北の海の魔女 51.0~59.0

51.0~59.0

†††51.0

「本当に大丈夫かしら・・・・・・」
一人残された少女は少し泣きそうになりながら魔女が戻るのを魔法陣の上で待っていました。
しばらくして魔女が戻りました。
「・・・・・・これでよし、と。さあ、始めようかね」
材料をいくつか持って楽しそうな声で言いました。
「これから何をするつもりなんですか?」
「何でもないよ。ちょっとした実験さね」
魔女はこちらを見ずに何か薬品をいじりながら言いました。
「このまほ・・・・・・図形は何ですか?」
少女はうっかり魔法陣と言いかけてあわてて言い直しました。
「そいつはね・・・・・・お守りだよ。そこから出るんじゃないよ」
どうやら言い間違えそうになったことには気づかなかったようです。それよりもお守りと言うまでの間が気になりました。

†††52.0

「さて、始めようかね・・・・・・」
魔女が手を上げて魔法を掛け始めました。
魔女の周りに風が立ち、床で渦を巻き、机の上の本のページを好き放題にめくっていきます。
魔女が調合していた薬品の中身がガラス瓶の中から重力から解き放たれたようにふわふわと舞い上がり、赤と青の液体が空中で半分混ざりあい、まだらとなって魔法陣へと吸い込まれていきます。
「さあ、終いだよ・・・・・・」
最後に魔女が両の手を勢いよく振りおろしました。
風が止み、静寂が訪れます。
少女には何も起こりませんでした。

「な・・・・・・何・・・・・・?」
魔女がただ立っているだけの少女を見てよろめきました。
「まさか、お前ではなく・・・・・・?兄だったのか・・・・・・?そんな・・・・・・」
魔女はぶつぶつとなにやらつぶやきながらきょろきょろと周りを見回しています。
「これも問題ない。クリコアトール(*赤と青の薬品のこと)も上手くいっていた・・・・・・。だとすれば・・・・・・」
魔女はつかつかと少女が立っているところまでやってきました。
「そこをおどき」
魔女が乱暴に少女を退かします。そして魔女は魔法陣をじっくりと見直し始めました。
そして、
「アリス!!ここに来なさい!!」
そう叫びました。

†††53.0

「・・・・・・魔法陣に傷を付けたのはお前だね?」
魔女は呼ばれてドアの陰から部屋に入ってきたアリスにそう言いました。
「い、いえ、あの・・・・・・」
「どっちなんだい?」
魔女は言いよどむアリスにきつい口調で言いました。
「あ、あの、さっき掃除をしたときにつけてしまったのかも・・・・・・」
「そうかい、わかったよ」
魔女はアリスの告白に淡々とそう言うと右腕を振りました。

†††54.0

「・・・・・・全くしょうがない子だったよ」
魔女は腕を振り終えるともう薬品の片づけを始めてしまいました。
しかし、少女はその場に棒立ちになったまま動けません。
「あんたは部屋にお帰り。もう用はないよ」
魔女は突っ立ったままの少女に作業を続けながら冷たく言います。
「も、もどして・・・・・・」
本人もわからないうちに少女の口から言葉が漏れ出ていました。
「何?」
魔女は少女に向き直り、氷のような目で少女をにらみました。
「アリスを元に戻して・・・・・・」
少女は震えながらほんの少し前まではアリスだったそれを指さしました。

カエルです。

††††††

「・・・・・・それでそなたは北の海の魔女を捜しているとな?」
「はい、王様」
王様はあごに手をやり、豊かなひげをいじりながら何かを考えているようです。
「王様、どうでしょうか。この者を助けてやっては」
臣下の一人、少年に助けられた男が助け船を出します。
少年は王様の前で立て膝をついたまま頭を下げています。
「助けてやってもよい」
少年はぱあっと顔中を笑みでいっぱいにし、思わず頭を上げてしまいました。
これ、と脇に立つ臣下に注意されます。
よいよい、と王様がなだめます。
しかし、少年たちを取り巻く臣下達は渋い顔をしていました。
なにも少年に害意があったわけではありません。むしろ逆でした。
「だが条件がある」
この王様の一言を予期していたのです。

†††55.0

「だが条件がある」
王様の声が少年の頭に響く。
「条件・・・・・・とは、どのような?」
王様は値踏みするような目で少年を見つつ言葉を継いだ。
「北の海の魔女の元へ向かうのは容易じゃ。わしらも島に上陸することまではできた。しかし、じゃ」
そこで王様は指をいじり始め、顔つきを険しくしていった。
「どれだけ探しても奴の居所が一向に見つからん。そしてとんぼ返りじゃ」
当時のことを思い出したのか王様はついに苦々しげな顔になった。
「策はある」
王様は表情を変えず、うつむいたままそう確固たる口調で言った。
「『盾』を使う。さすればあの妙な魔法も意味を為さん」
『盾』とはなんだろう、と少年は思った。
しかし、王様は話を続ける。
「だのに、この大臣連中が出征をしぶるのじゃ」
王様は座っていた腰掛け椅子に深く座りなおした。まるで意欲を削られた、とでも言うように。
「王様」
大臣連中の一人が一礼をして辞を述べる。
「また出征なさって、万一、再び見つけだすことすらできなければどうなりましょう」
「左様でございます、王様。国民はまたもや我々をあざ笑うでしょう。魔法使い一人満足に退治することもできない、と」
「何だその言いぐさは!無礼であろう!」
「事実を申し上げただけのこと!口を挟まないでいただきたい!」
「よさぬか!御前であるぞ!」
最後に少年に助けられた男が二人を諫めた。
「陛下、一つ質問がございます」
男が王様に礼をして述べた。
「申せ」
「先ほどの条件、とは?」
「うむ・・・・・・。まさにそれじゃ」
王様はもたれていた身を起こし、少年に挑むように身を乗り出した。
「そなた・・・・・・、戦に出よ」


