エイプリールフールのキセキ

明日はエイプリールフール。
明日にちなんで、アップしてみました。
読んくれましたら、嬉しいでおます^^;

1.

 バスから見える街並みは、いつもと変わらない。

 俺は疲れが抜けることのない体を、バスの揺れに任せながら、生気のない目でボンヤリト流れる景色を眺めていた。

 バスはいつもと同じバス停で止まると、数人の客を排出して走り出した。

 幾度か発信停止を繰り返し、東坂(あずまざか)病院の前で止まった。

 俺はバスから降りると、病院へと歩き出す。

 どんなに疲れていても、どんなに辛くても、ここにくれば安心できる。

 広い駐車場を早足で通り過ぎ、正面玄関が見えてきたとき、俺は足を止めた。

 そこには、見事に枝を伸ばした桜の木が植えられているのだ。

 木は小さな芽をぎゅっとつぶっているように、固いつぼみをつけ、枝全体を白く染め始めていた。

 俺は大きなため息をこぼすと、再び歩き出した。

 俺の足は、はやる心を代弁するように急ぐ。

 エレベーターに乗り込むと、三階のボタンを押した。

 押し上げられるような揺れを感じるが、この揺れにも慣れた。

 始めの頃こそ、この揺れが嫌でたまらなかった。浮くような感覚に不快感を覚えたものだ。
 
 エレベーターというものが、子どもの頃からダメだったように思う。

 そうだ、子供の頃は親にしがみついて泣いていた。

 
「慣れるもんだな」


 エレベーターが三階につくと、扉が静かに開く。が、俺には扉が開く数秒間すらもどかしく、廊下が見えた瞬間にエレベーターから飛び出していた。

 弾む心を抑えながら、俺は304と書かれたドアを開ける。

 きっと、ドアの向こうでは彼女が優しい笑みを浮かべているはずだから。

2.

「真紀、ただいま」


 けれど彼女は、ベッドの上でまっすぐに、開けることのない目を天井に向けていた。


―――今日こそは、きっと彼女は目覚めている。


 希望を持ち続けて、二年が過ぎようとしていた。


「真紀……。まだ起きないのか?」


 俺は、真紀の髪を優しく撫でながら、彼女の顔を覗き込んだ。

 どんなに呼びかけても、返事が返ってくるはずがないのは分かっている。それでも話しかけずにはいられない。

 
 結婚して三年。

 真紀の指には俺とつながる指輪がはめられている。

 
「真紀。今日は三時のおやつに、お菓子をもらったんだよ。ほら、真紀の好きなバームクーヘンだ。起きないと食べちゃうぞ。
……外は気持ちがいいよ。桜の木に蕾がつき始めてる。もうすぐ咲くだろうね……。
でも……もう……」

 
 言葉が詰まる。


 あの時、真紀がまだ元気だったあの日。


「ねぇ、お~ね~が~い~。桜を見にいこ~よ~」


 真紀は疲れている俺の腕を引っ張って、ドライブに連れて行けとせがんだ。


「連休には連れて行くから。今日は休ませてよ」

「酷いよ、章ちゃん。結婚したら、途端にサービスしなくなったじゃない」

「そんなことないでしょ。ただね、仕事で疲れてるんだよ。真紀を幸せにしたいからこそ、俺も頑張ってるんだから」

「分かるよ~。すっごく分かるの。でもね、私はずっと一人で章ちゃんを待ってるの。家で、ずっと一人で待ってるのよね。せっかくの休みなんだから、休みぐらいは出かけようよ」

「真紀ちゃん……。その気持ちも分かるけどね。俺の気持ちも分かってくれよ」

「分かるけど、わかんない~」


 どんなに説明しても、あの時だけは許してもらえずに、結局桜見物にでかけたのだ。

 実際、結婚してから仕事の責任も大きくなり、疲れは度を越していた。真紀の言うことも分かるが、残業続きの体は悲鳴を上げ始めていた。

 それでも半泣きの真紀を放っておくこともできずに、俺は車の鍵を手にすると、立ち上がった。


「よし、いこー!」


 泣きそうだった真紀の顔がパッと輝いた。


「それで、どこの桜を見にいくんだ?」


 車に乗り、エンジンをかけると真紀に聞いた。

3.

