ARTEMIS in pier glass 鏡の中のアルテミス

ARTEMIS in pier glass 鏡の中の女神 2003,4,18


ARTEMIS in pier glass1

昼下がりの綺麗な春はこのままローズティーを見つめて、陽射しの差し込む中を過ごしているのがあたしは好き。
白枠の扉窓は開け放たれていて、その横のロッキングチェアでくつろいでいた。
そよ風が灰桃色のカーテンを押してはまるで透明のレースカーテンが音も無く姿を現した。白のローズガーデンをすかしている。
手を伸ばしてレースを撫でる……。
触れる前に風は連れて行き、桃灰の下へ帰らせた。
柔らかい金色のカーテンレールが音を立てて桃灰カーテンを果実のように膨らませた。
扉窓と扉窓の間の金枠の姿鏡は隠れて部屋の内部を映さなくなっては再び映す。
淡い桃色の蔓薔薇が、ミラーの左上部からゆったりと枠を沿って右下へ伝っていて、淡い桃の大きな花の背後のガラスの中の部屋はゆるやかな影を全体に広げていた。
まるで春の幻のような気持ちにさせる。今日のような昼下がりの全てはいつだって幻。
そう。鏡の中で横たわる彼女だって……。彼女なんて、蜜蜂に刺されてしまえばいいのにって思うわ。
彼女は部屋中心のサロンセットの中の、暗赤のカウチソファーで横たわって眠っていた。
夜が好きな彼女は、昼は白のマンクスの頭を撫でながら白マンクスと同じ色の瞳でうつろいながらブラックを飲んですぐに眠りにつく。
今日も3回溜息をついてから彼女は気だるそうにミラーの中の、カウチソファーに座る彼女自身を見つめていた。
夜にならないと行動しないし、昼は1時間しか瞳は開かれはしない。
昼の彼女だろうと夜の彼女だろうとあたしは嫌い。眠っている時だって。
いつもの様に姿鏡の中の彼女が目に入ると春の美しい中、死ねばいいのに、て思う。
あたしの気を知って彼女はわざとああやってお気に入りのあたしのカウチソファーに横になっていた。
M.FLEYS WILEESが一筋光った。
あたしは溜息と共に首を振りながら美術書に目を落とした。蜜蜂が画集の中、トマス・クーパー・ゴッチのDeath The Brideのポピーの中微笑む花嫁の滑らかな指にとまった。まるで夜の彼女の様。
でも、その表情はルイス・ウェルデン・ホーキンズのA Veilの様に妖しい穏やかさを見せつづけている。彼女の眠る表情もそうだった。
男達は夜の彼女に魅せられ、昼の彼女を想い妻達の元へ帰っていく。
月の出る夜を待ちわびて妻と幸せに愛を語り合っている。そうやって幸せが続くのは、彼女と月の出る毎に秘密で会っているから保たれる。
彼女はまるで不思議な力を持つ女神のようだった。
きっと何か彼女独特のオーラと水分が発されているのだろう。そう、男性へと……
月の力を借りて、彼女は夜男達の女神になる。
それでも彼女の二面性にあたしは嫌気が差している。彼女はきっと、精神不安定者なんだろう。
月の無い、そして雨の無い夜は稲妻の様に激変した。
今日は雨じゃ無いわ。月は出る。言い聞かせるあたし。
今日は白の薔薇は美しい。闇夜に潜む魔物は。
「………」
蜜蜂が光の中を一周しては微かな羽音を立て春の中へ帰って行った。
白の薔薇の伝い張る白の大理石のローマ庭園へと。
あたしは目を移しては蜜蜂を消えるまで追っては、今日の夜開かれるだろう薔薇のつぼみ達を見つめた。
アーチを伝うつぼみは朝の内にしておいた水まきの水分を内側に含んでもたれていた。
風が吹くと揺れては日の光を受けつつ雫は落ちて行った。
目に映る鏡の中の彼女は穏やかな表情で眠ったまま、まるで動かなく息をしていない様……春の陽射しの中思う
「憎らしいわ」

A VEIL OF BEAUTIFULL ROSES2

キデン=ハロガステンは28という年齢で、豊かな体を持ちそして女としての充分すぎる力が備わっていた。
それだけなら普通という物を、彼女の趣はあたしのこことを、彼女の全てから拒絶させたのだ。
それはまだ美しい月の出る夜ならましな物だった。
彼女はあたしから見れば確かに、気が本気で違っている。雨の日は……。
「サラ、今日は?」
「今日、ずっと晴れですわ」
分かっている筈。
彼女はまるで対話が出きるかの様に大気の事にくわしい。体で感じるのだそうだ。大気中の水分状況という物が……。
なのに、「晴れ」と言った時に不満を覚えたのか、あたしをフン、と睨んで冷たい声で「ああ、そう」と言ってマンクスの頭をさすっていた細い指をグラスに移して、ブランデーを飲む事無くあたしに投げつけた。
ーーーガシャンッ
あたしの上腕から血が噴出した。
今日は雨は降らない筈。
あたしの目は元より彼女を見る事も無く白のローズガーデンに釘付けになったままで、痛みさえも恐怖の内に追いやられていた。
彼女は甲高く笑った。何が笑えるって言うの。
「今日はとても澄んだ酸素で包み込んでくれるんですってよ。あんたの言うような、思っているような天気は展開されはしないのよ」
わけわからない事言わないでーー……、今日も一日うんざりしそう。
彼女はそれでも何を思ってかウィルマ・ゴイクのIn Un Fioreを気分良さそうに歌ってなんかいる。
今からバスに浸かるためにこの部屋から消えて行った。
そのまま帰って来なくたって構わないわ。あたしはガラスを見つめながら、その匂いをかいでいるマンクスを見た。
あたしの猫。
なのに彼女に懐きだした。
マンクスはミャンと短く泣いてくれる。彼女とあたしの間を綱渡りして大変ね。気紛れさを失った猫。
そう、今日は晴れの為にご機嫌だった。こうやって流血させる事だって何度もあった。
男で無くあたしに怪我させるなんてどうかしてる。
鏡の中から彼女が消えて安心して、同時に嫌な悪寒が襲う。キズの痛み。
あたしはベルを鳴らす。
ガラス製でガレ風のベルがコトンと置かれた時にドアが開いて、部屋中に響き渡るリンとした音達があたしから逃げて行った様。
血相を変えて泣きながらリカタ=メド=アガリーはあたしの傷を今にも倒れそうな表情で見つめる。
そしてすぐに治療に取り掛かる。
まるであたしは彼女がヴァレンタイン・キャメロン・プリメッサのDeath Of Sward The Storongの中の老婆に見えた。
彼女は30なのだと言う。キデンに着いていればそれは老けてしまうわ。
彼女の中から本来の彼女自身の年相応の時の顔は窺い知れはしなかった。
あたしはバッディ・ブラーヴォのLa Bambolaを口ずさんだ。春に似合わないメロディー。
リカタは目を伏せて腰をかがめて立ち上がった。そういう時はまだキデンがこの部屋に近づいてもいない事を確かめる時だ。
この棟からアーチ連伝いに続くローマ風呂への道、白のローズガーデンを横切るその道に彼女がいないかを確かめている。
彼女は安心した様に腰を伸ばした。ライトアップされたガーデンに優しい目を移す。
彼女がバスへ行っている時間。リカタの安心出来る唯一の時間。
あたしが歌うLa Bambolaも今のこの時間の彼女が聞けば美しい小夜曲へと変るくらいの。

A VEIL OF BEAUTIFULL ROSES3

昨年、突然キデンはあたしの前に現れた。
しなやかなプジョー406クーペはコーナーを曲がり、そしてその中の彼女は強く微笑んだ。
音も無く石の敷き詰められた場に車は停止をして、そしてスッとドアが開いて、素足にバレンシア ル ディスの10センチヒールが両足そろって出てきて、トラサルディのクロコダイルスーツを着込んだ彼女はまるでマシュマロのような、または雪のような柔らかくきめ細かいパーマを極めて上部でひっつめて現れ、サングラスを深紅のマニキュアで取るとあたしを見据えて目を大きく見開き細めた。
身震いした。
「あのローズガーデンはあなたのもの?あたし、あなたのその時代を気にしないオスカー・デ・ラ・レンタのラッフル・ドレスをクールに着こなせている所も、その姿であの白の中を散策しているだろう所、気に入ったわね。上がらせてちょうだい」
遠くの通りであたしの姿を見つけて全ての予定も振り仰いででも車を走らせてきれはそれだけの理由でもうずっと居座り続けているぶしつけな女。
出会ったあの日、あたしは半年前にモーリシャスで出会ったハザガと共に食事へ行く所だった。
さあ、今からレベッカ・ダネンバーグのキャミソールとスカートをエレガンスに軽く着込んで迎えを待つわよ。という時で、それなのに彼女は「知らないわ」と言って口笛を吹きながら歩いて行った。
その後ろを静かに付いて行ったのがリカタだった。
キデンの運転でメイドのリカタはその時からおどおどしていた。車の中にいた事も知らなかった程シーツと全く同じ色と素材の彼女のファッションは彼女をそういう印象にしていた。
でも、それはキデンなりのリカタへの心配りだったという事が後から分かった。
時間通りに来たハザガは突然キデンに平手打ちをされた。手にしていたキーが飛んで行った。
ハザガは驚いてキデンを見た。当然だわ。そんな事。
彼女は鋭い声で言った。
「何考えているの?約束の時間通りに来る男がこの世のどこにいますか。それになんなのそれ。ディナーへ出るのにそのスタイルは無いんじゃないかしらね。それに香水の何てキツいかしら。ああもう勘弁して欲しいわよ。あなた何なの?何て事よ。一体何を気取っているの?」
ハザガの口は酷く歪んでキデンを睨んだ。
「サラ、何なんだ?彼女は、君の姉か?」
明らかに頭に血が昇っている。
この場を軽くあしらえるような青年じゃ無い。短気な所は彼の話によると父親の血筋なのらしい。
何も言えずにいるあたしを見てハザガは怒って車に乗り込んで帰ってしまった。あたしは唖然とした。
その日彼女に隠れて電話をすると案の定言われた別れ。
それなのに、2日後ハザガは現れた。とんでもない格好でだった。
彼は車から出てきて真っ直ぐキデンを目指した。
そう、素っ裸という姿にグッチの靴だけを履き彼の家からここまで運転してきては颯爽と降りつつみ隠さずキデンに、微笑んで進み出たのだ。
あたしは彼が狂ってしまったんだわと思った。憐れにも彼は。
あたしの屋敷のメイド達はポカンとしながら堂々と150メートルを歩いて来たハザガを見送っては、何も無かった様に仕事を再び続け始めた。
月はまだ淡いトルコブルー色の時刻だった。
あたしは部屋へ歩いて行って静かに扉を閉じてから、そして部屋の中央で立ち尽くしながら激しく泣き叫んだ。
その日からハザガは彼女の物になってしまったのだ。あたしの入る隙も無く。理由も分からずじまいのままで……。


A VEIL OF BEAUTIFULL ROSES4

彼女からオーラが発されている。
あたしには分かる。あたしが苛立ち始めるから。それに、月が早くも色づき出していた。
透明に澄んだ夜の空が少しずつ冷気を連れ込んでくる。
その先からキデンがゆっくり歩いてくるのが分かった。
彼女は明らかに存在するだけで女という女を苛立たせるホルモンを発してでもいる様なのに、その分男は何を聞きつけたのか突如訪問して来た。あたしの父の屋敷なのに。
あたしは元から一輪の薔薇にでも見えるのだろう、見向きをしても「美しいね」と一言言えば興味も無くしてキデンへ手を寄せる。
「今日は一体何人迷い込むかしら」
髪を両腕でかきあげながらドレスの裾を風に持って行かせて歩いて来る。
濃い藍で塗りつぶされた広い瞼が妖しく、毒々しく微笑みながらあたしを見た。
変よ。今日は晴れなのに……。
あたしはハッと気づいた。逃げなくては。
彼女は今日月経。忘れるなんて。殺される。嫌よ。
あたしは足をもつれる事も無く走り出して止まる事は無かった。
杉の木を抜けて赤の薔薇の中に駆け込んで、棘と言う棘があたしの肌を引きちぎろうが恐怖が先立つばかりで、あたしはただただ逃げる。
狂ったようにむせ返る赤の薔薇の匂いと同じ赤の鉄分の匂いを気にせずに走る。
狂ったような銃声であたしは屋敷の方を振り返った。
天をつんざく声は悪魔の断末魔の様だった。キデンが叫んでいる……あの藍色も、黒の唇も長い長い、分厚いまつげもぐちゃぐちゃにして叫び狂っては白の薔薇の中で泣き叫んでいる。
一体誰が今日の彼女の狂気の犠牲者になったの。
悪魔の叫びが空間中をまるで切り裂きそして腐らせでもする様に薔薇の花達が青い月光の下、数個地に落ちた。
走るのよ、とにかくこのギスギスした空気から離れなくてはならない。
あたしは今日のような日以外、雨や月の隠れる闇の夜の彼女の姿を思い出して体を大きく震わせてとにかく視界を流れさせた。
彼女の狂叫があたしの背を追って来る。もう嫌、もう嫌よ!!!
走って走って、あたしはいくつもの岡を越えて浜辺に出た。
着くまでの道で車に危うく轢かれる所でもあった程足はよろめいていた。
訪れた静寂に、今はただただ浸りたい。
海の色も空の色も月の色も同じ青だった。
なんで美しい青かしら。こんな美しい日に狂うなんて気の毒だわ。
それでも彼女は海に興味は無い。海の音にも。そして深さにも苛立ちを覚えると言う。
「サラちゃん」
あたしはゆっくり振り向いてあげないとその人物は失神する。
「ご免なさい。一人で逃げてしまいましたこと、お怒りでしょう?」
リカタは首を振って微笑んで、困ったような表情で海の先の霧を見渡した。
船の黒い影が一艘、線の上を滑っている。
それだけが動くものでは無かった。海面の煌きも、見つめるリカタの瞳の中の物もその煌きで動いている。灰銀の煌きは、伏せられた目で消えては重い溜息がこの神秘的な場の雰囲気を静かな荘厳さのある場所に変えた。
踏み均す砂は白く、そしてさらさらとあたしの素足をくすぐられた。
リカタは死んだ様に星を見上げている。
余りに空がガラスの様に透明過ぎて、今にもあの遠方の薔薇園が天の映しだされるとまで思われる。
「帰ってあげないと……」
リカタは屋敷の方向を振り向いて呟いた。
彼女は今、泣いている頃だろう。まるで少女の様に。声をひそめて。体を小さくして泣いている。本当に、無垢な顔で泣きじゃくっている。
あたしは彼女は病気なのだと聞いてもいないけど確信している。全て明日になっていれば忘れている。


