精一杯の勘違い

精一杯の勘違い

友人にお題をもらったので書いてみました。


どうしてこうなってしまったのだろうと私は首を傾げた。
今この教室にいるのは私と彼だけ。何より大変なのが、目の前にいるのが絶賛片思い中の佐藤くんだということだ。教室の扉には鍵がかかっていて、この教室の鍵は佐藤くんの机の上にあった。この教室には誰も入れない、今なら誰にも邪魔されないということだった。

どうしてこのような状況に陥ってしまったのか。私はそっとため息をつく。今は昼休みで、本来ならクラスの人間がそこここで談笑しているはずなのに。今日は昼休み明けにリコーダーのテストがあるので、みんな練習のためか早めに音楽室へ行ってしまったのである。気がつけば教室には私一人になっていて、私も音楽室へ行こうかと思っていたところに顔を出したのが佐藤くんだった。
「あれ、里見だけ?他の奴らもう行ったの?」
私を見て佐藤くんはニヤリと笑った。
「うん、みんなもう音楽室に行っちゃったっぽいね。」
「そっか。お前ももう行くの。」
私は一緒に音楽室に行けるかもと少し期待した。その程度には私達の仲は良い。佐藤くんからしたら私は気のおけない友人の一人だろうけれど。
「まぁそろそろ行こうかなとは思ってるけど。」
私は教卓の中にある鍵を取った。教室の鍵は最後に出る人が管理することになっているのだ。
「あ、ちょい鍵貸して。」
佐藤くんは鍵を持ってさっさと教室を出ると、教室の前の扉を締めて更には鍵をかけた。そして後ろの扉から入ってくると、そこの鍵を閉めた。
「これで誰も入ってこれないな。」
佐藤くんはあっさりと言った。この学校の教室は、前の扉は外からしか鍵を開けられず、後ろの扉は中からしか鍵を開けられないようになっている。鍵が教室の中にあるかぎり誰も入れない。そして電気を消すと、外から見たらここは無人の教室になる。誰も入ろうとは思わないだろう。
冷静に状況を理解すると、心臓がドキリと音を立てた。これはもしかしなくてもそういう状況なのではないのか。
「残ってたのがお前で良かったわ。」
佐藤くんは自分の机に向かうと、中から携帯ゲーム機を取り出した。この中学校では基本的にケータイはもちろん漫画、ゲームなどの嗜好品は持ち込み禁止で、先生に見つかったら即没収である。要は見つかりさえしなければ何を持ってきても問題はないということだ。
「ゲームやりたいと思ってたんだよな。」
屈託なくそう言いながらゲームを始める佐藤くんを前に、なんだかがっかりしてしまう。どうやら私が一人で舞い上がっていただけだったようだ。一人ゲームに興じる佐藤くんを前にムードもなにもないが、状況が状況だけに心臓はうるさかった。

これは告白するのにうってつけの舞台だが、しかし私はそうするつもりはなかった。私が好きなのは佐藤くんと変わらず楽しく話せる関係なので、あえて壊す必要もないと思っていたから。自分の気持ちを伝えることで、この友人関係が壊れるのがなによりも怖かったのだ。
「この状況、誰かに見られたら明らかに誤解されるよね。」
私はつとめて軽く言った。
「それはないだろ。」
佐藤くんはこちらを気にも留めずゲームに夢中である。彼の言うことはもっともで、扉のガラスはすりガラスなので廊下から教室の中を見られることはないし、教室は三階にあるので窓際に行かなければ外から見られることもなかった。それなのに、どういうわけか私は誰かに見られたらと不安でしょうがなかった。こんな場面見られたら何をどう言い訳しても効果はないだろう。
「何、お前彼氏でもいんの?」
ふと佐藤くんが顔を上げて聞いてきた。意外そうな、それでいて興味を隠し切れない顔をしている。
「いや、いないけど、どうして。」
私はどぎまぎと答える。
「めっちゃ外気にしてるから、俺といるの見られたらやばいことでもあるのかなって。」
「いやどうみてもやばいから。めっちゃからかわれるから。そういうのめんどくさいじゃん。」
この鈍感野郎が、という言葉を飲み込んで、なるべく平静に答える。ふぅん、と佐藤くんは興味をなくしたように、再びゲーム画面に顔を戻した。
「佐藤くんは?見られたらやばい人いないわけ?」
私は勢い込んで聞いた。今まで佐藤くんと恋愛がらみの話をしたことはなかった。避けてきたともいうが。
「いや、いないな。彼女とかいてもなぁ、めんどいじゃん。」
その言葉は、少し響いた。彼女になれると思ってないし、積極的になろうとも思わないけど、それでも。
「えー、好きな人とかいないの?」
思いがけず飛び出したその言葉に、瞬間ひどく後悔した。
「うーん、女子であんま話合う奴もいないしなぁ。」
そりゃこの状況でゲームにしか興味示さない奴に合う女の子も少なかろう。と心のなかで呟きながら、ほっとしたような少し寂しいようなそんな気持ちになりつつ、次に来るであろう言葉に備えた。この流れだと、絶対。
「そういう里見はどうなんだよ、好きな人。」
ゲームから目を離さず聞いてくるその態度が興味の無さを物語っていた。構えても無駄だったと肩透かしを食らった気分になる。
「さてね。」
その態度に反発するように答えた。決して気を惹きたかったわけではない、決して。
「泉とか好きそうだよな、お前ら仲良いし。」
ニヤリと一瞥をくれながらそう言いやがる。
「まぁ確かに仲はいいけど。つか、君も松山さんと仲いいじゃんか。」
この展開はなんだろう。なぜ好きな人の好きな人を当てようとしてるのか。さっさと音楽室に行ってしまおうか。
「うーん、ないだろ、あいつは他に好きな人いるっぽいし。」
その言葉に鈍感野郎でない私は気づいてしまった。その言い方は誰がどう聞いてもそういう意味だろう。
「まぁ確かにね、ないよね。」
そう言ったのは悔し紛れか、それとも自分に向かっての言葉だったのか、もしくはそうあってほしいという願いかもしれなかった。目の前でのんきにゲームをしている佐藤くんに急に腹が立ってきた。

時計を見ると授業が始まるまで5分を切っていた。
「ちょ、時間やばい、急がないと。」
佐藤くんも時計を見ると、舌打ちをしてゲームをしまった。
「お前後ろの鍵閉めといて。」
佐藤くんはそう言いながら後ろの扉の鍵を開けて外に出る。私は扉を閉めてしっかり鍵をかける。佐藤くんが前の扉の鍵を開けてくれたので、私はさっさと音楽室に向かうことにした。後ろで鍵をかけなおしている佐藤くんに、虚しい八つ当たりだった。

―――――――

まぁ里見が俺を好きとかありえないよな、と思った。好きな人がいるかと聞いた時の里見のあの話題のそらし方、そして誰かに見られることを異常に気にする態度、どうせ他に気になる奴がいるんだろう。折角二人きりになれたのに、結局あいつのことをまともに見られなかったし、しかも気づきたくないことにまで気づいてしまった。扉の鍵をしっかりとかけて、里見の後を追う。とりあえず今はこのまま友人として話せればいいかと自分を納得させながら。

精一杯の勘違い

精一杯の勘違い

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-03-26

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