「え? 章ちゃんがリードしてよ」


 いつもこうだ。結婚前から変わらない。


「じゃぁ、すぐそこの川に咲いてる桜でいいな」

「えー、それじゃ散歩でも行けるじゃない」

「同じ桜だよ」

「いやだー」


 そんな反応が返ってくることは分かりきっていた。

 俺は、ゆっくりと駐車場から出ると、ウインカーを右に上げ大通りを目指した。

 満開の桜を目指し、独身時代のようにドライブを楽しんだ。

 かなりの距離を走った頃、満開の桜で空気がピンクに染まってしまうのではないかと思うほどの公園にたどり着いた。

 真紀は嬉しそうに笑うと、俺の腕を取って歩き出した。

 幸せというものは、こんなものかもしれない。

 愛する人と、同じものを見て、心穏やかに時間を費やす。

 それこそが、本当の幸せではないのか。

 まだ風の冷たい日だった。それでも、一時間以上公園をぶらつき、帰りには小さなレストランで食事を楽しんだ。

 疲れていることすら忘れているように時間が流れた。


「日が落ちるのが遅くなったとは言っても、やっぱり夜が来るのは早いね」


 真紀が空を仰いで言った。

 仕事に追いまくられている俺は、空を見る暇などないのが現状だ。そう言われて初めて、確かに日が伸びているのだということに気がついた。


「ねぇ、今度は夜桜を見に来ようよ!」

「夜桜ってね~。俺、仕事があるんだよ」

「だから、休みの前日とかさ」

「仕事から帰ってきてからかよ」

「土曜日に夜桜見れば、日曜日は休みじゃない! ねっ!」

「おぃ~」


 それでも『夜桜、夜桜』と連呼されると、約束せざるを得なかった。


「分かった、分かった。今度ね、今度」

「今度ねって、今度と昼間のお化けは出たことないって言うよ。約束だからね!」


 結局、約束を破ったら向こう一週間禁酒というペナルティをつけられて、約束は成立したのだった。

 俺は苦笑いを浮かべながら、なんとか約束を果たさないと、大変なことになりそうだと覚悟を決めたのだった。

 帰りはできるだけ渋滞を避けるために、空いてる道を探しながら走っていた。

 心のどこかに焦りがあったのかもしれない。


―――明日は仕事だ。


 信号が青に変わり、エンジンをふかした。

 交差点に車を進めたとき、大きな衝撃を覚えた。

 とっさに真紀の方を見ると、左から突っ込んできた大型車に真紀が押されるように潰されていた。

 助けようと手を伸ばしたが、俺の体は何ものかに引っ張られたように動かなかった。

 そのまま意識が途絶えた。

4.

 次に気がついたのは、周囲の騒がしさだった。

 レスキューが来たのだろう、車がこじ開けられるような音がした。

 そしてまた意識が切れ、次に気がついたときはベッドの上だった。

 体中が痛み、生きていることを実感した。

 意識が戻ると真紀のことが心配になり、


「妻はどこですか?」


 と、そばにいた看護師に声を掛けると、困ったような笑みを浮かべて逃げるように部屋から出て行った。

 しばらくすると、医師を携えてやってきた。


「先生、妻は? 妻は大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。我々が全力を尽くしましたから、安心してください」


 その言葉を聞くと、俺は安心して三度(みたび)意識を失った。

 俺の怪我は大した事もなく、2週間もすると退院が許可された。

 これで誰にも文句を言われずに真紀に会えると思うと嬉しかった。

 ところが、実際の真紀は今と何も変わらない、いわゆる植物人間になっていたのだ。

 それから一年。俺は、仕事が終わると病院へ通い続けた。

 真紀のいない家にいるのがつらかったのだ。できることなら、病院で、真紀のそばで朝を迎えたかったくらいだ。

 もちろんそんなことは許されず、消灯時間ぎりぎりまでねばると、名残惜しそうに病室を後にした。


「あの頃は、何も見えてなかったんだな……」


 事故に遭い、真紀が寝たきりになってから一年。世界の全てが変わってしまったかのように思えてならなかった。

 昼間は仕事に打ち込み、仕事以外を考えないようにした。ほんの少しでも真紀のことを思えば、涙が止まらなくなり、仕事が手につかなくなるからだ。

 仕事が終われば、病院へ行く。どんなに疲れていても、それが日課になった。

 そして声を掛け、その日あったことを話して聞かせるのだ。その間、ずっと真紀の手をさすり続けていた。

 そうすることで、真紀に自分の声が聞こえるのではないか。あるいは、手をさすることで刺激になり、目を覚ますのではないかと、はかない期待を捨てることがなかったからだ。

 しかし、思えば必死に生きてきた時間だった。真紀の目覚めを祈って、日々を生きることだけが自分の全てとなり、どんな風が吹き、季節がいつ変わったのかすら、気がつかなかった。


「真紀、この病院の入り口に大きな桜の木があったんだね。その木には、蕾がついていたよ。花を咲かせようと準備しているんだね。今年は一緒に見られるかな……。一緒に、見たいよ。…………もう、意地悪言わないから、ちゃんと結婚前みたいに……真紀を見てるから、早く目を覚ましてくれよ。……桜が……」


 涙があふれた。

5.

