Project. Re/birth 第一章~ビギニング・テンセイゲェム~

プロローグ

「・・・んっ。」

ふと目が覚めた。
真っ暗で何もない、無の空間。
立っているのか、寝ているのか、浮いているという表現が正しいだろうか、そんな曖昧で、でも確かに存在しているこの空間。

「・・・ちゃんと、できたんだよな?俺」

周りを見回しても答えてくれる者はいない。
正面がどこかも分からなくなるくらいに、辺り一面の闇が続くだけだ。
ならば試みは成功したと考えていいだろう。
失敗したなら、今頃俺は自分の部屋にいるはずだ。
これまで何十回もそうなったように。

「はあぁ、結局チェリーのまま終わっちまったな、俺の人生」

でもいい。
心から愛した人を救えたんだから。
彼女の笑顔を思い出す。

「・・・ああぁ、泣けてくるなあぁ」

もう会えない。
そう思うと涙があふれてくる。
俺がこの空間にいる存在のままではもう、会うことはできない。
会いたいと思えば会えるだろう。
だがそれは、助けた彼女をまた”交代”させてしまうことになるかもしれない。
それに、彼女にもうこれ以上、”彼女自身”を殺させたくない。
そしてなにより、記憶が消えている、というより書き換えられているだろう。
この<テンセイゲェム>に関係することだけ、すっぽりと抜けているはずだ。

「俺は、どうすればいいんだろうな」

独り言は無の空間の中に虚しく消えていった...

第一回 初デート♡

とある5月の日曜日、超ハイテンションで鼻歌、というよりも大声で歌いながらスキップする俺がいた。
名前は鈴木 将也。高校2年生の16歳。

「タラララタランタタラタラタラタラ♪
タラッターラッターラララデン!!!」

外国人が見たら絶対CRAZYと呟くだろう。
でも仕方無いんだよ。

人生初の!

初めての彼女との!!

初デートなんだからッ!!!


学校での成績はクラスで中の下くらい。
運動もそこそこできる方。
ルックスは背もまあまああるし、顔もそんなに悪くはないと思う。
だが、進学校なだけあって、学年で順位が3分の1以下には落ちこぼれの称号が授与されてしまう。
そして俺もその3分の1以下に入っている、落ちこぼれだ。

でもそんな俺が!

一週間前から付き合い始めた彼女と!!

初デートな○しーー!!!


俺がもし梨だったら汁がブシャーと飛び出しているくらいテンションが高い。


お、地元の駅が見えてきた。
そろそろ落ち着こう、マイハニーが見てたらやばいからな(笑)
時刻は午前9時15分。
待ち合わせは9時半なのでまだ時間はある。

「二度寝しないで起きててよかった~!あ、トイレ行っとこう」

そしてトイレから戻って来ると、丁度彼女が駅構内に入って来るところだった。
時間は9時20分。ちょっと早めに来たみたいだ。
ばっちりと目が合う。
そして彼女もこちらに気づいたようで、ニコッとはにかみ、手を振りながら早足で歩いてくる。

(やっべぇぇぇ!!!今のめちゃ可愛かった!!めちゃくちゃ可愛かったあぁぁ!!!)

と心の中で叫びながら、俺もニコッと笑い手を振って近付いていく。

彼女の名前は井上 明日羽。
隣町の女子高に通っていて、俺と同じ高校2年生の16歳。
背は俺よりひとまわり小さくて、髪は黒のセミロングくらい。
リボンの形の髪留めがお気に入りのようで、いつも付けている。
目がクリッとしてて肌が白くておまけに細くて出るとこは出ててetc...
それがマイハニーでござる。
空想終了。ドロン。


「ごめんね、待たせちゃったかな?」

上目遣いで聞いてくる、可愛い。

「ううん、俺もいまきたとこだから」

「そうなんだ、よかったー」

ホッとした、という表情で笑ってくれる、かわゆい。

「日曜日まで早起きさせちゃってごめんね、井上さん」

「ううん、いつも日曜日はこのくらいの時間には起きてるし平気だよ。
それより将也君は大丈夫なの?」

少しニヤッと笑って悪戯っ子のような雰囲気で聞いてくる、かわゆす。

「実は二度寝しちゃいそうになったんだけどね、気合いで起きてた」

「ふふ、だから私より早かったんだね」

そう言って自然な笑顔を見せる、激かわ。
それから少し雑談してると、乗る予定の電車が来る時間になった。

「っと、そろそろ電車の時間だね、じゃあ行こうか」

そして俺は改札へ向かう。

「あっ」

「ん?」

井上さんの声に反射的に振り向く。
目線をすこしだけ下の方に向け、右手を前に出す形で固まってたが、すぐに

「ううん、なんでもないよ、行こ!」

と言って、ほんの少し寂しそうな表情をする。
気になったが特に聞いたりはせず改札を通る。

(ん?そういえばさっき目線下の方に行ってたよな・・・)

はっ!!
わかってしまった!!
なんで気づかなかったんだ!!!
デートと言ったらまずこれだろう!!!!

