君さえいれば

ハマトラの同人BL小説です。
pixivに載せているものを転載しています。
pixivには蒼の名前で投稿していますが、蒼は二次創作をする際の名前で、夏希はオリジナル小説を書くときの名前として使い分けています。

ナイス×セオの小説です。
BLの要素を含みますので、苦手な方はご注意ください。
襲われるセオを助けるナイスのお話です。

奇怪なものでも見るような視線を背中に受け、ナイスは雑誌のページをめくっていた。

 「ナイスくん、何かいいことでもあったんですか?」

 ナイスらが間借りするカフェノーウェアの一画。事務所としているものの、そこはれっきとした喫茶店の店内である。落ち着いた雰囲気の中、場違いともいえる鼻歌が響けば目立たないわけがない。
 今まさに人生を謳歌しています、とでも言いたげなオーラを放つナイスに、コーヒーを運んできたコネコが尋ねた。

 「ちょっとねー」

 本人に笑っている自覚があるのかどうかはわからないが、頬が緩みっぱなしである。
 関わらない方が良いかもしれないと、踵を返そうとしたコネコだったが「ねえねえ」というナイスの声に引き留められた。

 「こっちの店とこっちの店ならどっちがいいと思う?」

 「はい?」

 「だから、新しく出来たイタリアンか話題のハンバーグ屋、どっちがいいと思う?」

 ナイスは自分が読んでいた雑誌をコネコの前に広げ、二つの店を指さした。

 「俺的にはイタリアンの気分なんだけど、リストランテなんだよね。格式高そうで、あいつ緊張するんじゃないかなって思うから、わいわいした雰囲気のお店でもいいのかなって」

 「どっちでもいいと思います」

 コネコは白けた気分でカウンター内に戻ってしまった。
 ムラサキが早々に切り上げた理由も、今なら分かる気がする。内心でそう感じたコネコは、浮かれた気分のナイスを一瞥して仕事に戻った。
 一方「もう少しちゃんとアドバイスしてよ」と、コネコを呆れさせたことにまったく気づいていないナイスは、再び雑誌のページをめくった。

 ――この餃子屋も美味そうじゃん。

 「何を読んでるのかと思えば、男のくせにグルメ雑誌?」

 「いいじゃん別に。スリーだって少女漫画読んでるし」

 「それとこれとは別問題よ!」

 隣のテーブルではハニーがくつろぎ、面白い事でも起きないかと目を光らせていた。
 そんなハニーに目を付けられたナイスだったが、彼女の望むような気の利いた反応は見せない。むしろ、ハニーにまでアドバイスを求めようとしていた。

 「ハニーはどう思う? イタリアンかハンバーグか餃子」

 候補が増えてるじゃないの……。
 ハニーは頭を抱えた。この男は何も分かってないのね、とも言いたげな様子で腰に手を当てると、何やらナイスに淑女の扱いを諭し始めた。

 「いい? まず餃子は却下! 口の中がニラ臭くなるなんて嫌よ! レディと外食に行くならそういうことにも気を遣いなさいよね」

 ねぇスリー?と、漫画を読むスリーに同意を求めたハニー。ふんぞり返るハニーに対してスリーは「そうだなハニー」と返すだけで、漫画にすっかりのめり込んでしまっていた。
 二人の会話を話半分で聞いていたナイスは、そもそものハニーの認識が誤っていることを指摘した。

 「女の人と飯食いに行くなんて言ってねぇけど」

 ハニーにレディとの食事の手ほどきを受けるような理由を、ナイスは持ち合わせていなかったのだ。

 「だってあんた、見るからに浮かれてたじゃない! デートじゃなかったら何なのよ」

 「いや、まぁ……。デートも否定しねぇけどさ」

 頬をかくナイスのはっきりとしない回答にハニーはしびれを切らした。

 「まどろっこしいわね! 相手は誰なのよ!」

 「セオ」

 スリーはともかくとして、そこにいた誰もが自分の耳を疑ったのだろう。
 対照的にナイスはしれっとした面構えを崩さない。
 ハニーはセオという人物に一人しか心当たりがなく、まさかあの高校生の少年だとは信じられずに、自慢の頭をフル回転させる。
 マスターはコーヒーをこぼし、コネコはグラスを落とした。
 スリーだけが黙々と漫画を読み進める。

