practice(66)



六十六








『服を着ないとね,不気味になるって言われたの。』
「不気味?恥ずかしい,じゃなくて?」
『うん,不気味だって。プロフィール的に?そんな感じ。』
「そんな感じって,つまりプロフィール写真ってこと?」
『うーん,そんな感じじゃなかったかな。あの感じは。なんていうかキャラクター的な?単なる見た目から,簡単に得られるものって感じ。』
「簡単なもの,単なる見た目,ねぇ。話して知るじゃないんだ。」
『話して知るじゃないみたい。』
「ふーん,誰が言ったの,そんな薄っぺらいこと。」
『彼が言ったのよ,あの困ると絵文字を使いがちな,何でもないようにしょっちゅう縫ったりするアイツが。』
 ああ,ミキのアレか。とそこから思い当たることは内蔵されたヘッドセットを通じて,後ろを走るミキの耳に伝えることなく風除けを上げたフルフェイスのヘルメットから溢した。空中法定速度40km,強弱をつける向かい風が弱いところになった頃で,流れに乗って花でも咲かせるだろうか。ここは地面も多い。そういや環境保護地区もあったんじゃなかったかな,と見渡す真下の普通自動車道を走るレトロなフォルム。前方をパッと照らしたライトの在り処から頭を想像しつつも,全体を暗く視認できる。あれは,一時期欲しいと思って中古を狙っていた『かぶと虫』,それも電気自動車でないタイプだ!技術大手メーカーに就職した先輩のコネを活用しても見つからなかったのに,予定していたルートのこんなところで出会えるなんて。ブゥィーッと伸びて聞こえる,足踏みの力がタイヤと一緒にきっと砂利も地も噛んで突き進んでいる,片側車線の孤独な姿がさっきまでの紺を真っ黒に増やす海側の広がりに映えて,嗚呼仕方ない。通り過ぎる反対車線のライトで浮き彫りになる運転席側のドアーの色が,これまた求めたオレンジだったから,私はもう「わぁっ!」と届けた。
『なに?何かあったの?』
 こもりながら素早い,ヘッドセットのミキの返信。私は「下,下!」と指も差しながら伝えた。サイドミラーの中でミキはじっと下を見つめていたけど,反対車線を行く対向車の助けをまた借りて,ミキも事態を確認したのだった。
『わぁっ!あれ,あれ!』
 遅れて新たなミキの興奮は,私の嬉しさをやっぱり維持させる。
「うん,『かぶと虫』!」
『ねえ!かぶと虫だ!』
 比較的静かな並走は,それでも捻るアクセルに足す速さとバランスを取るのが難しい。『ワーク』に『マーク』,それから法定速度に戻ったら,無事にルートは先に進んでいて,『かぶと虫』は大雑把な山側の風景に明るく曲がって消えて行った。
『良かったね。』
「うん,良かったね。」
 ヘッドセットに入り込む注意音,風除けを下ろして写った表示には90kmを切った残りの距離と予定時刻が含まれていて,点滅する時刻の『20:02』が一瞬で消えて透明なパネルになった。外で真向かいの風が強く流れて,塊の光が拓けて遠くなっていた。
『ねえ,かもめ。』
 それでも留めた間。
 右耳に偏って聞こえた,ミキの声に習って海側を向けばかもめ『たち』。気流も本当に捉えている人工かもめの数『羽』だ。付かず離れず,もっと横に広がっていて関心は同じように揃っている。クゥィー,クゥィーと繰り返して,よろめきは,あらかじめ戻って来る。気持ち良さげなのは法定速度40kmの中の,こうしている空中の見えないところなのかもしれない。
『ねえ,私マフラー持ってくれば良かった。』
 サイドミラーの中のミキはそう言う。
「そう?そんなに寒いかな?」
 ヘルメットを被った私はそのままサイドミラーに言う。
『ううん,寒くないね。でも持ってくれば良かった。』
 人工かもめを見ている,私は言う。
「もう春なのに?風も強いし,飛んでっちゃうよ。」
『うん,春だけど。きちんと結んで,たなびかせるよ。』
 エメラルドグリーン,そう思って何も写さないはずの風除けには白い結晶が忍び込んでいる絵のようにもなる。私の視界の動きに合わせて,そこはいつかの雪景色を重ね合わせて見せているのだ,訪れて見て下さいと感じさせる景勝地としてのアピール。仕掛けは,例えば高速道路の出口などを通りかかったライダーに向けて,各自治体が施した観光地の紹介でもあり,あるいはこうして思い出づくりの一役を買うイベントごとにもなっている。
『雪,見てる?』
「うん,雪だね。」
 ミキとはそうして,少し黙った。
 主要道路の迂回,徐々に効かせるブレーキと気持ち曲げる,さっき別れた所と違う山側への進路に,海側を飛ぶ人工かもめはついて来ない。じゃあね,は三文字分の口の形でも十分に捉えられているはずで,『U』の単語をそのまま道に持ってきたようなここの宙には観える花の樹々がもう並ぶ。仲が良い,視野とスクリーン。
「色はやっぱり,エメラルドグリーン?」
 後方にかける言葉。
『ピンクも良いね。』
 返ってくる。
「それはもう春っぽい。」
 ヘッドセットは相変わらず良好,感度に問題はなかった。たなびかせるマフラーを後方に,大きく回る,明るみはきらきらと散る。『うん,それはもう春だ。』。
 誰かが飛ばしたBGM,ヘッドセットの中で聞こえてくる。サビの終わり頃から聴かせるなんて,とても素敵に思える。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-03-19

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