アクル・メイズ・スターライン
『小説家になろう』様にて連載中の小説を、章ごとにまとめます。
http://ncode.syosetu.com/n2014ca/
続きが気になる方がおられましたら、上記にてお楽しみくださいませ。
災厄の始まり
――私の両親は、お前達に殺されたんだ。
何度も、何度も、鬼のような形相で咽から叫ぶ女と、
気の狂った犬を宥めるように相手をじっとを見ていた母。
今思えばあれが災厄の始まり。
当時のまだお尻の青い少女だった私は、
目の前で起こっている場景を全く理解できていなかった。
いや、理解しようともしていなかったのかもしれない。
ただただ、知らない奇麗な黒髪のお姉さんがお母さんと真剣なおしゃべりをしているだけに見えたの。
私は恐怖に慄くどころか見知らぬ来訪者にわくわくしていた気さえするわ。
黒い髪を肩くらいまで垂らした、今の私くらいの女は、
遠くからでもはっきりと判るくらいに目を見開いて、大粒の涙を
(そのままでは体中の水分が空ついてしまうくらいに)流していた。
母は何度もかぶりを振って、口元をきっと結んでは開いて、穏やかな声音で語りかけていた。
その堂々とした威勢とは裏腹に足下は震えていたような気がする。
女はこの世界の誰も見た事の無い、光り輝いていてよく撓る棒から、暗黒を見るような漆黒の閃光を放った。
そうしてそれは見事に母の胸を貫いたらしい。
光の奔流を一切伴わなかったので、はじめは何が起きたのか判らなかったけれども、母がぐったりと倒れ込んでしまったのでとてもいけない事が起こってしまったのだと感じた事を覚えてる。
それでも外の世界をまだよく知らないおつむの小さな私は、
涙ひとつ零さないでその異様な光景の虜になっていた。
「ディジーブ、これで良いのかしら」
「オーケーオーケー。後は任せなさい」
女の影から紫がかった漆黒の青年が現れて、
うつ伏せに崩れ落ちた母の
金色のすべらかな髪を一掴みして身体半分を持ち上げた。
青年が口元に不適な笑みを浮かべて母の胸を執拗に弄ぶ。
「こーれだ」
いつの間にか男の右手には大きな腕輪が乗っていて、こう言った。
「オルモルによって選ばれたという証。女神の力の権化」
男はそれを腕にはめ込んだが、訝しげな顔をするとすぐに外した。
「フウナ、着けてみろ」
黒髪の女、名前をフウナという女は、
奇麗な腕輪に少し見とれてから腕にはめた。
一瞬片方の眉毛を持ち上げたかと思うと、
急に輪をはめた腕を掴み出し、
苦しそうに喘ぎだす。
荒々しく呼吸をし、
断末魔のような剣幕で喘いでいるかと思うと、
急に顔を綻ばせ、異常なほどに喜びだした。
なぜこの異様な光景を私はただ見ている事しか出来なかったのだろう。
今思い出しても悔やみきれない。
二人の人影が全く失せると、やっと私は母に歩み寄ったのだった。
たしかその後、
たまたま他の国から派遣されて来ていた伝達師に見つけられて
母は『特別な部屋』に運ばれていったのだと思う。
蒼白くなった母の、寂しそうな眠り顔は今でも心に焼き付いている。
当時の私は、やっとそこで涙を見せた。
◆◆◆
それから幾年の時が過ぎた。
元々父の居ない私にとって、母が側に居ないのはとてもつらかった。
現女神が居なくなった事で強制的に女神役を押し付けられた私は、
身に余る大きな玉座の上に安座を強いられ、ただ『役』を演じさせられた。
あの災厄の後、
大勢の使者が訪れたときには既に母の側近は正体不明の死
(普通、私たち妖魔は突然死ぬ事がない)に倒れ、
王国に残っていたのは私だけであったらしい。
他国の役人達が、この妖魔の世界が混沌に飲み込まれぬように、
私を玉座に座らせたことを理解できたのはたった一年ほど前のことである。
妖魔世界に再び安定の色が見え始めたこのごろ、
本当の意味で物心のついた十才の私は
『特別な部屋』で眠り続けている母をどうにかして助けるために
『オリガンの探求』を始める。
アクル・メイズ・スターライン