雨と石と見知らぬ男

平凡な会社に勤める、平凡な男のちょっと変わった話。

「やれやれ、今度はバクダンを飲まされたみたいだ。」

雨と石と見知らぬ男

「やれやれ、今度はバクダンを飲まされたみたいだ。」

私は平凡な人間である。
普通に勉強し、良くも悪くもない大学に入り、良くも悪くもないゼミで私のように平凡な者たちと平凡な研究をし、平凡な卒論を書きあげ、名前も聞いたことのないような地元の企業に就職した。
新人は皆営業職に就かされ、毎日毎日電車に乗り、足を、体を動かす。社交辞令を言う自分にはもう慣れた。最初は嘘を吐くことに良心の呵責があったものだが、いちいち心を痛めていてはどうにかなってしまうと脳が判断したのだろう、自然と何も思わなくなっていた。

仕事で電車を使い、通勤でも電車を使う。
ここは阪急電鉄の六甲駅だ。同僚と別れた後、改札を通ると目の前に立っていたのは旧友の小西だった。彼は中学のクラスメイトであり、いわゆるガキ大将であった。昔から平凡な私だったが、なぜかこの小西に気に入られ、共に過ごすことが多かったのだが、卒業してからは成人式ぶりに会うことになる。
「待たせたな。」
小西はそう言うと、ポケットから年季の入ったくすんだ財布を取り出し、自販機でホットコーヒーを買った。
「はて、何か約束でもしていただろうか。」
「おいおい、忘れたって言うんじゃないだろうな。困るぜまったく。」
冗談だ、と一言投げかけると、小西は分かっていたような顔でにんまりと笑った。
そう、今日は小西と久しぶりに会う約束をしていたのだ。
卒業してから連絡のない彼からの10数年ぶりの知らせはSNSからだった。
彼はいつも唐突だ。
中学の頃、真夜中に呼び出され、学校のプールで泳いだことや町内全ての家のポストに小西作のなんだかよくわからない絵をいれてまわったことを思い出し、苦笑していると、
「おい、飲みに行くぞ。改札を通ったってことは車じゃないんだろう。」



そう、彼はいつも唐突なのだ。

どうやら、私は、タイムスリップをしてしまったようだ


“そこは見知らぬ街だった”
「おい、俺たちは今さっきまで六甲駅にいたはずじゃ・・・」
「何を言っているんだ、早く行くぞ。」

町の様子がおかしい。神社の前にはモスバーガーがあり、この商店街には生協があったはずだ。しかしこの商店街には見覚えがある。金曜日の夜だというのに、人がいやに少ないのが気になる。いつもなら大学生でごった返しているはずだが・・・。
長瀬が唐突に立ち止まり、「ここだ。」と店を指さすまで私は混乱していた。
いや、しかし、この店は知っている。もちろん利用したこともある店だ。

ボロボロの外観も記憶している通り。中に入ると薄暗い店内から威勢のいい店主の声が聞こえてきた。いらっしゃい、空いているとこに座ってください。
「おい、長瀬よ。ここの店主、今日は休みかな。」
「何言ってんだよ、さっきから。この大木酒屋の店主は昔から斉藤さんだろ。」
斉藤という名前は知っている。だが、私の知る店主とどこか違う。そう、若すぎるのだ。
店内の角におかれているテレビも妙に古臭い。中身は最新式なのだろうか、場末の酒場にしてはおしゃれなことを考えるものだ。
何かがおかしい。野球中継を流しているテレビの画面は白黒だし、あんなユニフォームの球団があっただろうか。
「なあ。今日はどことどこの試合だったか。」そう、長瀬に尋ねた。
「お前本当に今日はおかしいぞ。見ればわかるだろう、南海と阪神だ。」
私は思わずビールを吹き出しそうになった。
「おい、南海っていつの話だ。今は平成23年だぞ。」
「わかった、お前、やっぱり俺と会うまでにどこかで飲んできたな。そんなに酔っているなら言ってくれればよかったのに。相当顔に出ないタイプなんだな、お前。」
からかっているのだろう、長瀬の言葉を聞き流し再びテレビに目を向ける。そこで私は確信した。そう、どうやら私は、タイムスリップをしてしまったらしい。
今日は、何月何日だ。昭和21年、2月2日だ。
「おじさん、カストリと、バクダンだ。危険なやつはよしてくれよ。」
ほら、飲め、と差し出された濁った酒を口に入れたところで私の記憶は途切れている。

雨と石と見知らぬ男

雨と石と見知らぬ男

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-03-28

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  1. 「やれやれ、今度はバクダンを飲まされたみたいだ。」
  2. どうやら、私は、タイムスリップをしてしまったようだ