想像の悪魔
ーーーー始めに
アメリカ合衆国マサチューセッツ州のとある大学にて、英米文学を学んでいる私であるが、近頃、臨床心理学というものに興味を抱いて、心理学科の友人に、その友人が頻繁に通う資料室とやらを案内してもらったのだ。色々な文献などが存在したわけだが、取り分け、あの遺書よりも私に印象を与えたものはないだろう。その遺書とは、数枚の罫紙に書かれたもので、遺書に書いてあるには、今から十年前のものだった。
あの遺書に書かれた内容が、あまりにも、私の興味をそそるものであったため、翻訳が誠に苦手な私であるが、下手なりにもここに 、英語で書かれている遺書の、日本語訳を載せていくので、どうか、君にも目を通してもらいたい。
一
私には、並大抵でない想像力がありまして、人は、「想像力は大事」と言いますけれども、私にとっての想像力とは、悪魔のようなものなのです。いや、実際それは、悪魔に化けて私に襲いかかってきたのです。私はあの日以来、胸がはち切れそうなほどの恐怖に、大変と悩まされております。
あれは、丁度十日前の、辺りが真っ暗であった時間帯なのでした。これから、あの、世にも恐ろしい悪魔のことを語っていきたいと思います。
二
私は、日頃から、物思いに悩まされておりました。色々な物事を考えていたのです。その物思いの癖によって楽しくなれたことは一度もなくて、それどころか、毎日毎日、私は自らの重度な思考によって、憂鬱な気分に浸っているのでした。何をそれほどに考えているのか。と聞かれますと、それは私にも説明がつかなかったのです。唯、多々に渡る数々の思い巡らしを、はっきりとは覚えていないにも関わらず、私の心は、莫大な憂鬱に侵されていたのでした。
そのような日々をずっと送ってきましては、丁度十日前のことです。とうとう、私を困らせていた、物事を考える力、想像力が、私の目の前に化けて出たのです。
これを読む人々は、私のことを、気違いな妄想家と思うに違いません。しかし、ここに私が記したことは真実で、私の実体験なのです。これから私が記していきますことも、全て真実であります故に、疑いの念なしにお読み下さることを、心から熱望しております。
三
その日に私が床に就いたのは、深夜を少し過ぎたぐらいのときでして、それからは延々と、考え事に耽ってしまったせいで、眠れずにおりました。又、このようなことは、私にとっては当たり前のことでして、日々、眠りに着くのは、どちらかと言えば、夜が暮れようとしている頃合いになるのでした。
十日前のあの日も、私は目を瞑っては、様々な空想に耽り、それは強迫観念に類似したものでしたので、私は余計に眠れずにいるのでした。
丑三つ時ぐらいでしょうか。何者かが私の首を絞めてきたのです。その頃にはうっかりと眠っていた私ですが、首を勢いよく絞められた私は、その苦しみで目を開くと、仰向けになっている私の体に跨って、私の首を強く握っている者の姿に驚愕しかできなかったのです。
私は真っ暗の中でも、目が働く質ですので、私は、あの悪魔を、この目ではっきりと見てしまったのです。
薄っすらとした暗い影が凝固したもののように思われて、しかし、ぼんやりととした黒色は、固体では無いように見えて、きっと私からあの黒色に触れたものなら、私の手はあの化け物の体を擦り抜けていたに違いません。私の頭は空っぽになりまして、気を失いそうになっていました。
私はどれくらいに首を絞められていたことでしょう。私には、とてつもないほどに、長く長く感じられました。私は、唯、あの悪魔に違いない、決っしてこの世のものではない化物の姿を、空っぽの頭と、吐き気がするほどの動機と、体中から出る冷や汗を感じながら、まじまじと見ているのでした。
四
ずっと勢いよく首を絞められながらも、私がこのように生きていることも、大変不思議ではありますが、一番に奇妙なことは、私が悪魔に辱められたと言うことなのです。私はもう、お嫁に行けないどころか、唯生きていくことさえもできません。これを読む者は、ぼんやりとした黒い影に強姦されたと聞いて、おかし笑いをするのでしょうが、確かに私は、あの影に犯されたのです。経緯は語らせないで下さいますようお願いします。
あれは悪魔に違いありません。私の有り余った気違い染みた想像力が、とうとう現実世界において具現化されてしまったのです。あのような、この世に存在しないはずの幻を作り出してしまったのも、私の暴走しきった想像力の力なのであります。その制御しきれない想像力に、私は心と体とを痛め付けられてしまいました。
悪魔に犯されて、私はもう、唯生きていることさえも、恥で恥で仕方がありません。嗚呼、私の可哀相なこと……
もし私の死体をお目に掛かりましたならば、それは、憎たらしい悪魔による人殺しなのであります故に、決っして、自殺だなどと思わないで下さいますよう心からお願いします。私はせめて、残酷な悪魔の犠牲者という体で、この世から去ろうと思います。
ーーーー終わりに
読了を感謝する。君にとってこの遺書は、興味深いものであっただろうか。
私から言えば、彼女は、「想像の悪魔」に、取り憑かれたに違いない。想像力とは、一線を越えてしまえば、自爆の原料にもなってしまう、恐ろしい力であるのだ……
想像の悪魔