RAVEN QUEEN

Raven Queen05/10/2012

[Raven Queen]

 両腕を掲げ夜を仰いだ。
微かな夜気はすぐそこまでやって来て頬を包みしばし凍てつかせる。
黒いドレスを返し彼女は石の暗いテラスから進み城内へ入った。黒石の廊下を銀の光と窓から挿す白い月光で照らされヒールの音が冷たく響いていく。
黒羽根に飾られた目元から黒玉の瞳が窓から覗く森を見て鴉(からす)たちが鳴きながらバサバサと低い羽音を立て飛び立つ。月は巨大で満月の型を取り、鴉たちの影をヴェールにした。
彼等はやって来るとテラスに降り立ち黒い衣装の男達に変わった。黒い羽着きの冑を被ったものや脇に抱えたものたちが銀の剣を下げ彼女を先頭に颯爽と進んだ。
硬い表情の彼等は彼女の敬虔な親衛隊であり広大な森を守っている。
丸窓から煌く星が瞬き彼女に伝えた。階段を裾を翻し引き寄せ上がっていき彼等の金属の音が響く。石の欄干を越え激しい嘶きと共に天窓を見上げた。空を六頭の白馬が引く馬車が駆けて来てあの男が訪問してきたのだ。
彼女はぐるっと回り鴉になって彼等も一気に姿を変え飛び立っていった。
馬車を囲いながら城から離れて行く。
泉に到着すると馬車から金髪の男が姿を現し空を飛び交う鴉たちを見上げる。方々でカアカアと声をあげばさばさと羽根をはばたき黒い影が幾つも重なる。
「ここまでいらして下さい。私には貴女の姿が紛れて……」
中核から三羽の鴉を引き連れて降り立つと地面につく瞬間に四人の人になり男のところまで美しい女王が微笑み進んできた。
「よくはるばるといらしたわ。こちらへ」
彼女は身を返し進んで行く。馬達はいななき御者が静かにさせた。
森の中は涼やかな風がふき彼等を迎え過ぎていく。時に薄く霧煙る先で森の生物たちが声を響かせていた。彼女の親衛隊の鴉たちも姿を変え金属音を響かせながら進んで来る。無表情のまま、城から離れたので誰もが冑を被り顔はわからない。
女王が巨大な木が立ち並び始めた間を歩いていき、そして大きな岩の前まで来た。その岩は亀裂前に鎖がはられている。
神聖な場所であり、岩は蜘蛛が歩いたり下方にツタが這い、上部は深く苔むしていて上の方と来ると霧と高い木々の葉で隠れて見えずに夜の闇に沈んで静寂だった。
一人の男が進み鎖の錠を黒い鍵で外した。鎖は音を立て下がり、女王が入って行く。彼も進んだ。
男が松明を焚いて進んで行く。岩壁は鴉族たちにしか解らない言語が描かれていて、蝙蝠が羽ばたいてきたり雫がいきなり落ちてきて金髪を濡らした。
洞窟を進むと広い場所に出て、透明な水が沸きつづける所に来る。
「初めて入りましたが、美しい……」
彼は見回し、月の光が天の開けた場所から射し込み泉にも映ってなめらかに気泡をあげて湧き出る態が神秘的だ。この湧き水は森の地下を通り先ほどの泉にも湧き出ている。
男は松明を消して炎の燃える音は消えた。こぽこぽという音が静かに響き、まるで心地良い音楽を聴いている感じだ。
「こちらよ」
泉前に進んでいき、その前に石を切り出し平にした台があってそこに香る花が何種類か手向けられている。それに光る輝石も置かれていた。
彼女はその石を手に取ると呪術を唱え始め、彼は木々の葉がレースをつくる天の開けた岩場を見上げた。
幾つ物流れ星が駆け抜けていき、そして徐々に現れ始めた銀河が巨大な渦になってせまってくる。それが泉にも映って月が姿を見えなくした。
「もう少しよ」
男達は背後で整列している。男達の中の一人が彼を横目で見て、勢いに倒れまいかと隙が無かった。
彼は星の煌きが粒子になって空から降って来て眩く光りながら泉に輝石が落ちてきて、彼は水飛沫を腕で避けてから色とりどりの石が泉の中に光るのを見た。上を見上げると丸い月があり、冷静なまま光っていた。
彼女はそれらを見渡し、背後に手を出した。一人の男が進んで冑の黒い羽が光りを浴びて艶めき、両手の平を差し出した。
女王が選別する様に石が一つ一つ浮んでは男の手に二、三個収まった。
彼は黒いビロードの袋にそれを入れると紐をしばり、彼に手渡した。
「まだ熱いので直接手は触れぬ様に」
「ありがとう」
彼は袋を受取り女王を見た。
鴉たちは冑の中で目だげを光らせその光る石を見ていた。
「その石をそれぞれ砕いて飲ませてちょうだい」
「わかりました」

