優しくしないで
「蒼井さん。」
蒼井さん蒼井さん、
「ん?」
蒼井さん、
「蒼井さん。」
私は、
「なんだよ。」
眉を潜めた蒼井さんに綺麗だ、と言ったら貴方は怒るでしょうか。
でも本当にそう思ったんです。
ぶっきらぼうで不器用で、優しい優しい蒼井さん。
それは誰にでしょうか、誰に向けられた優しさを私は見ているのでしょうか。
「すみません、」
開けた窓からひゅるりと風が揺れました。そちらを向くと、穏やかな橙の光が少しずつ濃くなっているのに気付きます。
その優しさが頬に触れて、喉が詰まったように苦しくなりました。
暖かい光に包まれることが辛いなんて知りませんでした。
溢れた感情をそのまま形に流してしまえば楽になれるでしょうか。それでも、そんなものは隠してしまって。
私は強い。
「待たせたな、それが最後の報告書だ。」
「あぁ、…ありがとうございます。」
差し出された紙を受けとって軽いお辞儀をする。
「お前、もう少し普通にしたら?」
小さな沈黙が流れました。驚いた私の前で、相変わらず蒼井さんは淡々と何か新しい紙に目を通していました。
「これが普通、ですよ。」
うまく笑えたでしょうか。
まぁ俺には関係ねぇけど、と呟く蒼井さんはこちらを見てもいないけれど。
選ぶ言葉、些細な仕草や立ち振る舞い、報告書を受け取る時の笑顔。いつしかそれらは私の感情ではなく、彼にどう想ってもらえるかで決まっていました。
それが何の意味も成さない事を知っている今も尚。
長い間作り笑いをしていると、いつか本当に笑えなくなってしまうと聞いたことがあります。
もう一度お辞儀をして扉へ。廊下へ出る前にちらりと彼を見ると、誰かに縋り付きたい気持ちが湧きました。
これ以上の関係など望みません。
例え本当に笑えなくなってしまっても隠した物を無くしてしまっても、私がこの想いを形にすることはきっとありません。
だからもう少しだけ、貴方を想ったままでいさせてください。
喉に押し寄せる苦しさを飲み込んで扉を押しました。
蒼井さん
蒼井さん私は
(優しくしないで)
本気で好きになってしまいます。
優しくしないで