めて外に出た和也は、自転車に乗ると、力強く、ペダルをこぎ始めた。
 梅雨明けの爽やかな朝の空気が、肌に心地良い。 抜けるように蒼い空が、今日一日の好天を約束しているようだ。
 もうすぐ夏休み・・・
 試験週間も過ぎたせいか、和也の心は、この済みきった青空のように晴々としていた。
( 高校生活、最後の夏だなあ。 来年は、卒業か・・・ 何か、あっという間だなあ。 こんな平凡に終ってっちゃって、イイのかなあ・・ )
 角のタバコ屋を曲がり、大通りに出る。
 原爆ドームを右手に眺めながら、元安川に掛かる相生橋を渡り、再び、細い路地へ。 クラスメートの友人の家が、この近くにあるのだ。 毎朝、その友人と近くの公園でおち合い、2人で登校をしている。
 クリーニング屋の角を曲がると、その公園が見えて来た。 今日は、まだ友人は、来ていないようだ。 和也は、公園の入り口辺りに自転車を止め、背中のカバンの中からミネラルウォーターのペットボトルを出すと、一口飲んだ。
 小さく、ひと息ついた和也は、先程の想いの続きを始めた。
( 3年間の思い出はあるケド・・ 何か、ありきたりだよな。 部活もやってたけど、写真部だからなあ。 何か、パッとしなかったな。 撮影旅行、ったって、そんなに遠くへも行かなかったし・・・ )
 再び、ペットボトルの水を飲む和也。 太陽の陽が当たっている腕などの部分が、じりじりと暑くなって来た。
「 お~い、和也~! 」
 声に振り返ると、まだ私服姿の友人が、和也の元に駆け寄って来た。
「 なんだ浩二、早く着替えろよ。 学校、遅れちまうぞ! 」
「 ちょっと待てって。 おまえ、今、カメラ持ってるか? 」
「 はあ? まあ、持ってっケド・・? 」
「 ちょっと来てくれ・・! 」
 彼は、そう言うと、公園の向こう側にある自宅の方へ引き返していく。
「 ちょ、ちょっと待てよ・・! どういうコトだよ。 学校、遅れるけえ・・! おいってば! 」
 和也は、自転車を押しながら、彼の後を追った。
 彼の家は、工場設備関連の大きな工場で、会社看板には、恒川工業とある。 主に空調ダクトなどを製造しており、彼の父親が経営をしていた。
「 カメラ、って言ったって、一眼じゃないぜ。 デジカメだぞ? 」
 和也は、友人の浩二に言った。
「 構わねえって。 写真部のお前に、ちょっとしたスクープが、あんだよ 」
「 スクープ? 」
 工場の入り口脇に自転車を止めると、和也はカバンからカメラを取り出しながら聞いた。
 浩二は、和也を工場の敷地内に案内した。
「 昔、戦時中によ、ウチの工場の敷地内に、防空壕があったんだ。 空襲でウチの工場もヤラれて、そのまま埋まっちまったんじゃけんど、最近、老朽化した工場の重油タンクを、地下に新設する事になってな。 掘り返したら、出て来たんよ 」
「 防空壕? へええ~・・ 」
「 コンクリート製でよ。 解体すんのに金掛かるから、別のトコにタンクを埋設するらしいわ。 ・・ほれ、アレよ 」
 浩二が指差す先には、掘り返した土の山があった。
 近寄ると、1メートルくらいの地中に、コンクリートの躯体が見える。 半分ほど、掘り起こしたままだ。 露出している手前は、破壊されており、鉄筋やコンクリート片が、土にまみれている。 ひび割れた所々に穴があり、真っ暗な内部をのぞく事が出来た。
 腕時計を、チラッと見て時間を気にしながらも、まず1枚、全景を撮った和也は、コンクリートの躯体の上に乗り、その穴の1つをのぞき込んだ。
「 ・・中は、空洞のようだな 」
「 真っ暗で、見えんじゃろ? とりあえず今日、学校が終ったら、中を調べてみんか? ナンか、あるかもしれんぞ 」
 浩二は、興味津々な様子で和也に言った。
「 そうだな・・ 面白そうだな、そうするか 」
「 古銭なんぞ、出て来んかな? お宝とかよ・・! 」
「 そんなモン、出て来るかよ。 戦時中の話しじゃけえ・・ おい、早くせんと遅刻、遅刻っ! あとは帰ってからにしようぜ! 」

 太平洋戦争が終決して、半世紀以上・・・
 この広島は、人類最初の原子爆弾が投下された所として、その地名は、広く世界に知られている。
 大量破壊兵器の拡散条例の推進、原水爆禁止運動・・・ 未だ、世界の各地に、紛争の火が途絶える事はないが、新たな武装の脅威が起こる度、この広島の地名が、何かと取り立てられるのは、近代の歴史上、致し方ない事だろう。 だが、焼け跡から復興し、当時の面影を残さない現代に生きる和也たちにとっては、戦時の事は、歴史の授業にしか出てこない、単なる『 出来事 』であるに他ならない。 『 特別な地 』に住んでいる彼らにとっても、それは同じであった。
 生まれて来た年代が一つ違えば、その運命はどうなっていたか・・ 現代でも、平和な日本ではなく、中東やアフリカ・インドなど、国境を接する国々に生まれていたら・・・
 対岸の火事として、無関心的に世界事情を傍観するのではなく、一度、そんな事をじっくり考えてみてはどうだろう。 今ある情況が、いかに恵まれているものか、よく分かるはずである。 現在の平和は、幾多の先人達の、膨大な犠牲の上に成り立っている事を忘れてはならない。

「 お~い、1年生の部員たち、もう少し寄ってくれない? そう、そんなカンジ。 じゃ、撮るよ! あまりコッチ意識しないで・・! 」
 放課後、部活のスナップを撮っている和也に、浩二が声をかけた。
「 よ~、和也! テニス部員のパンチラ撮ってんのか? ええのう~! 」
「 ふざけたコト、言ってんじゃねえよ! 校内新聞の取材だよ。 ウチの高校で県大会に出れるのは、テニス部とバレー部くらいなモンだからな。 もう、帰るのか? 」
 フィルムを巻き上げるカメラを片手に、和也は言った。
「 まあな、お前が終るまで待っててやるよ。 それとも現像、手伝おうか? 」
「 そうだな・・ すぐ現像して、明日にでも生徒会執行部に提出しておいた方がいいな。 ・・あ、撮影、終了です。 ご協力、ど~も! 」
 和也が、テニス部員たちにそう言うと、部員たちは練習の続きを始めた。
 校内に戻りながら、浩二が言う。
「 現像なんか、ラボに出しゃ、いいじゃねえか。 んな、面倒なコト、よくやってんね 」
「 自分で現像するから、面白いんだろが。 店でやってもらったら、意味ねえよ 」
 巻き上がったフィルムをカメラから出しながら、和也は答えた。
「 まあ、部費使って現像するんだから、タダってトコはいいけどよ。 オレにゃ、理解出来ねえ世界だな 」
 2人は、特別教室のある、4階の部室へ上がって行った。

 写真部の部室は、開いていた。 しかし、部屋の中には、誰もいない。
「 ラッキ~、暗室、すぐ使えるわ 」
 和也は、備え付けの暗室のドアを開け、浩二に言った。
「 クリップ、用意出来たか? 早よせいや! 」
「 ちょっと待て・・ え~と、こう持って・・ コッチが挟む方だな? 」
「 お前・・ 今日、腹の具合はどうだ? 」
「 今日は、イイよ! この前は、最悪だったなあ~ 自分でも驚いたぜ。 あの臭さには・・! 」
「 ったく、ナニ食ったら、あんなの出るんだよ。 スカンクか、お前 」
 暗室に入り、ドアを閉める。
 幅1メートル、奥行き4メートルの、狭く、全く光のない暗黒の世界だ。 蛍光塗料が塗ってある時計の針のみが、ぼんやりと見える。
 和也は、慣れた手つきでフィルムのケースを解体し、クリップを付けると、フィルムを現像液に浸した。 全て、真っ暗な中での作業である。
「 この針が、ドコまでいったらいいんだ? 」
 蛍光塗料の針が、チラチラしている。 浩二が、指先で触っているのだろう。
「 えっと・・ 9の所までだな。 定着液のフタ、まだ開けるなよ。 ホコリが入るから 」
 和也が答える。
 しばらくすると、浩二が言った。
「 なあ、和也。 もし、お宝が出て来たら、7・3だぞ? オレんちの敷地だからな 」
「 例の、防空壕の事か? そんなモン、出てきやしねえって 」
「 出て来たら、困るだろが。 こういう事は、最初に決めておかなくちゃ、いけねえからよ。 いいな? 」
「 ああ、分かった、分かった。 ホラ、定着するぞ! フタ、開けて 」
「 お? フタ、どこだ? これか? 」
「 前もって、手探りで探しとけよ! ほれ、もうフィルム、上げたぞ。 まだか? 」
「 あ、あった。 ここ、ここ! 」
「 ここ、ったって、見えるワケねえじゃんよ。 大体の位置は分かるから、フタだけ開けてくれりゃ、いいよ。 コッチは、両手、塞がってんだから・・! 」
 定着液に、フィルムが浸る音がした。
「 OK~、 ふう~・・・! 今は、ほとんど自動の現像機もあるけど、味気ないぜ。 現像してる気がしないよ 」
 そう言う和也に、浩二が言った。
「 オレは、そっちの方がいいねえ。 こんな真っ暗闇に、じっとしてるなんて、オレの性分に合わねえ。 アナログだぜ 」
「 ソコがいいんじゃないか。 ・・ま、浩二にゃ、分かんねえだろな 」
「 分からなくていいよ、そんなん 」
 しばらくして、定着を終えたフィルムを出し、乾かすと、トレスコープに乗せ、印画紙に焼き付ける。 現像液の入ったトレイに浸すと、撮影した画像が浮かび上がって来た。
「 おお~、面白れえ~! この作業だけは、オレも面白いと思うな~ 」
 赤電球に照らされた印画紙を見ながら、浩二が言った。
「 この月光、ちょっと古いかな・・? どうも、発色がよくないな。 ネオパンも、使用期限切れてたし・・ 」
 定着液に印画紙を浸しながら、和也が言った。
「 奥の方から、順に吊るすぜ? 」
「 おう、すまんな、頼む 」
 現像が終った印画紙を、小さなクリップに挟んでロープに吊るし、乾かす。
 何枚もの、出来上がった写真を確認していた和也が、何かに気が付いた。
「 ・・あれ・・? 」
「 ん? どうした? 」
 浩二が聞く。
「 ・・いや・・ この写真・・ テニス部員の隣に、マネージャーみたいな子が、いたはずなんだ。 でも、写ってない・・・ 」
「 そんなコトないだろ。 お前の、カン違いじゃないのか? 」
「 ・・いや、う~ん・・ どうだっけ・・・ 確か、いたと思うんだケドなあ。 だから、わざわざ部員に寄ってもらったんだ 」
 写真を吊るし終えた浩二が近寄り、覗き込む。
「 ここだよ。 確か、ここに立ってた 」
 和也が指す写真の位置には、誰も写っていない。 確かに、部員は不自然に、画面左の方へ寄っている。
「 幽霊でも、見たんか? お前 」
 浩二が、笑いながら、和也を冷やかした。
「 う~ん・・ ちょっと小柄で、おとなしそうな雰囲気の子だったけど・・・ どちらかと言えば、いいトコのお嬢さんってカンジ? 」
「 おいおい、お前、そんな趣味、あったんかよ 」
「 バカ言え、被写体として、ナンか感じるモンがあったんだよ。 クリエーターとしての直感、かな? 」
「 オレは、バイクの直管の方が、興味あるねえ~ ま、どっちにしろ写ってねえんだから、お前の直感とやらも、たかが知れてるぜ。 さあ、もういいだろ? 早く、お宝探検調査しようぜ! 」
「 お前、まだそんなコト言ってんの? せいぜい、防空頭巾の切れ端くらいしか、出て来ないって 」
 暗室の赤電球を消し、外に出た和也が、浩二に言った。