 彼は名前をルモド・スタナ・セエーケと言い、白馬の馬車で戻ると馬車が地面に着く前から城の屋上へと降り立ち黒い袋を持ち走った。
声が聴こえる。止む事は無かった。
石の廊下を進み、鉄のフェンス先の石を積み上げた通路、水が滴る暗がりを見る。鍵を開け、扉をあけて進んだ。徐々に女の声が大きく響き始め、苦痛が伝わるセエーケはどこにも目も暮れずに進み、鎧戸を開け放った。
鉄格子の先に女がいて、足先までつく長い金髪が光沢もなく暗がりにいる。既に干からびた唇は魔力が掛かってセエーケには解くことの出来ない拘束に傷に塗れている。目からどんどん黒い羽根が溢れ出し続け空を舞っては消えて行く。彼は見上げてから呟いた。
「スラー」
彼女は五年前から鴉王の呪いに掛けられたセエーケの妻であり、この場所にその王から拘束され出る事が適わなかった。目から溢れつづける黒い羽が時間に寄って一日に三度今度は彼女の口にどんどん入って行き声も潰して哀れな程で目も当てられない。
月光が白い小さな明り取りから蝙蝠がぶらさがり飛んでいった。
鴉王はあの女王の旦那であり、既に女王が王位を継ぐ前に老衰していた。彼女はこちらの世界に来る事は出来ないので、彼女の魔術が解ける方法を導き出す。夫が何を使い呪いをかけたのかは誰にも分からないままだ。
あの女王に敬謙な鴉たちは鴉王の命令で愛する妻を護って来た者達だが、彼等の中で呪術を施した場にいた者は王に敬意を示し彼の最期の時に共に命を絶った。
「スラー。女王から魔法の輝石を譲り受けてきたよ」
急いでそれを床に置き、辺りを見回し石を手にすると膝をついて砕き始めた。腕を振り上げガツガツと砕きそれ毎に月光にキラリと飛び散る欠片が光った。途端に指を打ってしまい咄嗟に口で血を止めた。石が転がり、叫び続ける彼女を見上げた。
「すぐに飲ませるから」
粉を掻き集めていき立ち上がって彼女の頬を抑えてから目の前が溢れつづける黒い羽根に埋め尽くされ頬に当り砕いた輝石を飲ませる。
「ごほっ ごほごほっ」
「頑張るんだ」
口からキラキラとさまざまな色の粉が煌き飛ばされ黒い羽根を装飾し、美しかった……。
セエーケはぼうっと見つめてしまい、ハッとして様子を見た。
これでも、以前よりは女王のおかげで良くなってきているのだ。王がいたころ、始めはフェンスの鍵を開けることさえ出来なかったし斧を使っても無駄だった。鍵があいても通路は進むごとに足を何か闇に取られ進めずに、それも進める様になれば二年ぶりに見た彼女は鴉だった。理性も無く足は細いチェーンで繋がれガーガーと彼を攻撃し、一年かけて人に戻れば王に知られて重々しい枷が掛けられその目から黒の羽根が溢れ彼女を苦しめ始めた。
理由はあった。スラーが鴉に酷い事をしたからだ。その報復に遭ったのだ。悪いのはスラーだった。
濡れ烏に光沢を受ける艶の羽根は魅惑の色味であり、セエーケの心を虜にして困惑させた。だが彼女をこのままにはさせられない。
女王があの神聖な場所で銀河から掻き集めてくれた輝石は徐々にスラーの喉を通り、胃を温めると消えて行った。
「………」
一瞬彼女の表情が止み、彼は見上げた。
スラーは今まで空腹を感じると羽根が押し寄せつづけた感覚と空腹自体がなくなり、だがまた羽根が目から溢れ出した。
彼は後じさり、袋を持って走って行った。背を追う叫びが劈かれる。空腹は紛れたかもしれない。ずっと大丈夫だろう。
黒い羽根が舞い、空間に渦を巻く。鈍い音を響かせ戸が閉まり、月光が彼女の姿と黒の羽根を照らした。床に消えることなく溜まって行き、降り積もっていく。
セエーケは残りの輝石を鉢に開け、そしてすり始めた。もっと細かくして、それで目に入れれば治るかもしれない。口に入れれば叫びも止まるかもしれない……。

 女王は黒羽根で作られた大きな被り物を頭から外し、白い衣で金の寝台へ入って行った。
静かに眠り始め、鴉たちの一人が夜の唄を歌いながら鈴を鳴らす。
夢の中、愛する王が霧の中にいるが、森の緑蒸す中を歩いて行くといつでも静かにただただ見据えて来る。あの愚かな人間を解放へ導きたいわけでは無い。
彼女は歩いていき、彼の周りを離れて回り始める。ゆっくりと、裸足は湿った枯葉を踏みしめ水気を白の骨ばる足に浸り浮ばせながら。
王は視線だけで彼女を見つづけ、徐々に近づく彼女は片腕をかざし、止まった。
もう触れる事は出来ない。
セエーケは妻が苦しむ姿に今に憔悴するだろう。
空は鴉たちが夜の森を飛んで行き、王が見上げると一鳴きしてバサバサと羽根音をあげる。鋭い目と、きつく締められた唇は凛として彼女へと進んだ。
黒い衣が裾を引き彼女の場所まで来ると頬に触れた瞬間彼は鴉の羽になって彼女の視野を儚く埋め尽くした。月光にひらひらと舞い降りていき、枯葉の上に重なっては彼女は静かに見おろした。
悲しくて、セエーケの願いを叶えてあげたくなる。
誇り高かった王は実に良い王だったが、その彼を激昂させたのは間違い無くセエーケの妻だ。彼女を自己が許せるかと言われれば許すことは出来ない。
そして、あの男の美しく光る水色の目が彼女は欲しかった。
願いをかなえれば、あの瞳を貰う契約。それで女王は妻を苦しみから解放し助ける約束をした。
彼女は口端を上げ微笑み、月の光を浴びた。両腕を広げる……。
鴉たちが夢の中も彼女を護り飛んでいた。
微かな唄。
女王は目を開き、一度の夢から覚めてゆったりと起き上がった。既に横に王がいない時間は慣れたが真夜中起きてしまう習性の自分は彼のいなくなった夜から一人が嫌で鴉たちに演奏をさせた。いつ目覚めても誰かがいてくれる。
リンリンと鈴が連なって音が発され、低い声が星の歌を歌う。外された冑の静かな顔立ちは星明りが明るくさし目蓋は閉ざされ口許が動いている。
しばらくは枕にもたれ頬を腕に埋め、聴きつづける。
「女王!」
「何ごと」
起き上がり鴉を見て、男は颯爽と進み演奏者も椅子から立ち上がり身を返し男をみた。彼は横を通り真っ直ぐ女王の元へ来てひざをついた。
「セエーケが訪問を」
「真夜中よ」
金の寝台からあがり、途端に黒のドレスに変わって頭に被り物を嵌めると颯爽と進んだ。
ホールへ出ると、セエーケがうろたえていた。あの色の瞳を忙しなくキョロつかせていた。女王を見ると駆けつけて来て膝をつき足にすがって来た。
「女王、彼女が、目から血を」
「何故」
「輝石の粉を目元に入れさせたんです。羽根が徐々に納まっていき、そうしたら白い頬に、赤黒い血を……」
「なんてことを」
男を蹴り退けて袂を引き寄せ進んでいき、勝手なことまでしたセエーケの横を鴉たちも颯爽と通っていき彼も立ち上がり彼等の黒の背を追いかけた。
「私は間違ったことを?」
「目に石の粉など入れて、あなたは耐えられるのかしら」
「いいえ。魔法の粉だから問題は無いのだと」
「宇宙の力の中を駆け巡っていたものが空洞に入らずに暴れたのね」
テラスに出て剣を掲げ、魔術を唱えて夜空を横にスッと斬って行った。闇が開け、そこから星が溢れ出てきて森の鴉たちが一斉に巣から出てきて光をかき集めようと飛んで行くがあれは掴めない。羽ばたく鴉たちを銀の煌きが囲って光り、惑わされる彼等を片腕を勢い良く掲げここまでこさせた。
背後の鴉が瓶の蓋を開けると、剣の先を操る女王が星の雫を河の様に流れさせ瓶の中へと納めていく。
あわよく光を嘴に一粒つかめた幸運の鴉がそれを巣へと持って行き一匹だけこなかった。
男達になってテラスへ降り立ち、セエーケを一瞥して乱暴に光る瓶を見る。
鴉が一匹光をつかめて持ってきたから今度は鴉の妻達が夜空へ躍り出てきて既に星の流れがなくなった中を飛び回っている。
瓶の中身は静かに渦を巻き始め、銀河が小さく形成された。
「これを目薬代わりにしてあげなさい」
「ありがとうございます」
彼はようやく微笑みそれを譲り受け走っていった。向うのテラスの馬車に乗り、夜を駈けさせていく。
「本当に解けると信じているのやら……」
鴉たちの一人が馬車を見上げながら言い、女王は一度横顔を見上げると、何も言わずに踵を返し袂をゆったり引き寄せては城内へ戻って行った。

