イーヴンゲーム

ハマトラの同人BL小説です。
pixivに載せているものを転載しています。
pixivには蒼の名前で投稿していますが、蒼は二次創作をする際の名前で、夏希はオリジナル小説を書くときの名前として使い分けています。

ナイス×セオの小説です。
BLの要素を含みますので、苦手な方はご注意ください。
エイプリルフールのお話です。
性描写がありますのでそちらもご注意を。

 「なぁセオ、お前最近ナイスとどうよ?」

 「どうって……普通ですよ」

 「出た出た最近の学生の常套句、普通~」

 「じゃあバースデイさんはどうなんですか!」

 「俺? そりゃあもうイケイケよ? 毎日新しい扉開けちゃってるよ?」

 あぁそうだ……この人はそういう人だった。
 セオは恥ずかしげもなくレシオとの生活、性生活について語ってくれるバースデイに呆れていた。しかも毎日新しい扉を開けるだなんて一体どういうことなんだと、自分とナイスのことに置き換えて考えて頬を染めた。
 なるほどそれはイケイケだ。

 「そんで? どーして今日は一人でココにいるわけ?」

 カウンター席で携帯電話の画面とにらめっこのセオに、バースデイは話しかけ続ける。
 一人寂しいセオへのご親切という名のおせっかい。というより、セオをいいオモチャにしようという魂胆が見え見えなのだが、もちろんセオはそれに気づいていない。

 「ナイスくんの帰り待ち……ですけど」

 「いつ帰ってくるか分からないナイスのことを待ってるたぁ、ハチ公も真っ青な健気度じゃね?」

 「ちゃんとメール来ました! 昼過ぎには戻るって……」

 だいたいハチ公が真っ青になるだけ待っているわけもない。ナイスくんは必ず戻ってくるわけだし。セオはふて腐れたようにつぶやいた。

 「昼過ぎってお前……」

 バースデイは適当すぎるナイスのメールに言葉を無くしていた。
 日没が迫るのはノーウェアだけの話ではない。横浜全体、おそらくナイスがいる場所においても夕暮れと言える時刻である。常識的に考えれば昼過ぎという時間帯はとうに過ぎている。
 数時間前に注文したオレンジジュースをちびちびと啜るセオがなんとも痛ましい。もう氷はすべて解けてしまっており、言うなればオレンジ風味の水である。

 「戻ってきたナイスに一泡吹かせてやりたくねぇ?」

 こんだけ待たされたら言いたいことの一つや二つあんだろ?
 サングラスの向こうの瞳がギラギラ笑う。

 「一泡って言われても……」

 セオは言葉を濁した。
 驚いたり焦ったりするナイスには興味があるが、意図して見れるものなのか、そんな手段があるものなのかと。
 『コレ一本で激痩せ! 今だけなんと19800円!』そんな広告を疑う主婦よろしく、セオはバースデイに猜疑心で満ちた視線を送った。

 「今日って何月何日よ」

 「4月1日ですけど?」

 「そーそ。だから何しても許される日なわけでしょー? やってやろうぜデカいこと!」

 「いや、何しても許されるわけじゃ……」

 「細かい事は気にすんな! セオは俺の言うとおりにすれば万事オッケー! 慌てふためくナイスが目に浮かぶぜぇ」

 嫌な予感しかしない……。
 作戦会議という名目で肩を組まれたセオは、一抹と呼ぶにはあまりに大きな不安を抱えていた。それでも、何の連絡もされずに待たされた鬱憤は少しばかりだがある。エイプリルフールという風習にこじつけて、ナイスを驚かせることも有りではないかと、悪魔の声が聞こえる。
 待たされた時間と天秤に掛けたときに、罪のバランスが同等のドッキリを仕掛ければいいということだ。言い換えれば、この数時間に匹敵するだけのイタズラを仕掛けてもセオに非はないということになる。
 セオはいつの間にかバースデイの説明に相槌を打っていた。
 バースデイの発想は本当に突拍子もないのだが、どうしてか説得力がある。上手くいってしまいそうな気がする。セオは間の抜けた笑い声をあげるバースデイとすっかり意気投合してしまっていた。

 例えばこの場にレシオがいれば、そうやって笑うバースデイはろくなことを考えていないと、セオに警告の一つでもくれたかもしれない。
 しかしレシオはもちろん、他に客のいないノーウェアにおいて、セオの未来を示唆してくれる出来事が起こるはずもなかったのだった。



タイトル


 ――すっかり遅れちまったなー……。

 電池が切れた電話をポケットに押し込め、ナイスは空を見上げた。
 薄暗くなりかけ、街灯が今夜も仕事を始める。どんよりと低い雲は待ちくたびれているであろうセオの気持ちを表すようで、後ろめたさがある。
 視線を戻し、足早に帰ろうとポケットから手を引き抜いた。
 そんな時、ナイスの鼻孔を甘い匂いがくすぐった。