†††56.0

「い、戦・・・・・・ですか」
「左様」
王様はそのまま少年を試すような目でにらみ続ける。
「そなたは魔女に会いたい。わしらは行くことができる。おそらくじゃが・・・・・・。それはよいな?」
「はい」
「ならばわしらの力でおぬしを行かせてやりたい・・・・・・、そう思うのじゃが・・・・・・」
王様は椅子に再びもたれ髭をいじり始めた。
「それでは王家の威信に関わる気がしてのう・・・・・・。ただの一般人を特別扱いした、と後で民に叩かれるやもしれん」
「・・・・・・」
「そこでじゃ」
王様が素晴らしい名案でも浮かんだかのようにぱん、と膝を叩く。
「おぬしは戦場に出向き、武功を立てよ。さすれば無論、民も文句はあるまい」
「しかし王様、私はすぐにも妹を捜し出さねば・・・・・・」
「よせっ」
傍らに立つ男は小声で少年に注意し、
「陛下、それがよろしいかと」
と王の発言を支持した。
「そうであろう?」
王はにんまりと嗤うと「下がれ」と合図をした。

†††57.0

「されど王様」
そこでいきなり少年の側に立つ大臣は大きな声で進言した。
「この少年が戦場に赴くのはいくらなんでも過酷すぎるかと」
すると王様は髭をなでて考え出し、
「ならばどうすればよい?」
と聞き返した。
「はい、彼に兵の指揮を執らせてはいかがでしょう?」
「指揮を?」
途端に大臣たちが急にざわつき始めた。
「こんな少年ごときに我が国の兵を預けるだと?」
「とんでもないことだ」
「静まれ!」
王様は騒がしくなった大臣たちを一喝して黙らせた。
「・・・・・・アウルよ、おぬしの言うことには一理ある。されどこんな子供に兵を預けることはできん」
「ちょっとよろしいでしょうか?」
そこで会話に割り込んできたのはホルトゥンだった。
†††58.0

「ちょっとよろしいでしょうか?」
静かに会話に参加してきたのはホルトゥンだった。彼は今まで大臣の列の中にいたようだ。
「申すがよい、『幻影(ファントム)』」
王様の許可を得てホルトゥンは恭しく頭を下げ、話し始めた。
「王様は少年が武功を立てることを望み、アウル殿は少年が直接戦うことを望まない、兵を統率させるわけにもいかない。ならば、簡単なことです。彼に私の指揮を執らせればよいのです」
ホルトゥンの提案に一同はぽかんとした。おそらくはこの突拍子もない提案を理解できた者はいなかっただろう。
「どうしたのです?私と彼が組めば万事解決でしょう?」
「ま、待てホルトゥン。お前はかなりの戦力になる。ちゃんとした指示を受けるべきだ」
大臣の一人がホルトゥンに言う。
「おや、あなた方は私は戦場では役に立たないといつも仰っていたではないですか。あれは何だったのです?」
「そ、そんなことは・・・・・・」
「いえ、仰っていました。『幻影は兵を殺せないから無意味だ』と前回の報告会で断言なさいました。違いますか?」
「ホルトゥンよ、そやつをそういじめるな。よかろう、おぬしをその子に付けることにしよう」
王様はホルトゥンをなだめると、そう言った。

†††59.0

「はああ、なんでこうなっちまったんだろう・・・・・・」
頭を抱え込むアウル。
「まあ、なんとかなるって」
にこにこしながらずんずんと歩いていくホルトゥン。
「・・・・・・」
二人の大人のまるで正反対な歩き方を後ろから眺めている少年。

この一行は現在大臣、アウルの屋敷に向けて歩いている。
今後一体どうするのか。その話し合いをするのだ。

「わかってるのか?失敗したときは少年は魔女の元にいけない。君もおそらくはただではすまない」
「わかってます、わかってます。だから早く屋敷でお菓子でも食べましょう」
「わかってない!」
そんな二人を後ろから眺めながらこの組でやっていけるんだろうか、と最年少の少年は不安になった。

北の海の魔女 51.0~59.0

北の海の魔女 51.0~59.0

少年が魔女にさらわれた妹を捜す旅に出るお話。 少年は旅の中で様々な出会いを経験する。その旅の果てにあるものは一体・・・・・・?

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-03-26

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted