電源

地球人類はほとんど滅亡し、文明は崩壊し、残ったのは溢れんばかりの電気機器と、むなしさだけ

地球人類はほとんど滅亡し、文明は崩壊し、残ったのは溢れんばかりの電気機器と、むなしさだけだった。
俺は人間ではないが、人間の心を持っているつもりだ。

俺の目的は、今世界中でついている、全ての電気機器の電源を落とすことだ。
そうしないと眠れない。静かになった気がしない。静寂でしか、魂は休まらない。
太陽と小鳥の音だけでいい。潮騒と葉擦れの音だけでいい。地球上には、もうそれだけでいいから。あとはなにもなくていいから。

誰に頼まれたという記憶もない。しかし、俺がそれを望んでいる。使命ではないが、やり遂げる価値はあると思った。

もう、地上にはこの俺しかいない。宇宙は遠く、誰も気にならない。気楽な時間だった。



アメリカの大都市から始めた。数多くの発電所を停止させ、休めた。
自家発電の機器を、探知機で探し当てる。乾電池の電流を、500キロも遠くから見つけ出せる高性能な電源探知機。


大陸を隈なく横断し、次の大陸へ。海は船で渡った。それが今の気分に合っていた。

ヨーロッパ、アジア、アフリカ……

それぞれの大陸の電気機器を消していく。発電所を停止させる。長い時間がかかったが、少しも辛くはない。夜は月の下で眠った。眠るジプシーのように。風が心地よかった。

山あいにポツンとエンジンがあって、それを停止させた瞬間の静寂などはたまらなかった。小さなタービンのうなりが、これほどの騒音とは気づかなかった。空気まで澄んでくる気がした。

着実に電源を落として行って、ついに最後の場所にむかった。
穏やかな山の中にある、中規模の発電所だった。
まばらな森と、平和な自然がそれを囲んでいる。
自然現象以外で、電流の流れている場所は、もうここだけだった。



その時、俺の意識に、ある場面がフラッシュする。

暗い部屋。きっと夜だろう。付けっ放しだったモニターの電源を、その人が切る。
すると、あたりに漂っていた電波がスゥ…と消滅し、優しい夜の空気が、その人の脳を包む。小さな、しかし目障りなLEDの電源ランプが、ゆっくりとフェードアウトして、暗闇が本来の姿を奪還する。
落ち着いた。静かになった。無が心地いい。
あとは素晴らしいこの眠気に、なにも考えず沈んでいけばいい……


そうか、俺を作った人間は、これがしたかった。

自分の手を見てみる。
それは、ステンレスとモーターと、多量の電線によって出来ている。
俺は、電気で動いている。

この発電所を停止させてから、もうひとつ仕事が増えた。
思えばそれは、俺が最も望んでいることだった。


ガチ、ガチ、と、発電所の電源を落としていく。
壁に並んだたくさんのスイッチを、順番に確実に落としていく。快感なんだと、ようやく気がついていた。

全ての電源を落とした。
あとは、俺自身の電源を落とす。それが最後の仕事だ。そのあとに待っている静寂を考えると、ため息が出そうになった。世界があまりにも平穏に生まれ変わる、もうこれ以上の至高はなかった。

発電所の殺伐とした建築を出て、草の匂いのする、穏やかで開けた場所に向かった。あたりは深夜だった。月が青い。想像以上に明るかった。

木や草や空なんかが青く照らされ、南には平野が見渡せた。静かになった地球。なにもかもが美しい。電線が生み出す不愉快なノイズはもう、この世には存在しない。私の心臓を除いて。


手で電源を探ってみると、あっさりとそれが見つかった。
まるで、俺が自分で電源を落としやすいように設計されているようだった。

俺を作った人間を思う。これは全て計算されたことだった。電源探知機を備えたロボットを開発し、人類の死後、彼らの安寧の眠りのために、そのロボットに地上全ての電源を落とさせた。
そうして、人々は優しい眠りにつけるのだ。理に叶った、美しい試みだと思う。


優しいこの光景を見ながら、俺は静かに消滅することが出来る。なんて素晴らしいんだろうか。この世の誰も、これほどの感覚を味わったことはないだろう。
美しい地上、月の光に色づいた木や平野。草の匂い。
俺はスイッチに手をかけ、この世界を深く味わうように深呼吸して、満たされたまま電源を切った。

(キィィィン…と音を立てて、そのロボットは動かなくなった。風の音、葉ずれ、虫の声、川のせせらぎ……。それらの音が辺りから聞こえる。地上に静寂が訪れた)

電源

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  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-04-01

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