ありったけのガマン
ハマトラの同人BL小説です。
pixivに載せているものを転載しています。
pixivには蒼の名前で投稿していますが、蒼は二次創作をする際の名前で、夏希はオリジナル小説を書くときの名前として使い分けています。
ナイス×セオの小説です。
BLの要素を含みますので、苦手な方はご注意ください。
ナイスの服で自慰をするセオのお話です。
性描写がありますのでそちらもご注意を。
浅い夢から覚めた。
薄暗い屋内、並べられたテーブルとイス、天井にかけられたグラスと無数の酒類。
半開きの目を擦ってもそんな景色がぼんやりと見えるだけで、枕にしていた腕はしびれていて感覚が無い。
座っていたソファに凭れかかり、セオは思い出した。
――俺、寝ちゃったんだ……。
珍しく高校へ登校してきたナイスと二人、勉強するんだと胸を張って乗り込んできたカフェノーウェア。でも本当の目的は勉強じゃなくて、ナイスと少しでも一緒の時間を過ごしたいという下心。それを気づかれないための虚勢。
実際にはナイスの一挙手一投足が気になりすぎて、勉強に集中することなんて出来なかった。
ムラサキとする他愛のない会話や、はじめを贔屓する甘い声、バースデイと一緒になって自分をからかう陽気な表情。その全部が、ナイスを好きに思う気持ちを煽り、高ぶらせていった。
ぽつりぽつりと人が減る中で、如実な疲れを感じたセオは少しだけと机に伏せ、そのまま眠りこけてしまったらしい。
気が付けば誰もいなくなってしまっていた。
ナイスはおろか、マスターさえいない。
カウンターの真上のライトが点いているだけ。そこから光のグラデーションを作り、ソファ席のある壁にはほとんど光が届いていなかった。
――ナイスくん、どこ行ったんだろう。
本来真っ先に探すのはマスターかコネコであるべきなのかもしれないが、セオにとって一番重要な人物はどんな状況であれ変わらないらしい。
今が何時なのか、そしてナイスに連絡をとろうと携帯電話を探し、ポケットをまさぐった。そうして初めて、セオは自分の肩に掛けられた衣服に気づく。
――これ、ナイスくんの……?
見慣れた学生服は自分のものより一回り大きい。自分が制服を着ていることを確認したセオは、これが紛れもなくナイスのものだと知り、胸を高鳴らせた。
ナイスが去り際に、寝ている自分が寒くないよう気遣ってくれた。
そのことが嬉しくてたまらなくなり、誰ひとりコーヒーを飲む人のいない喫茶でガッツポーズをとった。自分でも顔がにやけているのが分かるし、頬が赤くなっているのも分かる。
レシオがいれば、頬の筋肉の血行が良くなっていると実況されたかもしれない。
これがあるということは、ナイスはいずれ戻ってくるということだ。セオはすぐさまナイスにメールを送った。
そわそわと返信を待つと、意外にも間もなく電話が震えた。
『20分くらいで戻る!』
液晶に浮かぶ短い文字列を何度も読み返し、20分後の自分を想像しては独りでニヤつくセオは、電車内にいる近づきにくい人そのものである。
果たして一人で戻ってくるのか、ムラサキを連れてくるのか分からないが、どちらにしても会えることには変わりない。欲張らず、一緒にいられる時間を楽しもうとセオは心に決めた。
それにしても、あと20分。
どうやって時間を潰そうかと、机の上に広げられた教科書に目をやるセオ。開かれたページを読んでみるものの、一文字一文字が重く、内容が頭に入ってこない。どこを読んでいたのかも分からなくなり、ため息を吐いて本を閉じた。勉強は無理そうだ。
これは、ケータイをいじるしかないのかと諦めかけたとき、セオは目の端に映ったナイスの制服に目を留めた。
――ナイスくんの……制服……。
特にどうしようと思ったわけではない。
何気なく掴んだそれは微かに人の温もりがある。先ほどまで自分の肩にかけられていたのだから、間違いなく自分の体温が移っただけだと分かっていても、その存在がセオの心拍数を上げる。
温かいナイスの制服。脱いだばかりのそれを彷彿とさせる温度を感じ、セオはごくりと生唾を飲み込んだ。
――どんな匂いするんだろう。
そんなことを考えてはっとした。
無意識にナイスの服を抱えて、顔をうずめようとしていた自分の行動に焦りを覚えたセオは、自分を律するためにぶんぶんと首を振った。
――何してんだ俺……!