2、封印された時間

二、封印された時間


 工場の敷地に着いた和也は、カバンからカメラを取り出した。 浩二が、物置からつるはしを持ち出して来る。
「 えらいモン、持って来たな 」
「 まず、入り口を確保せにゃ、ならんきに 」
 そう言うと、浩二は、崩れかけた部分につるはしを振り下ろした。 カメラを向け、シャッターを切る和也。
「 けっこう、似合ってるぞ、浩二 」
「 ドカチンのバイト、やってたからな。 年季が違うぜ。 ・・そりゃっ! 」
 バラバラと、コンクリートが崩れる。 鉄筋も入っているが、おそろしく細い。 鉄筋というよりは、針金のようだ。 鉄が不足していた当時は、こんなものしかなかったのだろう。 所々、木材が使われている。 しっくいの壁のコンクリート版みたいな感じだ。
「 チッパー( 小型の振動掘削機 )、使わなきゃなんないかと思ったけんど、こりゃ楽だわ。 つるはしで簡単にイケるわ・・! 」
 小さな穴が開き、やがて人が入れそうな、大きな入り口が出来た。
「 見ろ、和也。 階段があるぞ! どうやら、ここが入り口だったらしいな・・! 」
 地下に向かう階段が数段、見て取れた。
 和也が、シャッターを切りながら言った。
「 入れそうか? メタンガスが溜まってるかもしれないから、安易に入るなよ。 何か、ボロ布に火を付けて中の空気に近づけてみろ。 ・・投げ入れるなよ! もし、たくさんガスが溜まってたら、爆発するかもしれないからな・・! 」
「 こんなに、あちこち穴、開いてんだぜ? あっても、もう抜けてるじゃろ 」
「 念には、念を入れにゃ・・! 」
 和也の言葉に、浩二は、ため息を一つ尽くと、ポケットから百円ライターを出した。 落ちていた小枝に、火を付け始める。
 和也が言った。
「 ・・お前、当り前のように、ポケットからライター出すなよ・・! 」
「 バタフライ・ナイフ出すよか、マシじゃろが 」
 まあ、それも納得出来るが・・・
 火を付けた小枝を、開いた入り口にかざしてみる。 何の変化も見られない。 今度は、徐々に、壕内へ入れてみた。 大丈夫のようだ。 丸1日は、放置してある。 浩二の言う通り、溜まっていたガスがあったとしても、もう、自然に換気しているはずだ。
 小枝の火を吹き消し、しゃがみ込んだ浩二は、暗い穴の中をうかがった。
「 気を付けろよ・・! 明かりは? 」
 和也の問いに、懐中電灯を取り出した浩二は、スイッチを点け、和也を振り返る。 にやっ、と笑いながら言った。
「 ・・昨日、会おう・・! 」
 和也が、額に手をやり、ため息を尽きながら言う。
「 また戦争映画か・・・ お前、それ・・ プラトーンだろ? エリアス軍曹のつもりか? 」
「 ベトコンが来たら、お前はオレに構わず逃げてくれ・・! 」
「 安心しろ、ここは広島県だ。 ハノイでも、ラオス国境でもない。 早よ行け・・! 」
 しっしっ、と追い払うように、和也は、浩二に手を振った。
 穴に入る、浩二。 階段を降り、懐中電灯を頼りに、奥へと進んで行く。
「 どうだ? ナンかあったか? 」
 和也が、入り口付近から声をかけた。
「 ガーッ、こちらブラボー3、辺りは真っ暗だ。 デルタ2、どうぞ。 ガーッ 」
「 勝手に暗号名、作らんでいい。 暗いのは、見りゃ分かる。 当ったり前の報告、いちいちすんな。 しかも、その、ガーッ、ってナンだ。 空挺師団のつもりか? お前 」
「 おおっ、新聞、発見! 」
 浩二が、穴の中で声を上げた。
「 昭和・・ 19年2月10・・ 4かな? 読めん。 え~と、大本営発表、我が帝国海軍は、南太平洋フィリピン沖にて、ん~・・ 敵空母1隻、重巡1隻、駆逐艦多数を発見、これを攻撃、全艦轟沈せしめたり。 ホンマかいな、このニュース 」
「 お前の目的は、お宝だろ? さっさとせんと、日が暮れるぞ 」
「 和也、お前も入って来いよ! 撮影、するんじゃろ? 」
 浩二に続いて、和也も壕内に入った。
 壁と同じ、床もコンクリートで出来ている。 天井まで、2メートルはない。 身長170の和也だと、かがんで歩かなくてはならない高さだ。
 懐中電灯で照らされた壕内の広さは、およそ八畳位だろうか。 壁際に古い新聞紙や毛布がひいてある。 おそらく、当時、避難した人たちが座っていたのであろう。 こんな狭く、薄暗い所で、爆撃機の轟音に怯え、肩を寄り添っていたのだ・・・
 外界とは全く違う、一種独特な異質の世界に迷い込んだようで、和也は、しばらく無言で壕内を見つめていた。
「 何んも、ねえなあ・・・ ゴミみたいなモンしか、落ちてねえや・・ やっぱ、お宝なんか、ないか・・・ 」
 一通り、壕内を見た浩二は、和也の所へ来て座り込んで、言った。
「 だから言っただろ? そんなモン、出てきやしないって 」
「 ちょっとは期待してたのにな。 まさか、こんなにナンもねえとは、思わなかったな 」
「 金目の物があるって分かってたら、そのまま埋めちまうワケないじゃん 」
「 いや、でもさ、空襲で破壊されたから、そのまま埋めた、ってオヤジから聞いてたからよ。 金目のモン持ち込んだヤツが、その空襲で死んだら、存在が分からねえだろ? 」
「 まあ、考えようによっちゃ、いくらでも状況は作れるケドね 」
 和也は、足元に落ちていた小石を拾い、反対側の壁に軽く投げながら、言った。 浩二も、小枝を拾い、同じように投げる。
「 この防空壕、どうすんだ? 」
「 また、埋めるしかねえだろ。 狭いし・・ 倉庫にして使うにゃ、天井が低すぎるしな。 使い道がねえよ 」
 ボロ布がまとわり付いていた木の棒を手に取り、浩二は、そう言った。 何気なく、その棒を見た和也が、一瞬、息を飲んだ。
「 ・・お、お前・・ そ・・ それ・・! 」
「 ? 」
 浩二は、手にした棒を、よく見た。 両端が少し、丸みを帯びた木だと思っていたが、そうではない。 それは、白い骨だった。
「・・う、うわああ~っ・・! 」
 慌てて、骨を放り出す浩二。 和也も、座っていた場所から、飛び退いた。
「 ・・なっ、ナンで骨なんだよっ・・! い、犬か猫か・・? それとも・・! 」
 怯えた浩二が、慌てて懐中電灯で、放り出した骨を照らす。 恐る恐る、近付き、骨を確認した和也が答えた。
「 ・・犬が、こんなにデカイ骨、してるかよ・・! 」
「 え・・? じ、じ、じゃあ・・ 人間か? 人の骨かよ、おい~っ! 」
「 サルかも、しんないケド・・ 戦時中の食糧難に、サルを飼っていたのは信じ難いよな。 だとしても、こんなでかいサル・・ ゴリラか、オランウータンくらいなモンだぜ・・! 」
 浩二が、怯えながら言った。
「 せ・・ 戦時中に、ゴリラなんかいるかよォ~・・ 人だわ、それ・・! 人の骨だって~・・! 」
 意外と、浩二は怖がりのようだ。 小学校からの付き合いである和也も、こんなに怖がる浩二を見たのは、初めてだった。
「 和也ァ~・・ どうしよう・・! 警察、呼ぼうか? 」
「 うん、まあ・・・ そりゃ、そうだけど・・・ 」
 和也は、意外と落ち着いていた。 懐中電灯で照らされた骨に近付き、まとわり付いていたボロ布を、広げ始める。
「 ・・かすみ模様だ・・ これ、モンペだぜ。 あ、ほら、ヒモがある・・! 」
「 じ・・実況検分なんか、すんなよォ~・・! 」
 怯える浩二に、和也は言った。
「 落ち着けよ浩二・・! 死体と言うより、これは遺骨だ。 しかも、何十年も前の・・・そう怖がるなよ。 噛み付く訳でもないんだから 」
「 ・・・・ 」
 それでも、浩二は気持ち悪いらしい。 懐中電灯を構えたまま、じっとしている。
「 これは戦時中に死んだ人の骨だ・・ 空襲で死んだか、病気でここにいて、後で死んだのかは分からないけど・・ 殺人事件じゃ、なさそうだぜ? 」
 少し、間を置き、生つばを飲み込んでから、浩二が言った。
「 ・・ど・・ どうすりゃいいんだ? 」
 和也も少し、間を置き、しばらく考えると、答えた。
「 お前のオヤジさん、経営者だろ? 戦時中の事とはいえ、誰のモンかも分からない骨が出て来た、って、警察や報道関係者なんかが押し寄せて来たら・・ 会社のイメージが悪くなんないか? 戦場跡から骨が出て来たって、べつに警察に通報しなくても、いいと思うけどな・・・ 事件と、考えられない限り 」
 少し、落ち着きを取り戻して来た浩二も、冷静に事の次第を把握し始めた。
「 ・・う~む、確かに・・・ じゃ、どうすんだ? この骨。 このまま、また埋めろってか? 」
「 それも、忍びない話しだよな。 人知れず、何十年もここに放置されてたんだからな、この人は・・ とりあえず回収して、どこかのお寺で供養してもらおうぜ。 無縁仏として葬ってもらうのは、どうだ? 」
 浩二は考えた。
「 ・・そうだな。 そうすりゃ、騒ぎにならずに済むし、この人も成仏出来るか・・・ うん、そうしようぜ! オレたちの手で、この人、成仏させてやろうぜ。 ・・でも、とりあえず、オヤジには話しておくか・・ もしかしたら、身の上に覚えがあるかもしれんけえ 」
「 それがいいな・・ よし、そうと決まったら、回収だ。 そこに麻袋があるだろ? それに入れよう 」
「 OK 」
 落ちていた古い麻袋に、骨とモンペを入れる。 浩二は、懐中電灯で辺りを照らし、残りの遺骨がないか調べ始めた。
「 和也! まだあるぞ! ここ! これ、そうだろ? 」
 最初に骨を拾った所には、やはり他の部分の遺骨があった。 頭部の骨は崩れて原型がないが、大腿骨などの大きな遺骨が残っていた。
 和也も近付き、確認する。
「 ・・ここの壁に寝そべっていたんだな? ほら、毛布が敷いてある。 死体だったら、上に掛けるモンだ。 敷いてあるって事は、しばらくここで生きていた、ってコトか・・ 」
「 ケガして、担ぎ込まれたとか? 」
 浩二が聞く。
「 ・・いや、違うだろう・・ 」
「 ナンで、分かんだよ? 」
「 だって、運び込まれるようなケガ人だったら、普通、床に寝かせるだろ? この骨・・鎖骨や肩甲骨がバラバラに落ちてる・・! って、コトは、壁にもたれていて、そのままの体勢で息を引き取った、ってコトだろ? 」
「 おお~っ、スゲ~っ! なるほど~・・・ お前、名探偵? 」
 和也は続けた。
「 ケガをしていたとしても、担ぎ込まれたんじゃなくて、1人で、この壕に入って来たんじゃないかな? だって、入り口は、明らかに破壊されてたんだぜ? 空襲で、閉じ込められたんだよ、この人は・・! 」
 和也の推理に、浩二は沈黙した。 確実な事実の検証は、不可能だろう。 しかし、和也の推理には、うなずけるものがあった。
「 ・・オヤジたちは、家族中で山口の親戚の家に疎開してたらしいんじゃ。 原爆が落ちて・・放射能とかいう毒があるから、しばらくは戻ったらいけん、ちゅう言われとったらしくてよ。 山口で仕事、見つけて、向こうで生活しとったらしいけん。 コッチに帰って来たのは、昭和24年だと。 この前、この防空壕が発見された時に、そう言っとったな 」
 浩二は、思い出しながら、そう言った。
 和也が答える。
「 ・・人知れず、亡くなったワケか、この人は・・ 多分、原爆投下の日だろうなあ・・・ ここに閉じ込められて、しばらくは生きていたんだろうなあ・・・! 」
「 何か、かわいそうじゃのう・・ 」
 浩二は、そう言うと、その他の遺骨を確認し始めた。
「 て、事は・・ ん~と・・ この辺が腰で・・ この辺が足で・・・ あっ、クツがあるぞ! 」
 干乾びたクツが、一揃いあった。
「 ・・革靴か・・ やけに小さいな。 大人じゃないぞ、こりゃ・・! 」
 和也は、革靴を手に取りながらそう言った。
 胸の辺りと思われる場所には、着衣らしき布があった。 長い歳月の湿気などによって変色し、グレーになっているが、どうやら元は、白っぽい洋服のようである。
「 ・・着物じゃ、なさそうだな 」
 数本の遺骨が混じる、その着衣を、そっと広げる和也。
「 あ・・ 」
 和也の後ろで、じっと作業を見守っていた浩二が、床に広げられたその着衣を見て、小さく声を上げた。 それは、黒い襟に3本の白線が入った、小さなセーラー服であった。
「 ・・女学生か・・! 」
 左胸の所には、校章らしきバッジが付いている。 和也は、ホコリを指先で拭い、懐中電灯でその校章を照らした。
「 ・・こ、浩二、見ろっ、これ・・! 」
 慌てて、浩二を振り返る和也。 浩二も、照らされたその校章を見ると、再び、声を上げた。
「 えっ! ウチの学校の校章じゃんっ・・! ど、どういう事じゃっ? 」
 思わぬ展開となり、和也も混乱しているようである。
「 ・・ウチの・・ 生徒ってコトか・・? 当時は、旧制だから・・ え~と・・ 何歳だ? 」
「 知らねえよ、そんなん。 高校生じゃねえのか? 」
「 違うって、当時は高校まで行く人なんか、そういないって。 せめて高等小学までだよ。この前、歴史で習っただろが。 尋常小学校とか・・ 」
「 歴史は、いつも寝てるもん、オレ 」
 年齢は、分からないが、校章が付いているという事は、学生だ。 おそらく、女学生であろう。 しかも、和也たちが通う学校と、深い関わりがあると推察される。
「 海軍のセーラーかと思ったけど、下がモンペだもんな・・ 旧制中学か、高等女学校・・ 高女って呼ばれてた、いわゆる、お嬢様学校の生徒だな。 見ろ、このスカーフ・・ ボロボロだけど、シルクだぜ・・! 当時の最高級品だぞ 」
 そう言った和也に、浩二が答えた。
「 お嬢様も、こうなっちまったら、見る面影もねえなあ・・・ 」
「 生徒手帳に、学校の沿革が書いてあったな。 ウチの学校の前身は、確か、高等専門・・ 女学校・・? だったと思ったけど・・ 終戦後の教育改革で、どっかの学校と合併してる 」
「 オレ、生徒手帳なんか、どっかになくしちゃったよ。 1年の春以来、見たコトねえもん 」
「 そりゃ、ある意味、スゲえわ・・・ どこかに、名前なんか書いてないかな? 胸のトコに、名前が書いてあったらしい布が縫い付けてあるけど・・ 読めないな、変色しちゃってて・・ 」
 懐中電灯の光を当てて、2人で解読する。
「 白・・か? この字・・ 目かな? 白かな? 分からん・・! 」
「 白、だろ。 1画目の点があるし、目、なんて名字、聞いたコトないよ。 白川・・ だな 」
「 清・・ は、分かるけど・・ これ・・ 美、かな? 」
「 う~ん・・ 清美、らしいけど・・ 確かとは、言えないなあ。 白川 清美、か・・・ 」
「 住所は、完全にアウトだな。 まったく読めん。 廣島・・ 縣、って読むのか? これ 」
「 古い字体だよ。 その下、・・これ、長、って読めるけど、安佐南の長束のコトかな? 」
「 さあ・・ 分かんねえ 」
「 そのあとは、変色しちゃって・・ まったく読めないなあ・・! 」
「 ナンか、まだ埋まってるかもしれないぜ? 」
 浩二は、傍らにあった竹ボウキを見つけると、それを手に取り、溜まった土を掃いてみた。 しかし、小さな骨が出て来た以外、何も手掛かりらしきものは、発見されなかった。 それらの小骨も、全て麻袋に入れると、和也が言った。
「 ・・とりあえず、外に出ようか? 腰が痛いよ・・! 」
「 うん、そうするか 」
 外は、もう、薄暗くなっていた。
「 ・・あいたたたっ・・! 」
 外に出た和也は、腰を叩きながら伸ばした。 浩二も、壕内から出て来た。
「 しかし・・ 人の骨なんか、初めて見たよ。 バアちゃんの葬式の時に、お骨は見たけどな 」
「 オレだって、初めて見たよ。 えらい探検調査になったなあ・・・! 」
「 ・・その人、何十年振りかで、外に出たんじゃのう・・! 」
 和也の足元に置かれた麻袋を指差しながら、浩二が、しみじみ言った。
「 ・・そうだな。 まだ若かったはずだろうしな・・ かわいそうな事だ。 多分、オレらより、少し年下の人だと思うよ・・・ 」
 浩二は、壕内から持って来た竹ボウキに両手を突き、その手の甲にアゴを乗せると、何か、決心したように言った。
「 ・・なあ、和也。 この人・・ オレらの手で、身元を調べれんかのう。 家族がまだ生きていたら、この遺骨、返してやるんじゃ・・! 」
 和也が答える。
「 面倒臭がり屋のお前にしちゃ、珍しいコト言うじゃん! 見直したぜ・・! 」
 少し、照れながら、浩二が付け足した。
「 ・・オレんちの敷地から出て来たってコトもあるけどな・・ 何か、他人事じゃねえんだよ。 同じ学校に通ってたかもしれないってコトも・・ 」
 カメラをカバンに入れながら、和也も同意した。
「 そうだよな・・ 平和な今じゃ、考えられん時代が、確かにあったって事を、オレも思い知らされたよ。 オレらと同じような年代のモンが、こんなトコで死んで行って・・ 何十年も放置されてたんだもん・・・ オレらは、恵まれてるよな・・ 平和な時代に生まれてさ。 とりあえず、オレらの学校に通っていた生徒、と仮定すんなら、学校の図書館の資料室に記録があるかもしれない。 名簿とかさ。 まずは、その辺から調べてみよう。 せめて、オレらで出来るコト、してやろうぜ・・! 」
「 ・・あれ? 」
 ふと、持っていた竹ボウキを見て、浩二が、気付いた。
「 どうした、浩二・・? 」
 再び、懐中電灯のスイッチをつけ、竹ボウキの柄を照らす、浩二。
「 ・・見ろっ、和也、ここ・・! 」
 和也は、近付くと、浩二が指す柄の所をのぞき込んだ。 墨らしきもので、何かが書いてある。 かすれて、読み難くはなっていたが、そこに『 廣島髙等專門女學校 』という書き文字がしっかりと読み取れた。 
 和也は、浩二の顔を見ながら言った。
「 ・・これは・・ あの子のホウキだ・・! あの子が、持ってたんだよ! やっぱり、あの子は・・ オレらの、遥か昔のセンパイなんだ。 旧制女子高等科の生徒なんだよ・・! 歳は・・ 13か、14歳くらい・・! 」
「 ・・こりゃ、遺品かよ・・! ボロいんで、捨てちまうとこだったぜ・・! 」
 遺骨の主が、本当に竹ボウキを持って来たのか、それは、定かではない。 状況的に判断して、その可能性は十分にあると言える程度である。
 どのようにして、あの防空壕に入ったのか、また、その最期は、いかなるものであったのか・・・ 白川 清美という、女学生らしき人物の存在。 全ては、真っ暗な闇に閉ざされていた歳月のみが知り得る、遥かなる過去の事実であろう。
 和也の胸には、遭遇した過去の重さが、経験した事のない感触として存在していた。 解き明かさなくてはならない、そんな、使命感にも似た気持ちでもあった。
 どんな人物であったのか、 どこに住んでいたのか・・・ また、運命の日になったであろう、その日の行動など、現時点では、全くもって、全てが謎だ。 だが、確かに生きていた人なのだ。 これら遺品の数々が、それを証明している。 どこからその存在は、闇の中へと消えていったのか・・・
 遥か、何十年も前に起きた1つの悲劇の軌跡を、想像せざるを得ない胸中の2人であった。
「 そのホウキ、大事に取っておけよ。 それと、この遺骨・・ ドコに保管するんだ? まさか、お前の部屋ってワケじゃないだろう? 」
 カバンの中から、コンビニのビニール袋を取り出し、遺骨の入った麻袋を包みながら、和也は聞いた。
「 勘弁してくれよ、そんなん・・! 人の骨だぞ 」
「 今日、枕元に出るかもしんないから、名前の確認と、住所、聞いとけよ・・! 」
「 マ、マジかよ、おお~い・・! 」
 再び、浩二は、ビビっているようだ。
「 倉庫裏の、ガレージの隙間に隠しとくわ・・! あそこなら雨、当たんないし 」
「 う~ん・・ その御霊には、少々、申しわけない気がするけど・・ 仕方ないか。 よし、じゃあ、明日から早速、調査開始だ。 浩二、言い出しっぺなんだからな。 しばらくは放課後、ゲーセン行けないぞ? 途中で、ヤになって逃げ出すなよ 」
「 分かってるって。 敵前逃亡は、銃殺だからな・・! 」
 浩二は、キッと表情を改めると、親指を立てて答えた。
 遺骨の入った麻袋に目をやると、和也は呟くようにして言った。
「 ・・この子を、帰るべき親元に帰してやるか・・! 」
「 プライベート・ライアンみてえだな・・! オレたちゃ、第2レンジャーか・・・ B中隊だな 」
「 ドコが、中隊なんだよ? 2人しか、いないじゃん。 しかも、探す相手は、骨になってるし 」
「 現実的に言うなよ、和也。 夢がねえなあ~ 」
「 お前に、言われたくないわ・・! 」
 辺りは、すっかり日が落ち、外灯の明かりが、点き始めていた。

3、アプローチ

3、アプローチ


 放課後の学校の図書館・・・ その一画にある資料室に、和也と浩二はいた。
 いくつもの書庫棚が立ち並ぶ片隅に、テーブルが1つ、置いてある。 そのテーブルに座り、ため息をつく2人。
「 ・・こんなに沢山の資料から・・ どうやって調査して行こう・・? 」
 書庫棚を見上げながら、和也は呟いた。
「 オレなんか、すでにアタマ痛いんだケド・・ 」
 浩二も、ウンザリしたように言う。
 途方に暮れていた2人に、女生徒が声をかけた。
「 あら? 珍しいトコにいるのね 」
 浩二と同じクラスの、塚本 美奈子である。 2年の時に、東京の学校から編入して来た優等生で、浩二のクラスの学級委員長だ。 和也とも面識がある。
「 おう、美奈子か。 たまにゃ~勉強せにゃ、いけんきにのう~ 」
 全く信憑性のない浩二のセリフに、美奈子は、笑いながら答えた。
「 そうなの~? 困ったなあ・・ あたし今日、傘、持って来てないのよねぇ~ 」
「 ナンじゃそら・・ 」
「 武内君、なにか調べもの? 写真関係は、Bブロックよ? 」
 美奈子が、和也に尋ねた。
「 いや、今日は、そんなんじゃないんだ。 ちょっと、学校の歴史を調べようと思ってさ 」
「 学校の歴史? へええ~・・ 夏休みの自由課題か、何か? 」
「 ・・うん、まあ・・ 何つ~か、その・・・ 」
 返答に困り、口を濁す和也。 浩二が、和也に持ち掛けて来た。
「 なあ、和也・・ 美奈子にも協力してもらおうか? 」
「 ・・う~ん・・ そうだなあ、どうしよう・・ 」
 腕組みをして考える、和也。
「 なあに? 何を調べようとしてるの? 」
 何かを企んでいる2人の雰囲気を察知し、美奈子は、持っていた本をテーブルに置くと、両手を突き、2人の顔を交互にのぞき込んだ。
「 美奈子、顔、貸せ・・! 」
 浩二は、そう言うと、美奈子が着ていた制服のブラウスの襟を掴み、自分の顔の方に引き寄せた。
「 ちょ、ちょっと・・! そんなトコ、引っ張らないでよっ! リボン、曲がっちゃうでしょっ・・! 」
「 いいか・・? 誰にも言うなよ・・! これは、極秘作戦じゃけえな 」
 声を落とし、意味ありげに、浩二は言った。
「 はあ? 作戦? ナニ言ってんの、あんた 」
 和也が、間に入る。
「 浩二、おかしな言い方すんなって。 塚本が、誤解するだろうが 」
「 おう、そうか。 いや、実はな、骨が出てきよってな・・ 」
「 は? 骨? なっ・・何それ・・! あんた、ドコ掘ったのっ? イヤよ、あたし・・ヘンなコトに巻き込まないでよっ! ナニしてんのよ、アンタたち・・! 」
 浩二が、必死に美奈子をなだめる。
「 ち・・ 違うんじゃ、騒ぐなって・・! おいっ! 」
 和也が、手を額に当て、ため息をついた。
「 武内君まで一緒になって・・ ナニしてんのよっ! 信じらんないっ・・! 」
「 おい、和也! ナンとかせえ、コイツ! だから、女はイヤなんじゃ 」
「 お前が、言い出したんだぞ? ・・塚本、落ち着け! オレたちゃ、墓荒らしでも何でもない。 浩二ンちの敷地から、戦時中の防空壕が出て来たんだ 」
「 ・・防空壕・・? 」
 きょとんとしながら、美奈子は聞いた。
「 ああ、そうだ 」
「 恒川君の家の敷地から? 」
「 そう 」
 美奈子は、それを聞いてある程度、納得したようだ。
「 ・・そこから骨が出て来たの? 」
「 察しが、いいね。 その通りだよ。 昨日、2人で入って、見つけたんだ 」
 やっと事態を収拾したらしい美奈子は、テーブルのイスに座ると、言った。
「 防空壕跡から・・ か・・ それでも、ちょっと驚きね・・・! そんなコトってあるんだ 」
「 オレらも、最初はビックリしたよ。 コイツ、いきなり骨、拾いやがってさあ 」
 浩二が答える。
「 オレだって、最初は、木かと思ったんじゃ。 ビックリしたぜ・・! 」
「 コイツ、泣き出しやがってさあ~・・ 帰る~、とか言ってんだぜ! 」
「 フ、フカシてんじゃねえよっ! 誰が、泣いたってか? 」
 笑い出す、美奈子。
「 見てみたかったわ~ 恒川君の泣き顔・・! 」
「 泣いてねえって! しばくぞ、コラ 」
 和也は、真顔になると、美奈子に言った。
「 続きがあるんだよ・・・! どうも、その遺骨の主は、ウチの生徒らしいんだ 」
「 えっ? ホント・・? 」
「 制服を着ていたんだ。 ウチの校章が付いたセーラーをね・・・! 」
「 ・・・・ 」
 発見した和也たちの時と同じく、美奈子も、その事実報告には一瞬、引いた。
 しばらくしてから、おもむろに和也に尋ねた。
「 ・・ウチの生徒・・ ってコトなの? 」
「 多分ね・・・! もっとも、当時は旧制だから、年齢は、オレらとは少し違うと思うけどさ 」
 美奈子は、左手の指をアゴ先に当て、思い出すように言った。
「 この前、歴史でやったわよね・・ 旧制教育って・・ 尋常小学が4年、高等小学が4年・・ だっけ? 小学の高等科には、女子の専科もあったって話しだったわね 」
 和也が言った。
「 近くに竹ボウキが落ちていてね。 その柄に、ウチの学校の前身校の名前が入っていたんだ。 多分、状況からして、遺骨の主が持っていたホウキだと思う 」
 美奈子は、和也を見つめながら言った。
「 ・・それで学校の歴史を・・! 武内君たち・・ その遺骨の主を調べようって気? 」
「 判る範囲までね。 出来れば、親が生きていれば、遺骨と遺品を返してあげたいんだ 」
 浩二も、口を挟む。
「 協力してくれねえんだったら、せめて内緒にしといてくれや。 オレらだけで、やるからよ・・! モノがモノだけに、あんまり騒がれたくないんじゃ 」
 美奈子は、しばらく考えると、2人に言った。
「 ・・いいわ、協力する・・! だって、あたしたちの先輩なのかもしれないんだもんね、その人 」
 浩二が、指を鳴らしながら言った。
「 そうこなくっちゃ! 美奈子なら、協力してくれると思ったぜ 」
「 恒川君、イキナリ、骨がどうのこうのって言うんだもん! 誰だってビックリするわよ。もっと、順を追って説明してくれなきゃ 」
 新たな仲間が増えたところで、和也は提案した。
「 まず、正確な時代背景の確立だ。 これは、だいたいの条件から言って、割り出すのは簡単だろう。 問題は、遺骨の主の特定だ。 この学校の出身者、と仮に決めて、名簿を片っ端から調べるしかないな。 そんな古い記録、おそらくパソコンにも入力されてないと思うし・・・ 」
 頷く、美奈子。 和也は続けた。
「 名前が判明したら、今度は、記載されてある住所の確認だ。 これが一番難しいかな?なんせ、ほとんどの市民が、原爆で亡くなってるはずだからね 」
 美奈子が言った。
「 ねえ・・ 調べる前に、あたし・・ その遺骨にお線香、あげたいんだけど・・・ 何か・・まず、遺骨の主に敬意を払うっていうか・・ ご霊前での紹介っていうの? そんなカンジ。 これから、その主に関わっていくんだし 」
 和也も、その意見に賛成した。
「 ・・そうしようか。 明日、改めて調査を開始しようぜ。 なあ、浩二 」
「 ほうじゃな・・ 線香は、霊魂の食いモンだそうじゃけ。 何十年も食っちょらんけ・・ ハラ減ってるじゃろな 」
「 浩二ンちは、三川町だけど、大丈夫か? オレら、チャリだぜ? 」
 和也の問いに、美奈子は答えた。
「 あたしも自転車だよ。 今日は、夕方から塾で的場の方へ行くから、ちょっと遠回りだけどね。 別に、いいわよ? 」
 学校を出た3人は、浩二の家に向かった。