俺は改札を丁度通り終えた井上さんの右隣りに行き、

(っし、行くぞ!!)

顔を引き締めて、左手でそっと井上さんの右手を握った。

(ふわああやわらけー、てかほっそいな○しーー!!!)

俺の心境はブシャー状態になっていた。
そしてそこに、

「よかった、繋いでくれないのかと思った」

と、ぎりぎり聞こえるぐらいのかなり小さな声で、井上さんが顔を赤くし、俯きながら言った。

(ああ、もう駄目だ、可愛すぎる)

たぶん俺の顔も真っ赤っかだろう、見られたくないな。
そしてちらっと井上さんの方を見ると、

「はっ!?うーんと・・・えへへ♡」

俺の顔を見てたんだろうか、目が合うと視線をさまよわせ、最後には照れたように笑う井上さん。

(反則すぎるだろマジで・・・!)

たんたんたんたーん♪間もなくー2番線にー・・・

放送ではっと我に返る。

「あっ、井上さん電車来ちゃった!!」

「ほんとだ、急がなきゃ!!」

そして手は繋いだまま、速度は井上さんに合わせて階段を駆け上がる。
丁度ドアが開いたところだった電車に余裕を持って乗り込み、顔を見合わせる。

「「ぷふっ」」

どちらからともなく吹き出し、声を小さく上げて笑った。

第二回 出会い

電車に揺られるのは20分ほど。
その間、井上さんは礼儀正しく、周りの人に迷惑がかからないように俺と話していた。
親にしっかり育てられたんだなぁとしみじみ感じた。
俺も井上さんに釣り合う男にならないと!

ちなみに俺の両親は、俺が物心つく前に事故で死んでいるらしい。
そんな俺を両親と親しかった友人夫婦が養子として引き取ってくれたそうだ。
なんの事故なのかは二人も知らないらしい。
そのことを知ったのは今から2年ほど前だ。
物心つく前に引き取られたので、実の息子と変わらずに育ててくれた今の両親が本当の親だと思っていた。
最初は驚いたがそれを知って俺が何をできるわけもない、まだ子供なんだから。
だが、今まで育ててくれた今の両親にはちゃんと恩返しをしたい。
そして自分のお小遣いくらいは自分で稼ごうと、高校に入ってからすぐの5月位に近くのファミレスでアルバイトを始めた。
そこで出会ったのが、マイハニーの井上さんだ。

井上さんはバイト先でも真面目で人当たりも良く、俺より一ヶ月ほど早く入っただけなのにもう常連客に慕われるまでになっていた。
そんな井上さんに俺が惹かれていくのにそう時間はかからなかった。
バイト先のメンツで遊びに行く時などは、井上さんが来る時は絶対に行くようにした。
っていうより、主に企画しているのが井上さんで、それを毎回一番に俺に教えてくれた。
どんだけ嬉しかったか!!!
絶対行くに決まってるな○しーー!!!

そしてそんなイベントやらバイト先で起きた事件などもあって1年間でかなり親しくなり、付き合ったというわけだ。
そこら辺はまた今度。
今からデート本番だからな!


下車したのは都内某所の大きな街。
いわゆる副都心だ。
代表的なのはソルシャインかな。
ちなみに目的地もソルシャインの中にある水族館だ。
ベタなのは仕方ないんだ、こういうの初めてなんだから。

「今日はどこ行く予定なの?」

「まずソルシャイン水族館に行こうと―――」

「え!?ソルシャイン水族館!!?やったーー!!いつもはちがうとこだったから私ずっと行ってみたかったんだ!!!」

子供のようにテンションが激上がりする井上さん。
ちょっとびっくりしたけど、目をキラキラさせて体中からワクワクオーラが出ている。
可愛すぎて思わず頬が緩んでしまう。

・・・いつもはちがうとこだったってどういうことだろ?
友達と来た時ってことかな?

「あ!ご、ごめんね!?はしゃぎすぎちゃった///」

顔を赤くして照れたように笑う井上さん。
・・・この表情駄目だ、可愛すぎる!!
もう余計な考えは吹き飛んだ。

「う、ううん!!か、かわいかったからおっけー!!」

はぁっ!!?
何言ってんの俺!!?
どストレートに言ってどうすんねん!!

「かっかわっ・・・!!?」

ますます赤くなる井上さん。
それを見てますます赤くなる俺。

「「・・・・・・」」

両者ともに沈黙。
こ、これは俺が先に話さなければ!!

「あえ、ええと、へ変なこと言ってごめんね!?」

「う、ううん!!嬉しかったから!!その、ありがと///」

顔を真っ赤にしたまま視線を左下にそらし、少しもじもじしながら言う井上さん。

(くっそーかわいすぎーやばいな○しーーー!!!!)

本日三回目のブシャー状態になる俺。

「・・・もうこういうのは慣れたと思ったんだけどなぁ、いつもと違うからかな?」

と、井上さんの独り言(?)はかなり小さな声だったが耳に届いた。
俺は無意識に難しい顔になって考える。

(・・・そういえばさっきもいつもと違うって言ってたよな?)

「しょ、将也くん!込んでくる前に行こっ!!」

俺の顔を見て慌てるようにそう言う井上さん。

「あ、うん、そうだね、行こう!」

余計なことは後回しだ。
今はデートを楽しもう!
そして俺たちは、ソルシャイン水族館に向けて歩き出した。



しかし、俺はまだ井上さんのさっきの言動に引っかかっていた。
そして一つの仮説にたどり着く。

(・・・元彼と何回もここに来たってことか?)

そしたら辻褄が合う。
水族館に行くのがいつもと違うなら友達と来てることも考えられる。
が、独り言の時のは、俺との会話がいつもと違うと言ったニュアンスだった。
相手が違うんだから当然だ。
それと、彼氏じゃなければ恋人同士の会話に"もう慣れた"、なんて思うこともないだろう。
そして元彼と何回もここで遊んでいたという仮説にたどり着いた。

(・・・なんかやだな)

元彼と比較されるのが、なによりこんなことを考えている自分が、嫌になる。
でも井上さんに彼氏がいたなんて話は聞いたことがない。

(確かめてみるか)

意を決して聞いてみることにした。

「ねぇ、井上さん!」

「ん?なーに?」

「井上さんて、俺の前に彼氏とか・・・いたことあったり・・・する?」

声が小さくなったのはやっぱりやめようかなと思ったのもある。
が、一番の原因は井上さんの表情がどんどん真顔になっていくからだ。

(・・・これはいる感じかなぁ)

内心でそう判断した。
でもそれは割り切って、俺は俺で恋人を続けていけばいい。
馬鹿な事聞いたな俺。
ちょっと後悔。

「ごめん!変な事聞いちゃっ―――」

瞬間、井上さんは俺の手を引いて早足で歩きだした。

左に曲がり、ビルの裏路地に入っていく。
表情は俺が後ろなので見えない。

「井上さん!?どうしたの?そっち道ちが―――」

トン。

路地に入ってちょっと歩いたところで、井上さんは繋いでいた手を離し、俺は肩を掴まれビルの壁に軽く押しつけられた。
いわゆる壁ドンだ。
ほんとに軽くだが。

「いの、うえ、さん・・・?」

俺は結構ビビっていた。
何これどんな展開だよ!?
キレられる感じですか!?
でもちょっと見てみたいかも。
しかし、井上さんは少し下を向いていて表情があまり見えない。
すぅ・・・はぁ・・・すぅ・・・はぁ・・・と、深呼吸しているのは分かった。

「えっと、どうしたの?大丈夫?具合悪いならもど―――」

俺は最後まで言葉を言えなかった。
ハッと真っ赤になった顔を上げた井上さんの唇で俺の口をふさがれたから。

「んむっ・・・!!!」

柔らかい、それが最初に感じたことだった。
井上さんは、俺の肩を掴んでいた両手を俺の両頬に添えて、グイッと唇の密着度を上げてくる。

「んっ・・・はぁ・・・んむっ!!」

自分の唇は俺の唇に付けたまま少し顔を引き、軽く口を開いて息継ぎ、そしてまた俺の顔をグイッと近づけて密着してくる。
何も考えられない。
頭の中は真っ白だ。
俺はされるがまま、ファーストキスの感触を味わっていた。

「んちゅっ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

何十秒そうしていただろう。
ようやく唇が解放された。
初デートで開始早々彼女に路地裏に連れ込まれて壁ドンされて、キスされた。
・・・何だこの展開は。
もっとムードとかさ、大事に行きたいタイプなんだけど俺。
でも俺が馬鹿なこと聞いたから、それを否定したくてこうなったってことならなら納得しよう、俺が悪い。
てか、キス、めっちゃいいな!!!
俺からも行っちゃおうか。
そんなことを考えているうちに、井上さんは口を開いた。

「元彼なんていないよ。
 私の恋人は将也くんが最初で最後だもん。
 私は絶対将也くんと一生一緒にいる、絶対!」

少し目に涙を溜めた、そして何かを決心したような表情で、俺にそう言ってくる井上さん。
これは新手のプロポーズ?それとも心中フラグ?
ともあれ、めちゃくちゃ嬉しいことだ。
そしてまたキスをする前のように俯く。
同時に俺の頬に添えていた手も降ろし、拳を握りこんでプルプル震えだした。

「・・・絶対に死なせたりしない・・・!!!」

いつもより低い声で呟く井上さん。
様子がおかしい。

「井上さん」

何も考えずに井上さんの体を抱きしめた。
思ったより華奢だな、と感じていた。
とりあえず、大丈夫だよ、と声をかけようとした。
その時だった。

「おうおうおう街中で見せつけてんじゃねーよゴルァ」

「こんな朝っぱらからあっついねぇ、マジうぜぇ」

「続きはホテルでどうぞ~、あっ、ア・レ、いる?持ってないなら一個一万で売ってやんぜ~?」

俺たちはとっさに離れた。
いかにも不良な二人とアフロが俺たちの来た方から入って来る。
どこかで見たことのある3人組だ。

「たけぇよコンビニ行った方が早ぇし!」

「てかあるうぇぇぇ!?こいつ同じクラスの鈴木じゃね!?」

「っ!!」

まずい、こいつら俺と同じクラスの不良3人組だ。
不良のくせに三人とも成績は学年で半分以上、つまり俺より上だ。

「おぉおぉ、落ちこぼれのすぅぅずきくぅぅん、こんなとこで女と何して、って井上?」

「え?あ、か、勝三くん!?」

一歩二歩と俺のほうに近づいてくる短髪の不良は、俺の隣にいる井上さんの顔を見て驚いた。
名前は堀池 勝三。
不良三人組のリーダー的存在だ。

「井上、お前・・・こいつと、付き合ってんのか?」

心底信じられないという顔で俺と井上さんを交互に見る堀池。

「堀池、その子って確かさぁ、お前が言ってたあの・・・」

「ああ、そうだ、テツ」

「えっ、マジかよ、やべぇなそれ・・・」

テツと言われた金髪の一人は軽く驚いている。

「え!?もしかしてあれか!?勝三の初こ―――」

ギロッ!!

「あっ、す、すまん!!」

アフロを目線だけで制して、答えろ、というように井上さんに目を向ける。

「・・・そうだよ、将也くんは私の恋人、私は将也くんの彼女だよ」

(そんな繰り返し言ったら火に油でしょ!!)

まっすぐ堀池の目を見て答える井上さんだが、それを見た堀池は目線を俺に移し、俺に向かって歩いてきた。

「・・・っ!!」

体が強張る。
怖いけど、こんなとこで、井上さんの前でかっこ悪いとこは見せられない!
堀池との関係は気になるけど、後回しだ。

「・・・ふぅ・・・」

堀池は俺の一メートル手前で止まり息を吐いた。
次の瞬間。

「おらぁっ!!!」

気づいた時には堀池の右拳が俺の左頬を捕えていた。
ふっ飛ばされる俺。
なんだよ、早すぎだろ!
よけれるわけないって!!