 止まっていた時間を再び動かすように、誰かの電話が鳴った。
 我に返った一同は各々の動作の続きを探す。
 その中で一人、ポケットから電話を取り出したナイスは、緩んでいた顔をさらに崩した。

 『今高校出た!』

 送信者、セオの声がナイスの頭の中でそのメールを読み上げた。溢れんばかりの笑顔が声と共に連想され、返信する手の動きが早まる。
 早足で歩いている姿すら容易に想像できてしまう。
 もう少しで会える。
 ことさら浮かれ始めたナイスは、再び鼻歌をうたいながら雑誌に目を凝らす。それでも考えているのはひたすらにセオのことらしい。

 「ハニー、やっぱ告白って場所選んだ方いいよな」

 「あ、当ったり前じゃない! レディはシチュエーションを大事にするんだから!」

 そうよねスリー!
 ハニーは先ほどと同様にスリーに同意を求める。しかしスリーは漫画から視線を外すことなく、ハニーに反論した。

 「いや、ナイスが告白するのはレディでは無いのではないか、ハニー」

 「だから言ったじゃん、セオだって」

 自分の常識を木端微塵にされたハニーは取り乱していた。
 自分の知る限りナイスは女性が好きだったはずだし、これまでに男とどうこうという話も聞いたことが無い。まして、あのセオである。
 自他ともに冴えないと認める、あのセオである。

 「落ち着けハニー」

 表情から全てを察したスリーは、ハニーの肩にそっと手を置く。
 ハニーは困惑し渋面を張り付けたままで、自分を説得した。

 ――そうよね。いまどき性別を気にするなんて時代遅れよね。……そうよね。

 それでもハニーには、どうしても理解できなかった。

 「どうして彼なの?」

 「どうしてって……。だってあいつ、すげぇかわいくねぇ?」

 かわいいという言葉は女性に対して向けられるものだと思っていたハニーは、ナイスの言葉の意味が分からなかった。
 仮に男性にも適用されるとして、セオがその対象としてふさわしいものなのか。もっとお淑やかで、一見女の子のような少年をかわいいと呼ぶのではないか。
 ハニーには理解しがたい問題だった。

 「最初はウジウジした奴かと思ったんだけど、実はしっかりした奴でさ。でもなんか放っておけなくて。あいつなりに頑張ってる姿とか好きで。何より、一緒にいてすげぇ落ち着くんだよね」

 そこまで言われてしまうと、もうハニーに言えることは何もなかった。これは一般的にどうであるかではなく、完全にナイスの好みの問題なのだ。他人の恋愛にケチをつけるのは二流の女性の行いだと思い、ハニーは言う。

 「いいんじゃない? とりあえずあんたの恋が上手くいくことを祈るわ」

 多少投げやりすぎかとも思ったハニーだったが、ナイスが本当に嬉しそうにお礼を言うので、かえって照れくさくなってしまった。
 ――とんだバカね。セオバカだわ。
 ハニーは呆れかえり、マスターにカフェオレを注文したのだった。

 「それで告白の」

 告白のシチュエーションのことだけど……と、ナイスが言いかけたそのとき、突然電話の着信音が店内に響く。
 コネコが、マナーモードにしてくださいとでも言いたげな目でナイスを見る。
 1mm程度は罪悪感も芽生えたが、ナイスにとってはその着信が最も大切だった。
 迷わずに押す、通話のアイコン。
 相手はもちろん、セオである。

 「もしもし」

 どうした?今どこ?一呼吸を置いて話そうと用意していたそんな言葉たちは必要ないと、ナイスは一瞬で気が付いた。
 セオの様子がおかしい。
 電話越しに聞こえるセオの荒い息遣い。こちらに向かうだけで、ここまで走るはずがない。
 電波に乗って届くのは音声だけではなかった。
 息を切らして走っているセオの緊迫感までもがデジタルな形でナイスに警告する。
 ただごとではない。
 表すならば1秒や2秒の僅かな時間の考察。

 「ナイス、くん! 助けて!」

 「どうした!? 今どこだ!?」

 「変な奴っ、追われて、ナイスくんたすけっ」

 強烈なノイズ音、もしくは何かが擦れたような音声の後、途絶えた通話。
 切断されてしまってから、ナイスはセオが電話を落としてしまったのだということに気づく。

 ――セオが危ない……。

 ナイスの頭は何かスイッチが入ったように、急速に回転を始めた。
 セオとの10秒足らずの電話を克明に思い出す。セオとの会話は全くあてにならない。情報と言えるのは聞こえて来た電話の向こうの景色だけ。あまりにも頼りないおぼろげな景色だけだ。

 それでもナイスは考える。
 セオの居場所が分からない理由を挙げている時間はない。

 ――考えろ……。

 セオが学校を出た時間。目指していた場所。空白の5分。電話の景色。追っ手。

 ナイスは立ち上がった。

 「ハニー、お前とマイティの力を借りたい」

 ナイスの電話の様子から緊急事態だと悟っていたハニーは、すでにマイティ・スプリクトを用意していた。

 「任せなさい!」

 まさに焦眉の急。
 危機が迫るセオを助ける為、ナイスは短兵急にカフェを飛び出していった。

 残ったハニーは、マイティに情報入力を始める。

 「いくらマイティでも情報がこれだけでは……」

 「高校からこのカフェに来るまでの道で何ものかに遭遇したとしたら、そこから走って移動できる距離なんて知れてるわ。彼が10分後も全力で走っているとは考えられない。もし追いつかれたとして、人目が付く所で騒ぎを起こすとは考えにくい。これだけの情報があれば十分よ」

 素早く情報を入力し、解析を行うハニー。マイティが答えを導き出すその瞬間まで、ありとあらゆる可能性を考える。

 セオのことが好きだと語っていたナイスの顔がチラつく。
 失敗は許されない。
 必ず助けたい。
 要人の警護では絶対に持たない心情。
 友人が大切に思う人を守りたい。そんな気持ちでマイティを操ったことなど、これまでにあったのだろうか。
 ハニーは本気だった。

 やがて、チョコレートを咥えたハニーが、最後の仕上げに取り掛かる。
 解析のミニマム、その神髄。

 「ゲッチュー!」

 これでセオを助けることが出来る。
 あとはマイティに示された10分後の未来、その場所をナイスに伝えるだけ。
 そうすればナイスが全てにケリをつける。

 しかし、マイティが導き出した答えは……。

 「なッ、なによこれぇぇ!?」

 ハニーが我を忘れて驚愕したその解とは。




 「もう逃がさねぇぞ」

 「離せよ! 俺にこんなことして何の得があるんだよ!」

 セオは息も絶え絶えであった。
 どれだけ走ったのかもよく覚えていない。陸上大会よりも速く走ったことだけは確かだった。
 高校からノーウェアまでの道の途中、不審な男数人に声をかけられ、本能的に逃げたところまでは良かったのだ。ただ、ノーウェアに向かって逃げることが出来ていれば、こんな事態は避けられたかもしれない。
 あるいは、人通りも多く、目印も多い大きな通りを逃げ続ければこうはならなかったかもしれない。
 パニックに陥ったセオは無我夢中で逃げ惑ってしまったのだ。
 人気のない路地裏。
 たとえ叫ぼうとも、誰にもその声が届くことは無い。太陽にさえ嫌われた、暗い路地裏。

 ――ナイスくん……!

 高校の同級生からいじめられていた記憶が蘇る。
 思えばあの頃も、誰かに助けを求めていただけで、自分でそこから脱出することは考えていなかった気がする。
 セオは、これが自分の運命なのかと、考えたくもない結末を覚悟していた。

 「お前がナイスとかっていう有能なミニマムホルダーと繋がってることは知ってんだ! お前を人質にしちまえば」

 「俺が、なんだって?」

 忽然。
 まるで最初からその場所にいたかのように仁王立ちする影。
 音も立てずに現れたその少年に、誰もが驚嘆する。

 「な、なんだコイツ!」

 「やべぇよコイツだよ! 噂のミニマム使い!」

 「は、早く逃げないと」

 「もう、遅ぇよ」

 狭い路地裏に指を鳴らす音が反響する。
 ナイスは音と並ぶ。

 セオは見ていた。
 何人ものガタイのいい男たちが一瞬にして吹き飛ぶ様を。
 何が起こったのか、セオには分かっていた。
 体力を極端に消耗するというミニマムを、ナイスはこの短時間に2度も使っているのだ。
 まるでスローモーションを再生するかのように倒れていく男たち。セオがぴくりとも動けないまま、気が付いた時にはすべてが終わっていた。

 「ば、けものっ……」

 まだかろうじて意識を保っている男ににじり寄り、髪の毛を掴み上げたナイスは言った。

 「二度目はねぇぞ。次は殺す」

 恐怖にゆがむ顔に最後の一撃を与え、気絶した男の頭を無造作に放り投げたナイス。
 今まさに立っている男に襲われたと言ったら何人が納得するのだろう。そう思うほどに殺気に満ちた表情。珍しく肩で息をするナイスに、セオは驚きを隠せなかった。

 「ナイス……くん」

 しかし、見たことのないナイスは即座に姿を潜めた。
 座り込むセオに歩み寄ったナイスは、呆然としているセオに手を差し出した。

 「立てるか?」

 セオは恐る恐るその手をとった。
 力強く引き上げられ立たされても、まだ呆然としたままの頭では現状を理解しきれない。
 助かったのだということ。
 しかも、あんな意味を成さない電話ひとつでナイスが助けに来てくれたのだということ。

 「怪我は? 何もされてねぇ?」

 ナイスに全身を見回され、こくこくと頷くセオ。少しずつ頭の整理がつき始め、言わなければならない言葉を思い出す。

 「ナイスくん、ありがと……」

 その言葉に一番安堵していたのはナイスだった。
 セオからの電話を受け取り、ノーウェアを飛び出してから今まで、生きた心地がしなかったのだから。
 くしゃくしゃとセオの頭を撫で、本当に無事であることを確かめたナイスは気が緩むのを如実に感じた。
 ふらりと体勢を崩すナイスを、慌ててセオが支える。

 「大丈夫!? ナイスくん!」

 「平気平気。ちょっと飛ばしすぎただけだって」

 助けに来た側が心配されていては格好がつかないと、ナイスは笑ってごまかす。
 セオのいる場所は大方予想がついていた。
 受話器越しに聞こえて来た、高架橋を電車が通過する音、電話を落とす時に聞こえた砂利の音。
 舗装されていない道はほとんどなく、考えられるとすれば工事中の道。学校を出てからおよそ5分後にこれらの条件を満たす場所は限られる。
 そしてパニックになったセオが辿りそうな道順。

 「ごめん、ナイスくん……無理させて……」

 「大丈夫だって」

 「……ありがと。見つけてくれて嬉しかった」

 「セオのことだから、上手い事人気がない所に誘い込まれちまうんじゃないかと思ってた」

 本当にその通りだったよな。
 悪びれた様子もなく笑うナイスに対して、セオは何も言えなかった。普段なら、なんだよそれ!とでも怒れたはずなのに。
 どんな形であれ自分のことをそこまで理解してくれて、助けに来てくれた。それがひたすらに嬉しかった。自分の胸にこみ上げてくる感情を処理しきれずに感極まっていた。

 「お、おい、セオ?」

 目の前で何の前触れもなく泣き始めるセオに、ナイスは困惑した。

 「ごめん、なんか、うれしくてさ。ナイスくんが助けに来てくれたの、うれしくて……」

 涙で揺れる瞳でナイスを見上げ、へにゃりと笑うセオ。零れ落ちる前の涙を拭い、ありがとうの一言をナイスに告げる。
 そんなセオの仕草や表情、言葉の全てがナイスの情動をかきたてる。行動を自分の頭で制御するよりも速く、身体が勝手に動いてしまっていた。

 「バカ。どこにいたって助けに行くっての。惚れた奴くらい守るよ、俺は」

 力強く抱きとめられ、セオは息を呑んだ。
 ナイスの身体が熱い。心臓の跳ねる音がうるさい。確かにナイスはここにいるのだと実感し、セオはたちまち頬を染めた。
 ナイスに抱かれている。
 ナイスに守られている。
 ナイスに告白されている……。

 「あの、ナイス……くん」

 顔が見たかった。一体どんな表情でこんな甘い台詞を自分にもたらしているのか、セオはどうしても確認したかった。
 しかし、離れることは許されず、頭も後ろから押さえつけられ、ナイスの胸に一方的に顔をうずめる体勢を変えることはできない。

 ――すごく、嬉しいのに……。

 セオはナイスのベストをぎゅっと握った。
 まさか冗談でこんなことを出来るはずがないと分かってはいるのに、不安になる。
 もしジョークだったら。
 もし「なーんてな」と突然笑われてしまったら。
 こんなに嬉しい自分の気持ちをどうすれば良いのか分からない。
 だから目を見させて欲しい。セオはためらいがちに口を開いた。しかしセオの声は意味を成す前にナイスにかき消されてしまう。

 「でももう、セオのこと捜し回るのはめんどくさい」

 ――それって……。

 「だからもう、俺のそば離れんな」

 疑いようもなかった。
 こんなに必死なナイスを、セオはこれまで見たことが無かった。
 優しく抑えられた頭、その耳元で放たれた言葉はじんわりとセオの身体と心に浸透していく。
 トクトクと脈打つナイスの心臓がすぐそこにあり、脈が速いのが分かる。こうしているナイス自身も決して余裕綽々というわけではないのだと知り、セオは余計にナイスを愛おしく感じた。

 「……好きかも……」

 顔を上げることが許されないまま発した言葉はこもっていて、はっきりとは聞こえない。ナイスはセオとの距離を少しだけあけると、すっかり泣き止んだセオの瞳を見つめた。
 もう一度言って。
 物言わぬ催促に、セオは躊躇しつつも言葉を紡ぐ。

 「ナイスくんのこと、好き……かも」

 「かもってなんだよ」

 「だって、ナイスくん格好良すぎじゃん! しかも、惚れた奴とか言われて……嬉しくないわけないじゃん……」

 ズルいよ……。
 そう言って顔を真っ赤に染め上げるセオの顔を、ナイスは両手で優しく包み込んで持ち上げた。

 「嫌なら言えよ」

 言うが早いか、たちまち迫ってきたナイスの唇にセオは思わず目をつむった。
 唇が重なり合った瞬間、心臓が一際大きく高鳴ったのが分かった。
 力んでいた肩から徐々に力が抜け、ナイスの背中に自然と手が回る。
 初めてのキスは形容しがたい幸福感をセオにもたらした。

 ナイスの唇が離れるのと同時にゆっくりと目を開くセオは、名残惜しそうにそれを目で追った。

 「嫌だって言うタイミング、なかったんだけど……」

 「嫌じゃなかったって顔に書いてる」

 そう言ってセオの鼻頭をくすぐるナイスは、否定しようとしないセオに気を良くした。

 「しかもまだ手回したまんまじゃん」

 「いや、これは、ちがくて……!」

 いつまでもナイスの背中に回したままだった手を急いで回収するセオ。
 何か言い訳をと考えてみても、どうしてそんな状態でいたのかすら分からないのでは、どうしようもない。
 ずっとこうしていたかったと結論付けてしまうのは簡単だったのだが、そんなことは認められないくらいに恥ずかしかった。

 一人で慌てて、挙句に黙りこくるセオの手をナイスがとった。

 「飯、行こうぜ。久しぶりに身体動かして腹減った」

 握られた手を反射的に握り返すとナイスは指を絡めて来て、いわゆる恋人繋ぎをしていることにセオは気づく。自分の一歩前を歩く背中が今までよりもずっと大きく、近く感じる。それなのに、しっかりと手を握っていなければすぐに置いて行かれそうで、セオは急いでナイスの隣に並んだ。
 ナイスが自分を好きだという事実が信じがたいせいだ。
 ナイスの告白を疑うとかそういう話ではなく、セオにとっての憧れの人物が自分なんかを好きになるということがまだ信じられず、惚けてしまうのだった。

 「何食いたい?」

 「ラーメンかな」

 「この雰囲気でラーメンって言えるセオ、尊敬するわ」

 この状況にいることで頭がいっぱいで、食事の雰囲気まで考える余裕などセオにはなかった。確かに言われてみれば、告白されたすぐあとにラーメンだなんて、少しロマンがないかもしれない。
 相手がナイスである分、尊敬すると笑われてもへそを曲げるようなことはないのだが。