いくら本人がいないとはいえ、こんなことは許されない。本人がいないからこそ許されないとも言える。
でも、少しくらい……匂いを確かめるくらいなら……と、ナイスの制服を手放せずにいるセオは確かに理性を働かせていた。働かせていたからこそ、こうして踏みとどまっていられたのだった。
落ち着け。これは裏切り行為だ。そうやって諭す自分もいれば、このチャンスを逃したらいつまたこんな機会が巡って来るかわからないと、欲望を掻きたてる声も聞こえる。
そんな心の葛藤に耐え切れなくなったセオは「一回だけ」と言い訳をして、そのナイスの服を抱きしめた。罪悪感に苛まれながら、セオはその匂いを一度だけ鼻孔から吸い込んだ。
――ナイスくんの……匂い?
一瞬だけで分かるようなはっきりとした芳香はなく、セオは戸惑う。
一回だけ。そんな自分との約束を思い出すも、もう歯止めが利かなかった。
本当に匂いがしないのか、セオはもう一度ナイスの服に鼻を近づける。もうこの際だと、大きな深呼吸を繰り返した。
嗅覚を撫で、肺を満たしていくナイスの微かな香り。すぐ隣にいるナイスから香ってくるような、僅かながらも確かに感じるその匂いにセオは頭が麻痺していくような感覚にとらわれた。
――これがナイスくんだったら……。
いまこの距離にいるのがナイス本人だったら、一体どんな匂いがするんだろう。そんな想像をかきたてるには絶好のアイテムだった。
この匂いをもっともっとはっきり感じることが出来るに違いない。それを感じてみたい。
興味本位からの軽率な行動は、セオに欲望の種を植え付けていった。しかもそれはすぐに芽をだし、深い根を張りだしている。気がつけばナイスの服を手放せなくなり、あらぬ興奮が身体を支配し始めていた。
「ナ、ナイス、くん……」
主張し始めていた自分自身を右手で押さえ、昂ぶる感情をコントロールしようとしても身体が言うことを聞かない。左手は口元からナイスの服を離そうとはせず、呼吸のたびに取り入れてしまうナイスの匂いがセオの思考を溶かしていく。
ナイスがそばにいる。
そんな錯覚を引き起こし、セオは目をつむった。
「っ、ぁ……」
そうすると余計にナイスを感じる香りに敏感になり、瞼の裏にナイスの影がちらつく。自身を抑え込んでいる手すらナイスのものに感じて、ドクンと脈打ち一際大きくなってしまったのは分かった。
こうなってしまっては鎮める方法は一つしかないと、セオは体積を増した陽物を性急に取り出した。
ナイスが来るまでは少し時間がある。
急いで処理してしまえば……大丈夫。何とかなる。
「ぁ、はっ、ナイスくんッ、ぅ……!」
もう後戻りのできないセオは罪悪感を放り投げてひたすらに自らを慰める。
いつも行っている行為のはずなのに、ナイスの服があること、場所がノーウェアであることだけで、こんなにも感じ方が違うものかと、早くも溢れだす液体で自分の興奮加減を計るセオ。
これはナイスが来るまでに、終わらないはずがない。
同時に訪れる背徳感には目もくれず、独りでしているとは思えないような快楽の穴に落ちていく。
「あ、ァ……ふぁっ、んッ……!」
ナイスだったらどう触ってくれるのか……。
無意識の内に握りしめていたナイスの制服が、ありもしないナイスの幻想を作り出す。
自身に触れている右手が、上下に擦る単調な動きの中で時折見せるフェイント。裏筋をなぞったり、先端を指の腹で撫でまわしたり……。一人では絶対にしないような行動を、勝手に繰り返す右手はとても自分のものとは思えなかった。
「や、あっ、ナイスくんっ、ナイスくんッ! も、んんぅ、ァ」
『気持ちい? セオ』
ナイスに耳元で囁かれたような幻聴を感じ、セオはぶるぶると震えた。
ナイスに触られている。
ナイスに見られている。
実際にはありえないと思えることだからこそ、こんなに興奮してしまうのかもしれない。イメージという一線を越えた先にいるナイスの存在がセオの手の動きを加速させる。
「あっ、はッ、ナイス、くッ……!」
すっかりナイスの匂いには慣れてしまったというのに、尚も抱き続けるナイスの制服。想像の中のナイスを感じ取る仲介役の制服はセオに握られ続け、くしゃくしゃになっていた。
「んっ、ナイスくん、もっ俺……!」
絶頂が近いと知り、一物を扱くスピードも上がる。ギアチェンジしたように動きを変える自分の手の動きにまで翻弄され、セオは声を詰まらせた。名前を呼ぶたびに先走りが滴り、湿った響きをもたらしては更なる興奮を呼び起こす。
限界を悟ったセオは、ラストスパートをかけて奥歯を噛み締めた。
「っ、ぅぁ、あァ、ンっー……ッ!」
ドクンドクンと込み上げてきた熱が尿道を駆け上がる。これまで感じたことの無い射精感に背中はゾクゾクと震え、吐精は長引く。