 掘り返された土山が、照りつける真夏の太陽に照らされ、白く乾いている。 コンクリートの躯体も、真っ白に渇いて、まるで粉糖を降り掛けたようだ。
 遺骨発見場所である防空壕跡を、美奈子に一通り見せた後、和也は、遺骨が保管してあるガレージ脇へと案内した。
「 バアちゃんの仏壇から、2・3本もらって来たぞ 」
 線香を持って、浩二がやって来た。
「 お線香立てが、無いわね・・ 」
「 あ、これでどうだ? 」
 和也が、フィルムの空きケースを取り出す。 足元の、なるべく細かい砂を詰め、そこに線香を立てた。
 浩二から渡された昨日のライターで、和也が火を付けていると、浩二が、ガレージの隙間に入れてあった麻袋を、引っ張り出した。
「 ・・・それ・・? 」
 多少、おっかなさそうに、美奈子が聞く。
「 ほうじゃ、見るか? 」
「 いい、いいっ・・! 」
 和也は、遺骨ではなく、着衣のみを麻袋から出すと、美奈子に広げて見せた。
 ボロボロになった、かすみ模様のモンペと、校章の付いたセーラー・・・
「 ・・ホントだ・・! ウチの校章が付いてる・・! 」
 美奈子は、改めて、その事実に驚いたようだった。
 和也は言った。
「 ・・これ見てると、何か・・ 何かしなくちゃ・・ って気持ちになるな、やっぱ。 オレたちと同じように、実際、生きてたんだぜ? この子・・! 」
 美奈子は、頷くと目を閉じ、長い合掌をした。
「 ホントは、こんな軒下に置いておきたくないんじゃ。 でも、部屋ン中、持ち込むのは抵抗あってなあ・・ 」
 浩二は、そう言うと、美奈子に続いて合掌した。
 和也が、美奈子に言った。
「 そのうち、どこかのお寺で供養してもらおうと思ってるんだ。 無縁仏として葬ってくれそうなお寺、知らないか? 」
 思い付いたように、美奈子が答える。
「 あたし、猫屋町の親戚に、お坊さんがいるよ? お爺ちゃんの2つ下の弟だけど、住職なの。 そこへ、持って行こうか・・! 」
 美奈子の提案に、浩二は喜んだ。
「 おお、そりゃ、タイムリーな話しじゃ! なあ、和也! 」
 いい話である。 和也も、賛成した。
「 頼めるか? 塚本 」
「 ちょっと待ってね・・! 」
 美奈子は、さっそく携帯を取り出し、電話を掛けた。
「 美奈子に、坊さんの親戚がいたなんて、ラッキーじゃのう、和也 」
「 ああ、意外だったな。 これで、遺骨の主の落ち着き先は、確保出来そうだな・・! 」
 美奈子は、しばらく携帯の呼び出し音を聴いていた。
「 ・・あ、恒夫おじさん? 美奈子です。 先日は、お邪魔しました。 突然でごめんなさい。 今、いい? 電話。 あのね・・・ う~ん、なんて説明したらいいんだろ・・・ え? 違うの、勉強の相談じゃなくて・・ え~と・・・ え? 違うわよ、彼氏なんていないわよ。 とにかく・・ 今から学校の友だちと、そっちに行ってもいい? 詳しいコトは、あとで話すから。 うん、ごめんなさいね。 そう、今から。 え? いらないわよ、お菓子なんか。 こっちからの突然なんだから、気を使わないで。 うん・・ じゃあね 」
 携帯を切ると、笑いながら美奈子は言った。
「 ムリヤリ承諾させちゃった・・! 気さくなおじさんでね。 小さい頃から、よく遊んでもらってたの 」
「 何歳ぐらいの人なんだ? 」
 和也が聞いた。
「 確か、60・・ 7、よ。 この前の連休、おばあちゃんの命日だったから、お寺に行ったんだけど・・ その時に、おじさんから聞いた話しがあって、それで、ピーンと来たの。 墓地に、無縁仏の塚があってね。 戦時中の空襲や原爆で亡くなった人も、随分、葬ったんだって。 原爆投下後は、遺体集積場と焼却所にもなってて、身元不明者の遺体を、随分、焼いたそうよ? 」
「 生々しい話じゃのう・・! ホントに、オレらの近くの町の話しけえ? 」
 浩二が言う。
「 だって、ここも、猫屋町も、爆心地からそんなに離れてないのよ? この、恒川君の家だって、被災したんでしょ? 」
「 おう、オレんちは、丸焼けよ 」
 和也が言った。
「 見たような言い方だぞ、お前。 しかも、威張るなよ・・! 」
 美奈子は、2人に催促をした。
「 おじさん、夕方になると御勤めがあるから、早く行こうよ 」
「 OK。 とにかく塚本の親戚ンちに、やっかいになろうぜ・・! 浩二、何か、カバンみたいなモン、ないか? 遺骨を入れんだよ 」
 和也が、浩二に聞いた。
「 待ってろ、古いスポーツバッグが、あったけえ 」

4、永遠の魂

4、永遠の魂


 美奈子の親戚という寺は、恵宋寺という、浄土宗の寺だった。 本堂は、戦災で焼けたらしく、コンクリート製で、比較的に新しい造りである。 敷地は、かなり広く、僧房などもあり、由緒正しい寺院の風格を見せていた。
「 ・・でっけえ寺じゃのう~・・! 」
 浩二が、感心して言った。
「 七堂伽藍、とまではいかないけど・・ 立派な鐘楼があるじゃないか 」
 敷地内を歩きながら、和也も感心して言った。
「 あの梵鐘、南北朝時代のものよ? 県の有形文化財なの。 戦時中も、鉄不足で軍に徴収されそうになったけど、広島大学の教授が、連隊本部に直接、直訴して難を逃れたんだって 」
 美奈子の説明を聞いた浩二が、和也に尋ねた。
「 なあ、和也。 南北・・ ちょう・・? って、どのくらい前? 」
「 お前が知らんでもいいくらい、前だよ 」
「 ・・ほうか 」
 本堂の前まで行くと、住職らしき1人の男性が、掃き掃除をしていた。
 美奈子が、声をかけた。
「 恒夫おじさん、こんにちは! ごめんなさいね、突然で 」
「 おう、美奈ちゃんか。 よう来たのう。 いらっしゃい。 まあ、上がんなさい。 お茶でも飲まんか 」
 白い法衣を着た住職は、ホウキをチリ取りに立て掛けると、本堂の脇にある母屋の縁側に3人を案内した。
 少し太った体格に、にこやかな表情。 右鼻の脇にある大きな生きホクロと、真っ白な眉毛が印象的な住職だ。
 美奈子は、今までの経緯を話した。 防空壕内での状況説明は、和也が替わって、詳しく住職に話しをした。
「 ・・ふむ・・ 」
 和也たちの話を聞いて、しばらく考えていた住職は言った。
「 ・・武内君と、恒川君・・ と、言ったかね。 なかなか慈悲のある、良い志じゃね。 最近の若いモンにしちゃ、めずらしいのう。 美奈ちゃんにも、いい友だちがいるようで、安心じゃ 」
 浩二が、照れ笑いをする。
 出された冷茶を飲み、和也が言った。
「 僕ら、戦時中の事は、歴史の授業でしか、触れる事がありません。 学徒出陣や勤労学生など、聞いた事はあっても、実感がないのが現実です。 まあ、それは当り前な事ですが・・・  でも、実際に、本当に起こっていた事実の証拠を、目の辺りにして・・ 何というか・・ ショックでした 」
 美奈子も、それに続けた。
「 あたしも・・ ボロボロになった制服を、この目で見て・・ ホントにあった出来事なんだなあ、と思ったわ。 何か、すごく訴えるものを、感じたの。 それが何かは、分からないけど・・・ 」
 住職に、冷茶のおかわりを注いでもらった浩二も、言った。
「 オレのウチの敷地から出て来たけん・・ 他人事じゃあ済まされん、思ったです 」
 何度も、頷きながら3人の話を聞いていた住職は、やがて静かに語り始めた。
「 原爆の事を、この辺の古い人らは『 ピカドン 』っちゅうんじゃ。 ピカッと光って、ドーンじゃからな。 ・・アレが落ちた時、ワシは丁度、学童疎開で小郡の方に行っとってなあ・・ コッチにおった、末の弟や親父・お袋は、その時、みんな死んだ。 由緒あるこの寺も、全部、倒れてなあ・・ 残ったのは、あの梵鐘ぎりじゃ 」
 和也たちが、先ほど見かけた梵鐘を、住職は、遠い眼差しで見つめた。
「 当時は、高等小学の生徒たちも、みんな工場に狩り出されてな。 飛行機のプロペラ研磨とか、エンジンの組み立てなんぞ、やらされとったのう。 高女の姉さまたちも、か弱い手を真っ黒にして、勤労奉仕をしちょったなあ。 君らが見つけた仏様も、そんな勤労奉仕に従事していた1人なんじゃろ 」
 和也が言った。
「 僕ら、学校の資料なんかから、この子の身元を調べようと思ってるんです。 見つけられるかどうかは、分かりませんが・・ 」
 住職は、目を細めながら答えた。
「 うむ、うむ・・ やってみなさい。 これも何かの縁じゃ。 君らを頼って、この仏様も出て来たのかもしれんしのう。 供養の事は、引き受けた。 その中に、おるんか? 」
 縁側に置かれた、古いスポーツバッグに目をやりながら、住職が尋ねる。
 美奈子が答えた。
「 そうよ。 その竹ボウキも、遺品なの 」
「 どれ・・ 」
 住職は腰を上げると、バッグを開き、中から麻袋を取り出すと、それらを持って本堂の方へ歩き始めた。
「 君らも、来なさい 」
 則された3人も、住職に続き、本堂に入る。
「 そこに座って。 足は、崩して構わんよ 」
 本尊の正面に3人を座らせた住職は、黒い法衣に着替え、線香を手向けると、麻袋を開封した。 中から遺骨と遺品の制服や革靴を出し、竹ボウキと共に、本尊前に敷いた白い布の上に並べる。 本尊の前に正座すると鐘を鳴らし、住職は、読経を始めた。 鳴き出した蝉の声と共に、鐘の音と読経が、境内に流れて行く。 厳かな時間・・・
 3人は、神妙な心持で、静かに読経を聞いていた。
 10分くらい経ったろうか。 読経が終り、住職は、3人の方を向き直ると、合掌しながら言った。
「 慈悲ある心は、御仏が守って下さる。 体の方は・・ 現世において、自分の身があるという事は、常に、誰かに助けられて生きているという事なんじゃ。 人は、助け合って生きているという事を、忘れちゃいけんぞ? ・・不幸にしてこの子は、災難な時代に生まれ、数奇な運命に従わざるを得なんだんじゃ。 その事を、恨み募る事は、せなんだろう。 そんな事を考える事すら、許されなかった時代じゃ・・・ 平和で裕福な時代に生まれた君らは、せめて、この子らの過去を継承し、過ちを、再び起こさぬよう務める義務がある。 この子が、再びこの世に生を受けた時、また前世と同じような受難の時代であったのでは、あまりに辛すぎるじゃろ? 」
「 ・・生まれ変わった時・・ かあ・・ 」
 美奈子が呟いた。
 和也が、住職に尋ねる。
「 輪廻転生、ってやつですか? 」
「 よく知っておるのう。 そうじゃ。 御仏の世界では、魂は永遠のもの、と考えられておる。 人は、数百年という時空を越えて、如来の導きにより、再び生まれ変わるんじゃ。 前世の煩悩を悔い改め、魂を浄化せなんだら、生まれ変わっても、前世と同じ運命を辿るとも言われておる。 この子が生まれ変わる来世は、せめて、平和な時代にしてやりたいものよ 」
 住職は、遺品のモンペと制服を手に取ると、和也に渡した。
「 そこの水場で、洗ってやりなさい 」
 本堂脇に、水道があった。 和也は、近くに伏せてあった大き目なタライに水を入れると、それらの衣類をそっと浸した。 ゴワゴワになっていた繊維に、水が染み込んでいく・・・ まるで、干からびた体に、命という水が染み入っていくようだ・・・
「 和也、あんまり擦ると、ボロボロになるぞ 」
 浩二が、心配そうに言った。
「 分かってるって。 浸して、揉み洗いするだけだよ 」
 タライの水は、すぐに真っ黒になった。 何度も、水を替え、慎重に洗う。
 住職が、もう1つ、タライを持って来た。 浩二が、そちらでモンペを洗いだす。 美奈子は、スカーフと革靴を蛇口の水で洗った。
「 制服、白っぽくなって来たね・・! 」
 美奈子が、和也の手元を見ながら言った。
「 うん。 だけど・・ やっぱり残念ながら、名札は読めないね 」
 突然、モンペを洗っていた浩二が、声を上げた。
「 おい、和也っ・・! このモンペ・・ ポケットに、何か入ってるぜ・・! 」
「 何っ、ホントか? 」
 慌てて、浩二の元に駆け寄る、和也と美奈子。 はたして、モンペのポケットから出て来たのは、布に包まれた、小さなクシだった。
 のぞき込むようにして見た住職が、言った。
「 ツゲのようじゃな・・ 小さいが、いいものじゃ。 大事なものだったんじゃろ。 大切そうに、布で包んであるのう・・・ 」
 水でよく洗い、持ち主の手掛かりがないか、念入りに確認する。
「 名前なんぞないか、と思うたんじゃが、何にもねえな・・ 」
 浩二は、クシを美奈子に渡した。 しばらく、それをじっと見ていた美奈子だったが、やがてポロポロと、涙を流し始めた。
「 ど、どうしたんじゃ? 美奈子・・! 」
 心配そうに、浩二が聞いた。
「 ・・これ見てたら・・ 何か、すっごく悲しくなって来ちゃって・・! よく分かんない・・・ 何か・・ どんな時代でも・・ おしゃれ心は、一緒だったんだなあって・・! 私と何も変わらない、普通の・・ 同じ年頃の子だったんだって・・ 改めて感じちゃって・・・! 」
 指先で、何度も涙を拭いながら、美奈子は言った。
 クシが包んであった布は、ポーチのようになっており、専用のクシ入れとして使っていたものらしい。 縫い跡がまばらで、本人の手製のようだ。 クシ入れの中からは、小さな針山に刺した数本の錆びた針と、束ねた縫い糸も出て来た。 それらを一つ一つ、丁寧に洗い、日陰の石の上に並べ、乾かしていく。
 作業をしながら、美奈子が呟いた。
「 この時代は、みんな当り前のように、お裁縫してたのね・・ 私、何にも出来ない。 何か、恥かしいなあ・・・ 」
 衣服も洗い終え、境内の小枝に渡した洗濯ロープに吊るし、乾かす。 晴天でもあり、乾いた空気のおかげで濡れた衣服は、みるみると乾いていった。
 思い思いに腰を降ろし、しばらくそれらを眺めていた3人に、住職が言った。
「 乾いたら、それらは持って帰りなさい。 主が判ったら、君らの手で、親族に返すんじゃ。うまく巡り逢えるように、ワシも祈っとるけんな 」

 恵栄寺を出た3人は、夕暮れの路地を自転車を押しながら、ゆっくりと歩いていた。
「 ・・あの子、成仏出来るといいなあ・・ 」
 和也が、独り言のように呟く。
「 そうね・・ 」
 美奈子の小さな答えに、浩二も続けた。
「 ・・オレら、恵まれてるよな。 軍隊に入らんでもいいし、空から爆弾が落ちて来る事もないし・・・ 」
「 どうした、浩二? お前にしちゃ、やけに神妙じゃないか 」
「 ・・う~ん・・ 何つうか・・ 今まで、考えたコトなかったからよ。 こういうコトって・・ 」
 和也も美奈子も、浩二の言葉に頷いた。
「 おじさんが言ってた通り、あの子のこと・・ できるだけ調べてあげようね。 どこまで判るか、わかんないケド・・ 」
「 そうだね・・ 」
 そう答えて、ふと、前を見た和也の目に、すぐ前の細い十字路を横切る、女子学生の姿が映った。 着ている制服は、和也たちと同じ学校のもののようだ。
「 あ・・ 」
 声を上げた和也に、浩二たちが気付く。
「 ん? どうした、和也 」
「 いや、あの子・・ 」
 和也がそう言うと、その女子学生は、建物の影に隠れてしまった。
「 今、前を横切った子・・ 昨日のテニス部の撮影の時にいた、マネージャーと思った部員だ 」
「 おう、お前の、幻影の君か 」
「 茶化すんじゃねえよ。 ・・そうか・・ この辺に住んでんのか・・・ 」
 和也は、十字路の所まで来ると彼女が行った方を見たが、すぐにまた路地を曲がったらしく、その姿は、そこにはなかった。
「 なあに? 武内君・・ そんなに、魅力的な子なの? 」
「 いや・・ 魅力的とか・・ そんなんじゃないよ。 何て言うか、気になるって言うか・・ 」
「 コイツ、その子に一目惚れしてんだよ! 」
「 テキトー言ってんじゃねえよ、浩二・・! オレは・・ 写真を撮る愛好家としてだなあ・・ 」
「 ムキになるトコが、ますます怪しいねえ~っ! そおか~、おメー、恋したな? ん? どうよ? コラ 」
「 はっ倒すぞ、浩二! お前~っ・・ 」
「 へええ~っ、あたしも見てみたいな、武内君のお相手 」
「 おいおい・・ 塚本まで、ナニ言ってんだよ。 カンベンしてくれよォ・・! 」
 浩二が、和也の肩を、軽く叩きながら言った。
「 安心しろ・・! オレが親友として、サポートしてやる。 何も心配するな 」
「 お前が、何もしない方が安心だよ。 ヘンな事、先走るんじゃないぞ! オレは、彼女のポートレートが撮れれば、それでいいんだ。 秋の文化祭発表は、ポートにしようと思ってたんだから 」
 浩二は、人差し指を振りながら答えた。
「 ちっ、ちっ、ちっ・・! そんなんだから、お前はダメなんじゃ。 いいか、女を口説く時はだな・・・ 」
「 ・・やっぱ、お前、何もするな 」
 美奈子が、声を出して笑った。

