キオクノカケラ
「あーちゃん、桜が綺麗だね」
お母さんが幼い私にそう語りかける。家族で出かけた公園の桜の木が咲き競うように満開だった。
まだ小さな私には桜の美しさが理解出来ずに、舞い落ちた桜の花びらを、まるで儚く消える記憶の欠片を拾い集める様に楽しそうに拾い集め、花吹雪の様に桜の花びらを嬉しそうに撒き散らしている。
お父さんがレジャーシートを広げて、あーちゃん、お腹が空いたねと微笑みかける。お母さんが作ってくれたお弁当を広げ、あーちゃん、おにぎりだよと私に差し出してくれた。お母さんの作るおにぎりが私はとても大好きだった。
「おばあちゃん、桜が綺麗だね」
若くて可愛い女の人が私に語りかける。私はおばあちゃんじゃないよ?私は亜紀。まだ小さなあーちゃんだよ。
「お母さんは呆けちゃってるけど、桜の綺麗さはまだ分かるかな?」
お母さんのような優しそうな女の人が私に語りかける。私はお母さんじゃないよ?お母さんはあなたでしょ?私は小さなあーちゃんだよ。
お弁当を食べよう、と若い可愛い女の人とお母さんのような優しい人がレジャーシートを広げて、お弁当を並べ始めた。あ、おにぎりがある!あーちゃんの大好きなおにぎりが。
「おにぎり、おにぎり、食べたい」私は呟く。
「お母さんはおにぎりが大好きね」
「おばあちゃんは食いしん坊だね」
二人はクスクス笑いながら私を優しい瞳で見つめる。
私は小さなあーちゃんのはずなのに、お母さんやおばあちゃんと呼ばれると何だがくすぐったくて優しい気持ちになれる。温かくて懐かしい。そして泣き出したい気持ちに駆られる。
「おばあちゃん、桜、本当に綺麗だね」
若くて可愛い女の人が私の頭を優しく撫でる。
ああ、本当に綺麗だね。綺麗だったね。
キオクノカケラ