 暖かい日が続いた頃、俺は職場に向かう電車の中にいた。

 揺れる電車は通勤ラッシュのせいか、非常に混んでいる。慣れているとはいえ、朝から疲れが倍増される。

 いや、疲れが倍増されて、なにも考えられなくなるくらいがちょうどいいのだ。

 俺は、無表情のまま流れる窓に目を向けていた。

 すると、聞くともなしに聞こえてくる、少女たちの声が耳に入ってきた。

 少女たちは高校生らしく、世の中の苦悩など何も知らないような光を放っていた。


「ねぇねぇ、私のお父さん、とある島の国王だったんだって~」


 少女の一人が真剣そうな声で言っていた。


「うそ~。幸恵のお父さん、普通に喫茶店のマスターしてるじゃん」

「んでも、時が時なら、国王だったんだって」

「時っていつよ」

「え~。そこまで考えてなかったよ」

「うそかよ!」


 混みあう電車の中で、三人の少女が口々に言い合い、笑いあっている。

 それにしても、喫茶店の店主が島の国王とは、偉い嘘を言うもんだなと思っていると。


「だって、エイプリールフールだもん」

「それなら、もう少しまともな嘘を考えてきなよ」

「幸恵ってさ~。毎年アホだよね~」

「じゃぁ、あんたたちはどんな嘘を言うつもりよ」

「暴露したら楽しみがないじゃない」

「あ! ねぇねぇ、知ってる?」


 きゃぁきゃぁと笑っていたかと思ったら、一人が思いついたように二人に言い出した。


「なにが?」

「エイプリールフールの日が終わる、深夜十二時ジャストについた嘘は、本当になる! と言う話」

「あ~。それって、ネットで噂されてる都市伝説じゃない」

「知ってる! それ! でもさ、火のないところに煙はたたないっていうよ。もしかしたら、本当にあるのかもしれないじゃない。興味あるな~」

「そういうけど、大体さ。ジャスト0時だよ。それも、長針と短針が重なった瞬間に言わないとダメだって言うじゃない。ほんの一瞬だよ~」

「だよね~。無理といえば無理だ」

「じゃぁさ、できるかどうか検証してみようよ」

「検証って、どうやってよ?」

「今夜うちに泊まりに来ない? そしたら、深夜0時に嘘ついて、本当になるかどうかを見極めることできるじゃない」

「くだらな~い」

「え~。面白そ~」


 深夜0時の嘘か……。

 そういえば、俺も学生の頃はくだらないことで真剣になっていた。

 真紀が動けなくなってから二年が経とうとしているが、この二年間笑うこともなければ、物事に心を奪われることもなかった。

 それなのに、どうしたことか、今の女子高生の話が妙に心に引っかかった。

 だからと言って、そんな都市伝説が本当に起るはずもない。

 俺は苦笑しながらも、自分に多少なりとも余裕がでてきたのだろうと思っていた。

 間もなく電車は、目的の駅へと滑り込んだ。


 一日の仕事を終えると、外は真っ暗になっていた。

 今日も神経がボロボロになるほど疲れている。


―――これでいいんだ。

6.

 俺は、自嘲するように笑うと病院へと急いだ。

 真紀が待っている。いや、俺が真紀に会いたいだけかも知れない。

 その頃には、今朝の女子高生の話などすっかり忘れていた。

 起るはずのない都市伝説に振り回されるほど、若くはなかった。

 電車に乗り、バスを乗り継ぐ。

 いつもと同じように、目的のバス停まで。

 バス停に着くと、いつもと同じように降り歩き出す。

 駐車場を抜けた場所に植えられている桜は、満開とは行かないが、それでもきれいに咲き誇り、空気をピンクに染め始めている。

 俺は病室へと急いだ。


「真紀、ただいま」


 いつもと同じように声を掛けるが、返事など返ってくるはずもない。

 諦めきれない諦めが、俺の心に忍び寄る。


「真紀、桜がきれいだよ」


 俺は今日あったことを話し始めた。


「朝の電車で、女子高生が賑やかだったよ。学生はいいね、まだ苦労らしい苦労をしらないから。きっと、あの子達は今夜泊まりで騒ぐんだろうな」


 俺は真紀の手をさすり続けた。


「真紀、俺の声が聞こえてるか? 真紀と始めて会った時のこと覚えてるか? まるでテレビドラマみたいに、俺は電撃ショックを受けたんだよ。真紀以外にいないって思ったんだ。その気持ちは今も変わらない」


