機動戦士ガンダム0083-0087 見知らぬ刻

邂逅

「弾薬も底を尽きて来たな、ジューコフ」
「それでもここは守らなくちゃいけない」
「あ、ああ。それはそうだが」
 僅かに見下ろした下には人里がある。それは、地球から追い出され、再びコロニーから追い出された行き場のない人間のたまり場であった。つまりは占領地に送られた植民である。
「それに、今はMSが5機もあるじゃないか。まだジオンは負けていないさ」
「……そうだな」
 ――だが、負け戦だ
 僅かに呟いた上官の言葉には聞こえないふりをした。それが、その時俺にできた精一杯の抵抗だった。
「少佐、自分は巡回に行ってきます」
「ああ、そろそろだな。頼んだぞ」
 俺は自らの乗機であるケンプファーに乗り込んだ。
「アクチュエータ、正常。偵察行動に出ます!」
 俺は静かに夕暮れに近い峡谷の合間を縫って偵察を始めたのだった。

 夜は更けていく。静かな中で踏み分けて進むMSの音がやけに大きく聞こえる。
「……熱源?」
 確かにセンサーは熱を感知していた。しかも、拠点の場所だ。ファットアンクルに連絡をつける。
「こちら、ジューコフ。そちらに熱源を感知した。居場所がバレるぞ?」
「じゅ、ジューコフ中尉か……! 逃げろッ! どこでもいい、ここには敵が――」
 通信が途絶えた。聞きなれた上官の声、少佐の声であった。通常、オペレーターが出るはずの通信で指揮官が出ることはまずない。緊急事態だということだ。こうしてはいられない――そう思い、ファットアンクルの方へ一歩踏み出したところで大きな爆発が上がった。
 その火柱を眺める暇もなく俺は一人機体を滑らせた。
 この時、俺の一年戦争は終わり、撤退が始まった。撤退とは名ばかりでどこにも逃げて落ち着ける場所などはなかった。
 しかし、俺は生き残った。ただガムシャラに泥水をすすり、木の皮を食んで生き延びた。
 そうしていくうち、残党同士で寄り集まるようになっていく。そうなってからも、何かが改善するわけではない。むしろ、生き残ることに重みが生じていく。死んでいった仲間たちの分まで生き延びなければならない。一人、また一人と消えていく度、俺はそのことを強く意識してきた。降伏も、敗北もない。
「親父……少佐……」
 俺は刻に屈服しない。決して、運命に白旗を掲げはしない。
 それが俺の戦争だ。そして、まだその戦争は終わらない。
 時は流れ、宇宙世紀0083。デラーズフリートはジオン再興を目指したが、それは結果的にティターンズによるジオン残党狩りを強化しただけに過ぎなかった。
「アクシズは、俺たちを、見捨てた」
 俺たちの救援要請に知らぬ存ぜぬを貫いたアクシズは未だ沈黙を保っている。ただ、そんな絶望の淵にあっても拾う神というやつはいるらしい。
 それが、この命を担保に取る悪魔でないという保証はどこにもない。
「アナハイムエレクトロニクスのタケウチです」
 そう言って弾薬――とりわけ、90mm対MS弾を届けた。
「どういう意図だ?」
「ジューコフ中尉、勇名は月にまで届いたということですよ」
 俺は4年乗り続けた相棒を仰ぎ見た。
「チッ、こいつをよく知っているんだな」
「ジオン残党では赤い彗星と並ぶ戦力だとか」
「うれしいね。赤い彗星のシャア大佐と並べられるとは」
 デラーズフリート無き今、噂程度に聞くアクシズにいるシャア大佐のジオン残党が最強という。そんな中で俺の近くには数は少ないが徐々に見捨てられた兵士たちが集まってきていた
「MSは、いりませんか?」
「いるさ。だが、そんなものを買う金はあいにく宇宙に捨ててきた」
「では、譲渡しましょうか?」
「……今、何と言った?」
「ですから、我々のMSを譲渡しましょうと言ったのです」
「全く、訳が分からないんだが?」
「テストをしていただきたいのです」
「なるほど。さすがは“死の商人”」
 さえぎるように言われた言葉に思わず俺は口をゆがめた。
「何とおっしゃられても結構です。ご承諾いただけるのでしたら宇宙へとお連れします」
 俺の後ろで仲間たちが返事を期待している。宇宙で生まれた俺たちに地球は住みづらかった。

