花のように

花のように 2007

 花のように

花のように咲き乱れて 花のように丸い
巡り合うの 息吹に 愛を感じるのなら
まるで花びらのように

まるで花びらの夜に ミラーの泉のように
咲き乱れる悦び 蜜月の黄金に

咲き乱れる花びら メリーゴーランドのように
三日月と貴方だけ 廻り続ける夢に

闇の中に舞い散る秘花 貴方のために着たわ
シルバーを身に纏い 黒のシルクを身につけて
黒いハイヒールを履いて 美しい香パヒューム
貴方へと導いて 夜の息吹の中で

まるで花びらのように ミラーの泉のように
咲き乱れる悦び 涙で濡れる息吹

あの日の事を憶えている それは美しい夜
貴方とキスを交わし 花の舞い散る夜に
チェリーブロッサム 愛の嵐に
別れては引き寄せる密に

まるで花びらのように 咲き乱れて嬉しい 巡りつづける夢に


      1

最後にはきっと戻るだろうと思った。

あたしは彼に逢いに行った。石畳をブーツで踏み均し、進んでいく。トレンチコートの襟を立ててマフラーから首筋に風が冷たく入った。

パリの夜は何時の間にか闇に落ち、街路灯が暖色に照らす。

高いところでひっつめた金髪を風はさらう事無く、スカートを翻した。

煙草を踏みにじって木のドアを叩く。

彼の飼っているヨークシャーテリアーのトッティーが扉の向こう側から高い声で鳴いていた。

彼は扉を開けて微笑み、あたしは冷たくなった頬で微笑むと中に促され入る。

「奥さんが離婚してって。あたしの店まで来たわ」

ブランドショップで働くあたしに一応は配慮したのか、店には来てもスタッフ達のいる時は避けてあたしに笑いかけてきた。

16区出身の彼女にはあたしの気持ちなど分かりはしないのだろう。セーヌを挟んだ向こうの世界を。

愛に寂れていて、どこでも物欲しげな愛情に飢えた目をした女達が男に笑いかける。

緑色の木ドアが並ぶファブリックの壁紙が貼られた通路を歩いていき、先のリビングに来た。

シェードが空間を照らす中、見かけだけ美しく育ったあたしの顔と姿を照らした。

トッティーがソファーに駆け上ってさらさらの毛並みを整えるかのように行儀良く座る。

「妻には悪いことをしてると思ってる」

彼はそう言い、あたしはトレンチコートを脱ぎながら振り返った。肩を軽くすくめる。

「そうね。でも、成り行きってあるわ。その方向に進んだほうがいいこと、進むべきこと、進んでしまうこと」

マフラーを取って椅子にかけると、オーディオを操作する彼の背に言った。

「離婚はいつ?良識ある奥さんは、あたしを許すと口先だけでは言っているのよ」

「そういう女さ」

自分が悪い気になってきて、それを訂正するために両手を広げた。それだけはしてけれど何も言わなかった。

結婚は考えていないけれど、彼といる時間は許される。

寂しい心を紛らわす先で出会ったバーの男は、誰もがその場を共有しても続かない。

「きっと、彼女は顧客から外れるんでしょうね」

店をご用達で使って来てくれた彼の奥さんは、いつもあたしがアドヴァイスすることを喜んでくれていた。

友人とまではいかなかったけれど、ある程度のスタッフと客の距離を保ちながら親交は深めて行った物だった。

客と売る側としてでもあったし、1度誘われたパーティーでの彼女の旦那との間も深めたくて。

そこに打算的な面があったのは確かだったけれど、成り行きで事の顛末が今に至ったことは完全な計画でも無かった。

前の男とはその頃うまくいっていたし、気になったこの人とは愉しい会話の時間を過ごしていきたいと思った程度。

成り行きという物は怖いもので、なるようにしかならない。

分かっているわ。愛には終わりは来るのよ。彼がどんなに素敵な島で挙式を上げ、神に誓っても。

人の感情が愛情に動きつづける限りは。

トッティーの毛並みを撫でてからソファーに座った。