A VEIL OF BEAUTIFULL ROSES5

キデンが久しぶりに、というか、ほぼ1ヶ月に1度のピクニックの提案を出す。
2日目の気分のいい彼女は気分上々に支度を始めている。
あたしは溜息をついて、彼女が必ずしも優位に立っているわけでは無い風を露骨に示してみても、彼女には無意味な事だ。
ピクニックとは言っても別にディナーをバケットに詰めて2人で岡にまで行って海を見下ろしながら月光浴をしようなん言うんじゃ無い。
あたしは諦めて伸びをして微笑んだ。彼女は嬉しそうに鼻歌を口ずさんで淡いローズ色のチークをブラシで滑らかな頬に挿している。
彼女はイヴ・サン・ローランのメイクボックスを閉じてから姿見の前で微笑んだ。
黒の細いアイラインで目の周りを囲い、長いまつげはくるんとカーブを描き、ピンクの唇は同じバランスで両方とも上がった。
年齢をまるで好きなように変えられる様。心無しか体つきさえも16歳位の、あの若々しい肉付きになっているのもホルモン分泌のためだろうけれど。
まるであたしと同じ年齢なのかと疑う位だった。
その時の彼女は女にも優しく、春を純粋に愛で、夜の星に微笑みさえするのだ。
あたしが唯一安心でき、彼女を友人として思える日だった。
この日、彼女は最高の計画を立てて女友達を大いに喜ばせる。
その日と言うのが唯一リカタの休日だった。彼女から開放されて1日自由に過ごせもする。今日は久しぶりに日帰り旅行に行くのだと昨日の内の、2人で帰った岡の上で歩きながら言っていた。
彼女の装いはこの日はノーブランドだ。
元々貴婦人貴婦人するのは好きではないほうだと彼女自身が言っている。
高価なものにこだわるわけではないという事もブランドに固執するわけでも無いという所も。普段を見ていてもあたしにも分かる事だった。
白い薔薇園にまるで浮かぶ大鏡が輝いた。
元々この大鏡が彼女が持って来たものだった。
それまではその場には父の肖像画が飾られていた。
巨額な遺産は全て残されたあたしにゆだねられたものの、あたしは残りの70年余りとこの土地、薔薇も何の不自由無く好きに過ごせる位の財産だけを計算して、プラスアルファ$10億を残してから全ての残りを、本気で未開の地で苦しむ人々に寄付した。
別に新しい物には目を惹かれないから余分な金は必要なかったのだ。
多少若々しさには掛けるものの、時代を余り感じずゆったり過ごしていたかった。男ができれば金を出さずともどこへでも連れて行ってくれていた。
元々モーリシャスへも他の男と行ったものの、その男は大喧嘩をして、カードと金をふんだくって男の手ではなくチケットを握ってセイシェルへの慰めの一人旅へと行く前にハザガに出会ったのだ。
それでも彼にもセイシェルへのチケットはある。その先で再会した時には互いに新しい相手がいて、思わず全てを忘れて4人ではしゃいだ。彼から奪ったセスナで4人で揣摩を回り海上を回った。
あたし達は2人、車を滑らせて道を軽快に進めて行く。
彼女が近づけばいくらラジエで渋滞を知らせていようがその道さえすぐさま開通した。
運に恵まれてでもいるキデン。
飛行場について、決まった感じの場所にクーペを停めた。
キーをあたしに投げ渡して、彼女はパンツポケットに両手を突っ込んで立てた襟の横の水色の瞳で彼女自身のセスナの入っている倉庫の場所を確認してあたしを振り返った。
彼女もあたしもセスナの操縦ができるけど、彼女は大して運転が好きなわけではない。ただ、夜空が好きだった。
あたしは運転が好きなのだ。多少アクロバットはきついものの、彼女は大喜びではしゃぐ。
空の上での彼女は饒舌で、イヤホンから聞こえる彼女の話は止め処無い。
そのセスナでその日だけは海面すれすれを飛行させてくれ、そして月光の道も滑走路に出きる。
海に浮かぶことの出きる彼女のセスナは、あたしと知り合ってからそうしてくれたもので、その上で月を見上げながらあたし達は少量のジンを飲み、泳いではまた運転交換して彼女の運転で彼女の所有する島へ行く。
到着してから彼女専用のスパのフルコースを最高の贅を尽くして行われ、そして男女を招いてパーティーが開かれる。
彼女の友人達は有名なセレブリティやモデル達が多く、あたしは1日のみの楽園に浸った……。


A VEIL OF BEAUTIFULL ROSES5

キデンが久しぶりに、というか、ほぼ1ヶ月に1度のピクニックの提案を出す。
2日目の気分のいい彼女は気分上々に支度を始めている。
あたしは溜息をついて、彼女が必ずしも優位に立っているわけでは無い風を露骨に示してみても、彼女には無意味な事だ。
ピクニックとは言っても別にディナーをバケットに詰めて2人で岡にまで行って海を見下ろしながら月光浴をしようなん言うんじゃ無い。
あたしは諦めて伸びをして微笑んだ。彼女は嬉しそうに鼻歌を口ずさんで淡いローズ色のチークをブラシで滑らかな頬に挿している。
彼女はイヴ・サン・ローランのメイクボックスを閉じてから姿見の前で微笑んだ。
黒の細いアイラインで目の周りを囲い、長いまつげはくるんとカーブを描き、ピンクの唇は同じバランスで両方とも上がった。
年齢をまるで好きなように変えられる様。心無しか体つきさえも16歳位の、あの若々しい肉付きになっているのもホルモン分泌のためだろうけれど。
まるであたしと同じ年齢なのかと疑う位だった。
その時の彼女は女にも優しく、春を純粋に愛で、夜の星に微笑みさえするのだ。
あたしが唯一安心でき、彼女を友人として思える日だった。
この日、彼女は最高の計画を立てて女友達を大いに喜ばせる。
その日と言うのが唯一リカタの休日だった。彼女から開放されて1日自由に過ごせもする。今日は久しぶりに日帰り旅行に行くのだと昨日の内の、2人で帰った岡の上で歩きながら言っていた。
彼女の装いはこの日はノーブランドだ。
元々貴婦人貴婦人するのは好きではないほうだと彼女自身が言っている。
高価なものにこだわるわけではないという事もブランドに固執するわけでも無いという所も。普段を見ていてもあたしにも分かる事だった。
白い薔薇園にまるで浮かぶ大鏡が輝いた。
元々この大鏡が彼女が持って来たものだった。
それまではその場には父の肖像画が飾られていた。
巨額な遺産は全て残されたあたしにゆだねられたものの、あたしは残りの70年余りとこの土地、薔薇も何の不自由無く好きに過ごせる位の財産だけを計算して、プラスアルファ$10億を残してから全ての残りを、本気で未開の地で苦しむ人々に寄付した。
別に新しい物には目を惹かれないから余分な金は必要なかったのだ。
多少若々しさには掛けるものの、時代を余り感じずゆったり過ごしていたかった。男ができれば金を出さずともどこへでも連れて行ってくれていた。
元々モーリシャスへも他の男と行ったものの、その男は大喧嘩をして、カードと金をふんだくって男の手ではなくチケットを握ってセイシェルへの慰めの一人旅へと行く前にハザガに出会ったのだ。
それでも彼にもセイシェルへのチケットはある。その先で再会した時には互いに新しい相手がいて、思わず全てを忘れて4人ではしゃいだ。彼から奪ったセスナで4人で揣摩を回り海上を回った。
あたし達は2人、車を滑らせて道を軽快に進めて行く。
彼女が近づけばいくらラジエで渋滞を知らせていようがその道さえすぐさま開通した。
運に恵まれてでもいるキデン。
飛行場について、決まった感じの場所にクーペを停めた。
キーをあたしに投げ渡して、彼女はパンツポケットに両手を突っ込んで立てた襟の横の水色の瞳で彼女自身のセスナの入っている倉庫の場所を確認してあたしを振り返った。
彼女もあたしもセスナの操縦ができるけど、彼女は大して運転が好きなわけではない。ただ、夜空が好きだった。
あたしは運転が好きなのだ。多少アクロバットはきついものの、彼女は大喜びではしゃぐ。
空の上での彼女は饒舌で、イヤホンから聞こえる彼女の話は止め処無い。
そのセスナでその日だけは海面すれすれを飛行させてくれ、そして月光の道も滑走路に出きる。
海に浮かぶことの出きる彼女のセスナは、あたしと知り合ってからそうしてくれたもので、その上で月を見上げながらあたし達は少量のジンを飲み、泳いではまた運転交換して彼女の運転で彼女の所有する島へ行く。
到着してから彼女専用のスパのフルコースを最高の贅を尽くして行われ、そして男女を招いてパーティーが開かれる。
彼女の友人達は有名なセレブリティやモデル達が多く、あたしは1日のみの楽園に浸った……。


A VEIL OF BEAUTIFULL ROSES6

今日は美しい月が出る日。
春の一番美しいとされる日が、その夜がもうじき音も無く訪問して来るわ……
準備をしなくては。
春の夜に溶け込むその色へと。
急ぐことは無いわ。気配は色で表れるんだから。
あたしはとにかく館の中で見ていればいいだけよ。静かに……。
ママが昔言っていたわ。ママが少女の頃から育ててガーデンを障害で創り上げて……美しかった庭の主ママはシェア・ブリスそのものの肌を持ち、その唇はCLのブルームーン色を引いていた。
少し、キデンに似ている微笑み。
「あのね。女は薔薇のような女でいようね。でも、薔薇のような女になってもいけないのよ」
ママの蔓は一人の男を絡めて離せなくした。その唇と色と同じ色の爪で心を引っかいて、パパを手に入れた。
「多くの姉妹たちの中から殿方自ら手に取れる程に。爪を立ててはいけないわ。子猫のようにはね。夜だけ染み出た血をなめてあげましょう。手を掛け磨き上げた身で愛しいあの人を優しく愛してあげる。ディープカップのようにね。でもねサラ……」
ママはあくまで優しく言った。
「決して薔薇は憎んではいけないわ。裏切られても、打ち棄てられてもね。だって、殿方は不規則な蝶なんだもの。本当は薔薇達全てがあたし自身であることは悟られてはいけない。自分の一番美しい長所を嫌われたって、他の性格は手に取られる事無くずっと生き続けてその方を恨みつづけることになってしまう……」
5歳のあたしにいつでも、絵本を読ませるように語った。
「女はね、捨てた時は余りにさっぱりしていてまるでデンティベスみたい。愛されることに慣れていてすぶ他の人がいるのね。棄てられたときにこそ地を這いつく蛇のようになるから……。その毒で薔薇の根を染め上げる。彼を恨んではいけないわ」
あたしの髪を彼女は優しく撫でて言った。
「素晴らしい彼を愛しつづけるわ。美しい心でね。女は、気高くも恥じらい生きて行くの。ね」
CLのシュネー・ビッチェンとタッチ・オブ・ヴィーナスの白の中、ママは美しく微笑んでいた。
優しいママはいつでもマーガレットメリルのような、美しく柔らかいママ……
パパは薔薇が余り好きじゃなかった。あまりにママが可愛らし過ぎたから。
ママが薔薇のエッセンスの中、ダマスクを潜り抜けてきたママは最高の薔薇だから。
パパはそんなママを屋敷の中に大切に入れておいた。美しいガラスケースの中のアルテミスみたいに……。
何かに例えればパパは海のような人だった。薔薇の海の遥か向こうの夕陽の差すアクアの海へと。
よく連れて行ってはグランブルーの時間になるまで海を2人で見つめていた。デッドカームの海は沖の方まで穏やかだった。
パラオの海を愛する若いパパは夜凪を背にあたしによく話を聞かせながら帰った。パパは海の前ではいつでも話すことは無かった。
「海で言葉は必要無い。カームの時間の静かな海ではね。いいかい?彼に波長を合わせるように、そうだな、無心になるんだ。自然な力でね。何も表現は必要無い。飾る心は波が無化してくれる」
パパの休日の中、夕日時から夕暮れ時はあたしだけのパパだった。パパはその時間を大切にしてくれていた。
あたしの世界中の海好きはパパに似たのね。中でも、フロリバンダのマチルダのようなグラデーションを見せる夕時の海も好き。事実、あたしがママにはじめて与えられて育て始めたのがマチルダの株だった。
パパとママは素敵に愛し合っていた。シャイで外出や社交の得意ではなかったままの事も気遣って薔薇好きのマダム達の会を作り、徐々に外へと気を向かせたりもした。
ママの部屋から見えるラ・レーヌ・ヴィクトリア、ラウブリッター、ロサ・ケンティフォーリア・ムス・コサのオールドローズの中でも、ピンクで主にカップ咲きやロゼット咲きの可愛らしいパティオの中にある白大理石の十字架は、パパの愛が込められている。
今では、パパの体もその横にあるわ。それがあたしの大好きな両親への愛の一つのかけら。
今でも目に浮かぶ。
マダムヴィオーレとブルーシャトウの切花をママの死体の上がった海にたわむけた、パパの涙。


A VEIL OF BEAUTIFULL ROSES7

逮夜、シュネー・ビッチェンを軽く撫でてキデンは微笑んだ。
ピエール・ドゥ・ロンサーヌを一面に張り巡らせたママの部屋の中のあたしを見た。
いつもキデンがいるのはそのママの部屋の下の階で、あたしは夜、ママの部屋の2階にいる。
白のガーデンから身を返して中庭への窓へ向うと、両親の十字架を囲うピンク色の中、キデンの彼氏のミスタースマルトが佇んで冷たい視線で白の漆喰の壁を見つめていた。
ミスタースマルトの本名は知らないものの、あたしは彼が好きだ。
別に、恋心ではないけれど気に入っている。
大分名の売れた霊媒士だという話で、ママの霊は自分の事を嫌っていて、自分を香りで引きつけてその棘で指を刺させるんだと、頭の違った理由を着けて嫌いなピンクの中にいるというけれど、ミスタースマルトはピンクが好きだ。あたしにはわかる。
「男だからって気にする事無いのに。イヴサンローランだってきっとピンクが好きよ。分からないけど」
独り言をつぶやいてはベランダの窓を開け放ってブロンズに手を掛ける。
ミスタースマルトはメガネの奥の紳士的で高貴な眼差しであたしを見上げて口だけ微笑んであたしに会釈した。
その礼はあくまでこの薔薇屋敷の主であるあたしへの挨拶としてだった。
ポワール・ウィリアムスを軽く掲げた。
あたしが好きなブランデーだった。珍しいわ。あたしにだなんて。
彼はあたしに下に降りて来るように促した。
彼からしたらほんのドリーで子供のあたしには心まで彼の予想しているだろう如く、意気揚揚とスキップまでしながら降りて行っては、柱の隅から彼の姿が見えるまでには平静を取り戻す努力をする。
曲がり角で、目に入るアウェルノス湖の満月を見ながら咳払いする。服装を背後の裾まで確認して笑顔を引き締める。
この絵画、あたしが嫌いな男が持ち出したあたしの好きな絵。この場にこそふさわしい絵なのかもしれない……。
「こんばんはスマルト。あの方なら今、ホワイトガーデンにおりますわよ」
あのボトルを見ずに言いながらつびみを弄ぶあたしに、可笑しそうに笑った。「今日は君のバースデーだろ。4人でその一時に杯をしようと思った」
「今日はママ、あたなを受け入れましたのね」
気取った口調のくせに喜びを人に見せることが必要な時以外人の目を見ようともしないあたしを、彼は慣れたようにあしらう。
その後軽くおどけてみせてもいつでも目は笑ってはいない。
知っているわ。彼は一人でいるときいつだって恐いほど冷たい無表情なのよ。
まるでメスを構えて死体を見下ろす解剖医みたい。そんな、どこか不気味めいた氷の輝きはメガネのせいかもしれない。
だからこうやって今、ポワールを飲む一時だって気分は張り詰めている。
ミスタースマルトは十字架の前方の土を片方の顔で見下ろしながら口をつぐんだ。まるで、睨む様に。
「あなたは何がお見えになるかしら。あたしにはむろん、母の亡骸は見えませんことよ」
「そうだな。柔和な微笑と、優温な声と……、君の母親はあの子に似ている」
キデンに。そうでしょうね。それは……あたしは始め知らなかった事実。
「彼女、あたしの母の妹なんですのよ」
リカタの話。事実らしいのはママのアルバムでわかったわ。だからって今やあたしの屋敷で好き勝手に生きるなんて。
「そういう事じゃ無い。血の事さ」
「え?」
ミスタースマルトは月を仰ぎ見るとブランデーを十字架に注ぎたわむけた。
「ボンヌイが、君の母親も第一に好きだったろうさ」


A VEIL OF BEAUTIFULL ROSES8

美しい透き通った月は一欠けらの雲も無く、キデンに充分にシンクロした。
ああ、苛立つあたしの体内ホルモン……。
白の中の、キデンをエスコートするミスタースマルトの表情は先ほどと打って変えられていた。
あの姿鏡の中のアルテミス、キデンは動き微笑み歌うように言葉を発している。
数人の男達が彼女を取り巻いて口々に彼女と話を交わしている。
彼女と共にいるだけで男達はまるで生き返った様になると言う。そう、まるでポリネシアンセックスの後のような波が訪れる様に。
彼女自身の何らかの不思議な波動は月の存在でまた変化する。
男達は白のローズガーデンの中で癒される。
アルテミスのルナティクな魔力、愛の波動……
淡いトルコブルーの月が霞みかかるような蒼天に、まるで溶け込むように佇んでいるわ。
白の薔薇達に青の月光をおとして美しく、神秘的に輝いている。それでも、その中のシルクのローブのキデンは最も穏やかな美を称えていた。
男達の愛の言葉に応え、悩み事を聞き、優しく答え、男達を見えないオーラで、包み込んででもいる様。
妖しい麗しさで男を惑わす。まるで魔女のようなキデン。男達の女神。彼らは彼女の糧。
キデンは月に力を貰って、その力で男達は新鮮な気分になるのよ。その分、思うわ。キデンは女達からも精力を奪っているんだって。
そしてまた1人、彼女の引力に不思議と引き寄せられた若い男がやって来た……
彼女の毒舌は全ての男と言う男を引き寄せてしまうそのフェロモンを表面上のみ無化する様。
闇は押し寄せてきてはスウッと、ゆっくり徐々にガーデンはライトアップされてクリアに彩った。
甘い、甘い香りは一層全てを包み始める……。
あたしは自分の部屋に戻って、ミラーにボンベイサファイアのボトルを投げつけた。
思い切り四方に飛び散った破片に背をふいっと向けて腕を組んで部屋の中央、シャンデリアの周りを回るかのように歩き考えあぐねる。指をトントン鳴らす。
扉が2度ノックされてから開かれた。メイドが3人ミラーを片付けに来た。さっきの鋭い、ヒステリックな音を聞きつけて。彼らには聞こえはしないわ。
それでもキデンは知っている。あたしはこの日苛立つことを柔らかな微笑みの表で快く思っている。今だって男達に囲まれてご満悦。
彼女の仕草の一つ一つが滑らかで舞ってでもいる様だわ。
もういいの。これ以上彼女は引き寄せなくてもいい。ぶしつけな男達でママのローズガーデンを彩らせたくなんか無いわ。
それでもキデンの波動で薔薇達までさらに美しさを増して行く……。
まるで精力のサバイバルでも、蜜に行われててもいる。成り立つ循環はとどこおる事は無いわ。それでも、彼女いてこそ行われ流れ出す精力の源は彼女が消えたならば崩れて行くでしょうね。
あたしの感じる苛立ちすら、一人の男によって無化、あるいは流れ出して行く。闇の宴へと突入して行く時に。
妖艶なシルエットがミラーの中で切り抜かれた様になる。緩い曲の中で舞う。
女神は微笑み……、見ている。

A VEIL OF BEAUTIFULL ROSES9

濃密な空気、あまりにも危険な香、いけないわ。惑わされ引き寄せられては危ない……。
これは彼女の発している偽りの魅惑。これは毒なのよ。本当は幻惑なの。
それでも結局男達は自然界の敏感な触覚に反応してしまう。まるで母へ甘えるかの様に……。
ニヤリ、そうキデンは不気味に赤黒い唇の上がる中、白の歯を覗かせ、伏せ目の見下ろしは斜め下を見つめる。
群青の瞼に黒の太いアイラインを白を際立つものにさせていた。グロスリーな群青はあまりに毒々しく、禍禍しい。
首をしゃくって低い喉を振るわせるキデンの笑い声はサタンの命を売った……デビルそのもののようで……尚余りに美しすぎた。
血の色をそのまま写した様……ボンヌイ。幾人もの男の血を事実吸い上げて来た薔薇。
「まるでミカエルの不在のヤン・ファン・エイクの最後の審判……いいえ、ジョットやカルトンの中の男達の様」
リカタは言う。まるで悪魔の乗り移った魔女のようなキデンは気を違えたメデイアの様。
キデンは赤のガーデンからパパ・メイヤン、カルメン、黒真珠、レッド・デビル、クロムソン・グローリー、マリア・カラスの株を全て抜いて、わずか2割のみを占めていたボンヌイばかりのガーデンに変えてしまった……。
あまりに毒々しいガーデンはキデンがいなければシックなのに……まるでサバトに迷い込んでしまった様。
ちょうど、ガーデン中心の林檎の木は黒い雄山羊の様だった。
黒の厚い雲に不気味な緑の月光が背後から円を描いて顔を隠している。
生ぬるく血なまぐさい風につられてカラス達が転がった死体に羽根を休めた。
生命の間を妙な音を立てて風は流れていて、全てがこの空間に留まり集まっている……渦を巻いている。
透明で、鮮明に……。
闇の中低く咲きそろうボンヌイ達の中、黒ビロードのローブに金糸の縁の先から血の滴る短剣がライトの光も無い筈なのに鋭く、そして鈍く輝いている。
静かにその中を歩くキデンは、その目は確かに狂の悦が浮かんでいる。
バルドゥング・グリーンの絵の中のエヴァと死をまるで再現している様にメイドの一人の死体を今しがた蝋で固めきって、男の顔を、骸骨の見えるほどに剥ぎ、林檎の木に括りつけて満足げに見つめながらボンヌイの中歩いている……。
足元には既に他の男……そう、ハザガがうめき苦しんでいる。既に断ち切られ、うずくまる傷だらけの背が見えるばかり……。
小雨が降り出して、緑の月光を背にキデンはあの不気味な微笑みで目を細めて両腕を斜めにだらんと掲げ上げ、右下のハザガを見下ろし首をもたげ、重心を片足に乗せる体勢を取ると黒紫の雲からあまりにもでかい雷が天空中を轟かせてキデンは老婆の様に恐ろしい笑い声で目を見開いたーー……
嵐の様に突如の大雨は赤黒い花びらと血を大いに舞わせ、剣は幾度も煌きそして嫌な音を立て続けキデンは両手を広げて首をガクンと上げてぐるぐる回りつづける。
「あーはははははぁ!!!ああぁーーーー……ぁっハッハ…」
まるで喉の奥の奥まで見えるような、実を奮わせる恍惚の笑いは雨を含ませ真っ赤な舌を突き出させ静止して気持ち良さそうに雨を浴びるキデンの白の肌は雨をはじいて行く……。
5つの躯の中の、木に括りつけられた躯は闇へと、死に寄った。
ママの妹、キデン=ハロガステン。
気違いとして追い出された。ある国の女王になって5年後のこと……、それでも王である夫はキデンを未だに愛し全てを与えている。
悪魔のキデン……。
今日もキデンはロンドを踊りながらまるでサバトさながらに猟奇殺人を楽しんでいる。
気味の悪い女。吐き気がする。