 朝の帳はゆるやかに夜を押し戻していく。
その中で疲れきったセエーケは石の台から腕と頬を外し、朝陽に目を細めて間口窓から広がる緑をおぼろげに見た。
眠ってしまっていたのだ。
眠っていた窓から振り返ると、あの瓶が今の時間力を弱めて銀河は見え辛かった。しっかり見ると銀の粉が回っていて、黒を背景にすると見えた。だが銀河の力は夜にならなければ利かない事をこのどれ程かで分かっていた。二度ほど知らずに女王の努力を無駄にしたことがあったので反省している。
瓶を仕舞い、歩いていった。背後から小鳥達が鳴いている。はやく妻とまた出歩きたいが、心に蟠りもあった。あの妻は確かに……。
目を綴じてから開き、部屋を出て食堂で妻の食事を一応用意させる。もしかしたら輝石が空腹を留めたので普通の食事が出来るかもしれないからだ。
盆に乗せ運んで行く。
叫び声は響かない。
鎧戸を開けるとスラーを見た。明り取りから差し込む光で光っていると予想していた。だが、開けた途端に黒の羽根が溢れ出て硬質な羽根中を掻き分けて進んだ。腕を伸ばし探るが進めているのか分からない。何かに掴み、勢い良く体を乗り出すと途端に叫んで体を腕の力で支えた。
明り取りから身を乗り出していたのだ。窓の下にも鴉の羽が溢れていて朝の光に光沢を受けていた。小鳥達や朝の鴉が可笑しそうに見ているみたいで彼は息をついてから徐々に掻き出して行った。
見え始めた妻が眠っている。目は痛々しくて彼は頬を撫でてあげた。目元に包帯を巻き揺り起こす。どんどん包帯も赤くなって行く。
「スラー」
「あなた……」
乾いた唇が動き、セエーケは微笑んだ。
この拘束も解ければ戻るかもしれない。
彼は朝食を食べさせ始めたが、彼女は吐き出してしまった。
「食べれないわ」
「わかった」
瓶を出して言った。
「魔法の薬をもらってきたよ。夜に試す」
彼女は力無く頷き、すぐに眠りへ落ちて行った。ずっと叫び続けて朦朧としているのだ。
彼は出て行き城を進んだ。
「姫は」
「一時収まりをみせた」
家臣は頷き後を進んだ。
白薔薇の庭に出ると、黒を身につけないスラーが浮ぶ。彼女はいつも白に包まれてきた。
朝露できらめく庭は優しい薔薇の香りが漂っていて風が吹くと城内も薔薇の香りが甘く香った。夜も神秘的な香りを充たさせるのだが、この五年間はその余裕も無いほどでこの朝の時間は尊い。
白ばかりの品種が集められた薔薇園は、蝶や昆虫たちのほかにも時々鴉が訪れた。だれもが賢い顔をして稀に悪戯していったり噴水で水浴びをしていく。少年時代から見慣れた風景だったが、妻が城に来た十年前に緑の芝と低木やケヤキが揺れていた庭は白薔薇の苑になった。
今まで来ていた鴉は様子を変えた庭にはじめは近付かなかったが、三年して水浴びに戻って来るとスラーは腕を振り上げ白に黒が加わる事を避けた。鴉は彼女がいないときを見計らう学習をした。
セエーケ自身は白薔薇の苑に黒い鴉がいる美しさも素敵じゃないかと言うのだが、彼女は首を横に振った。彼は仕方が無く他の場所に噴水を設けてあげて水浴び場所をつくってあげると鴉はそこで水を浴び始めた。
夜の薔薇園にも出ない性格の変わったスラーは薔薇の季節が過ぎれば鴉を見ても何も言わなかった。
今も五年間彼女がいない薔薇園は鴉が白い花を装飾しるみたいで、彼は微笑んだ。
「セエーケ殿」
いきなり一匹の鴉が顔を向けてきて緑の芝をよたよた歩いてきて、そして瞬きするセエーケを見た。
「女王からの言伝だ。星屑の目薬をさしたら目は治るだろうが、最後に王が掛けた拘束の魔術は一番手ごわいのだろうと。一筋縄ではいか無いと言ってその目をかきむしあそばれるな」
何か言っているのだが、何せ元の声がガーガーなので、しゃがれた濁声は瞬きが止まらないほどあの冷静な男達の風が浮ばずに可愛くてただただみていた。
鴉は言伝も済むと早々に森へと帰って行った。他のこの辺りが縄張りの鴉たちは喋れるわけも無いので悠々といつもの様に過ごしている。
くりくりした丸く黒い瞳の鴉はカアカア鳴いていた。