服を抱えたままくったりとテーブルに身体を預けるセオは、発散した性欲の臭いを感じ取って気分を急降下させた。
そこにいたナイスの残像は消え去り、残されたのは背徳的な自分と力なく横たわった陽物、そして安い洗濯機で洗ったかのように皺だらけの制服。
――やっちゃった……。
荒い息を整え、眼前のナイスの服を改めて見直す。どう考えても肩にかかっていただけでは付きそうにない皺が無数につけられ、不自然な箇所に折り目がついている。
ひとまず、伸ばせるだけ伸ばそう。
どんな言い訳をしようかと考えながら、セオは制服をソファに広げた。
するとそこには……。
「うわっ! うそ……」
握られていた部分しか確認していなかったセオは、その光景に愕然とする。
ちょうどポケットの辺りに自分が吐き出した精液がどっぷりとこべりついていたのだ。
これではどんな言い訳も通用するはずがない。例えば夢精しましたなどと言ったところで、ナイスの制服にかかる道理はない。
ナイスの服を、所謂オカズにしたということは明明白白。弁明のしようがない。
どうにかしなければと考えあぐねていた、その矢先。
――カフェの扉が開かれた。
「セオー」
ナイスの声がセオを呼ぶ。
20分も経過しているはずがない。予想していたよりも早すぎる到着にセオは我を失った。
後処理は何一つできていない。自身をしまうことも、制服の皺を伸ばすことも、付着した白濁液を拭き取ることも、何もできていないというのに……。
足音が次第に近づき、セオに迫る。今さらどうすることも出来ず、制服をただ隠すように抱えてテーブルに顔を伏せた。
「わりーな、遅くなって」
待たせちゃ悪いと思って走ってきた。
普段であれば嬉しいと思うそんなナイスの行動も、この瞬間においては完璧なる余計なお世話だった。せめてあと5分遅く着いてくれれば、隠ぺい工作の一つや二つ出来たかもしれないのに。わざとらしく水を零して、洗濯して返すからとでも言えたかもしれないのに。
どんなことを考えてももう遅い。ついにナイスの視界にとらえられたセオは、ゴクリと息を飲んだ。
「セオ? 腹でもいてぇの?」
うずくまったまま、何も言わないセオを不審に思い、ナイスはセオに触れられる距離まで近づく。
「大丈夫か?」
そうやって背中を撫でられてしまい、セオは正直に身体を揺らした。
先ほどまで空想の世界のナイスと戯れていた身体は、外からの刺激に相当敏感になっているらしい。
これで狸寝入りはもう通用しない。
すぐそこにいるナイスの存在を肌で感じ、セオは逃げ場のない状況にいることを再認識する。
「セオ……?」
依然として何の反応も示さないセオに、ナイスも違和感を覚えた。メールのやりとりをしてから10分程度。メールでは特に不審なこともなかったし、具合が悪いにしても口を開こうとしないのはおかしい。
ナイスは何かヒントになりそうなことはないかと目を光らせた。するとそれは案外すぐに見つかる。
セオがどうしてか自分の残した制服を隠すように抱いている。
すぐには結論が出なかったナイスだったが、もう一つのヒントで全ての謎が解けた。
こんな場所でするはずのない、異質な匂い……。
「セオ、こっち向け」
ナイスの温かい声に、うっかり顔を上げてしまったセオは制服の持ち主と目が合ってしまった。もう逃げられない。バレれば罵られ、軽蔑される。ナイスに嫌われてしまう。そう思うと、ナイスの目を真っ直ぐに見られなかった。
「セオ。怒んねぇから、ちゃんとこっち見ろ」
「お、怒るよ……! 絶対怒る!」
「怒んねぇって」
くしゃくしゃと頭を撫でられ、セオは躊躇いがちにナイスを見やり、少しずつ視線を交わらせる。心臓が高鳴るのが分かり、あまりの勢いに口から飛び出して来てしまいそうな気がする。
セオの目を射るように直視するナイスは、セオの震えている手をとった。
「それ、貸して」
いくら万策尽きているとは言っても、そう易々と手渡していいものなのか。セオは考えたが、自分の深層心理まで覗くようなナイスの目には逆らえず、恐る恐るその服を手放した。
もうダメだ……。
罵詈雑言を覚悟したセオに、ナイスは笑った。
「ずいぶん派手にぶっかけたなー」
「ご、ごめん……なさい……」
「俺の服で抜いちゃったんだ?」
もうナイスの顔は見られない。
怒らないと約束してくれたナイスからは確かに怒気は感じられない。しかし、それとは別の羞恥心という感情がセオを支配していた。
セオが妄想した情事の相手が今目の前で、自分を欲望の対象にしたことを悟ったのだから。
同じ性別の、しかもこんな冴えない自分に友達以上の認識をされていると知られれば、もうこの関係もお仕舞いだ。セオは顔を伏せたまま絶望した。
「なぁセオ、今どんな気持ち?」
「……消えたい……」
「だろーな……。でも、俺は嬉しいよ」
――へ……?