5、綴られた記録

5、綴られた記録


 遺骨の主の調査は、先日、和也が提案した通り、まず、年代の特定から始まった。 資料室の書庫の奥にある、学校の歴史を綴った資料を調べるのだ。
「 創立は、大正12年。 昭和20年の教育改正で共学になるまでは、女子の高等専門学校よ。 家政科と普通科があったみたいね 」
 和也が、美奈子に聞いた。
「 戦時中の勤労奉仕について、何か記述はないかい? 」
「 ないわね・・・ 年表みたいなものが付属してるだけよ。 恒川君の方は、どう? 」
 書庫の奥にいる浩二に向かって、美奈子が聞く。
「 コッチのは、戦後の生徒名簿ばっかりじゃのう・・ お? 待て待て・・! 戦前のがあるぞ。 昭和10年って、戦前じゃろ? 」
 浩二が、古い資料を持って2人の所にやって来た。 真っ黄色に変色した、わら半紙の資料である。
「 確かに戦前だけど・・ 戦前過ぎるよ。 そんな前じゃ、入学もしてないんじゃないのか? 」
 美奈子が、指折り数えて答える。
「 昭和20年の原爆投下が命日で、高等科の4年という最上級生と仮定して・・ ええと・・ 尋常小学の入学は・・・ 昭和13年よ 」
 浩二が言った。
「 13年のは、ねえよ。 10年の次は、16年まで跳んでるんじゃ 」
 和也が、推測しながら答えた。
「 戦災で、この学校も焼けてるだろうし、資料も紛失してるんだろうな。 ・・でも、16年のだったら、在学してるんじゃないか? 4年生だよな 」
「 転校で、他の尋常小学を卒業してから、この高等小学に入ったんだったら、ないわね。 でも、調べてみようよ 」
 再び、書庫の奥へ入った浩二が、1冊の古い綴りを持って来た。 昭和16年度 学徒名簿、と墨で書いてある。 先程の10年のものと比べると、バインダーのような金具がない。 パンチで紙に穴を開け、厚紙の表紙と共に、組み紐で結んだものである。 表紙の厚紙も、貧疎なものであった。
 和也は、しみじみと言った。
「 この年になると、そろそろ軍事色が濃くなり、物資が不足し始めた頃だ。 こんな、ちょっとした事にも、軍靴の波は、押し寄せていたんだなあ・・ 」
 美奈子も、厚紙と帳合を見て言った。
「 表紙の事? ホントだ・・・ 何か、歴史の授業の通りね・・・! 」
 いつも、歴史の授業を居眠りしている浩二は、話の輪に入れず、後悔しているようである。
「 何か、歴史ってよ、年号を覚えるのが面倒臭くてのう・・ 」
 和也が言った。
「 年号なんか、問題じゃないよ。 どうして王制が倒れたか、とか、なぜ将軍は鎖国令を発布したか、とか・・ そういう事を考えて勉強すんのが歴史だぜ? 」
 美奈子も、続ける。
「 難しい方程式や証明問題を人前で解いたって、煙たがられるだけよ。 化学式や物理的な論評を討議したって、何か、オタクっぽいし・・ 古典や歴史の知識を発揮した方が、教養あるように見えると思うな 」
 和也が笑いながら、浩二に言った。
「 まあ、どんな知識に教養を感じるか、それは、人それぞれだけどな。 たまにゃ、居眠りせんと、授業受けろよ。 お前、今度、赤点取ったら、ヤバイぞ? 」
「 それよ。 マジ、普通にヤバイぜ・・・! 」
 そう言いながら、浩二が開いた綴りには、筆書きで在校生の名前が、びっしりと書いてあった。
「 うっひゃあ~っ! なにコレ・・ 達筆すぎて読めないよ・・! 」
 美奈子が、声を上げる。
 ページをめくりながら、和也が言った。
「 人数は、そんなに多くなさそうだけど・・ 参ったなあ、これ。 1人ずつ、解読していかにゃ・・! 」
「 ねえ、組み紐バラして、3人で3枚単位に調べていかない? そうすれば、3人で見れるから早いし、ページが入れ違う事もないと思うわ 」
 美奈子の提案に、和也も同意した。
「 そうしよう。 最初の3枚から見ていこうぜ。 浩二、この紙に大きく『 白川 清美 』って、書いてくれよ 」
「 見本か? 」
「 ああ。 でも、最後の『 美 』だけは、不確実な文字だからな? とりあえず、最初の『 白 』から検索するつもりでいこう 」
 各自に渡された資料には、在校生徒の名前と住所が書いてあった。 しかし、すべて、旧書体である。 名前の方は、何とか読めるものが多かったが、住所に至っては、さっぱり読めないものばかりである。 市内と、近郊在住の者が多かったが、遠く、向原や川尻という地名が確認出来る者もあった。
「 これ、西条って事は、電車で通っていた、ちゅう事けえ? えれえ遠くから、来てたもんじゃのう 」
 そう言う浩二に、和也が答えた。
「 当時は、電車じゃないよ。 汽車だよ。 高等専門学校ってのは、そんなにたくさんあった訳じゃないんだ。 いいトコの坊ちゃん・お嬢さん連中は、その名門に行く為、はるばる遠くからやって来た、って訳さ 」
 美奈子が言った。
「 さっきの資料によると、寄宿生もいたそうよ? ほら、この人、尾道よ。 とても通える距離じゃないもの 」
 浩二が、声を上げる。
「 おっ、白、発見っ! ・・違った、向井だった・・・ 」
「 浩二、よく見ろよ? 2文字目は、三本川だからな 」
「 おっ? ・・また違うな。 おっ? ・・残念、日置だった。 おっ? おっ? 」
「 うるせえよ、お前っ、気が散るだろうが! 」
「 だって白川だぜ! 白川っ! ・・あ・・ 静子だと・・・ 」
「 ・・・・・・ 」
「 ・・このページには、無いわ。 そっち、終った? ・・次、いくわよ 」
 美奈子が、新たなページを配布する。
 真っ黄色に変色した、粗悪な紙・・・ 所々に、虫食い跡も見られる。 しかし、確かに当時は、存在していた生徒たちの名簿だ。 4年後、この彼女らを待ち受けていた運命・・・ おそらく、この名簿にある、ほとんどの生徒が恐ろしい地獄に遭遇し、その若い命を落としていった事であろう。 彼女らが、最期に見た地獄絵図とは、一体、どんなものだったのか・・・?
 1人1人の名前を確認しながら、迫り来る『 死 』の影を見た、彼女たちの胸中を思う、和也であった。
 何回りか、ページを替えながら、資料を半分ほど消化すると、窓の外は、薄暗くなっていた。
「 もう、7時前よ。 今日は、このくらいにしない? 」
 美奈子が言った。
「 ふええ~っ、疲れたわい~・・・! 」
 イスに反り返りながら、浩二が言う。
「 意外と、手間だなあ~・・! 墨文字が、こんなに読みにくいとは思わなかったよ 」
 和也も、目を擦りながら言った。
「 旧書体だものね。 慣れてないし・・・ 資料、戻してくれる? 続きは明日ね 」
 美奈子は、回収したページを元に戻し、検閲した最終ページの隅に、タックシールを貼った。
 頭をボリボリとかきながら、浩二が言った。
「 今日は、成果なし、か・・・ 」
 イスを片付けながら、和也が答える。
「 そう簡単には見つからないって。 何てったって、半世紀前のコト、調べてるんだぜ? 」
 書庫棚に資料を戻しながら、美奈子が聞いた。
「 明日も、同じ時間からでいい? 」
 カバンを右肩に掛けながら、和也が言う。
「 オレ、ちょっと遅れるかも・・・ 生徒会が、バレー部のインタビューするらしくて、部長の顔写真、撮らなきゃならないんだ 」
 浩二が、すかさず言った。
「 オレ、助手やってやるよ! 反射板係り、いるだろ? 任しとけ 」
「 いらん。 お前は、ここで、やるコトがあるだろうが 」
「 ・・やっぱり・・? 」
「 塚本。 コイツ、逃亡するかもしれないから、注意しておいてくれよ 」
 資料室の電気を消しながら、美奈子が言った。
「 OK~ トンズラ出来ないように、明日の朝、登校して来たら、クツを預からせてもらおうかしら 」
「 冗談だよォ~、ちゃんとやるよ。 まったく・・ ガキじゃあるめえし・・ クツなんか没収されてたまるかよ 」
 渡されていた鍵で図書館のドアを施錠すると、3人は、職員室へ向かった。

「 遅くまで、すみませんでした。 これ、鍵です。 明日も、お願いします 」
 傍らで、パソコンをいじっていた教諭が、美奈子から鍵を受け取った。
「 おう。 えらい遅くまでやってたんだな。 夏休みの自主課題か? 塚本や武内は判るが・・ 恒川がいるってのは、どういうこっちゃ? お前、熱でもあるんとちゃうか? 」
 浩二が答える。
「 先生、ワシでも、やる時はやるんじゃ。 今、歴史を調べて、勉強しとんじゃ 」
 その教諭は、目を丸くして答えた。
「 恒川が、歴史じゃとお? お前、大丈夫か? 何か、へんなモン、拾い喰いしたんと違うんかい? 」
「 ナンで、ワシが歴史、勉強すっと、拾い喰いになるんじゃ。 意味分からんわ、ホンマ 」
 和也と美奈子が、笑い出す。
 教諭は、腕組みをしながら続けた。
「 ほうか~、恒川が歴史をな~・・ ん~・・ まあ、図書館にいる事自体、奇跡じゃ。 頑張れよ 」
「 何かワシ、全然、期待されとらんのう 」
「 そんな事ないぞ? 先生は期待しとる。 この夏、県警の生活2課から、呼び出しが無い事をな 」
「 ありゃ、ワシは悪くねえって! 向こうからガン飛ばして来よったんじゃ 」
「 だからって、元安川に放り込んでいいってコトは、ないだろ? 」
「 放り込んだんじゃねえって! ちょっと小突いたら、向こうが勝手に転がり込んだんじゃ 」
「 3人ともか? 」
「 ・・・・・ 」
「 それに、『 ちょっと 』って、どのくらいなんだ? お前の『 ちょっと 』って、前歯が、へし折れるのか? 」
「 ・・・むうう・・ 」
「 むうう、じゃない。 大体、お前は、短気過ぎるんじゃ。 もっと、思慮せえよ 」
「 ・・しりょ、って、ナンか? 」
「 ・・・・・ 」
 3人が、学校を出たのは、それから30分後であった。

6、少女

6、少女


 校庭に照りつける太陽。 校門脇にある木々から聞こえる蝉の声が、一段と大きくなって来た。
 原爆が投下された、あの日の朝・・・ この広島は、今日のような快晴であったという。
 人々が、一日の生活を始めようとした、8時15分。 何の罪も無い人々の頭上で、人類初の原子爆弾は炸裂した。
 爆心地直下から500メートル半径では、一瞬にして、3.000度から4.000度の凄まじい熱風が吹き荒れ、石と鉄以外のものは、すべて消滅した。 続いて、大火災。 逃げる所など、どこにも無い。 立ったまま、子供を抱いたまま、何が起きたのか分からないまま、14万人という途方もない数の命が奪われていった・・・
 これは、すべて事実なのだ。 この地で、実際に半世紀前の朝、起こった事なのだ。
 家に帰ってからも、和也は、学校の図書館で借りて来た原爆に関する本を読んだ。 読めば読むほど、調べれば調べるほど、この地で起こった痛ましい過去の重さが、和也にはショックだった。
 その後の放射能の影響で、戦後も、死者は増え続けている。 93年時点で、何と、30万人を突破しているのだ。 実際に被爆して亡くなった人の数の、2倍以上である。 和也たちが見つけた、あの遺骨の主も、そんな犠牲者の一人なのだ。
 何が起きたのか判らないまま、死んでいった人々・・・ 和也が立っている校庭の足の下にも、人知れず、御霊が眠っているかもしれない。 事実、和也たちの学校も、被爆した後は臨時病院となり、数多くの人々が収容されていたと、その文献には記載されていた。 もっとも、病院というより、遺体収容場と言った方が正しかったようである。 物資の無い時代・・・ 当然、薬などの医薬品や機器も乏しかった為、運び込まれた人々に対して、何も手当てを施せなかったのが実情であったようだ。 ただ、苦しみを長らえるだけで放置され、焼けただれた手で空をつかみ、うめきながら数千人が死んでいった。 山のように積まれた遺体を燃やす煙が、毎日、上がっていたという・・・
 バレー部の撮影を終えた和也は、じっと校庭を見つめながら、遠い過去への想像を巡らせていた。
 くすんだ空、倒壊した建物、校舎内にうごめく、ひん死のケガ人。 遺体を焼く煙が、遥か上空まで立ち昇っている・・・ そんな情景が、活発に活動している野球部や、陸上部の姿と重なった。
( ・・・もし、オレが、あの遺骨の主と同じ時代に生まれて来たら・・・ 手に持っていたのはカメラなんかじゃない。 銃、だったんだな・・・! そして、ここで焼かれたか、焼く手伝いをしていたか・・ どちらかなんだ )
 確かに、戦争は、とっくの昔に終った。 惨事も、言うなれば『 過去の出来事 』である。 犠牲者の心情に迫ろうにも、やはりそこには時間の経緯があり、『 他人事 』に近いものとなろう・・・ でも、そんな事では割り切れない、重い気持ちでいっぱいの和也であった。
 死んでいった罪もない人々の為に、今、自分に出来る事はないのか? ささやかではあるが、あの遺骨の主を弔う事が出来たら・・・
 人は、助け合って生きているという事を諭してくれた、あの住職の言葉を、和也は思い出した。
( あの遺骨の主は、もう生きちゃいないけど・・ 住職は、魂は永遠だと言ってたな。 だったら、彼女の魂の為に、最善を尽くそう・・! )
 沈痛な心境の中に、決意を新にして図書館へ向かう、和也。
 ふと、校庭脇の小さな庭園の中にある藤棚の辺りで、先日、恵栄寺の帰りに見かけた、あの女生徒を見つけた。 肩まである髪を、後ろで一つに縛り、藤棚の下を、竹ボウキで掃除している。 この清掃エリアは、3年生だ。 彼女は、どうやら和也と同じ学年のようである。
( どうしよう・・! 声を掛けようか・・・? イキナリ『 写真、撮らせてくれ 』と言ったって、警戒するよな。 でも、いつか頼むんだし・・ 今なら、周りに誰もいないな・・・  よしっ・・! )
 踏ん切りをつけると、和也は、彼女に近寄った。 しかし、彼女は、掃除が終ったらしく、和也に背中を見せ、校舎の方へと歩き出して行く。
「 ・・あ、ちょっと・・! 」
 思わず、和也は呼び止めた。
「 ? 」
 振り向く、彼女。
 つぶらな澄んだ瞳に、透き通るような白い肌。 よく手入れされた、クシの通った髪が、日に輝いている。
 和也は、ドキドキした。
「 ・・あの・・ あ、僕、写真部の武内って言うんだけど・・ その・・ 」
「 タケウチ、様? はい、何か御用でしょうか 」
 丁寧に答える彼女。 その言葉の響きには、育ちの良さがうかがえた。 嫌味の無い、自然な上品さである。
「 いや・・あの・・ え~と・・・ 」
 接した事のない雰囲気を持つ彼女に、和也は焦った。
 彼女は、少しクスッと笑うと、和也に言った。
「 おかしな方。 私に、何か御用ですか? 」
 実に、大人びた丁寧語である。 いや・・ むしろ、時代錯誤に陥りそうな言葉使いだ。それを彼女は、慣れた感覚で使いこなしており、どうやら、それは日常的な様子である。 茶道の家元か何かの、由緒ある家柄の娘なのだろうか?
 住む世界が違う者と遭遇したような感覚を覚える、和也。 それもあってか、完全に舞い上がってしまった。
「 あ、はい・・! 御用です。 ・・いや、御用じゃなくて・・ え~・・ えっとね・・ 」
 彼女は、和也が持っていたカメラに気付いたようだ。
「 立派なカメラをお持ちなんですね。 舶来のものなんですか? 」
「 え? あ、いや・・ 国産だけど・・ 」
「 そんな立派なもの、拝見した事がありません。 武内様は、分限者でいらっしゃるのですね 」
「 はあ・・・ 」
 和也の持っていたカメラは、一般の一眼レフよりはプロ仕様であったが、そんなに高級なモデルではない。 どうやら、カメラに対しては、全く知識が無いようである。
 少し、冷静さを取り戻した和也は、思い切って彼女に言った。
「 実は、写真を1枚、撮らせて欲しいんだ。 秋の文化祭の発表を、人物写真にしようとしてるんだけど・・ 」
 何とか、言えた。 断られても悔いはない。 ダメ元だ。
 彼女は、右手を口の辺りに持っていき、はにかみながら答えた。
「 私など・・ お写真をお撮りするに、値しませんよ。 武内様の、ご友人の方にお頼みすればよろしいでしょうに・・ 」
「 いや、君がいいんだ・・! ヘンに格好をとる必要はないから、ここでいいよ! ちょっと、そのまま・・! 」
 慌ててカメラを用意する和也。 少々、強引だが、こんなチャンスは、この先ないかもしれない。 恥かしがる彼女を、強引にファインダーに入れ、和也はシャッターを切った。
「 コッチを意識しなくていいよ。 普通に、自然に立っていてくれればいいから 」
 数枚をカメラに収めた和也に、彼女は言った。
「 私、もう行きませんと・・ 作業日報を、提出しなくてはいけませんから 」
 清掃の作業日報の存在など、和也には、心当たりがなかった。 おそらく、早くこの場を立ち去りたいという、彼女の即席な言い訳だろう。
「 あ、ありがとう。 助かったよ。 写真展、見に来てね。 必ず、展示するから・・! 」
 和也がそう言うと、軽く一礼し、彼女は校舎の中へと消えて行った。
「 ・・・フラれたか・・ 」
 苦笑いをしながら、和也は呟いた。
 まあ、気が向けば、写真展に来るかもしれない。 その時に、改めてもう一度、挨拶をしようと、和也は思った。
 不思議な印象の彼女であったが、その為もあってか、和也にとって彼女は、よりいっそう興味ある存在となっていた。

