SS06 盾と矛

「本当にいいんだな」と死神は念を押した。

「本当にいいんだな」と死神は念を押した。
「ええ、お願いします」
 私の願いは仕事の上でも一人の女性を巡る上でもライバル関係にある棚橋に綺麗さっぱり消えてもらうこと。二度と私の前に現れないように……。
「やけに簡単に返事をするが、一つ願いを叶える度にお前さんの十年分の寿命を頂くという仕組みをちゃんと理解しているんだろうな?」
「もちろんです」
「しかしこれで願い事は三つ目だ。せっかく彼女と結婚しても一緒にいられる時間がえらく短くなっちまうじゃないか」
「最初に取引きを持ちかけてきたのはそっちのくせにずいぶんと親切なんですね?」私はおどろおどろしい姿の主に少しばかり嫌味を突き付けた。
「ふん。別に親切心で言うんじゃないさ。あとで泣き付かれても困るんでね」
 彼は表情を隠すように、宙に浮いた身体をくるりと回転させた。
「心配ないです。これは私のたっての希望。誓って後悔なんかしませんよ。このままあいつとずるずる付き合うなんてまっぴらご免なんでね」
「そこまで言うならもう止めない。何度も会うのは面倒だから先に寿命を頂くぞ」
「それで結構」彼の仕事振りはすでにこの目で二度確かめてある。
 突如五割増しに膨張した死神の二本の腕が抱擁するように私の背中に回された。
 心臓にチクリと痛みが走る。それが契約成立の証だと前回説明を受けていた。
「明日の新聞を楽しみにしておけ」
 声と共に姿が消える。
「よろしく」私はそれだけ返すと立ち上がり、ゆっくりキッチンへ向かった。

 ***

「死神も神には違いないのに、ずいぶん時勢に乗り遅れてるな」私は冷蔵庫に保管してある小瓶から一錠を手に取り、口に運んだ。
 これは染色体の端にあるテロメアを補い、同時に細胞の時間を戻す錠剤だ。
 まだ臨床試験中の段階だが、その安全性と有効性は保証できる。
 なぜなら研究主任はこの私。十年掛かって完成させた自信作だ。
 多分数年後には一般的なものになっているだろうが、まだしばらく発表する予定はない。
 科学は時々刻々と進歩している。時代はもう不老不死を捉えているのだ。
 私は口の端を持ち上げた。
 死神さん、ご苦労様。

SS06 盾と矛

SS06 盾と矛

「本当にいいんだな」と死神は念を押した。

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-03-26

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