A VEIL OF BEAUTIFULL ROSES10

アウェルノス湖の満月が掛けられた壁の横の地下へと続く石段が音を立てる。
ローズキャンドルが暗い通路を一定の間隔で照らしている。
地獄の口の装飾の、鉄鋲の刺さる木の扉を開くとまず目に入るのがブーグローの地獄のダンテとヴェルギリウスだ。
本物のサタニストでもあるキデンが儀式や集会の宴を開くのに用いる部屋だ。
今日は昨日の男達と、4日前銃殺されたメイドの蝋人形と化した死体を処理する宴に使う。
そこにhじゃミスタ−スマルトもいて、珍しくビクトリアンロココ調で上品な、イタリアンウォルナット・カーヴィングカヴァーの椅子に、足を組み、アームに肩肘を立てて座っていた。
この屋敷で唯一の彼の持ち物だったオーク材で出来た彼らしい感じのホールチェアは姿をなくしていた。
助手だという20位の男をあたしは紹介されてはまるであたしまで彼女等の仲間の様に見られてしまう……。
「霊媒師の助手が不気味な事に手をお貸しになるなんて……嫌ですわね」
ミスタースマルトはいつも見物しているだけだわ。あの冷めた目で。
あの体勢で何時間もの間を全く身動きもせずに、あたしもリカタも彼はきっとメフィストフェレス……いいえ、ルシフェルなんだわって、言い合っている。
デ・マリアック・エクストラ・オルダーニュのグラスを2杯まで飲んで、その後彼はじっと見入っている。女達の作業を。
キデンがガウンの黒シルクをスルッと落とした。調理が始まる。
マホガニーの、エレガンスな鏡台の上に揃っている器材は全てヴァイキング達が実際数世紀昔に使っていたものが大半だわ。
この地下だけまるで古城そのままで、あながちよく童話で見られるような王家専属の占い師のため宛がわれた部屋といった感じでのホールで、奥行き50メートル、横が100メートルという広さで、暖炉や空気孔、石台などもそろっている。
あたしは知らなかった部屋。
キデンがこの屋敷に住むようになってから知った。それまでは通路の入り口に漆喰壁があった。隠された地下……。
この屋敷はこの地域を治めていた公爵の城が建っていたものの、農民の反乱などで崩壊させられた上に建っている。
通路が埋め立てられたのは、この屋敷を建ててから随分後だった。それもそうよ。キデンが少女時代にそうなった。
わずか4才のキデンが祖父の部屋から地獄の口の鍵を持ち出して開けた。そしてそこで飼っていたドーベルマンを切り刻んで食べているのを母に発見されたのがきっかけで、その翌日にはキデンは屋敷から追い出される形になった。
「今夜のディナーのメニューはさあどうしよう」
古く擦り切れた、革張りの調理本はラム皮の分、いつの時代の物かは分からない。相当昔の巻物をいつの時代かに本にでもした感じだった。
本当に調理本かなんて、疑わしい。
フライパンや大鍋、鉄板、串、様々が陳列されていて、マイセンの美しい食器はその助手が持ち出したものだという話。
キデンはその食器を見据えてから料理名を言った。
庭のハーブを摘んだ瓶とレモン、ブルガリア、カザンラクのローズオイル、スパイスの数々、アスパラやパプリカ……という順に台の、体の横に置かれては彼女等は全ての材料を切って行き、キデンが暖炉で調理して行く。
メイドの一人、最近入ったばかりの子が吐きそうに青ざめた顔で脳でムースを作る。
慣れてしまう自分が恐かった。
……さあ、準備が出来たわ。あと30分程で始まるわ。
リカタ率いるメイド達も上で準備が終了した頃でしょうね。友人達を呼び、よく開く立食パーティー。
地下での宴は今日も軽快な女達のクスクス笑いの中終焉を迎えて、そして今、あたしの友人達が、この屋敷へと向っている……。


A VEIL OF BEAUTIFULL ROSES11

かつて愛し合ったハザガはミキサーに掛けられレモン風のサワークリームと和えられキャビアとミントを添えられパナッペにされていた。
他にはももしか使えないと言うことでビーフシチューにされ、他は廃棄された……。
パナッペを食べながら語り合うシェナリーはあたしの親友。市長の父親の下で気ままにデザイナーをしている。知ってる?あんたが食べてるのって、一度あんたが浮気したハザガよ。
美しいローズガーデンの中、殺意を感じる。顔では微笑みうあ相槌、メイドへの細かい合図、ゲストへのあいさつ
ローズハニーをつけたビスケットを食べてはキデンは退屈そうにロイヤルローズのシガーをくゆらす。
柔らかな陽射しはキデンを攻撃しては欠伸をさせる。あと15分で彼女は姿を消すわ。どうせ。
エルメスのバングルを弄びながら伏せ目で白の薔薇を、大理石の庭ベンチブースの中から、そして男を見回す。
ゆっくり立ち上がってミラーの中へ帰っていくためにしなやかに、気だるそうに歩き出す。
彼女の、地に落ちる影を目で追いながらリカタに目で合図を送る。
キデンを殺害する計画は既に完成して、実行を待つだけよ……。
もう許さない。彼女に勝手はさせはしないし、大きい顔はさせはしない。
大鏡を割る。鏡の中のアルテミスを、殺すわ。
いつものカウチソファーに座る先客をキデンは「失礼」と微笑んで手で払って横になる。
マンクスが伸びと欠伸をして横になったキデンのいつもの足元に来てすわり、そして眠った。
追い払われた彼女達に「ごめんあさいね。叔母は変わり者なんですの」ろ、マルゴーを差し出す。
彼女は眠りながらにして、静かに、徐々に、苦しむ事無く死んでいく。
そう、仕掛けられた毒で女神は鏡の中、誰に気づかれること無く。
友人はいつものように、室内で語り合い。ローズガーデンに出て来ては再び他の友人達が入れ替わり立ち代り入っていく。
微笑み、相槌、合図、あいさつ、誉め言葉、ジョークを聞いてやり、合図、薔薇の花束をあつらえさせて……。
キデンは静かに、微かに体勢を変える。
淡く、どこまでも澄み渡る空はセレストブルーに彩られ、潤った薔薇達はまるで微笑んだ。
キデンは大鏡の中、シャドウグレーの中にいる。
微笑み、相槌、合図、あいさつ、ティーパーティーの誘い、旅行の誘い、男にシー・ジャックを差し出して……。
友人たちに気に入った薔薇をアレンジして帰りに渡して見送ると、ミストが薔薇達を囲っていた。
ブルーグレーかかるミスト……。そのガーデンの中、地下からいつのまにか上がって来ていたミスタースマルトがいる。
彼は静かに薔薇を見渡した。
「何なのかしら。このミスト」
「彼女が死んだ。だからさ」
リカタは鏡の中、泣いていた。
メイド達はミストの掛かる美しいローズガーデンと、霞む天空のブルームーンをあおいだ。
ミスタースマルトの助手はさっき友人達の中の2人を送り届に行った。
ミッドナイトブルー。
あたしはその時ずっと、ずっと微笑んでいたかもしれない。
ミスタースマルトが死体と化した女神をそっと抱き上げ地下へ運び、あたしの目の前から、鏡の中から消えるまでを。
部屋の扉は静かに、閉じた。
温かい風が薔薇の香りを運び室内を包み込んだ。リカタは扉窓を締め切った。
死んだ。キデンは、死んだ。
鏡を伏せ目で睨みつけて、思い切りブロンズのアンティーク風ブックエンドを投げつけると大鏡はドシンと倒れ割れ、彼女の愛読の数々はブックケースから落ち、月は静かに照らした。


A VEIL OF BEAUTIFULL ROSES12

薔薇の時期は一次終焉を迎え、次の準備に入っていこうとする。
あたしは薔薇の咲かない時期夏は南の国へ、そして世界中の海へ行き、そして冬はセスナで空の旅で全ての美しい空の色を制覇するために飛ぶ。
ムーングレーの中を静かに飛行しながら雁との群と並ぶ。
今日から夏が時期に来るということで、男探しを始めなくては。
今年の夏はその夏がまつだろう。その海を2人で満喫ししよう。
どの色と再会し、そして出会うかしら。いくつのホールを潜るかしら……。
あてど無く続く一方向の光が余す事無く吸い寄せられて行き、全ては飲み込んでいく。
いろいろを考えあぐねながら色の無くなった中庭を歩いていた。
「………」
ミスタースマルトが、十字架の近くで佇んでいた。
濃く、殺伐とした緑の中、2つの白の大理石は庭にやはりマッチする。
いつも、よく、ここにいる。あの女が消えたのに……。
微笑みを押し殺さなければ。彼から見ればあたしはほんのドリーの小娘だわ。冷たい視線は十字架の下方を見下ろしていた。
あたしの昔の日常の中に一つの欠片がまるで輝いてでもいる様で……。
そっとその場を立ち去りながらも自らの部屋へ上がって行く。リカタは昼食の準備が出来た事を、まる影のように伝えて来た。
食堂への回廊に飾られた絵に目が止まる。
「ちょっと……、」
ケスラー伯爵夫人と皇妃ジョセフィーヌの肖像画……。
何故こんな絵が食堂への道へ?何故キデンの絵が。
「すぐにティツァーノの鏡を見るヴィーナスにーー…、いいえ。いいわ。何も飾らないで。とにかくこの絵をお取りになって。早くね」
リカタを振り向くと、リカタは背後で下方を見つめていた。
あの女が消えてから、リカタはどこか変わり出していた。
力無くメイドを4人読んでは2つの絵を外させた。
「一体誰があんなしようも無い事……」
日常から完全にあの女の雰囲気は抜けてはくれなかった。
サンシャイン・イエローが差し込む明るい回廊を、歩いていても何かが、そう。
気分直しの友人とのアフタヌーンティーでの会話にはっとする。キデンから聞いた中世の話……。


A VEIL OF BEAUTIFULL ROSES13

5月の上旬時の昼下がり、一体どういう事なの……
再びあの絵が同じ場所に飾られているだなんて。
一気に食欲なんか失せて、尚キデンをどこか思い出させる2つの絵はあたしには余りにも不気味で気色悪い絵に見せた。
あの、雨の夜の数時間前を思い出させる……。
リカタを呼ぶ。彼女はあたしを一度見てから立ち尽くす。一体どうしてしまったというの。彼女はあたしへ反抗してあの女を偲んでいるとでもいうの?
ミスタースマルトも、あんな女をまだ追ってでも?
まるで彼女は幽霊になってしまった様。これからまた清々しい時期になるという物を。
「平気でして?よろしかったら本当にこの屋敷から自由になってもよくてよ?」
リカタは微笑んで首を振る。
あたしのメイドでは無いのに主死んだ今あたしが彼女の主人だというのに。
これまで通りこの屋敷にいるリカタ。他のメイド達は彼女の事を最近不気味がリ始めている。
自分達がしてきた事も忘れて。それは、あの女を怖れての事でもあったわ。確かに。
あの女が死んでから、まるで彼女はバルドゥング・グリーンの人生の3つの時期と死がすべてそのまま再現されてでもいるような。
そう。死に取り付かれて、死相が浮かんでいるんだわ。
明らかに精気や生命を闇に浸し始めている感を受ける彼女がいては、
次期の薔薇達には良くは無いわ。
どうにか今までも彼女を元気つけようと様々をして来たけれど、一向に彼女の顔色は老けていくように見える。
破調が乱れたからかしら?分からないけれど……。
闇のようなその日の夜は月の姿は見られなかった。
濃い空気をはらんで空気中を風が撫でて行く。あたしは物音のしないリカタの部屋の扉をノックしてみる。
ローズキャンドルは揺らめいて、金の装飾のノブを鈍く光らせはするものの、全く動く気配は見られはしない。
少し息を呑んで見慣れた自分の屋敷の廊下の一つであるこの場所を見渡す。
マンクスがあたしの足元でか弱い泣き声を上げている。
やわらかい、暖かな毛並み。
夜のこの時間もまだ保たれているのは今まで抱き上げていたからでしょう。
あたしはノブを引いて暗闇に眼を細めてからキャンドルで照らしてみた。
嫌な匂い。それでも慣れさせられた、懐かしい匂い。
「……リカタ」
彼女の血はすでに赤黒く、ボンヌイを、その花びらを浸しきっている。
何故こんな酷い事になってしまったのリカタ。望郷をいつも楽しみに計画していた微笑むリカタ。
あたしは彼女を抱き寄せて妙な体勢から人らしい正常の体勢に戻してあげた。
その顔は昼見たままの死相は消えていた。
苦しかったの。
可愛そうな奴隷、リカタ。
あの女を殺す計画は、彼女の親友を殺す計画でもあったんだもの。あの女が王室に入る前からリカタはずっとあの女と共にいた。
メイド達を起こす形で呼び出してリカタの死体を片付けさせた。どのメイドも全く話す事も無く。
そして物を丁寧に扱う感じで黙々と運んで行き、室内を清めて行った。
窓を開け放ち、ようやく月の姿を見つけて初めて言葉を発した。
「良い夜ですね。お嬢様。実に、美しい夜です」


A VEIL OF BEAUTIFULL ROSES14

多くの男達の女神だったキデン=ハロガステンへのレクイエムは、男達により満月の夜、捧げられた。
彼らは雨の中に関わらず白の地面を土色に変えながら、既に、美しい春の後の庭を侵させようがあたしの気分は曇る事は無かった。
あの女は死んだもの。
ミスタースマルトがカウチソファーで気だるそうに外の彼らを見ているあたしの横にたって一緒に見ていた。
「あたしの母がミスキデンに似てらしたとおっしゃっていたけれど」
「君はまるでコデルロス・ド・ラクロの危険な関係のMrsトゥルヴェルの様でいてまた違う」
「何がおっしゃいたいの」
声を低く落として言うとクスクス笑って「いや。いいんだ」と言う。
もしそうだとしたら彼はあたしに少しは気を向けると言うの?
「君の母親も我々に目を付けられていた。全ては、この中に」
「?」
彼は何か、小さなもの、そうMFを出した。ノートパソコンにスリットさせた。この人……
画面の中の若いママの殺人。
白い薔薇達が、真っ赤に染まって行く。あのママの目、ヤバイ。
男という男を、恨んでいる。目玉を食べて、歯を食べて、爪を体中に貼り付けて、土を狂ったように掘り下げて薔薇達の下に多くの死体を埋めて行くママ。
しかも、全ての男がとんでもなく太い。その肉に割った陶器の皿を、サボテンの様に突き刺している。
真っ黒の髪が口に入っているのも気にせずに泥にまみれ、ローズガーデンの中でうずくまり狂気的にうすら笑っているーー…
これが、ママだなんて信じられないーーー、
「これがどうしましたの?」
この男、一体何の団体だというの。刑事……。
そう考えるとするならとんでもない事になる。
ミスタースマルトはパタンと画面を閉じてガーデンを見渡した。
今やこの男だって同罪だわ。それでもいくらでも誤魔化せる。どんな方法を使ってでも幾らでも……。
男達の宴は小雨の中、しめやかに行われている。
あの女が好きだったブランデー、葉巻、ドレス、香水、アクセサリー、全て全て雨に打たれて水浸しよ。
白のドレスに泥が数滴跳ねた。湿った葉巻はもうバラバラ。棘に驚いた男が水溜りにブランデーを瓶毎落とした。
波動を発さなくなった彼女の死体は、雨をただただ流れさせるばかり。ふん、憐れなものね。
何をそんなに熱心になっているんだか、男達は外見上美しい宴を続けて行ったものの、あたしには欠伸物に他ならない馬鹿げたものだった。
つまらない映画を大画面で見せられている。
素晴らしい映画館に見とれて入ったはいいけれど、上映される映画はモノクロの無声劇。
キデン=ハロガステン。大嫌いだった。
ママのものであったローズガーデンを好きに堪能し、勝手に殺された女。
ママのローズガーデンを汚した女。その美で男達を翻弄させて来た毒蜘蛛。
ママも……毒蜘蛛だった。
あたしは立ち上がって、身を返して歩き出した。
空気ごとガラスに包まれていればいいわ。
腐乱したキデン。白の残る中薔薇と雨の組み合わせはソレさえも美化する様。
ミスタースマルトがMFを雨の中放り投げたのが見えた。
音も立てず芝生の中へ消えた所を、あの目で静かに見下ろしていた……。
どこか、哀しげだろうか?どこか、笑ってかしら、分からないわ。


A VEIL OF BEAUTIFULL ROSES15

汚れたママ。既に美しかった母の像は思い出の中でさえも影を落としている。
嫌悪が涙となって流れ、剪定されたガーデンの中、煌く事無く落ちて行った。
母の為に残してきたローズガーデンも、下に埋まる男達の死体の存在が明らかになったせいか、自棄に不気味で禍禍しい物へ見えるのは、白の鮮やかさと露の艶やかさが今は無いからだ。
この季節に彼があんな話をしたものだから、あたしの手に火を持たせる。
全てに理由着けてこの大好きな薔薇達を、あたしは殺さなくてはならない。
彼女等は何も知らずに次の季節の為に、主人のあたしに美しい花を見せる為に、愛でてもらう為に準備をしている……。
もしかしたら知っているのかもしれない。
あたしの気配は空気中を伝って花達の密な製造所を脅かしている……。
「白骨が、必要なんだもの」
ママの笑顔浮かんガーデンを包むように広がる。
優しかったママのバ薔薇園。
女性としての美しい物を愛でる心は本物だったわ。だからいつの幼い記憶にも鮮明な庭は美しくあり続けた。
ママの愛の賜物。薔薇達はそんなママに、少しだけ自らの頬を貸してあげた。子供のようにはしゃぐママの涙を受け止めてあげていたのよ。
あまり器用じゃ無かったママの愛はパパと庭に注がれて、嫌な記憶を全てパパが消して行った
危狂と柔優の二面性を持ったママは、恐怖がそうさせたのだと、古いメイドは初めて言った。
こんな時、薔薇達に何と言葉を掛け、この手を下方へ持っていってやればいいのだろう。
苦しむ、彼女等の腕が、あたしへまるで差し伸べらている……
「だめ、やっぱりできない、」
美化させるママの黒い影も、現実的な理由も、全て過去の過ちーーーそう、
本主人であるママのしてきた事……。
それでも美しくも儚い彼女等に何の咎めがあるというの。根は白骨を我が子のように包んできたに違いない。まるで守るように。
もう酷い肉にもその持ち主の怠慢さにも犯されること無く白骨達は静かに安らんでいる。その場を彼女等は提供している。
それでも、現実は変るはずもない。すでに大地に根を下ろし安心しきった彼女等は燃やす以外に道は無い。
なかなか、この1ヶ月の内庭を失う決心をつけずに何かと断り続けているあたしには彼も手を焼いていて、上の人達はついに礼状を強引に突きつけてもいるけれど、大した資産を有し、ボランティアの為に一時英雄化されたあたしを、この小さな街の警察は手荒に扱えずにいる。
ミスタースマルトは国の機関から派遣された刑事の分、本当はすぐにでも火で彼女等に思う存分悲鳴を上げさせられるのが厄介でもある。
あたしに決断の手を下させるというの?
あたしにーー……。そんなの、辛すぎる事だわ。あんまりだわ。
もしこのまま手もつけずに病気に冒させて、虫達にのさばらせ、枯れさせたって、何となく分かる。
キデンから強力な力を存分に受けて来た彼女等は、野生化するだろう事……。
それならば、その可能性を信じてみる事は?
若い株を地から引き、再び他の地へ行かせるのよ……。
でもそれは、分かっているわ。全てを失う事と同じ事。今まで生きて来た生命は死んでしまう。
これも宿命……。
ママの薔薇である、ママの無二の友であった彼女等の……。


ARTEMIS in pier glass16

昔、あたしは美しい装飾の大鏡の中に映り眠る美しい女を憎んでいた。
緩やかな春の陽射しがどこまでも彼女を透明にした。
月の満ち足りた愛を受けて輝く、まるでアルテミスのようだった。
あの日から、廃墟と化した庭はいくら待とうが手を尽くそうが、土を変えようがそれはどこまでも憐れな廃庭のままだった。
友人達も町役場達もあの美しかった薔薇を失ったあたしを充分に哀れがり、いろいろな話を出してくれてももう成す術もなかった。
あの株たちも、何が悪かったというのか枯れてしまった。
シュネービッチェンとタッチオブヴィーナスは死んでしまった……。
そればかりではない。どんな丈夫な品種を移してこようが無理だった。
まるで呪われてしまった。
この地は何か大きな力を耐えてきて、それもキデンの力で耐えつづけ……。
それがもう一気に耐え切れず一気に老け込んでしまった様。
いっそこのままセスナの置き場所にしてしまおうという計画は消された。
この数年、ミスターは月に一度の割合で夕食を共にしてから翌日はあたしを好きな場所まで連れて行ってくれる。まるで遠くに住む兄のような存在だった。
ある日、彼はあたしに苗を一つくれた。
24のバースデーの事。
あの、全てを殺してしまう今やキラーガーデンに、試しに植えてみてはどうだろうという事だった。
見た感じ、棘の鋭い薔薇だろうものの、どの苗か全く不明だった。イングリッシュかもオールドかもハイブリッドかも分からないし、いまはまだ蔓性なのかも。どうやら品種らしい話。
「何という銘花でいらっしゃいるの?」
ミスターは首を傾けただけだった。
彼の娘さんがにっこり笑った。まだ4歳だという彼女も薔薇や美しい華が大好きらしい。薔薇のお屋敷の女主人のあたしに懐いている。
どういった花弁を着けるかはお楽しみよ!そういう事らしかった。
ミスターの娘さんは、今日も彼女が一番好きだという薔薇、トム・ブレネマンのブロリバンダの周りを回ってどの薔薇の一つ一つと会話をしていて、不思議な子。あの子が来ると薔薇達は、何故か囁いて見える。
どれも美しく咲き誇っている綺麗な薔薇達……。
いつの日からか、あたしはあの子の母ならと思う。ミスターはあたしを何時までもドリーとして扱う。
「美しい花が咲くと思うわ。病気や暑寒にはびくともしないの。蔓性で検便高芯咲きから徐々に開いてく」
「香りも独特だというから、楽しみも増すだろう。かなり花持ちもいいようだ」
「少し変っていて、この薔薇ってとってもロマンティックで夜に咲くの!ただね、注意することは、苗を他へ移さない事」
「大して世話を掛けなくても育てられるし、すぐに蔓も他方へ伸びて行く」
「違うわ!パパ!愛情を注いで上げるの。話し掛けてあげるの」
「へえ……。分かりましたわ。どんな色と香りか大いに楽しみにしていますわ」
最近、素直な彼への気持ちが口をついて出てくる。一度だって彼と浮気し様という気は、キデンの様には起きない。
不思議に近い気持ちだった。
ミスターの娘さんは今日も一輪、トム・ブレネマンを手に父親と共に帰っていった。
その黒の滑らかな車体の光の走りを見送る。薔薇達、ブルーシャトーの海の中へ消えて行った。一瞬風が通り、青みが増して思えた……。
アルテミス……
あたしはこの薔薇に、そう名付けることにする。鏡の中のアルテミスと。
今日もラレーヌヴィクトリア達は美しく可愛らしく咲き中庭を彩っている。
その下に埋められている体は、一体彼に、何を話し掛けていたのかも知れずに咲き乱れる……。
そして、彼が一体何を本当は思いながらこの庭に佇んでいたのかも。ナニがウマッテいるのかも知らずまま、あたしは生活して行く。
女達が夫々に生き死んで来た中を。
やがて咲くだろうアルテミスと共に。やがて、あたしも海で死ぬのだろうか。
丘の先の海で、アルテミスの咲き乱れる波で、どこの海で……。

{end}

ARTEMIS in pier glass 鏡の中のアルテミス

ARTEMIS in pier glass 鏡の中のアルテミス

それは美しい薔薇の季節。 春の綺麗な時が織り成すその幻想的なガーデン。 キデン=ハロガステン。鏡の中の女神アルテミスの様に 美しい女の姿を、女サラは睨む様に見つめた。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-03-21

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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