 図書館へ行くと、資料室の中で、美奈子と浩二が昨日と同じように、資料とにらめっこをしていた。
「 あ、武内君! あった、あったよ! 白川 清美って名前・・! 」
 和也に気付いた美奈子は、手招きしながら、少し、興奮気味で言った。
「 えっ! ホントか! 」
 慌てて駆け寄る、和也。 美奈子が指差す名簿には、確かに『 白川 清美 』とある。
「 やったな! ホントに在校してたんだ・・! 」
「 オレが見つけたんじゃぞ? 」
 浩二が、胸を張って言った。
 美奈子が、付け加える。
「 この16年の名簿の後は、21年まで無いのよ。 この清美さんが、この後、高等小学に進んだかどうかは、判らないわ。 同姓同名の他人、ってコトもあるし・・・ でも、遺骨の主が、この清美さんである確立は高いわね・・! 」
 少々、興奮気味の和也は言った。
「 いいぞォ~・・! ついに、ここまで来たか・・! 住所は? 」
「 安佐南区よ。 長束ってトコ。 当時でも、汽車で通える範囲ね 」
「 やっぱり長束だったか・・! という事は、郊外だから・・ 被爆していないな。 家が残ってるかもしれないぞ・・! 」
 美奈子が言った。
「 もう、調べたわよ。 記載されている番地、小字と4ケタ数字だから、一軒家だと思ったの。 しかも、旧家・・・ だったら、住所は、昔と変わってないんじゃないかと思って、この住所を104に問い合わせたのね。 そしたら、白川って名前で、電話番号の登録があったのよ・・! 」
 素晴らしい展開である。 名簿にある住所は、現在も存在し、白川という人が住んでいるのである。
 和也は、小躍りして喜んだ。
「 凄いぞっ! 多分、間違いない・・! これで遺骨を返せるぞ 」
「 今、残りの名簿を見ていたんだけど、白川って名前の生徒は、他には見当たらないわ。どうする? 長束、行ってみる? 」
「 その前に、電話してみたら、どうじゃ? 突然、行くよか、ええじゃろ 」
 浩二が提案した。
「 そうだな・・ もし、親が生きていれば・・・ 80歳を超えてるか・・・ 」
「 和也・・ オレらみたいな野郎が電話するよか、美奈子にしてもらった方がええのと違うか? 」
「 ええ~っ! あたしい~っ? ちょっと・・ 抵抗あるなあ~・・・! やっぱり、みんなで行こうよ。 電話だと、ヘンに怪しまれるんじゃないの? 」
 無理には頼めない。 和也にしても、電話するのは、やはり抵抗がある。 電話するにしろ、訪問するにしろ、向こうにとっては、突然である事には変わらない。
 和也は言った。
「 今度の日曜、みんなで行こう。 直接、会った方が、話が早いだろうし。 ・・電話の名義人は、何て名前だったんだ? 」
 美奈子が、メモを見ながら答える。
「 白川 きみ、って人よ。 ハローページで調べたら、何世紀の紀、っていう字に、美しいと書くの。 お母さんかな・・・? 」
「 和也。 美奈子も、お前みたいに、探偵みたいじゃ 」
 浩二が感心する。
「 こんなの、ちょっと考えたら調べられるじゃないの。 根気よ,根気! 」
「 わしゃ、短気じゃけえ、イカンのう 」
「 分かってるなら、克服しろよ、浩二 」
「 克服しようとする気持ちも短気じゃけえ、イカンわ 」
「 何じゃ、そら 」
「 つまりよ、火消しに来た消防車が、ガソリン撒いてるようなモンじゃ 」
「 ・・何か、意味、違うような気がするぞ 」
「 恒川君の場合、消防車が来たけど、水が入ってなかった、ってカンジじゃないの? 」
「 いやあ~っ、まいったのう~ そりゃ、傑作じゃ。 はっはっは! 」
「 笑ってる場合か、お前。 短気のうえに、のんきかよ 」
「 ワシは、こんでええんじゃ。 アタマ使うのは、お前らに任せるきに。 その代り、力仕事は、ワシじゃ! 」
「 今回、力仕事は、もうないぞ・・? 」
「 ・・・・・ 」
 とにかく、今度の日曜に、3人で長束へ行ってみる事にした。 うまくいけば、遺骨の主の家族に逢えるかもしれない。
 大きく前進した展開に、和也は大満足だった。

 赤い電灯に照らされ、バレー部の部長の顔が、印画紙に浮かび上がって来る。
 翌日、和也は、昨日、撮った写真の現像を、暗室で現像していた。
「 ・・この現像液も、古いなあ・・ 発色が遅いぞ・・・ 」
 独り言を言いながら、和也は現像作業を続けた。
「 ? 」
 全くピンボケの写真が、数枚、出て来た。
「 何だ、こりゃ・・? 」
 風景らしいが、和也には、撮影した記憶がない。 木の植え込みが写っているが、それも、ひどいピンボケである。 マニュアルで撮影したものだろう。 オートでは、こんな風には写らない。
 とりあえず、乾燥させる為に、クリップで挟み、吊るす。 よく見ると、ピンボケの写真に、校庭にある藤棚らしきものが写っている。 それに気付いた和也は、慌てて、暗室の電気を点けた。
「 か・・ 彼女が・・・ 彼女が、写っていない・・! 」
 そうだ・・! これは、あの彼女を撮った時のものだ。 枚数も一致する。 ・・彼女が立っていた後ろの植え込みや、藤棚は写っている。 だが、彼女本人の姿だけが、まるで最初からいなかったように、スッポリと消えているのだ。 ネガフィルムも確認してみたが、やはり彼女の姿は、どこにも写っていなかった。
「 ・・・どういう事なんだ・・・? 前も・・ テニス部の時も写ってなかった・・! あの時は、自分のカン違いかと思ったが・・ 今回は、彼女を被写体にしてシャッターを切ったんだぞ・・・? 彼女は、間違いなくファインダーに入っていたはずだ 」
 フィルムが回ってなかったのだろうか。 いや、そんな事はない。 植え込みや、藤棚は写っている。 ・・現像の際に、光が入ったのか? それもあり得ない。 光が入ったのであれば、真っ白になっているはずである。
 キツネに摘ままれたように、和也は、その場に立ち尽くしていた。
「 おお~い、武内。 現像、済んだか? 次は、オレが使うから、そのままでいいぞ~ 」
 暗室の外から、他の写真部員が声を掛けた。
「 ・・あ、ああ・・ もう、終ったよ。 開けてもいいぞ・・・ 」
 ドアを開けて、その部員が暗室に入って来た。
「 ん? どうした? ボ~ッとして 」
 放心したような和也の表情に、彼は聞いた。
「 いや・・ 何でもない・・・ なあ・・ 人が写らない事って・・・ あると思うか・・? 」
「 はあ? ナニ言ってんだ? 」
 和也は、今、現像したばかりの写真の中から1枚を取り、その彼に渡した。
「 ・・なんじゃ、こりゃ? ひでえピンボケだなあ・・! 」
「 レンズの絞りを開放に近づけて、被写体深度を変えたんだ。 バックをボカして、ポートレート撮ろうと思って・・ 」
「 ポート? ドコに人がいるんだよ 」
「 真正面に立っていたよ・・! 」
 もう一度、写真を見た彼は、言った。
「 お前、ジョーダンきついぞ・・? さあ、どいた、どいた! 今回のオレのモチーフは、斬新だぜ? 企業秘密だからな。 見て驚くなよ・・! 」
 一笑し、写真を和也に渡した彼は、暗室へと入って行った。
 ・・・納得がいかない和也・・・ しかし、実際、写真に写ってないのだから、何らかの不具合があったとしか考えられない。
( また、会う機会があるだろう。 今度こそ、よく確認して、撮らせてもらおう )
 割り切れないが、一応の踏ん切りをつけ、和也は、出来上がった他の写真の整理を始めた。
 不思議な印象の彼女・・・ 浩二が言うように、和也は、確かに彼女に対して、いつの間にか、淡い恋心のようなものを抱いていた。 しかし、それは、恋などと言うような、ときめく感じではなく、彼女自身から発せられる、メッセージみたいなものに、和也の心が反応しているようであった。
 それが、何なのかは分からない・・・ 彼女は、何かを訴えているような・・ そんな雰囲気が感じられ、和也は、その真意に触れてみたかったのだった。

7、帰郷

7、帰郷


 日曜日。
 浩二と美奈子の二人と落ち合った和也は、遺骨の主と思われる『 白川 清美 』の実家がある、安佐南区へ向かった。
 広島駅より可部線に乗り、安芸長束(あきながつか)の駅で下車する。 辺りは、閑静な住宅街だった。 河川整備された川が静かに流れ、駅より西南には丘陵地があり、大きな森が広がっている。
 コピーして来た住宅地図を広げ、名簿にあった住所を確認する。
「 ここが駅でしょ? 2丁目が、ココだから・・ この道を行って、左ね 」
 美奈子が指差す向こうには、郷中にあるような古い民家が、かたまって点在しているようだ。 大きな竹林の脇にある細い路地を抜けると、黒い格子戸のある民家が、何軒も並んで建っていた。
「 静かなトコじゃのう。 ワシんトコみたいな町より、コッチの方がええのう 」
 浩二が言った。
「 この辺りは、大きな家が多いわね。 旧家ばかりだわ。 ・・あ、次の道、右よ 」
 地図を見ながら歩いていた美奈子が案内する。
「 古い街並みだなあ。 カメラを持って来れば良かった。 昔からの農家が多いみたいだね 」
 家並みを見ながら、和也が言った。
 3人の気配を感じ、どこかの庭先で、犬が吠えている。
「 次の角が、そうよ 」
 やがて、大きな門構えの旧家が現われた。 土塀と格子の垣根に囲まれた、かなり大きな屋敷である。
「 ・・これけえ・・? でっけえウチじゃなあ~・・・! 」
 山門のような門を見上げながら、浩二が言った。
 表札には、確かに『 白川 』とある。 開け放たれた門の中には、きれいに手入れされた、立派な松の木があった。 石畳が、少し向こうにある玄関まで続いている。
「 インターホン、ないわね。 入るしかないみたい・・・ 」
 美奈子が、和也の顔を見ながら言った。
 なぜか、恐る恐る、庭に入る3人。 母屋の他に、作業小屋のような建物と、寄せ屋根の離れらしき建物がある。 白壁の蔵もあった。
「 ・・こりゃ、農家じゃないな。 昔の庄屋だ。 いわゆる、大地主、ってヤツだな 」
 和也が言った。
「 あの古い倉庫みたいな建物・・ 製糸工場だったんじゃないの? 織機みたいなものがあるわ 」
 美奈子が言う建物の脇には、真っ赤に錆びた織機らしい機械が、何台も廃棄してあった。おそらく、当時は、かなりの資産家であったのだろう。 現在でも、不動産などの保有は、随分あるのではないかと推察される。
 玄関まで来ると、和也は、呼び鈴を押した。 家の中で、チャイムが鳴っている。 しかし、何の応答もない。 もう一度、呼び鈴を押し、和也は挨拶をした。
「 ごめんくださ~い・・! 」
「 はあ~い 」
 磨りガラスの引き戸の向こうで人の動く気配と声がし、やがて玄関を開けて、老婦人が姿を現わした。 ヤセ気味で、身長はそんなに高くない。 短く切った白髪に、パーマをかけて、ベージュのワンピーズを着ており、 品の良さが感じられる老婦人だった。
 玄関先に、若い男女が、3人も立っていた事に驚いたのか、老婦人は、目を丸くして尋ねた。
「 ナンでしょうか・・? 」
 和也が言った。
「 突然で申しわけありません。 僕ら、広島市内の高校に通う高校生ですが・・ 少々、お尋ねしたい事がありまして。 あの・・ 白川 紀美さん・・ でしょうか? 」
 老婦人は、ポカンと口を開けたまま答えた。
「 いや・・ 紀美は、姉さまじゃが・・ 姉さまに御用けえ? だったら、広島におるんじゃがのう 」
 頭をかきながら言う老婦人に、美奈子が言った。
「 私たち、友人の家の敷地から出て来た防空壕の中から、戦時中に亡くなったと思われる方の、遺骨と遺品を見つけたんです 」
「 防空壕? 遺品? ほう、ほう・・・! 」
 老婦人は、興味を示したようだ。 この時代を経験した人は、当時の話をする事に抵抗を感じ、毛嫌いする人が多い。 以前、中学の時に、課外学習で戦時中の体験を高齢者に聞くという授業があったが、あまり、多くを語りたがらない人が大部分であった、という記憶が和也にはある。 しかし、この老婦人の場合は、そうではないようだ。
 美奈子は続けた。
「 遺品の中に、名前が確認出来るものがありまして・・・ 『 白川 清美 』という名前の方、ご存知ありませんか? 」
 一気に、核心の確認へと漕ぎ着ける美奈子。 実に、簡素で分かりやすく、自然な質問の仕方である。
 はたして、老婦人の目は、更に大きく見開かれた。
「 ・・な、ナンじゃとっ? い、今・・・ 清美と言うたか? お嬢さんっ・・! 」
 老婦人は、組み付くように、美奈子の両肩を掴み、聞き直す。 ただ事ではないようだ。
 老婦人の勢いに、押され気味になりながら、美奈子は答えた。
「 は、はい・・! 白川 清美さんです。 私たちが調べたうちでは、広島高等専門女学校に通っていた方だと思うのですが・・・ 」
 老婦人の顔に、驚喜とも言える表情が見て取れた。
「 きっ、きっ、・・ 清ちゃんじゃっ! ウチの清美じゃ。 姉さまの娘じゃよ! 」
 飛び出さんばかりに目を見開き、わなわなと振るえながら、老婦人は言った。
 3人は、顔を合わせ、やがて歓喜の声を上げる。
「 やったあ! やっぱり、この家だったんだ! 」
「 やったのう! ビンゴじゃ! 」
 興奮が収まらないのは、老婦人も同じのようだった。
「 お前さんら・・ わ・・ わざわざ調べて、来てくれたんけえ? まあ、まあ・・ 何て、まあ・・! 」
 老婦人の目が、潤んでいる。
「 ま、ま・・ 中に入って下さいな。 え、えらいこっちゃ・・! 姉さまに、電話せな・・! 」
 老婦人は、とりあえず和也たちを応接間に通すと、バタバタと奥の間へ入って行った。
 最高の展開である。 どうやら、遺骨の主の家は、ここに間違いないらしい。 しかも、母親も健在のようである。 かなりの高齢ではあると思われるが、先程の話では、広島市内に在住との事だ。 半世紀振りの親子の対面を、この手で実現させたいという希望が、まさに現実のものとなったようである。
 応接間のソファーに座って、3人は老婦人を待った。
 浩二が、一息つきながら言った。
「 良かったのう・・! これで遺骨も返せて、ばん万歳じゃ・・! のう、和也 」
「 ああ・・! 塚本も、有難うな。 助かったよ 」
「 ううん、あたしの方こそ、いい経験させてもらっちゃった。 早く、お母さんの所に、遺骨を返してあげたいね 」
 やがて、先程の老婦人が、コップに注いだお茶を持って、3人の所へやって来た。
「 待たせて済まんかったのう。 今、姉さまのトコに電話したんじゃが、留守のようじゃ。日赤近くの竹屋町で、お好み焼屋をやっとってのう。 多分、今の時間は、買いモンでも行っとるんじゃろ。 また後で、電話しておくきに、まあ、お茶でも飲んで下され 」
 3人の前にコップを置いた老婦人は、大きくため息を尽くと、和也たちの顔を、順番に見つめながら、しみじみと言った。
「 こんな事って、あるんじゃのう・・! こんな若い、お前さんたちが、身も知らん他人の為に・・・ あり難い事じゃ。 姉さまも、さぞ喜ばれる事じゃろ 」
 出されたお茶を、一口飲んだ和也が言った。
「 遺品の上着を持って来てますので、見て頂けますか? 」
「 おう、おう・・ 是非、見せて下さいまし・・! 」
 浩二が、肩から掛けていたカバンの中から、折り畳んだセーラーを出し、和也に渡す。和也は、それをテーブルの上に置くと、そっと広げた。
 まさにこの制服は、実に、半世紀振りに家に帰って来た事になる・・・
 老婦人は、それをしばらくじっと見つめた。 おもむろに手を伸ばし、震える指先で制服に触れる。
「 名札が、かすかに読めますでしょう? 僕ら、そこから調べたんです。 校章が付いていたのが、一番の決め手でした。 学校の古い資料から、調べる事が出来たんです 」
 和也の説明に、老婦人は、何度も頷いた。
「 ・・この名札は、姉さまが書いたモンじゃ・・! 姉さまは、習字が得意でのう。 そのかわり、裁縫は苦手じゃった。 姉さまが書いて、ワシが縫ったんじゃ・・ 」
 和也が、確認の意味も含め、尋ねる。
「 こちらの、清美さんのものに、間違いありませんね? 」
 老婦人は、ハンカチで目を押さえながら、頷いた。
「 清美のモンに・・ 間違いないですじゃ・・! 戸口に引っ掛けて破いた、袖の縫い跡もある。 間違いない。 あの日、清美が着て行った、上着じゃ・・! 」
 感極まった老婦人は、しばらくハンカチで顔を覆い、嗚咽にむせた。
 しばらく間を置いたあと、美奈子が言った。
「 お骨の方は、私の親戚のお寺で供養して、預かってもらってます。 猫屋町の恵栄寺です 」
「 おう、おう・・ 何から何まで、済まん事じゃ。 清ちゃんも、いい人に拾われて・・・ 良かったのう・・! 」
 ハンカチで、再び目頭を押さえる、老婦人。
 浩二が尋ねる。
「 バアさま。 その、姉さまのお好み焼屋、って、ドコにあるんじゃ? ワシら、他の遺品なんぞ持って、日を改めて行くきに 」
「 おう、おう、そうじゃったの。 住所はここじゃ・・ 」
 老婦人は、住所を書いたメモをテーブルの上に置くと、言った。
「 ピカドンが落ちた、あの日以来・・ 清ちゃんは、この家には帰って来ん・・・ どこで死んだのか、それすら分からんかったんじゃ。 姉さまは、少しでも清ちゃんの近くにいたい、と、広島に土地を買ってのう。 1人で、住んどんじゃ。 旦那様も、フィリピンで戦死されてなあ。 不憫な事じゃ・・・ 月に1・2度は、コッチに帰って来るがのう。 足を悪くして、あまり歩けんようになってしもうたけん、難儀な事じゃ 」
 和也は言った。
「 明日、学校が終ったら、僕ら、清美さんのお母さんに会いに行きます。 その事を、宜しくお伝えして下さい。 もし、都合が悪ければ、ここにお電話を・・ これ、僕の家の電話番号です 」
 渡されたメモを確認すると、老婦人は言った。
「 武内さん、とおっしゃるかね。 そちらの方は、何と? 」
「 あ、まだ自己紹介もしてませんでしたね。 私は、塚本といいます 」
「 ワシは、恒川じゃ。 防空壕は、ワシんトコの敷地から出て来たけえ 」
「 そうかね。 いずれ、お参りにいかにゃならんのう・・ 」
 浩二と美奈子の名前を、メモの端に書き込みながら、老婦人は言った。
 制服をたたみながら、和也が聞く。
「 これは、お母さんにお渡しします。 ・・宜しいですか? 」
「 そうして下され。 ・・・しかし、夢のようじゃのう・・! あの子が生きて帰って来た訳じゃないんじゃが・・ 目の前に、あの子の服があると、まるで、帰って来たような気がするのう。 『 お母様、只今、帰りました 』って・・・ その玄関、開けてのう・・ 」


 身元が判明した、遺骨の主・・・ それは、やはり、和也たちが通う学校の、はるか昔の先輩であった。 尋常小学を卒業後、女子の高等科に進み、学徒動員に従事。 あの防空壕で、1人寂しく、この世を去って逝った、悲運の少女であった。 享年、14歳・・・
 帰り道、和也たちの心の中には、目的を達成した感動の他に、確信した過去の事実の重さがあった。
 今の自分たちの生活からは、想像もつかない、当時の生活。 そんな時代の中で生きた、清美という1人の少女の青春と、たった14年というあまりに短い、彼女の人生・・・ 彼女だけではない。 同じような境遇の生徒たちが、他にも数えられないくらい、いたに違いない。 遠く南洋の島々や、特攻として、洋上で亡くなった者たちは、遺骨すら帰って来ないのだ。 過去に確かに存在した、忌まわしい歴史を、改めて考え入る、和也たちであった。
「 どうして清美さんは、あの防空壕にいたのかしら・・・ もっとも、外にいたら、原爆の熱で何もかも無くなってたと思うけど 」
 駅へ戻る道を歩きつつ、呟くように言った美奈子の問いに、浩二が答えた。
「 そりゃ、空襲警報が鳴ったから、入ったんと違うか? 」
 和也は、少し考えてから言った。
「 オレ、原爆に関する本を、少し読んだんだけど・・・ 当時は、しょっちゅう警報が鳴ってて、みんな、慣れっこになってたらしいよ。 警報が鳴っても、空襲がなかったり、遠くの爆撃だったりしたから、みんな平気で外を出歩いていたらしい。 原爆が投下された日も、朝7時から警報が鳴っていたそうだ。 ・・う~ん・・ 確かに、たった1人だけ防空壕にいたと言うのは、引っ掛かるなあ・・・ 何か、不自然だ 」
 美奈子が言った。
「 でしょ・・? 警報が鳴って、避難の為に防空壕へ入ったとすれば、他の人もいたはずだと思うんだけど・・ 」
「 1人だけ入って、ドカーンって、来たのかもしれんぞ? 」
 そう言う浩二に、和也が言った。
「 そこんトコは、もっと調べないとな・・ 」
「 何か、調べる手立てがあるの? 」
 美奈子が尋ねる。
「 資料室に、課外記録、ってのがあったろ? 」
「 ああ、あの分厚い資料? あれは、校外学習の記録よ。 あたし、去年、係りだったから作成したもん 」
「 だって、昭和18年、なんてものもあったぜ? 戦時中だろ? のん気に、遠足なんか行くと思うか? 」
 少々、考えると、美奈子は言った。
「 ・・そうねえ・・ 確かに当時だったら、あり得ないかも・・ じゃ、何の記録? 」
「 分かんないケド・・ もしかしたら、勤労奉仕の記録なんかがあるんじゃないかな、って思ってさ 」
「 ・・う~ん、なるほど。 時代的には、そうかもしれないわね。 学校、行ってみる? 今日は、職員室のドアを修理するって、先生、言ってたから・・ 多分、学校、開いてるわよ? 」
「 おいおい、部活じゃあるめえし、日曜なのに学校、行くんかよ 」
 浩二が、ウンザリしたように言った。
「 じゃあ、お前は帰れよ。 この調査項目は、本題とは別だからな。 敵前逃亡とは言えないから、無理しなくていいぜ? オレらで調べてみるからさ 」
「 そう言われるとなあ~ 何か、仲間外れされたみたいじゃのう。 せっかく、今まで一緒に調べて来たんじゃし・・ ワシだって、気になるけえ 」
「 じゃあ、来いよ。 明日、お母さんに会いに行くんだから、調査は、今日しか出来ないんだぜ? 」
 美奈子が、浩二を横目で見ながら言った。
「 清美さんの、運命の日の行動が分かったら・・・ お母さん、喜ぶだろうなあ~・・・! 」
「 分かった、分かった・・! 行きゃ、ええんじゃろ? 乗り掛けた船じゃ。 付き合うちゃるけえ・・! 」
 和也が、笑いながら言った。
「 今年の夏は、色々と経験が出来て、いいだろ? 」
 ふてくされたように、浩二が答える。
「 ったく・・ 日曜にワシが学校行って、図書館で調べ物しとった、なんちゅう事、オヤジが聞いたら、倒れるかもしれねえぞ? 」
 
 やがて駅に着いた。
 改札をくぐり、プラットホームに立った美奈子が、広島方面に向かって真っ直ぐ伸びるレールを見つめながら、ポツリと呟いた。
「 このレールの上を・・ 清美さんも、学校に向かって行ったのね・・・ 」
 二度と還る事の無い、永遠の旅立ち・・・ 夏の日差しに、銀色に輝くレールは無機質に、夏空の青さを反射していた。
 和也も、美奈子の横に立ち、広島方面を眺めながら言った。
「 そうだね・・ 今日のような、よく晴れた夏の日の朝だ 」
 ホームのベンチに、腰掛けていた浩二が言った。
「 よく、『 昨日の事みたい 』と言うじゃねえか。 ・・・こんなんを、言うのかもしれねえな・・・ 」
 郊外にある駅の、日曜の昼下がり。 静かな駅舎は、過ぎ去った過去の情景から、旅立って行った1人の少女の姿を思い起こしているようだった。

8、ひと夏の記録

8、ひと夏の記録


「 お? 武内に、塚本じゃないか。 どうした? 学校に、何か用か? 」
 学校の校門脇で、内装業者と話し込んでいた教諭が、和也たちに気付いて言った。
「 先生、すみません。 どうしても今日中に、調べたい事があって・・・ 図書館、使ってもいいですか? 」
「 ああ、そりゃ構わんが・・ 恒川、お前は、何しに来た? 」
 やっぱり、というような表情で、浩二は言った。
「 ワシも一緒に、調べモンじゃ。 イカンのか? 」
「 別に、いかん事はないが・・ 図書館の蔵書に、バイクの雑誌は無いぞ? 」
「 そんなモン、ウチ帰りゃ、あるわい。 わしゃ、資料室に用があるけえ 」
 教諭は、宇宙人を見るような目で浩二を見ると、唖然としながら言った。
「 ・・は? 資料室だと? ナニ言ってんだ、お前。 ケンカとバイク以外に、お前の興味を引くモンがあるのか? しかも、資料室に・・! 」
「 ええ加減にしておくれんかのう、先生・・ 行こうぜ、和也。 時間の無駄じゃ 」
 さっさと校内に入る、浩二。 和也も続いた。 それを、ぽかんと口を開けたまま、見送る教諭。 美奈子も、教諭に向かって苦笑いをしながら校内へと入って行った。

 エアコンが切ってある校舎内は、かなり暑い。 それでも、校舎内の北側にある資料室は前日の冷気が残り、幾分、涼しかった。
 窓を開けながら、和也が言った。
「 浩二。 お前、先生達に、かなりイメージ悪いな 」
 テーブルのイスに、どっかと腰を降ろした浩二が、腕組みをしながら答える。
「 ナンでかのう? そう、しょっちゅうケンカしてるワケじゃないんだがのう・・? 」
「 たまにやるケンカが派手なんだよ、お前 」
「 そうかのう? 」
「 そうだって。 暴走族とのケンカだって、相手のバイク、燃やしただろ? 」
「 おう、ありゃ、参ったのう! まさか、ガソリンが、万タンだとは思わなんだ。 はっはっはっ! 」
「 はっはっは、じゃねえよ。 消防車まで出動させやがって・・! 」
 美奈子が、分厚い資料の綴りを数冊、出して来ながら言った。
「 去年の12月の話? やだ・・ あれ、恒川君が主犯だったの? 」
「 そうだよ。 コイツ、危うく、放火犯で書類送検されるトコだったんだぜ? 」
「 あの野郎、サツにフザけた調書、書かせやがって。 ワシが、突然、襲って来たっちゅうんじゃ。 わしゃ、異常者か 」
「 乱暴者とは、言えるな・・ ほれ、お前の分だ 」
 和也は、美奈子が出して来た資料の一部を、浩二の前に置いた。
「 昭和20年の、7・8月のよ。 この前のものは、18年・・ 次は、24年まで、跳んでる 」
 ページを開くと、作業日報と書いてあった。
「 やはりな・・! 勤労奉仕の記録だ。 ・・墨じゃなくて、エンピツで書いてあるぞ 」
 美奈子も、ページをめくりながら言った。
「 筆跡が、毎日、違うわ。 日替わりで、生徒自身が書いたものね 」
 浩二が、感心したように言った。
「 きれいな字じゃのう・・! とても、13・4歳が書いたモンとは、思えんのう 」
 ページの一番上に、クラスと名前が書いてある。 おそらく、班のリーダーだろう。 その下には、作業に従事した者の名前が書いてあった。
「 昨日の墨文字よりかは、はるかに読みやすいな。 助かるぜ・・ 名前の下の方に、作業内容が書いてある。 中町配給所、清掃・・ か。 こっちの綴りは、表紙に1組ってあるぞ? 」
「 あたしのは、3組よ 」
 浩二も、表紙を見て言った。
「 ワシのは、2組じゃ。 班が、3班あったってコトかのう? 」
「 多分、そうだな 」
 美奈子が、声を上げる。
「 あっ! あったよ! 白川 清美・・! 8月2日に、逓信局玄関の、補修用レンガを運搬しているわ! 」
 美奈子の資料を、のぞき込む、和也。
「 ・・ホントだ・・! 」
 作業従事者の名前の中に、彼女の名前があった。 改めて、実際に生きていた人物であるという事が感じられる。 弱冠、14歳・・ 彼女は、他の生徒たちと一緒に、一生懸命、与えられた仕事に汗を流していたのだ。 運命の日まで、わずか4日前の、彼女の生前の足跡である。
「 2組と合同、とあるな・・・ 逓信局の作業は、大変だったんだろう 」
 浩二が聞いた。
「 ていしん・・ 局? って、ナンか? 」
「 ん~、確か、今で言う、郵便局のような役所だったと思うけどな・・ 」
 その日の作業の反省や感想に続き、次の日の予定が、下の方に書いてある。
「 ・・明日も、同人員にて残りの作業を敢行す、とあるわ 」
 美奈子がページをめくり、次の日の作業者名を確認する。
「 あら? 清美さんの名前がないわよ? 人数も・・ 少し、減ってるわ 」
「 他の作業場へ廻ったんじゃないのか? と、いう事は、所属は3組じゃないって事か・・ 」
 和也と浩二が、自分の資料を探し始めた。 しばらくして浩二が、自分の資料の中に、清美の名前を、見つけ出した。
「 あったぞ、和也! 川原町防空壕、土のう運搬・・ だそうじゃ。 何か、毎日、重労働させられとるのう 」
「 そっちにあるってコトは、彼女は、2組の所属だったという事かな・・ 次の日の予定は、どうだ? 」
「 え~と・・ 紙屋町集会所の防火用水設置と、配給所の清掃じゃ 」
 ページをめくり、次の日の日報を確認する。
「 8月4日・・ いたいた・・! ちゃんと作業しよるぞ。 どうやら、2組に所属しとったみたいじゃのう 」
「 いいぞ。 このまま、当日まで行けそうだな・・! 次の日・・ 5日の予定は? 」
「 八丁堀の陸軍倉庫へ、土のう運搬じゃと 」
「 ホント、毎日のように重労働ねえ・・ 」
 美奈子が言った。
「 今で言えば、中学1・2年生だぜ? しかも、女子・・・! キツかったろうなあ・・・ 浩二、次の5日の日報を見てくれ。 ちゃんといるか? 」
 浩二が、声を上げた。
「 あれっ? いないぞ! 5日の作業者に、名前が無い・・! 」
「 ええっ? ここまで来たのに、また行方不明か? 」
 和也も、浩二が見ている資料を、のぞき込む。
「 他の組に、応援に行ったのかしら。 あたしのトコには・・・ 無いわ。 武内君の、1組の方じゃない? 」
「 ・・よく見ろよ、浩二・・! あるじゃないか、ここ! 一番上。 班長だったんだよ、この日は・・! 」
 日報の一番上に、 『 白川 清美 』とある。
「 え・・? じゃあ、清美さんの直筆・・? 」
 美奈子も、浩二の横へ来て、食い入るように、その日報を見た。
「 ・・これが、中学生の字けえ? ほええ~・・・ 信じられんのう・・! 」
 ひらがなが多いが、まるでペン習字のような美しい字体である。 これが、あの遺骨の主、白川 清美の直筆なのだ。 今を去る事、半世紀前に綴られた作業日報・・・ 明日、起こる人類史上初の惨劇の事など、知る由もない14歳の少女が、作業に汗した純粋な感想を綴っている。

『 陸軍倉庫へ、土のう84つつみ、運ぱん。 完了す。
 いささか、腕が疲れし候にて、友と突付き合いて、はしゃぎながら帰校す。
 この頼りなき細腕たるも、お役に立つこと嬉しく思ふなり。
 流るる、我が汗を見ゆたるに、名門高女の姉さまとしての誇りを思ふ 』

 実に、原爆投下の日の、前日の記録である。 日報を読んだ3人は、しばらく無言でいた。
 運命の日が、明日に迫った事など、誰も知らない。 一日一日を、精一杯生きていた彼女たち・・・
 美奈子は、少し、目を潤ませていた。
「 ・・みんな・・ みんな、生きていたんだね・・ この日までは・・・ 清美さんも、はしゃぎ合っていた友だちも・・! 」
「 オレたち、こんなに汗して学校生活を送った事って・・・ あるか・・? 」
 和也の問いに、浩二が答える。
「 ・・時代が違うと言えば、それまでじゃが・・ 何か、割り切れんのう・・・ ワシ・・ 知らんかったとは言え、無造作に骨、掴んだり放っぽり出したりして、すまんコトしたのう・・・ 」
 日報の続きを読んだ美奈子が言った。
「 見て! 次の日の予定・・! 鶴見町の防空壕へ角材運搬と、三川町防空壕清掃、ってあるわ! この、三川町防空壕って・・ 恒川君の家の敷地の事じゃないの? 」
 和也も確認する。
「 そうだ・・! 間違いないぞっ! お前の敷地の事だよっ! 」
 どうやら、最大の謎に迫って来たようだ。
 浩二が言った。
「 ワシのウチの事けえ・・? ん・・? 予定を見ると、三川町防空壕清掃、カッコ2人、って書いてあるぞ? 」
「 清掃作業は、2人で行く予定にしてたのね、きっと。 角材の運搬作業の方が、大変と見て・・ 次の日の班長が、1人に変更したのよ・・! 」
「 それが、彼女だった、と・・・? 」
 和也は、美奈子と顔を合わせながら言った。
「 そうよ・・! きっと、そうよ! そして清美さんは、1人で三川町の防空壕へ行ったんだわ・・・! 」
「 ・・あの、ホウキを持って・・・! 」
 あくまでも推察だが、その可能性は極めて高い。 状況的にも、資料的に見ても、おそらく間違いないと思われる。
 感極まった美奈子は、両手で顔を覆い、泣き出した。
 あの日、1人で、三川町の防空壕へ清掃作業に赴いた清美は、きっと、精力的に作業をしていた事だろう。 2人の人員を割いて、1人で任された責任を果たす為に・・・
 そんな彼女の頭上で、あの、恐ろしい原子爆弾は、炸裂したのだ。
 被爆で、怪我を負ったのかどうかは、定かではない。 しかし、入り口を破壊され、壕内に閉じ込められた彼女は、しばらくは、生きていた事だろう。 発見された遺骨の状態から、それは、うかがい得る。 やがて衰弱し、助けを受けることなく、そのまま亡くなったのだ。
 ・・・彼女が見つめ続けた闇は、どんなに暗く、寂しかった事だろう。 たった1人で、誰にも見取られる事なく、この世を去って逝った彼女・・・
「 防空壕跡から骨が出て来た事は、オヤジだけには報告したんじゃが・・ 当時、疎開する前までは、婦人会やら町内会やらが清掃に来とったと言っとったのう。 まさか、ウチの生徒が来とったとは・・・ 」
 そう言った浩二がめくった次のページには、何も書かれてなかった。 8月6日の予定だったページである。 そこから先は、すべて白紙であった。 彼女たちが、誰一人として、二度と書き込む事はなかったのだ。
「 ・・・・・ 」
 さすがの浩二も、ものを言わぬ白紙のページに、言葉を失ったようだ。 書き手であった彼女たちが、すべてこの世を去った事を意味する。 前日まで、整然と書かれていたものが、この日を境に、プッツリと途絶えているのだ。
 美奈子が、両手で顔を覆ったまま、搾り出すような声で言った。
「 ・・かわいそう・・! 清美さんたち・・ かわいそう過ぎるよっ・・・! 」
 資料室には、しばらくの間、美奈子のすすり泣く声が流れた。
 判明した半世紀前の記録・・・ 少女たちが残した、昭和20年の夏の記録である。 それは純朴で、そして、あまりにも悲しい記録でもあった。 しかし、これらの記録が残されていた事は、幸運だったと言えよう。 和也たち、同じ学校の生徒の手によって遺骨が発見された事も、不思議な巡り逢わせと言えるかもしれない。
 和也が、傍らにあるコピー機を指差しながら、浩二に言った。
「 この日報、コピーしてくれ。 お母さんに渡そう 」
「 よし 」
 少し、落ち着いた美奈子が、じっと最後の日の日報を見つめている。
「 ・・・何にも悪い事してなかったのに・・・ 今だったら、絶対しなくてもいい重労働を、毎日させられて・・ その代償が、生き埋めなの・・・? 」
 沈痛に語る、美奈子。
「 ・・それが戦争、ってモノなんじゃないか? 道理なんか、通らないんだよ 」
 ため息を尽きながら和也が言った。 その後ろでは、浩二が無言で、コピー機を操作している。
 テーブルに両肘をつき、両手の中指で涙を拭いながら、美奈子が続けた。
「 ・・文面から読み取れる心情は、一様にみんな、明るいわね・・・ それが、せめてもの救いだわ・・・ 」
「 弱音吐いてちゃ、非国民呼ばわりされてた時代だからな。 歴史で習ったろ? 一億、総玉砕。 欲しがりません、勝つ迄は、ってさ・・・ 好きな歌すら、自由に歌えなかった時代なんだぜ? 『 非常時 』という言葉1つで・・ みんなそんな事、当り前と考えさせられていた時代だったんだ 」
 浩二が、コピーをしながら、ポツリと言った。
「 えらい時に、生まれて来てしもうたモンじゃのう、清美ちゃんは・・・ 」
 数枚の、出来上がったコピーを束ねながら、和也が言った。
「 歴史の先生が言ってたな。 今の平和は、亡くなって逝った、数え切れない人たちの犠牲の上に成り立っている事を、忘れちゃいけないって・・・ 」
「 ・・あたし、その意味、すっごく良く分かるわ 」
「 ワシも、歴史・・ 寝るの、やめようかのう・・・! 」
 調査を終え、それぞれに今を振り返る、3人。
 明日は、いよいよ清美の母親に会う・・・ 帰らぬ我が子を想い、市内にまで移り住んだ母親だ。 その胸中を想像するに、いたずらに悲しみを再現するだけのようで、訪問を躊躇したいような心境をも感じ入る、3人であった。

9、母と娘

9、母と娘


 翌日の放課後、身支度をした和也は、1階下の、浩二の教室へと足を運んだ。
 階段を降りていると、下から登って来た生徒会執行部の役員が、声をかけて来た。
「 よう、武内。 この前は色々と撮影、済まなかったな。 助かったよ 」
「 気にすんな。 また何かあったら、撮ってやるよ 」
「 悪いな。 また頼むわ 」
 軽く、手を上げて挨拶をし、階段を降りる和也。 渡り廊下の手摺越しに、校庭の藤棚が目に映った。 気付くと、その下で掃き掃除をしている女生徒がいる。 和也は、慌てて手摺に駆け寄り、その女生徒を確認した。
( ・・あの子だ。 間違いない・・! )
 先日と同じように、髪を束ね、1人で掃除をしている。
 和也の胸は、高鳴った。 カバンの中には、デジカメが入っている。 和也は、急いでカメラを出すと、掃除をしている彼女の姿を撮った。 デジカメに搭載されているズーム機能では、あまり望遠は効かない。 急いで階段を降りると、藤棚の下へと和也は、走った。
「 おお~いっ、君・・! 」
 和也の声に振り向いた彼女は、走って来る和也を見ると、にこやかに笑って言った。
「 まあ、先日のお方。 確か・・ 武内様でいらっしゃいましたね? そんなに慌てて、いかがされたのですか? 」
 ホッとするような、優しい言い回し。 相変わらず上品な雰囲気ではあるが、やはり時代錯誤的な感覚は感じる。 だが、今時では早々、遭遇する事は極めて少ない、不思議な雰囲気を持った彼女・・・ この彼女の前に立つと、和也は、気が動転してしまう。
「 ・・あ、あの・・ その・・ え~と、何だっけ? え~・・ 」
「 武内様、ほんと、面白い方。 きっと、お友だちも沢山、いらっしゃるのでしょうね 」
 微笑みながら、彼女は言った。
「 ま、まあね・・ ケンカばっかりしてるヤツもいるケド・・ 」
 何を言ってるんだ。 早く核心に持って行かなくては・・!
 和也は、切り出した。
「 実は、この前の写真だけど、現像に失敗しちゃって・・・ もう一度、撮らせてくれない? 」
 彼女は、少々、困ったような顔で答えた。
「 私・・ 恥かしいです。 カメラでこちらを覗かれていると、どんな顔をしたら良いのか、迷ってしまいます。 何かが、カメラから飛び出して来るような気も致しますし・・ 」
 何と奥ゆかしい生徒だろう。 今時、こんな純朴な子がいるだろうか。 和也は、ますますこの彼女を被写体にしたくなった。
「 すぐ終るから・・! コッチ向いて。 そう、目線、そのまま・・! 」
 否応なしに、デジカメで彼女を撮る、和也。 ・・今度は、間違いない。 デジカメだから、フィルムの不具合はないし、現像もないから、中間処理での疑惑もあり得ない。
 確実に、ファインダーに彼女が納まっている事を確認しながら、和也は数枚の写真を撮影した。
「 ありがとう・・! 今度こそ、大丈夫だと思う。 何度も、ごめんね 」
「 いいえ。 私の方こそ、気の利かない田舎娘で申しわけありません。 ご容赦下さいませ。 ・・失礼致します 」
 恥かしそうに一礼した彼女は、小さく和也に微笑むと、小走りに校舎の中へと消えて行ってしまった。
「 あ・・ 」
 もう少し話をしたかった和也だが、彼女は、そそくさと立ち去ってしまった。 ・・仕方がない。 だが、清掃区域は、2週間ごとにしか替わらないはずだ。 とすれば、まだ今週中は、この藤棚のある庭園が、彼女のクラスの担当区域だ。 再会出来るチャンスは、十分ある。
( しまったな・・ 名前を聞いときゃ良かった・・ まあ、いいか。 今度会った時でも・・ )
「 おお~い、和也。 ナニしとんじゃ、そんなトコで。 早よ、行くぞ! 」
 浩二が、上の渡り廊下から声をかけた。 和也が見上げると、美奈子も一緒にいる。
「 おう、悪い悪い! 行こうか 」
 和也は、カメラをカバンにしまうと、校門へ向かった。

 遺骨の主『 白川 清美 』の母親が住んでいると言う竹屋町は、学校の近くの町である。少しでも近くに、という気持ちで、娘があの日、間違いなく登校した学校近くの地を選んだのだろうか。
 渡されたメモを頼りに、和也たち3人は、自転車で母親の家を探した。
「 その角から向こうが、竹屋町だぞ 」
「 郵便局の筋が、3丁目じゃ。 あれだな・・! 」
「 確か、公園の前、って言ってたわね 」
 郵便局の前を通り過ぎると、公園が右手に見えて来た。 角を右に曲がる。 ほどなく、お好み焼き屋の看板を出した、小さな店が見えた。
「 あれだ・・! 」
 20坪ほどの一軒家を改築した、屋台風のこじんまりとした店だ。
「 ・・この店、知ってる・・! あたしは来た事ないケド、友だちが時々、学校帰りに寄ってるお店よ? そう、確か屋号は・・・ 」
 入り口の上に掲げられた小さな看板を見た3人は、無言となった。
『 きよみ屋 』
 事情を知る3人には、胸に迫るものがある。 帰らぬ娘に寄せられた母親の心情を、そのまま表したような屋号であった・・・
 入り口には、定休・土日祝、とペイントしてある。 今日は平日で、営業日のはずであるが、『 本日休業 』の札が下げてある。 和也たちの訪問に供え、休みにしたのであろうか。
 建物の入り口は1つしかなく、店の入り口が、玄関と兼用のようであった。
「 本日休業、ってあるけど、開いてるのかな? 」
 インターホンも呼び鈴もない為、店のガラス戸に手を掛けながら、和也が言った。
 ガラガラ、とガラス戸は開いた。
「 あ、開いてる・・ ごめんくださ~い。 武内と申しますが~・・・ 」
 店内は、照明が切ってある為、薄暗い。 鉄板のはまった、焼きテーブルが4つ。 きれいに整頓され、床もチリ一つない。 小さい店ではあるが、外観から想像していたよりは、ずっときれいな店内だった。
「 はい、只今・・・ 」
 出て来た老婦人は、昨日会った妹と面影が似ていた。 白髪を後ろで束ね、白い割烹着を着ている。 左胸には、屋号の『 きよみ屋 』という文字刺繍が入っていた。
 彼女は、和也たち3人を見ると、少し驚いたような表情を見せた。
 ガンを宣告された患者の顔。 死刑を宣告された受刑者の表情。 肉親の死を知った家族の困惑顔・・・
 いずれも見た事はないが、そんな、一大事に遭遇した時のような表情に思える。
「 あの・・ 長束の白川さんから、お電話があったと思いますが、僕ら・・ 」
「 待って下され・・! ・・・しばらく・・・ しばらく、待って下され・・・! 」
 彼女は、両手で和也の言葉をかざすように制すると、言った。
 しばらくの沈黙。
 彼女は、両手を降ろすと、下を向いたまま、和也たちに言った。
「 ・・妹の律から、電話をもろうちょります・・! ワシは・・・ ワシは、怖いんじゃ・・!あの子の話を聞くのが・・ 怖いんじゃ・・! 」
 よろよろと、傍らのテーブルのイスに腰掛けながら、呻くように彼女は言った。
 意外な彼女の言葉。 意味が分からず、和也たち3人は、そのまま戸口に立っている。 夢遊病者のように、視線を宙に泳がせつつ、ゆっくりと頭を振りながら、彼女はポツリ、ポツリと、語り始めた。
「 ・・あの子は、死んだ・・・ 清美は、二度と、ワシのトコには帰って来んのじゃ。 分かっちょる・・ それは、分かっちょるんじゃ・・・ じゃがのう・・ 清美は、ワシの心ン中で生きちょるんじゃ・・ 清美が死んでしまう・・! あんた様らの話を聞いたら、本当に清美は死んでしまう・・! いやじゃ、いやじゃっ! ワシは、いやじゃ! 」
 突然、両手で耳を押さえ、激しく涙ながらに訴える、彼女。 ・・和也たちの話を、今すぐにでも聞きたいのが本心だろう。 だが、彼女の気持ちも、十分理解出来る。
 思わぬ展開に、和也は戸惑った。 どうしたらいい? という表情で、和也は、隣にいた美奈子を見た。 美奈子もまた、どうしたらいいのか分からず、躊躇の表情を返している。
 意外にも、浩二が彼女に歩み寄り、テーブルに突っ伏している彼女の、震える肩に手を掛けると、優しく言った。
「 のう、バアちゃん・・・ 心の中の人間は、魂じゃけ。 清美ちゃん供養してくれた寺の坊さんが、言っとったぞ? 魂は、永遠なんじゃと。 だから、オレらの話、聞いただけで死ぬはずなかろうが? のう? 」
 テーブルのイスを引き、浩二は、彼女の真向かいに座って続けた。
「 ワシ、アホじゃけんど、必死に清美ちゃんのコト、調べたんぞ? ようけ判ったコト、あるんじゃ。 あの日の清美ちゃんの行動も、判ったんぞ? 聞いておくれんか? 」
 彼女は、浩二の言葉に顔を上げた。
「 ・・あの日の・・・? 」
「 ほうじゃ・・! ピカドンが落ちた日のコトじゃ 」
 和也と美奈子もテーブルにつき、声を揃えた。
「 コイツが最初に、資料の中から見つけたんですよ! 清美さんの名前を 」
「 清美さん、立派に勤労奉仕作業の班長を務めてたのよ? お母さん。 毎日、毎日、土のうを担いで・・! 」
 わなわなと口を震わせながら、彼女は言った。
「 ・・お・・ おう、おう・・! 」
「 僕ら・・ 良かれと思って、失礼ながら調べさせて頂きました。 そして今日、やっと、ここにたどり着く事が出来ました 」
「 でも、お母さんが、悲しくなるから聞きたくないとおっしゃるんでしたら・・ 」
「 ・・きっ・・ き・・ 聞かせて下され・・! あの子のこと・・ も・・ もっと・・ もっと、聞かせて下され・・・! 」
 付け加えようとした美奈子の言葉をさえぎり、彼女は嘆願するように言った。 少し、ホッとした表情を目配せする、3人。
 和也は、カバンの中から数枚のコピーを取り出した。
「 これは、僕らの学校の資料室に残っていた、当時の勤労奉仕作業の、日報の写しです。 清美さんが所属していたと思われる、2組のものです 」
「 ・・おう・・ おう・・・! 」
 彼女は、食い入るように、日報に目を通す。
「 これが、5日の日報です。 この日は、班長だったんですね。 清美さんが、ご自分で書いてらっしゃいます 」
 彼女の目が、見開かれる。
「 ・・あの子の字じゃ・・! 清美の字じゃ・・! おおう、おおおう・・! 清美ぃ~・・! 」
 書き綴られた字体を、指でなぞる彼女。 ポタポタと、絶え間なく、涙がテーブルに落ちる。
「 ・・おお~・・ おおお~・・・! 」
 愛しい我が子を撫でるように、彼女は、コピーを擦り続けた。 その姿に、美奈子は、そっと目頭にハンカチを当てる。
「 次の日の予定が、下の方に書いてありますが『 三川町防空壕 』というのが、コイツの家の敷地から出て来た防空壕跡だと思います。 2人の予定作業人員が1人となり、清美さんが派遣されたのだと、僕らは思います。 そこで被爆し・・ 」
 あとの言葉に詰まり、和也は説明を中断した。 彼女は、みなまで言わなくても理解したようで、3人の方を向いて言った。
「 よう見つけて下さった・・! あ・・ 有難う・・ 有難う存じます・・ 何と・・ 何とお礼したら、ええのか・・・! 」
 浩二が言った。
「 偶然、見つけたんじゃけえ、バアちゃん。 ・・ほれ・・ ホウキじゃ。 清美ちゃん、これ持って、ワシんトコの敷地に来たんじゃぞ? 」
 持って来た竹ボウキを渡す、浩二。
 彼女は、震える手で竹ボウキを受け取ると、しばらくそれを見つめて言った。
「 ・・これを・・・ これを持って、ご奉仕しとったんか、清美・・!  ほうか・・ うん、うん・・ ほうか、ほうか・・・ ご苦労様じゃった・・ ご苦労様じゃったのう、清美 」
 和也は、カバンを開けながら、彼女に言った。
「 先日、長束の白川さんにも、遺品の一部をお見せしましたが、今日は、全て持って来ました。 確認して頂けますか? 」
 彼女は、じっと和也の手元にあるカバンを見据えながら言った。
「 ・・おお・・おお・・ み・・ 見せて下され 」
 カバンの中から、遺品の品を取り出す、和也。 かすみ模様のモンペ、革靴、制服・・・
「 ・・き・・ 清美のじゃっ! みんな・・ みんなあの日、清美が着て行ったモンじゃっ・・! 」
 テーブルに置かれた遺品を、手にしていた竹ボウキと共に、飛びつく様に両手で、ガバッと抱える彼女。
「 清美ぃ~っ! 清美いい~っ・・! よう・・ 帰って来た・・ よう帰って来たのう~・・!もう・・・ もう、ドコにも行かんといておくれんか~! ひい・・ ひい・・ いひい~・・・! 」
 言葉にならぬ、嗚咽にむせぶ彼女。 変わり果てた姿とは言え、半世紀振りの再会であった。 美奈子は、終始、もらい泣きに暮れている。
 しばらくは何も言えず、和也と浩二は、彼女が落ち着くのを待った。
 真っ赤に腫らした目を、割烹着の裾で拭きながら、しばらく経つと彼女は顔を上げた。
「 ・・あと、これも・・・ 」
 和也は、小さな、古ぼけた布の包みを取り出し、彼女に渡した。 布から出て来たのは、あの、ツゲのクシだった。
 彼女は、それをじっと見つめると、ポツリと言った。
「 ・・高女に上がった時、お祝いに買うてやったモンですじゃ・・ 」
 無言のまま、クシに頬擦りをする、彼女。 そのまま彼女は、小さな声で語り出した。
「 ・・あの子は、真面目な子じゃった・・・ 厳しくしつけた事もあって、礼儀もわきまえておってのう・・ 親バカかもしれんが・・ ワシの自慢の娘じゃった 」
 握り締めていた制服をテーブルに置き、広げる。 それを見つめながら、当時を思い出すように彼女は続けた。
「 あの日・・・ 清美は、朝から体の具合が悪かったんじゃ。 のう? 清美・・・ 」
 制服に手を伸ばし、名札の辺りを愛しそうに触れる、彼女。
「 連日の奉仕作業で疲れとったんじゃのう・・ 学校を休みたいと言っておったんじゃが、ワシが無理矢理、行かせたんじゃ・・ みんな、お国の為に頑張っちょる。 お前1人、甘いコト言っとってどうすんじゃ、ってのう・・・! 『 お母様、私、頑張って来ます 』ちゅうて、けなげに、あの子はいつも通り、汽車で出掛けて行きおった。 そして、二度と帰って来なんだ・・・ ワシが殺したんじゃ。 同じコトなんじゃ・・・! 」
 後悔の念に、再び彼女は肩を震わせ始めた。
「 ワシが・・・ ワシが行かせなんだら、あの子は死なずに済んだんじゃ・・・! イカン母じゃった・・! 許してくれろ、清美・・! 」
 和也は、何と慰めたら良いのか言葉が見つからず、苦慮した。 すると、また意外にも、浩二が彼女に言った。
「 そりゃ、違うぜ、バアちゃん。 結果的にそうなっただけじゃ。 いわば、運命ってヤツよ。 わしゃ、歴史は、よう分からんけえ、イカンが・・ 戦争中は、みんな同じコト言ったんと違うか? でないと、バアちゃん、悔しくて悔しくて、たまらんじゃろが 」
 彼女は、ゆっくり顔を上げると、浩二の方を見て言った。
「 お前様は・・ さっぱりしとるのう・・・! 救われるようじゃ・・ ほうじゃ・・ 悔しくてのう。 毎日、毎日、広島の町を捜し歩いたわい。 道端に転がっとるホトケ様を、1つ1つ、確認してのう・・・ 」
「 日報を見れば、分かったかもしれないわね・・! その時なら、清美さん、まだ生きていたかも 」
 美奈子が言った。
 制服の上にクシを置き、彼女が答える。
「 こんな日報を書いちょったコトすら、知らなんだけえ・・・ 女学校へも、毎日のように行ってたんじゃがのう。 ほとんど焼けてしもうてな。 身元の分からんホトケ様を、清美と思って供養の手伝いをしちょった。 みんな、真っ黒コゲでのう・・・ 地獄じゃった 」
 3人の顔を、かわるがわる見た彼女は、続けた。
「 色々、お世話になったのう。 何と、お礼をしたら良いのか・・・ 重ね重ね、お礼、申し上げます。 清美も、やっと帰って来れて、喜んどる思います 」
 深々と、頭を下げる彼女に、3人は恐縮した。
「 清美のお骨は、お嬢さんのご親戚のお寺で、供養して頂いたそうじゃな。 有り難い事ですじゃ。 日を改めて、お参りに行かせてもらいますけえ 」
 美奈子に再び、頭を下げる彼女。
 浩二が言った。
「 何なら、今から行こうか? バアちゃん 」
「 そうしたいんじゃが、ワシは足を悪くしてのう。 あまり歩けんのじゃ 」
「 ワシんちの防空壕跡なら近いけえ、どうじゃ? 」
 和也も賛成のようで、続けた。
「 三川町ならすぐ近くですよ? ゆっくり歩いて行きましょう。 僕らが案内しますから 」
 彼女は、嬉しそうな表情を見せ、言った。
「 おお・・ ご案内下さるのか? では、是非・・ 是非、お願いします・・・! 」

 玄関を施錠し、浩二の家へ向かう。
 杖を突きながら、彼女は、ゆっくりと歩いた。 その両脇を、和也たち3人が、自転車を押しながら歩いている。
「 こちらに住んで・・・ ずっと、お好み焼き屋さんをしていらっしゃるんですか? 」
 美奈子が聞いた。
「 そうじゃのう・・ もう、何十年になるかのう・・・ 清美が通っておった学校の生徒さんたちが来てくれるけのう。 楽しいよ。 あんな時代じゃなかったら、清美も、こうやって友だちとお喋りしながら、なんぞ食いモンでも買うておったんじゃろな、てのう・・・ 」
「 バアちゃん、足、大丈夫か? もっと、ゆっくり歩いてもええぞ 」
 浩二が気遣い、声をかける。
「 なんの。 清美が待っちょるけえ、これしき大丈夫じゃ。 ・・何か、今日は、よう足が動くのう・・! 痛くないぞえ? 」
 田中町を過ぎ、三川町へ入る。
 浩二が言った。
「 ・・なあ、和也・・ 」
「 ん・・? 」
「 ワシ、あの防空壕跡を保存しよう、思うんじゃが・・ どうじゃ? 手伝ってくれるか? 」
「 保存? 」
「 ほうじゃ。 もちろん、オヤジにも許可が必要じゃ思うが・・ あそこは元々、何にもなかったトコじゃけえ、別に、問題ねえと思う 」
「 保存か・・・ まあ、お前のウチの敷地だし、問題はないと思うけど・・ どんな感じに保存するつもりなんだ? 」
「 ワシらの知らん昔に、こんな事実があったんじゃ。 バアちゃんさえ良ければ、日報のコピーも掲示して、詳しゅう、事のてん末を書いた案内板なんかも建ててのう・・ みんなが見学して、みんなが過去の事実を知って・・・ 何ちゅうか、勉強出来るようなトコにしたいんじゃ 」
 美奈子が反応した。
「 ・・すごいじゃない・・! 恒川君から、そんな考えが出るなんて、信じらんないわ・・! 」
 和也も、同感のようだ。
「 お前、そのアイデア、生まれてから18年間の中で、多分、最高だと思うぞ! 」
「 ・・お前ら、それ、ホメとんのか? 何か、引っ掛かるぞ? 」
 プライバシーに関する事でもある。 和也は、彼女に聞いてみた。
「 どうですか? もし、名前の公表に抵抗をお感じでしたら、その点は、差し控えますが・・ 」
 しばらく考えて、彼女は答えた。
「 何も隠す必要など、ないのう。 何十年と、忘れ去られていた清美じゃ・・ その分、皆様に知って頂いたら、清美も本望じゃろて。 何なら、お返し頂いた遺品も、寄付しますけえ・・・! わしゃ、お骨さえ手元にあったら、それでええんじゃ。 見たくなったら、いつでも行けるけえ。 近くじゃしのう 」
 浩二の提案で、意外な方向に、展開が開けたようだ。
 美奈子が言った。
「 市にお願いして、市跡として認定してもらうのも良いかもよ? 」
「 そうだな・・! ・・こりゃ、今年の夏休みは大変だぞ? まずは、ドカチンからだな。 浩二、出番があったじゃないか 」
「 ほうじゃのう! 力仕事だったら、任しとけ! 」

 工場の敷地に入る。
 掘り返されたままの土盛りの中に、朽ち果てたコンクリート製の躯体が見える。 天板は、すっかり乾き、時折、吹き抜ける夏風に、白い埃を舞わせていた。
「 足元が悪いですから、気を付けて下さい 」
 和也の注意に、美奈子が彼女の左手を支え、開けられた入り口付近まで降りた。 入り口の穴は、到底、体の不自由な彼女には、くぐる事は出来ない。
 ぽっかり開いた、暗い穴の前にしゃがむ、彼女。
「 ・・おお、おお・・ こんなトコにおったんか、清美・・・! 」
 身を乗り出し、彼女は、穴の中に向かって、呼びかけるように言った。
「 清美ぃ~・・・ 迎えに来たぞう~・・! 今まで待たして、イカンかったのう~・・ 帰ろうやあ~・・・! 清美ぃ~・・・ 」
『 お母様ぁ~・・! 清美は、とても恐ろしゅうございました。 さあ、早よう帰りましょう・・! 今日は私、1人で、ここのご奉仕をしていたのですよ? 清美を、誉めて下さいませ、お母様・・・! 』
 3人には、そんな返事が聴こえたように感じた。
 ハンカチを取り出し、そっと目頭を押さえる、彼女。 美奈子もまた、潤んで来た瞳を、指先で拭う。
 閉じ込められていた魂は、半世紀の時を越え、今、その母の元に帰った・・・ 悲しい過去の事実を、再認識する事となった彼女ではあったが、和也たちの苦労により、一応の区切りをつける事が出来た事だろう。
 ・・・未だ帰らぬ魂。
 そんな、時を忘れ、さまよう御霊は、まだまだこの地には、多い事だろう。 今回、偶然に発見された事実・・・ 和也たち3人にとっては、過ぎ去った過去の重さを実感する、良き経験となった。
「 キレイに整備して、中に入れるようになったら、連絡するきに、待っとってくれや。 のう、バアちゃん 」
 土盛りの外に上がった彼女に、浩二は言った。
「 あの子は、恥かしがり屋じゃったけえ、イヤがるかもしれんが・・ 清美みたいな最期を迎えた子らは、他にもいっぱい、いたんじゃ。 その事を、現在に知らしめるのが、これからの、あの子の奉仕かもしれんのう。 永遠に、お役に立つ奉仕じゃ。 そんな名誉なコト、普通じゃ出来ん。 あの子には、そう言っとくけえ 」
「 ほうじゃのう。 じゃ、ワシらは、清美ちゃんの働くトコ、精一杯、作ってやるきにな。それまでは、十分に休んどいてくれって、伝えといてくれや 」
 浩二は、笑顔で彼女に答えた。
「 あ、ちょっと、そのまま・・ 」
 和也は、カバンからデジカメではなく、一眼レフを取り出すと、防空壕跡にたたずむ彼女の姿を、ファインダーに一枚、納めた。
「 美奈子と浩二も入れよ。 記念館として完成したら、またみんなで撮ろうぜ 」
「 こんなヨボヨボ、撮ってもろうて、済まんのう。 出来たら一枚、もらえんかのう。 店に貼っておくきに 」
「 あ、じゃあ、私が持って行ってあげるわ。 私の友だち、あのお店によく行くらしいから。 お母さんのお好み焼きも、食べてみたいし 」
 美奈子の言葉に、彼女は、目を細めながら言った。
「 そりゃ楽しみじゃのう・・! 是非、来ておくれよ。 あんた様らは、清美のお友達みたいなモンじゃけえ・・ 」
「 バアちゃん、ワシ、イカ玉な。 大盛りで頼むわ 」
「 よし、よし。 必ず、来るんじゃぞ? 待っとるけえな 」
 和也が言った。
「 コイツ行ったら、店のモン、全部、食っちまいますよ! 」
 夏の夕暮れの空に、皆の笑い声が響いた。

10、継承していくモノ

10、継承していくモノ


 夏休み。
 いよいよ、防空壕の保存作業の開始である。 じりじりと照りつける炎天下の作業だ。 まずは、掘り返された時に出来た、天板や側面にある無数の穴の補修である。
 浩二が、ホームセンターで調達して来た軽量モルタルで、穴を埋めていく。 壕内に板を仮止めし、外からモルタルで埋め、補修をするのだ。 完了後、板を撤去し、仕上げていく。
「 暑いけど、結構面白いな、コレ 」
 顔じゅうに汗をかきながら、和也が言った。
 モルタルをこねながら、浩二が答える。
「 オヤジが、思いのほか協力してくれて助かるぜ。 知り合いの防水屋、呼んでくれてよ。 明日、シート防水してくれるらしい。 これで、埋めても中はシケらんけえ、安心じゃ 」
「 入り口はどうする? ほとんど壊れて、使い物にならないぞ? 」
「 階段だけ残して、あとはブロックで組むんじゃ。 多少、漏水があるだろうけど、前にバイトやってた土建屋の社長が、中古のポンプをくれてのう。 水位感知式だぞ? すげえじゃろが 」
「 よく分からんが、お前やっぱ、ソッチの方が似合ってるな 」
「 年季が違う、言うたじゃろが。 任せんかい 」
 自転車に乗って、美奈子がやって来た。
「 朗報よ。 市役所の生涯学習課にいる従兄弟に相談したら、史跡認定会に提出して検討してくれるって! 学校教育課にも、お話ししたら、地区によって認めている『 市跡 』と言うのがあるらしいの。 そっちの方でも検討してくれるそうよ! 」
 買って来た清涼飲料水のペットボトルを2人に渡しながら、美奈子は言った。
「 何か、大事になって来たな。 気合、入れなきゃな、浩二 」
 和也が言うと、ゴム手袋に付いたモルタルをはたきながら、浩二が言った。
「 そういうこっちゃ! よし、一服したら階段をやるか。 美奈子、ショーケースの方はどうだった? 」
 寄付してくれるという清美の遺品を納め、展示する為に、どうしてもガラス製のショーケースが必要なのだ。 美奈子は、ここ数日、あちこちのリサイクルショップを廻っていたのだった。
「 松川町の厨房ショップに、中古のがあったけど、高いわね・・ 5万円だって。 あまり大きなのはダメでしょ? なかなか丁度良いのが無いのよねえ・・・ 住吉町に、友だちの親戚がやってるって言うショップがあるから、明日、行ってみるわ。 中古の家具も置いてあるって話しだから 」
 ペットボトルの蓋を閉め、和也が言った。
「 オレ、明日は作業ないから、展示資料の説明文、草案するよ。 浩二は、ここの作業、手伝うんだろ? 」
「 良く分かってんじゃねえかよ。 わしゃ、明日は職長じゃけえ。 ちゃんと監督してなきゃのう 」
「 資格、持ってんのかよ 」
「 玉掛けじゃ、イカンか? 」
「 何だ? それ 」
「 重量物の荷揚げに使う技能じゃ。 バイトの時に取った 」
「 全然、関係ないと思うけど・・・? 」
「 やっぱり? 」
 美奈子が言った。
「 生涯学習課の人の話だと、秋頃に、新しく市内のガイドマップを作成するらしいの。 史跡に認定されなくても、ガイドマップには、載せてくれるらしいわよ? 跡名を決めておいてくれ、って言ってたけど・・ どうする? 」
 ペットボトルの清涼炭酸飲料水を一気に飲み干し、浩二が言った。
「 ・・ゲップ・・! そりゃ、スゲエわ! ん~・・ 名前か・・・ ゴエェップ・・! 」
「 汚ねえな・・! やめんか、そのゲップ 」
 更に、小さなゲップを連続して出しながら、浩二が提案した。
「 よし・・ 恒川戦争記念館ってのは、どうじゃ? 」
 和也が答える。
「 何か・・ 戦車でも置いてあるトコみたいな名前だぞ? それ 」
「 ・・じゃ、清美ちゃんハウス 」
「 ナメとんのか、お前 」
「 わしゃ、考え事は苦手じゃ・・! お前らで決めてくれや 」
 しばらく考えると、美奈子が言った。
「 あまり、清美さんの名前を出さない方が、いいんじゃないかしら? なんか、さらし者にしてるみたいで・・・ 」
 和也も、同意らしい。
「 ・・そうだね。 清美さんは、この防空壕にまつわる、時代の証言者として、みんなに知って欲しいね。 単純に、『 三川町防空壕跡 』で、いいんじゃないか? 」
「 そうね。 資料にも、その名が載ってるし。 どう? 恒川君 」
「 ええよ。 プレートは、オヤジが作ってくれるらしいけえ、そう言っとくわ 」
「 よし! そうと決まれば、張り切ってやるぞ。 浩二、階段やろうぜ! 」
「 待たんか。 職長に指示すんな! まずは、測量じゃ。 美奈子、水平器取ってくれ。 そこの、棒みたいなヤツじゃ。 和也は、階段あたりのガラを撤去してくれ 」
「 『 ガラ 』って、何だ? 」
「 コンクリートの破片のコトじゃ。 ブロックを組むから、きれいに整地せんとイカンけえ 」
 美奈子が言った。
「 あ、じゃあ私、壕内の掃除するね! 」
「 おう、済まんのう。 明日、防水屋が来たら、ハイウオッシャー掛けて水洗いをしてもらうけえ、大まかなモンだけでいいぞ 」
 ホウキと、ゴミを入れる為の土のう袋を持って、美奈子が壕内に入る。
「 狭ぁ~い! よく、こんな穴から入ったわねえ・・! 」
 和也が、美奈子に注意した。
「 細い鉄筋が出てるから、気を付けろよ 」
 明かり取りの為に、1つだけ残してある天板の穴から、外界の光が差し込んでいる。
 初めて入った壕内・・・ 美奈子は、しばらく辺りを眺めていた。
「 こんな狭い所に、1人でいたんだ。 清美さん・・・ 」
 物言わぬ無機質な壁に、そっと手を触れる美奈子。
 助けを求める、清美の叫び声。 母を呼ぶ、泣き声・・・ その最期を見続けた壁に触れ、閉ざされた闇の中でたった1人、この世を旅立っていった清美の胸中を思う、美奈子。 時代の運命とは言え、あまりに儚い彼女の人生・・・・        
( あなたの事は、もう闇の中には戻さない。 あたし達が、伝えてあげる。 あなたの生きた時代を・・ あなたが、お友だち達と精一杯、生きた記録を・・・! )
 美奈子は強く、心に誓うのだった。

11、過ぎ往く夏と共に・・・

11、過ぎ往く夏と共に・・・

 和也たちの、高校生活最後の夏が過ぎて行った。
 友人と旅行に行った者。 バイトに明け暮れた者。 塾通いだった者・・・ それはそれで、1つの思い出だ。
 今年の和也たちの夏は、忙しく、キツイ夏であった。 しかし、それは今までになかった、充実した夏でもあった。

 2学期が始まった頃、和也たち3人は、真っ黒に日焼けしていた。 それは、あの防空壕跡の補修整備作業によるもの以外、何物でもない。
 きれいに補修をし、防水施工を施した防空壕の躯体は、8月の中旬頃、和也たちの手により、再び、土中に帰された。 浩二の父親のはからいで、工場の敷地を囲う外壁の一部を改装し、壕の地上は、工場の敷地とは一線を画した独立した垣根で囲まれている。 町内会の寄贈による芝も張られ、垣根脇には植え込みも植樹された。
 新しく新設された入り口には、雨の侵入を防ぐ為、簡単な蓋も取り付けられ、電気が引かれた壕内には、電灯も設置された。 普段は消灯され、見学者が自ら点けて入場するようになっている。
 美奈子が苦労して見つけて来たショーケースも、壕内に運び込まれた。 制服・革靴・クシなど、清美の遺品が納められ、壁には、コピーした作業日報や生徒名簿などが、額に入れられて掲示されている。
 清美が横たわっていたと思われる場所には、1畳ほどのスペースの4隅にクイを打ち、ロープで囲んで、立ち入り禁止区域とした。 傍らには、あの竹ボウキが置かれている。

 『 三川町 防空壕跡
  太平洋戦争中、広島市内に、数多く設置されていた防空壕の1つである。
  平成〇年7月、市内の高校生の手により、埋もれていた壕内から遺骨が発見された。
  彼らの手による調査の結果、戦時中に、勤労奉仕に従事していた女学生と判明。 昭和20年、8月6日の原子爆弾投下による被爆犠牲者である。
  尚、壕内展示の遺品は、半世紀振りに再会を果たした、女学生の母親の寄付により設営された。
  幾多の被爆犠牲者の御霊を代表し、戦争の犠牲となった1人の少女の記録を、ここに残す 』

 壕内に入ると、正面の壁に掛けてある案内文の内容である。

 『 昭和20年、8月6日
  広島高等女学校に在籍していた白川 清美( 当時、14歳 )は、この三川町防空壕にて、1人で勤労奉仕清掃作業に従事し、
  原子爆弾の投下により被爆。 その後、この壕内にて、この世を去る。
  この保存館は、1人の少女が生きた時代を考証し、彼女の直筆の作業日報・遺品等の見分と共に、過去の戒めを忘れる事なく、
  長く、後世に伝えられる事を祈念するものである 』

 ショーケースの中に納められた清美の制服の横には、こんなメッセージも添えられた。 保存館の完成直後は、近所の住民たちのみに公開されたが、9月の中旬頃に発行されたガイドマップに、この壕の事が記載されると、訪れる人が徐々に現われ始めた。
 長束の妹を呼び寄せ、清美の母親と共に、壕内の案内と恵宋寺に預けてあった遺骨を返還した際は、地方版の新聞にも取り上げられ、その後、来訪者は急増した。
 2度3度と訪れる人も増え、清美が横たわっていた場所には、常に、誰かが供えていった花が置かれてあるようになり、つい先日、市跡としての認可も下りる事となった。
 9月下旬・・・ 和也たちの、高校生活最後の夏が過ぎようとしていた。

 『 三川町防空壕跡 』という、アルミプレート製の立て看板の上に、赤トンボが羽を休めている。 浩二の父親が、好意で寄贈してくれたもので、小さな電灯も付いており、中々に立派なものだ。 その脇に立ち、和也は、看板を見つめながら、過ぎ行く夏を振り返っていた。
 すっかり日が傾き、虫の声と共に、時折り、そよぐ秋風が心地良い。
 浩二が、献花されていた花を抱えて、壕内から出て来た。
「 和也、済まんかったな。 掃除、手伝ってもらって 」
「 気にすんな。 お前の方こそ、大変だな。 最近、また見学者が増えたんと違うか? 」
「 まあ、ええこっちゃ。 清美ちゃんも寂しくなくて、ええじゃろ・・・ 」
「 お母さん、足、だいぶ良くなったんだってな 」
「 おう、ココにも、よく来るみたいじゃ。 先週もオヤジが、掃除しとるトコ、見たそうじゃけえ。 ・・人間は、足から歳とるそうじゃ。 店からここは、丁度、散歩に最適な距離じゃけ。 毎日でも来たらええ 」
 壕への階段脇に腰を降ろし、一息つくと、浩二が聞いた。
「 ところで、あの写真・・ どうした? バアちゃんに見せたか? 」
「 いや・・ やめたよ 」
 首に巻いたタオルで額の汗を拭きながら、浩二は言った。
「 そうか・・ ワシや美奈子は、見せられても別に怖くはなかったが・・ 何つうても、生々しいけえのう。 ・・みんなで撮ったヤツは、あげたんじゃろ? 」
「 ああ。 店に貼ってあるよ 」
 和也も、浩二の横に腰を下ろすと、続けた。
「 デジカメで撮っても、写ってなかった時には、ビビッたけどな・・ 」
 浩二が、首に掛けていたタオルで額の汗を拭きながら言った。
「 お前が追いかけとった幻影の君が、清美ちゃんだったとはのう・・! やっぱり、あの坊さんが言った通り、ワシらを頼って出て来たんかのう? 」
「 さあ、どうかな。 ・・これ・・ その献花と一緒に、焼いてくれるか? 」
 和也から手渡された1枚の写真を見入る浩二。 防空壕脇に佇む、清美の母親の写真だ。 初めて防空壕跡に案内した時に撮影した1枚である。 ・・撮影時の被写体は、清美の母親1人。 他には誰もファインダーには入っていなかった。 だが、その写真には、母親の横に、竹ボウキを持ったセーラー服姿の少女が、少し、かすれたように写っている・・! それは何と、和也が好意を抱いていた、あの少女であった。
「 確かに、しっかりしてそうな顔立ちじゃのう・・・ 清美ちゃんと話し、したんじゃろ?どうじゃった? 声とか・・ 」
 写真を見ながら、浩二が聞いた。
「 ・・う~ん・・ 普通だったなあ。 上品で、礼儀正しくて・・・ カメラ見て、オレの事、分限者だってさ 」
「 ナンか? その・・ ぶげん、者って 」
「 昔の言葉だよ。 お金持ち、って言う意味らしい 」
「 ふ~ん・・・ 」
「 あれからは、もう学校で彼女を見かけなくなったなあ・・・ 」
「 バアちゃんトコ、帰ったんじゃ。 もう学校へ、用は無いじゃろ 」
「 半世紀も、学校を掃除し続けていたのか・・ 」
 献花の間に写真を挟むと、それを見ながら浩二も、呟くように言った。
「 ・・御苦労様な事じゃったのう。 もう、いいきに、十分休めや・・・ 今度は、ワシらが掃除する番じゃ・・! 」
『 有難うございます 』
「 ・・ん? 何か言ったか・・? 」
 浩二が聞いた。
「 いや? 何も? 」
「 ・・・何か、言ったろ? 今 」
「 何を・・? お前が言ったんじゃないのか? ありがとう、って・・ 」
「 やっぱ・・・ そう聞こえたか? 和也も・・! 」
「 ・・・・・ 」
「 ・・・・・ 」
 辺りを見渡す、浩二と和也。 夕暮れが迫り、薄暗くなった辺りには、誰もいない。
 そこへ、美奈子が自転車に乗ってやって来た。
「 ・・おう、塚本か・・・ どうした? 」
 和也が聞く。
「 別に。 塾の帰りなの。 壕跡を掃除しに行くって言ってたから・・ 何となく、ちょっと寄ってみただけ。 ・・ねえ、今の誰? 」
 壕内をのぞきながら、美奈子が聞いた。
「 誰って・・? 」
「 今、ここにいた、セーラー服の子。 武内君たちに挨拶して、壕内に入って行ったじゃん。 あたしの方にも、挨拶してたけど・・ 」
 和也と浩二は、顔を見合わせた。 やがて徐々に、2人の顔に、歓喜の表情が現われる。
「 やったなあ、浩二っ! 声、聞けたじゃん! 」
「 おお~っ! アレがそうけえ・・! 」
 美奈子は、訳が分からず、ポカンとしている。
 ハイタッチする和也たち2人に、美奈子は尋ねた。
「 何、何? どういう事・・? 何なのよ 」
 浩二が、逆に美奈子に聞いた。
「 美奈子、その子・・ 竹ボウキ、持ってなかったか? 」
「 え? あ・・ うん、持ってた。 こんな時間に、誰が手伝いに来てくれたのかな? って思って・・・ 」
 更に驚喜する、和也と浩二。
「 ちょっ、ちょっと・・ 何? 何、喜んでるの? ・・あれっ? あの子、いないじゃん 」
 壕内をのぞき込んだ美奈子が、きょとんとしながら言った。
「 ねえ、どこ行ったの? あの子・・ ちょっと! 2人だけで、はしゃいでないで、教えなさいよっ! 誰なのよ、あの子、ねえったら~・・ もおうっ! 」
 3人の声が、夕暮れの秋空に響く。
 再び、そよぎ始めた涼しい秋風が、夏の終わりを告げていた・・・


                                                  〔 ひと夏のレビュー / 完 〕

ひと夏のレビュー

最後までお読み頂き、ありがとうございます。
ご親戚の方に、戦時中の事を聞いてみて下さい。 幼年期・青年期の頃に、戦時を過ごした方がいらっしゃるかと思います。 また、当時、20歳代の
頃で、実際に戦地へ出兵された方もいらっしゃるかもしれません。
物語の中で出て来たように、戦時中だったからこその、特異な理解や思想、行動があったかと・・・
時代が変われば、言動も変わります。 今だったら納得のいかない事や理不尽と思える事も、当時では、当たり前の事だったりするのです。
いつの時代も、その時代に合った生き方、生活があるかとは思いますが、今を大切に、未来を見据え、時代に流されない自己を主張出来たら、
これに勝るものはありません。
全てにおいて、自由が可能な現代に生きる私たちは、時には、過去を振り返り、自分を見つめ直す時を持つ事が大切だと思います。

                                         夏川 俊

ひと夏のレビュー

昭和20年、夏・・・ 日本は戦争をしていました。 広島に住んでいた、とある少女は、原子爆弾の投下により、この世を去ります。 そして現代・・・ 3人の高校生たちが、戦時下に生きたこの少女の青春と関わる事となり、封印された時間を辿ります。 行き付いた事実に、彼らが感じたもの・・・ ひと夏の経験が、彼らに時空を超えた軌跡を体験させます。

  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-04-01

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  1. 1、夏空の下にて
  2. 2、封印された時間
  3. 3、アプローチ
  4. 4、永遠の魂
  5. 5、綴られた記録
  6. 6、少女
  7. 7、帰郷
  8. 8、ひと夏の記録
  9. 9、母と娘
  10. 10、継承していくモノ
  11. 11、過ぎ往く夏と共に・・・