「将也くん!!!」

井上さんの叫び声と走って来る足音が聞こえる。
それより先に見えたのは堀池の腕だった。
俺のカットソーの胸倉とズボンのベルトを掴んで、俺を持ち上げた、

「くっ!!」

俺は払いのけようと堀池の両腕を掴もうとする。
その瞬間、

「うルらあああぁぁぁぁ!!!!」

人間ロケットのように投げ飛ばされた。
ゴミ置き場に向かって。

ボフッ。

ゴミの山に頭から刺さるようにして突っ込んだ。
顔から腰にかけてゴミの山に埋まってしまう。
犬○家よろしく足だけ外に出ている状態だ。
ゴミの山からだが。

「おい、行くぞ」

「「あ、ああ!」」

堀池以外の二人が俺の方を見ながら、ううこわっ!っと言ってるのがわかった。

「将也くん!!大丈夫!!?」

井上さんの声が聞こえる。
それを合図に俺はゴミの中でもがき、何とか抜け出した。

「はぁ」

と止めていた息を吐き、地面に膝をついて四つん這いになる。

(くそっ!
 くそっくそっ!
 くそくそくそくそくそくそおおおっ!!!!)

心の中で叫んでいた。
地面を殴りたかった。
でもみっともないからしない。
っていうかもう手遅れじゃん。
なら叫んで殴ってもよかったかも。
こんな俺じゃあ井上さんはもう、俺を見てくれないだろう。
キスもしてくれたし、嬉しいことを言ってくれたけど、それは俺に過度に期待してたんだ。
堀池との関係は分からないけど俺なんてあいつと比べたら。
堀池に殴られるのは学校でもたまにあることだし我慢できた。
でも井上さんに見られたらもうダメだ。

「将也くん・・・」

そう言って俺に手を差し伸べてくる。
無理しないでいいよ井上さん。

(これ以上は、やめてくれ!!!)

俺は素早く立ち上がり、自分のバッグを拾う。
そして俺は堀池たちが出て行った反対方向に向けて全力ダッシュした。

井上さんをその場に残して・・・。

第三回 はじまり

どのくらい走っただろう。
ここがどこかも分からないや。
さっきまでの賑やかな風景とうって変わって、ここはビルが立ち並ぶばかりだ。
オフィス街ってやつだろうか。
まぁどうでもいい。
俺の頭の中ではさっきの出来事がループ再生されていた。

かっこ悪いところを見られた。
そしてそれをさらにその場から逃げるという、最悪な行動で上書きしてしまった。

(あぁぁぁ!!!もう!!!どうしてこうなるんだよ!!!)

ビルの壁を拳で殴りつける。
もう俺はこんな風に心の中で怒鳴ったり、八つ当たりするしか思いつかない。
どうやって挽回しろっていうんだ。
井上さんなら気にせずに恋人として接してくれるかもしれない。
それでもへタレのレッテルは貼られたままだ。
あいつら三人が今日この街に来るってわかってれば!
こんなことにはならなかったのに!!

(・・・やり直したい)

心の底からそう思った。
その時、

「ねぇ」

周りには人はいなかったはずだ。
だがその声は耳に届いたことで聞こえたんじゃないと直感した。
脳に直接声が響いているような、そんな感覚。
今までにない感覚に背中に悪寒を感じて、恐る恐る振り返った。

するとそこにいたのは、ニヤッと顔を歪めている黒いスーツを着た男だった。
目深に黒いハットをかぶり、ワイシャツも黒、緑基調のネクタイが印象的だ。
そして気付いた。
周りの風景が、ビル群から辺り一面の闇に変わっていることに。
異次元空間というのがしっくりくる。
俺はいつのまにかそこに入り込んでいたのだ。
原因はこの男だろう。
パニックを通り過ぎて、逆に落ち着いた頭でそこまで分析した時だった。

「今日1日、やり直してみない?」

「え・・・?」

「やり直したいんでしょ?初デート。
 てか君チキンすぎでしょ、思わず笑っちゃったよ、あはははは!!」

何を言ってるんだ?この人は。
いきなりお腹抱えて笑いだすし、しかも俺のさっきまでの様子を見てたのか?
っていうか、やり直す?
俺はまだ笑ってる黒スーツに聞いてみることにした。

「やり直すってどういう・・・?」

すると黒スーツは、一度深呼吸して笑いを止めて答えた。

「ふう、えっとね、今日をやり直すためには、あるゲェムをクリアしてもらわないといけないんだ」

「ゲェム?」

「そう、”テンセイゲェム”」

黒スーツはここで一度言葉を切り、俺の反応を見ているのか俺を凝視してきた。
が、実際のところはわからない。
ハットで目が見えないからだ。
深くかぶりすぎだろ。
そして男はポケットからスマホを取り出した。
てかあれ、俺のと同じやつだ、って言うより俺のだ!
ポケットを探してみたが、俺のスマホはみつからなかった。