 女王がバシャバシャと黒い羽根を揺らして泉で水浴びをしていると、青い空から他のメス鴉たちが飛んで来た。
彼女達もバシャバシャと水浴びを始めて体を震わせている。女王は嘴で毛づくろいをはじめ、尾をふるふる震わせている。
それも過ぎると女性になって真っ白く豊満な裸体が長く濡れた黒髪を掻き上げ歩いていった。彼女達が進んでいき金の王座に座った彼女を孔雀の羽根の扇で扇ぎ始める。オットマンに乗せた足をマッサージしていき、彼女は頬杖をつき伏せ目で息をついた。
「全く、面倒だわ」
ふふと女たちが笑い、地面につくほど長い彼女の髪を拭いたり腕をマッサージしたりしている。
あの男の目の様な水色の空はあの瞳の様に光ればどうだろうか。それは美しいことだろう。手に入れるまでは協力を仰ぐが、瞳を奪われることを果たして直前になっても覚えているか。
金に光る場所を目掛けて鴉が一匹やってきて彼女達が振り返った。男になり美しい体の女王を黒い瞳が静かに光り見つめてから進んだ。女王は目を細めそんな鴉を見てから腕を掲げ、女が衣を渡し黒の薄手で銀縁の衣を羽織った。
「それで?」
「はい。彼は頷き、口を手でおさえました」
「無駄は言わなかったなら、心得たのね」
ただ笑いを堪えていて伝わってなどいなかったのだが。
「それって、あんたが笑われてただけの間違いじゃない」
「なんだと」
目を伏せさせ男が恋人を見て、ふわりとした孔雀の扇子で隠しもし無く腰に当てる美しい裸体をみてから顔を女王に戻した。女達はくすくす笑い、二人で彼女の長い髪を変わった風に結い始めた。その道具が陽に光ったり髪が艶を受けるのを男は目を細め見つめてしまっていた。彼女は真っ直ぐ泉の煌きを見ていて、他の鴉たちがトントンと跳び進んでは草むらを探って朝食を探している。
あちらで鴉たちが男になり泉で泳ぎ始め、女も数人加わって水を跳ねさせている。衣が繊細に波打っては鮮やかで柔らかな水藻を撫でていて心地良さげだ。
水を掛け合って笑っていて、平和が保たれていた。
女王の足に金の繊細なサンダルを通させ、二人は地面のクッションに胡座をかき腰掛け楽器の演奏を始めた。軽快な太鼓が響き、笛がうねる。小鳥達が空をかけていく。
女王の斜め背後で冑を脇に男は立ち監視していて、恋人が女王にゆったりと柔らかな風を送っていた。
泳いでいた女たちが髪に花をかざりあってははしゃいでいて、こちらに来て女王に舞を見せ始めた。ヴェールを返し、歌い笑って優雅に踊る。鴉の羽根を舞わせて足並み軽やかに踊る、踊る……。

