シャンデリア

シャンデリア 2001,9,28



          シャンデリア 1

紫色の江戸硝子が、太陽の光を浴びて蔀戸の影を映していた。

あたしは格子の先から見える路に目を上げて、何も思わずにいられることなど出来なかった。

立ち上がると、その江戸硝子を持ち背後へ歩いた。

木の床にそれを置くと、頭上を見上げる。

それはいくつもの同じ色の硝子の器が連ねられていた。風で揺らぐことも無く、剥き出しにした梁から吊るされている。

今は微かな太陽の光を下弦にだけ受け強く輝きを放っている。

あたしは壁まで歩き、からくりをまわしてそれを視線の前まで降ろした。

床の上の江戸硝子をそれの一部にするように、鯨のひげで括りつけた。

硝子の一つ一つの蝋の中に灯を灯していく。一つ一つ、魂の一つ一つを思い描きながら、彼はまた人を斬っているのだろうと思いながら、涙が一つの紫色の硝子の中の灯火に重なって何処からかの光を受け木の床に落ちて、裸足のあたしの足先に染み込んだ。

壁へ向い、それを振り返った。

昼の内のそれは、それでも美しい。透明な紫をすかし、緋色の灯火が揺れる。

ゆっくりゆっくり頭上へ上げていく。

まだ完成していない。戸が横のここから見れば美しく完璧に見えるけれど、他の方向からみるとまだいびつな形をしている。

一つずつ加えていっては完璧に近づいてくる。

蔀戸から子供が顔を覗かせた。

「すごいね! それ!」

あたしは彼を見て、微笑んだ。

それを見上げて、きらきらとしている。

「そうでしょう。近くで見てみる?」

「うん!」

その子供は二人、少女と少年を明るい中手招きしてあたしが開けた戸から入って来た。

強い光を戸から受け、尚のこと美しく輝きを誇った。

「わあ! 大きいね! お寺の鐘みたい!」

「鳴らしてみる?」

「うん!」

あたしは立てかけられた鉄のついた棒を子供に持たせた。

「そっとね。なぞるように一つ一つ鳴らすの」

子供は顔を輝かせて下から一つ一つ鳴らしていった。キン、と短く音を屋内に染み渡らせた。

今度、鈴を一番下の雫に取り付けるものいいかもしれない。

子供達は満面に微笑んで見上げていた。

「これ、なんていうの? 初めて見た!」

「そうね。分からないけれど、天国みたいでしょ? 魂の寄り集まった場所みたいで」

「天国ってこんなに綺麗な場所なの?」

あたしは微笑んだ。そうならいいのだけど、どうなのだろう……。



         シャンデリア 2

大地から水を分かち、植物達が育っていて、雨がさらさらと降ると深く根を張ったものとは別の細かい根達が吸い取っていく。

曇り空を見上げていて、格子の先の雨は白い全体の曇り空から静かに下りてきていた。

背後から子供達に腕を引かれてあたしは振り返った。

「おなか一杯!」

あたしは微笑み子供の口の横についた米を取ってあげてから言った。

「一つ器をあげる」

あたしは奥へ向い、台の上の揃う中から示した。

「どれがいい?」

「綺麗! いいの?」

「ええ。たくさんあるから」

「黒いのがある」

紫に混じって、赤、群青、そして黒が一つだけ。

「ああ、ごめんね。黒いのは」

「あたし赤いのがいいな! 可愛いもの!」

「じゃあ僕青い奴!」

「僕も青いのいい?」

「ええ」

子供達は目をきらきらさせて、泥で汚れた頬を微笑ませた。

可愛らしい子供達で、思い切り外で遊んできたのだろう。

黒の硝子は、彼のもの。唯一のあたしへの贈り物だった。

女の子は赤い硝子を掲げ見つめていた。

子供達は大雨になる前、一瞬降り止んだ中をはしゃぎながら帰っていった。

あたしは手を振り、「気をつけてね」と言い、彼らが手を振り走って行ったのを中へ引き返した。



         シャンデリア 3

海は昨日の雨で灰色だった。

トンビが五羽天を舞っている。天を威嚇し、飛んでいる。

彼は今、どこを歩いているだろう。戻るのはいつで、どこへ帰るだろう。

ここへ本当に帰ってくるだろうか。

舞うように飛ぶ彼らは灰色の眩しい天を見つめているのか、海を見渡しているのか、分からないけれど、あたしの心だけが思い出を見ているようだった。

この浜で。

砂の上に硝子を置き、黒の硝子は太陽の光の射さない今、黒いだけで深いだけだった。

いつか、背後から声を掛けて欲しい。

今の時にでも、いいから。今の時に掛けてもらいたいのかもしれない。

海はどこまでも続き、そして何処までも波の音が、何処ででも鳴らせている。

心が寂しいならば波が引き寄せてくれる。


        シャンデリア 4

秋の夕暮れ、月を見上げてあたしは目を閉じた。

どこからか鈴の微かな音がする。

「こんばんは!」

あたしは瞳を開き、闇の背後を振り返ってから格子の先の外を見た。

「あら。こんばんは」

女の子は鈴を鳴らして満面に微笑んだ。その横に女性が、母親だろうか。立っていて、微笑んでいる。

「どうぞ」

彼女達を招き入れると闇の中の硝子の群を見てその女性は目を口を見開いて、あたしの顔を見た。

「本当、凄いですね。この子が余りに凄いと言っていたから。綺麗な硝子までいただいて、貴重なものでしょう? 硝子って。この子は喜んでいて」

「ふふ、喜んでくれて嬉しいわ」

女の子の髪を撫でてから女性を見た。

「この子が、鈴を変りにあげたいと言いましてね」

「まあ、それはどうも」

女の子はそれを掲げてあたしは受け取った。

一番下の硝子の取手の部分に馬の尻尾でそれを括りつけた。

「今晩は灯りはつけないの?おっかん。本当に綺麗なの」

「そうね。じゃあ、つけましょうか」

からくりでゆっくり降ろしていき、一つ一つをゆっくり三人で灯して行った。

闇が一気に明るくなり、荘厳に彩った。

「圧巻させられますね……がらんどうな心に何かが入ってくるみたい」

「ええ……」

しばらく三人で見つめていた。

「神聖な物を感じます」

「あたしは灯火はまるで人の大切な想いの様に思うわ。その想いをとても貴重な魂で包み込むかのように」

「人を尊んでおいでなんですね」

女性は微笑み、あたしも頷いた。

願わくば、彼にも分かってもらいたい。あたしのそれらの気持ちは土にうもれてしまう。

もしも完成までに帰ってこなかったなら、どうしたらいいのだろう。

鈴を凛と鳴らして、余韻を空間に染み込ませた。隅の闇は濃くて、何かの悪霊が潜んでいるようには今宵は思わなかった。



丸い月が山の稜線を抱いて 
光が溶け行く 林に彩

星の営みが天に紛れて
光が溶け行く あなたへ

川の水面が滑らかに流れ
静かに行き着く 海原

水の囁き洞窟の中に
静かに行き着く そよ風

草花の染まる夜の営みに
( 可憐さ  美しき  嗚呼)
人は尋ねる 神を(荘厳なる調べ)

月の白さを留める輝き
( 神秘が 語りべ )
人は尋ねる 神に

風は原を抜け貴方の耳に
届けば伝える 神を

艶の夜は星の現すその色味
届けば手に取る その星

煌く水が囁き輝きが
(        悠久の美に)
泉を染め行く
( 問い掛けて)
星の導きへ
(永遠なる)

貴方を見守るから
貴方を見続けるから

私を取り巻いて
私を優しく渦巻いて



        シャンデリア 5

ゆっくり完成させる。

ゆっくり。

今日はお寺へ来ていた。親子が手を繋ぎあって歩いていて、あたしは二人を振り返ると呼びかけた。

晴天の下の彼女達は実に幸せそうだ。

「後で近くの茶屋で休憩しましょうね」

広い境内は人は少なく、お参りをする人がまばらだ。

猫が三匹座っていたり、石砂利に転がっていた。黄色の瞳をして参拝者達を見ていた。

青の空はどこまでも高く深く、今にも何かが降りてきそうでもある。

僧侶が頭を小さく下げて歩いていき、鐘が数度遠くで打ち鳴らされる。

「ねえ。あれはいつかはお寺に謙譲するの?」

「それも素晴らしいかもしれないわね」

「ええ。きっと。あなたは、何故あれを作っているんですか?」

「そうね……なぜかしら」

空から目を移して、小さく頷いた。

「彼を想ってかしら」

女の子の母親は小さく微笑んで頷いた。

「帰って来ますわ。いつか待ち人は現れるものです」

そうね。そうだといいのに。あたしは女の子が背を撫でる猫達を見てから母親を振り返った。

「もし、帰って来たらあれはもっと輝いて見えると思うわ」

足りない灯火を、足りない魂を、一つ加えない限りはいくら完璧な形に仕上がっても、完成したことにはならないのかもしれない。

「その時には、その彼と共に灯りを灯せたら素敵でしょうね」

三人でお参りをしてしばらく仏様を見上げていた。荘厳ながらんどうは何かが潜んでいる。

空気が。度重なる輪唱を受けて来た空気が。



       シャンデリア 6

今宵の硝子の群は、巨大な魂に見えた。

独りの時が寂しく辛くて、あたしは揺れる炎のような紫色の美しく大きなそれを見上げた。

透き通る紫は何処までも透き通り、紫は重なって、透明と紫と灯火を幾重にも、万華鏡のように広げている。その一番下に着いた鈴を見て微笑んだ。

歩み行き、あたしの頬を明かりが照らしつける。

心まですかしてこの上に乗せてくれればいいのに。

あたしは背後を振り返り、風が一陣、強く吹き、微かに重い紫の硝子たちを揺らした。

音が鳴り響き、微かに触れ合うそれらの音に振り返り再び背後を見た。

戸を思い切り上げ闇を星が、眩しいほどの星が照らす中を叫んでいた。

「貴方なの? 貴方なの?!」

見回し、あたしは頬を濡らしていた。

それでもいない。闇しかいない。星明りの照らす闇だけ。

そんな辺りを見回し、どこかで小さな何かの野太い音が鳴ったと共に、一気に空気を奮わせる激しい音が、ガシャンと鳴った。

あたしは振り返り、顔を歪ませそちらを見て嗚咽を漏らし口を押え駆けつけた。

縄で吊るされたそれは激しく床に割れ落ち、残骸と化し、そして鋭くどこも紫に光を受けては飛び散っていた。

あたしはそんな破片を見回し紫の山を見て、顔を歪め泣き、その場に跪き口元を両手で押えては、地を見つめた。硝子の破片に涙がどんどん落ちた。

「危ない! あんた、こっちに!」

大きな音に戸を開けた周りの屋内から人々が出てきて、徐々に硝子を包んでいく灯火が炎に変っていく凶暴さに腕を引かれた。

「駄目、駄目よ」

はっとしてあたしは炎の中を下駄で破片を激しく踏み均し輝きが舞う中奥へ入って行った。

「おいあんた!!」

黒の硝子は?! 炎が広がり、熱に顔を覆って強引に引かれるのを振り返った。

「駄目なの、駄目なのよ、」

「駄目だ、狂うつもりか!」

「駄目なのよ!!」

あたしは横に広がる炎と、紫の鋭い床に広がる派手な硝子破片を見て、首を振り短刀を帯から抜いた。

彼はあたしの心だった。魂だった。硝子の群に重ね合わせる心だった。

あたしは、首筋を斬りつけていた。

激しく血が噴出し、炎に舞い、男の顔や体にも派手に飛び、男は呆然と目を見開かせ、あたしは背後に倒れた。

硝子の破片の上に、倒れこみ、あたしはかすかに消えて行く感覚の中で、その破片の群の上、それらに抱きついた……。

「おねえさん!!!」

女の子の声が微かに、聞こえ……鈴を……あたしは見つけようと……気が遠のいて行った。


       シャンデリア 7

男は首を傾げ、あった筈の長屋が三棟消え去っている。

「おい。ここにいた住人は」

「え?ああ、お侍様。亡くなったよ。悲運な人だったねえ」

そう言い、歩いて行った。その背を見ていたが、男は進み行った。

その長屋があった場所に何か山積みにされたものを見つける。

「鈴」

菊と共に、たくさんの鈴がたくさん繋ぎ合わされ、鞠のようにされたものが置かれている。

折られた鶴や、饅頭が添えられていた。その影で、何かを見つけ、それは太陽の強い光を受けて輝いた。静かに。

「黒硝子……」

それを手に持ち、そして、悟ってしまった。

そんな、まさか……

男は見回し、何ももうのこらないがらんどうを見ては、鷲が飛んだ天を見上げ目を閉じた。

海の細波は記憶の中を鳴り響きつづけていた。海のような眼差しのあいつは、振り返って微笑んだ。

天を包み込むような海に思え、海岸を飛ぶトンビを構えるようにも思えた。

青く輝く濃い海は、硝子質の様に輝いていたのだ。

硝子の様に繊細だった一つの魂が失われた事を、男は知った。


シャンデリア 

女は紫 男は黒のガラス質の様 シャンデリアの上に眠ればいいさ
 嗚呼 嗚呼     貴方の髪に            貴方の腕に
女は男を 男は夢を追いかけて 愛にもまれてしまったのさ
             抱きついて    嗚呼   見詰め合って   
女は京都の 男はお江戸の横恋慕 紫花の女の涙が梅の花に落ち
                     貴方に     染まる  貴方に染まる…… 
女は男を 男は夢を追いかけて 海の様に溺れて行くのさ
                鳥のように    飛ばれて
女は紫 男は黒のガラス質の様 シャンデリアの光に紛れさせる
江戸紫に京紫の夢追いかけて
お江戸の秋は虫の音色に 彩られては哀しく染まるのさ
 粉雪…… ……粉雪……             見詰め合って
女は海を 男は空を映した様 トンビの鳴き声 鷲の眼差し
               ……美しい    輝き……
いつの日も冬の様に温かく 寄り添い合ってはばかりはいられない
冷たく突き放されて女は 泣くのさ
      ……貴方に……



 十年の月日が男の中には起きていた。
それまでに、様々なことがあった。男の仕える藩がささやかな戦により消えては、浪人の旅が続き、かえる女の居場所も無く漂っていた。
賭博の用心棒になっては再び崩れ、女との約束を破っている自分に気付く。
女が十五年前、手負いの男を助けたあの日、誓った約束だ。
怪我の介抱後、もう人は殺めないとの決め事を、翌年には破っていた。故意からの事情でだった。
女は崩れ、男は自己を反省すべく旅に出た。
女が不安の中を待ちつづけていると知っていた。
男は手紙をしたため、藩士に仕える身になった事を継げた。立派なお侍になったのだと、言葉だけでもそう綴っていた。
女は男を待ちつづけた。
今に立派になれば、共に暮らし、お前をめとりたいと。
十年前の女の心を、推し量るにはあの時には辛すぎたのだ。十年の月日を要してでさえも。
そうして男は今、分岐点に立っていた。
 既に、うつろう陽はぼやけていた。
あの日と同様に、腹の傷は既に手を当てる血さえぬくもりは無い。
もたれかかる樹は、老齢に思えた。苔がむしてもいる。
男は白い息を吐き、真赤な手も動かずに片手の刀の手さえ動かせずにいた。
あの日は、女が紫の頭巾を被り、男の前に現れたあの幽玄の美しさ。
目を見開いて短く叫び、そうして駆け寄ってきた雪の中。月を見上げていた男は、おぼろげな凍える意識で女の顔を見たのだった。
今の夏の時期は、乱舞する林の中の木漏れ日が眩しかった。
そのまま、女のいる場所へと行けないのだろうか……。
 山賊達は既に、男の手持ちだった硝子、黒の器を持っては走って行った。
最後に見た、黒の硝子に一瞬踊ったあの太陽の指す光が、まばゆく鋭くて、男は涙を流しては崩れた。
持って行ってしまう。男と女の唯一の時をも繋いだ一つの灯火。
海に行っては、太陽の光を透かして来た黒硝子。
その背後からお前が来る事を待ちわびてきた日々は、今、男達により新たな日の目を浴びたようにも思えた。
最後の一欠けらを。
女が、手紙にしたためた灯りの硝子燭台を共に吊るそうという詞が何度心に踊った事か。
海を見渡した時も、そうして、ずっと。
 男は一度目を閉じた。
そして、開いた。視線を上げ、女があの唇を微笑ませしゃがみ、男に首を傾げて言った。
「いけませんわね。金路様は、いつでもあたくしをおいてけぼり。」
男は女の手が無精ひげに伸びてきたその手首を掴んだ。
思い切り抱きしめ女は一気に顔を歪め目を閉じては、狭い背を木漏れ日の差す中、涙を流した。
その時には、男は女のいる天へと、旅立っていた。
 黒の硝子は、それと共に山賊の手から滑り落ち、地面の上で粉を散らせて美しくも儚げに、崩れ割れた。
太陽の陽が射し、その雲の裏から顔を覗かせた。
魂の抜けた男の頬にも光は射し、黒の硝子は鋭く光を発したのだった。

シャンデリア

シャンデリア

江戸の時代。女は男を一人待ちつづけた。 彼女は美しい紫色の切子硝子で変った大きな燭台を 男を待ちながらも創りつづけている。

  • 小説
  • 短編
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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-03-22

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