セオは耳を疑った。ついに、自分に都合のいいようにナイスの言葉が変換されるようになったのかと。けれども続くナイスの言葉はそんなバカげた想像すら打ち壊し、セオの気持ちをさらった。
「それって、俺のこと好きってことだろ?」
「えっと……それ、は……」
「セオ……」
顔を両側から持ち上げられ、逃がすことが出来なくなった視線の先、微笑むナイスにセオは釘付けになった。
好きでいていいのかもしれない。
ナイスを好きになっても良いのかもしれない。
自分の存在を肯定されたような気分でセオは歓喜し、頬を包むナイスの手に自分のそれを重ねた。
自分の気持ちを伝えるべきか、もしくはこのままキスをしてしまうべきか……瞳を揺らして迷うセオにナイスは言った。
「もう一回して」
「もう……一回?」
「俺が来る前にしてたこと、俺に見せて」
一瞬にしてセオの思考は停止し、数回の瞬きの後、ナイスの言葉の意味を考え始める。
尚も繋がれた視線はセオに逃げ道を作らない。
ナイスの低い声がセオの思考を麻痺させ、湿った吐息が静まったはずの性欲をかきたてる。
「わかんねぇ?」
石像のように固まって動けずにいるセオの、脱力した竿を握ってナイスは微笑んだ。
「セオがオナニーするとこ、俺に見せてって言ってんの」
「なっ、何言って……! ちょっ、え、ナイスくんっ……!」
遠回しではなくはっきりと行為の名を告げられ、ようやくナイスの要求を理解したセオだったが、何を考える暇もなく自身に加えられる刺激に狼狽えた。
もう今日は仕事を終えたと思っていた自身が、再びその存在を主張し始めている。しかもナイスの手によって。夢の中で何度も抱かれた、あのナイスの手によって……。
これは由々しき事態だと、セオの理性がハザードを鳴らす。
「んっ、ふァ、や、ナイス……くんっ」
しかしそんな理性はお構いなしに身体は正直な反応を続ける。口からは自然と甘い声が漏れ、扱くナイスを喜ばせる。静止しようとナイスの手を掴んでいた手には、もう本のページを捲る力すら残されてはいない。
「ほら、セオ。あとは自分でして」
十分に成長したセオの陰茎に添えていた手をそっと離し、代わりにセオの手を掴んでソレを握らせたナイス。自慰を促すよう、鼻にキスをされたセオはぼんやりとナイスの顔を見つめていた。
ずっと恋焦がれていたナイスが今、自分の自慰する姿を求めている……。本来ならば気が狂うほどに恥ずかしいことのはずなのに、セオは相手がナイスであれば何をしてもいいとすら思ってしまっていた。
――ナイスくんが望むならどんなことだって……。
ただ、最後の一歩がどうしても踏み出せずにいるセオに、ナイスは仕方なさそうに笑って、譲歩の構えを見せた。
「んじゃ、交換条件にしようぜ。セオは俺に何して欲しい?」
「え、俺? ナイスくんに……えと……」
好きになって欲しい。
愛してるって言って欲しい。
そんなお願いごとを思い浮かべたセオだったが、理性のジャッジが下り、すぐに却下となった。
そんな言葉だけの気持ちに意味はない。ナイスの気持ちが溢れてどうしようもなくなった結果としてもたらされてこそ、本当の意味があるはずだ。
他にナイスに求めたいこと……。
抱きしめて欲しい、デートがしたい、映画館に行きたい、お泊りがしたい、もっと一緒に学校生活を送りたい、はじめばかり構うのをやめてほしい、もう欲を上げればキリが無かった。そんな中でセオがナイスに強請ったもの……それは――
「キス……して……?」
セオの人生初となるキス。
これまでの反応を見て、ナイスが自分を嫌いではないことを感じていたセオは、躊躇いがちにナイスに要求をした。
「後悔、すんなよ?」
「しなっ、ふぅ……ァ!」
好きな人とするキスで何を後悔するというのか。
この瞬間のセオはまだその言葉の意味を理解できなかった。
「ぁ、んンぅ、ふッ……!」
だが次第に、ナイスによって舌を絡め取られるたびに「後悔」の内容を察し始める。
「ナ、イスく、ふァ、ぁ……いき、くるしっ」
「じゃあしゃべんな、よっ」
セオの歯列を舐め上げ、上顎をつつき、舌を吸うナイスのキスには隙がなく、果てもない。
生命の維持に最低限な空気しか得られないセオは懸命にもがいて逃げ出そうとするも、ナイスはどこまでも追ってくる。
初めてのキスがあまりに強烈過ぎて満足な抵抗も出来ない。引きはがそうと突っ張る手には、快感で力を込めることすら叶わない。ナイスから送られる唾液を飲み込み、セオは感じた。
「ンんーっ、ん、ぅッ、ん……!」
――キスってこんな気持ちいもんなんだ……。
ようやく少し息継ぎのタイミングも覚え、余裕が生まれてきたセオは無意識に自分自身へと手を伸ばしていた。
「んンぁ……! は、ぁっ、くぅ、ぁァ」
「いっつもそうやってんだ?」
溢れた唾液を口の端から零し、セオはキスの余韻に浸りながら自身を上下に擦る。視姦するようにまじまじと見つめてくるナイスの視線を浴び、どくどくと溢れだす先走りの透明な粘液。
違うと首を振るセオだったが、否定できるようなことは何もない。それを知っていても尚、ナイスは悪だくみを思いついた小学生のような顔でセオのパーカーと肌着を捲り上げた。
「じゃあこっち、いじってんの?」
「へ……? あ、何っ、んンぅあ……!」
刺激を待ちわびていたかのようにぷっくりと膨れ上がった乳首がそこにあり、ナイスはその乳首を無遠慮に摘まみ上げた。
途端、身体を捩って快感を逃がそうとするセオにナイスは唇を舐めた。
「ちがっ、いじってない……!」
「でもすげぇ勃ってるし、感じてね?」
「ぅァあ! は、やめ……それ、だめっあァ!」
摘まみ上げた乳首をこりこりと指先で揉むナイス。まるでコントローラーで操作されているかのように、セオの身体は面白いほどによく動いた。そしてそれが両方の乳首ともなれば、威力は単純に二倍。
未曾有の快楽に見舞われたセオは背中をのけ反らせてひたすら喘ぐ。
「こっちも触ってみろよ……」
荒く息を吐き出すセオに、ナイスが耳元で妖艶に囁く。
まるで魔法にでもかけられたかのように、セオは片手で自身の乳首を乱暴に掴んだ。
「ッ、あぁァ!」
その瞬間に爪が当たってしまい、強すぎる快感で息を詰まらせるセオ。そんな様子すら愛おしく観察していたナイスが反対の乳輪を丁寧になぞった。
「あ、ンんぅ、ぁ……ナイスくっ……」
「俺がしてやるみたいに触ってみろよ」
ナイスに触られているわけではないのに、どうしようもなく感じてしまう。
セオの身体は敏感だった。
突起部分を避けるように撫でさすれば、セオは条件反射に胸をひくつかせる。もっとちゃんと触って欲しいとでも言いたげに胴が震えた。
自分でもナイスにされるように触っているつもりなのに手つきが覚束なく、時折乳首に指が触れる。その度に電流を浴びたように身体は慄く。
「はっ、ぁ、ナイスくん、ナイスく、あぁあァ!」
「こっち忘れてね?」
「あぁっ、そんな、無理ッ……んンぅ、くぅァ!」
おざなりだったセオ自身を、握っていた手と共に包み込まれて急速に扱かれる。
享楽を思い出してしまい、ナイスの手が離れた後も上下に擦るその動きを止められそうにない。
もはやナイスにはどこも触れていないというのに、嬌声を抑えられない。他人の意思で動くかのように自分を慰める手は確実に自らを絶頂へと追い上げている。
「ぁぁ、はっあっ、ナイスく、ん……」
底なしにこみ上げてくる先走り液にセオの手は汚れ、淫靡な音と臭いは聴覚と嗅覚を同時に犯す。
「セオ、指舐めて」
差し出されたナイスの人差し指。セオは赤ん坊のようにそれに食いつき、根元まで咥え込むと必死に舐め回しはじめた。
目の前で一物を扱き、乳首を捏ねまわし、自分の指を必死に咥えて舐め回すセオに、ナイスの理性は揺らいだ。くらむ目を押さえて、ナイスは二本目の指をセオの口内に侵入させる。
「ん、むぅぁ、っひゃ、ァ……」
人差し指と中指、しゃぶられている指で舌や粘膜をくすぐってやるとセオはナイスの想像した通りの反応を示し、唾液をこぼした。
あまりに素直で淫らなその姿態はナイスの残っていた理性を次々と突き崩す。
もうセオの衣服を全てはぎ取り、欲望を解き放てと疼く自分の分身を挿入する準備を始めようかとしたとき……。
あろうことか、カフェのプライベートルームの扉が親切に音を立てて開いたのだ。
「なんだ、まだいたのか」
そんな間の抜けたマスターの声が二人だけの店内に響く。ライトの光が届かず、テーブルの影になっているそこで行われている行為にマスターはまだ気づいていない。
絶体絶命のピンチだと焦り、自分を追いつめる手を止めたセオはナイスの指を噛んで必死にアピールするがナイスはその余裕を崩さない。
「そのまま続けろ。俺の指もっと噛んでいいから、声は出すなよ」
――こんな状況で何言ってんの!?