 「だって! 友達とラーメン食べるの夢だったんだもん……」

 「でももう俺ら、友達じゃねぇだろ?」

 ナイスの言わんとしていることは理解できた。
 そう、これまでの事象を一通り理解できているのならば、次にナイスがもたらす言葉は予想できる。セオは染まった顔でナイスを申し訳なさそうに見上げた。
 ご満悦という言葉がぴったり似合いそうなナイスの笑顔が全てを物語る。セオは俯き加減に視線を逸らした。

 「じゃあ俺の夢、またしばらく叶わないじゃん……」

 ラーメンだけじゃなくて、ファミレスとかも行ってみたいし、学校帰りにコンビニで買い食いとか、夜までバカ騒ぎとか、色々夢だったんだけど。
 ずっと叶わないのかなぁと自虐的に笑うセオ。高校生にもなってショボい夢だなという思いもあり、なんだか情けない。
 対して、学校の友達と一緒に遊ぶセオを想像したナイスはむっと唇を尖らせた。

 「いいんじゃねぇ? 別に」

 「ナイスくんは友達一杯いるからいいかもしれないけど、俺にはッ……んっ!」

 ぶっきら棒な言い草にカチンときたセオはナイスに食って掛かってみたものの、その口は簡単に塞がれてしまった。
 本日二度目のキス。セオにとっては生後で考えても同じく二度目のキス。
 余計なことをしゃべらせない蓋としての役割は十分に果たすことが出来た上に、セオの顔がみるみる内に火照っていく。
 ナイスが離れていった後も、さきほどの話を続けようなどとは思わなかったらしい。
 口を閉ざしたまま面映ゆい表情をむけるセオがナイスの独占欲の一部を満たす。

 「全部俺とすればいいじゃん」

 ファミレスだって、買い食いだって、バカ騒ぎだって、全部俺とすればいい。
 言葉以上の気持ちが繋いでいる手から伝わり、セオの心に滴り、波紋を作る。

 「俺は、セオがいればそれでいいよ」

 ナイスが自分を好きになった理屈や、どこか行ってしまうのではないかという根拠のない不安さえも全て消し去っていくナイスの言葉。
 真っ直ぐすぎる言葉はセオの恥じらいなども飲み込んで、全てを包み込んでいく。
 染み入ってくるナイスの気持ちを一字一句噛みしめ、セオは小さくはにかんだ。

 「俺も……かな」

 友達とするはずだった青春をすっ飛ばし、いきなり手にした恋人との青春。ナイスとなら、何でもできる気がしたし、何をしても楽しい気がする。

 ――夢じゃないんだ。

 「行くか、ラーメン」

 破顔一笑のセオに歩幅を合わせ、自らも顔を綻ばせるナイス。
 こんな甘い雰囲気の中でラーメン屋をめざすということに、どちらからともなくクスクスと笑い声をあげた。

 すっかり日の落ちた住宅街に二人分の足音だけが響く。
 少し汗ばむ、握られた手すら心地よい。
 他愛のない会話から感じる溢れんばかりの幸せを、余すことの無いように、零すことの無いように丁寧に掬って情緒に浸る。

 なくしたくない。
 なくさない。
 あどけない笑顔のセオを見つめ、ナイスは誓う。
 握られた手にほんの少しだけ力が入る。


――Fin...――




 「なッ、なによこれぇぇ!?」

 ノーウェア店内に響き渡る絶叫。
 危機が迫るセオを助けるべく叩き出した10分後の未来。
 マイティ・スプリクトに映し出されていた光景はハニーを驚愕させた。
 ハニーを発狂させたその画面を覗き込むスリーは、なるほどと声を漏らす。

 「吊り橋効果というやつか」

 「問題はそういうことじゃないのよ! あたしのマイティにこんな破廉恥なものが映ってるってことが問題なのよ!」

 心配して損したわ!
 やけくそになってチョコをいくつも食べ始めるハニー。
 見たくもないと放置されたマイティには、抱きしめ合い、キスを交わすナイスとセオが克明に映されていたとか……。

君さえいれば

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君さえいれば

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-03-19

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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