フリダシニ戻ル

フリダシニ戻ル

「過去に戻る薬か未来に行ける薬、どちらになさいますか?」

無表情な店員は、そう尋ねられて惑っている俺にもう一度尋ねた。

俺は人生をやり直したいのか?やり直す?何処から?何時から?
普通に大学に行って普通に就職し、普通に結婚もして、現在15歳の長女と13歳の長男の子供が二人いる。順風満帆と言えば順風満帆。
普通が何なのかさえも分からなくなる位に普通の人生。

不満が有るわけでは無いが、確かに充分では無いのかもしれない。何かが足りないのかもしれない。

今夜仕事帰りに何気無く普通に立ち寄ったバーで、店員にこう普通に尋ねられた俺はかなり戸惑ったが、それでも過去をやり直せたら、こんな普通な人生ではなくもっと素晴らしい人生を送れるのではないかと胸がザワザワした。

人生をやり直すならもちろん過去に戻るべきだろう。未来に行っても失望するのがオチに決まっている。

「…過去に戻る薬をお願いします」ザワザワしながら俺は決心してそう言った。
「かしこまりました」店員は相変わらず無表情にそう言い、青い飴玉の様な薬を差し出した。
「飲み込めば良いんですか?」
「口に含んでゆっくりと溶かして下さい」
俺は店員の指示に従い薬を口に含んだ。懐かしい甘いソーダ水の味がする。

薬が溶け始めると同時に俺の目の前にスクリーンの様に俺自身が映し出された。
昨日の俺、一昨年の俺、一昨々日の俺、目まぐるしく俺の人生は過去を遡る。
二人目の子供が生まれた時(この子は男の子なのに、軟弱で頼りない。育て方を間違えたか?)、一人目の子供が生まれた時(最近お父さん臭い、と俺に寄付きもしない)、妻と結婚した時(もっと美人と結婚すれば良かったか?)ー

この辺りでやり直そうか?そう思っても、俺の人生は止まらない。
就職した時(あんな会社に就職するんじゃなかった)、大学時代(もっと良い大学に行けば良かった)、高校時代(もっと真面目に勉強すれば良かった)、おいおい、一体いつに俺を戻らせるつもりなんだ?

中学時代、小学校時代、グングン遡る。止めろ、もう止めてくれー

俺の過去を遡る旅は加速度を増し、ついには物心がつく前の赤ちゃんになり、胎児になり、そしてついには胎児になる前の細胞へと遡ってしまった。
これでは次に生まれてこれるかどうかも分からないじゃないか、畜生、何が過去に戻る薬だ。こんな事なら未来に行ける薬にすれば良かった。
いや、未来に行ける薬を選んだとしても同じ事だろう。未来が加速して進んで歳を取り、そして死ぬだけだ。

どちらを選んだとしても…ふりだしに戻る。

フリダシニ戻ル

フリダシニ戻ル

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-03-29

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