見つかって恥ずかしいのはセオであるが、ナイスだって罪の重さは同じだ。店内でこんないかがわしい行為をしていたことに代わりはない。マスターにばれたときのことを考えればそれだけで自身が萎えてしまいそうだ。
そう、思っていたのに……。
「っ、んん、んンンっ……!」
ナイスによって強制的に再開させられた自慰行為はもう自制が出来る領域になかった。一度快感を知った身体はどんな状況でも貪欲にそれを追い求めてしまう。男根を擦りあげ、胸の飾りをもてあそぶセオは、自分がとんでもない変態ではないかという背徳感を感じていたが、もはやそれすら快感にすり替わっているらしい。
「ん、んっ、んぅぁ……」
「セオに色々教えててさ。戸締りして帰るからもう少しいさせて!」
初めは遠慮していて甘噛みだったはずが、いつのまにか本当に歯を立てて声を殺していた。
指をしたたるセオの唾液。響く水音がマスターまで聞こえていないか心配で、音を立てないようにしたいのに、暴走する手がそれを許さない。
「んふ、ぁァ……ッあ、は」
「たく、ここは塾じゃないんだぞ」
「ごめんごめんって!」
こんな状況でも飄々といつもの表情を声で演じるナイス。セオにがつがつ噛まれている指は確かに痛いはずなのに、そんな様子は一切声に表さない。それよりも目の前で、まるで恥辱を味わっているように声を耐えるセオがナイスのなけなしの理性を揺さぶって仕方が無かった。
「鍵はいつもの場所に置いておくからな」
「ん、ふァ、ァ……んンッー……!」
電気代請求するぞ。
そんな小言を残し、マスターは立ち去った。
マスターの捨て台詞に「あいよー」と気の抜けた返事をしたナイスは、ドアが完全に閉まったことを確認してほぅっと一息をついた。見つかって大惨事だったのはナイスよりもセオの方だったのだが。
「興奮した?」
唾液でどろどろになったナイスの指を噛む口に力はなく、虚ろな目はようやくナイスを捉えていた。乱れた呼吸を繰り返し、腫れた乳首で飾った胸を上下させるセオはぐったりとナイスに訴えた。
「ナ、イスくん……おれ、もぅ……」
セオのくたびれた視線の先、物言わぬ訴え。
盛大に飛び散った白濁と、申し訳なさそうに首を垂れるセオ自身。
「へー、セオってこういうプレイ好きなんだ?」
「ち、が……」
マスターがいる間に達してしまったセオを見下ろし、ナイスは笑った。
「違うくないじゃん。マスターに見つかるかもって思って興奮したんだろ?」
「ちがっ、そうじゃな……」
「すげーやらしい」
見つかることへの恐怖があったことも事実であるし、背徳感が手のひらを反してエクスタシーを呼んだことも事実。しかし、それが引き金となって精を放ったということを、セオは認めたくなかった。認めてしまえば自分は晴れて変態の仲間入りだ。
興奮したことを認めないセオだったが、ナイスにとってそんなことは正直どうでもよかった。
二度目の吐精をし脱力するセオのスラックスをずりおろし、下半身を露わにさせたナイスはセオの小さな尻を撫でた。
「俺いま、結構余裕ないの……分かる?」
「ふ、ぇ……?」
「今すぐにでもセオにぶちこみたいのを、頑張って我慢してんの」
双丘を撫でまわしていたナイスが、セオの蕾に指を突き入れる。先ほどまでセオの口内にあったそれは湿り気を帯び、挿入される異物感を少しばかり緩和してくれた。それでも、腸の壁面を逆撫でする嫌悪感を取り払うことはできない。
初めての感触にセオは息を詰まらせた。
「セオのここ、すっげぇ吸い付くんだけど」
「や、あぁッ、変っ、やだ……!」
刺し込んだ指を前後左右に広げ、徐々にセオの尻穴を拡張していく。異物感に怯えてナイスの服を握るセオは未だ快楽とは遠い場所にいるらしい。
「くっ、ああァ……ナイス、くん……」
本来の働きとは真逆の務めを果たそうとしている肛門で、自分を狂わせるようにうごめくナイスの指。じっくりとほぐされることで思っていたような痛みは少ない。
時々掠れた声を上げるセオは半開きの目でナイスの表情を覗いた。どんな事態にも動じないナイスが目を細め、息を荒くして開拓を続けている。微かな余裕の中でレアなナイスを観察していたセオは、そんなナイスと目が合った。
「好きだ、セオ」
「は、ぁ……え……?」
「好きつったの。セオのこと好きだよって」
ようやく知ったナイスの本心。
――これ、夢じゃない……?