「君は今から時間をさかのぼって、とあるミッションをクリアしてもらう。
 それは・・・」

少し間を置き口元をニヤッと歪めて黒スーツは言葉を続けた。

「もう一人の君を殺すこと」

「・・・もう一人の俺を、殺す・・・?」

「そ。制限時間は900秒、15分ね。
 ま、気がついてから10分間の間なら自分のタイミングでスタートできるよ。
 10分たつと自動的にカウントスタートされるから」

淡々と、少し早口で説明してくる黒スーツ。
そこで黒スーツは手に持っているスマホの画面を見せてくる。
確かに画面には900と表示されていた。

「成功条件はもう一人の自分を殺すこと。
 失敗条件は時間切れ。
 もしくはターゲットや周りの人間に自分の存在を気付かれること。
 でも、極端に目立つ行動しない限りは、周りの人間には気付かれないから安心していいよ。
 例えば、ゴミの山にいきなり突っ込むとかねぷふっ」

ちょいちょいムカつくなぁこいつ。
っていうか、時間をさかのぼって周りに気付かれないように自分を殺す?
成功すればやり直せるのか。
なら失敗したら・・・

「ああ、失敗したらDEAD END。
 君の存在はこの世界から消えちゃうことになるから」

先回りするように喋り出す黒スーツ。

「それと、僕に目を付けられた時点でもう君にゲェムの拒否は出来ないから。
 あと助けも呼べないからね。
 目立つ行動は死亡ルート直結だからさ」

つまり俺はもう逃げられないのか。
ゲェムをクリアしてやり直す以外に俺に生きる道は無いと。

(上等だ、今日をやり直せるなら命賭けたっていい!!)

「ふうん、いい顔するじゃん」

黒スーツの表情が歪んだ笑顔から微笑に変わる。
結構感情表現豊かなのかもしれない。
相変わらず目は見えないが。

「それじゃ、準備はいいかい?
 まあ、待ってって言われても待たないよ」

そこで黒スーツはパチンと指を鳴らし、言った。


「それでは、はじめましょう!」


これが、俺のテンセイゲェムのはじまりとなる。


ハッと気がつくと俺は自分の部屋のベッドに寝ていた。

(そうだ!テンセイゲェムだ!!)

急いで時間を確認する。
時刻は丁度午前9時を回ったところだった。
確か俺が初デートに向けて家を出た時間だ。
なら、まだ”オレ”は家の前のはずだ。
カーテンを開けて外を見てみると、確かに駅に向かって歩く”オレ”の後ろ姿が見えた。
すぐさま俺は尾行を開始した。
机に置いてあったハサミを持って。


駅までの尾行は容易だった。
日曜の朝ということもあり、人がまばらだったのだ。
そして駅に着いたのが9時15分。
これもぴったり同じだ。
そしてこの後、”オレ”はトイレに行くはずだ。
さっき俺がそうしたように。
俺はスマホの画面を確認した。
残り600秒という表示だった。
10分間の猶予と、10分経ったことによる自動スタートで5分(300秒)、計15分経過で、残りが600秒。
まだ余裕があるが、9時20分には井上さんが駅に到着してしまう。
ならば”オレ”がトイレに行くタイミングが、最初で最後のチャンスだ。

(迷ってちゃダメだ、こんな現象を起こせる奴なんだ。
 俺を殺すことくらい簡単にできるはずだ!)

そう、もう自分を殺すこと以外に俺に助かる道は無いんだ。
よし、行くぞ!!と意気込んだその時、スマホに文字が表示された。

「殺すところを他人に見られるな」

スマホにはそう表示されていた。
このタイミングでなんともプレッシャーの掛かる言葉だ。
俺はもう一度深呼吸をして息を整えた。

(よし、やってやる!!!)

丁度トイレに向かって歩き出した”オレ”を追って、俺もトイレに向けて歩き出した。

第四回 テンセイゲェム

周りを気にしながら俺は”オレ”を追って駅のトイレに入った。
入口の壁に隠れながら中の様子をうかがう。
個室には誰も入っていないみたいだ。
”オレ”はといえば絶賛放射中だ。
このシーンで俺がトイレから出るまでは誰にも会わなかったはずだ。
なら周りに気付かれることなく殺れる。
俺はポケットから部屋から持ってきたハサミを手に取り、握り締める。

(このチャンスを逃したら俺は死んじまう・・・!)