 真紀の手を握り締めては、じっと見つめるが、何が変わるわけでもない。

 虚しさがこみ上げてくる。

 あの頃の気持ちが変わるはずはない。確かに変わらない。

 しかし、いつまでこんなことが続くんだろう。

 そんな思いが頭をもたげるが、それでも愛している気持ちに変わりはないのだ。


「真紀、愛してる。……元気なときにちゃんと言えばよかったね。愛してるって。どうして言わなかったんだろう。言わなくても分かってると思っていたんだろうな……。元気になったら、百万回でも言い続けるよ。愛してる。……だから、早く元気になってくれ」


 枯れたはずの涙が残っているらしい。またしても、涙が流れた。

 俺は、真紀の手を額に押し付けて泣き続けた。

 しばらくすると館内放送が流れ、消灯の時間を告げた。


「真紀、今日のデートは終りだって。ずっとそばにいたいのに。……また明日……」


 俺は、真紀の手を布団の中に入れると目を窓に向けた。

 閉め忘れていたカーテン。


「カーテンを閉めてから帰るか……」


 立ち上がり、窓に向かおうとしたとき、去年もあったはずの桜の木を見つけた。

 それは、窓ガラスの全てをピンク一色に染めていた。


「まるで、桜の額のようだな」


 俺は静かにカーテンを閉めた。

fin

 病院を後にすると、ゆっくりした足取りでバスや電車を乗り継ぎ、家へと帰る。

 真紀に会えると思えば足も軽くなるが、逆に真紀のいない家に帰ると思うと足が重くなる。

 玄関を開けると締め切った部屋の匂いが鼻につく。

 コンビニで買って来た弁当の容器が、無造作にゴミ袋に押し込まれているためだろうか。

 それとも、汚れたコップがいくつも流しの中で、そのままになっているためだろうか。

 俺は疲れきった体を部屋の中に入れると、流しの中から比較的きれいそうなコップを水で流し、テーブルに置いた。

 冷蔵庫から焼酎を取り出すと、ウーロン茶で割る。

 食事は、今日も変わらずコンビニの弁当だ。

 テレビを点け、流れる映像をぼんやりと見ながらコップに口をつけた。

 テレビでは、何の番組なのか、桜が写っていた。夜桜がライトアップされている、それがきれいだと話している。

 俺は、弁当に箸をつけながら病院で見た桜を思い出していた。

 病室を出るときに見た、窓一杯の桜。

 あんなに見事な桜が咲いていたというのに、去年はまるで気がつかなかったのだ。

 究極の状態にいると、人間てやつは何も見えなくなるものらしい。

 それにしても、確かに見事な桜だった。

 弁当の上で箸が止まった。


―――あの桜は、どうしてあんなに明るかったんだろう……。


 カーテンを閉めようとした時に感じた違和感だった。

 真っ暗な中に白く光る桜。ライトアップされているわけでもなかった。それなのに、どうしてあれほどきれいに見えたのか。

 俺はじっと考えた。

 そうか、街灯の明かりだ!