 セエーケは目を抑え唸っていた。
指に血が伝い、片目玉を手に収める女王を見上げた。
妖しく微笑んだ彼女は腰をのばし、水色の瞳が光る目玉を掲げて手から血が滴った。
彼は気を失い、倒れた。
女王は彼を運ばせる。治療をすると片目に包帯を巻き、布団をかけて部屋を出た男は女王の背を見た。
彼女はいつも水浴びをする風で目玉を水場で洗っていて、水を滴らせながらそれを掲げた。
「寝かせました」
「ええ」
肩越しからまた彼女は満足げな微笑みを戻し月に掲げ見てはうっとりしている。
「美しい色……」
彼女は肩越しに上目で男に微笑み、男は肩を強張らせた。
「この瞳をお入れ。お前の片目にね」
「嫌です」
彼女がやってきて頬を撫で、黒い瞳を奪われる前に目を綴じ顔を反らした。
「………」
女王は釈然とせずに、手を下げた。
「それならば私が行なう」
「女王」
彼女が歩いていき男が追いかけた。目の前で扉が閉ざされ、格子窓から覗いた。
「女王。お止めください。わたしが目に入れますゆえ」
「だまらっしゃい」
「しかし……」
円形の天窓から月光の力をかり、彼女の周りで銀の光が八方に広がった。うっと唸り女王の背が折れて男は衛兵を呼び鴉たちが一気に鋭く飛んで来て途端に男たちになり鎧戸前に来た。状況を察した彼等が即座に体当たりをしてドアを破った。
「………」
光が彼女の周りで渦巻き、被り物が落ちて血が滴ると長い髪が頬を撫で、顔をあげた。
彼女が振り返った片目が水色に光る瞳になっていてもう片目の黒い艶の瞳も彼等を見た。
「どうかしら」
「綺麗です……」
男たちが見惚れ、光るその水色の瞳を陶酔して見つめた。彼女は被り物を手にとりかぶせると、颯爽と進んでいった。セエーケのいる扉をあけ、頬を叩き起こしてから包帯をはがした。黒い瞳を入れさせ指先で黒い光を紛れ込ませると神経を繋がらせた。黒い眼帯を嵌めさせる。
「何をして……?」
「あなたの片目を交換したのよ。これであの女が鴉に悪さをしない様に私の目はあなたの奥方を監視しつづける。愛の夜は眼帯でもお嵌めなさい」
彼女は微笑み、セエーケは水色と黒い瞳の女王を見上げて頷いた。
ドアから出ていき、男たちも身を返し彼女の背後を進み出て行った。
だからといえ女王の行動が彼にわかるわけではない。彼は魔法が掛かったとはいえまだ目の奥が鈍くズキズキするので深い眠りに入った。
女鴉たちの声がきこえる。城内ではしゃいでいて、楽器を奏でたり、歌ってはおどっている宴の様子で……それも、ゆるやかな眠りで帳の先へと閉ざされていった。

 目を開くと違和感で視界が半分だった。
飛び起き、手を当てると硬質のものが指先に触れて頬からはがすと眼帯だった。
あたりを見回し、自棄に視野が悪い。始めは灰色めいていたが、徐々に慣れると少しは色が判別できる程になったが自分の目ほどはあまり利かない。光るものが変わりに目立って見える。これが鴉の目だろうか。
「スラー」
彼は急いで走って行き、彼女の部屋へ来た。
ぐったりとまだ眠っていて、目覚めない。疲れきっているのだろう。解放されどれぐらいぶりに横になれたのか。手首が痛々しく痣と傷痕が出来ていて白い彼女の肌に黒の痣が残っている。まだ拘束が解かれていない様に見えた。
一瞬不安になりこのまま今度は目覚めないのでは無いかと思った。
彼は彼女の部屋の鏡を覗き、黒い瞳をマジマジと見た。漆黒のそれはまるで黒いダイヤモンドの様に綺麗で鴉特有の黒さだった。
見惚れる程で、しばらく見つめていた。
体を返しスラーのところに来ると髪を撫でる。無垢な顔をして眠っていた。だが、ずっと心には女王がいた。
首を振って彼は部屋を出た。
既に家臣があの牢屋を綺麗にしたあとであり、もう二度と戻らないためにワインを入れさせる予定だ。
眼帯を嵌めた主を見上げると驚いた。
「お怪我を負われたのですか」
「問題無いよ」
彼は牢屋を見回し、頷いてから言った。
「スラーが目覚めたら宴を催す。鴉族の彼等を呼びたいところだが、それが出来ればな」
女王と男たちばかりこられたら堅苦しい食事会になるだろうが、第一こちらには彼等は来る事はできない。いつあの世界を繋ぐ白い馬車もあの御者も役目を終えて銀河の星屑に戻ってしまうかも不明なので、宴は彼等の場所で催す事に決めた。
だが、心なしかそのまま馬車もあちらの世界で星屑となって自分はあちらの世界に残り、彼女といられたらと。
だが駄目だ。分かっていた。
だがスラーが目覚めないまま、時間は過ぎていく。
女王が色々試すのだが結局スラーは目覚めなかった。まさか始めからスラーを許すつもりは無かったのではないかと、白い薔薇が徐々に季節を終え始めた苑の中で彼は思った。
鴉たちは悠々と庭を楽しんでいて、また森へ帰って行く。平和だった。
夢に何度もうなされ、目覚めない妻はその夢の中痣と言う名で拘束の罪の痕を手首につけ、あの森で見た巨大な岩の裂け目を進んだ洞窟の壁に貼り付けられ静かな態で目に黒羽根をさしている。何も言わず、口も動かず、まるでもう……。
夢から目覚めると日に日に不安は的中しはじめた。そして徐々に夢の彼女はしゃべり出したのだ。冷たい岩壁を背にして黒羽根の刺さる両目から血を細く滴らせ「私はまだ目覚めていない。解放されてなどは……それを見捨てるつもりなのか、あなたは」そして彼を憔悴させた。
白の馬車を呼び、白薔薇の中の微笑む彼女の記憶を思い描いたまま天をかけさせた。
星が近づいて来て、闇に包まれるとまた空が見え始め広大な森が広がっている。眼帯を外し、キラリと光った方角を見た。
鴉たちが遊んでいる。その中心で一匹の鴉が飛んでいてまるで嵐の目の如く黒い乱舞が弧を描いていた。
「僕も加わりたい……一層、鴉になってしまいたい」
そう呟き、馬車の車窓から見ていて途端に馬車が重力に引き寄せられて傾いた。
彼は叫び、体が浮いて目を見開いた。
空中で馬車が消え銀の光になり、手足をばたつかせた瞬間ふわっと体がういた。風が渦巻き体を持ち上げ黒い影が掠めて視野が広くなり、そのまま彼は風に運ばれそれが自分の腕、黒い両翼なのだと分かった。
一気に風に乗って鴉たちの元へ行き、見慣れない鴉が来たオス達はガーガー鳴いては音をばたつかせはばたき、威嚇し始めた。
爪が彼の頭を掠めて彼はバランスを崩して落ちていき、木に引っ掛かってばさばさ暴れた。
「ガーガー ガー」
それしか声がでなくて羽根が葉に引っ掛かってから動きを止めて目をキョロつかせた。片目だけが自棄に視界が良い。細い足を動かし枝を掴むと暴れてから枝に立ち、葉にうずもれる中から目を覗かせた。
鴉たちは飛んで行き、彼は幹を足爪で伝って翼を動かし降りてから空を見上げた。
一匹やってきて、男に変わった。よく女王の横にいる顔だ。袋を手渡してきた男でもある。この所は口元の形と顎のつくりでなんとなく違いが分かる程になっていたが、自分が同じ鴉になったからか、明確な違いがすぐに感じ取れた。鴉たちの一匹一匹も違いが微かに分かった程だ。
「カア」
彼は一鳴きし、男が腕に鴉を抱えて歩いていった。
「可愛い子を見つけました。怪我を負っているのかうまく飛べないらしいが怪我は見当たらない」
「向うの世界の鴉ね。姿が変わらない」
「ええ。言葉も通じません」
彼は必死に首を振り、鴉の全ての心が詠める女王はどうやらセエーケだと分かって口端を微笑ませた。
彼女が何ごとかを言い、とたんに男はいきなり現れたセエーケをどついていた。
「なんだ。お前か」
口許が不機嫌になって男は女王の斜め背後に戻り、女王はくすりと笑った。
「どんな芸当を身につけたのやら」
「私も鴉になりたいと念じつづけた日々がまさか本当になるなんて」
男たちがカッとして殺気立ち、女王は冷静に抑えさせた。
「お前は女王に取り入って妃にしようという魂胆だな」
「ああ。その通りだ」
水色の目で男たちを見て、彼等は女王を見た。
「馬鹿を言ってはいけないわ。魅力的なのは分かってるけれど、私が欲したのはあなたの瞳」
「私の瞳を与えたのは彼女が助かると思ったからです」
「苦しみから解放された契約を果たしたのよ」
「………」
彼女の頬を取り腰を引き寄せ途端に彼女が鴉になって舞い上がった。見上げて自分を冷たく見て来る男たちを見た。こうやって鴉の目で見ると、冑は奥で黒い目が白く光を浮け光っている。鋭く。そして……。
「鴉になってしまったのならお前を受け入れる。だがもう二度と帰れない。馬車も星に返った。女王に気に入られても高望みは止めろ」
男たちが踵を返し、一気に鴉になって飛び立っていった。
彼はコントロールが出来ずにいて、延々と森を歩いていった。
「ねえお馬鹿さん」
鴉が舞い降りてきて、女に変わって驚いた。
「彼氏をあまり怒らせないでもらいたいわ。ふふ。あなた、鴉王になりたいんでしょ?」
「いいえ。大それたものにはなろうとは思ってはいない」
「なれたら力を手に入れられるものね。それであなたの奥さんも黒い鴉に変えちゃいなさいよ。それで鴉の子を産んで、森に生きるの。白い色は気にならなくなるわよ」
「それはいい考えだね」
「キャハハ! やっぱり馬鹿な人!」
鴉に戻って飛んで行き、彼は見上げた。
あの側近の男は絶対に女王を狙っている。彼女かは分からない先ほどの女の子は分かっているのだろうか。自分が城をうろつき始めたらいい顔はしないだろう。
ようやく城が見えてきて、入り口が無い。鴉たちだから飛んでテラスをに降り立つのだ。彼は途方に暮れ、座り込んだ。
眠ってしまっていた。
目を覚ますと、彼は視線が低かった。見回すと鴉になっていて草むらに収まっていた。
羽根を動かしてみると彼等の動きを見ていたのでなんとなく分かって飛べた。テラスから滑り込んで開け放たれた窓を行き柱に当って床におちた。
「何をやっているのかしら?」
女王が彼を見おろし、小さな体を腕に抱えた。彼の目に水色と黒の瞳の顔が飛び込んだ。こんなに大きく見えるものなのか。正直自分の体の小ささで恐さを感じた。スラーに酷い事をされた鴉はそれは彼女が恐かったことだろう。可哀想に。
「あなたはセエーケね。下手な飛翔。仔鴉にでも練習を教わればいいけれど」
黒い羽毛を優しく撫でながら女王は進んでいき、彼は彼女の顔を見上げていた。
「ふふ。つっけんどんにしたけれど、いいのよ。いらしてもね。レデライアルには注意してね。彼は親衛隊長で私に命を投げ出す覚悟なの。でも絶対に手を出さない性格よ」
鴉の彼は目をつぶり、歩きつかれてまた眠った。