「彼女にこの子、返すの?あたし達の新しい部屋に連れて行ければいいのに」

「犬まで彼女から奪うのは可愛そうだと思って、明日引き取りにこさせる」

「そう」

あたしはいつまでも彼の腕に戻ることを願うだろうけれど、この愛にも終わりが来るかもしれない不安はあった。


       2

「ねえリズ。あなた、何かあったの?問題でも?」

店に来て雪を振り払うと、ディスプレーをしていたアーシェンが小声で言った。

「何のこと?」

あたしはつとめてつんとして流し目で彼女を見て奥へ進む。

スタッフルームに入るとアーシェンは、呆れたように何かを指に挟んであたしに渡した。

封筒。この店に宛てたもの。

「正気?ハッ、やってくれるわね」

彼の妻だ。内容は便箋にしたためられた思いだけでも溜息が出る。あたしは泥棒猫なのだと。

「店長は開けていないわ」

安心しはしなかった。あたしは軽く応えるとコーヒーを淹れた。

「もしかしたら、この街を離れるかもしれないわ」

「彼のことでしょう?噂が広まる前にどうにかしたほうが良いって思うけれど」

「ありがとう」

便箋をゴミ箱に捨てるとデスクに腰をつけた。

「どこに行くの?」

「その彼の持つ部屋よ」

「店は?」

確かに辞めるなら店長に知られても後の祭り。細く煙を吐き、首を振った。

「交通の便が悪いのよ。カンヌに行くつもり」

「そう。いい場所だわ」

「そうね。そうなればいいけれど」

あたしは小さく彼女に微笑んでからスタッフルームから出て行った。


     3

カフェで新聞に目を通して、先に開催されたパリコレが美しく取り上げられている。

あたしが立ちたかった舞台。でも、モデルの世界からあたしは逃げた。ステージへの切符を放棄したのは10代の頃だった。

あの頃は一番何もかも輝いていた。まるで全てが。

彼が路の向こうから笑顔で手を上げた。あたしは微笑み、彼はオープンテラスの開いた椅子に腰を降ろした。

「もしかして、この前の記事か?」

「ええ。そう」

微笑みそれを差し出した。

彼はギャルソンにコーヒーをオーダーすると向き直った。

「またモデルをするつもりは無いのか?」

「カンヌに行ったら、モデルよりムーランルージュのステージに憧れを抱くようになるかもしれないわ」

彼は可笑しそうに肩をすくめて新聞を置いた。

「あたしにはいつまでも輝いていて欲しいでしょう?」

「そうだな」

スポットライトの力でなくても、芸術的に美しいものは美術品の域だ。そうなりたかったのは事実だった。

ブランドの店で素晴らしい作品の数々を勧めるのではなく、体現したかった。最高の舞台で。

あたしの感覚は昼の陽のした、落ちて行った。まるで森の中に迷い込むように。続ければいつかは叶うなんて、そういうものでもない。

夢。諦めたこと。愛情。生命。

分からないことだらけの世界を生きては進むほか無い。


     4

引越しを終えるとヨークシャーテリアーを片腕に抱えて小型機に飛び乗った。

離婚を申請しに向った彼は別口で来る。

トッティーを預けると空を見た。別れの空。パリの憂鬱は解消されるはず。新しい地で。

気を改めてフライとした空をかけていく。過ぎて行く遠くの整えられた街。完璧に思える。生きる人々の心は複雑でも。

アイマスクを目に乗せて睡眠に入った。

しばらくしてアナウンスで目を開いた。しっかり眠れたわけでもない。

小型機から降り、トッティーを受け取り籠に下げ歩いて行く。

タクシーを拾って新しい2人の街へ行く。

引越しの荷が届くのは明日。それまでをホテルで1日を過ごすことになっている。


     5

あたしは多少の苛立ちを持って受話器の応答を待った。

ヨークシャーテリアーはシートの掛けられた家具の上を駆け回っていた。

煙草を灰皿に押し付けて、声の主に驚いた。

何故彼女が彼とあたしの携帯電話に?