すると突然焦りと恐怖が俺の心に生まれた。
やらなきゃ死ぬという焦り。
自分とはいえ、人を殺すという恐怖。
もちろん、今まで一般的な高校生だった俺には人を殺した経験なんてあるはず無い。

(くそっ!!)

今になって緊張で手が震え出してきた。
どこまでへタレなんだ俺は!!

(・・・そうだ)

俺は今までへタレだった。
そしてそのへタレの自分は今、目の前にいる。
俺は今目の前にいる”オレ”と同じか?
同じでいいのか?
・・・いやだ。
もううじうじするのはうんざりだ!!
あの不良たちにももうやられっぱなしは嫌だ!!
井上さんとの関係ももっと先まで行きたい!!!
ならどうすればいい?
へタレな自分は嫌なんだろ?
・・・答えは簡単だろ?

(今までへタレだった”オレ”をぶっ殺して俺は、変わるんだ!!!)

そして俺は”オレ”に向かって忍び足で歩きだす。
あと3メートル。
俺はハサミをしっかり握り締める。
あと2メートル。
気付かれないように、音を立てないように慎重に。
あと1メートル。

俺は”オレ”の背後に立った。
そして俺はハサミを逆手に両手で持ち、腕を高く上げる。

(俺はもう・・・)

ズボンのチャックをいじり始める”オレ”。

(かっこ悪いへタレでクソ野郎な”オレ”から・・・)

ふう、と息をつき、振り向こうとする”オレ”に。

(変わるんだああああぁぁぁぁ!!!!)

「うああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

俺は絶叫とともに”オレ”の背中の左側に向けてハサミを思いっきり突き立てた!!!

初めての感触だった。
人間の肉に刃物を突き立てたんだ。
果物を楊枝で刺すのとは全然違う。
とにかく嫌な感触だった。

ハサミを刺した所から血が噴き出してくる。
と同時に”オレ”は地面にドサッと力が抜けたように倒れた。

「うあっ!はあ・・・はあ・・・はあ・・・」

噴き出した血が俺の顔にかかる。
生温かくて、鉄のにおいがする。
人間の血だ。

「はあ・・・あ・・・あああぁ・・・」

顔をぬぐって血の付いた自分の手を見て困惑する俺。
殺った。
自分自身を殺した。
俺は殺人者だ。
そして困惑は消え去り、達成感が押し寄せてきた。
俺はもう、へタレじゃない!
変わったんだ!!

と、そこでポケットのスマホが鳴り出した。
手に取り画面を確認すると、

ゲェムis completed!!

と表示されていた。

「はは、ふっ!」

俺の心は喜びで満たされていた。

「あははははははっ!!」

笑いが止まらない。
これで俺は死なないで済む!
初デートをやり直せる!!

と、そこに足音が近づいてくるのが聞こえた。
入口の方を見るとそこにはあの黒スーツの男がいた。

「くっそ、このへタレなら失敗すると思ったんだけどなぁ」

小声で何か呟きながら、拗ねたような顔で俺に近付いてくる。

「はあ、ああご苦労さん」

労わる気が微塵もない口調で俺にそう言った後、指パッチンをした。
すると”オレ”の体が光とともに消えた。
体だけじゃない。
飛び散った血もきれいに消えていた。
さっき血をぬぐった手を見てもきれいに消えていた。
そこで気付いた。
さっきまで部屋着だった俺の服装が”オレ”が着てた服装に変わっていることに。
俺が目をまん丸にして驚いていると、黒スーツはふっとニヤけ面を作り、俺に人差し指を向けて言った。

「これで君は新しい君だ!!」

俺はまた笑いがこみあげてきたがグッとこらえる。
こいつの前で笑顔を見せるのが嫌だと思ったからだ。
時計を確認すると午前9時18分。
そろそろ井上さんが来る時間だ。
俺はトイレの出口に向かって歩き出す。
黒スーツの存在は無視して横を素通りする。
ポーカーフェイスは崩さないままで。


「ホントは笑っちゃうくらい嬉しいくせにね、クールぶっちゃって」

まあいい。
今回は成功しちゃったけどまだチャンスはある。
”あの子”が繰り返してる時間の因果からして、また彼はゲェムをやるハメになる。
運命どおりに死ぬか、ゲェムに失敗して俺と”交代”するか。
俺としては”交代”して欲しいんだけどな。
どうせ死ぬのにね、滑稽だな。
まあ当分は退屈せずに済みそうかな。
さあ、”交代”してくれるのはどっちだろうね・・・。