「クッ、このじゃじゃ馬が――ッ!」
 強烈な加速に襲われる。ショックアブソーバーすら無視して突き抜ける慣性力に俺は押しつぶされそうになりながら暗い海で機体を奔らせていた。
 速い――ただひたすら速いのだ。レースをするというのか。固体燃料ブースターに背負われた自転車のような機体だ。
「応えろ、ヅダッ!」
 機体名称、EMS‐11《ヅダⅡ》。土星エンジンの改良型である土星エンジンHPの推力は旧世代機を凌駕する。いや、現在の最新鋭であるはずのティターンズ機ですら追いつけないだろう。操縦桿を手放せば、即座にコントロールを失うだろう。開発者は安定性という概念を知っているのだろうか――?
「どうした、ついてこられないのか?」
 俺の乗るのは2番機。1番機はAEの社員という男だ。しかし、あの操縦技術はジオン系のMSを知り尽くしている。
「いいや、まだやれる」
 シェイクされて一か所に集まったような血液を頭を振ることで軽減する。気休め程度だ。
「まっすぐ飛んでいては実戦では役に立たないぞ!」
 そういって、このじゃじゃ馬でジグザグと機影が躍った。今までこれほど自由に宇宙を飛んだMSを見たことがない。
「いい子だから、爆発はしないでくれよ……」
 俺は機体に話しかけながら細心の注意を払ってスラスターを開く。わずかな操作であるはずなのだが猛烈なスピードで機体は疾走した。AMBACのみの機動ですら速度計が急激に跳ね上がる。
「よし、編隊を解除。散開して目標を破壊する!」
「了解だ」
 俺は1番機からの通信に応えた。
「こ、こちら、3番機。目標宙域に到達できていません」
「4番、同様です」
「ついてこられたのは2番機だけか……」
「ついていくので精いっぱいだ。よし、テスト項目を消化しよう」
「そうだな」
 標的はマーカーを発しているボールだ。
 実は地上に長くいすぎたせいでこの愛らしいモビルポッドを初めて見た。あれに土星エンジンを積むべきだろう。健気な回避機動も空しく二機のヅダは追いすがって撃破した。
 パイロットはいない。無線操縦だ。
「欲張るなよ、ジューコフ?」
「ああ、半分ずつだな」
 パッ、パッ、と黒いカンバスに青白い光が二つ、散った。

「よくやってくれた。このヅダの性能は存分に証明されただろう」
「パイロットが乗れないMSなんざ、威嚇するためにシャークマウスをペイントするボールよりも意味がない」
「しかし、撃墜される兵器になど自分の命を預けられはしない」
「同意する」
 思い起こせば強攻型ケンプファーにこの命を救われている場面は両の手と足の指では数えきれない。
「ご苦労様です、デュバル少――いえ、ドラノエさん」
「ああ。いいデータはとれたかな?」
「ええ。さすがはドラノエさんです」
 ――デュバル?
 聞き覚えがある名前だ。俺は技術者を呼びとめた。
「ドラノエ、だったか。彼は……?」
「とある機体の試験飛行中に事故にあって記憶がないんです」
 一瞬辺りを見渡し、迷う素振りを見せて口を開いた。
「テストパイロットだったのか……どおりで、化け物だ」
 思わず口からつぶやきがこぼれた
「それは、その、低酸素症で記憶が」
「大体話は分かった」
 記憶喪失か。だが、怖いものだ。しみついた操縦技術だけは抜けない。生きている限り俺たちパイロットはMSを忘れることはないだろう。MSはただの乗り物ではない。自らの手足であり、肉体の延長なのだ。
「まぁ、ヅダの試験飛行は続けよう。事故が起きないように祈ってる」
「ありがとうございます」
 突如、サイレンが響き渡った。
「ッ?!」
「ティターンズか! クソ、もう嗅ぎ付けてくるなんて!」
「ティターンズだと?」
「すいません、ジューコフ少尉。ヅダで出てもらえますか? こちらで何とかしますので」
「ジューコフ! 実戦テストのデータが取れるぞ!」
 ドラノエが俺に発破をかけてくる。
「わかった、行こうじゃないか」