 なるほど、街灯がライトの役目を果たしていたのか。

 それにしても、まるでライトアップされているように見えたな。

 そんなことを考えていたときだった。不意に、真紀の声が聞こえてきたように思えた。

 その声は元気で明るい頃の真紀の声だった。


「夜桜見に行こうね! 約束だよ!」


―――夜桜。

 そういえば、約束を破ったら禁酒だったな。

 俺はコップを眺めた。

 禁酒は、困る。

 俺は苦笑いを浮かべながら、真紀の言葉を再度思い返していた。

 するとどうしても真紀に桜を見せたくてたまらなくなってきた。


「よし! 行こう!」


 俺は箸をテーブルに投げ捨てるように置くと、テレビのスイッチを切り部屋を飛び出した。

 時計は十時を回っている。この時間ではバスは終わってしまっている。

 俺は目的の駅までたどり着くと、タクシーで病院へと向かった。

 面会時間を過ぎてから、真紀に会いに行くのは初めての事だ。

 明日の仕事を思ったら、こんな無茶はできないのだが、今日は特別だ。

 以前、真紀に言われたことがある。


「章ちゃんは仕事の鬼だね。仕事と妻とどっちが大事なの!」


 もちろん、真紀だ。

 だから、今日は特別だよ。


 タクシーが病院へ着くと走って病室へと向かう。ナースセンターの前を通るが、タイミングよくナースが不在だった。

 俺は、病室のドアを開けると真紀のそばへと寄った。


「真紀、また来たよ。今夜は特別だ。どうしてかって? それはね、真紀と夜桜を見ようと思ってさ」


 真っ暗な室内。

 明かりをつけぬまま、俺はカーテンを開けた。

 すると、さっきよりもはるかに美しく光を放つ桜の花たちが、部屋中に広がるような気がした。


「真紀、きれいだろ。街灯に照らされてるだけなんだろうけど、まるでライトアップされているみたいにきれいだね。もしかしたら、それ以上にきれいかもしれない」


 俺は、真紀の手を握り締め、じっと窓へと目を向けていた。

 いつまでも、いつまでも、まるで時が止まったように黙ったまま、桜を見つめていた。


「そういえば、今日はエイプリールフールだね。あぁ、さっきも話したよね。……せっかく嘘をついてもいい日なのに、何一つ嘘を言わなかったな。子供の頃は、嘘をつかずに終わるエイプリールフールがもったいなかった。大人になると、そんな日があることすら忘れてしまうね。…………でも、せっかく思い出したんだ。ひとつくらいは嘘をついてもバチは当たらないかな…………」


 俺は、しばらく黙っていた。

 いざ嘘をつこうと思うと、嘘と言うのが出てこないのだ。

 今朝の女子高生のように、実は、自分はアラブの大王だったとでも言おうか。そんなことを言ったところで笑い話にもならないだろう。

 どんな嘘を言ったものだろうか。


 桜を眺めているうちに思いついた嘘。


「そうだな……『明日、目を覚ましたら、真紀は元気になってるんだ。そして、俺に笑いかけてくれるんだよ』」


 頭の中で、何かが『カチッ』と音を立てたような気がした。


「どうだい? 真紀、騙されてみてよ。騙されて、目を覚ましてよ」


 あり得ない嘘。

 あるはずのない嘘。


 そのまま、真紀の手をさすりながら夢の世界に落ちていった。



「章ちゃん、起きて。風邪引くよ、章ちゃん」


 遠くで真紀が呼んでいるような気がした。

 きっと、夕べあんな嘘をついたから、夢を見ているんだろう。


「章ちゃん、起きて」


 俺はうっすらと目を開けた。

 不自然な姿勢で寝ていたせいか、体が痛んだ。

 どうやら、ベッドに上体を伏せたまま寝てしまったようだ。

 俺はゆっくりと体を起こすと、目をこすった。


「フフッ、章ちゃんたら、本当に寝坊助なんだから」


 その声に顔を向けると、そこにはベッドの上で上体を起こして座っている真紀がいた。

 
「ま……き?」

「なに?」

「真紀……目が覚めたのか!」

「だって、章ちゃんが言ったんじゃない。『明日、目を覚ましたら、真紀は元気になってるんだ。そして、俺に笑いかけてくれるんだよ』って。だから、起きたの」



 確かに言った。

 言ったが、あれは希望的な嘘だ。こんな奇跡が起るはずがない。


「ずっと、章ちゃんのこと見てたよ。二年間、ずっと。毎日毎日。章ちゃんが来てくれるのを楽しみにしてたの。起きたかったけど、どうしてか起きられなかったの。ごめんね」


 ああ、神様。

 エイプリールフールのキセキは、

 本当にあったのですね。


 俺は始めて、神に感謝した。



fin

エイプリールフールのキセキ

最後までお付き合いしてくださったみなさん、ありがとうございました。
この小説は『小説家になろう』さんにもアップしています。
なぜに、同じ作品を投稿するのだという声もあろうかと・・・ァセァセ・・(;´-∀-`)ゞ
そこはそれ・・・・ということでwww

エイプリールフールのキセキ

エイプリールフールには深夜0時についた嘘が本当になるという都市伝説がある。 俺は、植物人間となった愛する真紀と……。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-03-31

Copyrighted
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Copyrighted
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