月の光

月のあえかなる香りがした。
閑静な住宅街を揺らした白。
虚しくも、力強いそれを私は、ただ眺めることしかできない。
「ねえ、深月」
「……どうしたの?」
私は月の照らす弱々しく寄り添った一人の少女の言葉に答えた。
彼女の感情は、月に侵食されていた。
服の色は無数の白の光に刺され、その綺麗なかたちを汚されていた。つやつやとした髪の影となった黒だけが白から逃れているようだった。
「月が深いね………」
「……そうだね」
そう答えると、また彼女は、言葉を発するゆとりのないほど、心を震わせながら、呆然とするのだった。
しばらくすると、彼女は泣き出した。
私も泣きたい気分だったけれど唇を噛み締めることでぐっ、とこらえた。
「大丈夫だよ」
これっぽっちもそんなことは思っていなかったけれど、私はそう言った。
私は、彼女を守らなくてはならない、と感じた。
それは、母性から来たものかどうかは分からないけれど、ただ確実に私の心の中に生まれてくるひとつのものだった。
私は何もない安心を作ってあげようと必死だった。
そうして私は彼女を抱きしめた。
「本当に大丈夫だから………心配しないで………私だけは付いてるから……私だけはずっといるよ…消えないから………」
彼女は安心したように、勢いを強めて泣いた。その言葉は確実に、震えた彼女の心に届いていった。
「………深月、ありがと」
彼女は、そう言った。
私は、彼女を汚した月のように、空々しいまでに白く、意味もないほどに虚しく、彼女を包むように力強い、たった一つだけの存在になってしまった。
「一緒に帰ろ」
私は救いの手を渡した。
「うん……今日は深月の家に泊まっていい……? 淋しいから……」
「うん……」
この世界には文字通り誰も存在していない。
私と彼女は手を繋いで帰った。
閑静な住宅街を照らす月に見守られながら。

月の光

月の光

私の汚い部分を象徴する白々しいほどに白い月。 私は思い出す。 こんな無意味なことを始めた、一番最初の日のことを。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-03-29

CC BY-ND
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