「ドラノエ、ジューコフ。いいですか。とにかく時間を稼いでください。撃墜は厳禁ですよ!」
「「了解!」」
「一番、ジャン ドラノエ……出撃するッ!」
 この民間船を改造した船に一門だけ搭載されたカタパルトから勢いよくドラノエのヅダが滑り出していった。
「ヅダ二番機、ジューコフ。出るぞッ!」
 カタパルトの加速に歯を食いしばり、星の漂う海へと放り出されるのを見る。
「隊長殿、編隊飛行を」
「了解した。左に着いてくれ」
「了解だ」
 俺は細心の注意を払って一番機の左後方に機体を寄せた
「敵の戦力は?」
「ジム・クウェル2機と、未確認機です!」
「数で負けてるが……」
「問題ない。このヅダならば容易に勝利して見せよう」
「各個撃破の方がよさそうだ。俺は未確認機とやる」
「気をつけろ」
「わかってる。そっちは数的不利だ。撃墜は避けてくれよ?」
「私のヅダならば、墜ちんよ」
「そいつは結構だ」
 俺はヅダをロールさせ、ドラノエから離れた。
 追従してくるのは未確認機。
「クッ、デュアルアイに二本角……ガンダムフェイスじゃないか!」
 確か親父の友人だったミーシャもガンダムを追う特殊部隊にいたとか――
 余計なことを考えている間に連邦軍の公開回線で呼びかけてくる。
「この宙域でのMSの運用は許可されていないわ。即座に武装を解除し、投降しなさい。さもなければジオン残党軍とみなし、攻撃を加えます! 繰り返します。この――」
「女……?」
 俺は周波数を合わせて、呼びかけに応じる。
「今時、律儀に呼びかけを行うティターンズがいるとは驚いた」
「っ?! この回線が聞こえるなら、武装を解除し――」
「いやだね」
「どうしてっ!」
「せっかく、MSを持ち出したんだ、一つ無制限(アウト)飛行(バーン)と行こうじゃないか」
「何をバカなことを」
「そちらさんの機体にもブラックボックスが積んであるんだろ? 俺を追いかけなければ、敵前での戦闘放棄だぜ?」
「ああ、もうっ! やればいいんでしょ、やれば!」
 そうだ、それでいい。さて、追いかけっこを始めよう。
「重力に引っ張られたお前らで俺のケツに手が届くか?」
「ッ――!」
 スラスターを全力開放したヅダに追いすがれる機体など存在しない。そう確信し、俺はエンジンに鞭を一つくれてやった。
「ほら、どうした」
「は、速いっ――!」
 ガンダムフェイスは遅れて加速する。しかし、すでに最高速度まで達しているヅダには遠く、追いかけるという体をなしてはいなかった。
「待ちなさいっての――!」
 信号弾が撃ちあがる。攻撃停止だ。
「え、攻撃停止……?」
「おおっと」
 俺は即座に速度を落とす。停止したところでガンダムフェイスとちょうど見合う距離になる。
「ビームライフル、撃たないでくれよ?」
「撃たないわよ。それにしてもどうして……?」
「何が?」
「あなたの機体、実弾を搭載してるんでしょ?」
「当然だ。まさか、試験飛行中でもないんだペイント弾なわけがない」
「なら、どうして撃たなかったの?」
「いや、撃たないだろ」
「ジオン残党なのに?」
 背筋が凍る思いをした。ありえん。連邦の公開回線に応えたはずだ。こいつ、一体何を考えて――
「まぁ、勘だけどね」
「冤罪は勘弁してくれ」
 ヅダを反転させ機体試験用の船に戻ろうとしたが、
「名前、教えてもらえる?」
「ジューコフ、ラジオン ジューコフだ」
「あたしはリサよ。ラジオン、また会いましょ」
「え――?」
 そういってガンダムフェイスもまたAMBACで反転し、母艦へと帰っていった
「ジューコフ、無事か?」
「あ、ああ……」
 虫の居所が悪い。
 俺は相手にそんな感想を持っていた。

機動戦士ガンダム0083-0087 見知らぬ刻

機動戦士ガンダム0083-0087 見知らぬ刻

0083からZガンダムの間の時間を勝手に創作したものです。 なんだこれ的な感じで見ていただけると幸いです。

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 青年向け
更新日
登録日
2014-03-23

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work