嫌われてはいないと感じていても、むしろ愛情を感じていたとしても、言葉で表現されると格別な喜びがある。
幸せすぎて思考がショートしそうだった。
俺もナイスくんが好きだと。ずっと前からナイスくんのことが好きだったと……。その気持ちを伝えるべく口を開いたセオだったが、こぼれた言葉はそんなプラトニックな気持ちではなかった。
「っああァ……ッ!」
「ココ?」
「あァァ! や、なに、これ……んンンぅ! やだ、おれ、変になっんぅぁ……っ」
初めて前立腺を叩かれたセオは背中を弓なりにそらして喘ぎ声を店内に響かせた。そのセオの反応に気を良くしたナイスは執拗にそのしこりをもてあそび、喘ぎ狂うセオの口を自身のそれで塞ぐ。
後孔はぐちぐちと音を立てて拡がり、ナイスの指を三本も咥え込んで離さない。
「んンぁ……ふ、ぁナイス、くンァァ!」
それぞれの指がばらばらに動き回り、後ろからセオを責め立て続ける。キスの合間、淫らな声を吐き出すセオは口元から唾液を溢れさせ、身体をガクガク揺らした。
――やばいよこれ……頭おかしくなりそ……。
「もういいよな?」
セオに呼びかけたくせに返答を待つ様子の無いナイスは、セオをソファに仰向けに寝かせるとその腰を掴んで、昂ぶりをセオの蕾に押し当てた。セオがキスに夢中になっている間に、ナイスの準備は整っていたらしい。
「あ、ナイスくん……その、あの……」
「んだよ……余裕ないって言ってんじゃん……」
行為のクライマックスで何をするかという知識はあったし、まさか指を咥え込んで終わりとも思っていなかった。男女がするようにナイスのそれを受け入れなければならないと分かっていたし、ひとつになる喜びだってある。それでも、セオは怖かった。採血のように、慣れればどうってことないことであったとしても。
切羽詰まっていてもセオの声にわざわざ動きを止めたナイスが、切なげにセオに訴える。その姿にセオも心を決めて、瞳を揺らした。
「何でも……ない、あの……優しく、して……?」
ナイスの中の何かが音を立てて崩れ去った。
「ぁ、の、ナイス、くん……? ナ、あああァーッ!」
予告なく突き刺された凶器に、セオは悲鳴をあげる。
木端微塵になったものの正体が、首の皮一枚繋がっていた理性だったと知った時、ナイスは欲望に従うまま腰を打ちつけていた。
もう意味のある言葉を話せなくなったセオは、竿の先から喜びの涙を零しながら鳴き続ける。
「はっ、ああァ、んンーァァ……!」
ナイスの先端がセオの前立腺を殴り、強すぎる快感をそのたびに感じては絶頂への階段を一段上る。したたる先走りはソファの背もたれを汚し、涙も唾液も汗も同じようにソファに飛び散る。二人が繋がるこの空間全体にむせ返るほどの情欲の熱が広がる。
「あァッ、アぁンっ、ううぁ……ナイス、くぅ!」
「っ、セオっ、きもちい?」
「んぐァ、ぁ……きもち、きもちぃ、ナイスくんッ……!」
容赦ないピストン運動に揺さぶられ、途切れ途切れに言葉を紡ぐセオ。
「お前、かわいすぎ……」と唇を噛むナイスがさらに速度を上げてセオを突く。快感に従順なセオをもっと気持ちよくさせてやろうと、震えるセオ自身に指を絡め、零れてきた液を塗りたくるように扱いた。
「くッああァ! だっ、ナイスくっ無理! でっァー……ッ!」
突如として襲ってきたもっとも敏感な箇所への刺激で、セオは堪えきれずに達する。湧き出てくる精液をその目で確認しながらも、ナイスは律動を止めようとはしなかった。
「はっ、あァ! やだ、イったばっか、ああァ!」
「勝手にっ、イくなよ……! 最後まで付き合えッ」
ナイスによってうつ伏せに姿勢を変えられたセオはその体勢で腰を持ち上げられ、これまでより強く腰を打ちつけられた。この短時間で何度も射精しているセオの分身は次の絶頂に向けて、体積を取り戻しつつある。
行き場の無い手は懸命に握られ、時たま強烈な快感を逃がすようにソファを殴った。
「一回イったら、すげぇ締め付けよくなった……っ!」
「んンン! ナイスくんも、きもちいっ?」