 砂糖とバターが織りなす特有の甘美なかおり。
 小麦が焼ける香ばしい匂いと、微かに漂うチョコレートのつんとした苦味のある芳香。
 それらが混ざり合う香りは一瞬にして道行く人にクッキーを連想させる。
 どんなに鼻が詰まっていても香ってきそうな匂いの先、ナイスは店先に豪華な胡蝶蘭のスタンドが立てられた小奇麗な焼き菓子屋を見つけた。

 ――新しい店か。

 御祝の札が掲げられた花は明らかに開店祝いの品。そういえば以前内装の工事をしていたっけと、ナイスは何の気なしに通り過ぎようとしたが、はたと自分の帰りを待ちわびるセオの顔が浮かんだ。
 罪滅ぼしというわけではないけれど。
 今さらほんの数分遅れることは大して問題ではない気がする。テストで34点か32点か、その程度の差だ。無論ナイスには縁の無い、あくまで例えの話であるが。
 なんなら遅れた分を補えるだけ飛ばせばチャラになる。ナイスは手前で財布の中身を確認し、新しい店内へと足を進める。
 クッキーになってしまうのではないかと思えるほど、甘ったるいその中。

 ――セオが好きそうなものあるかな。

 セオが喜ぶ姿を想像するナイスは自分がいつもより奮発していることにすら気づいていなかった。


 カフェに来客を告げるベルが鳴る。
 コネコがぴくりと背筋を伸ばし、ようやく訪れたお客様を出迎えた。
 ようやく少しは儲けられると目を輝かせていたコネコだったが、それも束の間。

 「いらっしゃいませ! って……なんだ、ナイスくんでしたか……」

 コネコの声が落ちる。それに合わせてセオとバースデイは目配せし合った。
 手筈通りに。
 無言の会話がなされていた二人の下へ、小さな白い箱を持ったナイスが慌てた足取りでやってきた。

 「わりぃ! 待たした!」

 ケータイも電池切れでさ、ゴメンな!
 いつもと同じ調子。軽いながらも誠意を込めて謝るナイスに、セオは神妙な面持ちで切り出した。


 「あのねナイスくん、俺……やっぱりバースデイさんと付き合うことにした」


 我ながら完璧だと思った。
 バースデイに提案されたドッキリ作戦において最も重要なセオの演技。
 これでもかってほど深刻な雰囲気でイけ! そう指導されたセオは、かつて飼っていた金魚が死んでしまったことを思い出しながら表情を作ったのだった。
 これなら、あのナイスでも動揺するに違いない。
 自分は美術部より演劇部向きだったかと自画自賛するセオは、酔った瞳でナイスの反応を待った。
 しかし、まだ自分に言葉が投げかけられる気配はない。
 かといって、ナイスの顔を見るのはいささか早すぎる気がする。
 セオは嘘だと悟られないように、シリアスな仮面を張り付け続けた。

 それにしても、反応が無いにも程がある。
 沈黙に耐えかねたセオはゆっくりとナイスに視線を合わせた。

 すると、絶対零度の凍えるようなナイスの目にセオは射抜かれた。
 この時セオは初めて自分の愚かさの一端を知る。

 「ずいぶん楽しい冗談だな」

 ――全部バレてる……!?

 あんなに必死に演技したのに! そう叫びたいセオの後ろで、バースデイが肩を震わせて笑い始めた。

 「セオ、お前バレるの早すぎだから!」

 ブハハハハ!
 一人が爆笑し腹を抱える中、楽しい冗談と言ったナイスは眉一つ動かさない。
 楽しいという心境から最もかけ離れた心理状態にあることは、誰が見ても分かる。

 「で、続きは?」

 セオに一歩近づくナイスは、言葉の続きを迫る。セオは身じろぎ一つ出来なかった。
 人間にはついてはいけない嘘があるとどうして考えなかったのか。
 こんな嘘をついた後にナイスがどういう反応をするか、どうしてもっとよく想像しなかったのか。

 「続き、ねぇの?」

 人間は取り返しのつかないことをしてしまったとき、どうすれば良いのか。一歩ずつ距離を縮めるナイスが、自分の知るナイスではない気がしてセオは凍った。
 挙動不審という言葉は当てはまらない。セオは何もできなかった。
 唯一思い通りに動く眼球をぐるぐる回し、何かこの現状を打開できるヒントを探そうとしても、見当たるはずもない。世界中を探しても見つかるはずはないのだから。
 一つの嘘がセオ一個人の人智を超えた問題へ発展してしまったのだ。

 「じゃあ聞き方変えるわ」

 いっそのこと逃げ出してしまうという選択肢もあったのだろうが、今走り出したところで足がもつれて上手く走れないだろうし、例えセオが世界的な走者だったとしてもナイスには止まっているのと同じ。
 ナイスと対峙することは避けられない。
 いよいよ手の届く距離に迫ったナイスの目を見つめる勇気がなく、視線を落としたセオはナイスが手にする小さな箱に目がいった。

 いつもはカバンも持たないナイスが持つ白い箱。子どもならそれの中身を一瞬で理解し、はしゃいだに違いない。子どもでなくとも、中身の想像ができるところまでは同じだ。

 セオは唇を噛んで悔やんだ。
 ナイスは遊んでいたわけではなく立派に仕事をこなしていたわけで、遅れたのは仕方がないこと。連絡がないのも仕方ない。その上で、待たせたお詫びに何かを買ってきてくれたのなら、どこにセオが不満を述べる道理があるのか。
 ナイスが自分を大切にしてくれていることは分かっていたはずなのに、ほんのちょっとの出来心が今の状況を作り出しているのならなんて愚かなんだろう。
 セオは自分自身を殴りたくなっていた。

 「なんか言うことないの?」

 セオの顎を掴み、無理やり視線を合わせるナイス。
 感情が感じられないナイスの言葉にまごつき、冷えた視線に殺されそうになる。
 それでもセオは震える唇を懸命に動かした。

 「ごめん、なさい……」

 「ふーん」

 それだけなんだ。言葉の余韻がそんな台詞を物語る。
 逃げることを許されず縛られた視線は尚もセオに冷ややかな怒りを送り続ける。
 もう一度謝ろうと口を開きかけたセオだったが、言葉が放たれるよりも速くナイスがセオの腕を掴んで強引に引いた。

 「来いよ」

 セオに拒否権はない。
 どこに行くかなんて尋ねられないまま、影を背負うナイスに引きずられるセオ。
 底なし沼とも奈落とも思えるような暗い場所へ落ちるような感覚。
 俯き歩く以外、セオに出来ることなど無かった。


 「脱げよ」

 高圧的なナイスの言葉に逆らうことは許されない。
 名前も知らないホテルの一室。
 おそらくはカフェから一番近いという理由で選ばれただけで、特別なこだわりもない。初めてのホテルに興味を示す暇もなく、セオは自身のパーカーを躊躇いがちに脱ぎすてた。

 「全部だろ? 言わなきゃわかんねぇの?」

 ナイスの冷たい瞳はセオに何も悟らせない。
 いつもは感じるはずの愛情は見る影もない。
 覚束ない手つきでベルトを外し、ジーンズを下ろしかけて手を止めた。
 本当にするの?
 情けない顔でこちらを見上げるセオに、ナイスは苛立った。
 いつまで経ってもナイスの望む姿にならないセオにしびれを切らし、まだ服を着たままのセオをベッドに押し倒したのだ。

 「脱がした方が早いよな、やっぱ」

 そんなナイスの手つきにもいつものような愛情は感じられない。ただ強引にはぎ取られる衣服たち。慌てて脱いだ靴、ジーンズと共に脱げてしまった靴下、シャツや下着までもがいたるところに散らばり、もうセオを守るものは何もない。
 身を縮める間もなく、ナイスがセオの股の間に身体を押し込んだ。
 もう何度も身体を重ねてきたはずなのに、まるで初めての夜のように身体が硬い。どうしたら良いのかも分からずに震えているセオをあざ笑うかのように、ナイスはセオ自身をわし掴みにした。

 「ナイスっ、くん……!」

 突然すぎる直接的な刺激。
 いつもであれば溶かされるような甘いキスに始まり、上半身を優しく撫でさられるのにそれがない。無言の了解があった手順を無視した行為は、セオに不安感だけを押し付ける。
 いつもと同じことを期待してはいけない。
 ナイスは怒っているのだから。
 自分が怒らせてしまったのだから……。
 セオは罪悪感に駆られ、目をつむって快感をやり過ごそうとした。

 「セオ。目開けろよ」

 「だっ……て」

 「さっきのこと、嘘だって信じてもらいたいんだろ?」

 「ほ、本気なわけないじゃん……!」

 「じゃあちゃんと見てろよ。お前の身体触ってんのが誰なのか、ちゃんと見てろ」

 ナイスがさっきのセオの嘘を鵜呑みにして怒っているわけではない、ということは分かっていた。ナイスが自分の軽はずみかつ配慮の無い嘘に怒っているのだと、セオは分かっていた。
 ナイスの命令に従うことで怒りが少しでも静まるならと、ナイスに扱かれる自身から細めた目を背けることをやめた。

 「んっ、ぁ、ナイスくッ」

 「何もしてないのにもうコレ? 早くね?」

 特に物珍しいことをされているわけでもない。握られて、ただ上下に擦るだけの単調な動き。それでもセオのモノは十分に体積を増し、先走りを零す。
 湿った音にナイスは笑った。

 「セオって変態なんだな」

 「ちがっ、ナイスくんだからっ」

 「……ふーん」

 口元は笑っているのに、目は笑っていない。
 自分が感じてしまうのは相手がナイスだからだと言いたいのに、長い言葉を紡ぐことは許されない。それでも意味をくみ取ったナイスは、また感情のこもらない言葉でセオの気持ちを切る。
 セオは追い上げられる中でナイスの表情を見やり、胸を痛めた。

 ――笑ってよ、ナイスくん……。

 怒らせた自分にそんなことを言う資格がないことくらい分かっている。それでも、込み上げる気持ちを抑えることはできずにセオは唇を噛んだ。

 「ぁ、やっ、んンぅ……!」

 先端部分を親指で捏ねまわされ、堪えきれない声が漏れだす。それに比例してじわりじわりと沸き出す先走りがナイスの手を汚した。
 こんな状況なのにいつも通りの反応を示す身体が少しだけ恨めしい。

 「っ、ぅぁあっ……! ナイスくん、何してッ」

 「何って、いっつも使ってんだろ」

 セオの後孔に指を突き入れるナイス。
 潤滑剤は何もない。無遠慮に侵入してくるナイスの指をセオは無意識で締め付けていた。
 いつもと違うことは覚悟していても、身体の反射は制御できそうにもない。かつてない異物感にさいなまれ、ベッドのシーツを掴んで苦痛を飲み込む。
 それでも、経験済みの蕾が解れるのにそう時間はかからなかった。

 「ぁぁっ、あァっ、くぅぁ……」

 かき回されて、すぐにナイスの指を受け入れてしまったことにセオは気づいていない。前と後ろから与えられる刺激に翻弄されないよう意識を保つだけで精いっぱいだった。
 これまでの経験からセオの弱い部分を学習しているナイスは、執拗にそのポイントを中指で撫で上げてくる。その度に息を詰まらせ、セオの後孔はナイスの指に食いつく。
 ナイスに握られた竿、その先からは透明な粘着液が止め処なく溢れ続ける。

 「気持ちい?」

 「んッ、ナイスくんっ、きもち、ぃ……けどっ」

 ちょっと怖い。
 言いかけたそんな言葉をセオは飲み込む。

 「あっそ」

 けれども、吐き捨てられるかと思ったナイスの口から出た言葉は、これまでよりずいぶん趣が違っていた。
 表情の無かったこれまでの言葉と違い、今もたらされた言葉は明らかにセオへの思いやりがこもっていたのだ。
 はっとしてナイスの顔を見上げると、鉄仮面のような冷徹さは消え、ほんの少し温かさを取り戻していた。ほんの少しの変化にセオは胸を撫で下ろした。
 セオの性感帯に触れる手つきも心なしか、優しくなっている気がする。

 ――やっと少し許してもらえたのかな……。

 いずれはいつもと同じように優しく抱いてもらえる期待を芽生えさせたセオは、ナイスに全てを委ねる決意をする。

 「はっぁ……んンッ、ぁっ」

 そんな中、セオはバースデイとの会話の一部を思い出していた。

 『ここぞって時に使える必殺台詞教えといてやるよ!』

 どんなインチキだよと聞き流すこともできたはずだったが、すっかり盛り上がっていたセオにそんな選択肢はなかった。それに「レシオもこれで一発!」なんて言うものだから、尚更印象に残ってしまったのかもしれない。
 セオは今がその「ここぞって時」だと確信した。
 今なら自然な形でいつもの二人に戻れるような直観が働いた。
 絶え間なく甘い声を吐き続ける口を湿らせ、セオは魔法の言葉を口にする。

 けれどもセオは今一度考えるべきだったのかもしれない。自分の直感に従って成功したことがあったのかどうかを――。

 「ナイスくん……もう、俺のこと、好きにしていいよ……」

 一度出てしまった言葉は戻らない。
 一度きりの虎の子の一発は、上々の出来だとセオは感じた。
 予想通りならば「たく、こいつは……」と困ったような表情でナイスが続きをしてくるはず。多少違っても、そう遠くない結果であるはずだった。
 しかし、一切の行為を止めたナイスはセオの思い描いた表情をしていなかったのだ。

 「その台詞もバースデイの入れ知恵?」

 聞き覚えのある声色。ついさっきまでの凍てつく視線が再び自分に向けられている。
 セオは困惑した。

 「お前、そんな台詞言ったことねぇもんな」

 ――確かに言ったことないけど……。

 どうして分かるんだと、訝しげな顔をするセオを睨みつけるナイスは小さく舌打ちをした。

 「すっげぇムカつく」

 「ごめッ、俺、そんなつもりじゃ」

 「もういい」

 違う違う違う。
 俺はナイスくんを怒らせたかったわけじゃない。
 ただいつもみたいに戻りたかっただけ。
 そのための特効薬ってやつに頼ってみたかっただけ。

 セオは思っていることを全て吐き出そうと、マシンガンのように言葉を並べる準備をしていた。ほんの数秒、それだけの猶予さえ与えられず、セオの言葉はナイスによって断ち切られてしまう。
 そして。

 「別れようぜ」

 どんなに最悪の結果ですら予想していなかったその言葉。
 二人の関係の終わり。
 色味の無い生活への回帰。

 セオは目の前が真っ白になった。
 別れを告げた本人のナイスは「最後くらい目一杯気持ちよくしてやるよ」と言って何やら身体をまさぐっているが、セオはそれどころではなかった。
 こんなことで。こんな簡単なことで関係が崩れてしまうという空しさに心を抉られ、現実を受け入れることができない。

 「どうしたセオ」

 こんなんじゃ全然足りねぇ?
 前立腺を叩いていたナイスは指を引き抜き、別のものをセオの腸内へ挿入した。
 コードでつながったその先、今までナイスの指があった箇所にローターがあてがわれる。
 普段なら無機質な感触に眉をひそめたかもしれないし、これは何だと尋ねることが出来たかもしれない。けれど今はそんなことを感じている余裕はなかった。
 ナイスがいなくなる。
 それだけで頭がいっぱいだった。

 「うッ、あああァ!」

 それでも、前立腺を直接殴るローターは認識せざるを得ない。加えて、おざなりだったセオ自身の先端に爪を立てられてしまうと、否が応でも嬌声は漏れる。
 耐えるようにシーツを握る手は白く震え、足の指でも同じように手繰り寄せた布生地を懸命に握りしめていた。

 「く、うああっ、んんン! ナイスくっ、んンンぁア!」

 捨てないでほしい。
 許してほしい。

 「あぁぁァッ、ナイっ、スくんっ」

 そばにいてほしい。
 笑っていてほしい。

 「はっあァ、あぁァァ……!」

 好きって言ってほしい。
 キスしてほしい。

 「い、ぁ、出ちゃっ、ナイスっ、くぁァぁー……ッ!」

 もう叶うことの無い願いを数えながら、セオは絶頂を迎える。
 こんなに怒ってしまったナイスには、もうどれだけ謝っても手遅れな気がしていた。
 全ては自分の責任で、ナイスに嫌われてしまったのだ。
 何度もナイスの名前を呼び、かつての優しかったナイスの面影に抱かれる。もはやそんな資格すらないと知りながらもセオはナイスの手中で盛大に精液をぶちまけた。

 吐精後の独特の倦怠感に包まれながらセオは一人、声を殺して泣いた。

 もう二度と触れられることのないナイスの手が離れていき、絶望感に抱きとめられる。
 腕で目を覆い、唇を噛み締めるセオは大粒の涙を見られないように必死だった。
 そんなセオに、白濁液の処理をしたナイスがふわりと覆いかぶさった。

 「セオ」

 投げかけられたナイスの淡い言葉はセオには届いていなかった。
 セオの顔の両側に手を付き、至近距離まで迫ったナイスがセオの異変にようやく気付く。

 「セオ? お前、マジ泣きしてる……?」

 「ふっ、ぐ、だって、ナイスくっ、嫌われて」

 ずびずびと鼻水をすすり、ひたすらに嗚咽を漏らすセオがようやくしゃべる。
 単語だけの会話の意味をくみ取り、ナイスはあちゃーと頭をかいた。

 「ごめんセオ、さすがにやりすぎたな」

 ナイスは、もう我慢することも忘れて泣きじゃくるセオを引き起こして、力いっぱいに抱きしめた。
 その瞬間、セオは自分に何が起こったのかを理解できず、一瞬にして思考が止まった。
 もう金輪際触れることは許されないと思っていたナイスの手に自分が抱きとめられている。めまぐるしく変化していく状況が飲み込めず、涙は尽きることを知らずに溢れ続け、ナイスの服を濡らす。

 「嘘だよ。別れようってのは」

 抱きしめられたまま、背中をさすられるセオはこの上ない安心感を覚え、躊躇いがちにナイスの背中に手を回していた。いつも感じていた、全てを受け入れてくれる感覚がそこにあった。

 「う、そ……?」

 「そ。でも、お前が最初についたんだぞ、最っ悪な嘘」

 エイプリルフールだなんていう行事にあやかってついてみたろくでもない嘘は、確かに最悪なものだった。自分が別れを切り出されてみると、それが真実か嘘かは関係ないのだということをセオは気づかされた。

 「ごめっ、あれは、ほんとにごめんっ……!」

 「分かったって。つーか、俺も大人げねぇんだよな」

 あれくらいの冗談、笑って済ませられたはずなんだけど。
 ナイスは少しだけ恥ずかしそうに声をほんのりと赤色に染めた。

 そう、セオの知るナイスはそういうナイスだった。
 自分とバースデイの趣味の悪い冗談でさえ、何それと笑い飛ばすような、そんな性格だと思っていた。カフェでジョークをかます前に予想していたのは、怒り狂うナイスでも、動揺するナイスでもなく、普段通りの飄々としたナイスだったのだ。
 動揺するナイスに期待しつつも、涼しい顔で受け流すしなやかなナイスを見て残念に思うはずだったのだ。
 それが結果として……これである。

 「俺、セオのことになるとダメでさ。すぐカッとなるつーか、すぐマジになっちゃって」

 「ナイス……くん」

 「俺だって、余裕ねぇんだよ」

 セオにもようやく理解ができた。
 普段はあれほど冷静なナイスが突発的に怒ってしまった理由。バースデイにそそのかされて使った言葉に憤激した理由。

 「バースデイにとられるはずねぇって分かってるけど、冗談でもあいつにセオをとられたことがムカついたし、それをセオの口から聞いたこともムカついた。……セオは俺のなのに」

 少しだけ拗ねるように呟くナイス。
 自分が思っていたよりもずっと人間らしいナイスに、愛おしさが込み上げてくるのを感じた。耳元から送り込まれるしっとりとした言葉に、胸の空洞が満たされていく感覚。これを幸せと呼ばずに、何を幸せとするのか。
 セオはナイスに強く抱き着いた。

 「うん、俺はナイスくんのだから……」

 規則的にリズムを刻むナイスの心臓の音、じんわりと広がるナイスの香りと、全身で感じるナイスの体温。ナイスの独占欲すら心地よくて、セオは溢れる感情を包むようにナイスの胸に頭を預けた。
 ナイス以外、誰の手に渡るつもりもないとこれだけ強く思っている気持ちを、ありのまま伝える方法があったらどれだけ便利だろうとセオは思った。
 絶対にナイスが自分を思うよりも、自分がナイスを思っている気持ちの方が強いと言ったら、ナイスは信じてくれるだろうか。きっと反対だと笑って譲らないのだろう。

 自然と離れ、壊れ物を扱うように優しくベッドに寝かされたセオは、真上のナイスの首に手を回した。

 「キス、して……」

 そこにはもう、表情を凍らせたナイスはいなかった。
 いつもと同じ、いやそれ以上にセオを想い、いたわる気持ちが指先にまで現れている。
 艶めかしい顔つきでキスをせがむセオに、ナイスはそっと唇を近づけた。

 ちゅっ。
 ナイスの口唇は少しだけ角度を変え、セオの鼻に触れる。
 待ちわびた念願のキスを貰えると心を躍らせていたセオは唇を尖らせた。

 「鼻じゃなくて! こっちだってば……」

 こっちだと唇を突き出すセオに、ナイスはやれやれと笑う。

 ――バースデイに教え込まれた言葉なんかより、こうして無意識の内にやってる行動の方がよっぽどエロいって……気づいてねぇんだよな、コイツ。

 「ふ、ぅ……ん、ぁ……」

 望み通り、小さな口に自分のそれを重ねてやるナイス。
 セオは待ちに待ったキスにはしゃぎ、積極的に舌を絡めていった。

 「ん、んっ、ふぁ……ぁ」

 上顎のしつこつ撫で上げられ、声を漏らしている間に舌を吸い上げられてしまう。上から下に、重力に従って伝ってくる唾液は、はしたなくセオの口の左右を流れ落ちていく。シーツに生まれるシミは次第に大きくなるばかり。
 唾液と共に送り込まれるのは確かな幸せ。涙が出そうになるほどの幸福感を、セオは目を細めて味わっていった。

 「っは、すっごい、しあわせ……」

 「今、もっと幸せにしてやるよ」

 耳元で囁いたナイスはそのままセオの耳朶を甘噛みする。じんっとした弱い痛みの後に、遅れてやって来る僅かな快感。噛まれ続け、時折舐め上げられれば、声をあげずにはいられない。まして、空いている手で立ち上がった乳首を抓られてしまえば尚更だ。
 上半身を愛撫するナイスの掌は熱く、なぜられる身体は否応なく火照っていく。