「ああ、こんにちは。先日は」

声を整えてそう言った。

「彼はそちらには行けません」

「はい?」

「そうなったんです」

あたしは溜息を漏らして空間を1度目だけで見回してから言った。

「確かにあなたが許さないことは分かっているわ。でも、決まったことなのよ?今更何?」

「彼は死にました。あたしが殺しました。あたしは自主しに行きます。さようなら」

「そういう嘘はいらないわ。あたしにいるのは彼だけだけれど?」

「事実よ。嘘とおっしゃるならあたしが捕まった後辺りにニュースを見るくらいで悟ってちょうだい」

殺人を犯したにしては落ち着いた声で彼女は言っている。高ぶった感覚からの落ち着き?

「信じないわ」


     6

あまりに彼からの連絡が無かったのは事実で、あたしは整った家具の中でトッティーを抱き上げた。

「仕方が無いわね。あなたのご主人の彼に会いに行く?」

犬は利口そうな目で尻尾を振った。

小型機に乗り、過去の街へ再び戻る。

彼の部屋の木のドアを叩いた。

背後からいきなり声を掛けられ、あたしは驚き振り返った。

「あなたは?ここの住人の知人ですか」

男はあたしを上から下まで見ると、もう一人を振り返って再びあたしを見た。

手帳を見せてきて、あたしは怪訝な顔をして彼を見た。

「彼の奥さんは?」

「なるほど。あなたが噂の。来てもらいます」

「ちょっと待ってよ。何?」

まさか彼女は証言を翻してあたしが彼に危害を加えたと言ったって言うの?彼女の裕福な父親がそうしたとでも。

あたしは車両に乗せられ、警察署へ来た。

嫌なものを見せられた。

「何?これを見てどうしろっていうのよ!」

あたしは癇癪を起こす寸前になって背後の刑事2人を鋭く睨んだ。

「心中にはあなたの影は無い。確認の為です」

こんな事って無いわ。酷いこと。

あたしは開放され、額を押えてベンチに腰掛けた。モンマルトルのメリーゴーランドが駆け巡った。ヨークシャーテリアーはヨークシャーテリアーのくせにあたしのストッキングの足をかりかりかいてくるくる回った。

「静かにしてちょうだい!今、考えているの。これからのことをね!」

か細い声で犬は鳴いてから静かになった。抱き上げて滑らかな頭を撫でた。

「大丈夫よ。あたし達のこれからのことだから。捨てないわよ」

その夜、嫌な夢を見た。彼の死体。奥さんの死体。あたしが包丁を持っている。嫌な夢。


    7

何度もあたしの足はパリのあの石畳に向っていた。

彼はもういないのに。

街路灯に照らされる路。夜の石畳のパリ。
貴方を待つ霧の中……森林の様に感じて……。

戸を叩くなんて出来ないのに、ドアの前まで向って、トレンチコートの中の皮手袋の手でキーを確かめる。

もう機能を失った合鍵。

黒い雲の空を見上げた。天を目で流し、冷たい風が頬をかすめた。

あの日の事を覚えている……? それは美しい夜。

あなたとキスを交わし、花の舞い散る夜に。

今はもう……。

あなたは、きっと彼女といるんでしょうね。

あたしを残して、天を隔てて挟んだ三角関係なんて酷いじゃない。確かに彼女から彼をあたしは奪ったけれど、死を引き換えにさせるなんて。

春をこれから独りで迎えろというのね。

この凍てつく冬を乗り越えられたって、春の暖かさになんか耐えられないわ……。

彼は彼女の腕の中に戻った季節に、次の季節をあたしは生きなければならない。なるようになった事実のもとで。

まるで花びらのように。

甘く散っては……薫った。

花のように

花のように

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-03-31

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