 女王の魔法で目覚めたスラーを見て瞬きした。
家臣が付き添ってリハビリをしている。窓から見える白い薔薇がまだ残り咲く苑を鴉がいてそれらを見てもすでに何も言わずに元気も無く見ていた。
「彼は、きっと私を捨てて行ったのだわ」
「姫」
「鴉になって逃げて行ったのよ。何度も五年間夢を見続けたわ。鴉の世界で、鴉として自分は生きていたのよ。目覚めれば苦しくて自分が酷い事をした記憶がずっと襲い掛かった。恐ろしかったわ。あんな事をしなければよかった」
彼女は夫を失っていて寂しげだった。
彼は女王の横顔を横目で見てから、表情が無かったので真っ直ぐと見た。
「あなた、帰りなさい」
「でも」
「もう彼女は危害を加えないわ。静かに花を愛でて生きるでしょうね」
女王は彼を見ずに身を返し背を向け歩いていった。
また水瓶に映る彼女を見る。片目だけ鮮明な中、光る庭を背景に影で暗くなる彼女の白いネグリジェの背は放って置けないか弱さがあった。
「私は……」
背後の女王に振り返り言った。
「彼女の元に帰ります。しかし、この鴉の体のままでいさせてください。本来の僕にも戻る今のままで」
「よろしいの?」
彼女は半身を返して黒い瞳で彼を見た。
「私との間に彼女が鴉人間を産めば……」
「その子は周りからどう見られるかしら」
彼の中に全てが森に静かに生きる鴉人間になる事を望む願望がうずまいた。
「ね。いい子だから大人しく帰るのよ。私にはあなたが掛かった魔法は解けないわ。あなたと彼女の間に鴉が生まれても卵が生まれても王子として育てるのね」
彼は頷き、顔をあげた。
あのレデライアルがいて、静かな鋭い目でまっすぐと彼を見ている。
「一度だけあなたを送るために空の扉を開いてあげる。私の目は貴方達人間を監視し続けることでしょう。ずっと、その目があなたの子供に受け継がれ続けてね」
彼女は妖しく微笑み、ゆったりと身を返し歩いていった。
城内は静けさが占領し、彼女の冷たいヒールの音だけが響く。そして聴こえた。あのレデライアルの彼女に向けた心音も、その彼女の背を追う一途な横顔も。
「はい。分かっています」


[end]

RAVEN QUEEN

RAVEN QUEEN

カラスたちの黒の女王。彼女のもとにやってきた青年。彼の望みは。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-03-20

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