 「あっ、んンぅ、ナイスく……耳っだめ」

 「なんでだよ、弱いから?」

 「く、ぅ……声とか、色々やばっ……」

 ナイスがしゃべるたびに低い声が脳を揺さぶる。耳の輪郭を舐め上げられた時には、卑猥な水音が聴覚を犯す。純粋に耳を攻められて湧き出る快感も含め、セオには感じたことの無い領域の享楽だった。

 「はァっ……ん、や、触り方、えろっ……ふァああ!」

 そんな中で乳首の先端だけを指先でなぶられ、びくびくと身体を震わせていたセオだったが、突然両方の乳首を摘まみ上げられ、甘ったるく甲高い声を響かせた。
 キスに始まり、耳、胸……頭のてっぺんから徐々に犯されていくような感覚で、セオは愛撫された箇所がすっかり蕩けてしまったような気がしていた。
 耳に飽きたナイスはセオの首筋に歯を立て、喉仏に食いつく。まるで獣のようなその行為さえも、セオに快感を植え付け、下腹部は膨らみを見せている。

 自分が与える快楽に酔いしれているセオを確認したナイスは、どさくさに紛れて首筋の目立つ部分に所有者有りの証であるキスマークを押した。
 満足げにそれを見つめるナイスを、とろけた瞳のセオが不思議そうに見上げる。

 「ああァァ……! は、それ、やばっ」

 ナイスのいやらしい手つきで丸々と膨らんだセオの乳首は今、ナイスの口内。
 生暖かい口の中で、別の生き物のような動きをする舌が乳輪だけを執拗に這いずり回る。自分も舐めて欲しいと主張するかのように、乳首自体が震える。
 片方は舐められているのに、片方は置き去り。お預けを食らったように何もされないことが我慢できず、セオは自らの乳首を捏ね始めた。
 そんな光景に、ナイスは唇を舐めて妖艶に微笑む。

 「何してんだよ変態」

 「だって、そっちばっかで、こっちっぅ、ンあぁァあ!」

 「俺が触ってやってんのに自慰とか、どんだけ淫乱なんだよ」

 「自慰、じゃなっ、あぁア! やめっ、それやめッ……!」

 「自分で触ってんだから自慰と同じだろ?」

 「ナイスくんっ、これッああァ、はァあんんっ……!」

 お仕置き。
 そう言わんばかりに、ナイスはセオの手首を掴んでベッドに押さえつけて、股間に膝をあてがう。そして小刻みに振動させてやれば、セオは抵抗らしいことができないまま、激しすぎる快感に震えた。
 がくがくと身体を揺らし、胸を上下させてみてもナイスはびくともしない。角度を変えて襲ってくるナイスの膝がセオを絶頂へと追い上げていった。

 「や、も、出そっ、ナイスくんッ……!」

 これ以上は耐えられないと、降参するセオ。
 しかし白旗を見せたセオにナイスがとった行動は、少しばかり意地の悪いものだった。

 「は、ぁ……ッ……なん、で……」

 「やめてって言ってたじゃん」

 寸止めを食らい、訪れるはずだった吐精の快感を持ち越すことになったセオは、物足りないような、淫靡な表情で頬を膨らませた。
 けれども、やめてと言ったことも事実で、僅かながらに安心した部分もある。ナイスの服をぐちゃぐちゃに汚さずに済んだという点で言えば、結果オーライ。
 ただそれで、のさばる熱が納まるわけではない。限界まで張りつめたセオ自身は一刻も早い解放を求めて隠逸な涙を流している。

 「も、俺、我慢できない……」

 こちらも我慢する気がないというナイスは、大雑把に服を脱ぎすてると、再びセオを組み敷いて髪を撫でた。

 「うん、それで?」

 「ナイスくんと……一緒になりたっ、ぁ、ふッぅ」

 セオのいやらしすぎる表情にあてられたナイスは理性を手放し、食いつくようなキスを繰り返す。そしてナイスは酸素不足に陥って息も絶え絶えなセオの後孔にゆっくりと指を突き入れる。先ほどまで難なく指やローターを受け入れていたそこは、すぐに柔らかさを取り戻した。
 ナイスの準備は驚くほど迅速に整い、セオが満足に呼吸をし始めた頃には、もうセオがナイスの先端を飲み込んでいた。

 「さすがにっ、きっついかな……!」

 「ごめッ、ちょ、ナイスくっんンン!」

 挿入されつつも自身の昂ぶりを扱かれ、喘ぐセオ。端正な素足は宙を彷徨い、空気を掴むように力んでは震える。
 前からくる快感で誤魔化され、侵入してくるナイスの異物感はさほど感じない。痛みはおろか、苦しさも気にならないまま、ついにナイスは目的地に到達する。

