Laceration
……紅い血が白いタイルの床に零れ落ちる。
痛みはもう感じなかった。
薄れゆく意識の中、私はもう一度、刃を握る手に力を込めた。
抉られた傷口からさらに血が噴き出す。
終わる……これで全て、何もかもが。
身体が重い…………。
気がふっと遠くなる。
苦しまずに死ねる方法があればなぁ、と今更ながらに思う。
けど、この方法を選んだことに後悔はしていない。
これはきっと自殺なんかを選んだ私への罰。
最初は怖かった、そして痛かった。
しばらくして、痛いという感覚は消えた。
すぐにでも死んでしまいたかった。
刹那的な快楽が襲ってきて、私はさらに自分の体を傷つけ続けた。
…………それでも、私は死ねなかった。
確かに私の体は弱っていっている。
血が流れ続け、浴槽に溜まった水は赤く、私の肌は血を失って青くなっている。
辛く苦しい時間が続いた。
でも、“死”は私にはやってこない。
「どうして…………どうして死ねないの……?」
何度この言葉を口にしたことだろう。
逃げること……この世から逃げることがこんなにも辛いものなのかと、私は思った。
ぬるぬるとした、血で染まった右手はもう刃を握る力がなくなってきた。
……願いがもうすぐ叶う。
脳の活動が停止し、心臓ももうすぐ止まる。
早く……早く………早く……。
左手の傷口は骨が見えるほどになっていた。
深く抉られたそれは、その先の指に通う血を止め、青紫色に変えていた。
下手に切ったせいか、私の意識が飛ぶことはまだない。
ほとんど血の流れることのなくなった左手。
……まだ、私は死ぬことができなかった。
右手からカッターの刃が落ちる。
剥き出しの刃を握っていたその手からは、左手の代わりに血が流れ出していた。
目から何故か涙がこぼれた。
もうこれ以上自分の体を傷つけることはできない。
やがて、右手から流れる血も止まる。
ゆっくりと、意識が遠のく。
ようやくだ、やっと私は……。
…………私は冷たい床の上に倒れた。
Laceration