「あっ、ぁ……ばか、気持ちいからッ、あんま締めんなっ」
セオにそれが届いていたのかどうかは分からない。卑猥な水音と共に出入りするナイスの性器を感じ、快感の虜になってしまったセオは喘ぎ狂ってナイスの名前を呼ぶしかできなかった。
ナイスも己の限界が近いと知り、ラストスパートをかけるようにセオのよがる部分を徹底的に攻め抜いた。
「ふっあぁ、あッ、あがッ、も、ナイスくんッ!」
「セオっ、出してい? っつか、出す、から!」
まるで最初からナイスを受け入れるために作られたかのようになったセオの後孔は、ねちっこくナイスを責め立て続け、逸楽の渦に飲み込んで離そうとしない。
時折見える涙と唾液でぐしょぐしょになったセオの表情が促進剤となり、ナイスはついに臨界点を超えた。
「っ、セオ……ッ!」
「あァァ、はぁあ!」
熱っぽいナイスの声、はち切れるほどに大きくなったナイスの一物。
ひん剥かれ悦びに浸り続ける自分自身と、それに汚されるソファ。
二人の愛の巣と化したノーウェアで、最後の一突きがセオを貫いた。
「くッ、ぁぁァー……ッ!」
「はっ、ぁ……!」
セオの体内でナイスの精が弾け、感じたことの無い熱がそこから全身に広がる。まだ逃がすまいと本能的にナイスを締め上げるセオは度重なる吐精に疲れ果て、ぐったりと力尽きた。
セオから放たれた白濁はソファに飛び散り、他の液体と混ざり合う。かれこれ4度目といっても濃さが多少薄れただけ。機敏な動きを失った頭で、セオは絶倫かもしれないと考えるナイスは、苦笑いを浮かべて上下する小さな背中を見つめた。
「セオ、生きてる?」
うぅと唸る声はするが、返事らしい返事は聞こえない。
どうやら生きているとは言えないらしい。
自身を引き抜き、大きな赤ん坊を抱きかかえたナイスは詫びるように触れるだけのキスをセオに落とす。
「好きだよ、セオ」
まるで眠りから覚めたように頭が冴えたセオは、そんなナイスの気持ちを受けて躊躇いがちに口を開いた。
「おれは……大好きっ」
汗だくの身体をおしてナイスに抱き着いたセオは、赤らめる顔をナイスの肩に埋めて想いを告げた。
恥ずかしさで燃え上がりそうになりながら伝えた言葉はナイスに届いたのだろうか。
おそるおそる顔をあげると、そこには驚いたようなナイスの笑顔があった。
「じゃあ俺は愛してる」
セオに対抗するように。
自分の気持ちの方が強いということを主張するように、ナイスはセオの心を射ぬいた。
「じゃ、じゃあ俺は、えっと……」
負けじと最上級の言葉を探すセオだったが、どうやらタイムアップらしい。
そのまま仰向けになるようソファに寝かされたセオは、自身を覆うナイスを不思議そうに見上げた。
「ナイス……くん?」
「続きしようぜ」
続き……?
セオの思い浮かぶ続きは言葉あそびの続きのことだけで、それ以外には見当たらない。
ナイスの表情や匂い、雰囲気、漂う空気が親切に答えのヒントをもたらしているのだが、セオの脳がそれを拒む。
もう4度も絶頂を迎えているのだからそんなはずはない。さっきの行為はもうすでに終わっているはずだ。これ以上の行為に身体がついていけるはずがない……!
セオは顔を引きつらせた。
「さっきのは、セオが俺の服にぶっかけたことへのお詫びのエッチ。そんで次は」
二人の愛を育むエッチ――
吐息が交わる距離で囁かれた艶やかな台詞に心を盗まれ、セオは息を止めた。
理不尽であるはずの言い訳にすら綺麗に丸め込まれ、ナイスの唇を受け入れる。
抵抗しようとしないのは気力がないわけではなく、単に嫌ではないと思ってしまったからだった。
しなやかな手つきで素肌をなじられ、再び熱を取り戻すセオ。
――あぁ、俺って相当重症なのかもしれない。
天国とも地獄とも形容しがたい快感の中でぽつりと浮かんだ思案すらどうでもよくなり、ただただ愛おしいナイスの口づけにさらわれていくだけのセオであった――
――Fin…――
ありったけのガマン
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