ハルカゼと共に
「○○ちゃんいいよね~」
「だよね!!新曲聞いたぁ?」
「聞いた、聞いた!!やっぱりサビがいいよね!」
なんて、たわいのない会話が弾む、この空間。
その中心に、私の姿は無い。
きっとこの先も、私は空間の隅のほうに、ひっそりと存在し続けるのだろう。
ここは、**県立**第二高校。通称、二高。県内でも指折りの進学校だ。
私のいる空間というのが、二高の二階にある一年二組の教室。
こうも2が揃うと、いっそのこと出席番号も22番がよかった。
そんな私は、23番。ほんとに惜しい。
「高城さんは?どう思う??」
「ふぁい!?」
しまった・・・完全に油断していた・・・。
「何が??」
話の内容が分からないので、とりあえず返答してみる。
「だからぁ、歌手の○○ちゃんのことだよぉ!」
あぁ、さっきのたわいのない話の続きか・・・
「ごめんなさい。私、テレビとかあまり見ないの。だから、○○さんのことはよく知らないわ。」
「そっか・・・」
と、クラスの中心にいる女子Aは、残念そうな顔を一瞬してくるも、でさー、Bメロの歌詞がさー、と女子Bとの会話を続行させる。
まあ、こんなものだ。入学して三週間が経過した今。互いに相手の出方を探る期間は終わりを迎え、気の合う子が判明してきた頃合いなのだ。女子Aのような人懐っこい子は、さっきみたいに、とりあえずクラスの人全員と喋ってみよう精神で、時折まだクラスになじめていないような子にも話かけている。だが、彼女らにとって大事なことは、クラス全員と面識を持つことであって、共に会話をすることではない。
そのことを知っていた私は、下手に会話に混ざり彼女たちの空気を変えてしまうことを、避けたのだった。
だから、勘違いしないでほしい。私は別に、仕方がなく教室の隅にいるのではなく、好きで隅にいるのだ。
そんな私の意志を感じ始めたのか、最近は私に話しかける子が少なくなってきた。
これでいいの。さみしくない訳ではないけれど、友情なんていつかは色あせていくものだから。[newpage]
私の名前は、高城紫音(たかぎ しおん)。
高城医院の一人娘。将来の夢は医者になること。
ううん、ならなきゃいけない。家を継ぐために。
だから、やっぱり友達なんて必要ない。時間の無駄だ。
部活にも当然参加しない。
中学の時は、何かしらの部に所属しないといけなかったから、陸上部だったけれど。
陸上部が駆けているグラウンドを横目に、私は家路につく。
家に着いたら、手を洗って、今日は金曜日だから次の週の予習に取り組む。
そして、夕食を食べて、今度は今週の復習をする。数学が新しい分野に入ったから念入りに。
12時には就寝。これで、私の一日が終わる。
ここまで、私の家には、私と使用人が二人だけ。両親が帰ってくることはほとんどない。
当たり前でしょ?両親とも医者だし、夜だって急患がいるかもしれないから。
静まり返る屋敷の中、私は眠りについた。[newpage]
私は毎朝、6時に起きる。そして、ランニングにでかけるのが日課だ。
この日も例外じゃない。
しかし、窓の外を見ると、生憎の雨。
これでは、ランニングにいけない。
雨ということもあってか、いまいちやる気がでなかったので、私は毎朝の日課の記録を振り返ることにした。
記録といっても、日誌をつけているわけではない。
ランニングの間に撮った写真のことだ。
これは、私の趣味でもある。
私は写真が好きだ。この事実に気付いたのは、陸上部に入って日課を始めてから。
初めて撮ったのは、雨上がりの空に架かる虹だった。
月並みかもしれないけど、心に響くものがあって、気がついたら携帯のカメラのシャッターをきっていた。
それからというもの、私は小型のカメラを片手にランニングするようになった。
この趣味は、まだ両親には打ち明けていない。何を言われるか分からないから。ランニングは健康にいいから、無理しない程度に頑張りなさいと言われたが・・・
くだらないと批判されるかもしれないし、気をきかせて一眼レフをプレゼントされるかもしれない。
私は写真が好きなのであって、カメラにはこだわりはない。
写真を残すという行為が大切なのだ。
数々の記録を見て、感傷に浸っていると、7時をまわっていた。
使用人の小林さんが用意してくれた朝食を食べる。
その間、もう一人の使用人の松村さんは洗濯を済ませる。
あれ?洗濯物を外に出そうとしているということは・・・
雨が上がったということか!
じゃあ、昼食の前にランニングにでかけよう!
また、あの日の虹のような出会いがあるかもしれない!![newpage]
通学路の途中にある公園に向かう。
あそこの桜が非常に綺麗だった。
昨日、「明日のランニングの時写真を撮ろう!」と密かに思ったのだった。
今朝の雨で散ってしまっていないか、と不安が頭の中をよぎる。
と同時に、自然とランニングのペースが速くなる。
桜は無事だった。
少しペースが速かったからか、いつもより乱れている呼吸を整えようとすると、
隣の桜の木の下に、二人の少女が立っているのが目に入る。
少女達の手にはラケット、視線の先には枝に引っかかったシャトル・・・と男の子。
彼は器用に枝を伝って、シャトルを手にすると、
スタッ ズべッ
着地するまではよかったが、雨のせいでぬかるんだ土にしりもちをついてしまった。
彼は腰をさすりながらも、
「はい!」
と、にこやかにシャトルを少女に手渡す。一連のやりとりに、私の目は釘付けだった。
パシャ
「「え??」」
戸惑いの声が、彼と私の口から漏れる。
今のは完全にカメラのシャッター音。
この場でカメラを持っているのは・・・私だけ。
と、状況判断した瞬間に私は脱兎のごとく駆けだした。
不覚!気付かないうちにシャッターをきるなんて!!
顔が熱い!
過ぎ去る景色の中、冷静にも当初の目的を思い出した私は、足を止めた。
そして、恐る恐るカメラの履歴を見る。
そこには、昨日感動した桜を背景に、先程の彼が写っていた。
おしりには、汚れが。
自然体の髪には桜の花びらが。
そして、恥ずかしさからか、はにかんだ笑顔が。
ドッドッドッ
鼓動が速くなる。
もう一度、顔が熱をもち始める。
これは、そうよ。
走ったからよ。
まさか、この紫音さんが、あんなドジで、頼りがいの無さそうな人に、と、ときめいてるわけないじゃない!!
出会いは、ハルカゼと共に・・・
続く
ハルカゼと共に