 「あぁあァっ、いきなりッ……!」

 つまりは、前立腺。
 ようやく動き出そうとしたナイスだったが、自身を引き抜きかけたその刹那、目の前の光景に驚き、言葉を失った。

 「セオ、今のでイった……?」」

 「ごめ……っ」

 セオの腹にはしっかりと白濁が飛び散っていて、隠しようの無い射精のあとが克明に残っている。ナイスの臨界まで待てなかった罪悪感と、最終的に後ろからの刺激で達してしまった羞恥心が、セオの頬をピンク色に染めた。
 ナイスは仕方なそうに笑ったが、それ以上の余裕は持ち合わせていなかった。

 「じゃあもっかいイけばいいよな」

 「あッ、まっ、まだイったばっかっ、あァっ、んンぁ!」

 達したばかりのセオに、容赦なく腰を打ちつけるナイス。感覚が敏感になったままの状態で再び前立腺を突かれるセオはただ成す術もなく喘ぎ続けるしかなかった。

 ――すごい……。ナイスくん、切羽詰まってる……。

 ガクガク揺さぶられ、悦楽の虜にされていくセオがぼんやりとナイスの表情を見やる。
 セオの痴態に性欲をかきたてられ、普段の余裕を突き崩されたナイスは喘ぎ狂うセオしか目に映っていなかった。ナイスの世界にはセオと自分しか存在していないらしい。

 「セオ、どうッ、……イけそ?」

 「んンっ、ああッ、は、わかんなッ」

 「んじゃ、ちょっとチートだけどっ、っぁ……!」

 「え、何してっ、くッああァー!」

 それはまさに禁じ手。先ほど使ったローターがセオの先端部分で震えて絶頂を促しているのだ。
 無機質な刺激は蛋白であるものの絶大な威力を持つ。いくら2度精液を放っているとは言っても、まだまだ敏感な年頃のセオは、すぐに限界まで引き戻されてしまった。

 「あァアぁ! 反則っ、それ反則ッ、がっァ、ぁぁア!」

 「バカっ、締めんな! 俺だって、限界ちかッ、ぁっ」

 ナイスがくっと奥歯を噛み締めた。
 締め付けが強くなり始め、その周期が短くなって来ればそれがセオの絶頂の合図。
 ナイス自身も、もう臨界状態でこらえていなければいつでも達してしまいそうなほどだった。

 「セオっ、もう、イくからなッ……!」

 「んッ、ナイスくんっ、俺も、あっ、あぁァー……!」

 ドクン――
 そんな音の無い爆発。

 最後の一突きで全てを解き放ったナイスは、かつてない快感に息を呑んだ。同時に達したセオが、ナイスの液を最後まで搾り取るようにきつく締め付ける。何もかもを持って行かれそうになる錯覚を覚え、情けない声をもらさないように必死で歯を食いしばった。
 セオ自身も3度目とは思えないイキ方で激しく達し、肩で息をしていた。もうしばらくここから動けそうにない。

 ずんぐりとした動作でセオの中から自身を引き抜いたナイスは、そのままセオの隣に倒れ込んだ。

 「すっげー顔」

 汗で張り付いた前髪をかき分け、セオの顔をまじまじと見つめるナイス。未だに夢の中にいるようなセオは虚ろな瞳でナイスを見つめ返した。

 「かわいい」

 染まった頬を撫で、鼻頭をくすぐるとセオは猫のようにナイスにすり寄った。しっとりと汗ばんだナイスの身体にぴたりと張り付き、安心しきった表情を見せる。
 情事のあとの気怠さから瞼を守りつつ、すぐ近くにあるナイスの温もりを確かに感じるセオ。

 「好き、ナイスくん……」

 くたびれた身体を預け、一番伝えたい言葉をぽつりと呟くとセオはすぐに規則的な呼吸を繰り返し始めてしまった。

 ――言い逃げかよ。

 自分にしがみついたまま寝息を立てる小さな背中を抱き、ナイスもまた瞬きを長くする。

 「おやすみ、セオ」

 好きだよ、俺も。
 囁いた声を聞き届けたかのように、眠りの中のセオが頬を緩める。
 セオのすこやかな吐息を浴び、同じ夢を見られそうなほどに密着したナイスが、ゆっくりとその瞼を閉じた。
 腹を空かせたセオに起こされる、そんな情景を思い描いて。



――Fin...――

イーヴンゲーム

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イーヴンゲーム

  • 小説
  • 短編
  • 成人向け
  • 強い性的表現
更新日
登録日
2014-03-23

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