「終わらない、テンセイゲェム」



俺は歩きながら今後の予定を考えていた。

(ソルシャイン水族館に行くのはやめた方がいいな)

あのクズたちに会うことになるかもしれない。
ならどこに行こうか。
とりあえずは違う街にしたいな。
デートで水族館じゃないとなると、幸楽園遊園地かな?
・・・ベッタベタだな俺の頭は。

改札前に俺が着くとちょうど井上さんが駅構内に入って来るところだった。
これもさっきと同じだな。

(よし、もう失敗しないぞ!)

両手で頬を叩き、顔を引き締める。

「お、おはよ、将也くん!は、早いんだね」

・・・なんかちょっとぎこちなくないか?
ちょっと作り笑顔っぽい感じするけど、気のせい?

「おはよ、井上さん!実は二度寝しそうになったんだけどね。
 遅れちゃいけないから気合いで起きてたんだ」

「あ、さっき顔叩いてたのも眠気覚まし?」

悪戯っ子のようなニヤッとした笑顔で聞いてくる。
何回見ても可愛いです!!

「それもあるんだけどね。
 今日は二人で思いっきり楽しむぞって気合い入れてたんだ!」

「ふふっ、じゃあ今日は期待しちゃおうかなぁ~!」

自然な笑顔を見せてくれる井上さん。可愛い。
さっきは緊張してただけかな?
そして軽く雑談していると乗る予定の電車が来る時間になった。

「あ、そろそろ時間だね、行こうか」

「うん!」

さっきはここで一回目の失敗をしたんだ。
もう失敗しない。
伸ばしてくる井上さんの右手を左手でしっかり握る。
すると井上さんの方から指を絡めてきた。
俺も合わせて指を絡めて恋人繋ぎをする。
俺はチラッと井上さんの方を見た。
すると井上さんも少し顔を赤くしてこっちを見ていた。

「「ふふっ」」

二人して同時に吹き出して笑い合う。
嬉しそうな井上さんの笑顔、これをまた見れただけでも命掛けた甲斐があったな。
大袈裟かもしれないけど、失敗したら死んでたんだからそう思うのも自然だよな。
せっかくテンセイゲェムを成功してやり直してるんだ、井上さんには今日一日は笑顔でいてもらおう!
頑張らなきゃな!!


「よおししゅっぱーつ!!」

俺は満面の笑みで繋いだ手を引いて歩き出す。
これから待っているであろう楽しい未来に向けて。




先を歩く将也くんの背中を見ながら私は考えていた。

(将也くんがテンセイゲェムをはじめるなんて・・・)

あの黒スーツ、今まで私がやり直してきた理由も知ってるくせに。
それに今まで無かったけど、他の人がテンセイゲェムを始めるとそれが感知できるみたいだ。
そのことの説明など全く聞いていない。

(大体あいつは説明不足すぎるんだよ!)

”前回”、私を置いて走り去った将也くんを探していると突然、何かを感じた。
そして気がつくと、私は最寄り駅までの道を歩いている途中だった。
今まで何十回もやってきたテンセイゲェムのスタートのように。
時刻はちょうど午前9時だった。
そして巻き戻される前の記憶は消えていない。
ということは次に私がやり直そうとすると将也くんがそれを感知し、その直前の記憶も残したまま、ということになる。
私だけの能力という線もあるけど、それは安直すぎる。

(・・・テンセイゲェムのこと、近いうちに話さないとダメかな)

私がテンセイゲェムを始めた理由も。
でもそれだと私が将也くんを好きになったきっかけから話さないとだよね・・・。

(うぅ、それは恥ずかしいなぁ・・・)

でも早めに話さないと、また将也くんがテンセイゲェムをやって失敗しちゃうかもしれない。
そして何より今までみたいに・・・。
私は今まで何十回と繰り返したこの数ヶ月間の出来事を思い出していた。

Project. Re/birth 第一章~ビギニング・テンセイゲェム~

Project. Re/birth 第一章~ビギニング・テンセイゲェム~

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  • 青年向け
更新日
登録日
2014-03-26

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  1. プロローグ
  2. 第一回 初デート♡
  3. 第二回 出会い
  4. 第三回 はじまり
  5. 第四回 テンセイゲェム